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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
冒頭、いきなりクセつよな光ちゃんの漫画からスタートする画面がインパクト抜群だが、その漫画で語られるのは、光ちゃんがこれまでどんなポリシーを持って育ってきたかという人生録である。彼女の母親、へびちか先生があまりに強烈すぎるキャラなもんで、光ちゃんは親の恩恵を「才」という形で受け継ぎ、その志もきちんと受け継ぎつつも、自分の親が「怪物」の類であることは理解している。彼女が漫画の中で自分の生活を「森の中」に例えているということは、無意識かもしれないがどこかしら世間との隔絶は感じているし、それが決していいことばかりではないということもなんとなくは分かっているのだろう。ただ、彼女は少なくとも現段階においてはその生き方を否定する理由も持ち合わせてはいないし、幸か不幸か「10%」の方の人生を歩めてしまっている。彼女が親の爪の下を離れ、1人で人生のその先を決めるまで、まだ少しの猶予がありそうだ。 そんな光ちゃんは、安海に何かしらの可能性を見出したし、藤森さんの絵のスキルは手放しで評価しているため、この2人については「10%の方」と認識。2人を名前で呼ぶのも、それぞれが持っている「爪」に対するある程度の評価の表れであろう。そして「下に見ているかも」の「かも」は多分オブラートでしかない赤福との関係性。赤福はなんもねぇ90%のカスの方であろうと決めつけており、それが普段の接し方にも表れているのだ。そしてよくないことに、へびちかは実の娘に「カスに感化されて持っている才を鈍らせるんじゃねぇぞ」という教育方針である。友達づきあいするだけでカスに感化されてしまうのかどうかは分からないが、どこかのとても偉い神もどきも「種に交われば種にあらず」と宣っており、才を持つものが凡百と交わるのは害悪であるという考え方もあるのだろう。光ちゃんはその言いつけについて、そこまで重要だと認識しているわけでもないのだが、とりあえず「赤福と接してても別に自分にプラスはないだろ」くらいに考えていたのかもしれない。 しかし、視聴者目線から見たら赤福だってだいぶおかしな奴である。それをへびちか的価値観で「才」とみなすかどうかは分からないが、少なくとも光ちゃん目線で「おもしれー」と思えてしまったのは事実だし、単に漫画のことなんて考えずに赤福に引っ張り回されて体験するあれこれについても、今まで見てこなかった世界のことなので色々と面白い。その刺激を認めていいものか、それともノイズだと排除すべきなのか、光ちゃんには決めかねた。 そして赤福とへびちかの直接対面が実現し、お母さんだってすぐに「この子には大した才能はなさそうね」ってんで「娘の友人」として相応しくないかも、という釘を刺す。しかし、そこに赤福が返すのは想定外のKYカウンター。こいつの考えもやはりだいぶトンチキであり、「90%だったら頑張んなくてもいいんだなー」とか「90%の方がいろんな人と目線が同じで気が楽だぜー」とか、貶められていることに全く引け目が無い。へびちか的に見たらまさしく「カスのマインド」なのだろうが、案外こういう考え方って大事なのかもしれない。個性重視の教育方針、1人1人を尊重した現代教育において不必要に自我と自尊心が肥大してしまった若者たちは、赤福マインドをもっと学んだ方が人生は幸せになれるだろう。「どうせ俺たち90%、無駄に頑張らずに、自分を出して好きに生きろ」と。……まぁ、これが行き過ぎると本当のクズになりかねないので匙加減が難しいんだけどね……。 とにかく、そんなぶっ飛んだ赤福のメンタリティを目の当たりにし、へびちか先生も素でドン引き。光ちゃんの初めての「お友達紹介」は意外な形でうまくいっちゃいました。それどころかいきすぎて赤福のことを「師匠」と崇める始末。……そいつに付き合ってると、どんどん自堕落に成っていくから気をつけろよ。 今回は光ちゃん・赤福の話が痛快すぎて影が薄くなってしまったが、相変わらず手島先生の過去編も密度が濃い。一番の収穫としては、「なるほど、七ちゃんは手島先生のデビュー後もアシとして手伝ってたからこの関係性なのね」という事実が知れたことかな。……七ちゃんは当時東京で何してたんだろうな。あと、手島についたゲッサンの新編集・円馬(エンマ)さん、怒涛の仕事ラッシュを叩きつける堅物編集は案の定(?)CVが井上麻里奈という。今作はキャスティングも本当に楽しくて幸せなのよね。ちなみに赤福のおかんは明乃さん。年配チームが俺の好き声優で埋まっていく。 PR そして、バンドが成った、最終話! まぁ、ゆめみたに関しては既に前回時点で割と「成って」はいたと思うけども……最終話のお約束であるライブパートは必須として、今作には「後始末」というちょいと独特のパートが入っておりまして。 ゆめみたが築く「次の時代のバンドリ」については番組感想で改めて触れるつもりなので、こちらではあくまでも「最終話の感想」にとどめておこうと思うのだが、ラストであられが取り出してきたのが「裏垢」というのがいかにもこのバンドらしいなぁ、というのは脚本上で感心した部分。ここまで、みゅーたいぷを巡る事象は色々あったように見えるが、大きくくくると対外的にはたった1つの軸しかない。「炎上」である。バーチャルと現実を反復横跳びすることが最大の特徴であるみゅーたいぷの場合、やはり「ネットの上でどのように認知されるか」が一番重要で、分かりやすい指標。結局燃えたの燃えてないので世間の評価を上げ下げすることが、「ゆめみたは今どこにいるのか」を一番分かりやすく伝えるパラメータになる。 そして、炎上というワードに定番のツールの1つが「裏垢」。アイドルなんかの裏垢がバレて大炎上、なんてのはよくある話だし、我々のような一般人はさまざまなタレントが公にしているアカウントの情報を見て一喜一憂しながらも、「この人は裏で何言ってんだろな……」なーんて邪推をしちゃう部分もあるかもしれない。「裏」という名前からしてそうだが、決して光の当たらぬ、不穏な存在なのは間違いない。そして、仲町あられという人物は、そんな裏垢すら武器にしてしまえるほどのピュアネスを誇る人物ということ。それが最も端的に表れた楽曲を最終回で流すことにより、「ヴァーチャル世界でも真っ直ぐ突っ走るぞ!」というゆめみたの決意表明となったのである。 もちろん、「そんな都合のいい話あるかい」という疑問は当然残る。ヒネた界隈のファン、最近の日本人なら特に「どーせこれも作ってるアカウントなんだろ。仕込み乙」と言われておしまい。実際にそういう意見も残っているだろうし、ゆめみたはそうした「不穏分子」を完全に排除するには至らない。そして、そんな不穏分子の象徴として、未だゆめみたの対局に位置し続ける存在、それがビオラだ。 最終回、ビオラはフェアリィブゥケをぶっ壊し、自分の立つ場所すら焼け野原にしてあられたちの前から姿を消した。あられを貶め、律を揺さぶり、都子をぶっ壊した悪行三昧を悔いるでも恥じるでもなく、ただ「終わったこと」として一時身を引く形になった。これまで、「ビオラの目的ってなんなんだよ」というのがどうにも疑問で、都子騒動の時には「どう見てもビオラの仕業にしからならないんだから、これって自分の首絞めてるだけじゃね?」と不思議に思っていたのだが、その答えは「後のことなんかどうでもよくて、ただ刹那的に今現在の炎上が欲しかった」ということらしい。ネット世界は火種さえあればあとはどうとでも燃える。ただ、その燃え広がり方は流石に予測しきれるものではない。「策士」ビオラはとにかく細かく火をつけまくることで、そのうちの1つでも全焼につながるような爆発物になればいいという目論見のようである。そして、その影響が自分たちに飛び火してかえって燃え上がったとしても、それは必要経費として飲み込んでしまえるらしい。ある意味でプロの「炎上師」と言えるわけだが、ビオラがそこまでして「仲町あられを燃やしたい」と思い続けているのはなぜか。 その思いについて、アニメで全てが語り尽くされることはなかったが、少なくともビオラが改心することはなく、諦めることもないということだけは伝わってきた。つまり、今後もバンドリ世界線(より詳しくいうならアワーノーツ世界線)にビオラはあり続けるし、どこからでも火をつけうる存在だということ。そのことをしっかりと伝えるのが、今回のアニメシリーズのもう1つの目的だったのではなかろうか。まぁ、フェアリィブゥケの残りの2人は可哀想すぎるが……まぁ、あいつらも割とクズ寄りだったっぽいしな? というわけでひとまずこれにてゆめみたのお話はおしまい。バンドの導入話としては分かりやすかったし、まだまだ先に色々と伸びしろがありそうなので、今からアワーノーツでの展開が楽しみである。いちバンドリーマーとして、末長くよろしくお願いしたい。 今日の学び:人は声が花守ゆみりから島﨑信長に変わると絶望する、第11話。……まぁ、人によるが……。モノローグでゆみりボイスが出てきちゃうの、なんかいたたまれないよな。通常のボイスがゆーみんで脳内が杉田のどこぞの誰かとは訳が違う。 というわけで、成長した鬼夜叉である。ただ、前回のコガネの一件から鬼夜叉の中で何がどうなってしまったのかを具体的には描かれておらず、あの一件以来、単に「なんか進展がない」という状況にも見える。幼き日の鬼夜叉は白拍子との出会いを皮切りにさまざまな「良い」に出会って刺激を受け続けていたが、増次郎とのコラボで義満にも認められ、額面上は「この国の演芸のトップ(の一角)」に辿り着いてしまったのだ。そこからさらに刺激を与えてくれる「良い」ものなど、なかなか巡り合えるものではないだろう。 否、ちゃんと存在はしている。それがだいぶ前からちょこちょこ出てきている謎の存在・犬王である。一度はまやかしなんじゃないかとすら思われた危うい存在感の犬王。その正体は謎に包まれており、はっきりと対峙している現時点においても、(少なくとも鬼夜叉目線では)彼の真意は掴みきれていない。そして悩ましいことに、視聴者目線でも「結局犬王って誰で、何してる人なん?」というのがよく分かっていない。歴史的な事実だけを見れば「猿楽のなんかすごかった人」らしく、その有り様はかつて湯浅政明が劇場映画にまでしている怪人物。あっちの作品では鴨川べりで歌い狂い、人類史上初のプロジェクションマッピングを繰り広げて大暴れしていたが……まぁ、何かしら「常人では辿り着けない凄まじい感性の持ち主」というくらいの認識でいいのだろう。 そんな犬王はこれまでのらりくらりと変人らしい生活をしてきたらしいが、この度、ついに将軍の力で「ちゃんとした舞」を披露。当然それを見た鬼夜叉に甚大なダメージが入る。「なんかすごいもん見たなぁ」くらいで言語化が難しかった鬼夜叉は「どうやったらそんなふうに舞えるのか」と最短コースでの助言を求めるが、残念ながらそんな様子が犬王の不興を買ってしまう。「昔はおもろいやつだったのに」と捨て台詞まで吐かれ、今の鬼夜叉の行き詰まりを解消してくれる気配はない。 いろんなところから「無理すんな」「やめとけ」と慰めの声ばかりが聞こえてくる鬼夜叉。今がどうにもならないことは本人が一番分かっているわけだが、こんなんじゃダメだという焦りばかりが募り、感情的には負のスパイラル。大人になるって、楽なもんじゃない。ここからの解決策があるとするなら、大人になったらなったで、きちんとその身体を使って新しい舞の道を切り拓くしかないのだろう。おとんがあれだけ頑張ってたんだから、お前もなんとかしろ。
EXCEEDSたちの反撃のターン。王道しか突っ走らないアニメなのでここからの展開にも特にひねりはなく、全員でかちこんでたたきのめすだけのシンプルな作戦。最強の3人が率いてるもんで、職員が参加してる戦闘に関しては接戦も苦戦も一切ない。もはやそういう世界なので受け入れるしかないだろう。我々としても、この期に及んでなのはさんたちが苦戦する姿が見たいかと言われたらそうでもないしな。一応、個人的にははやてが魔法陣を展開してくれたところだけちょっと嬉しかった。ヴェルカ式魔法陣ってデザインが特徴的で格好いいよね。グラーフアイゼンに付与する時が特に好き(今回は出番なさそうだが)。八神総督のいう「割となんでも出来るで」はガチなのでほんとに困ったもんである。 先に残りの2人についても処理していくと、なのはさんは最大火力を買われて原体の破壊。元々侵略生物をぬっ殺す専門部署なわけで、その中核たるお仕事をなのはさんがやるのは当然といえば当然か。まぁ、単なるマップ兵器みたいな存在ですしね……。対して多少なりとも人の血が通ってそうなお仕事に回されたのはフェイトさん。いや、やってることはモンスター退治なので同じっちゃ同じだが。フェイトさんは収容施設にとらわれている被験体の救助を優先した動き。「なんらかの実験のために苦しめられる子どもたち」ってのは、フェイトさんの出自を考えたらそりゃ無視できませんからね。バルディッシュを振る手にも多少は力がこもろうってもんですよ。 殲滅力の高さを買われて単独行動になったのはシイナさん。事後処理のことを考えるとこの子もバケモン退治に専念した方がいいのだが、そこはトワとの関係性があったのでびみょーに半端なお仕事になってしまった。大量のクリーチャーに行く手を阻まれて「ハズレ引かされたなぁ」と愚痴っていたが、普通に考えたら妨害が多いルートって一番重要なものを守ってるルートなのでは? そして、魔神狩りの4人は何故かトワからスキルを返却された状態で仲間に向かってまっしぐら。元々感知能力を行使できたこともあり、無事、篠宮とトワさんの鉄火場に間に合った。とはいえ、いくら能力を戻されたと言っても戦力には雲泥の差があり……篠宮は積極的にそういう姿勢は取らなかったが、これって多分4人を人質にしてトワさんを脅すのが一番手っ取り早い制圧方法だよな。つまり身も蓋も無い言い方すると多分「足手まとい」なのだが……まぁ、トワさんが何を契機に発奮するかは分かりませんからね。頑張って巻き返してほしいですね。 どうしてもトワさんチームの応援が適当になってしまうのは、今作で一番キャラが立ってるのが篠宮だからである。好き勝手悪行を働いてる側のくせに「復讐は何も生まないよぉ」と正論(?)を吐いてるのも小憎らしいし、よくネットでも議論に登る「復讐ものって何が楽しいの?」論争で煽ってくるあたり、実に中の人っぽくて良い。見てるうちにだんだん「無双する上坂すみれを抑え込めなくて途方にくれる後輩声優たち」に見えてきた。若手には荷が重いでー。
そんなユーフォが、ついに終幕となる。その記念すべき日に、寂寥と共に劇場に駆けつけずにはいられない。そして、この作品を見届けたことにこの上ない満足感を持っている。折り返し前に余計なことは書かないが、「ユーフォ」ファンであるなら、今作を観なければ決して作品は完結しない。単なる総集編ではない今作にて、北宇治吹部の、黄前久美子の物語の結末を見届けてほしい。
<というわけで折り返し。ネタバレ注意>
「手札が多めのビクトリア」 5→5 最終回があったと思ったらまさかの総集編だったでござる。いや、でもそうだよな。先週の話で完全にハッピーエンドで完結してたもんな……あれ、でもアニメ2期あるらしいし、そもそも原作は未完らしいですよ? ……これ以上何かやる必要あるか? ということで、なろう作品としては珍しく「綺麗に完結したな」と思った作品だったのだけど、完結はしてないらしい。まぁ、「一旦完結」くらいのイメージでまとめていくと、起承転結がはっきりしてるのでシナリオ部分に不満が出なかった、というのが積極的なプラス要素ではなかろうか。「組織を抜け、追われている(かもしれない)凄腕エージェント」なんてはるか昔から子供達の憧れの的だし、別にチートってほどチートでもないので振り翳してドヤ顔するでもない。主体的に動ける一人前の女性の物語なので、いわゆる悪女ものとか聖女ものみたいにちやほやされることをメインにした浮ついたなろう感も出ない。まぁ、直近だと「SAKAMOTO DAYS」みたいな「抜け忍設定」はバトル漫画なんかでは定番のデザインなので別に斬新さはないのだが、ヤな匂いがしないというだけで視聴にストレスがないのでとても助かる。 個人的に最大のセールスポイントは「影のあるいい女・安済知佳」と「ちょいとこまっしゃくれたとても良い子・若山詩音」という完璧なメイン2人の配置。ちかぺのビクトリアはほんとに押し付けがましくないというか、チートじみたものを持ちながらもしっかりと人として地に足をつけた喜び・悲しみ・悩みを抱えていたところは主人公としての魅力に繋がったし、ノンナさんは生意気なところもありつつ、本当に「母親」思いでよくできたお子さん。そりゃもう、こんなシングルマザー世帯がいたら男たるもの「俺が守ってやりたい」と思っちゃうのはしょうがない。男女間の情愛もベースにしきつつ、家族愛にこだわりを見せた「ホームドラマ」としても割と満足感があったのである。 抜け忍設定もそこまで無茶苦茶なトンチキエージェントバトルにならずにじっとりと、影のある描写が徹底していたので統制が取れていたのだが、その分、画面に派手さがなくなってしまうのは痛し痒し。アニメとしての押し出しはほぼ無い状態だったので、「アニメとして面白かったか」と言われるともうちょい贅沢したくなる部分はある。いや、どうやったらもっと盛り上がるかって聞かれると改善案も特にないのだけど……動画枚数の多い作品じゃないのだから、ベースとなる作画レベルはもう1つあげてもらえるとよかったのだが。 まぁ、そこはないものねだりかもしれない。身の丈にあったほどよきバランスだったと言われればそうかもしれないしね。……こうなるとますます、「ある程度満足したんだけど、アニメ2期ってなに?」という疑問がどんどん膨らむんだよな……ビクトリアのモチベを考えたら、ここから先の人生で絶対に目立つ騒ぎは起こさないだろうし、組織もそこまでビクトリアを追おうとはしてないし……こっから先、単なる凸凹ファミリーものとして進行するんだろうか? それもどうなんだろう……ひたすら「うちの娘が可愛すぎる!」って流れにする手もあるな。……うん、じゃぁそれで。 「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」 5→5 ヲイヲイ、もう最終回シーズンなのかい? 今作は10話で終わっちゃうまさかの角川スタイルだったので一足お先ではあるのだが……「歳をとると時間の流れが速くなる」ってさ、ある程度歳をとったら「そういうもん」で受け入れられると思ってたんだけどさ、加速度的に速くなっていくからいちいち驚いちゃうんだよな。 などというどうでもいい話から入ってることからも察してほしいが、私はこのアニメの中身を理解していない。理解を放棄した。新番チェックの時にも言い訳してたんだけど、元々「攻殻」シリーズはほとんどフォローしてなかったもんであんまりバックグラウンドも理解してなかったんだよ。そこにこうして容赦ない構成のものをぶち込まれたところで、理解が深まることがないのはご容赦願いたい。でもまぁ、割と早々に理解を放棄したのは申し訳ないとは思うけども。 それでも途中で切らずに(形式上は)最後まで視聴していたというところに今作のポイントがあって、トータルで視聴モチベを一番支えていた感情は「へ〜」である。いや、わけ分からんね。でもほんとに、「ほほう!」とか「なるほど!」とか「すごい!」とか「なんじゃこりゃ?」じゃなくて「へ〜〜」くらいなんですよ。これはもはや物語の中身についての「へ〜」じゃなくて「へ〜、攻殻って、こういうものだったんスね」という漠然とした全体像への「へ〜」である。 「過去になんとなく見てきた攻殻シリーズが元の漫画作品からはかけ離れた雰囲気のもので、今回のアニメ化は極限まで原作に近づけたものだよ」という情報は1話目時点で入っていたわけだが、それがどんだけ突飛なものだったのかがよく分かってなかったもんで、それを実感できるタイミングでいちいち「へ〜」となっていた。こんだけ徹底して「守りたい雰囲気」を維持してくれたおかげで、少なくとも今作のスタッフが伝えたいことは伝わってきたし、こうして「原作準拠版」を相当な労力を持って生み出してくれたおかげで、漠然とした認識にいくらかの変化があったのは間違いない。そうして「へ〜」を届けてくれたことについては素直に感謝している。 また、サイエンスSARUによるアニメーションは見た目に面白いものも多く、途中からシナリオ内部の理解を完全に放棄したにもかかわらず、最後までさほど苦もなく「眺めて」いられたのは、純粋にアニメーションとして面白い部分があったからだ。まぁ、猫が動くものを見つけたらなんとなくじゃれついちゃうのと同じレベルで、「なんとなく動きが面白い」レベルの話かもしれないけども。でもさ、まったくのたらればの話だけど、これまで展開されてきたような「アニメ版」攻殻など全く無い状態で、いきなりこの「漫画版攻殻」が世に出されてたら評価がどうなっていたかは気になるよね。これはこれでニーズはあった気もするけど。 惜しむらくは、そうして事前に「これと違う」攻殻があったもんで、今作スタッフは「まぁ、これを見てるファンはだいたい攻殻のなんたるかを知ってるやろ」ってんで一見さんお断りな作品作りに踏み切ってしまったこと。専門用語は難しすぎるし、ちょいちょい挟まれるTipsは文字が小さすぎて読ませる気はなさそう。ほんとのほんとにここから始めて攻殻を見てみたい、と思う人間にとってはだいぶ高いハードルになってしまった。でもまぁ、「新規層狙いで作ってないから」と言われたらそれまでのこと。俺みたいな人間が文句を言う筋合いもないし、別に文句を言おうとも思わない。「攻殻ってそういうもんでしょ」と言われたらそうかもしれないしね。 というわけで、「結局よく分かんなかったけど、アニメとして何かしら楽しそうな雰囲気はあったからそれでいいのでは」という無責任な結論にしておきます。個人的には新規キャスト勢はとても良かったと思う、ということだけ付記しておきますね。 混迷尽きず、第10話。訳の分からぬ状態はそのまま、1つだけ間違いないのは「琵琶湖、大変やな……」ということくらいである。 振り返れば今作において何かがはっきりと「分かった」タイミングなんてほとんど無かった気もするのでこのまま勢いでクライマックスを迎えそうだが、そんな中でもなんとか問題を切り分けて理解に努めなければいけない。いくつか今回のお話でも言及された部分はあるので、分かったことと分からないことを簡単にまとめておこう。 一番大きな進展はサブタイトルにもある通りにララが持っていると言われた「刃」、つまり、私がこれまで「琵琶湖の上の魚」という長い名前で呼ぶしか無かった謎のフライングオブジェクトについて。以前から魚だったり刃物だったり大量破壊兵器だったり、謎に包まれた物体だったが、あれがたびたび落下して人を傷つけていたのは、その存在が「破壊の欲求」であったからだという答えがローワン王から提示された。あれは人魚にしか見えない特殊な存在で、王はあれのことを「光」と称した。これまでララが「お前は特別なのだ」「本当の愛を見つけた時にララの光が人魚を救う」と言われ続けていたが、その「光」とやらが具象化したのが、あの魚であるらしい。ということは、これまで何度か起動したタイミングは、全てララのなんらかの心的な動きに反応していたということなのだろうか。 人魚を救える唯一の希望だと思われていた「光」が、なぜあんなとこにあって、あんな禍々しい姿をしているのか。それについてもローワン王が(なぜか)解説してくれたが、元来「光」と呼ばれるべきララの特別な力は、かつて「人魚姫」の時代にララが人間と関わりを持ち、手ひどく裏切られたことによって汚れてしまい、そこに人間に対する恨みつらみ、なんらかの呪いを内包してしまったのだという。それが人間への破壊衝動につながっているのかはよく分からないが……でも、以前あの魚が落ちてきて人魚族であるはずのコータも被害を受けてるんだよな。とりあえず現時点では「なんらかの害意」というふうにまとめておくしかないか。 こうしてローワン王が蘇ってヘロヘロながらも情報を提供してくれるのは、魔女様が死んでしまったためだという。元々人魚族が眠りについたのだって魔女が絡んでたという話で、その根源が息絶えたため、眠っていた人魚族も少しずつ目を覚ましそう。ただ、どっちにしろ現代は人魚が生きるには辛すぎる時代なので、今のままでみんなして目覚めてもすぐに泡になってしまうかもしれないという。結局、あの「光」を当初想定されていた方向に向けることができなければ、魔女がいようがいまいが結末は一緒ということなのか。 魔女の喪失によっていろんなところに異変が起こり、その代表は琵琶湖の生態系バグ。突然の花々、そして藻の大量発生により船が出せなくなってしまったというが、クルーズが出せないと地元の商工会とかが経済的に結構なダメージを負いそうである。まぁ、作中においては「茉里がララが潜んでいると思しき沖島に行けない」という弊害しかない訳だが、こうして断絶が生まれているということは、わざわざ「光」が発動して琵琶湖をこんな状態にしているのも、ララ(たち)が外野の介入を拒否していることの表れとも取れるか。おかげで茉里やルカもララの現状がつかめず、わずかな手がかりを求めて学校をサボりつつ駆け回るハメになった。 トンデモ状態の琵琶湖がどうやったら戻るか分からないし、やっぱりこの期に及んで本当の愛と「光」の関係性だって分からない。かつて人間に裏切られた際に歪んで「人間殺すべし」の気をまとってしまったという「光」だが、そんな状態でもまだローワン王やリサが「なんとかしてよララ」と縋りついているってことは、ここからまだ人魚界を復興させられる算段があるということなのだろうか。その辺の「ララについての認識」がまとまってるかどうかがよく分からんのよな。 そしてもう1つ、一番大きな謎は「結局魔女様って何がしたかったんだろう?」である。今回急に飛び出して憤死してしまったことももちろん謎だし、ラストで出てきたウミヘビとどういう関係にあるかだって気にはなるが、私としてはもっと気になるのは「童話の時代の人魚姫に、なぜ魔女は薬を渡したのか」である。かつて魔女がララに薬を与えて人間との接触を促したことにより、最終的にはその関係が破綻、ララが恨みを抱え光が歪むに至った。つまり、現在のこのどうしようもない殺伐環境が芽生えたのって、魔女様のせいなのである(もっと責任を追及するなら結局はララが悪いってことになりかねないが)。もしかつて魔女様が余計な薬を渡さなければ、人魚族は今も海の底で静かに暮らしていたのだろう。まぁ、人間の進歩が目覚ましく、海の中にまで入ってくるのも時間の問題ではあるのだろうが、少なくとも積極的に人間と拘らずに生きていくビジョンもあったはず。しかし、それを魔女様はぶち壊した。 魔女がどこまで狙っていたのか。ハナから人魚姫と王子の愛など成立するはずがないとたかをくくって送り出していたのなら酷い話で、その結果としてララの「光」が濁ってしまったのだから、そこに弁明の余地はない。ただ、聡明な魔女様がそんなあからさまな大失敗をやらかすかと言われると多少疑問もあり、「うまくいくことを願っていた」可能性が1つ、そして「光が濁ることまで計算に含んでいた」可能性が1つ。そして後者の場合には魔女様が全部悪いというオチになるわけだが、少なくともこれまでの魔女様の振る舞いを見てると、人魚全滅を願う極悪人には見えないのだよな。魔女様が考えてたことが開陳されない限り、この物語は終わらないだろう。ほんと、何を思って飛び出したんだろう……。 そんな魔女の考えは誰にも理解できず、ララの「本当の愛」もまだ見つかっていない。茉里の行動が随分大胆になってきたので、もしかしたら「愛」のとっかかりにはなるかもしれないが……やっぱりそうなるとルカのポジションは不憫やな……。 流石に適当すぎワロエナイ、第10話。まー、構成上これくらいの熱量になってしまうのはしょうがないことなのかもしれないが……どうしようかねぇ、オリジナルアニメの「尻すぼみ」って展開はありがちだけど、この構成だと尻どころか「腰すぼみ」くらいになってしまうかもしれない、最後にもひとつ「ボンキュッボン」と盛り上げどころを用意できるかどうか。 キルクスコレクション開幕からの1回戦。正直、前回あたりから「サーカス競技の大会ってなんやねん。そんなもんを懇切丁寧に描くだけの尺と技術があるんか?」と不安には思っていたが、端的に言えば「そんなもんはねぇ」である。いや、技術については分からんが、1クールアニメでクライマックスをこの後にがっつり用意する場合、予選段階をじっくり描写する余裕なんてないだろう。また、これまでのお話ですでに「良いサーカス演技とはどんなものか」を画面に描写することは半ば放棄する姿勢であることは自明であり、「いいパフォーマンスだったんですよ」を示すためにエフェクトでキラキラを入れるというあまりに適当な処理はある意味で潔いとすら言える。まぁ、伝わればいいわけだからね。そこに無駄に時間を割くよりも、「なんとなく、ひまわりサーカス団は成長して見事な舞台をお届けできるようになったんです」という情報だけで納得してもらうほかないのだろう。 その辺りの台所事情は察する部分もあるのだが、それが面白いかと言われると流石にNOな気がする。1回戦の描き方、この辺の苦しさを重々承知した上で「ネタっぽく」相手側の驚き台詞だけで処理するという大胆な方策が取られているが、これだってしょーもなさを逆手に取った正道とは言えない笑いの作り方。それだけで終わってしまうのは勿体無いとは思う。物語的にも団員連中がそんなにいい仕事ができるようになった理由は特になく、一応「団長のために頑張らなきゃ!」というモチベの上昇はプラスのはずだが、みんなしてそこまで必死になっているようにも見えない。結局、瑞佳が冷笑系のキャラとして導入され、その温度になんとなく合わせて周りのキャラも動いていたため、180°方向転換してスポ根で盛り上げようにも、過去の罪状が足を引っ張っている形である。面白さの起点がそうした「スカし」のギャグだったもんで、視聴者の姿勢もなかなか切り替えられないし。 一応プラスの要素があるとするなら、じわじわと感情を露わにするようになった七海さんの存在だろうか。結局「おねーちゃん大好き」がベースにあると思われる七海さん。彼女が本来なら相手にしなくてもいいレベルのひまわりに対して躍起になっている様子は、アホっぽくもあるが可愛らしくも見える。彼女の執着に匹敵するような感情を瑞佳が持ち得た時に、初めて同じ土俵に上がれるだろうことを考えると、まだまだ足りてない要素は多そうである。 今後、当然クライマックスには瑞佳と桜翔のコンビネーションが炸裂することになるのだろうが、そこをしっかりアニメーションで魅せられるかどうかが評価の分かれ目になりそう。頑張ってほしいけどなぁ。
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HN:
Thraxi
性別:
男性
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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