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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「ふらいんぐうぃっち」 6→8

 終わらないよ。この日常は終わらないんだ。終わらないんだ……。

 「田中くん」と並んで双璧を成した春クール2大アニメ。こういう作品にばかり目がいくようになったということでそろそろ自分のアニメ視聴姿勢にも変質(老境?)があるのかなぁ、と考えたりもするが、まぁ、良い物は良いと言っていければいいですね。今作はとりあえず「ほのぼの日常もの」という良さを前面に押し出していることが全てではあるのだが、過去にも沢山の「日常もの」はあったわけで、何故ここまでハマったのかをきちんと考える必要はある。視聴中にも散々感想を書いてきたので繰り返しになる部分も多いかもしれないが、改めて今作ならではの「良さ」を振り返ってみよう。

 1つは、作品の性質に見事にマッチした舞台設定と映像美術。クジラ回の眺望なんかによく表れていたのだが、実在の町を舞台にしているのに、不思議と「魔法」という装置と噛み合う景色の良さ。クジラの上のいかにもマジカルな遺跡の様相と、何故かしっくり馴染んでしまう弘前という片田舎の町並みが、何とも言えない和のノスタルジーをファンタジーに融合させている。そして、遠くから見ればマジカルな風景に馴染むほどよいバランスながらも、スコープを絞って近づいてみれば、そこにはちゃんと「現代の田舎の風景」が地に足を付けて描かれている。チトさんや千夏ちゃんが元気に駆け回る町のそこかしこが、まるでいつも歩いているご近所さんのような近しさを感じさせるのだ。この映像のかみ合わせの良さは、最近のJ.C.STAFFの仕事の中でも抜群の働きを見せていた。

 そんな中で繰り広げられる日常芝居には、絶妙なユルさが「間」の演出でもって形作られている。一見無謀とも言える無音で動きのない描写も、今作のたっぷりとした時間の流れの中では雄弁な意味を成し、のどかな空気を作り出している。「悪人がいない」というのはともすれば退屈な世界になってしまう危険性を孕んでいるのだが、今作では「魔法」というちょっとピントのズレた小さな奇跡のおかげで常に刺激を維持することが可能になっており、その突拍子のない現象が、さらに日常ののどかさを際だたせるという、明解な相互作用を生み出している。「ちょっとの魔法と絶え間ない日常」。これが今作が視聴者の目を飽きさせない最大のポイントだ。

 そして、そんな日常を形作る中心となっているのが倉本家の皆さん。これは完全に個人的な趣味趣向であるが、「家族の交わり」っていうモチーフが本当に眩しい。倉本家のお母さんもお父さんも、そして圭にしても、特に意識的に家族間で交流を図っているというわけではない。家族愛を謳ったアニメでもないし、家族の絆を問われるような場面もない。しかし、それだけに何気ないワンシーンに見える、揺るぎない「家族」の情景が眩しいのである。特に私みたいに延々一人暮らしを続けている寂しい人間には、退屈とも言える田舎の日常の中、当たり前の幸せを満喫している家族の情景が、あまりにも輝かしいのである。無い物ねだりじゃないんだ。我が家だって、こういう幸せな時間はあったし、今だって実家に帰れば近いものは得られるかもしれない。でも、それがすぐそこに転がっていたんだ、っていうことは、こうして改めて提示されて初めて気付くものだ。本当にかけがえの無い「良いもの」を見せてくれるから、本作の「日常」は特別なものになっている。

 こうして作られた物語は原作の良さもありつつ、アニメではさらにそれを膨らませて1本のシナリオにしていたという。アニメスタッフのどの部門が欠けても成立しなかった奇跡のバランスだったのだろう。本当にお見事としか言いようがない。あとはまぁ、やっぱり今作が屈指の猫アニメだったという部分があまりにも高得点過ぎましてですね……いや、猫だけじゃないな。狐も、キジも、テントウムシやハチだって。なんだか「生き物にありがとう」な部分も素敵なアニメでしたね(千夏ちゃんという生き物も含む)。現時点で原作ってどれくらい消化したのかなぁ。2期はあるのかなぁ。ケニーさんの研究論文の一端だけでもいいから見せてほしいなぁ。

 中の人については、もう全部が全部良かったですね。主人公・真琴を務めた篠田みなみはこれが初ヒロイン。ここから更なる一歩があるかどうか。さらに茜姉ちゃん役の葵井歌菜に至ってはその他の経歴すらよく分からない人なんだよな。色んなところから今後が楽しみなアニメですよ。

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「美少女戦士セーラームーンCrystal Season Ⅲ」 6→5

 なんかあっという間に終わったなー。いや、正確に言うとあのラストだから終わった感すらないんだけど。「なんかあっという間に1クール駆け抜けたなー」。

 終わってみりゃ普通にセーラームーンだった。いや、当たり前なんだけど。1話目を見てテンション上げまくったけど、そりゃセーラームーンだわ。デスバスターズ編、これを13話で走り抜けたおかげであっという間って感じになったけど、やることはやってる、そんな感じ。もうちょっと話数に余裕があって遊びがあると最高だったんだけどな。中盤からギャグを差し挟む余地が一切無くなっちゃったもんなぁ。あと最大の不満は、「残りの4人にほとんど活躍のタイミングなかったやんけ!」ってところ。1期2期をスルーしてしまった身で贅沢言うなって話なんだけど、「よっしゃ、今期は亜美ちゃんもレイちゃんもみんな揃ってスタートや!」って思って見始めただけに、出番がどんどん減ってしまったのはしょんぼりだった。まー、そりゃそうなることは分かってたんだけどさぁ。ラストバトルとか完全にお荷物だし、最後にバトルらしいバトルしたのって仲間割れパートだったんじゃねぇかな。

 とまぁ、そんな残念感はあったものの、こればかりは勝手な要望なので裏切られても文句を言うのは駄目ですよね。今作最大の見どころは、何と言ってもその作画クオリティ。それだけが理由で3期から見始めただけあって、毎週充分にペイするだけの映像品質に大満足。みんな可愛いんだこれが。下手したらここ数年の東映アニメ作品の中で一番映像に力はいってたんじゃなかろうか。小さい頃はねー、セーラームーン見て「なんかエロいアニメだ」って思ってたもんですけどねー、こうしてブラッシュアップされた綺麗な映像を改めておっさんが見ると……「なんかエロいアニメだ」。やっぱりぴちぴちのセーラー服着てバトルする戦士って頭おかしいよな!(最大限の褒め言葉)

 今回のMVPはちびうさとの2択で悩むところだが、やっぱりほたるちゃんなのではないでしょうか。一部では「萌え」の語源となったともされる伝説のキャラクターは、今作でも文句無しの素晴らしい扱い。可憐な美少女が変化して冷たい目をして世界を滅ぼそうとするギャップがたまらない。キャストを務めた藤井ゆきよの醸し出す圧倒的美人さんオーラもたまらん。あの皆口裕子の後釜なんて誰がどうやったってプレッシャーしかないと思うのだが、見事にその重圧をはねのけ、新しい時代のサターン像を築き上げていたと思う。もちろん、それをサポートする外惑星3戦士もはまってましたよ。ラストにはるかさんがママンになってるところなんて、宜なるかな、って感じですね。あのCVだったらしょうがない。

 そうそう、ラストはエンディングテーマが一周して戻ってきたのも嬉しかったしね。まもちゃんソングも面白いっちゃぁ面白いんだが、あれ、どう見てもギャグだし。いや、謎の夫婦デュエットもギャグといえばギャグなのかもしれないけども。オープニングも一周してやくしまるえつこバージョンに戻ってきたのは嬉しかったし。同じ曲をやくしまるえつこ・堀江美都子とパスして最後に誰がくるかと思ってももクロだったときのずっこけ感ね。順番逆にしてりゃよかったと思うんだが。

 さて、とりあえず終わったことは終わったが……終わってないでしょ。これ、次あるでしょ。次があるなら是非同じクオリティで。そして、レイちゃんたちにもっと活躍の場を!

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「文豪ストレイドッグス」 5→5

 ちょっと待って、ひょっとして先週が最終回だったの?!(今期2作品目の事態) 全然気付いて無くて、今週放送がなかったことに今更気付いたよ……え? あの12話目で一旦終わりだったの? 一応分割2クールらしいから終わりらしい終わりじゃなくても問題は無いのだろうけども……なんか拍子抜けだな。

 まぁ、当初の予定通りといえばそうなのかな。「原作はちょっとだけ読んだからシナリオ部分には一切期待してないけど、それでも五十嵐作品だから最低限の面白さになるに違いない」っていう。まさにそれでOKだね。能力バトルアニメとして、かなり設定が適当だし、何よりもまず、モデル(?)となった作家に一切のリスペクトがないっていうのが辛いところ。そりゃま、過去の偉人たちを散々おもちゃにするなんてのは様々なアニメ・漫画が通過してきた道で、三国志武将や戦国武将はもうボロボロだし、最近じゃ「Fate」シリーズが色々大変なことになっているらしいが、そうしたジャンルと今作はまた意味が違うだろう。例えば、出てきた名前の中で私が譲れない作家名には宮沢賢治がある(そりゃ、一番好きな声優があの人なんだから必然的にそうなる)。そんな人間から見て、今作で出てきた「宮沢賢治」は「なめとんのか」の一言である。そういうネタだろ、スルーしろよ、と言われたらそれまでだが、そこでスルーするならわざわざ偉人の名前使ってるんじゃねぇよ、とも思うわけだ。登場人物が作家の名前である意味がほぼゼロであり、その部分を除くと、あとは「行き当たりばったりで大味な能力バトル」しか残らない。そして、そこに面白味は無いのだ。

 だが、そんな「いらんアニメ」になるはずだったのに、そこに五十嵐さんが参加してしまったせいで……悔しいかな、面白い部分も出てきてしまうのだなぁ。やっぱりこの人のテイストには弱いのよね。ギャグのテンポとか、キャラの崩しとか。笑わせるポイントだけでなく、バトルの見せ方とか、ギリギリのキャラの表情の見せ方とか、そういう部分がやっぱり上手いんだよ。やっぱり五十嵐・榎戸・ボンズという組み合わせだけで3割増しで魅力的になるなぁ。

 というわけで、プラスとマイナスでチャラで「2期目も見続けるよ」っていう結論。今のところはそれくらいで。

 

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「少年メイド」 4→5

 気付けば馴染んでました。ショタに興味は無いですが、決して邪魔になる文化ではないですね(ヤバい兆候)。

 元々は「な〜んか薄味だし、あまりにもフォーマットそのまんまだから特に欠点がなくても入ってくるものも無さそう」っていう第一印象で、実際、その部分については特に間違った予見ではなかった。最後まで千尋がメイド然として仕事をしているところを回りの大人達や友達がやんわり見つめているだけの構図は、お世辞にも刺激のあるものではない。でもまぁ、「それでいい」シナリオ構成が思いの外丁寧なところでね。ショタなんてのは割と尖った趣味趣向だと思っていたので拒否反応があったのだが、どっちかっていうとショタというよりは「健やかな子供の成長を見守る」作品だったので、余計な警戒心は解けて年寄り的に「素直で元気な子供は良いものですね」っていう気持ちになれた。短パン少年が元気に働く様子はとても健全ですね(ヤバい兆候)。

 そして、いじられるのは基本的に千尋だけど、彼を中心にして様々な「家族の在り方」みたいなものに触れていくストーリーラインは、退屈することなく適度に推移が窺える内容。母を亡くした千尋、そして円と実母の関係性。真剣に悩み始めると結構重めのテーマではあるのだが、そこを深刻になりすぎずにハートフルにまとめてくれたのはありがたい。世の男の子というものは、いくつになっても「母親の話」ってのに弱いものでね。甲斐甲斐しく働く千尋を見ていると、「母親がいるうちに孝行しとかないとなぁ」という気分になってくる。いや、そんな深刻ではなく、何となくね。CVゆかりんの千尋ママン、1話目時点で故人だったので出番なんて無いかと思ってたのに、想像以上に活躍してくれたな。

 同じ時期に「SUPER LOVERS」という劇物が混ざっていたために、相対的にこの柔らかさがありがたかったです。味が濃すぎるものと柔らかめのもの、同時摂取でショタの勉強には良いシーズンだったんじゃないでしょうか。今後のアニメ業界はどれくらいショタが台頭してくるんでしょうね(ヤバい兆候)。

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「坂本ですが?」 5→4

 んー、あんまり。

 やりたいネタの方向は分かるけど、これって本当にネタがワンパターンしかないからね。流石にアニメで1クール引っ張るような作品ではないよなぁ。「リコーダーとランドセル」と同じように5分アニメとかで良かった気がする。いや、それだけじゃ描けないドラマもあったんだろうが……でも、ネタが長くなればなるほど、間延びして退屈になった傾向があるからなぁ。アニメにするのがすごく難しいネタ回しなんだよ。坂本が絡むネタって、彼の「大仰さ」をどれだけ見せるかっていう展開なので、短くまとめるわけにいかないんだ。引っ張って引っ張って、ぶっ飛んだ姿を見せなきゃいけないからね。おかげで、短くまとめてテンポ良く、っていう方向には作り込めない。もちろん、大々的に映像として作ることに成功すれば見映えがするんだろうけど、どこかで「抜く」部分も必要なので完全に「詰める」方向だけでは話が成立しない。そのあたりのバランスは漫画だと読み手側が勝手に調整出来るのだが、アニメだとどうしてもタイムスケールの上に乗せなきゃいけないので、どうしてもネタが押しつけがましくなってしまう。どういうオチになっちゃうか分かっているのに溜めて溜めて溜めているタイミングって、なんか白々しくなっちゃうのよね。

 そのあたりの難局を打開するための1つの方策が「あり得ない声優の揃え方」という斜め上の方向性だったのだが、個人的には「わざわざこんなキャスト使ってるのにチョイ役だけって……」という勿体ないお化けが見えてしまう体質。特に女性キャスト陣はあんまりキャラに差も無い「小道具」でしかないからなぁ。結局このネタ回しなら全部グリリバさんが持っていくことになるし。まぁ、彼の新しい伝説キャラクターが増えたと思えばそれでいいのかな。あ、石田彰は相変わらずおいしいポジションです。

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「マギ シンドバッドの冒険」 5→5

 良いアニメでしたよね。いちいち驚くような突出した部分は無いけど、毎週楽しく観られる、お手本のような冒険活劇でした。

 今作は、言わば究極のネタバレが終わっているようなお話。何せこのシンドバッドがあのシンドバッドになることはみんな分かっているわけで、後は「成功者がどんどん成功すると分かっていることを見るだけのお仕事」である。番狂わせなど起こりようもなく、着実に「あの時代」へ向かうだけ。そういう意味では一切紛れが起こらないので、劇的なシーンなんてものはそうそうあるわけじゃない。でも、それで別に構わないんだよね。予定調和は害悪じゃないんだ。「あの将来」を知っているおかげで、シンを取り巻く1つ1つの事件や人物がどのように収束していくかが見えて、全ての要素がある意味で伏線になっているとも言える。「人を惹きつける魅力のある人物」の成長物語は、充分に「人を惹きつける物語」になってたんじゃないでしょうか。元祖「アラビアンナイト」からの翻案とかも上手い具合に機能してたし、子供に読ませたいファンタジーになっている。

 振り返ってみると、私はこういう「偉大な人物がまだ無名だった頃の冒険譚」っていうジャンルが好きなのかも。遙か昔、まだラノベにラノベという名前すらついていなかった時代、僕はファンタジーに入門したのが「ロードス島戦記」なんだけど、そのロードス島の中に「傭兵王」と呼ばれるカシューという人物が登場する。ざっくり説明すれば、まさにこのアニメのシンと同じように、たたき上げで一介の傭兵から国の頂点まで登り詰めた究極の成り上がり者なのだが、あるところで、このカシューの傭兵時代の物語が編纂されたことがあり、私はその本がとても好きだった。未だに実家に帰ると読み返すことが多い。「あの大人物を作りあげたのはこういう過去だったのか」という納得があるし、後の世に大きな影響を及ぼすことになるちっちゃな出来事とか、そういう話は読んでいてとても夢がある。今作は、なんだかそうした「懐かしい暖かみ」みたいなものを感じることが出来る作品だった。

 笑ってしまうのは、「あの将来」には「あのCV」もついているので、シン役の小野Dを皮切りに、回りの豪華キャスト陣が全員若者役で頑張っているところ。中でもジャーファルなんて子供代表だからね。櫻井のこんなに幼い役、なかなか昨今じゃ聞けませんよ。他にもスパルトス、ドラコーン、そしてヒナホホと揃った八人将が全員若々しいのはやっぱり面白い。改めて「マギ」本編を見直してこいつらがどんな活躍をしていたのかを見直したくなってくるな。これ、まだまだ「マギ」本編との間には物語があるってことなんだよね。こっちの作品での2期目とかないもんかな。

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「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」 ー→ー

 新番組でもないし、出自を考えたら30分アニメでもないし、評価点は付けないで濁すんだ、お茶を。

 でもまぁ、視聴前まで持っていた抵抗感は無事に無くなりました。なるほど、とても分かりやすい。感想が「カバネリ」と2つ並んでしまったのもなんだか不思議な縁で、あちらは「画がマーベラスだけどお話もやもや」、こちらは「画なんて飾りです、お話だけでも見ていってくださいよ」だからね。一口にアニメ作品と言っても色々なカタチがあるものです。別に画が悪いって言ってるわけじゃない。この作風で普通のアニメ風に動いてたらそれはそれで興ざめだった気がするしね。

 視聴前の誤解が解けたのでいくつか(自分の心に)補足・訂正をしておくと、今作は確かに「エキセントリックな世界デザインを楽しむ作品」で間違いないのだが、そのジツ、やってることは圧倒的ベタである。いわゆる日本のヒーローもの、いわゆるアメコミ的ヒーローもの。そうしたものをぐちゃぐちゃと掛け合わせたところに、刺激臭の強い「忍殺ワールド」を加えたものが今作。元々、そのあまりにエキセントリックなデザイン性から毎度シュールなギャグを連発するタイプの作品なのかと思っていたのだが、あくまでも「なんかおかしな世界」が舞台になっているだけで、基本線さえ押さえて、慣れてしまえば、物語としては極々普通のものなのだ。そして、その普通であることは決して悪いことではない。メインシナリオに余計なことを考える余地がないおかげで、最大の味である「忍殺風味」が楽しめるのだとすれば、これはこれで良いものなのだろう。

 まぁ、いかんせんそこまでハマったわけではないので取り立てて褒めるでもないのだが、この独特の世界観が楽しいのも理解出来るし、こういう似非ジャパニズムの極みにちょっとでも触れる機会があったのはありがたいことかもしれない。

 さぁ、TRIGGERはさっさと「リトルウィッチアカデミア」を作る作業に戻るんだ。

 

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「甲鉄城のカバネリ」 6→6

 なかなか評価の難しい作品になってしまった。しかし、個人的には今作の成し遂げた「功績」の方を無視すべきではないと考えるので、敢えて点数は据え置きで。

 作品が終盤に近づくにつれて、批判的な声はかなり多くなったのではなかろうか。その原因は明らかで、ストーリーラインがあまりにも荒唐無稽で、方向性を見失ってしまったことだ。美馬というラスボスが登場したが、まずこの男の大望の意味が分からない。カバネと戦う人類がこれまで必死に築き上げてきたものを易々とぶっ壊し、その上でなにか世界を統べるための代替案が用意されているかと言えば全くそんなことは無い。いわば、世界規模で人類を巻き込んだはた迷惑な自殺志願者みたいなもんである。もちろん、そんな美馬についていこうとする軍勢のモチベーションも全く想像出来ず、世界はトンチキな美馬クーデターに振り回され、内憂外患どころじゃない、内も外も危険なカバネだらけ、というどん底に陥った。そんな状況を全てハッピーエンドに収めることなど出来るはずもなく(そもそも美馬がやりたかったことがよく分からんのだから、それを打倒する方法なんて分かるわけがなく)、終わってみれば「俺達の冒険はこれからだ!」になるわけだが、序盤の凄絶なカバネぶっ殺すオーラに期待を持っていた視聴者からすると、この「カバネのことはひとまず置いとく」エンドは納得出来るものではないだろう。典型的なゾンビ・パニックものであり、そこにさらに「本当の敵は人間」みたいなお約束を絡ませることは正当なシナリオ構成だが、「本当の敵」の導入が遅きに失した感があり、説明しきれないまま、流れ作業での調伏になってしまったことは大きなマイナス要因だ。

 基本的に、このシナリオ構成の不備についてはフォローする部分は無い。美馬が登場したあたりで「あ、これアカン方向に行く流れや」っていうのは感じられたし、イメージが重なる「進撃の巨人」同様、「せっかく巨人との格差バトルが最大の魅力なのに、なんでそこを無視して人間どうしの内ゲバが始まるんや」という失望感は私も抱いたものだ。12話というノイタミナ独自の尺の制限もあるのだから、もし今作を1クールのテレビシリーズとしてまとめ上げるつもりだったのなら、奇抜さはある程度犠牲にしつつも、もっと穏当で、受け入れやすい解決があっただろう。ベタを拒否した結果がやっぱりベタになり、そのベタが理不尽である、という何ともやるせない結末については、「大河内さんの無茶苦茶さが悪い方に出たなぁ」というのが正直な感想。この人の描く無茶苦茶の中でも「コードギアス」の馬鹿っぽさは割と好みだったし、過剰なまでに大見得を切る芸風は嫌いではないのだけど。

 とまぁ、ここまでは完全に負の側面であるが、個人的にはそうして「どうせストーリーは釈然としないまま終わる」ということは覚悟していた。元々「なんか分からんけどカバネがいっぱいいる世界」の時点で完全にカバネを駆逐するエンドなんてあるわけないのだし、なにか中規模のイベントクリアで終わる物語だってのは考えれば分かること。「カバネほったらかしかよ」ってのは不当な批判なのだ。あとはまぁ、やっぱり大河内脚本だってのはあったしなぁ。(新番チェック時点でその辺の危惧はすでに意識している)

 で、そんな作品で見るべき点は何だったかというと、そりゃもう映像面である。荒木監督によるアクション演出、けれん味バリバリのダイナミックな見せ方は、今作の特徴の1つである「電車ムービー」をおもしろおかしく盛り立てた。「時代劇風」「ゾンビもの」までは分かりやすい設定で、そこに何でわざわざ「スチームパンク」を混ぜたのかってのは最初不思議だったのだが、「何がでかいものがのそのそ動く」という画を加えることで画面のメリハリを見せられる、ってのが狙いだったんじゃなかろうか。カバネってのは基本的に人型サイズなので、「時代劇」「ゾンビもの」だけだと単なる剣戟アクションに留まってしまうのだが、そこに「移動要塞甲鉄城」を加えることで、画面に大小・押し引き・動静のギャップが産まれる。そのあたりの見せ方は本当に見事で、「人がなし得る大きなこと」が分かりやすく表現されるワクワク感は、このアニメの序盤を盛り上げてくれる重要な要素だった。

 そして、こうした演出方向以上に素晴らしかったのは、純粋な作画技術力。1話目を見て度肝を抜かれた「美樹本絵再現」は最終話までほぼ崩れることなく、それどころか回を増すごとに練度を上げていったようにすら見える。単に綺麗な絵というだけではないのだ。あの絵を動かす時にもっとも難しいのが光源の魅せ方で、表情の陰影の細かさは、恐ろしい作業量を伴う、1シーンずつの入念な設定の作り込みがなければ実現し得ないもの。単に「動きがすごい」「画が綺麗」という次元を1つ抜けて、全く別世界の画作りを実現していたのである。流石の荒木、流石のWit studio。この「功績」は、多少のシナリオの崩れなんかでは揺るがないだけの圧倒的な存在意義があったと思う。

 まぁ、「それでも最終的に話がつまらんかったら駄目だろ」と言われればそれまでではあるのだが、総合芸術であるアニメーション作品、なかなかそんな走攻守が完璧に揃った傑作なんて易々と出てくるもんではないですよ。「打撃はボロボロだけどとにかく足が速い」みたいな選手も活躍を評価出来る、そういう土壌があってもいいじゃないですか。

 中の人評は特にないけど……まぁ、無名はやっぱり可愛かったから千本木彩花はここから次の仕事に繋がるのかな。でも、上述の通りなので無名の可愛らしさって中の人の仕事がそこまで貢献していたとはおもわんのだが。個人的に一番好きだったのはマッチョ運転手役の伊瀬茉莉也。あとまぁ、やっぱり美馬さま役の宮野については、出てきた瞬間に「あ、こいつアカンやつや」って分かる存在感は流石だと思う。なんで、よりによってVIVA様なんてネタになること確定の名前付けたんだろうな。

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「暗殺教室 SECOND SEASON」 5→5

 良いアニメだったよね。正確を期すなら「良い漫画だった」というべきかな?

 原作とほぼ同時にアニメも終了。アニメの方はいささか駆け足ではしょった部分もあったが、メインとなるストーリー部分をそつなくこなし、原作の持ち味を大きく崩すことなく走りきった。ホント、岸誠二は原作があるアニメをまとめ上げる能力が恐ろしく手堅いんだよなぁ。

 こうして「安定した」作品だったので特に付け加えるべきこともない。普通、天下のジャンプ漫画が原作の完結と合わせてアニメまでまとめるなんてことになったら結構なハードワークになるはずなのだが、元々、今作の原作者である松井優征は恐ろしく理知的に漫画を描くという話で有名。何もかもを計算尽くで、どれくらいの長さで話を展開し、どうやってまとめ上げるかを全て連載開始前から練り上げた上で作品を作っているらしい。おかげでジャンプ漫画の宿命である不要な引き延ばしとも無縁の結末を迎え、何もかもが予定通り、一番綺麗な形で幕を引いている。それだけ事前に予定表が出来ているなら、アニメのスケジューリングだってそこまで難しい話ではなかったのだろう。アニメの場合はどうしたって話数の制限ってのがあるので原作の完全再現ってわけにはいかないかもしれないが、完結させるのに必要な要素は全て連載終了前に分かっている状態なわけで、大きな破綻などは産まれにくい。そういう意味で、アニメ化に向いた「良い漫画」である。なかなかここまでお利口な原作ってのは無いだろう。

 アニメで特徴的なことといえば、やはり3−E全員にオリジナルキャストを付けた賑やかさだ。原作時点で「教室」が主人公であり、全ての生徒にスポットが当たることは明らか。アニメもそれに応えるために全ての生徒をきっちり描ききる必要があるわけだが(まぁ、流石に原作に比べればはしょられた部分も多いが)、それをきちんと画面に落とし込み、全ての生徒が「活躍出来た」感じを出せたのは純粋に良かった点だ。ともすると短めにまとめてしまいそうなラス前の「点呼」のシーンなんかもたっぷりとした間尺で描いてくれたし、エピローグ部分も丁寧なので読後感もよい。ま、この後総集編映画やらなんやらはあるみたいだが……そこは商業作品だからしょうがないね。純粋にドル箱だからね。

 流石に映画を見に行くことは無いとは思うけど、満足出来た作品だったのは間違いないです。次にジャンプからこのクラスのヒット作が出てくるのはいつになるだろうね……。

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