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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「キズナイーバー」 6→6

 「迷家」に続いて終了した岡田麿里作品であり、「ルル子」に続いて終わったTRIGGER作品でもある。なかなか他と比べるのが難しいジャンルの作品なので評価も一筋縄ではいかないが、なかなかどうして、個性的な作品になっていたんじゃないでしょうか。

 上で出した2つの要素が、評価軸としては最も使いやすいものではないだろうか。つまり、「シナリオ」の岡田麿里、そして「映像」のTRIGGER(小林寛)。まずは脚本面からだが、「迷家」では色々と馴染みのない部分に切り込んでもやっとした部分を残してしまった岡田麿里だが、こちらはまさにホームグラウンド。「傷と絆の物語」なんて、もう番組放送開始前から「独壇場だぁ!」と思っていたわけだが、案の定、ガンガンに攻めた人間関係が、今作オリジナル要素である「絆システム」でつながれることで思いっきり分かりやすい方向に現れた。痛みを分かち合うというシステムの根幹からスタートし、さらに「心の痛み」に派生、これがすぐに適用されるのではなく、7人が緩やかに繋がる事に成功した中盤以降に現れるあたりが本当にタチの悪い脚本。離れ離れならば互いに心を痛める必要はない。しかしなまじ「つながって」しまったからこそ、そこにどうしようもない心のぶつかり合いが生まれてしまう。一方通行ばかりが繋がり合ういかにもな恋愛模様は、「これ、凪のあすからで見たやつだ!」とか「あの夏で待ってた!」ってなもんで。そのどれもがジワリと痛く、決して単なるドラマのパーツに終わらないだけの「残念さ」と「切実さ」を持っている。一番露骨に現れていたのは当然千鳥であるが、個人的にはニコの立ち位置が一番しんどかったかな。あのキャラでコミュニティに入ってきたのに、まさか恋愛絡みであんな風に苦境に立たされてしまうなんてなぁ。馬鹿野郎には馬鹿野郎の恋愛があるだろうが、今作の場合、7人(のりちゃんもいれれば8人)の中に馬鹿はいても悪人はいないのがね。みんな真摯にお互いを傷つけ、みんな一生懸命お互いを理解しようとするんだ。高校生らしい青臭い感情も多々あり、時にはいくらなんでも臭いだろ、ってな展開もあったかもしれないが、彼らの置かれた「絆」の環境は我々の想像を絶する極限状態だったのだ。多少なりとも精神状態がねじれてしまっても致し方あるまい。

 こうして組まれた「心の絆」の物語。単に「つなぐシステムが出来ました」というだけで終わってもそれはそれで面白い実験場になったとは思うが、流石にそんなほったらかしでは視聴者も納得してくれないってんで、用意されたラスボスは「全ての痛みを受ける者」であるのりちゃんだった。序盤にはなかなか見えなかった「全ての痛みを受ける」のりちゃんと、「一切の痛みを受けない」かっちょんの関係性。少しずつ過去の因縁が紐解かれ、それまで7人が分け合った様々な痛み・苦労が、既にのりちゃんからすれば「とっくの昔に通過したこと」だったという事実が判明する。これにより、歳を同じくしながら、のりちゃんはラスボスとしての権利を得て、最終回までにかっちょんたちと対立することになるわけだ。もちろん、殴る蹴るのバトル展開になるわけではないが、互いの痛み、互いの苦しみについての思いをぶつける青春討論会はそれなりに説得力のあるもので、「傷とはなにか」「絆とはなにか」をまとめあげるデザインとしては無難な仕上がり。やっぱり、こうして肉薄した人間関係に焦点を絞り込むなら、岡田麿里ほどあけすけに、容赦無くまとめ上げてくれる脚本家もなかなかいないだろう。

 そして、こうした「青春ドラマ」はシナリオとしてなかなか面白いものになっているのだが、実はこれ、あんまりアニメ向きじゃない。何しろ「互いの痛みが分かる」なんて設定は映像にしてもそれほど伝わるもんでもないし、互いの主義主張をぶつけ合う真剣十代しゃべり場みたいになったら、映像としてもメリハリがないからだ。そこで登場するのがTRIGGERの無茶な映像技術というわけで、毎度のことながらやんちゃ過ぎる画作りで湿っぽくなりそうな「心の話」を、荒唐無稽なドタバタ劇に変化させている。と言っても、たとえば「キルラキル」みたいに振り切れてしまったら、もう些細な心情なんかどうでもいいじゃねぇか、ってレベルに吹き飛んでしまう恐れもあるわけで、ある程度理知的な部分を残しつつ、それでも「面白味」に繋がるような画のバランスが求められる。それに応えてみせたのが、今作で監督を務めた小林寛だったわけだ。キャラクターデザイン自体も割と個性的で動かすのに神経を使いそうなものだったが、魅力的なキャラ画を破綻無く動かし、「いつも通り」の痛快アクションでバシバシ飛ばしまくる。もちろん締めるところはキッチリ締めて、実にクレバーながらも熱量を落とさない作劇のバランスはお見事。やっぱり、アニメの真骨頂ってのはこうして一見どうってことないようなセッティングでもちゃんとコミカルな動きの見せ方で膨らませられるところにあるのよね。見ていて退屈しない、良いアニメでしたわ。

 終わってみれば、あまりにすっきりと、何事も無かったかのように過ぎてしまったので一抹の物足りなさを覚えてしまう視聴者もいるかもしれないが、それだけすっきりとシナリオ面、そして作品全体の統括が決まっていたということだろう。個人的には文句無しでお気に入りだった牧さんに是非とも幸せになって欲しいもんですね。ラストの由多ちゃんに見せたダイレクトにツンなデレはズル過ぎると思うの。もう、由多ちゃんもデレデレだしやばいんじゃないかな、あのカップル。暗に「ルックスなんかどうでもいいけどあんたが好きなんだよ」って言われちゃった由多ちゃんは、今後どういう風に「牧さんに見合う男」を磨いてくれるんでしょうか。あんなこと言われたら絶対に太らないように気をつけるだろうなー。そして、牧さんとは対照的に悲恋に散ってしまったニコちゃんも意外な方向に成長を遂げたダークホース。どう考えてもノイズにしかならないと思っていたキャラだったのに、気付けば8人の中の中心的ポジションになって実に多くの場面で危機を救ってくれた。その上であんな結末になっちゃうってのもなぁ……丸く収めるためにいっそ日染とくっついちゃえば、って思わないでもないが、それって誰にとっても幸せではないな。隙を見て略奪愛に走るんでしょうか。まぁ、天河もそのうち千鳥の性格に嫌気がさすこともあるかもしれないし……。うーむ、修羅場。

 中の人の話題は……もういいかな。牧さんの中の人は永遠にラブですから。サトリナに散々罵倒されるだけでも本当に幸せな作品でした。そして、ニコちゃんが急成長を遂げたってことは、久野ちゃんもいい仕事が出来たってこと。今期は「ビッグオーダー」とこれで、なかなか新鮮な役どころが回ってきた面白いシーズンだったんじゃないでしょうか。あとはのりちゃん役の山村響かな。これと「あんハピ」を続けて観るとわけ分かんなくなるぞ。

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「迷家-マヨイガ-」 6→5

 約三ヶ月にわたり、散々楽しませてもらったこの作品。さて、最終的な評価をまとめていきましょうか。

 個人的には、充分満足出来た。何しろ毎週考えることが山ほどあって、次週は一体どうなってしまうのかがさっぱり分からず、ドキドキしながら次の話を見る楽しみが間違いなくあったのだ。アニメオリジナルは難しいと言われ続ける昨今。こうして挑戦的な作品をオリジナルで提供してくれるだけでも評価に値する。そんな野心的な作品作りを担当したのは水島努という素敵な問題児と、岡田麿里というデンジャラス脚本家。知っての通り、私はこの2人のクリエイターについても大ファンなので、基本的に作品を観ていてあまりネガティブなことは考えない。「ひょっとして投げっぱなしになるんじゃ」とか「何も考えてないだろ」とかいう方向には、意識的に考えない。必ずなにか意思を持って作品を作っているんだ、という風に積極的に考える。出来ることなら全ての作品、全てのアニメにそういう姿勢で臨めればもっとアニメも楽しめるのだろうが、流石に体力が保たないので、あくまでも「信頼に足る」と認識したクリエイターの作品に対してくらいは、そういう姿勢で挑みたいということだ。

 さて、岡田麿里作品といえば今期は「キズナイーバー」が同時に進行しており、そっちはこの文章を書いている時点ではまだ未完なのだが、そちらとの比較も面白そうではあるかな。岡田麿里といえば「あの花」を筆頭に「凪のあすから」のようなとにかくエグくてくどくて、それでいて切実な人間性の描写が持ち味。そんな彼女が今回「嫌な思い出」というダイレクトなテーマを持った「ナナキ」という題材を扱った。例えばヴァルカナさんが見るナナキが机の節目だったり、何も考えていないように見えたよっつんが存外デリケートなナナキを見ていたり、そういったところに「らしさ」が出ていた。大量のナナキが展開する中で、身につまされるような、どこか他人事と思えないような、そんな辛辣な「トラウマ」を紡ぐ物語が、今作の基盤である。

 そこに、何とも救いようの無い妙な味付けを行うのが、「永遠の悪ガキ」水島努。彼の持つ毒以外のなにものでもない奇天烈な笑いの精神は、岡田麿里が作りあげた「トラウマ物語」を、ひょいと彼岸へ投げ捨ててしまうような、妙に達観した演出に組み込まれている。ホラーってのはコメディと紙一重であり、今作では切迫した人間関係も、壊れかけた精神性も、全てが深刻になりきらず、納鳴村というあり得ない舞台の上で、あり得ない造形を持ってどこかコミカルに描かれている部分が多かった。深刻な内実、コミカルな表面、そして、それらを組み上げて作る、何とも不可思議な手触りの物語。「まどマギ」のときほどの異物感ではないかもしれないが、今までのアニメ作品にはなかった「違和感」みたいなものは、これだけでも堪能出来たのではなかろうか。その上で、脚本に二重三重にサプライズ……というか「どないやねん!」ポイントを仕込み、最後まで一気に駆け抜ける展開は、これはこれで完成していたんじゃないかと思っている。

 とはいえ、何の問題も無く万人が楽しめる作品かと聞かれると、流石に首肯出来ないのもまた事実。最終回まで見て噴出した「あそこはどうなってるんや?!」という矛盾点は言わずもがなだが、色々とやりたいネタが多すぎたせいで、12話という尺の中で恐ろしく駆け足になってしまったのが最大の失点ではないだろうか。全体的に台詞の構成が過密すぎるためになかなかコンテ構成で調整するのが難しく、特に後半になると全てのシーンが慌ただしく、情感を込めるだけの余裕が無い。せっかく「心の物語」を岡田麿里が作りあげたというのに、それを表に出すだけの時間が無いのだ。もちろん、このことについて岡田麿里が完全に被害者だ、ということは無く、脚本面でも、枠が決まっているなら配慮すべき部分が欠けていた。具体的には、おそらく視聴者の大半が思っていたことだろうが、「いくらなんでもキャラが多い」ということ。別に全てのキャラが活躍する必要はない。「ツアーには沢山の人が参加しました」という事実を作るために「モブ」をいくらか用意することはまっとうな作劇であろうし、背景に埋没するキャラが出るならそれはそれで適切な脚本があればいい。しかし、いくらなんでも今回の30人は無駄が出た。キャラが多すぎることの問題は、視聴者がどこに視点を据えればいいか分からなくなること、作画リソースに負担がかかることなど。似たようなテイストの女性キャラは多分4,5人はカット出来ただろうし、いっつもなにか食ってたデブとか虚弱体質の子供なんかも、一切メインシナリオには絡んでこなかったのだから削っても問題無かった。「尺が短くてやりたいことがやりきれない」という問題点を孕んでいたのに、何故キャラを削って負担を軽くする方向に修正が向かなかったのかはちょっと理解が出来ない。人数が多いことで得られたプラスの側面はなかった気がするしなぁ(一応、ノイズを増やすことでよっつんの帰還やジャック・ケツさん連合軍みたいな「そこから?!」っていうサプライズは作りやすくなっていたけど)。賑やかな感じを出したいにしても、最初のバスシーンだけちょっと出しておいて、適当に理由を付けて2話目以降にリタイアさせるとかでもよかったんじゃなかろうか。

 こうして、尺が足りず、脚本のディティールが甘かったことに加え、今作は映像的にもあんまり見たいところがない。最大の見せ場は個性豊かなナナキの存在だった気がするのだが、そこだけ切り取って画的にボリュームアップしてもなんだかB級ホラー感が拭えないしなぁ。癖のある人間達の群像劇、なんてのはアニメにしたら大変なことは分かってるんだから、もう少し映像リソースの方にも力を注いで「ならでは」のものが見せて欲しかったものだが……水島さんは放っておくと万策尽きる可能性もあるから、無事に放送されたことを素直に喜ぶべきなのか……。うーむ。

 まぁ、なんやかやと文句は言いながらも、ヘンテコで毎回楽しんでいたのは事実。今回の「実験」でもって、監督も岡田麿里もチームを組むときのお互いの性格、相性は理解出来たんじゃなかろうか。是非ともこのコンビで、改めてオリジナルに再挑戦して欲しい。その時は出来たらディオメディアじゃなくてP.A.がいいな。水島さん、「Another」や「SHIROBAKO」で繋がりあるんだから。今のところP.A.と岡田麿里が組み合わさったら無敵ですよ。是非そっちで。

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「あんハピ♪」 5→4

 非常に可愛らしい作品でした。寝る前に見ると、夢の中でチモシーに襲われそうなくらいには。

 安定した大沼心作品。過去作の評価を見れば分かる通り、私は基本的に大沼作品のファンである。だからこそ今作もこれまで通りの大沼節を期待していた。そして実際、期待に応えるクオリティのものになっていたのは間違いない。相変わらずコロコロと小さなキャラが所狭しと動き回り、ふわっとした色調の世界観とも相まって非常に可愛らしい印象になっている。合間に挟まるアイキャッチの小気味よいテンポとか、どこかとぼけたテイストも健在。「バカテス」や「のうりん」なんかと同じように、ちゃんと「アニメらしいアニメ」として完成していた。

 ただ、その上で今作はイマイチ「ハマり」きらなかった。画面を見ていて不満は無いはずなのに、どこか退屈な感じがしてしまって、気付くと意識が画面から逸れていることがあった。期待していた大沼作品のパワーに及んでいなかったとでも言えばいいだろうか。まぁ、このあたりは完全に好みの問題にはなると思うのだが……、どのあたりが「足りない」部分だったのかを考えるに、まぁ、元々原作が持ってるシナリオの方向性との相性が悪かったとしか言いようがないか。シナリオの目指してる方向性が、どこか半端な印象だったのよね。

 今作は「きらら」系作品だが、いわゆる日常ものというのはちょいとエッジが効きすぎている。とんでもないキャラクターの属性設定や、謎めいた学校の設定などを考えれば、「ひだまりスケッチ」やら「ごちうさ」「きんモザ」なんかよりも、まさに「バカテス」なんかのラノベ設定の方が近い。掲載誌の類似からいうと「がっこうぐらし」の方がまだ近いジャンルだ。一応物語の縦糸が存在していて、アニメシリーズを通してなにかを目指して進んでいる……のだが、具体的に何を目指しているのかがはっきりしない。毎回幸福クラスの授業という名目でトンデモな課題を出され、それをこなしていく中でヒロイン勢が友情を深めるという展開は、外側こそトンデモ要素だが帰着することはいわゆる日常ものの「友情を深める」と大差無い。前述の例でまとめるなら、「バカテス」のテストや上位クラスとの対決みたいなミッションがあるのだが、その目的は下克上のように劇的なものではなく、「ごちうさ」や「ひだまり」で何となく育んでいるような、日常レベルで事足りる「お友達」のお話。縦糸が伸びているように見えて、その先がどこに向かっているのかという明確な目的意識がないので、どうにも見方が定まりにくいのである。ゴールが無いとなると、毎回思いつきで展開されるような各種イベントについても、「適当にごちゃごちゃした舞台設定を作ってる」ということになってしまう。

 「不幸」という共通したキャラ設定も、なかなか機能させるのが困難な設定だ。1話目時点で既に不安視していたことだが、本当に「不幸」が属性として与えられるなら、彼女達の物語にハッピーエンドがあってはならない。ハナコが本当の意味で不幸なら、救いとなるクラスに配属されることも、沢山の友達に恵まれることも、ひょっとしたらあの歳まで命を長らえることも無いかもしれない。まぁ、そこまで行くと流石にデンジャラス過ぎるが、結局ハナコという中心的存在が「最大級の不幸」を属性として与えられているにも関わらず本人は幸せそう、という存在矛盾が、回りの人間を巻き込んでの「不幸物語」に機能不全を起こしてしまうのだ。また、回りのキャラについても「悲恋」「虚弱」といった「不幸な」ワードで繋がっているように見せかけて、各々の問題の質も、レベルも全く異なっているためにそれらが有機的に絡むことは少ない。特に雲雀の「悲恋」なんかは回りの人間の理解を得られた時点で既に半分解決しているわけで、彼女は既に幸福クラスに在籍する意味すらなくなっている。彼女達が一致団結して目指す「幸福」が何なのか、それが分からないと、どうしたって「ちぐはぐなものの寄せ集め」にしか見えてこず、それを支えているのが最終的に「ハナコの不幸」であり、その「ハナコの不幸」の正体が見えないことには、なかなか物語も定まらないのである。

 まぁ、この辺の不満は重箱の隅を気にしすぎる私みたいな視聴者だけが抱くものなのかもしれないが……こうして、「笑いものにするにしても突っ込みすぎるとマジで可哀相」みたいな設定なので、大沼さんの持ち味であるトバし気味のギャグと完全に噛み合うことがなく、どこかユルユルとお茶を濁しているような雰囲気になったことで、切れ味が鈍ってしまったのではないだろうか。可愛がるだけなら足りているが、せっかくならもう一歩、というのが、ファンとしての贅沢な要望である。

 中の人については、とりあえずハナコ役の花守ゆみりが不動の可愛らしさを発揮していることさえ押さえておけば良いが、メインキャストの中では響役の山村響の達者さが際だつ。本人は地声が割と低い方なのに、こういうキンキンした高音域でかっちりキャラが作れるのは流石だ。そして今作でグイグイ出てきた存在といえばチモシー役の森永千才だろう。同時期にやっていた「アスタリスク」でも「なんやねんこいつ」感が満載で、珍獣枠でしっかりと位置取りを固めた感。ゆーきちとの専門分野争いはどちらが制することになるのか。ま、個人的に一番好きなのは小平先生役の原由実なんですけどね。この「謎めき腹黒美人」をやったときのハマリ方、全能感。やっぱりはらみー最強。

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「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」 5→5

 何故、ちゃんりなボイスは確実にオタクを殺しに来るのか。もう、今作はそれがはっきりと分かるだけでも充分ですよ。

 1話目時点で「これ、2話目以降に何したらええねん」と思っていた作品なのだが、思いの外ちゃんとシナリオは展開していた。そこは素直に嬉しい誤算。なるほど、普通の萌えアニメ、ハーレムラノベならばどうやって「嫁」まで持っていくかというお話になるわけだが、今作はそこを逆手に取り、なんとスタート地点が「嫁」。そこから、健全な高校生カップルらしい距離感に落ち着けるためにどう付き合っていくかを描いていくという、何とも不思議な味わいである。まぁ、やってることは単にネトゲ廃人の社会復帰マニュアルなのだが。とにかくアコのキャラが強烈で、徹底したスキスキ系のヒロインってのは前例が無いわけではないが(一昔前まではある種の定番ではあったが)、アコに特殊なのは、普通のラノベで主人公が一手に背負う「イラッと来るオタク属性」をルシアンと2人で分け合っていること。いや、「分け合ってる」は正しくないな。いわゆるネットスラングや定番の切り返しなどのほとんどはアコが担当しており、普通だったら「うわっ、オタク気取りのやつキモッ」ってなるような台詞回しでも、可愛い女の子がナチュラルに使ってしまえば割と平気なのである(あくまで個人の感想です)。その上で、あんな犯罪じみたボディラインを持ち、ただひたすらに一線を越えまくってくるキャラ(CV日高里菜)とか、まさにオタクの願望以外の何ものでもない。どこまでも阿漕に、どこまでも都合良く。それが今作最大のセールスポイントである。

 もちろん、アコにも難が無いわけではない。いや、いっぱいある。シナリオ中盤はアコの社会復帰を促すミッションになっていたが、やっぱり引きこもりのオタクがうじうじ悩んでいる様子を見るのはイライラするもので、アコの甘えきった世界観はどれだけ可愛くても「このアマぶん殴りてぇ」と思わずにはいられない。でもまぁ、そうしたアコの面倒臭いところも、ある程度ネトゲに理解がある回りの面々が支えてくれるおかげで、なんだか不思議なハートフルストーリーになってちゃんと青春に還元されている。アコの自宅にうかがい、全裸待機のアコを目の前にしてもネトゲしかやらないルシアンはどう考えても玉無しだとしか思えないが、まー、高校生の健全なお付き合いを目指して「嫁」から「恋人」に引き戻す作業だと思えば致し方ないところか。さっさとリアル嫁にしてしまえば面倒が無くていいのにね。普通、とても可愛らしいヒロインが男とくっついたら「このクソ野郎が」と妬ましく思う向きもあるのだろうが、ことアコの扱いに関しては、「ルシアンがさっさとこの面倒なのを引き取ってくれたらいいのに」という気持ちしか湧かないので、周りの人間も素直に祝福できるのである。

 その他、豚さんことシュヴァインさんも良い立ち位置から適度にツンデレてくれたし、会長の廃課金マッドっぷりも昨今のネトゲ文化を描くなら必須。どう考えてもあの人が学校で生徒会長を問題無くこなせるとは思えないのだが、まぁ、きっと愉快な学校なのだろう。猫姫さんにしろセッテさんにしろ、今作は全体的に「ルシアンとアコという若い2人の旅立ちを見守ってくれる保護者枠」が多く、みんな暖かく見守れるのは良いですわ。

 中の人については、上述の通りにちゃんりなボイスのヤバさを確認するだけの簡単なお仕事だが、普段とはちょっと違った役回りになっている水瀬いのりやM・A・Oの仕事ぶりにも注目。いのすけは最終的にはいつも通りに落ち着いたが、ツンで攻めているときは「こっちの方がしょうにあってるんじゃ」みたいな分かりやすさがあった。M・A・Oについては、正直他作品(今期だとルル子やクロムクロ)みたいに虐げられている時の声の方が好きなのだが(中の人の性格もあるので)、たまにこういう訳の分からない役どころも面白い。何にせよポンコツぶりが冴えるな。あとは今回ようやく準レギュラーを獲得した「どりちゃんの中の人」こと大和田仁美。SHIROBAKOだけで終わる人材ではなかろう。今後も活躍が見られるかな?

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「学戦都市アスタリスク 2nd SEASON」 5→5

 今期一番好きだったのは実はこのOP。単純にアツい曲が好みなんだけど、それに加えて純正アニメタイアップ曲でタイトルがそのまんまっていうのは良いよね。

 最終回があんまり綺麗に終わらなかったのは残念なところだが、全体的なテーマは綺麗にまとめてくれた作品。例によって例の如くの作風ではあるが、諸々の面での大きな失点は少ない。「似たようなデザインの『ハンドレッド』と比べた時に加点もそんなにないだろ」と言われれば実際にそうかもしれないのだが、やっぱり2期目の強みってのはあるもんでね。ストーリーラインが掘り下げやすくなっており、個々のキャラの心情が見やすくなるというのはもちろんのこと、トーナメント戦がメインというデザインの都合上、やっぱり準々決勝以降を扱った2期目の方が盛り上がるのは道理である。本作は既に主人公とメインヒロインがほぼ夫婦の契りを結んだ状態で展開しており、ハーレムものではあるがその関係性に疑う余地はほとんどない。そんな状態で進んでいくある種の「バディもの」としても、タッグトーナメントのフォーマットはとてもシンプルで見やすい。ユリスは綾斗との関係性にもう一切疑念も不安も抱いておらず、よその女が絡んできても特にやっかんだりすることもなく、堂々と構えていられるいい女になっている。他作品でも「お姫様とのいちゃいちゃ」というのは掃いて捨てるほどあるが、有象無象のお姫様と違ってユリスは凜とした振る舞いにきちんとノーブルを感じさせてくれる。これで安っぽい嫉妬の感情でイライラしてる様子が見えると株が下がってしまうからね。

 他のヒロイン勢についても、綾斗との関係性でライバルになるというわけではないが、ちゃんと満遍なく可愛いキャラになっている。メインとなるのは会長と妹(?)チーム2人組だが、それぞれ適度に綾斗にちょっかいを出しながらも、ユリスに一歩譲った状態は維持するようになっている。特に妹チームはもう1組のトーナメント出場者ということもあり、萌え方面でなくバトル方面から積極的に魅力をアピール出来たのはでかい。トーナメントのバトルものってのは各々のキャラクターの勝ち負けにドラマが作りやすいからね。負けた後にもちゃんと裏で戦って綾斗に貢献することでヒロイン力を落とさずに済んでいるし。そう考えると会長さんは今シーズンでは大して仕事をしていないのだが、むしろそうして暗躍するポジションを維持し、主な活躍の場(?!)を次回予告に回すことでかえって美味しい位置取りが出来ていたのかも。もし3期があれば会長がもっと活躍するんだろうけど。

 逆に物足りなかった部分はというと、バトル自体にあんまり工夫がなかったこと。綾斗の能力設定が特殊なもので、さらにタッグ戦ということでもう少し色々な切り込み方があったはずなのだが、実際にバトルしてみるとなかなか「賢い」対戦にはならず、割と正攻法の試合が多かった。一応綾斗・ユリスペアは「能力が制限されてるから工夫して勝ったよ」みたいなことをやっているのだが、いまいちその辺は伝わらない。まー、試合数が多いのでいちいち目を見張るような試合は展開出来ないだろうし、ラノベという媒体だと能力バトル漫画と違ってなかなかバトルシーンでのギミックを見せるのは難しいんだろうけど。その辺でもう一歩上に行ければ、完全に他のラノベ作品に差をつけることが出来たのだが。

 まぁ、そうは言ってもバトルシーンでの作画は悪いものではなく、全体的に映像面は安定していた。小野学作品って個人的にはなかなか大当たりは無いのだが、その分大きくはずしても来ない気がするな。はたして3期が出来るのかどうか、もし出てきたらその時はまた楽しませてもらおう。

 中の人については、メインヒロインズが実によい配置になっていたのが加点ポイントになっていたと思う。普段はなかなか見せないキャラを披露している加隈亜衣の受けの広さが相変わらず見事だが、やはり直球ストレートの井澤詩織・小澤亜李という「絶妙に変な声のロリ」コンビがお気に入り。しーたむはこうして普通のヒロインも出来るんですよ。もっと表舞台で活躍プリーズ。あとは会長役の奈央坊だが……うーむ、腹黒い。このキャラで安定出来るのは本当に恐ろしい。他にも脇を固めるキャラが色々美味しかったし、中の人要素はかなり楽しめる作品でしたよ。そういう意味でも続編期待だな。

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「ジョーカー・ゲーム」 6→6

 激シブっすな。あっという間に終わってしまったが、駆け抜けた12話は何ともじっとりとしていて、マイウェイを突き進んでくれていた。

 正直言うと、当初期待していたほどにハマりはしなかった。先にその理由についてあげていくと、1つは、1話目を観た時点ではオムニバスのお話だと思ってなかったのよね。D機関に籍を置く曲者揃いのあいつやこいつが、あれこれ絡んで「僕らD機関、強いぜ!」っていう展開になるのかと(勝手に)思っていたのだけど、基本的にメンバーは散り散りで活動しており、全編通じて登場するのはメインとなる結城中佐だけ。まぁ、普通に考えたら「スパイもの」なんだからそうなるに決まってんだけど、キャラの濃い野郎共が互いに絡む展開ももっと観てみたかったのである。1話目のトランプのところみたいなオールスター総出演がもっとあればなぁ。

 そして、シナリオラインについてもそこまで大きく緊張感を伴ったわけではない。だって、D機関って無敵だからね。何をやっても後出しで「それは既に計算していたのさ!」と言ってしまえば相手を出し抜けるという、言わば勧善懲悪の水戸黄門と同じような鉄板展開。そりゃそうなるに決まっているのだが、敵が頑張って真面目なスパイをやろうとすればするほどに、D機関の超常性がエラいところまでかっ飛んでしまい、流石に「手に汗握るスパイもの」っていうレベルでは収まらなくなってしまっている。だって、「自白剤や催眠術による自白を防ぐには、より深い深層心理に指令を隠しておけばいい」とか言う連中だよ。もう、スパイっていうかエスパーだよね。敵キャラの中にもD機関を出し抜いてやろうとあれこれ策謀を巡らせる連中は沢山いたが、割と序盤でこの「無意識云々」をやられてしまったために、「まぁ、どうあがいてもこんなバケモンに勝てるわけないし」という気分になり、相手が上手いこと攻めれば攻めるほどに、「どうせ計算尽くだって言われるのに……」と寂しさがつのる。俺ツエーが楽しいとはいえ、心理戦や情報戦を繰り広げるスパイが理屈抜きで俺ツエーなのは考えものね。一応、最もD機関の打倒に近づいた(気がする)「ダブル・ジョーカー」あたりは一番盛り上がったと思うので、決して全部が全部興ざめになるっていうわけでもないのだけど。なかなかその辺はさじ加減が難しい。

 しかしまぁ、こんだけ文句を言ってはみたものの、やっぱり俺ツエーで格好いいんですよ。なんといっても結城中佐の理不尽なまでの性能と渋さ。もう、彼が一声発すれば全ては彼の手の中に。当時の日本軍の中にこれだけのキレ過ぎる切れ者がどれだけ存在していたのか。そして教え子であるD機関の連中も負けず劣らずにみんなスーパーでスペシャル。単なる肉弾戦での強さではなく、ときにしたたかに、時に狡猾に相手をはめていく手管は、やっぱり観ていて楽しいものだった。徹底して抑えたトーンを守った映像面での見映えも非常に良く、あまり動きに重きを置かないはずの作劇ながら、画が添え物に終わるのではなく、ちゃんと「アニメで見せる部分」に活きていたのは嬉しいところだ。これでもう少し尺に余裕があって、1つ1つの物語をただひたすら伏線を張って回収するだけにならず、途中で海外の町々の佇まいを巡るシーンなんかもあったら最高だったのだが。まぁ、なかなか難しいわな。時間的にも、技術的にも。

 とりあえず「賢雄さんの激シブ結城中佐が格好良かった」という結論で割と満足。最終回のラストの締め方とか鳥肌もんですよ。それ以外にも今作は渋いドラマを盛り立てる手堅いキャストが揃っており、各回の主人公を担当していた男性声優は言わずもがな、よその土地でフラッと出てきて魅力を振りまく女の子達についても、癒しの力が大きくて楽しかったですよ。個人的には3話でいい恋愛してた御前がお気に入り。

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「ハンドレッド」 4→3

 何も残らなかった……。まぁ、至極想定通りではあるのだが、あまりに想定通りに、そよ風のように何事も無くフッと去ってしまうアニメが最近は増えた気がします。単に俺がおっさんになって感性が鈍ってるだけ、って可能性もあるがなぁ。そりゃ週に50本もアニメ放送されたら、流石に受け止める側の感性も鈍化するよなぁ。

 そんな150のアニメなわけだが、今期はそこまで「こっち系」が多くなかったにも関わらず、個性を発揮せずに幕を閉じてしまった印象。1話目の時点から「どっかで見た」要素の乱舞であり、そのどっかで見た展開がずっと続いていく。バトルには特に盛り上がる見せ場があるでなし、ヒロインに特に魅力的なキャラがいるでなし。一応メインヒロインエミリアが男装キャラっていう部分は期待してたところなのだが、正直、男装設定がそこまで活かされた感じもしないんだよね。最終回であっさりばらしてたし、あの状態から全く気付いてないあの世界の住人どもがどうかしてるし。いわゆるお約束的な「気付かれてない」ではあるが、そんな間抜けな世界だと、せっかく「性別を隠している」っていう背徳的な状況を設定されたのに、ギリギリをせめたりする緊張感が無いんだ。「IS」のシャルみたいに吹っ切れたドスケベ方向に背徳感が煽られてればまだ楽しみもあるんだけど、そもそも、エミリア本人にあんまり隠す気なかったやろ。あれじゃぁ「二人だけの秘密♡」って言われてもピンと来ないしなぁ。せっかくるみるみが普段やらない役どころに回ったから期待してたのに……もっとあざとい萌えを! もっとうさんくさい萌え要素をガンガン投げ込めよ!

 というわけで、萌えセンサーが反応しなくなってしまえば、あとはこの手の作品でバトルやドラマを中心に見ろってのが無理な話でね。こんだけテンプレ感が強いと、見ている途中ですでにどこまでが今作の要素で、どこからが「どっかで見た別作品の設定」だかもよく分からなくなってくる始末。映像面に関しても、特段悪いわけでもなかろうが、いいと思える部分は見あたらなかった。よくもまぁ、これだけ続けてアニメ化企画が通るもんだとは思うが……原作は人気作品なんですかね。だとしたら割と驚きだけど、ひょっとしてこの後になにか怒涛の展開が来るのかもしれません。知りません。

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「くまみこ」 5→4

 最後の最後まで「くまみこちゃん」で締める根性はなかなかのものである。

 正直、あんまりハマることはなかった作品。新番チェックのときにも書いたけど、そもそも原作は1巻だけ読んで「悪くはないけど特に興味は引かれない」ってんでスルーした作品だし、そこまで推していく要素もなかったからね。ただ、中盤までの流れでは素直に好きなところもあるんだ。個人的にお気に入りなのはまちとなつが山の中で舞の練習するお話。突然まちが「神楽の練習をする」って言い出して、トンチキな展開になるやつだ。まちの可愛らしさを活かしながら、彼女の自主性にのっとったこれ以上無いくらいに「くま」で「みこ」な話になっていた。他にも炊飯器の話なんかは割と楽しかったイメージがある。

 ギャグ漫画のネタをどうこう言うのって凄く難しいので深入りはしないようにしたいが、個人的に「なんか微妙だな」と思ったポイントは、結局まちがどこまで行っても被害者側でしかなかったことに依拠してるんじゃないかと思う。最終話で良夫がなんか大義名分がある風に説明していたが、結局このアニメのネタって、「何も知らない田舎娘を馬鹿にして笑う」ことがネタの中心にある。もちろん、元々はそんなトゲトゲしたものじゃないし、「人間の女の子がものを知らないのに熊はやたらと若者文化に馴染んでいる」っていうギャップが笑いどころになっているのでそこを押しておけばいいはずなのだが、そのうちに、まちは「知らない」ことがキャラの特性に収まらず、回りの人間の行動規定になり、結果的に彼女は理不尽な苦痛を受けて失敗をすることになる。ドラえもんでのび太が失敗するのは彼自身が怠けるからだし、因果応報の物語になるが、まちの場合、(ほとんどの場合)彼女に非が無く、出自と育ちを理由に苦境に立たされてしまうのである。彼女の将来の成長を考えるんならそれは必要な痛みであり、「成長物語」ならばそれは立派にドラマとして成立するはずなのだが、今作は根本に「ギャグ漫画だ」という前提があり、この「成長」要素が否定され、「苦痛」のみがピックアップされて繰り返し展開されるのである。最終回のオチなんて、あまりに分かりやすい「成長要素の否定」だったろう。これはもう、ギャグ漫画なのでしょうがないというところなのか。ギャグってのは強めるためにはその特性、つまりアクの強さをより前面に出す必要があり、今作における「特性」は結局「まちいじめ」なのである。そうなると、次第に笑えない領分にまでお話が入ってきてしまうのは避けられなかったんじゃなかろうか。まぁ、田舎者独特の僻み根性なのかもしれないけどさ。

 同じく田舎をネタにした「のんのんびより」の場合、似たようなスタンスにあるのはこまちゃんだったと思うが、彼女は「知らないこと」から苦痛を受けるわけではない。なにせ、回りにいる人間もみんな「知らない」からだ。他の面々は田舎をネタにしながらもそれをポジティブにとらえ、子供独特の目線も活かしてファンタジックな田舎テイストを正方向のエネルギーにした。しかし、今作ではまちの周りの人間は「知っている」人間がほとんどで、まちが1人孤立してしまって「田舎という舞台」ではなく「まちという個体」がネタにされた。果たして原作が今どうなっているのかは定かじゃないが、ひょっとしたら2巻3巻と続くうちに私は合わなくなっていったんじゃないかと邪推してしまう。もっと「可愛い」を押し出して、なつももっと愉快な回し方が出来れば良かったんだけど。結局、「女の子が辛そうな顔をしているだけでは受け入れがたい」というお話です。ここでアニメが終わってしまうと、今後のまちちゃんの人生が一体どうなってしまったのかと気になってしょうがないけども。マジで村から一歩も出ないで人生を終えそうだよなぁ。

 そんなまちちゃんの中の人は、幸いにもシティガール(本人談)でしたね。日岡なつみは今作(とラジオ)でばっちりその存在をアピールすることが出来ただろうし、今後の展開があるかどうかは楽しみなところ。

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「ばくおん!!」 5→5

 凜のナンバープレートが「おっぱい」なことに最終回で気付いたよ。そんなどうでもいいことに目を引かれても一向に差し支えない作品。

 なんだかんだと毎週感想を書いてきたアニメなんだけど、ぶっちゃけ、そこまで身を入れて見ていたわけでもない。単に「けいおん」再放送と同じ時期に放送されていたというよく分からない偶然が面白かったってのが大きい気はする。私の中でも「けいおん」はとても大切な作品ですのでね。そんな歪んだパロディが起点となったアニメだが、方向性は真反対。癒しと善を求めるのがけいおんであるとするなら、毒と悪を求めるのがばくおん。その刃は時に自転車に向けられ、時にスズキ製品に向けられ、そして時にバイクという文化そのものに向けられている。最終回なんてその最たる事例で、バイクを下りた面々を見て羽音が「みんな賢くなっちゃったんだ」と漏らしたり、バイクが無くなった世界を「世界はこんなに綺麗に回っている」と評したり、バイク愛を謳った作品であるにも関わらず、徹底的にバイクという存在をこき下ろし、自虐の極みを目指している。こんだけの作品を描いてるんだから原作者は間違いなくバイク好きなはずなのだが、それを正面切って出せずにこうした自虐満載のネタ作品として出てくるあたり、現代社会のバイク文化の苦境が窺えるというものだろう。

 そうしたバイク文化の諸々を見せてもらう、新しい世界への導入アニメとしては、なるほど確かに勉強になる作品である(まぁ、三国無双やって三国志勉強するみたいなもんだろうが)。色々と想像もつかない、ピンと来ないネタも多かったのだが、私のようにバイクに興味がない人間がそこに引っかかりもしないのは既に前提条件だったろうし、それ以外の萌え部分でちょっとでもかする要素があって、そこからネタ込みでバイク道に引きずり込めれば勝ち、みたいな作品だろう。長年コピペとして愛されていたカワサキネタのように、バイクを何も知らない人間ですら、何となく「そういうこと」を聞いたことがある気になれば、布教アニメとしては何の問題も無い。そういう視点からみれば、一定の効果をあげ、充分満足行くアニメ化だったということになる。

 ただ、正直言うとやっぱりもう一声欲しかったかな。テレビ放送に際して原作のどぎついネタは多少制限されることになったとも聞くし、「分かる人さえ分かれば良い」という漫画原作と違い、アニメの場合はいくらか「分からない人にも見られてしまう」という負い目からか、攻め方が半端になっていた部分はある気がする。また、せっかくアニメになって動きがついたというのに、あまり動きの部分で見せ場が無かったのは残念なところ。まぁ、元々監督の西村純二は動きの妙よりもカッティング、構図で見せていくタイプの人なので、バイクの1枚絵の見映えがすればそこは及第点ということなのだろうが……。あんまり西村演出としてもアクの強いものは出てこなかったのでなぁ。萌えアニメとしての破壊力も今ひとつで、エロと萌えを前提にしたはずの作品なのに、あんまりピンと来るシーンが無かったのは残念である。

 結果的には「原作漫画のネタのまだ放送出来そうなレベルの部分を切り取り、そのまんま流しただけ」みたいな状態になってしまっている。あんまりアニメにする必要性を感じないアニメだった。いや、意外と難しい部分なんだよね。バイクの格好良さって、1枚の写真からでも感じ取ることが出来るけど、いざ動かして見て「動きの格好良さ」をさらに見せるのって結構大変だと思うんだよ。それなら、もう開き直って1枚絵でバイクを描いてディティール部分で見せていく方が楽だし、確実なんだ。そして、バイクを見せようとしたらそこに乗っている女の子は(メット被ってることもあって)どんどん背景化してしまうことにもなるしな。そのあたりが「バンドアニメ」のけいおんとの差にもなっちゃってるんだと思う。いや、最後の最後までけいおんと比べる必要は全く無いのだけど。

 一応「アニメにしたことによるメリット」としては、当然キャラが動いてしゃべってくれる、という部分があげられる。今作はメインヒロイン勢がきゃぴきゃぴする部分が大半なわけだが、それ以外にも何故かイニシャルDまがいの渋いおっさんキャストががっちり脇を固めているあたりも見どころ。キャスティングでその辺はこだわってたんだろう。メインキャストはやっぱり羽音・もじゃ・凜のトライアングル構成がお見事。上田麗奈は持ち前のポンコツさが振り切れて「豊崎愛生の平沢唯」に決して負けないだけのパワーを発揮してくれた。単なるほわほわでなく、どこか狂気を感じさせる危うさが良い。もじゃ・凜の夫婦漫才はローダンセ的な安定感があった。あと、単に調子に乗ってるゆーみんは聞いてて楽しいのである。

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