|
最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「時間の支配者」 5→4 ジャンプ漫画といえばジャンプ漫画。とにかく勢いでバトルして進んでいく筋書きなので分かりやすいような気もするのだが、今ひとつストーリー進行を追うのに身が入らなかったのはどういう理由があるのだろうか。 まず、全体を通じて大きな目標が見出しにくかった、というのがあるかもしれない。そもそも主人公のヴィクトの記憶が曖昧な状態から始まるので主目的が見えないのはしょうがないのだが、そこから「敵対組織」としてクロノスが出てきたり、計のでかいのが出てきたり。まぁ、1ステージクリアして次のステージ、という構造自体はジャンプ漫画の王道でしかないのだが、主人公パーティが「〇〇したくて旅をしている」というのが分かりにくかったのがハードルの1つ目だろう。 2つ目のハードルは、全体的にバトルで使える能力が地味であるということ。途中からさっさと路線変更して炎だの氷だのとバリエーションは増やしていたが、基本的には「時間の支配者」なので「加速」「減速」が全員共通の武器。能力バトルものならどっかの能力者1人が持っているタイプのやつだ。それをいくらか工夫して使い分け、個人の戦略に組み込んでいくという設計はなかなか意欲的ではあるのだが、どうしてもアニメとして画面の中で説得力を持たせるのが難しい。能力使うと空間上に「加速」「減速」って表示されるのも分かりやすさ優先とはいえ苦肉の策という印象。全体的にもっさりした演出だ。シナリオ・映像双方にちょっとした難点があるため、どうしても印象は辛くなる。 もちろん、独自の良い点もちゃんと存在はしている。「時間」をテーマにした作品なので過去やら現在やら、時間を超えたファクターが何度も絡みあってキャラクターを「掘り下げる」のではなく「掘り直す」という行程はなんとも不思議な感じはある。ヴィクトを中心として、彼の過去が明かされていくことですでに存在していたはずのミーナとの関係性などが再構成されていくと、見ている方も「ひょっとしたらこんなことがあったのかなぁ」と間を埋める想像ができるというわけだ。そうでなくても、ヴィクトたち家族3人の物語はビジュアルがなんとも珍妙なものになるので、それだけでなんとなくムズムズするような違和感があって面白い部分。釘宮ボイスのキャラのフォーマットからいっさいはずれていないのに、「旦那思いの一児の母」というキャラ属性を満たしているミーナが良い立ち位置である。 全体を見ると、それなりにオリジナリティのある設定だし、最低限少年漫画としての要項は満たしているものの、原作がまだそこまで巻数を重ねていない状態からアニメシリーズを捻くり出した影響なのか、あまりアニメーションとしての練り上げが出来ずにもったいないことになった、ということかな。2期はあるのかなぁ、あの終わり方だとなんとでもなるなぁ。 PR 「ゲーマーズ!」 6→6 亜玖璃さんの尊さ(挨拶)。最後の最後までそこはきちんと貫き通してくれたので、僕としては満足です。他の二人のヒロインもそれぞれに良いキャラではあったので、亜玖璃だけをピックアップしすぎるのも贔屓の引き倒しになってしまう可能性もあるのだが……しょうがないのです。大久保瑠美は私の中では20本の指に入る最高声優ですから(指多いな)。 毎回感想を書いていたので特にまとめる部分もないのだが、1話目で期待されたことはだいたい達成してくれた作品。1話目で抱いたなんとも言えない違和感、「普通のラブコメとはどこか違うぞ」というズレの部分は回を増すごとに大きくなり、最終的には「勘違い錯綜ラブコメ」というジャンルにたどり着いた。まぁ、すべての関係性が分かりやすい状態で表面化するという結末に至ったために「えも言われぬ絶妙なもどかしさ」みたいな楽しみ方はできなくなってしまったが、単なる勘違いラブコメでも、稀代のクズである景太という(ある意味で才能に満ち溢れた)主人公と、その盟友にしてプロ勘違いツッコミ野郎の上原さんというコンビが絶妙にコントを盛り上げてくれる。これに乗っかるのはポンコツ要素をすべて可愛らしさに転換させるという剛腕を持つ天道さん、オタクの憧れをシンプルに具現化した千秋、そしてGODDESS OF GODDESS亜玖璃さんという最強の三本柱。密に絡み合う5角関係に隙はなく、ほぼ毎話、作品の売りであるぶっ飛んだ展開を維持してくれた。もちろん、それ以外の話数でも独自目線から萌えであったりラブであったり(エロであったり)と攻めの姿勢を崩さずに刺激を提供してくれたのはありがたい限りである。 キャラの造形もものすごく好みだったので、本来ならもう1点の加点もあり得たのだが、そこは残念ながら途中の作画。まぁ、こんだけふざけた内容だと多少の作画崩れも味わいみたいなところはあるのだが、流石にあれは制作側が意図した「崩し」であるとは思えないので、そこは涙を飲んで減点対象とさせてもらった。最終回のために全てを犠牲にしたのかしら。だとしたらそれはそれで……。 というわけで、原作の方もまだまだカオスは続いているそうなので、数年後に何かの間違いで2期があったら嬉しいですね。まー、この手の作品ってなかなか2期はやりづらそうだけどさ。個人的には、その頃までに石見舞菜香がどこまで登りつめているかというのが気になる。「2代目茅野愛衣」の呼び声も高いが、プロフィットは本当にこういう才能を見つけるのがうまいな。 「ようこそ実力至上主義の教室へ」 4→4 最後の最後まで、一番最初の疑問が残りっぱなしの作品でした。つまり、「実力って、何?」である。 個々のパーツだけを見れば、何となく成立している感のある作品。ある時は法廷ものっぽいデザインになり、ある時はプールを舞台にしてお色気ドタバタ。最終的にはサバイバルと犯人当てミッションを混ぜたような孤島生活。主人公サイドが「勝つ」という結論はややこしいものではないし、それなりに智謀知略の果て、という印象も出ている。バトルもの、学園ものとしてはフォーマットは守っているのだ。しかし、それだけ色々なことをやっておきながら、「実力って何の実力が試されてるのさ?」という疑問に対する答えは用意されないまま終わってしまった。 主人公のキャラクターは、非常にわかりやすい無敵設定。賢さは当然のこと、さらに身体能力にも優れていたり、盛りすぎの感すらある。そして、そんな完璧超人が「何らかの理由」で実力をひた隠しにしており、その話し方に象徴されるように、いわゆるヤレヤレ系主人公とは一線を画す、病的なまでの「無反応」「無感情」を貫き通す。これはこれで個性として面白い部分だが、そのため、今作ではますます目的意識が希薄になっていくのである。主人公は自分から積極的に何もしようとしない。学園側も何をしたいのかわからない。そんな状況で若者たちが必死に戦っているのは、近視眼的には「明日の生活のため」という非常に即物的な理由である(主人公や堀北にはそれ以外の理由も匂わせているとはいえ)。モチベーションがそんな半端な状態では、そりゃぁ学生たちだってなかなか身が入らないでしょうよ。サバイバル生活の中で遊び半分の適当な行動もとるでしょうよ。盗撮を試みて自らポイントを下げるリスクも背負うでしょうよ。あまりにも作中のキャラたちのやる気に差がありすぎるので、どれほど真剣なお話なのか、なかなか軸が見えないのである。 そして、そんな学生たちの微妙なモチベーションもしょうがないかな、と思ってしまうのはこの学園自体が謎すぎるため。結局、この学校は何を養成したくてこんなわけのわからないカリキュラムが敷かれているのかさっぱり明かされないまま終わってしまった。エリート校として規律規範を学ばせたいなら幾ら何でも自主の精神が強すぎるだろうし、自らの力で問題を解決していくオールラウンドな「対応力」を育みたいなら、半端にマナーやらルールを守らせる規律を作る意味もない。この学園は、変なところで大胆な割に、根っこにあるシステムがあまりにチープなのである。舞台設定がよくわからなければ、その上で行動する人間の狙いが定まらないのはしょうがないことだろう。 作中人物の目標が定まらないということは、もちろん視聴者サイドの視点も定まらない。我々はAクラスを出し抜くための超すごい戦略を考え出す主人公を手に汗握って見守ればいいのか、緊迫してるはずの集団生活の中で突如下着ドロが発生してヒステリーを起こす女子に呆れればいいのか。問題のレベルがあまりにも幅広くて、片方に視点を定めると別な問題が視界の外に漏れてしまうのである。智謀知略での戦いとは言ってもそこまで感心するようなトリックを繰り出すわけでもなく、「そんなんでええんか」という肩透かしの側面が強いし(スパイでしかないと思われてたやつがやっぱりスパイだったりね)。結局、今作で一番描きたかったことって何だったのかなぁ……。 「NEW GAME!!(第2期)」 5→5 コウ×りんさえあれば、別に青葉はいらないんじゃないですかね?(過激派の思想) いや、青葉さんも成長しましたよね、立派にね。 1期の時や2期の開始時の感想としては「萌えものなのに社畜の苦しみとか見たくないでしょ」というものだったが、2期を経てさらに印象は変わってきた。「これ、萌えものがやりたいわけじゃないな」っていう。掲載誌のせいで勝手にこっちが思い込んでいるだけで、作者は別にキャラクターの可愛らしさで売りたいというのを本線には設定していないのかもしれない。まぁ、そうしないと生き残れないのは間違いなかろうが。 「お仕事もの」という設定で考えると、そりゃまぁこの会社は色々とヌルいところもあるのだろうが、しっかりと社会の(理不尽な)厳しさがあり、それに打ちのめされながらも成長を続ける若手の姿がある。実に真っ当な新入社員の頑張りを描いた作品ではないか。これにねねっちも絡んでくると新入社員ですらないのが難しいところだが、まぁ、社員の雇用形態にも多様化が見て取れるというのも実に現代的な作品と言えるのかもしれない。フォーマットとしては古き良き「若手新入社員奮闘記」なのだが、そこに萌えの要素をちょい足しして、さらに現代風のアレンジを加えて出来上がったのがこの作品。こうして要素を並べてみると、自然に溶け込めるわけがないキメラであることがよくわかるな。 幸い、視聴者の方も2期目ともなれば慣れてくるわけで、突然いけ好かない後輩社員が入ってきたとしても、ちょっと伏し目がちにねねっちだけを見ていればそのうち風当たりの強さも治まってくる。最終的に同じ会社にいる人間を悪人として描く気はないのだから(幸い、今作は社畜の厳しさを描きながらも、人間的に悪い奴というのは登場しない)、苦労の後に得られる達成感を目指してそれぞれの課題に当たっていけばいい。青葉が仕事の名義を掠め取られたことですら、最終的には「コウとのかけがけのない絆」という褒賞の前振りなのである。人生苦あれば楽あり、努力の末には必ず実りが待っている。やっぱり古き良き日本の物語フォーマットですよね。 そうして「辛いことにもその先に成し遂げられるものがある」という救いが描かれることで、社畜物語は問題なく成立している。あとは周りを彩る萌え部分、キャラの掘り下げをどの程度の純度で行うかだ。やっぱりそういう意味では、本作は圧倒的にコウ×りんなのである。最終的にはカップルであることを隠そうともしなくなるからね。この世界には夢と希望が溢れているが、最大の「夢」がなんであるかといえば、それは「野郎の不在」なのだ。なぜか女性ばかりで回る会社。何故か恋人関係なんかが一切話題に上らないOLたち。多分婚期の話題とかする必要もないのだろう。コウさんはりんを嫁に迎えることが確定事項になっているのだから。まぁ、青葉たちがどうなるかは知らんけどな。 男性性を一切必要としない社畜物語。やっぱり艦これとかと同じ擬人化の極みという見立ては言い得て妙だよなぁ。本当はおっさんたちの物語なのに、それをロリ成人やパンツOLにすればアニメとして立派に成立するという……。大丈夫か、日本。 なお、本作最大の功績は、かやのみの日笠回です。 「異世界はスマートフォンとともに。」 3→2 もう、事故だ。これがアニメ化したことは、なんらかの不幸な事故だったのだ。そう信じなければ、ただでさえ憂慮されている日本のアニメ業界が本当に終末に向かっているとしか思えなくなってしまう。そんなカタストロフ感満載な作品である。 もう、映像面云々とかはいいよ。いや、そっちも割とひどいんだけど、むしろこの作品を文章で読んだときに、「どんな画にするか」ってのは判じ物みたいなレベルだろう。よく、小説媒体などで「情景が浮かぶよう」という褒め言葉があるが、今作の場合、その無体な情景を思いうかべようと思ったらよほど柔軟なイマジネーションと琵琶湖並みのデカい器が必要になるのだと思われる(まぁ、俺は原作読んでないから知らないけどね)。そこはもう諦めてしまい、ただただ書かれているものをなんとなく映像にする。そこに整合性を求めてはいけないし、掘り下げられないなら映像作品としての含意も深みもありはしない。薄っぺらい映像になっていることはもちろん製作サイドの反省点だろうが、掘った穴を埋めるかのような生産性の乏しい作業を強いられるクリエイターたちのことを考えれば、身が入らないのもしょうがなかったのではなかろうか。人間、「無を作れ」と言われても何もできないのである。 今作を見ていて、私は幼い頃の自分を思い出す。当時読んだTRPGのリプレイを真似して、クラスメイトにお手製のシナリオをプレイさせた幼い日を。小学生に細かいルールなどわかるわけがなく、行き当たりばったりのシナリオやシステムは、単にダイスを振ってモンスターを倒すだけのすごろくみたいになってしまった。あの時の「思い付きだけで次の展開を決めて、適当に進める」感覚は、本作の理念に近いものがある。また、本作を見ているといつも「AIが書きそうな小説だな」というイメージが湧く。いや、多分今のご時世、AIならもっと整合性をもたせたテキストを出力できる気もするが……。「過去になんらかの形でインプットされた類型を、ランダムに繋げてアウトプットする」という作業工程は、どこかポンコツの機械じみている。 小学生時代の手慰みや、心を持たない機械の所業。この2つの印象の共通点は、どちらも「物語としての全体を考慮しない」ということである。物語を綴る際に最低限意識するであろう、「プロット」が今作には存在しない。どこかで聞いたことがあるAという展開が登場したら、普通の人間ならばそれを踏まえたA’を次に続けるし、最終的にZにたどり着きたいからこそBCDと手順を踏む。しかし、本作はそうではない。まるでランダムに断片だけをつないだかのようなちぐはぐな「物語の形骸」がかろうじて確認できるだけである。おそらく、現代AIならばこの程度の問題は設定次第でクリアできるのではなかろうか。また、小学生時代の私でも、「聞いてる人間を驚かせてやろう」とか「ドキドキする展開にしたい」という意識は持ち合わせていた。強い敵を出して緊張感を出す、謎の人物を出して推測させる。そうして緊張感があればこその起承転結である。しかし、今作の場合、徹底して視聴者の「緊張」を排除する。まるで受けて側にストレスを与えることが絶対悪であるかのように。こんな状況で、まともな物語が成立するのだろうか。まるで場面を説明するためだけに存在するような主人公は、ストレスが存在しないためにただただ「この場面に対処する装置」の役に従事するばかりで、人間性というものが全く感じられない。キャラクターとは、一体なんなのか。 とにかく恐ろしいものを見せつけられたという恐怖だけが残る作品。果たして、今後のアニメ業界はどうなっていくのだろう。時代の徒花として、ひっそりとその命脈が潰えることを祈るばかりだが……。 「プリンセス・プリンシパル」 5→6 心踊る作品でした。まぁ、百合だしね。「絶対に本当のことは言わない」とか言って涼しい顔をしてるやつが2人きりになるとコロッと素直になって笑顔を見せたりする。なんかもう、今にして思えばチョロさの極限を突き詰めたようなキャラだな。 評価軸が複数あるのでなかなか総合的な点数を出すのが難しい作品ではある。1つずつ分けてみていくと、まず映像部分は文句なしだろう。Studio 3Hzの制作ということでCG部分も含めて抜群の安定感があり、アクションにしろ背景にしろキャラデザインにしろ、全てが基準以上の仕上がりになっている。共同制作にアクタスが参加しているということを不安視する向きもあったようだが、うまいことCGの扱いに優れたスタジオ同士の連携が取れたということだろう。霧にけぶるロンドンの薄暗さが「スパイもの」のどこかダークな雰囲気とマッチしており、ベースとなる陰鬱さと純正萌え作品としての女の子の明るさが対比的に引き立てあう。なんでだろう、日本人ってこういうブリティッシュ・ファンタジーに憧れる部分が強いよね。壁があろうがなかろうが、そこは立派なロンドンなのです。 そんな見応えのある映像から紡がれるのは、割とわかりやすい「スパイもの」のベタなお話である。最初は直近の作品ということで「ジョーカー・ゲーム」との比較を考えていたのだが、あっちはエージェント単体のミラクルパワーを見せつける純正オレツエー作品だったので、どっちかっていうと「ルパン三世」とか、そういうチームでのミッションを見せる作品に近いのかもしれない。ちょっと癖のある「悪党」連中が、各々の優れた技術で仲間をサポートしあい、権謀術数の中を駆け回る。考えてみりゃちせは完全に五右衛門だもんな(ってことはドロシーが不二子ちゃんですかね)。1人1人のキャラに適度な個性、適度なバックグラウンド。キャラものとしても卒のない仕上がり。 そして、このキャラものの特性をうまく引き出した工夫が、今作でも一番の特徴である「話数シャッフル&スキップ」である。どこかで「視聴者に余計な負担をかけるリスクがある」とは書いたが、結局そこまで重たくなるような要素があったわけではなく、すき間が空いたり、一時的に飛ばされた話数に関しては、視聴者が想像力を逞しくし、勝手に世界観を深めてくれるというプラスの効果が先行した。「いきなりアンジェとベアトが仲良くなってるけど、一体何があった!?」とか、「ちせさんはこの間にプリンセスとどんな対話をしたのかなぁ」とか、本来なら脚本家が詰めて埋めていかなければいけない大事な「余白」が、実に巧妙に「自由記載」されていく。もちろん、素体となる物語に魅力がなければ視聴者はそこまで付いてきてくれないのだから、しっかりとサポートがある前提での戦略ではあるのだが、充分ペイがあるとみてこのスタイルにしたのはなかなかの慧眼である。これ、多分順番通りにやって12話分で埋めてたら「フツーの萌え作品」で終わってたと思う。 最終話の処理にはいささかの不満は残っており、消化不良と「未消化のエピソード」に無理やり因果を結びたい気持ちもあるのだが、おそらくそこは無関係。今のところ隙間を埋めるのは我々の妄想だけであり、実際に何かが用意されているというわけでもなさそうだ。しかし、そうして「まだ掘れる」という希望が残っているのも期待の持てる部分と言えるのかもしれない。アンジェたちには少しばかり地中海バカンスでのんびりしてもらって、また新たにミッションに駆り出されるタイミングを待つことにしよう。その時には、なんとかドロシーに楽しいお仕事を用意してあげて欲しいもんである。ちょっと、彼女にだけ世界が厳しすぎるから……。 中の人については、当然メインの5人に話題は集中することになるが、みんな良かったですね。特にプリンセス役の関根明良はこれが事実上の初レギュラー。これをきっかけに次のステップに進めるかどうか。個人的には古木のぞみの小器用なところは好きだし、あと大地葉の色っぽいおねーさん役は実はレアなので嬉しい刺激。きっと本気を出せばペパロニさんだってこれくらいの色気が出せる……といいな。 「天使の3P!」 5→5 最高なのは音楽であって小学生ではない。えぇ、主人公がそう言ってるんだから間違いないですよ。ほら、マスコミ対策ですよね。万一今後逮捕された時にも「あの人があんなことするなんて思いませんでした」って近所のおばちゃんに言われるためのやつ。 というわけで小学生が最高なアニメである(私はロリコンではないので)。やってるこたぁバスケもバンドも大差ないというのは事実なのだが、ちょっと落ち着いて見てみると、実はこの2つのテーマには大きな違いがある。それは、バスケなら確実に勝ち負けが存在し、その分だけドラマとしてのメリハリがつけやすいということだ。「小学生の女の子が頑張っている姿を見せる」という目的が同じである以上、その「頑張る理由」と「頑張った結果」を見せなければドラマが成立しないわけだが、バスケットボールなら「頑張る理由」は「勝ちたいから」、「頑張った結果」は「勝った」で良いので非常にシンプル。しかし、バンド活動の場合はそう単純な話ではないので、ドラマ作りの下準備が必要になる上、結論も簡単には出せるものではない。 そういう視点で見ていくと、本作の筋書きはなんだか変な方向に突き抜けている。当初の「孤児院をなくしたくない」という目的意識は至極真っ当なものだが、まさかそのあとの展開としてバンドもので「島編」がスタートするなんて思わなかったよ。なんやねんあれ。もう、バンドとか正直どうでもよくなったな。まぁ、あっちは「小学生もの」を突き詰めた結果ということで……アニメシリーズとしては、ラストに対バンを持ってきてるからちゃんと「勝ち負け」も表示されたし、一応収まりは良かったのだが……なかなかのフリーダムっぷりであった。 正直、そうしたシナリオラインの不安定さは苦笑ものであり、作品全般を通じて「バンドもの」というジャンル特有の魅力を押し出せたかというと疑問が残る作品になってしまっている。結局、「小学生ならではのバスケ」ってのはまだ画面映えもあるし、戦略的な見所や成長性をメインにした物語はあるのだが、「小学生ならではのバンド」ってのを打ち出そうとすると、そこには「未熟さ」みたいなものしか出てこず、それを良しとしなければ、あまり「ならでは」の景色が見えてこないのだ。アニメとしても演奏シーンはごく普通のレベルで収まっていたし、「音楽は最高だぜ!」と言いたいならもう少し頑張って音楽部分を突き詰めて欲しかったなぁ、という感想(私はロリコンではないので)。 ただまぁ、そうしたメインテーマのブレはあるものの、結局本作のメインテーマは音楽じゃねぇからな……。何が最高なのかは各人で自分の心に問い合わせておいてくださいね。何とは言わないが、そっち方面では相変わらずブレずに力のある作品である。なんであんなに膝裏に執念を燃やすんだろう……。個人的にははむはむが好きです。私は割とチョロいタイプの人間なので(ロリコンではないです)。毎週次回予告がやたら楽しみで、今ふと「まとめ動画とかないかなぁ」って思ったら普通にあった。あんなもん、今の若い子には元ネタ分からないよね(俺も詳しくは知らないんだけどさ)。 そして、個人的に注目すべきはやはりキャストの起用方法だろう。作品を超えたこのあけすけな起用はあまりにも大胆かつ予想外でさすがに笑う。ある意味で「境界のRINNE」の高橋留美子大甲子園に似たようなところがあるな。しっかりと世代交代をしながら、「親分がた」もしっかりとロリキャラを維持しながら登場しており、多数の小中学生が大挙する結果になったため、メインのヒロイン勢の中に3、4人ものツンデレがひしめくという群雄割拠の様相。やはり伊藤かな恵のツンデレは釘デレ同様に文化遺産としての価値がある。花澤キレ芸も同様だし、ラストで若手に席を譲る気はネェとばかりにキャラソンのプロモを展開する井口のふてぶてしさも見事なもの。これだけの強豪を相手に、若手3人はよく戦ったと思う。ちゃんと結果も出せてるしね。なお、親分がたもほぼ全員がロリキャラとして参戦する中、さすがに1人だけやめてくださいと言われたのかどうか、ババアになってる人がいるあたりは立ち位置をしっかり理解した完璧なキャスティングだと思います。膝を大事にね(オチ)。 「セントールの悩み」 5→5 モンスター娘のいる日常でしたね。なんとも不可思議なこの世界、見た目は異質なのにやってることは極めて「日常」。こういうファンタジーってのもありなのかな。 映像作品として考えた場合のクオリティは正直そんなに高くない。今作は中国関連の制作スタジオが自社のPR作品として大々的に宣伝を打ちながら攻めてきた記念碑的な作品なのだが、残念ながら黒船来航という感じでもなく、「だいぶ日本のアニメーションに近いテイストも出せるんだな」という程度のもの。おそらく国内スタジオで本気のどこかが担当すれば、もっとクオリティの高い作画は実現したのだろうが……、ただ、ぶっちゃけ今作はそこまでの超絶作画が求められるような性格の作品ではないんだよね。動きも少ないし、ドラマティックな演出が求められているわけでもない、ひどい言い方をするなら、原作漫画のコマを描き起こし、間を埋める動画を繋ぐといった趣の作業だけでも割と成立する。別にそれだけの作業だったというつもりはないが、肩肘張らずに素直に原作の良さだけを引っ張り出す作業に従事してくれていたと考えれば、アニメ化の成果はそれなりのものだったと思う。実際、姫君は割と可愛いと思えたしね。 そして、そんな最低限の動画部分から繰り出されるストーリーが……なんとも不思議なんですよね。1話時点で大体説明が終わってしまった「亜人種に溢れる世界」設定は、そこに「特別」が存在しないというならばもう1話目のビジュアルだけで終わってしまうはず。究極の出オチ作品だ。あとは角や羽を持った女の子たちが学校でだべっているだけなら、それは本当に「日常系作品」でしかなくなる。しかし実際には、今作の場合はちゃんと「違い」の部分が掘り下げられ、「かつて人類種が多様に分裂し、異なるものが共存する世界が生まれた」という設定によってこの世界に何が起きているのか、ユルい雰囲気を維持しながらもきちんと考えさせられるように作られている。南極蛇人の設計なんかはちょっと極端すぎる例かもしれないが、例えば「じゃぁこの世界におけるお化けってどうなるんだろう?」とか、「芸術作品の理解は種族を超えるものか?」とか、そして突き詰めた問題として「これだけの種がある中で恋愛感情はどうなるんだろう?」なんて問題も。本当にどうでもいい問題だとも言えるし、この世界を作ったからには突き詰めたい世界の不思議とも言える。そうした「日常だけど非日常」な要素を、哲学のような、倫理学のような、道徳の授業のような、ふわっとした視点から掘り下げるというのは、特別な求心力があるというわけでもなかろうが、どこか気になる、不思議な心地のテーマ設定であった。 アニメ業界では「日常系」ブームも一段落した感があり、今は日常をそのまま異世界に移して「異世界もの」が人気。しかし、「異世界が来い」とばかりに逆輸入してくる設計だけでもこれだけ新鮮な感覚が味わえる。まだまだ色んな鉱脈はあるんだろうなぁ。 「ナイツ&マジック」 5→5 なんとも珍妙な作品であった。まぁ、テンプレラッシュに辟易させられる昨今、異世界転生というテンプレの塊の中で「珍妙だ」と思わせるだけでも意味のあることなのかもしれません。 もちろん、テンプレはテンプレである。1話目時点ですでにテンプレ設定で倍満くらいは弾き出しており、お仕着せの設定が多いので世界設計のそこかしこに齟齬や違和感が生じていたのは事実。ロボットの設定なんかも、エルがこの世界の技術革新を行う土台が最初から整えられていたわけではなく、とにかく行き当たりばったりにエルがシルエットナイトを強化していくというオレツエーの極みなので、現地の人たちのオツムをバカにしすぎなのは間違いないし、周りの生活レベル、文化レベルと明らかに乖離が生じたりしている。そういう部分で、やはり世界づくりの側面は失点が多い。一歩間違えば異世界でスマホな展開待った無しである。 しかし、今作の場合は「これ、異世界じゃなくてもいいよね」という根本的な設計ミスが、かえって作品を他作品から切り離して独自路線を突き進むための燃料にしていた感がある。誰しも思ったことだろうが、エルの設定に必要なのは「頭がイカれているとしか思えないくらいのロボット崇拝者であり、人知を超えた設計思想と情熱を持ち合わせている」という部分だけであり、そこに現世の知識は一切関わってこない。だって、現世にもロボットいねーもん。無い知識は持ち込めないわけで、エルは現世のプログラマーが転生しようが、たまたまそういう特殊性癖の美少年があの世界に生まれようが、なんの違いもないのである。「幼女戦記」のように度々現世での記憶が蘇り、そこに因果が含まれるなら分かるのだが、エルの場合、2話以降で現世のことを振り返る機会すら与えられない。まぁ、そりゃ、いらないからな。 こうして「転生ものだけど実質的に転生要素ゼロ」という設計のおかげで、本作はオレツエーなのに「現世の知識を活かして活躍するよ!」ではなく「とにかく天才少年がフェチズムを燃料にやりたいことをやるよ!」というデザインにすり替わり、独自路線を歩むことになった。最初は可愛いと思えていたエルのロボット愛も次第にその病巣を深め、最終話に至っては相手技術者が頑張って開発した(有用な)兵器に対し、「自分の美学に反するから許せない」という理由で叩き壊すという暴虐にまで至っている。人間性としてはただのクズなのだが、主人公のキャラを立てるための設計としてはむしろ面白い。「あぁ、こいつ、マジで恒久平和の理念とか人類愛なんてものは持ち合わせてないんだ……」ということがよくわかり、今後の展開次第ではエルがロボットの機能をアップさせるために何百万という人間を犠牲にする展開だってありえない話ではない(まぁ、さすがにその程度の倫理観は携えているようだが)。 「変態少年のワクワクロボット開発記」という独自ルートを突き進む本作。アニメーションとしては最大の武器がそこにあるわけで、今季作品の中でもかなり安定した作画状態がロボ+異世界のデザインの中で確実に起こる超絶進歩の色合いをわかりやすく見せてくれている。ボトムズ以下から始まり、最終的にストライクフリーダムになるという超速進化はもはやギャグ以外の何物でもないのだが、まぁ、そういうネタなんだからしょうがない。「敵国の順応度高すぎやろ」とか、「プログラマーの癖に機械工学強すぎだろ」とか色々と突っ込み要素はあるものの、あらかたの矛盾点は「ロボットは美学なんです」というエルの剛腕でねじ伏せられる。あとはまぁ、鬼のような才能の周りに人が集まってくるだけですからね。エルは人としては最低だが、あまりにも純粋すぎるのでかえって敵を作らずにオレツエーの中で馴染んでいられるのは立派だと思う。ハーレム展開になるはずなのに欠片もハーレムに興味を持たないショタデザインというのも、他作品との差別化が図れるグッドアイディアだったのかも。 問題が多々ある作品あのは事実だが、異世界転生という紋切り型の入り口から、こういうヘンテコなものが出てくるっていうのは現代アニメ文化の中でもなんらかの希望的な要素ではあるのかもしれない。そして、高橋李依のショタ役も実に良いものであることが分かったという収穫は大事にしていきましょう。この子は本当に「頭のイカれた爆裂娘」が似合うよな。エルくんもどこぞの駄女神に頼んで変形合体デンドロメイデンを作ってもらえばいいと思うの。 |
ブログ内検索
リンク
最新記事
(03/20)
(03/20)
(03/19)
(03/18)
(03/18)
(03/17)
(03/16)
(03/16)
(03/15)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
最新CM
[03/17 不折正方形]
[03/17 不折正方形]
[03/17 NONAME]
[03/16 な]
[03/15 不折正方形]
アーカイブ
|

