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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「魔入りました!入間くん(第4シリーズ)」 ー→6

 長期シリーズになったし、原作もまだまだ元気に連載を続けている様子。今更ここで評価をする意味もないのだろうが、とりあえずの節目なので一旦の結論として。ちなみに次なる動きは劇場版らしいですよ。まぁ、劇場版の後にも絶対にいつか5期は来るだろうからな。

 こんだけ長期シリーズで制作・放送されているチャンピオンアニメってのも凄くね? と一瞬思ったが、考えてみりゃ「バキ」「弱虫ペダル」とこれより長い作品も意外と現役で続いているので、チャンピオン漫画って案外図太いところがあるのかもしれない。ただ、作品としての輝きはずいぶんな違いがある気がしており、比べて貶す気はないものの、あまりに変わり映えしない「弱虫ペダル」についてはだいぶ前に断念してアニメの視聴も打ち切ってしまった。長期連載なんてどんな雑誌だろうがマンネリ化との戦いである。

 しかし、今作は凄まじいことにそこまでのマンネリ感が無いのだよな。いや、何か鮮烈な刺激があるってわけでもないんだろうけど、毎シーズンそれなりの山場もあるし、ちょっとずつではあるが入間の成長が見られて、さらには周りの環境もどんどんアップグレードしているイメージがちゃんとある。それはみんなのランクが上がってるとかいう具体的な要素でもあるんだけど、なんだろね、自然な世界の広がりというか、キャラが増えたなら増えたなりの「次のふくらませ方」がちゃんとしているというか。

 例えば今シーズンのエピソードで言えば最初は音楽祭の話だった。「そんなんありかい」という設定の隠れたクラスメイト・プルソンの導入から始まり、クラスのランクアップも兼ねたお話で、アニメとしてのクライマックスにはまるまる1話を費やしたステージングのお話があり、アニメとしてもガッツリ盛り上がりが分かるようになっている。さらに直近ではデビドルイベント編があり、こちらは人気キャラ(?!)イルミちゃんを徹底して擦りつつ、盤石のクラスメイトくろむちゃんを中心とした新たな「デビドル世界」の広がりを見せる。単なるイベントキャラとはとても思えないくらいに濃密な絡みを見せた新たなアイドル・ギャリーが登場し、お手本のような同性間のクソデカ感情話を成立させた。ありきたりな言い方をするなら、その場その場で「捨てキャラがいない」構成がちゃんとできているのである。よくもまぁ、このテンションで長期連載を続けられているものだ。

 個人的には今期もちょろっと登場して傷跡を残してくれたキリヲ先輩はずっと気になってる存在だし、まだまだ展開は残されてるのよね。はてさてどこまで続くものやら……こんだけやって作中で1年しか経ってないってマ?

 
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「いびってこない義母と義姉」 5→5

 せーのっ\一迅社!/ まぁ、まだ一迅社アニメ残ってますけど。毎週可愛いグンちゃんをありがとう。

 1話目視聴時点で「もうタイトルの要素完全に回収してるし、今後ミヤかわいがりネタだけでどうやって話し続けてくんだよ」という心配をしていたわけだが、ふつーにハートフルホームコメディ・学園コメディとしてなんの問題もなく成立していた。本当にただひたすら「優しさ」だけでできている物語であり、こういうのを形容してよく「毒にも薬にもならない」という表現をするが、今作に関しては「毒には絶対ならないけどちょっとくらいなら薬にはなるかも」という満足感が得られるものになっていた。ネタの中核が「ミヤ可愛がり」なのはブレないのでそれ単体ではネタ回しもすぐに枯渇しそうだが、元々虐げられて真っ暗な世界を生きてきたミヤを可愛がろうとした場合、自然と「外の世界に触れさせていく」展開になり、世界の広がりがそのまま追加キャラや場面転換など、そのまま作品世界の広がり、身も蓋も無い言い方をすれば「ネタの追加」につながる。そうして学園に進出し、クラスメイトが増え、生徒会と絡み……と続けていったら、いつの間にやら1クールが終わっていた。ブレないテーマ設定でここまですんなり見ることができたのはちょっと驚きである。

 まぁ、だからとて何かが特別面白かったかと言われたら首を傾げるところではあるが、退屈な話だったかと言われれば問題なくNOと答えられる。それぞれのキャラはちゃんと立っていたし、周りのキャラのバリエーションを増やすことで自然にミヤの「可愛がり」にも変化を与えることができる。いわゆるプリンセスメーカー的な成長物語としても楽しめるし、そこかしこで女の子たちの絡みが大量発生するのでほのかな百合的テキストも堪能できる。なるほど、もしかしたら単なる思いつきから始まった作品だったのかもしれないが、ちゃんと続いて人気を獲得するには理由があるわけだ。納得である。

 そしてキャストの話だが……あえて今作を契機にピックアップしたいのは毎度お馴染み、くじらさんである。声優としてはネタ枠というかイロモノキャラに当てられることが多い人で、今作におけるてる様も間違いなくイロモノなんだけど、今期は偶々こうした「スタンダードなくじらキャラ」であるてる様に加え、最大の厄介者となった「無職転生」のヒトガミ、そして静かなる大人物・ボラクチン様と、くじら七変化が楽しめるよいシーズンだったのでここで触れておきたい。こういう声優さんで、業界は成り立っている。

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「これ描いて死ね」 6→7

 こういう構造の作品ですんなり2期の発表があるのはちょっと意外。おかげで原作を追うことが禁止されてしまったネ!(嬉しい悲鳴)

 最終話も素晴らしかったので本当な個別で記事を立てるべきだったのだが、スケジュールが立て込んでるのでこちらで総括させてもらう。まぁ、とにかく話が面白かった。そしてその構造を支える魅力的なキャラクターたち。ほんとにふわっとした評価だがそれ以上に言うこともない。奇しくも最終話では金剛寺さんが安海の漫画への評価として「設定は面白いがキャラが弱い、プロの漫画はキャラが勝負よ」と言っていたわけだが、今作は「プロの漫画家」が描いているわけで、設定が面白いのはもちろん、キャラがとにかく立っているのがあまりにも明確な「良質なサンプル」である。

 キャラの魅力でいうと、もちろん漫研の4人だってサイコーだけど今作の「設定」も全て飲み込んで世界を背負い込んだ存在は間違いなく手島先生である。彼女が過去と現在を自由自在に行き来して繋いでいく「漫画を描くということ」への言及がとにかく真摯で、切実で、素敵なのだ。もちろん彼女の人生を思えばそれを手放しで「素敵ですね」とは言えないわけだが、彼女がかつてにえたぎらせていたマグマは本物だったわけだし、本人は「空っぽになってしまった」「何も残せなかった」と自棄になっていたが、間違いなくその種火が安海という未来へと受け継がれ、新たなマグマへと繋がっている。先生の中では「死んで」しまったものが、次の「描いて」につながっているという事実が、この作品のタイトルに集約されているのだ。

 この手島・安海の二面体制が「設定」の妙。これまで我が国では数多くの「漫画家漫画」が作られているが、その中でバイブルとなっているのは当然「まんが道」、そして別軸で新時代を切り拓いたのが「バクマン。」ということになる(個人的にはそこに「えがたえ」も入れてほしいけど、流石に規模がちょっと違うか)。そして今作は、また新たな「漫画家漫画」の軸を生み出したブレイクスルーである。新奇性に富む設定と、それを体現して尚且つ魅力を発揮しまくるキャラクターたち。なるほどこの両輪は必須なのだな。

 そうして魅力的な原作漫画を力一杯アニメにしてくれたシンエイ動画の頑張りも見過ごしてはならない。「漫画世界のアニメ化」はさまざまな方向性が考えられるのでなかなかベストの解答を導き出しにくいとは思うが、今作の「漫画世界の表現」や「現実世界にはみ出してきた突拍子も無い漫画たち」の映像は心躍るものになっており、「安海が憧れた世界」と「安海が創り出した世界」の両方を彩っている。別に動画枚数が凄まじいとかいう話ではないが、最終的に依って立つべき部分が「安海の世界」であることは画作りの時点で共有されており、それを表出させるために全力を注いでくれているのが分かる。ぜひ、この調子で2期も「非現実の現実化」を溢れ出させてほしい。

 そして毎度のことながらキャストの話。MVPは安海役の関根明良と手島先生役の早見沙織のダブル受賞。ここは流石に甲乙つけ難い。関根明良は毎度のことながら溢れるエネルギーを遺憾なく発揮しつつ、実は安海の書いた漫画のキャラや擬音などは全部1人芝居でこなしている。この辺りの表現力も見事なもの。手島先生はもはや語るのも野暮だが、その溢れる情念と大人が抱える葛藤の表現が見事。めんどくさい人なのにあまりに愛おしい。そして個人的嗜好で絶対に無視できないのが、そんな手島を影から見守り続け、彼女の願いが成就したことに涙を流す寺村七ちゃんの存在。叶わぬ願いかもしれないが、本作で七ちゃんを主人公としたスピンオフとかがあったら絶対に面白い。CV種﨑敦美が抱える魔力の恐ろしさ。

 他にも藤森さん(重量オーバー)役の仁見紗綾、光ちゃん役のいのすけと脇キャストもにぎやかだし、異様な存在感を残した赤福役の藤村花音という名前もきちんと覚えておきたい。

 まだまだ、これを観ないと死ねません。

 
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「転生したらスライムだった件(第4期)」 ー→4

 もはや何も語ることができないくらいの距離感になってしまったのだが……一応視聴完了のお知らせまで。ぼちぼち、次シリーズからは手をつけない方がお互いに幸せかなぁ、とか思い始めている。

 作品の良し悪しを語るにはあまりに適当な接し方しかしてないので、しょーじき内容なんてほとんど追いかけてない。ビッグタイトルだからってんで一応は観てるフリはしていたが、すでに前クール、なんなら前々クールあたりから話なんておっかけちゃいなかったのかもしれない。その上で、何かインスタントな刺激があればありがたいし、視聴モチベが回復する可能性もあるかと縋りついていたのだが、残念ながら今期はそうした動きはなく、より混迷を深める結果となってしまった。

 前クールの「会議アニメ」からは脱却したが、今期クライマックスは謎のタイムリープ展開。まぁ、長期シリーズになって新たな刺激を入れるとしたらこういうギミックを使うのが手っ取り早かったのだろうが……タイムリープものってさ、それだけで作品構造が決まってしまう諸刃の剣だし、なろう以外の媒体も含めて、擦られまくってすでに塵と化してしまっているジャンル。長大なストーリーの一片として片手間で取り扱って得するようなものではない。余計なややこしさを孕んでシナリオがぐちゃぐちゃになってしまうリスクを抱えながら、安易だという印象を与えてしまうというデメリットばかりが目立つことになってしまう。よりによって今期はその手の作品の本舗である「リゼロ」と同時期に放送されてしまったこともあり、「なんでお前らがそんなことしてんだよ」というツッコミの対象となってしまった。

 いや、ちゃんと観てたら筋が通ってて刺激的な素晴らしいプロットだったのかもしれないが……遺憾ながらすでに私はそれを判断する術がない。そうしてシーズンごとの推し要素が受け取れないと、やっぱり基本構造の時点であんまり楽しいと思えてない作品ではあるんだよ。やっぱ主人公とその判断器官(天の声)が分離してる構造は単なる「無責任」なんだよなぁ。何もかもがオートで進行するゲームは確かに現代らしくはあるんだろうけど。さらに同時期に「天の声」(もどき)に思いっきり裏切られる「無職」があったもんで、こっちのお花畑感が際立つことになったのもなんの因果なのか。

 まぁ、5期目が始まったらその時に改めて接し方を考えますわ。

 
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「令和のダラさん」 6→7

 今期の「毎週感想は書いてないけど良いと思いながら観てた作品」2つ目。そしてこいつはギャグとして思い切りドはまりしてたので、ちょいとタイプは違うが今期のヒーラー枠と呼んでしまってもいいかもしれない。ちなみに、序盤に1回「感想書いたのにブログにupするの忘れてた」というタイミングがあり(多分デトックス期間)、あまりのショックで感想書かなくなっちゃったというどーでもいい裏話がある。趣味のブログで記事のお蔵入りとかあるんや。

 とりあえず、1話目で面白いと思った要素が素直にそのまま伸びた作品で、とにかくギャグのテイストが肌に合ってそのままの速度で走り抜けた印象。強大な力を持つダラさんを取り込み、超絶ハイスペ姉弟が「またなんかやっちゃいました〜?」と無双する話と解釈できなくもないのでベースになろう的チート成分も伴うのだが、今作の本質はそこじゃないので無問題。むしろ全能者たるダラさんは毎度毎度振り回されて困る役ばっかなのでチートでもなんでもないよな。土地神にマジレスさせ続ける三十木谷姉弟のスペックがおかしいだけや。

 本作はそうした「土地神かわいがりギャグ」をベースにしきつつ、結局最後まで必ず1話の中で過去話も並行して走らせ、ドン引くくらいにダークで救いのない過去の怪談話も描写するのが最大の特徴。ダラさんの地獄のような末期を考えれば「何わろてんねん」クラスの話なのだが、その辺りを飲み込んじゃうって話は最序盤で結論が出ており、「これはこれ、それはそれ」でシリアス怪異ものと現代怪異ギャグが全く同じ熱量で垂れ流される異様。そのくせ何かがブレてるという感じにもならず、ちゃんとダラさんを中心に1本の物語として成立しているのが綺麗だ。よくもまぁ、こんなトンチキな構成を思いついたもんである。

 異常者たちが全員ちゃんと異常者でどこを拾ってもキャラが濃いのはギャグとして秀逸だが、やはり個人的にはそれらを牽引した中の人たちの頑張りに触れなければいけない。1話目からずっとage続けてるんだけど、作品の空気を支配し続けていたのは間違いなく薫役の寺澤百花。なんでこんなクソガキテイストが似合いすぎる声なんだろう。今期はわがままショタっ子役を同時に2役こなしており、どちらも存在感があって実に良い「弟気質」を発揮してくれている。もちろん、そんな寺ちゃんのやりたい放題をブーストさせている日向役の津田ちゃんもいい仕事。津田ちゃんも今期は「姉」役で2キャラ担当してるが……これは温度差が凄すぎてあんまり比較できんな。

 他のキャラもいちいち濃くてエグくて笑える連中ばかりだが、途中でちょっと触れたけどおろちこと谷跨斑の芳忠さんがまた可愛らしくてね。「でこぼこ魔女の親子事情」で推してた土師さんフェニックスに近い美味しさがある。蛇ってもしかしたら可愛いのかもしれん。

 今作は原作の展開からして2期はそうそうなさそうだが、当然「原作読みたいな」作品にはカウントされてます。どうしようかな……。

 
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「ヤニねこ」 4→4

 今作の最大の功績は「稲田徹の実写態をフル活用したこと」じゃなかろうか。まぁ、東映作品でも実写出演したりするけども。稲田さんもノリノリだったし、おっさんが50を超えて人生初グラビアを撮影したり、そういう稀有な経験を与えるアニメだと考えると、なるほど特殊な立ち位置に意味はあるのかもしれない。

 でもまぁ、話題性の高さから一応最後まで眺めてはいたが……1話目で抱いた「この作品が嫌いだ」という印象が変わることはなかった。そりゃそうだ、「生理的に無理」は生理が変わらなかったら更新されないんだから。いろんなところで俺には「無理」が揃っていた。個人的な嗜好でいうと、結局私はどこまでいっても「はみ出せない」人間なのだろう。モラルに反した人間を「ただそのハズレた様子を見るため」だけに描写されることが嫌悪にしかつながらず、全く笑いには転じなかった。別に社会道徳に反することを描写するなということではない。わたしゃ殺人を扱ったミステリが大好きだし、アニメによく出てくるサイコな殺人鬼とかを気に入る時もたくさんある。ただ、それはフィクションという分厚い幕の向こうに置いとくから安心して楽しめるわけで、今作における「クソ野郎ども」は「フィクションですよ」という免罪符を振り翳しながら、描写に「日常感」を求めてもいる。これだって所詮はフィクションなんだから笑い飛ばせよ、と思われるかもしれないが、残念ながら単に何かが「劣る」というだけで人を笑う感覚はだいぶ鈍い。

 いや、違うのかも。もしかしたら、私の生活がどこかでヤニねこたちの生活ですら「嘘と言い切れない」くらいに汚れて乱れているからこそ、何かを自分に引き寄せて嫌悪感を覚えているのかもしれない。……そう考えるとちょっと立ち直れないな……。いや、そこまで俺も人として堕ちちゃいねぇよ……そう信じたいよ。

 今作を笑い飛ばしてすぐに忘れられる人は、きっとこれをフィクションとしっかり区分けできる幸せな生活を送っているのだ。そういう人たちは、その分厚い幕の存在を大事にしてほしい。獣人たちの荒んだ生活は、意外と身近なところに転がっているのかもしれない。

 
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「スーパーの裏でヤニ吸うふたり」 4→4

 まー、印象は特に変わらず。もしかしたらこういう話を求めている人はいるかもしれないなぁ、という他人事のような理解はありつつも、少なくともその誰かの中に俺は含まれてないな、という気持ちが変わることはなかった。

 「だらだらするだけの会話劇」って別にあってもいい作品構造ではあるんですよ。最近だとフードコートでだべってたJKがいたし、伝説に残るきららアニメ「ゆゆ式」だって面白さのほぼ10割が会話劇。アニメにする意義が薄いんじゃないかという疑問は常につきまとうが、決して「意義がない」フォーマットではない。逆に難しいからこそ、アニメにした時の創意工夫が輝くジャンルとすら言えるかもしれない。

 ただ、今作はそうして振り切れた「会話劇」で終わるものではなかった。焦点は「会話劇」というよりは「ラブロマンス」にあって、まだるっこしい関係性でいちゃいちゃしている佐々木と山田を見守ることこそが本作の主軸。そうなると2人の人間性は会話劇の時以上に重要になってくる。そして私は、主人公の佐々木という男のメンタリティがどうにも理解できずに最後まできてしまったのである。よく揶揄されるのは「おっさんと若い子がいちゃつく話でおっさんが感情移入できるように作られた非現実さえないおっさん像」っぽいキャラ。ただひたすらに善人で、鈍臭いくせにズレてるポイントが変なとこで女の子に刺さる。「自然体で行動しててもいつの間にか女の子を気にさせちゃう」という理想の中年男性像。そして、そんなキャラを掘り下げれば掘り下げるほどに、非現実が加速する。

 対する山田も非現実っぷりは突き抜けており、やはり「漫画だから」と言われても山田と田山の一人二役の無茶さはだいぶリアリティラインを引き下げている。佐々木の善人っぷりに負けず劣らずの「んなわけあるかい」要素で、そこを嘘だと思いながら見ると、喫煙所の対話劇をどこまで「等身大」にしたところで、近さや親しさを覚える以前に胡散臭さを感じ取ってしまうのである。

 まぁ、まとめると「こんなおっさんが可愛い女の子に惚れられてるのは許せねぇなぁ」というやっかみだけなのかもしれませんけどね。俺多分タバコ吸ってる女の子とは一緒に過ごせないだろうから別にいいや(負け犬ハウリング)。

 
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 「お前のは分かりにくいんだよ」最終話! さすが義満公、言いにくいことをばっさりと言ってくれる。でも、ほんとそう。そして芸能の機微なんてもんは、得てして分かりにくいもんでして。

 これにて仕舞いかぁ。ふむ、分かるようで分からない、でも少し分かるお話でしたね。多分この分かりにくいいかにも日本的な決着(?)について、少しでも説得力を増すための方策として「犬王との対比構造」が組まれたのだろう。犬王が見せたのは徹底的に個人の技術に依拠した文字通りの「一人舞台」で、卓越した犬王の身体能力がなければ実現し得なかったもの。当然その超絶技巧に人々は魅了されるし、「国が支えるべき舞の文化」ってのはこういうもんだと思わせるだけの説得力があった。そりゃ義満だってこっちの方が好きだ。

 対する鬼夜叉は、そんな犬王の舞を見て以降ずっと自分の立ち位置に悩まされてきたし、いうことを聞かなくなってしまった自分の身体にもなかなか折り合いがつけられていなかった。しかし、悩んだ末の実家で気づくことができた「初心」。そこには猿楽のいろはを叩き込んだ父がいて、切磋琢磨してきた石也が、五郎がいた。周りには舞の修練を重ねる小さな子供もいて、脈々と受け継がれる観世座の歴史が息づいていた。

 そこで単に「この座の伝統を守りたい」で落ち着いていれば鬼夜叉も単なる人の子で終わっていたのだが、そこからもう一歩進めたのが彼の歴史的な偉業なのだろう。「良いものは守らねばならぬ。そして、守るためには変わっていかなければいけない」。彼が初心に戻って得た結論は、自分の身体性を超えたあらゆる「座を取り巻く環境」、否、「猿楽という文化を取り巻く環境」を全て飲み込んだ上で、それを再出力して舞の形に残すこと。そしてその形状に名前をつけてやること。個人で作る舞には限界があるが、形成と継承が進めば、それは身体の檻を破り、歴史・文化に根付く「形」となっていく。そして今、その形には「能」という文字が当てられている。

 今回の舞台で、鬼夜叉の狙いが一般大衆に届いたかどうかは定かではない。客席にはブーイングと共に帰っちゃうお客さんもいたし、「遅すぎる」シーンなど、どうしたって頭でっかちで理解の及ばない場面もある。おかげで義満にはあんなことを言われてしまったわけだが、少なくともこれまで猿楽を見守ってきた人間たちには、鬼夜叉の思いはいくらか届いたようである。千晴、増次郎、そしてコガネ。全ての出会いを巻き込んだ鬼夜叉の人生は、次第に鬼夜叉という個を離れ、「風」の「姿」を「花」と成し、「伝」えられるべきものとなっていく。とてもではないが一個人が大成させられるものではないだろうが、鬼夜叉の目指す「良い」形とは、時代のくびきを飛び越えて、未来へと伝えていくものなのだ。

 成ったか、成らずか、鬼夜叉はそれを感じて人生を送ったのだろうか。判断すべきは、数百年後の未来に生きる、我々なのかもしれない。

 
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「幼女戦記Ⅱ」 ー→5

 あの終わり方で3期の発表無いことあるんやな。どうみても「Ⅱ」が消えてその後ろから「Ⅲ」が浮かんでくる演出だと思ってたのだが……1期との間隔を考えると、3期の放送は2035年ごろです。

 うーむ、時間とは残酷なもので、1期の時は大いに楽しんでいたこの作品も、久しぶりに始まったらなんだか目の前を通り過ぎるだけになってしまい、あんまり感想を書きたいと思えるような作品ではなくなっていた。これがねぇ……結構不思議なことで、アニメーションのクオリティは全然落ちてないんですよ。むしろ準備期間が長かった分リソースは追加されてるんじゃ無いかと思えるレベルで、話数によっては劇場版と見まごうダイナミックな戦闘描写が実に見事。1期も劇場版もその凄絶な戦争風景の強さで人気を勝ち取ってきた作品なのだから、映像で見劣りしないなら1期と同じくらいに盛り上がり、楽しめて然るべきである。

 ただ、何故かそうなってない。心がそこまで踊ってない。これはもちろん「1期のお話を忘れちゃってるから」というのもあるのだが、それ以上に2期のシナリオラインが地味な部分が多かったのが最大の理由じゃなかろうか。2期の主人公、もはやターニャじゃなくてゼートゥーアさんなのよね。物語としてはゼートゥーアとルーデルドルフのおっさん2人の友情物語が8割で、幕引きもそのためだけに花道が用意されていた。いわば今作は「幼女戦記Ⅱ」ではなく「おっさん×おっさん戦記Ⅰ」だったのである。

 まぁ、今作の魅力の1つに「渋いおっさん大集合」があるので、そこを押し出された作劇でも何にも間違っちゃいないのだが……でも、やっぱり「戦記もの」としての画面は地味になるよね。腹芸の出し合いとジジイマインドの意固地さの戦い、むしろ共感性は上がってる気もするんだけど、戦時下のノンストップ軍人とマインドを共有するわけにもいかず、結局は一歩引いて「おっさん達可哀想やな……」と思うぐらいしかやることがないのである。おっさんが始めた戦争でおっさんが死んでいく様子……なるほど実に地獄絵図だ。

 でもまぁ、今回のお話がちゃんとアニメとして放送されたことは意味がある気もしている。こういう言い方をすると大変失礼な部分もあるので先に謝っておくが、ルーデルドルフ役の玄田さんが元気なうちに見せてもらえたことが嬉しいのである。玄田さん、以前体調を崩して休養してたこともあるし、お歳がお歳なのでどこまで頑張れるか分からない。でも流石に今作のルーデルドルフは玄田さん以外に考えられない。お元気なうちに素晴らしい仕事を見せてもらいました。(芳忠さん、まだまだ頑張れ)

 
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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