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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「ろんぐらいだぁす!」 5→2

 ファッ? これ11話以降の放送ないんかい!? 予約録画先が見つからずにレコーダーがまごまごしてて初めて気付いたわ。一応公式を確認したら2月に11話、12話の放送予定があるらしいが……。万策……。

 まぁ、このブログ見に来るような人なら大体は事情はご存じでしょうが、残念極まりない作品になりました。アニメの中身云々を議論する以前に、アニメとしての体裁が整っていないのだから話にならない。アクタスはこれで「レガリア」に続けての失態ということで、会社としての信頼は地に落ちてしまっている。もう、あとは延々ガルパンを作り続けるだけの会社になるしか生き残る道はないんじゃなかろうか。まぁ、そのガルパンもいつ完成するものか定かじゃないが……(待つだけならいくらでも待つので、半端なものだしてきたらただじゃおかねぇ)。

 こうして「一応」放送された全10話について、語るべき部分もほとんど無い。滅茶苦茶な作画はただひたすら情報を垂れ流すだけの無機質な記号にまで落とし込まれ、「そこにキャラがいる」「そこに自転車がある」ということが分かる程度。本来ならばきらら系アニメのように「何か特別なことに女の子が集まって楽しんでいる」様子を楽しむアニメになるはずだったのだろうが、その女の子の顔が話数ごと、カットごとに変わるのでは話にならない。10年前のアニメ濫造期にもここまでのクオリティはそう多くはなかったのではないか(いや、結構あったかも)。出来ないなら流すな。いや、そもそも作れないなら作るな。本当にそれくらいしか残す言葉がない。

 そして、こうした作画部分の落ち度ばかりが目についてしまうが、ぶっちゃけまともな状況で製作されたとしても、そこまで面白いものになったかと言われると疑問である。まとめると「亜美がいつの間にか自転車に大金をつぎ込み、友人にそそのかされて長距離を走りながら飯を食う」というだけの話で、やってることが毎回同じなのでドラマ性は無い。一応走る距離が伸びて成長はしているのかもしれないが、アニメで放送されてる時間だけで見れば彼女達が走っていることに変化は無いわけで、何が大変なのか、どこにドラマがあるのかが見えにくい。ライバルと戦ったりする部活ものなら目標が見えるので視聴者もついていきやすいのだが、あくまでも趣味のサークルだし、頑張りのレベルとしても半端だ。最初から最後まで亜美は周りの連中におんぶにだっこなので、いつまでも「面倒がかかる駄目なヤツ」のままだし。これ、自転車をやらない人間が見てると、「自転車とか趣味にしたら金が消し飛ぶだけだからやめとこ」っていう感想しか出てこないと思うのだが、販促アニメとして機能していんだろうか……。

 まぁ、とりあえず今年の「アニメ崩壊期」の分かりやすい象徴としては機能していたと思うので、歴史的な足跡は間違いなく刻んだ作品だと思うが……。可哀相なのは原作者だよなぁ……。あ、中の人はいい仕事してますよ。奈央坊を代表するヒロインになったかもしれないのになぁ。

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「フリップフラッパーズ」 4→5

 訳の分からない作品だったが、理解の及ぶ訳のわからなさだった(訳わからん)。何とも不思議なオリジナル作品。

 開始直後は色々と不安が多く、実際にシナリオの方も1話1話でぶつ切り、毎回全然違うピュアイリュージョンに飛ぶもんだから、何をやってるのかもさっぱり分からないし、視聴者は置いてけぼり。繋ぎ留めるのは毎度病的なまでに狙い澄ました動画の練度で、今の御時世に「とにかくこの手描きアニメを見てぇぇ!」と叫ぶ気合いの入った動画に「訳分かんないけどなんかすごい」という感想ばかりが残った。そのままずっと訳が分からなければそれはそれで面白かったかもしれない。萌えキャラ版の「スペースダンディ」、もしくは毒気の抜けた「ギャラクシーエンジェル」。そういう作品があるのもまた一興なのだ。

 ただ、今作は中盤からストーリーをまとめる方向に進み、パピカ、ココナ、ヤヤカの3人にミミを加えた体勢で「世界の成り立ち」を説明してくれた。こうしてストーリーが中盤から少しずつ収束する事で、序盤に見せた「訳の分からない世界」も繋がりがあったことが示されるわけだ。ピュアイリュージョンと人の記憶の関係性なども興味深く、おそらく今一度最初から見直せば様々な部分で新たな発見があるんじゃなかろうか。オリジナルアニメでここまで攻めの展開にでて、きっちりまとめあげたのだからそれだけで大したものだ。

 まぁ、正直「訳分かんない」という印象は抜けきっておらず、もうちょっと序盤に視聴者の指針になるような「話の軸」があればもっとシナリオラインの理解が容易になったんじゃないかな、という懸念があるので、一応その部分だけはマイナス評価。まー、こういうオリジナル作品の場合、ネタの仕込みと回収のタイミングは永遠の命題ではあるのだけどねぇ。今作の場合、「毎回投げっぱなし作品かな?」という第一印象のおかげで、想定以上に理性的に収束するクライマックス部分での受け入れ体勢が整いきらなかったため、もうちょっと序盤の組み立て方には良い方策があった気がする。いや、具体的には思いつかないけども。

 とりあえず超絶作画アニメとしては文句の無いところで、単に「動く」というだけでなく、いかにも古き良き「アニメーション」らしい、グッとデフォルメを施した大胆なモーションが見ていて気持ちいい。戦闘シーンだけでなく、パピカの細かい仕草なんかで「ちょっと不思議な」感じが出せていたのは見るべき点だし、ピュアイリュージョンの「訳のわからなさ」を最大限に画で作り上げるのはなかなか難度の高い作業だったはずだ。「訳のわからなさ」を楽しめるっていうのは、それだけで充分な魅力なのだ。スパッと幕を閉じた作品なので続編云々みたいな話にはならないと思うが、同じ世界観でパピカたち以外の複層構造の話を作ることは出来るだろう。実はやってることを見れば「装神少女まとい」に近い部分もあるので、将来的に「次元を渡る少女のアニメ」としてコラボとか出来たらすげぇ面白い。2作品合わせてめちゃめちゃ目のでかいアニメになるな。

 中の人については、「やっぱりM・A・Oの小器用さはすげぇ」というのが第一。今作は百合ってほどではないが「女の子の友情」ものとして充分にメインヒロイン2人のキャラが立っており、高橋未奈美と合わせてこの2人のキャストの手柄と言っていい。あとはやっぱり茅野愛衣じゃないですかね。もう、どこに言っても「お母さん」ボイスなんだよなぁ。さらに幼女的ボイス、ラスボスなボイスと色んなかやのんが聞けるのは今作オリジナルの売り。あと、人間が時を経ると櫻井ボイスからツダケンボイスに声変わりするという新事実も発覚。どんな進化だ。

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「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」 6→6

 ひとまず、3クールの長丁場、お疲れ様でございます。まぁ、何度も書いてきた通り、もっと長丁場になっても良かったんだけども、そこはそれである。

 毎回ダラダラと無意味に長文を書いてきたので、集大成として書くべきことはあまりない。正直、もう1年近く前になるので最序盤の印象とかどうだったかあんまり覚えてないし。とりあえず、「毎週かじりついて観てたんだから面白かったに決まってるやろ」っていうのが素直な感想ですかね。開始直後に議論が起こったキャラクターデザインに関しても今となっては「これしかない」って気分になっているし、部によってコロコロやりたいことが変わりやすい「ジョジョ」らしい浮気っぽさを出しつつ、きっちり3部までに培ったジョジョ愛を見せてくれるだけの作品に仕上がっていたと思う。

 もちろん不満があったのは事実だ。最大の文句はシリーズ中で作画リソースなどがヘタってしまったことで、可哀相なレッチリさんやジャンケン小僧が犠牲になってしまったり、キラークイーンの初登場時にブチ切れる視聴者が出てきたりと、「せっかく作風を考えたキャラデザで挑んだんだから、最後まで責任を持って品質を維持して欲しかった」ってのは間違いなく悔しい部分。また、後半に顕著だったシナリオの削り方も悩ましい部分であり、3部があれだけゆとりのある展開だったのだから、同じレベルでの作り込みが観たかったのは事実である。

 とはいえ、話数の絞り込みについては致し方なかった部分であるということも理解出来る。何度か書いたかもしれないが、バトルバトルで繋いでいく3部までと違い、やはり4部は「アニメ向きではない」内容も含まれており、3部と同じような間尺で映像を作っていくとどうしてもダレてしまう部分はあったのだろう。こちとら映像の専門家でも何でもないので「やってみたら良かったのに」と不平を言うだけだが、現場のスタッフからすれば、張り詰めた緊張感を取るか、余裕を持たせてダレる危険性を取るかの苦渋の二択。そこで3クールという選択にしたことが、間違いだったと断言できる人間はいないはずだ。与えられた尺の中で最大限の努力をし、決して不出来で無い作品にまとまったのだから、感謝こそすれ、ねちねちと文句を言うべきではないのだ。20年越しでかなった「動くキラークイーン」を観て、改めてそのありがたみを噛みしめよう。「もっと格好良いデザインで観たいのに」という人は、おとなしく原作絵を穴が空くまで読み込むべし。

 不満が無かったわけではないが、充分及第点の9ヶ月。長らく楽しませてもらいました。次に康一君が登場するのは、一体何年後になるかねぇ。流石に4部と同じデザインではやってほしくないので、また全然違ったアニメ版ジョジョが生まれることになるだろう。イタリアにロケハンにいかなきゃいけないし、スタッフも大変だろうなぁ。

 中の人の話は……今更する必要も無いかな。(本当に出てきた直後は)抵抗があったのは康一・吉良あたりだが、今となってはこちらの方が完成形。そりゃま、これだけの陣容で不満が出たら嘘ですわな。個人的にヒットになったのは、由花子・辻彩・そして早人。うん、つまり当ブログ右柱部参照ってことだ。トリッシュ役は誰になるかなー。出来ればナランチャはゲーム版でそのままいって欲しいなー。

 未来で会おう、イタリアで(DC版3部ゲーのポルナレフの台詞より)。

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「ナンバカ」 4→4

 最後まで見るべき視点が定まらないアニメだった。ただ、これはアニメの出来云々以前に、見るこっち側にも責任はあったかもしれない。予断を持って視聴開始するのは良くないね、っていうお話。

 何故初めて見るタイトルなのに「予断」が入ってしまったかというと、監督が高松信司だったことによる。「高松作品なんだから、またアホみたいなギャグが売りのシュールな作品になるだろうなぁ」というのが「予断」である。確かにギャグはあったし、ちょっと古くさいような笑いのセンスも高松的ではあったのだが、今作のメインはギャグ漫画部分ではなかったようで、「そういう」見方をしていると中盤以降のシリアスが処理しきれなくなってしまったのだ。どちらはというと「能力バトルもの」みたいなテイストが優先されるパートがあり、シリアスもかなり強めに効いているので、ギャグだと思って期待していると肩透かしをくらってしまうし、シリアス部分をそのまま飲み込めなくなる。正直、そうした部分で「足並みが揃わなかった」のは、勝手に属性でレッテル貼りをしてしまったこちらに責任があるだろう。

 ただ、こちら側の不首尾は認めつつも、やっぱり視点が定まらないアニメだったのは事実なんじゃなかろうか。最初の2,3話は間違いなく「ゆるふわ脱獄コメディ」だったのだし、キャラの多くはギャグ向けに設定されているはず。ジューゴたち囚人チームとハジメちゃんの関係性だって、とてもじゃないが真剣に命のやりとりをする雰囲気には見えない。まぁ、実際その関係性で命のやりとりはしてないし、脱獄するしないで真剣に揉めるタイミングもほとんど無かった訳なのだが、それだったら別に「監獄」っていうシチュエーションにあんまり意味はないよね、っていう。これ、適当に学園設定にしても話としては成立するし、脱獄云々の意味が分からない(ジューゴたちがわざわざ「囚人」と設定される意味があまりない)ので、刑務所の中、という設定が浮いて見えてしまうのだ。ジューゴの過去が次第に明らかになるにつれ、「お前、他の囚人たちとおちゃらけて脱獄ごっこやってたのはかなり罪作りやぞ」と思えてしまうし。重い設定と軽いギャグの食い合わせが微妙に悪く、笑っていいのか悪いのか、そもそも面白いのかどうなのかもよく分からないうちに終わってしまった感。

 まぁ、2期がすぐに始まるらしいのだが……ネット限定配信かよ。すまん、多分それは追いかけないわ。俺はネットでアニメを観るのがすげぇ嫌いなんだよ。決まった日の決まった時間に放送してくれないとついていくの大変なの! このセールス手段で結果が出せれば、今後もこういう変則的な配信方法が増えていく可能性があるなぁ。今となっちゃ、大体のアニメはネット配信でフォロー出来る状態だし、俺みたいに放送に食らいついてるのはもう時代遅れなのかねぇ。

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WWW.WORKING!!」 4→4

 思ったほど悪くはなかったのだが、だからって大きなプラスも無く終わった感。まぁ、多分1作目で馴染んでこの空気が好きな人は好きなんだろうけど。わたしゃどっちかというと飽きてしまった方なのでね。

 前作の無印WORKINGの場合、最初は色々とかき混ぜられていたのに気付けばバイト連中の全ての関係性が恋愛沙汰になるというピンク脳の世界に流石に嫌気がさした。ぽぷらちゃんだけは頑なに萌えキャラ性能を維持し続けたが、その他の面々は延々くっつくのくっつかないのという話をしているだけ。そういう話が見たいんじゃないんだけど、っていう。今作においてその傾向はより顕著になり、もう1話の時点から「こことここがくっつきます」というのが明らかな3組の男女のお話を隠す気は無い。結局無印の終盤と同じ流れじゃねぇか、っていう。どのカップルも基本的に女性中心で男がないがしろにされるというのも一緒で、最終的にハッピーエンドになるとはいえ、なんか男の扱いに釈然としない部分もある。轟さんは優しかったのになぁ(そうか?)。

 でもまぁ、そうした「あんまり見たくない」話の中でも、回数を重ねれば可愛らしさが見えてくるのも我ながらチョロいところで。やっぱり一番の牽引力を発揮したのはメインヒロインの宮越さん。前作の伊波さんは「暴力ヒロイン」ってんで賛否あったわけだが、村越さんの理不尽さも負けてはいない。「素直で一途」っていう部分も共有している部分であり、馬鹿だからこそ相手のことをいっぱい考えてくれるのは、ある意味で男冥利に尽きるのかもしれない。戸松ボイスによる理由無きエネルギーの充填率も凄まじく、どんな無茶をやろうとも「まぁ、宮越だったらいいか」という気にさせてくれる、愛嬌のあるヒロインであった。対抗はサブヒロインの村主さんで、こちらも全く別種の理不尽さに釈然としないものを感じさせながら、「笑顔」という分かりやすい最終兵器を決め球として投げ込んでくるファイトスタイルは男泣かせ。こちらも日笠陽子という万全のキャスティングを擁し、見事なヒロイン魂を見せてくれた。鎌倉さんももちろん強烈なキャラではあるが、「金が絡む」という一番生臭くて救いようのない恋愛模様だったので、どう応援したものか計りかねたので保留。

 まぁ、こうしてみると「パターン化して飽きた」とはいえ、やはりそれぞれのヒロインの描かれ方は丁寧であり、はまれば楽しいアニメだったのだろう。一度この作者の恋愛要素全外しの作品が見てみたい気もするのだが、そしたら成立しなくなっちゃうかねぇ。

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「斉木楠雄のΨ難」 5→5

 まぁ、常のように、よくやってくれたのではないかと。

 原作知ってるしわざわざ身構えて見るような作品でもなかったのだが、原作の持ち味が桜井弘明テイストにきっちり馴染んでいて、アニメ化によるプラス要素も割と多かった作品だと思う。コミックでしか成し得ないようなネタを強引にアニメに落とし込んだり、リアルタイムでの原作とのリンクを見せたり、非常にサービス精神旺盛でファンには嬉しいアニメになっていたんじゃなかろうか。その分、アニメとしての映像の妙味とかは一切無いわけだが、まぁ、元々原作の時点で絵のありがたみがある作品じゃないしね。むしろ早回し演出による詰め込みで、画なんておまけ程度でガンガンネタをまわす方が正しい方向性だったと思う。やっぱこういう無茶な展開を加速させるのが上手いなぁ。

 あとはまぁ、中の人の話題を出すくらいしかやることがないな。贅沢極まりないキャスティングのおかげで斉木ワールドは大きな恩恵を受けた。斉木本人のボイスももちろんだが、おっふ度の増した照橋さんとか、破壊力に説明が不要になった燃堂とか。個人的に気に入ったのは目良さんで、原作でも理不尽な存在感を持ったキャラだったが、内田真礼ボイスによってなんだかギャグの速度が増したような気がする。「あいまいみー」で培った何かがいかされているね……。

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「ユーリ!!! on ICE」 6→7

 バケモンみたいな作品でしたね。オリジナルアニメでここまで革命的な仕事を成し遂げる作品は、年に一本出るか出ないか。

 先に断っておくと、わたしゃホモは嫌いだ。正確に言うと嫌いというか、理解が及ばない。以前知り合いとそのあたりの話を喧々囂々で議論したことがあるのだが、自分に一切その気が無いので、その存在を頭で理解出来たとしても、絶対に共感出来ないと思っている。そして、共感出来ないキャラがいるということは、決してそこからプラスに働くことはなく、未知で不可知であるが故に障壁となることは間違いなくある。そういう意味で、「嫌い」なのである。過去にも様々なそっち向け作品のアニメを見てきたが、ギャグとして処理出来ればそれはそれでいい(「世界一初恋」etc)し、愛玩動物を愛でるような感情として処理出来る特例(「SUPER LOVERS」)なんてのもある。不可知であるからこそ、それを「真に迫ったもの」として認識しないことが求められるのだ。

 しかし、本作はそっち方面で話題になり、確実に作り手側もそれを意識した演出、構成を施している。その上ですんなりと本作を受けいれられた理由として、おそらくフィギュアスケートという競技の特殊性があるのじゃないかと考えている。フィギュアというのはスポーツの中でも審査競技であり、表現の勝負である。実在の選手を見ても分かることだが、そこでは間違いなく、華麗さ、優美さに加え、何らかのエロティシズムが含まれる。「男の色気」ってヤツを、合法的・効果的にいかに発揮するかの勝負。つまり、ものすごく乱暴にまとめると「フィギュアが強い選手」は「色っぽい選手」であり、「エロい選手」なのである。そして、この色気というものはどうやら性別の垣根を取っ払い、同性にも効果的なものであるらしい。ユーリが描く「エロス」はその端的な表出だが、「楽しませること」「魅せること」がどこかで性的魅力との境界を排して接続し、キャラの魅力、キャラのエロスが曖昧になる。そこに、同性愛的な表現を掘り下げる余地があった。

 つまり、世間的には完全にBL作品として処理されている本作を、私の場合は「極まったフィギュア選手同士の頂上決戦」と認識して受け入れることが出来るのである。ユーリがヴィクトルに、ヴィクトルがユーリに惹かれるのは、互いに持ち合わせた卓越した技巧によるもの。そして2人の志が重なることは、人生の目標を1つにして1つ屋根の下で共同作業を行う仲、とどのつまりは「結婚生活」を連想させることもおかしなことではない。つまり本作は、フィギュアスケートという題材をフル活用することで、「合法的にBLをスポ根として描くこと」を可能にしたのだ。もちろん、選手同士のリスペクトなんてものはどんなスポーツだろうが存在するし、そうした友情を描いた作品は多数あるわけだが、フィギュアの場合に互いを見つめる視線に性的な要素を含んだとしても(もちろん、含まないかもしれないがそう読み取れても)おかしくないのである。その傍証として、ユーリとヴィクトル以外の選手は、妹や母親、恋人との関係性の中で描かれている人間も多いが、そのどれもがユーリ同様、「男から見ても魅力的」な選手になっているのだ。この「性的官能の転写」が本作の特筆すべき1点目である。

 そして、そうした描写のためには当然「フィギュアスケート」をとことん描く必要があるわけだが、本作では「話数の半分を全て試合中継のみで構成する」というとんでもない荒技で難題をクリアしている。ここまで徹底的に「試合描写のみ」に全てを託したアニメというのは、ひょっとしたら史上初なのではなかろうか。テレビのフィギュア中継をそのまま写し取った演出は視聴者を「スポーツ観戦」の枠組みに引き落としつつ、そこにアニメならではの演出を紛れ込ませることで、ドラマパートも油断なく掘り下げていく。6話で本当に驚いたのはぽっと出の新キャラが競技を終えた30分後にはしっかりと個性を定着させ、まるで長々と自己紹介を終えたような状態になっていたこと。キャラの濃かったJ..なんかを見れば分かりやすいと思うが、彼がリンク以外の場所で他のキャラと絡んだ時間は驚くほど短い。それなのに、12話を見終わった我々の頭には、「キング」J..の圧倒的な存在感が焼き付いている。そして、こうした「掘り下げ」は競技に参加した全てのキャラがほぼ同価値で実現させている。個人的にはジャコメッティの存在感が一番気に入っているが、最後に駆け込むように入ってきたオタベック、1話しか出ていない南くんあたりもちゃんと印象に残るキャラになっているのがすごい。普通のスポーツものとして、今作は相当なハイレベルに位置しているのだ。

 すでに放送が終了している「ハイキュー」を評して私は「今期最もアツいスポ根アニメ」と書いたが、今作は「今期最も艶めいたスポ根アニメ」で間違いないだろう。今作を見れば、私のようにフィギュアに興味のなかった人間でも、「この冬からはフィギュアの中継を見てみたい」と思わせるだけのエネルギーと説得力がある。こんな力業でスポーツの面白さをたたき込んでくるアニメが作れるなんて、全く想像もしていなかった。これだから、アニメ視聴はやめられないのだ。

 最後に中の人の話は……もういいかな。各国の選手の濃すぎるキャラはもちろん、ヴィクトルの存在感、そしてユーリという実に不思議なスタンスの「主人公」を一分の狂いもなく作り上げた豊永利行の手腕。あらゆる作り手たちに支えられて、今作は完成したのです。これだけ人気が出れば当然続編って話になるが……次はユーリVSヴィクトルが見られるんですかねぇ……。

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Lostorage incited WIXOSS」 5→4

 テメェ、最後にあきらっきーを持ってくれば全部許されると思ったら大間違いだからな。いや、正直ちょっと笑ってしまったけど。僅かな登場の隙を逃さずにきっちりラスト提クレバックを奪っていくあきらっきー大先輩、流石やで……。

 しかし、こうして前作の遺産を食いつぶしてネタにしていたことからも分かる通り、正直、駄目な作品である。期待していたものが何一つ出てこず、シナリオに全く心躍るものがなかった。これは、WIXOSSの皮を被った何か別のアニメだ。いや、前作だってWIXOSSの皮を被った何かだったけど、そういう意味でなくて。

 前作は「カードゲームの販促アニメのはずなのに一切ゲームの内容が分からないし関係無い」という斜め上の投げっぱなしから、純粋に女の子たちの愛憎劇を描くという、岡田麿里ここに極まれりという作品だったのだが、今作はそうして「ゲームと一切関係無い」部分と、前作で受けた「何となくひどい仕打ち」の部分だけを踏襲し、さらに全く関係無い次元に足を踏み入れている。その結果残ってしまったのは、行き当たりばったりの思いつき脚本だ。前作では繭というルールがおり、彼女が産みだした世界の理の中で物語が進んだため、理不尽ながらも得心のいく物語が展開されたが、今作は前作の「繭」に当たる存在がおらず、本当に「何となくひどいゲーム」としてのWIXOSSがあるだけ。適当に作ったルールも細部がガバガバで、ラストバトルなんて「それやっていいのかよ」のオンパレード。最低限のコンセンサスが無い状態でバトルアニメなんて楽しく観られるわけがないのである。

 じゃぁ、前作で最大の売りとなった「女の子の友情物語」部分はどうかというと、これも毎週の感想で少しずつ興が削がれていく過程が見えると思うが、相当駄目な部類に入る。一番のキモであるすず子と千夏の関係性があまりにも雑で、ラス前で和解する展開など、傍から見ている分には「なんでそんなんで今まで揉めてたんや!」とキレられても文句を言えないレベル。ラスボス里見も(キャラは面白いが)目的意識が低くて「適当に拵えた悪役」感が拭い切れず、本当にこの世界は「前作は血も涙もないひどい部分が受けたんやろ」みたいな感覚で作られていることが透けて見えてしまうのだ。そのくせ、清衣やらなんやら、微妙に前作の要素を引っ張り出してくるところがむしろ腹の立つところで、あれだけの完成度を誇った「selector」シリーズをないがしろにされているようで気分が悪い。いや、あきらっきーや伊緒奈さんがモデル活動で一花咲かせていることが分かったのは嬉しくはありますがね。もう、こんな茶番はどうでもいいので、「らきらき♡あきらっきー」みたいな新番組を始めてくれればそれでいいんですよ。結局カーニバルの正体は何の意味も無かったよなぁ……。もし2期目があるなら、もう少し統制の取れた状態で、1期キャラとの絡みを大事にしてほしいです。

 一応、良かった点を多少でもフォローしておくと、中村悠一劇場としては最高でした。中村、ここからWIXOSSも始めてじゃぶじゃぶ課金するんじゃあるまいな。そして結局何も無かったけどカーニバル役のアスミスも普段は聞けない声だから非常に魅力的だった。そうだよなぁ。気付いたら阿澄さんも3×歳だもんなぁ。悪役の1つや2つ、回ってくるキャリアだよなぁ。

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「ガーリッシュナンバー」 5→4

 なんとも据わりの悪い作品である。当初懸念していたほどに抵抗はなかったのだが、作品全体として「勝ったな!」というわけにもいかないだろう。はてさて、どのように評価したら良いものか。

 本作が始まった時の新番チェックでは、「今作がどのように終わる可能性があるか、そしてどのように終わるべきか」ということに触れた。簡単にまとめておくと、想定されていたエンディングのパターンは3つで、1つは、「甘い考えの彼女が業界の厳しさにボコボコにされ、真面目に努力することを覚えていく」、2つ目は「やっぱり彼女は失敗するが、そのまま立ち直ることなく、訓話的な結末を向かえる」、そして3つ目が「このまま、彼女が性根を入れ替えることなく、とんとん拍子で成功しちゃう」。さて、実際にはどのようなエンディングだったかというと、少なくとも2つ目ではないだろうから、1つ目と3つ目の間といったところか。確かに千歳は打ちのめされ、反省することで多少は努力をするようにもなったが、残念ながら「心を入れ替えた」とまでは言い難いだろう。彼女がやり始めたようなことは他の声優仲間達ならば当然のようにやっていることであり、言わばようやく声優人生のスタートラインに立てたという程度。まだまだ主人公に必要な努力からはほど遠い。基本的に彼女は3つ目のエンディングである「たまたまちやほやされる」属性の方が強く、ラッキーでのし上がり、幸運にあぐらをかいてぐうたらしていた時間の方が圧倒的に長いのだ。

 もちろん、そういう主人公がいることは別に構わないのだが、今作は一応「声優のお仕事アニメ」という体裁をとっており、千歳の働きは大なり小なり「声優の仕事ぶり」として認識される。初見の時も書いたが千歳の態度は声優ファンからしたら不愉快以外の何ものでもなく、「ただ千歳がのし上がる」だけのアニメだったら、今作のメッセージは我々には受け入れがたいものになったはずだ。幸い、それなりに辛いシーンもあることで一応のバランスは取れたように見えなくもないが、実際、千歳はそこまで苦労しているわけではなく、どっちかというと泥を被ったのは悟浄君の方だろう。容赦無い社長の一言が突きつけられた時も、結局悟浄君が丸呑みして千歳への直接のダメージを避けている。彼女はどこまでのぬるま湯の中で、飼い殺しにされていくだけの存在だったのだ。彼女の幸運は周りの仲間達に本当に恵まれていたという部分で、4人の仲間達からそれぞれに最も効率的な方法で「生き残り方」を学んでいき、付け焼き刃でそれを振り回すことでギリギリ声優としての人生を守りきった。やっぱり、改めて見ても彼女の成功譚はラッキー以外の何ものでもなく、声優という職業を小馬鹿にしたことについての罪滅ぼしは一切行われない。そんな主人公を、好きになれるわけがないのだ。

 ただ、こうして形成された物語が、一定の割合で「ネタ」であるという部分も理解しなければならない。こんな声優はいるかもしれないし、いないかもしれない。業界はこんな風になっているのかもしれないし、全くのフィクションかもしれない。我々素人には一切立ち入ることの出来ない暗部がこのアニメでは「フィクション」として描かれており、千歳の生態は、言ってしまえば巨人やエルフと同等の「イメージ」でしかないのである。そんなところに目くじら立てて「声優さんを馬鹿にするな!」と激怒するのも空しい話。「そういう風に噂されている業界なんですよ」ということを飲み込んで、ある種のゴシップストーリーとして、半笑いで見るのが正しい姿勢なのだろう。

 ただ、そうした半笑いの作品としても、中盤以降の千歳の身の処し方はなんとも半端な印象があるのだけども。彼女は救われるべきなのか、打ちのめされるべきなのか。作品全体としてそれが明確ではないため、「ムカつく奴だけど今後も可愛がってね」というなんとも矛盾したオチになっているのだ。そのことについては、事実だろうとフィクションだろうと、あまり受け入れられるようなデザインではないんだな。個人的には、やっぱり見ていて不快感が先に立つテーマってのは、あんまりよろしくないかな、と。ネットの書き込み、つまりは便所の落書きみたいなものをわざわざアニメに仕立て上げるってのは、本当に末期になってからやって欲しい。

 とりあえず、声優アニメだから声優は頑張ってたよ。ちーさま役の千本木彩花は、良くも悪くもここではっきりと名前と声が印象づけられたのではなかろうか。彼女の仕事ぶりが今後どんな風に広がっていくのかは楽しみなところだ。

 

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