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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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LAZARUS ラザロ」 5→3

 これはもう、揶揄でもなんでもなくて純粋に疑問として答えが知りたいのだが、……この作品は何をどう楽しめばよかったの? 一部で評価する声も聞こえてくるのだが、どの部分を楽しむアニメなのかが最後まで皆目検討がつかなかった。座組みによる前評判が高かっただけに、この延々頭が来ないだるま落としみたいなアニメのどこをどう摘んだらよかったのか、マジで頭を抱えている。

 常々、私は「やりたいことが分かる」という要素をプラスに取るようにしている。「達成できなかったけど、やりたいことは分かった」とか、「なんかやりたそうな空気は伝わった」とか。しかし、今作の場合は「多分こういうのがやりたかったんだろうけど……」というのがなんとなく伝わった上で、「なんでやろうとしたん?」という疑問につながってしまう。多分、やりたかった「空気」は渡辺信一郎の代表作であるビバップだろう。昨今、ああいうハードボイルドな世界観のアニメなんてすっかりなりをひそめてしまったし、ビバップは特に海外受けが良いということもあり、25年以上経った今なお、語り継がれる作品だ。私もリアタイではないが一応視聴はしていて、なんとなく格好いいと憧れもしたし、それなりに楽しんだ記憶はある。おそらくナベシンを担ぎ出すにあたって、「令和に再びあのビバップを」みたいな注文が出たことは想像に難くない。

 ただ、ビバップってのは雰囲気だけの作品じゃなかったってことなのよ。本作に一番欠けている要素は誰がどう見ても脚本の求心力。毎回毎回毎回毎回「スキナーいないねぇ、あっちにいるって? 行ってみよう! いないねぇ」を繰り返すだけで、お為ごかしのように積み重ねられる薄い「秘密結社のメンバーもの」みたいなテイストも、メンバー1人1人に愛着も感情移入もないもんだからサラサラと流れるばかり。だってメンバー5人にしても「個性的な連中が集まったぜ!」をやりたいはずなのに、みんなして別に個性を発揮しないんだもん。最後まで誰がどこで何したいのか、さっぱりピンと来なかった。「ルパン三世」の旧作を見て不二子ちゃんのあれこれを見ていた方がよっぽど刺激的だろう。

 そしてもう1つの「やりたかったこと」は生のパルクール映像。徒手空拳での取っ組み合い、格闘シーンにチェイスの画面がとにかく長い尺を使っており、必死に描いた作画シーンを見てほしいというのも本作の狙いの1つ。わざわざパルクールアクションのために専門家を引っ張ってきたという話だし、「やっぱり昨今のアニメ、作画でも魅せないと」という真っ当なセールス文句をなんか変な解釈で飲み込んじゃった様子。私が1話目時点で「流石にパルクール長くね?」と首を傾げて評価を上げづらかった記録が残っているが、1話目時点ですでに飽きちゃったものを、そこから13話続けられても面白くなるはずがない。そんで中国アサシンとアクセルの関係性とか、別に引っ張るようなネタがあるわけでもないし。ダラダラと格闘シーンを続ける時間があるなら、その時間でもう1つ2つドラマの掘り下げをやって多少なりともキャラクターへの理解を深められればよかったのに。

 トータルすると、なんか「大人がいっぱい集まって会議を重ねた結果、誰も核心的な意見が出せずになんとなく外側だけ決めてったらガワだけの議案が通った」みたいなアニメだった。ここまで「はずされ」たのは久しぶりの感覚だが……でももしかしたら私が気づいてないだけで、何か制作サイドには深遠な目的があって、それをこっそりアニメの中に仕込んでいたのかもしれない。それこそ、体内に潜むハプナのように。

 ……最終回で「ハプナなど幻想だよ」みたいなオチになると思ってたのにふつーに手書きで構造式書いて渡して、急ピッチで特効薬の増産させて間に合ったのは正直ワロタ。世界、柔軟すぎるやろ。

 
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「戦隊大失格 2nd Season」 ―→4

 ごめん、途中から真面目に観てなかったもんだから設定のディティールあんまり把握しないまんまで終わりを迎えてしまった。まぁ、そこまでコミットしてなかった作品の2期目ってぇとよくある話だ(言い訳)。

 流石にそれで「ごめーんね」で終わってしまったら実入りが無さすぎるので、なんで真面目に観る気が起こらなかったかって要素をいくつかピックアップしていこう。まず最大要因の①「作画が……」。もう、なんか今期はそんな作品ばっかりな気がするのだが、今作についてはかなりのがっかりポイント。思い返せば1期は日曜夕方に放送されてたんですよ。それなりに期待感があって、宣伝も打たれてた枠だったおかげでYostar Picturesが頑張ってアニメを作っていると思ってたのに……2期に入ってからというもの、「深夜ならもういいや」みたいな投げっぱなし作画が一気に増えて画面の魅力は激減。作品として成立するギリギリじゃねぇか、くらいの低クオリティまで落ち込んでしまった。勝手なイメージでYostarは作画品質だけは落とすことがないスタジオだと思い込んでいたのだが(少なくともこれまではそうだったはずだが)、この作品で初めて「崩壊」レベルの失態。いったいどんな事情があったんでしょうかね。

 理由その②、流石にシナリオラインが間延びしすぎた。序盤から中盤にかけてのエンドレス石田彰フェイズが長すぎた。なんで今作の設定でわざわざ1つのバトル要素にループものを入れ込もうと思ったんだろうね。いや、入れてもいいんだけど、アニメになった時の盛り上がりがなくて、ただダラダラと(低品質作画の)よく分からんシーンを見せ続ける展開に。先の展開を知らない私もそりゃ石田彰がいることは最序盤から分かってるし、何に期待して観たらいいのかよく分からなかった。そんで1つのくだりでダラダラと尺を使った割には、その後の急転直下の世界観がガラッと入れ替わる展開が性急でよく分かんない流れになっちゃったり。まー、これは私が1期をろくに覚えてないのも悪かったのかもしれないが、残念ながらついていく気は大きく失せた。

 そしておまけの理由③、やっぱこの作者、別に戦隊ものが好きじゃないよね。いや、別に戦隊パロディを描くのに絶対に愛着が必要である、なんて原理主義的な思想はないのだけど、たまたま放送時期的に間に挟まった「戦隊レッド」が割と理想的な「戦隊パロディ」を実現してくれていたおかげで、表層的な設定として(しかもだいぶ歪んだ認識の)戦隊を使ってるだけの今作に魅力を感じることができなかった。まぁ、そうして「戦隊なんて」っていうアンチテーゼを唱えることが主目的であることを考えれば、むしろ戦隊ファンから嫌悪感を抱かれる方が本懐なのかもしれないが……だとするならやっぱり私は楽しむ意味がないということになる。もちろん、戦隊とか全然関係ないところで面白いドラマが展開するなら表層的な部分を気にする必要すらないのだが、残念ながらそんなレベルの話ではなかったのだ。

 なんかこう、全体的に「やらなきゃいけないからなんとなくお話たたんどきました」くらいの印象での幕引き。途中からサブタイトルを見るのだけが楽しみなぐらいでしたとさ。サブタイだけから推察するに、最終的にアンチ戦隊の代表格がドンブラだったって結論になるんだ(そういうことではない)。

 
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「ウマ娘 シンデレラグレイ」 6→6

 とりあえず一旦中休み。分割2クール目が10月から始まる旨はすでに告知されているし、ほんとのほんとに「小休止」。だから現時点で何かを語る意味はあんまりない。

 とはいえ、その中休みをVSタマモの後ろに持ってくるあたりがなかなか憎たらしいね。衝撃的なオグリの「敗戦」で幕を引いて、次なる再起から後半クールがスタート。いわば視聴者目線では「なんかモヤッとした終わり方」に見えなくもないわけだが……でもまぁ、そこに気を持たせるような筋立てにもなっていないので、むしろ沸々と煮えたぎるような感覚を3ヶ月間抱えていきましょうや。

 今作についてはウマ娘シリーズとしては初めて原作を知った状態での視聴だったので、今後の展開がどうなるものかとハラハラしながら見守るという緊張感こそなかったものの、きちんと「これくらいのクオリティで出してくれるだろう」という想定に乗ったアニメ作りができていた。予想も期待も裏切らないってのは簡単そうに思えるけどなかなか難しいもんですよね。まぁ、その辺りはCygamesPicturesのお仕事に不安は一切持ってないのだけども。新番チェックの時に触れたが、本作はまた「1クールで終わらせることを想定していない初の長期アニメ」という特性もあり、その辺の舵取りがどうなるかという不安もあったのだが、きっちり1クール分の尺で過不足ない演出になっていたし、今後も心配する必要はなさそうだ。

 タマモ戦までをぼんやりと見ていて考えたことを付記しておくと、「ウマ娘」シリーズの倒錯した面白みってのは長期シリーズにしてもなかなか面白いな、とか考えていた。普通、ドラマを作る際には「理由」が先にあって「展開」を作るんですよ。例えば主人公がここで一度レベルアップして欲しいからそのモチベーションのために試合で負けよう、とか。ライバルの存在が多くなりすぎるからここで負傷退場してもらおう、とか。面白い展開ってのは考えて作るものなのだから当然だ。

 しかし、ことウマ娘ってシリーズはこの因果関係が逆になる。試合での勝ち負けはすでに「現実が」決めてしまっている。そしてそこに「理由」をつけるのが物語の語り手の仕事。例えば今回のお話でいうなら「オグリはタマモに競り負ける」という結果が先にあり、その理由として「タマモにも抱えている大切なものがあり、そのためにゾーンを超えたからオグリにまさったのだ」という展開が描かれる。そこに脚本家の手腕が試されるし、ユーザー側としてはそうした「普通じゃない」物語の組み立てに楽しさを感じる。

 オグリって、「怪物」だのなんだの言われてるけど、今回のタマモをはじめとして結構「負け試合」が描かれるんですよ。普通の少年漫画だとこういう展開って結構珍しくて、普通に考えたら「最強のはずなのに!」ってヤキモキしそうなもんだけど、1つ1つのレースをどっしりと描いてくれるおかげでそこにフラストレーションが溜まりにくいし、面白さにも繋げられてる。今後の展開でもそういう「史実に裏付けられた創作劇」の妙味を引き続き楽しんでいきたいですね。とりまジャパンカップ、あれもあれでなぁ……。

 
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「黒執事 -緑の魔女編-」 ―→6

 思えば遠くに来たもんだ。アニメシリーズとしては一応5期目(数え方によって変わりそう)、足掛け17年目のとんでもない作品がまた1つの幕引き。当初は大してフォローしてなかった作品だったのだけど、途中から割と楽しくなってるのはやはり積み重ねた歴史のなせる技か。

 いや、それよりなにより今作の最大の売りはCloverWorksによるハイクオリティアニメーションなのだけども……一応Cloverに変更される前のBook of Circusあたりから評価が上がってるので後付けの理由ではある。昨年の「寄宿学校編」に続き、今回も絢爛だったり、妖艶だったり、壊滅的だったりする世界の情景が実に見事な美術設定で描かれた。お話の方も話数を重ねてマンネリズムに堕するかと思いきや、きちんと「ネタ」をガツンと盛り込んでおり、シエルたちの海外出張任務(?)をなんとも即物的な刺激で彩ってくれた。正直、ネタばらし周りの話数は流石に面白くて、「えげつねぇネタだなwww」と笑ってしまった。あまりにもまっすぐな展開だったもんで、逆に想定してなかったわ。

 長期シリーズのくせして新キャラが釘宮理恵だったというのも最初は意外だったが、このポジションのサリーというキャラのために温存していたのだとしたら嫌というほど頷ける(そこまで考えてないだろうけど)。実に真っ当なくぎゅキャラで、その魅力をフル回転させてシリーズの立役者となってくれた。ヴォルフとのコンビもよくできているし、「イギリスから見たドイツ像と当世の世界観」をえげつなく活用するその姿勢は、この「黒執事」という作品が人気を博している理由を端的に表しているように思えた。

 ただねぇ……尺の問題がねぇ……。「尺の問題が」と切り出したら大抵のアニメは「尺がなくてカツカツだった」という話になるんだけど、今作は尺が……あまりすぎた。1クールにするには短めのエピソードだったのだろう、中盤から終盤にかけて、「前回までのあらすじ〜」を全盛期のドラゴンボールばりにゆっくりのたのたやられてしまい、ある意味で超絶親切ではあったが、流石に「やりすぎだろ」と辟易。その辺の舵取りがもうちょいうまけりゃさらに加点してもよかったんだけど……まぁ、長期シリーズだからこそ、前後の帳尻をあわせることの重要性が高いんだろうから仕方なし。

 懐かしの面々など、作品世界のデカさが分かりやすいセッティングもあちこちに散りばめられ、いくらでも続きが作り続けられそうな展開を残している。次のアニメ化はいつになるんでしょうね。


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「忍者と殺し屋のふたりぐらし」 6→7

 毎週感想は書いてたのであんまり追記が必要ないタイプの作品だが、総括としてはなんかやることあるかね。……「シャフト文化の展開」みたいなテーマで一席ぶてないもんだろうか。

 本作の最大の見どころは(良くも悪くも)「ぶっ壊れてガタガタになった倫理観」であることは何度も触れてきた。原作がどういう路線なのかは知る由もないので今後機会があればあたってみたいとは思っているが、とりあえずこの原作をアニメ化するとして、どのような方策があるか。大きく分ければ2つの路線があり、1つはとにかく萌え要素を加速させ、「人の死」が完全にギャグになってしまうようなほわほわでどこか抜けたような演出にしてしまうこと。「死んだ刺客連中があの世でワイワイやってる」なんて描写があるのだからこの方向性で脳天気なギャグを気取ることはできただろう。そしてもう1つはしっかりはっきり「死」を意識させ、シリアス要素はシリアス要素でくっきりはっきり描いてしまうこと。殺し屋このはが自分の去就について思い悩むシーンがあったりするのだから、これまた原作からあった要素だろうし、アニメの絵は頭身を調整したりBGMやカラートーンを調整することでシリアス味をあげることは可能だったはずだ。宙ぶらりんでいるよりは、何かはっきりした路線を示した方が「作りやすい」のは間違いないだろう。

 だが、そうはしなかった。おそらく原作が最も表現したいであろう「倫理倒錯の面白み」みたいなものを、アニメはリスクを覚悟で全部受け止めた。そのために白羽の矢が立ったのが怪しげな作風で知られるシャフトであり、シャフトはこれまできららアニメなどで培ってきた「ぷに萌え」の演出をベースに敷きながら、いつでも間と音で転調できる緩急の絵芝居で今作の持つ二面性を「そのままに」描くことができた。冷静に考えれば色々と変なカット回しは相変わらず多かったわけで、おそらく他のスタジオが任された時には、このなんともいえない「ふざけた真面目さ」みたいなものは表出しきれなかったんじゃなかろうか。

 「シャフトだから」とはいうものの、改めて今の時代に考える「シャフトらしさ」って案外難しい。おそらく我々が真っ先に思い浮かべる「シャフトらしさ」は、それ即ち「新房昭之らしさ」であり、1人のクリエイターの個性がスタジオの看板と密接に結びつきすぎていて、分けて考えることが難しくなっていたのだ。ある時期、新房門下は純度を増しながら拡大と純化を続け、大沼心や尾石さん、龍輪さんといった独力で監督業務を回せる人材を育成し、シャフト外にも拡散していった。時代が流れ、ここ最近は新房さんが「総監督」名義でクレジットされる作品の数も減ってきた(というかシャフトの元請け作品自体が減ってるのだが)。シャフトは「アサルトリリィ」や「ルミナスウィッチーズ」といった佐伯監督デザインの「新房風味のない」作品も安定して生み出しており、そろそろ「シャフト=新房流」という等式も成り立たなくなりつつある。

 そんな中で「次世代の新房派」を模索し続けているのが、今作で監督を勤めている宮本幸裕氏。彼の作風はしっかりと新房時代の影響を残しながら、今作のように「ポップで受け入れやすいマーカー」をつけることで飲み込みやすさを向上させている。もちろん見る人が見れば「シャフトっぽいな=新房さんっぽいな」と思わせる部分は多いのだが、おそらくそれは宮本さんが意図的に混ぜ込んでいるファクターであり、彼のデザインは新房的なアイコンを適宜オンオフできるようになっている。そして、今作はそんな「二つの局面の使い分け」がうまくはまり込んだ好例のように見えたのである。

 今後のシャフトの、宮本さんの作品作りが「ネオ新房」として更なる発展を遂げるか、はたまた「ライト新房」と受け取られて二次的なものだと結論づけられるかはまだ分からない。しかし、少なくとも今作のように一定以上の成果をあげられる試みであると、私は思うのだ。

(まぁ、新房さん自身にももっと作品に関わってほしいとは思ってるんですけどね。まどマギの映画につきっきりなんかな)。

 
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「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦 SeasonⅡ」 ―→4

 長い道のりでしたね……。忘れた人もいると思うので確認しておくと、本作は昨年夏クールに1度2期の放送が開始したが、その後「映像クオリティの維持のため」という聞き慣れた(聞き慣れちゃダメな)理由により放送を中止。この春、半年の沈黙を破って改めて放送が再開されたのである。おかげで1話の放送から最終回までがほぼ1年がかりという、望まざる長期作品(長期作品ではない)になった。

 そして、そこまで頑張った結果なのだが……ねぇ、映像クオリティは? 作り直したという割に、全体的な作画は明らかにショボい。ド派手なエフェクトバリバリのバトルが売りの作品なのでカロリーが高いのは理解できるが、だからとてこのキャラ作画で放送しちゃったとなると、「この半年何しとったんや」という感想しか出てこないのである。SILVER LINKだけじゃ不安だってんで(?)2期から2社体制になったというのに……マジでどういうスケジュールで制作されたんだよ。

 そんな理由で、正直話の中身はさっぱり入ってこなかった。まぁ、元々1期からブランクが長すぎたせいでほとんど覚えてなかった作品だったが、こんな経緯で、こんなクオリティではちょっとでも「思い出してみようかな」というモチベが起こることもなく。大人しく埋葬されることを願うしかない。

 ただ、ここまでの惨状の割にはまだ評価する余地はあると思ってはいるんですよ。1期の頃はチョロイン・アリスさんの可愛らしさ、チョロ従者リンさんの可愛らしさ、そしてミスミス隊長の健気な可愛らしさなんかはある程度楽しんだ記憶はあるし。2期目はミスミス隊長の活躍こそなくなっちゃったが、代わりのサブヒロイン・シスベルの活躍もあったし、あまりに悪辣に暴れ回る沢城女王の暗躍とか、筋立てはむしろ楽しそうな部類だったのだ。ほんと、スタジオとスケジュールに恵まれていれば一気に売れ線商品になってもおかしくなかったと思ってたのに……。R.I.P.

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「アポカリプスホテル」 7→9

 去年1回タガを外したもんだから割と気軽に高得点も記録できるようになりました。今作の場合はあんまり躊躇いはないです。強いて悩ましい要素があるとしたら、過去に7、8点付けた作品でも今なら9でいいかなあ、って思うことはある。多分「よりもい」あたりはエラッタ出すと思いますね。

 もひとつ現時点での悩みがあるとしたら、年度開始の春クールでこの作品が出てしまって、来年春に執筆する予定のグランプリ記事で今作を乗り越える作品が現れるか、という部分。去年の春に「まけイン」が出てきた時も似たような不安があったんですが、現時点では多分タイトル部門・ヒロイン部門・アニソン部門でぶっちぎり。エピソード部門が残ってたら多分11話がとってることでしょう。それくらいにもう、ぞっこんのメロメロ。なんだろね、こんなに最高に大好きな作品が年1本以上のペースで現れてくれるもんでアニメ視聴はやめられねーですよ。でも完全オリジナルアニメでこの結果はほんとに快挙だなぁ。それこそ「よりもい」以来と言われてもおかしくないレベル。

 今作の良さについては、もう皆さんが好きに語ってもらえばいいんですが、強いて私から1点あげるとすれば、こんだけ野放図にあっちこっちにぶっ飛んだ内容を描いたはずの作品だったのに、不思議とその根幹に「らしさ」みたいなものがあったことかな。冷静に考えて、我々視聴者がこの作品と出会ってからまだ3ヶ月しか経ってないんですよ。ヤチヨさんの顔を初めて見てからのべ時間数にして数時間分。ポン子たちに至ってはそれ以下だ。その上、毎回ぶっ壊れたり大気圏突入したりタンクったりグレたり死体遺棄ったりして、表層的に見れば「毎回予想もしないトンデモ展開だらけのイカレ作品」になってるじゃないですか。実際、毎週の視聴時には「どうすんだコレ!」と思いながらその破天荒な成り行きを固唾を飲んで見守っていたと思うんですよ。昨今のアニメだけじゃない娯楽の共通要素として「飽きられないようにとにかく刺激を与え続ける」という刹那的な方向性があり、今作もその例に漏れずに「刺激を与え続ける1クール」だったのは間違いない。

 でも、その上で「なんでもありのぶっ壊れ作品」じゃないんですよ。その根底に「アポカリプスホテルって、こういうアニメなんだよ」っていう何かしらの「らしさ」があって、なんなら僕らは1話目時点でそれを叩き込まれていた気がする。視聴者が11話を見て説明不足だと思うどころか「情報が多すぎる!」ってうれしい悲鳴をあげてたのは、きっとヤチヨさんの一挙手一投足に、背景美術の隅々にこの作品が伝えたいことがぎっちり詰まっていることを感じ取ることができたおかげだし、あれだけちゃらんぽらんな展開を迎えた最終回に至っては、「そうそう、やっぱここに戻ってくるのがこの作品なんだよな」ってありえない安息を得ていたと思うんですよ。たった1クール、否、ほんの1話か2話でその水準まで何かを伝えることができるアニメって、それだけでとんでもない話だと思いませんか。

 SF、ギャグ、アクション、スリラー、ホームドラマ。あらゆる要素が詰め込まれているのに、どの部分についても手癖でなおざりに処理することなく、奥の奥まで設定を作り、しれっと描いてみせる周到さ。そしてそれをアニメという媒体が求めている最高に素敵な「画」でもって提供してくれる技術力。何がどうなってこんなとんでもないオリジナルアニメが生み出されたのかは分からないが、まだまだ日本のアニメ業界もこういった爆発を引き起こすだけのエネルギーが渦巻いているということがとても喜ばしい。とりあえず、監督の春藤佳奈さんというお名前はしっかり覚えておいて次を待ちたい。そしてなんといっても、ヤチヨ役を本当に楽しんで、全力でやりきってくれた白砂沙帆にも最大の感謝を。

 
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「九龍ジェネリックロマンス」 6→5

 時間の関係で最終話感想とこみこみで。ぶっちゃけサボりではあるのだが、まぁ、今作はこれでいいやという気もしている。

 基本的に、今作の最大の誘致要因はシナリオラインの謎だったと思っている。ジリジリと続く幻想的な風景の中、いったい何が起こっているのか、どのような結末に辿り着くのか。それが分からないからこそ、毎回あーでもないこーでもないと妄想を膨らませて、その実態を追うモチベーションが上がった。となればその結末が非常に重要になるわけだが……これ、結局アニメオリジナルってことなんですかね? どうやら原作はまだ続いてるようなので、少なくともこの終わり方ではないはずだし……。

 そして、そんな最終回が……いや、別に納得いかないってわけでもないのだが、やはりちょっと投げやりだったなぁ、という気はしてしまう。具体的に何が足りないって要素もあげられないのだが、原作からしてアニメ1クールでまとまる話を描くつもりはなかったわけで、それが無理やり1クールにまとまるようにふろしきを畳んだら、やっぱり全体の構成は歪になってしまうだろう。最終話では色んな部分を「もぅ、工藤さんったらしょーがないわねぇ」で片付けてしまっており、いくらなんでもそれであらゆる不可思議現象を飲み込めってのは無理な話。トータルしたらやっぱり印象は悪くならざるを得ない。

 とはいえ、毎週の展開が気になったのは事実だし、個々のパーツに色々と光るものがあったのも事実。「九龍」「夏」というえも言われぬ空気感はかすむ陽炎のような情景をしっかり描いていたし、鯨井さんを筆頭に女の子が割と可愛い。なんなら男の子だってちょっと可愛い。全ての要素が飲み込めるようになったら、これらのキャラの魅力も一回りおっきくなったんだろうけども。作画については「やや良」くらいで推移したが、よりによって最終話でちょっと崩れてしまったのは惜しかったか。ことに鯨井さんのプロポーション、おっぱいがナニなもんで少しでもバランスが崩れると一気に漫画的で嘘くさいデザインになってしまうのが罪作りである。スーツ姿でも隠しきれない爆乳、ちょっと要素として盛りすぎだったわ。

 結局「みんなして飽きもせずにループもの作るわね」というのが結論になってしまうのがなんだかもったないところで、8月32日の話も「定番」の上をいくにはもう一歩。色々と惜しい作品だった。


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「神統記(テオゴニア)」 4→4

 今期の「別に面白くもなんともないけど切りすぎるのも申し訳ないと思って一応キープしておいたなろう」枠。なろうの場合「嫌悪感がそこまで強くない」が視聴動機になるのはほんとどうかと思うけど。

 ぶっちゃけ、第1話での印象がそのまま続いただけの1クール。最初に「なろうっていうか、なんかジャンプの新連載っぽい」と思ったのだが、ここまで視聴して「2、3巻くらいで打ち切られるジャンプ漫画っぽい」になった。筋立てがね、あまりにヒキがなくてね。そんでアニメとしての押し出しもなんもないから、毛嫌いする理由が少なくても、見続けたいと思う要素がさっぱり見つからなかった。

 一応、ヨイショだらけのクソなろうと違って主人公に対して色々と辛そうなイベントをぶつけていく姿勢ははっきりしているし、「他の部族との関係性」みたいな部分で世界を彩ってやろうというプランが見えるあたりは多少先行きを考えている部分だろうか。

 「前世の記憶」が何一つ意味をなしていない部分はずっと気になってはいたのだが、おそらくこの「中世アジアンファンタジー」みたいな世界観に際立ちを持たせるための1つの指標を与えるための方策だったのかな、くらいの印象。アニメの場合は放っておいても背景やらなんやらで世界の全体像をイメージさせることはできるが、小説媒体でこの世界を伝えようとするとけっこうな筆力が必要となり、どのあたりから「異世界らしさ」を見せるかというのは簡単な課題ではない。そこで「現代との差」を手っ取り早く見せられるのが「前世の記憶」であり、それを持ち出しておけば「あぁ、そういえばこれって異世界ファンタジーだったっけ」ということを思い出すことができる。あまりに端的な運用はやはり好みではないのだが……1つ1つの要素を取り出せば、多分原作者は色々と頑張りたいのだろうな、というくらいは受け止められるかもしれない。

 とはいえ、相変わらずどういう層からのニーズがあるのかは分からんのだが……。作品と全然関係ないところから貶めるみたいで申し訳ないが、この度確認のために見に行ったWikiのあらすじのテキストがマジで小学生の作文みたいでひでぇ状態になってたのがなんか可哀想だった。色々と察するよね。

 
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子
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