最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「終末トレインどこへいく?」 6→4 飲み込みきれなかったねぇ……歳をとると濃い味がキツくはなるわけですが……さて、今作は若者の口にも合うものかどうか……。 視聴中も色々と考えることが多かったし、この文章を吐き出し始めている今も、どういう結論に着地しようか悩みながら書いている。ほんとにいろんな「たられば」があって、いろんな「かもしれない」がある作品。例えば最終話を見ながら思いついた「たられば」は、「もしこれが2時間くらいのオリジナル劇場アニメだったら」。多分今より評価は上がっていた気がする。今作の概形は、あまりテレビ放送のアニメのデザインでなかった気がする。「電車」というモチーフが表す通りまさに1本のレールの上に乗っており、シナリオはあまりにシンプル。ただそこを飾り立て騒ぎ立てるガジェットがとことんまでウルセェだけである。ひたすらに色の違うノイズを浴びせ続けながら単純な筋を進むだけの構造は、2時間くらいのインスタントな刺激ならば一過性のアトラクションとして受け入れられるものだが、毎週30分という枠で、冷静に受け止めるにはちょいと正気が邪魔をした。 決して構造そのものに欠陥があったとも思わない。水島努はイカレた作家なのは間違いなかろうが、ヒット作を何本も生み出したクレバーなクリエイターでもある。「ウケるもの」の作り方だって承知しているはずだ。分かりやすいところでは、今作の主軸は「2人の女の子の友情物語」に終始している。この構造がさまざまなヒット作を生み出したことは論を俟たないだろうし、萌えアニメとして掘り下げやすくもなる。ただ、これだけゴテゴテと味の濃すぎるガジェットを特盛にするには、この「屋台骨」は弱すぎた。目の眩むような装飾を前に、たった1つの友情物語はウェイトが軽すぎて、途中からどうでも良くなってしまった。「電車での旅」というデザインそのものが、この「友情物語」と本質的に結びついていなかったのもどこか勿体無い。気が触れた水島テイストの博覧会にするのであれば、メインプロットすらももっと訳のわからないものにして、もうありとあらゆる要素で視聴者を煙に巻く構造の方が割り切れたと思う。どこかに商業的な色気を残してしまったがために、「脱線」することが許されなかった。 要素の詰め込みも一考の余地はある。最高にクレイジーな世界観を端々に見せてくれたことは評価ポイントだし、こうして隠しきれない作家性が溢れ出す様子を見るのは楽しいものだが、いつも通りの「スケジュールと予算」というあまりに現実的な壁により、表現の幅に限界があった。私は追いかけていないが、放送期間中、監督はTwitterで色々と今作の設定や裏話を披露してくれていたらしい。それはおそらくサービス精神の表れなのだろうが、そんなことをするくらいなら、説明などいらないくらいに全てを作品に表現しきって欲しかった。「やりたかったけどやれなかったこと」「伝わらないかもしれないから補足すること」が盤外から出てくるというのは、少なくとも私個人のアニメ視聴体験としては望ましいものではない。ただまぁ、これは情報の溢れ返った現代においては狭量すぎる見方である可能性もあるので、あくまで好みの範疇の話。世の中には実況なんかを使って他人とコミュニケーションをとりながらアニメを視聴するという楽しみ方が一般的だという考え方もあるようなので、クリエイターの発信する別ソースも合わせて作品世界を作るという体験に見出す価値もあるだろう。ただ、水島努がそれを望んだかと考えると、やや疑問は残る。 他にも色々と「もしかしたらこれがやりたかったのかな?」みたいな想像は出来るのだが、残念ながらそこまでこの作品に譲歩するだけの余裕が私にはなかった。クリエイターの意思を受け止めて全身全霊でもって今作を解体してくれている酔狂な視聴者も世界のどこかにはいそうな作品。そういう人が1人でもいるなら、監督は報われるのかしら。
PR 「ワンルーム、日当たり普通、天使つき。」 5→5 とのぴーボイスで救われる命もあるんですよ! 殺伐要素ゼロのこういう作品になんとなく身を任せている時間が心地よくなっているのは老化でしょうか、それとも世相でしょうか。 というわけで、これだって「半年後に忘れてるかもしれん」くらいのもんではあるが、決して嫌いじゃない作品。以前某奴から変なタレコミがあったけど、別に忖度とかではなくアニメのクオリティは悪くなかったと報告しておくよ。制作スタジオのオクルトノボルは今期2作同時展開だったけど大崩れしなかったのは偉い。まぁ、そこまで負担のでかい作品でもなかったけども、可愛いシーンがちゃんと可愛くかけてたのは純粋にプラス。 この手の日常作品の場合は「つまらない」という感想を持つのも野暮な場合があり、一番懸念すべきネガティブな感情は「つまらない」よりも「飽きた」である。あんまりけばけばしくしちゃうとせっかくのテイストを殺してしまいかねないし、だからとてぬるま湯のような進行では飽きがきてしまう。どこかに何かワンポイントでもいいから気にさせてくれる要素があればこそ、日常作品でも1クールのお付き合いができるというもの。そういう意味では、今作の「週替わりでもののけ追加」くらいの刺激の置き方はちょうど良かったのかもしれませんな。いや、でも振り返ってみたら異種族は天使2に雪女、吸血鬼、河童が1ずつだから「2週に1体」くらいのペースか。「テンションのおかしい漫画家」も異種族認定するならもう1人追加(ちなみに私が一番好きなのはその漫画家です)。 そうしてなんとなくもののけ連中のあるあるネタというか、それっぽいネタでちょっとずつ変化を与えつつ、異種間コミュニケーションの摩擦なんかは極力描かずにただ愉快なものとの触れ合いで笑いと癒しに繋げる。こういうのも私の好きな「長屋もの」的テイストはあったのかもしれん。ハーレムものっていうと聞こえは悪いのだが、むしろ今作はヒロインどうしの横のつながりも豊富だったので、「森太郎を中心としたなんかのサークル(オカ研か)もの」という認識も可能かもしれない。このデザインが無難に成立してるってことは、あんまり言語化できないけどもしかしたら森太郎って結構偉い主人公だったのかも。 そして、それらをまるっとまとめてこの世界を定義づけるのがメインヒロインのとわちゃんだったという結論になるわけで。そしたらほら、やっぱとのぴーボイスが正義ってことでFAじゃないですか? そうでもないですか? あと今期は今作を含めて2作品でメインを務めてくれたおかげでちょっとクセのある声の集貝はなを認識できたというのも1つの収穫かな。アイマスの中に紛れてるとなかなか個体識別が難しいのでなぁ。 追伸:河童のメイドコンビの「原由実:原奈津子」っていうよくわからん並びは狙ってたんでしょうか。何を?
「ブルーアーカイブ The ANIMATION」 4→3 一時が万事というか、ここまで1話目視聴時の印象・予断を更新せずに終わった作品というのも珍しい。 「何かそれっぽいもの」の表層をただひたすらなぞり続けるようなアニメ。「それっぽい」は「ソシャゲっぽい」であり、「現代アニメっぽい」でもあるかもしれない。何か見たことがある要素がガチャガチャと出てくるけどそれらが何一つ説明もないままにストーリー風のものを進めていく。ほんとに「コンテンツ」というものから「中身」を徹底的に取り除いたような、そんな虚無の風格があった。 プレイヤー数が多いソシャゲとのことなのでゲーム自体にはきっと何かしら人を惹きつける要素はあるのだろうが、それがアニメとして何一つ伝わってこない、こういう現象ってのは過去いくつもあった。個人的には「FGO」の時の感覚が一番近く、主人公キャラの扱いにやたらとかぶる部分もあるのだが、「FGO」の場合はまだ「フェイト世界の理」があることは知っていたし、そこに何かしら理解の及ばない部分があるのは致し方ないという諦めもあった。こちらの作品ももしかしたら同じ状態にあるのかもしれないが、フェイトシリーズと違ってこちとらミリしらである。「何かあるのかもしれないなぁ」と察して寄り添うことすらできず、「説明してくれないならこちらから歩み寄る理由もないわ」と互いにそっぽをむくだけである。 一応最後まで視聴したのは「人気作なんだったら何かあるかも」という(1話目時点でだいぶ薄かった)期待と、「資本を考えればアニメ映像としてはそれなりのものが出てくるはず」という妥協、あとは最後にホシノのキャラはまだ見られると思えたことくらい(主に中の人が理由)。1つ目の「期待」は綺麗に裏切られたというのが結論であり、映像に関しても、そりゃ悪いもんでもないがどうにもお仕事感が強いというか、「こういうシーンにはこういう画面がありがちですよね!」みたいな「過去の蓄積から適当に引っ張り出したもの」ばかりで何かしら映像的な売りを作ってやろうという意気込みはあまり感じられない。ホシノのキャラも、最終的には意味のわからんシナリオラインの咎を全部押し付けられたような訳のわからんスタンスに置かれてしまったために救いにはならなかった。 これ、原作ゲームで多少なりともお話が成立しているのだとしたら、それを伝える気がなかったアニメスタッフの責任ということになるわけだが、メディアのシフトによってそこまで大きな陥穽が生まれるものだろうか。もう、アニメ作りの方法論がよく分かんなくなってきた。まぁ、粗製濫造の極まった現代において、こうして何かしらの要素を織り重ねたミルクレープみたいな「作品のような何か」が形作られるのは必然なのかもしれない。「Blue Archive」(憂鬱な保存記録)というタイトルはもしかしたらそういう揶揄なのかしら?
「黒執事 -寄宿学校編-」 5→5 ラストなんやってん。まぁ、特に説明がないってことはそのうちに作られる続編のチラ見せなのだろうな。告知は無かったけど、わざわざ作ったってことは遠からず次のシリーズも来るってことなんでしょうかね。 前のシリーズなど何1つ覚えてない状態での視聴だったが、相変わらずそれなりに楽しめている不思議。まぁ、極論すれば今作はシエルとセバスチャンの関係性さえ分かってればなんとかなるし、今回は舞台が完全に孤立していたので今までの話の影響がほとんどないから……と思ってたら思いっきりアンダーテイカーが鍵を握ってたもんだからちょっと戸惑いはしましたね。あいつ、こんなゴリゴリにシリアスな展開で絡めるようなキャラだったんだっけ。以前も割と悪いことしてたし、今回も全力で悪役に振り切ってくれてたからお話は見やすくなったけど、「お前、そんなポジションだったか……」という驚きであっという間に終わってしまった。 まぁ、奴が出てきたのは最後の数話なので、シリーズの総括をする上で見るべきはそこまでの学校編の中身。ある程度クローズドな環境下でシエルが正体を伏せつつ隠された真実を暴くというある種のミステリ的な展開でもあるのだが、「身分を隠し、セバスチャンも使えない状態で孤軍奮闘するのかな」と思ったらそんなことは一切なく、いつも通りに執事フル回転のお話。まぁ、そうしないとタイトル詐欺になっちゃうしな。しかし、そうして執事がフル回転して策謀を巡らす一番の盛り上がり(?)が謎球技の優勝のためってのが変な力の抜け方で笑ってしまった。いや、やってる当人たちはものすごく真面目だし、あそこで勝ち切ったことが今回のシエルの最大の功績だったみたいな語られ方だったわけだが……変な展開。その後の真相解明は校長のとこまで乗り込んだらほぼオートで全部片づいちゃったからね。まぁ、対戦相手としては大人たちよりも同じ寮の学生たちとやり合ってる方が刺激が多くて面白くなりそうだという判断なんだろう。実際、たっぷり時間をかけてキャラどうしの関係性を深めて「ここはこういう寮なんだね」みたいな下地を固めた後に彼らの関係性を一気にひっくり返す構図はサプライズもあったし、それなりに爽快であった。設定をあんま覚えてない作品でも、こういうコンパクトなシナリオの中にきちんと「らしさ」を入れてもらえると色々と思い出すことも多くて良いですね。 まぁ、そうは言っても熱心なファンではないので「悪くなかったです」くらいの感想で終わってしまうのは申し訳ないが……今期は「ちゃんと最後まで観られたよ」だけでも一定の評価だと思っていただきたい。相変わらずメイリンは可愛かったです(結論)。 「魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい?」 5→4 可愛くはあった。可愛くは。 でもほんとにそれだけ……というと流石に乱暴だろうか。なろうのようでなろうじゃない作品ではあるんだが、なろう系の中では比較的作画状態が良く、特に最後までヒロイン勢のコロコロした可愛らしさは維持されていた作品。ほんで異世界作品のくせして爆発カップルを扱っているというのも一応は特色と言える部分で、(いくらかハーレム要素はありつつも)基本的に主人公にとっての嫁はネフィ1人だけ。延々1クールの間2人のイチャイチャを見せられるだけのお話である。「可愛い画で女の子とイチャイチャする様子を見守るだけ」という状態は、実は悪いもんじゃないのだが……。 そこになろう的ニュアンスが混ざるとやっぱり身が入らんのはなぁ。いや、ザガンはあんまりチート主人公要素を振り翳したりはしないし、自称陰キャなので色々なところで一歩引いた性格ではあるのだが、「身の丈に合わぬ卑屈さ」ってのもなろう主人公のヘイトポイントの1つなわけで……「お前のそのステータスならもうちょいスマートな生き方があるやろがい……」と思ってしまう。その辺のシナリオラインへのどうしようもないヘイトは意固地になってる部分かなぁ、と申し訳なくも思うのだが、もうちょっと別な方法論を開発してくれよ、という気持ちは如何ともし難い。 まぁ、こうして文句ばっかり書いちゃうとダメなアニメだったみたいな印象になってしまうけど、形はどうあれ最後まで付き合ってるという部分は評価してあげたいところ。市ノ瀬ヒロインの持つ安心感はかけがえのないものですからね。 「変人のサラダボウル」 5→6 今期の「ショボいから世間的にあまりウケないだろうけど私は好きでしたね」枠。最近は1クールに1作くらいはこういう作品がある気がしますね。試しに昨年度の履歴を眺めてみたら「カワイスギクライシス」→「自販機」→「でこぼこ魔女」→「ドッグシグナル」みたいな感じである。 以前1回だけ記事を上げたことがあるが、本作の良い点はやはりお話作りそのもの。異世界(から)転生作品ではあるんだけどファンタジーな設定はほんとにネタのための添え物みたいなもんで、そこから引っ張り出せる日常ネタがあまりに雑食で多岐にわたっている。異世界ネタはもちろんだがそれ以外にも探偵ネタ、バンドネタ、ホームレスネタ(?)など取り止めのない世界の広がりが「何を見せられてるんだろう」みたいな気持ちでダラダラと観る温度感にフィットしていたし、案外エグいネタ回しのはずなのに語り口と画のユルさのおかげで意外と重たくならずにすんでいるバランス感はお見事。1つのネタを引っ張る時間も短めなので、もし合わない部分があったとしてもさっさと次に行くから引き摺らない。ネタが短いのでつまみ食いっぽい乱雑さはあるんだけど、このごちゃごちゃ感はむしろ愉快。比較するのもなんだけど、多分「アストロノオト」に最初に期待していたのはこういうごった煮感だったんじゃないかと思う。こんだけぼんやりした先の見えない作劇、かえって1つの作品として執筆し続けるのは難しいんじゃないかとすら思えてくる。多分ジャンプ漫画だったら「スケットダンス」とか、そういう枠に近い存在なんだろうな。 これで画のクオリティが高ければもっと中毒性の高い作品になったかもしれないのになぁ、と思う部分もあるのだが、逆にこんだけショボい作画だったからこそ気楽にみられたのかもしれん。アニメを見るときにはどうしたって「作画が云々」の問題は避けられぬが、こういう形での適材適所があってもいいのかもしれん。いや、原作者が望んだかどうかは知らないけどね。少なくとも岐阜にとっては何かしらのプラスはあったでしょう。多分。岐阜に行ったらホームレス女騎士に会えるよ(風説の流布)。 「この素晴らしい世界に祝福を!3」 ―→6 ほんとに「実家のような安心感」という言葉がしっくりくる作品。振り返ればまだ3期分+劇場版、「爆焔」を加えても4期分なのだから「銀魂」とか「ヒロアカ」とかに比べりゃまだそこまでお馴染みってわけでもないはずなのだが、もうこの空気感が心安らぐものになっている不思議。ほんとに肩肘張らずに、気楽に見られる世界を最初から用意してくれたスタッフ、主に金崎監督に感謝ですね。 例によって毎週なんか書いてたのでこのタイミングでまとめることも特にないのだが、改めて確認したら一応今期から(厳密には「爆焔」から)制作スタジオが変わってたんだっけね。今思い出して「あぁそういえば」くらいの感覚なので作品には一切影響は与えてないのだが、これもスタッフがちゃんと持ち越しで勘どころを全て心得た上で作ってくれているおかげ。一応名義上は金崎さんが監督から「総監督」となり、もしかしたら手を離れてしまうんじゃないかと不安になったが、蓋を開けてみれば半分以上の話数でがっつりコンテやってるし、なんなら脚本まで手をかけて今まで以上に力を注いでくれている。もうすっかりライフワークになってしまっている感があるな。 そうして歴史の重みと愛があればこその作品ではあるが、一応褒めてばかりじゃなくてちくっとしておくと、やはり話数を重ねることによるマンネリ感は否めない。カズマさんのトレードマークでもある「寸止めヘタレハーレム」もこんだけ続けば「どないやねん」感はどうしても漂ってくる部分だし、何度も同じような災難にあっていることから「飽きた」という感覚が芽生える可能性も否定はできない。ただ、幸いにして私はそこまで気にならなかったし、ちゃんと「気にならない」芸風を確立しているからこその長寿作である。すごいよね、カズマを中心としためぐみん・ダクネスの爛れた関係、普通だったらありえないシチュエーションなのに、「まぁ、このすば世界ならしょうがない」ってネタとして納得されてしまうんだから。やはりメイン4人のキャラメイクの勝利である。 というわけで、マンネリ感も一応考慮して加点は留めておくが、僕個人としてはやっぱり好きな作品。まだまだ原作ストックはあるんだろうし、4期も楽しみに待っていよう。金崎さんが無理しないくらいのスケジュールでオナシャス。 「アストロノオト」 6→5 新番チェックの時は「割と好みの作風だわ。途中で飽きるかもしれんけど」とは書いていましたが、まぁ、飽きましたね。いや、飽きたというか、「こんなもんじゃろ」と納得したというか。 まー、結局は「高松信司作品の新タイトル」っていうだけなのでね。作ってる側もそこまででかいことを成し遂げようという意思はなかろうし、ちょっとヘンテコで酒のアテみたいな風味の作品を1クールの間ちょいちょいとつまむ感じで飲み込めればそれで重畳という、身の丈にあった落としどころにまとめた作品とは言えそう。クセが強すぎるせいで最後まであんまり好きとは言えない画だったけど、だからとて作画が特別悪いってこともないし(良くもないけど)。願わくはもうちょい「長屋もの」のテイストで狭くて小さい物語を重ねてもらってもよかったんだけど……1クール作品で何かしらのオチをつけようとするとあんまり遊んでる尺もないしなぁ。その割に、別に焦って駆け足になったとかいう感覚もないんだけどさ。ユルい展開、浅い決着、それでも何かしら満足できる部分はある。そうしたチープさは突き詰める価値はあるかもしれません。 少なくとも同じ高松作品だった「Robihachi」とかよりは見てて退屈しない作品ではあったので、これはこれでいいんじゃないでしょうか。ちなみに個人的に一番好きなのは合間に流れる降幡愛のレトロ風味をなんか勘違いしてる風CM。 「うる星やつら(第2期)」 ―→6 評価は少し悩んだが、敢闘賞の意味で加点してみた。全46話、スタッフは頑張ってくれたと思ってますよ。 以下の感想は「過去に1度たりとも本作に触れたことがないミリしらなりの感想」という前提があるのだが、少なくとも観るに耐える作品になっていたのは間違いないし、いわゆる「リメイク」作品がことごとく適当に処理されていっている現代アニメ業界の流れの中、流石にこれだけの有名タイトルのリブートということで大きなプレッシャーがかかる中での製作、半端なものを出すわけにもいかなかっただろう。david proの手によるアニメーションは、古臭さの中に現代アニメらしさもきちんと混ぜ込んだものになっており、単なる焼き直しではなく「現代において作り直す意味」を感じられるものになっていた。 映像部分に加えてやはり何度も触れてしまうのはコテコテのキャスト陣。まぁこれは私が旧作を知らないおかげもあるのかもしれないが、こんだけギトギトで「現代声優業界博覧会」みたいな面子で固められたら、それだけでもごちそうさまが止まらない。私ほどではないにせよ旧作にそこまで思い入れがない層に対しても、しっかりと世代交代を果たした「現代版」を発信できたのではなかろうか。 ただ、そうして責任あるアニメ作りができていたことを前提とした上で、やはり残る問題は「そうまでして現代でリメイクする意味はどこにあったのか」という問題。ギャグ漫画ってのは他のジャンルに比べて流行り廃りの影響を受けやすいジャンル。当時の受け止め方がどのようなものだったのかは分からないが、やはりネタ回しは古臭いというか、時代に即さない部分が出てくるのは致し方ない。 そうした「古臭さ」が多少なりとも薄かったのだとするなら、それはもう時代を先取りしたのか、時代に左右されないだけの作家性を持つのか、鬼才・高橋留美子を称賛するだけの話だが、客観的に見て今作をギャグ作品として100%楽しめたかと言ったらその部分は「否」である。そこはもう、企画が始まった時点で飲み込むしかなかった部分であり、新しくて鮮烈なギャグアニメをオリジナルで生み出すことができない現代人の責任である。本作そのものに非はなく、むしろ上述の通り、古臭さを「レトロ感」と好意的に解釈すれば40年も前の作品にしては現代でも色褪せない楽しさはあった作品だとも言える。個人的な「高橋留美子体験」は「境界のLINNE」が一番上にあるんだけど、あのアニメで得られた腰が砕けるようなギャグよりも、もうちょい活力がありつつもベタ度合い強めのネタ回しを、よりビビッドなアニメで見せるというのは狙いとしては間違っていたとは思わない。 さらに今作のもう1つの功績をあげておくと、MAISONdesに全てをかけた楽曲部分でのイメージの刷新。確か1話目を見た時点で「『ラムのラブソング』を引っ張り出してこなかったのはむしろ評価したい」という趣旨のことを書いた気がするのだが、旧作のイメージを塗り替えるためには、そこはやはり越えるべき壁だったはず。もちろん「ラムのラブソング」は本作のそこかしこに形を変えて出てくることにはなるのだが、あくまでそれは添え物にとどめ、4クール分のメインテーマを全て単一のアーティストに任せ、徹底して作品に寄せた楽曲提供を実現させた。楽曲自体もきちんと一般に受け入れられたし、作品に通底するイメージとして根付かせたおかげで、「現代版うる星やつら」を1つにまとめる役割も果たしていたように感じる。大きなプロジェクトだっただけに、こうして統制のとれた戦略を打てたのは純粋にプラスだったんじゃなかろうか。 少なくとも私の中で「うる星やつら」と言えばこのアニメを意味するようになった。作品を再び息づかせるプロジェクトってのは、しっかり新規層に届くかどうかが重要ですよ。難しい仕事から逃げずに責任を果たしてくれたスタッフの方々には、お疲れ様と言いたい。 (このメッセージは夏スタートのキン肉マンプロジェクトでも繰り返せることをすごく願っているのである) |
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HN:
Thraxi
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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