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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「いなり、こんこん、恋いろは。」 5→6

 最大の不満はわずか10話で終わってしまったこと。まずそれだけ書いておきたい。なんでや、もっといくらでもお話はあったろうに……角川アニメ憎し。

 毎週感想書いてたので改めて書くことはそこまで無いのであるが、一言で言うなら「とにかく可愛かった」である。独立後初の元請製作となるアニメスタジオアイムズの作品であるが、10話という短い尺の間とはいえ、きちんと画のクオリティを維持して、特に細やかな女の子の表情に見るべき点が多かった。シリアスなシーンでもへちょ絵的な崩し、ギャグのテイストも維持しており、コロコロ変わる表情が非常に魅力的。元気な女子中学生の青春模様が見られたので、それだけでも眼福である。また、絵の綺麗さという点では背景美術もレベルの高いものになっており、伏見稲荷の古式ゆかしくもまったく色褪せない鮮やかな景観が非常にアニメ映えする仕上がりになっている。そりゃもう、実際に聖地巡礼に行きたくなるくらいには。これまであまりそういう「アニメご当地」的な要素には興味もなかったのだが、実際に行ってみて、その後にアニメをリンクさせると、「あのあたりにうか様がいたのだなぁ」と思えるようになり、しかもなんだかそれがすごく自然なことのように感じられて、「こういう楽しみかたもあるものなのか」と妙に納得したものである。まぁ、「実際には見えない神様のお話」っていうのが、神社という霊験あらたかな立地と相まって何となく体感しやすかったっていうのはあるかもしれないけど。

 そのままの素材としても充分楽しめるだけの中身を伴った作品だったと思うが、更に上映会に参加したことで愛着が深まったのは、アニメを楽しむ上で非常に良い効果があったと思う。普段はなかなかイベントには参加出来ない土地柄であるが、ああいうイベントは製作スタッフの生の声が伝わりやすいし、グッと距離が近づくのでとても良いものだと思えた。あまりにテンションが上がりすぎて普段なら絶対にやらない「アニメ放送中に原作コミック購入」に走ってしまったくらいだ。まぁ、絶対にアニメ放送よりも前に進まないように注意しながらの購入だったけど。原作を読んで驚いたのは、アニメはかなりオリジナル要素が強く、原作通りの話でも、色々と細かく変更が加えられていた点。「原作改変」なんていうとネガティブなイメージが強くなりがちだが、今作の場合にはアニメとして流すことを考えて非常に丁寧に要素を積み重ねており、原作のテイストと意図を壊すことなく、アニメでは「新しいお話」として組み立てが出来ていた。こういう関係性って、なかなか貴重なもんである。尺の短さが本当に悔やまれるのだが、「短い10話の間で1つの作品としてどのような完成形を目指すか」という短期目標がきちんと立てられており、アニメオリジナルのパッケージとして魅力が完結しているのがよい。こういう売り方は割とアリなんじゃないかと思いますね。まぁ、原作ファンからしたら、アニメ版が勝手に終わってしまうと続きが映像化されなくてちょっと残念な気持ちにはなりそうだけど。

 そんなこんなで、とにかく色々な方向から楽しむことが出来ました。現在、ソフトを買いたい欲求と深刻なバトルを繰り広げている最中です(経済的に厳しいので)。なんかね、2巻のジャケットが確実にオレらを殺しに来ている。ヤバい、マジであの絵はヤバい。でも2巻だけ買うとかいう選択肢はない。誰か助けて。助けてうか様! このアニメの魅力の半分はうか様で出来ています。うか様の中の人も、まさかこんなところでミドルヒットを飛ばす当たり役に遭遇するとは思っていなかったんじゃなかろうか。原作漫画だともろにうか様が「薄桜鬼」やっててワロタ。あんた、沖田さんと普通に恋愛してましたやん。

 うか様の挑戦を受けるという厳しいポジションにたたされたのが、メインヒロインいなりちゃんだったわけだが、何とあのうか様を相手に充分渡り合うという見事な活躍を見せた。今作はうか様の可愛さで完成はしたが、それを可能にしたのは、うか様を盛り上げ、世界を作り上げたいなりちゃんの可愛さのおかげですよ。大空直美ヒストリーは、ここから大きく広がるものになるに違いない。

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「宇宙兄弟」 5→5

 2年に渡る放送に幕。途中で放送時間が変更されたが、気付けば土曜夕方の定番みたいになっており、無くなってしまうのがちょっと寂しいのは間違いない。

 朝番組の時期からそこまで本気で見ていたわけではない。流石にこれだけ長尺の作品になると、その全部に集中できるわけでもないし、特に後半は別番組と時間が被ってしまったこともあって、録画分を流し見する程度になってはいた。でもまぁ、それでも大きな問題は無い作品だったとは思う。そこまで進度の速い構成になっていなかったので、ゆっくり雰囲気でストーリーの大意がつかめれば充分、くらいのスタンスである。まー、「ゆっくり」というにはなかなかハードな部分もありましたけどね。日々人の月面事故のあたりとか、時期的に総集編が挟まったりなんだりで本当にヤキモキさせられたもんである。

 ぶっちゃけると、シナリオは総体としてはそこまで楽しかったわけではない。何せ、ヒネた見方でまとめてしまえば、「なんやかんや言いながら才能のある兄弟がそれを使って諸々成功する話」だからだ。六太の方はラッキーマンみたいな側面もあって、ケンジみたいな回りの人間から見れば「すげぇ羨ましい奴」である。もちろん、本人たちは結果に見合うだけの努力をしている描写もあるのだから真っ当なサクセスストーリーではあるのだが、少年漫画のように「努力→勝利!」という結びつきが直接的ではないので、「まぁ、日々人だから出来たんだよね」とか「六太は本当に環境に恵まれててずるい」とかいう感想が先に出てくるのも仕方ないところで。そこに絡んでくる「Mrヒビット」とか、どういう扱いにしたらいいのかもよく分かりませんわ。

 しかしまぁ、それってこの作品の本質的にはあまり重要な部分ではない。あくまで「宇宙開発はこんな感じで行われているんですよ」「宇宙飛行士の養成ってのはこんなにも繊細で大変な行程なんですよ」というのを描いていくドキュメンタリー部分がメインボディだろう。これを見て「宇宙飛行士を目指したい」と思う子供さんが1人でも現れれば作品の目的は達成されているし、「宇宙飛行士って大変だな、尊敬するわ」と思ってもらえればそれはそれでOKだ。少なくとも私は「宇宙飛行士は俺には絶対無理だわ」という(当たり前の)畏敬の念を抱きました。こうして、普段見られないような「未知の世界」がアニメで見られただけでも充分な収穫なんじゃないでしょうか。

 出来ることなら、この後ムッタがどういう道を歩んでいくのか、っていうのも見たいところなんだけども、まだ原作が終わってないのね。これ、どういう最終回になるのかなぁ。

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「ログ・ホライズン」 4→6

 2期決定で素直にワクワク、思いの外楽しみが増えた作品でございました。新番チェックを読み直してみたら第一印象があんまり良くなかったみたいで、「俺どんだけSAOの事嫌いやねん」とは思った。

 さて、基本設定は確かに「SAO」に似たり寄ったりの出だしだった作品だが、見ている方向性は完全に別方向だった。キリトがひたすらゲームの外に出ることを切望し、次々と仲間を失いながら戦い続けたのに対して、シロエたちはいかにしてゲームの中の生活を良くするかを考え、次々に仲間を増やしながら交渉と和平を優先させた。そして、異世界ファンタジーとして見る限りにおいて、「それを障害と考え打倒していく」よりも、「それを新たな世界として受け入れ、調査発見を繰り返して拓いていく」方が選択出来る方向性は多いのである(もちろん、これはあくまで目的が違うだけであって、最終的な優劣を持つわけではないが)。そして、この「ログホラ」は、「拓いていく」過程でのドキドキ感が素直にファンタジー小説として見栄えのするものだったと思うのだ。

 もちろん、真剣に政治経済やらを考え出したり、いわゆる「国取り」ものとして見ればそこかしこにチープな設定は散見されるし、取り立てて新しいことを産みだしたというわけでもないのだろうが、ゲーム設定を活かした要素の組み合わせ方が独特で、視点を一カ所にとどめずに常に複数の注意が必要な設定になっているところが面白かったんだと思う。具体的に言えば、序盤は当然「エルダーテイルの世界」に慣れるところに時間を費やし、「ゲーム世界に飛び込んでしまった謎」についての視点が必要になる。次第にゲーム設定と自分たちの置かれている世界の繋がりが見えてくると、今度は個々のプレイヤーという、「現実の反映」が見えてくる。ススキノでの戦いなんかは、「ゲーム世界に飲み込まれた現実世界のプレイヤー」の姿が良く現れた戦闘。そして、ここから更に「出られないならゲームの中を現実に近づけよう」という動きが現れ、食べ物の味を構築するというパラダイムシフトが起こり、最初に原動力となっていた「脱出への探究」が背景化。すると今度は現実世界の人間だけでなく、大地人という不可解な存在にスポットが当たるようになる。そこに「真っ黒クロエ」の謀略が大きく絡むようになり、次第にゲームが「大地人との関係交渉」に重きを置くようになり、異世界における異文化交流が主題となっていく。そこで完全にゲームとしての存在が消えたかと思いきや、今度はルディの物語でこの世界の「死と生」について掘りさげ、命の持つ意味や、大地人との存在の差をはっきり示す。ゴブリン討伐イベントでその要素に決着をつけた後は、再び「人対人」の構図に戻り、西国との戦いを通して改めてプレイヤー同士の対決へ。つまり、「プレイヤーと大地人」という区分けのおかげで、「現実」と「非現実」の2軸を同時並行で扱えるようになっており、それを適宜揺さぶることで、物語に多様性を与えることに成功しているのである。

 あとは、シロエやクラスティにより、どこまで本当かよく分からないような権謀術数による戦いなんてのも胡散臭くてニヤリとさせられるし、お子様冒険者団による低レベルでの基本戦闘講習なんかも、微笑ましく見られるのにちゃんと真に迫っていて応援したくなるように出来ている。そして、一番大事なのはなんと言っても女の子たちである。アカツキちゃんがどうにもしょうがないくらいに可愛かったのは前提条件として、その他にもジワジワとメインヒロインのポジションを浸食してくる脅威のハイスペックであるミノリちゃん、幼女幼女アンド幼女、セララちゃん。マリエ姉さんとヘンリエッタさんのおねーさんコンビの破壊力も高い。どのキャラもきちんと生きるための志を持っており、単にシロエに引きずられるだけのヒロインになっていないところが良い。そして、ぐうたらお姫様レイネシア姫の不思議と守ってあげたくなる感。伊瀬ちゃんのキャラでこういう方向性は珍しいので、なかなか美味しいポジションであった。

 原作を読んでいる知り合い曰く、「割と後半はグダって来るんですけどね」との話だが、少なくとも今回のアニメシナリオにおいては、緩急こそあれ退屈に感じるような部分はほとんど無かったように思う。めでたく2期放送も決定されたので、引き続きエルダーテイルの中で頑張る腹黒眼鏡の活躍が見られることが今から楽しみだ。

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「マケン姫っ!通」 5→5

 そうか、10話しか無いから、毎期必ず最初に終わる作品が角川アニメになるんだ(前クールは「脳コメ」だった)。この微妙な話数設定の差って何に起因してるんだろうね。「ブラッドラッド」みたいにもうちょっと見たい作品が10話だと残念よね。

 この作品が10話で終わったことが残念だったかと言われるとそうでもないのだが、少なくとも「10話もやりやがって!」という作品ではない。どっちかというと、「よく10話もやれたなwww」の方が正しいかもしれない。たとえるなら、適当なコミックスにつくOVAみたいな話を延々10本やっただけのアニメシリーズ。1期と打ってかわって全力で「エロバカ」の方に振り切ったデザインはナンボでも替えの効くもののはずなのだが、やっぱり1期に一本くらいこういうのがあった方が落ち着く気もする。金子ひらく・高見明男・そしてジーベック。そのためだけに集められたメンバーが、懇切丁寧にエロバカを作っていく。余計な縛りが無くなった作品構成は自由度が増し、いかにも2期らしく個々のキャラを掘りさげながら突発的に馬鹿なことだけをやっていく。誰も傷つかず、誰も不幸にならない素晴らしい紳士アニメではないか。個人的には、コスプレイベント回(4話)の時の「角川が自社アニメだけでラインナップを回すとこういう状況になるのか……」っていうのが分かって面白かった。あとルドル回(7話)かな。男装エピソード(9話)も好き。あれ、割と気に入ってるお話多いじゃないですか! しょせん私は高見明男フリークなのさ。未だに「れでぃばと」の続編とかをこっそり待ってる気がするのである。

 あとはエース勢が継続キャストとして活躍したために、1期との比較でスキルアップが確認出来たのも良いポイント。やっぱり僕はエース勢だと富樫美鈴・美名推し。あと、こっそり鶴岡聡のはっちゃけキャラが楽しめるのも良い点だったかも。

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「ドキドキ!プリキュア」 5→5

 とにかく1年間お疲れ様。まずはそこだ。特に今作の場合、主演のナバが色々と思いをかけながら頑張っていたこともあって、まず真っ先に彼女の1年間にお疲れ様を言いたい。いや、これまでの歴代戦士たちも頑張ってたわけですけどね。

 今作の最大の特徴といえば、なんと言っても主役であるマナの扱いである。プリキュアといえば、初代が「2人は」と題されていたことからも分かる通り、「たった1人の主人公」の作品ではない。私がしっかり見られたのはここ数作であるが、去年のスマプリは本当に5人が等しく「主役」であるところをキュアハッピーが締める、というポジショニングだったし、「スイート」はメロディの比重が比較的高いが、後から追加されたビート、ミューズには、それぞれメイジャーランドでの過去を巡っての物語が別軸として用意され、「2人+2人」の構成という印象だった。その前のハトプリはえりかの存在感のおかげでやはり「2人」だ。

 しかし、今作は本当に「マナのための」プリキュアであり、「マナによる」プリキュアという絶対的な位置取りが特徴的であった。一応サブを務めるのは六花ということになるのだろうが、彼女のマナへの思いと、脇を固めるありす、真琴の愛情に大きな差があるというわけではない。メンバー全員が、等しく「マナのため」を思い、献身に献身を重ねたプリキュアだった。追加された亜久里とレジーナも、最終的に「プリキュアの正義」ではなく「マナの正義」に引き込まれることになったことからもそれは分かるだろう。ここまで「1人」を軸にしたプリキュアというのは、改めて見ると本当に新機軸だったのではあるまいか。ちょうど、去年の「スマプリ」がゴレンジャーだとするなら、テーマ的にも、「ジャッカー電撃隊」におけるビッグワンみたいなもんである(まぁ、マナはハートだからポジションは違うんだけど)。ってことは、来週から始まる「ハピネスチャージ」はバトルフィーバーになるってことか?(ならない)

 そんな「1人のためのプリキュア」という構図は、1年という長丁場を考えると、良い点も悪い点もあったと思われる。まず、良い点としては、物語の構造が非常にシンプルにまとまり、適正な対象である小さい子供に見やすかったであろう、ということ。絶対正義、涙を見せないマナという存在は、明確にヒーローとして憧れるのに最適な存在であり、「正義のストーリー」として非常に骨子がはっきりしている。悪の組織にしても、マナたちの存在のおかげで最後まで「悪」を貫き通した存在はほとんどおらず、ジコチューもあくまで人間の一側面でしかなく、それぞれの思いによって良くも悪くもあるのだ、という結末も、マナの誇示する「博愛」を無難にまとめた結果と見える。単なる「押しつけの正義」ではなく、「意志を持って自分と回りの世界に思いを巡らせて、初めて正義も悪も現れるのだ」という論説は、情操教育としても含蓄に富んだものであろう。まぁ、そのせいで多少マナの「正義」は強すぎるものにもなってしまったが……それくらい分かりやすい方がいいからね。

 もちろん、その結果現れる難点としては、マナに依存しすぎるがために、他の部分がおろそかになりやすいということである。終盤になるとジョナサンの出番がほとんど無くなり、結局トランプ王国の未来が大丈夫なのかどうかがよく分からなくなっていったし、徹底的にサポートに回されたため、六花、ありすあたりの物語はちょいと弱め。5人全員に平等に活躍してもらう必要は必ずしもないだろうが、出来ることなら「マナを介して」ではない2人の物語ももう少し見てみたかったかもしれない。

 でもまぁ、個人的には「見やすさ」の方が勝っていたんじゃないかな、というのが最終的な評価である。レジーナを巡る問答無用の「愛」なんて強引極まりないのに無理矢理ねじ伏せられてしまったし、作中で一度たりとも迷いを持ったことが無いというマナのその強さは、これまでにない、独特なプリキュア像を作り上げたんじゃないかと思う。他のキャラのサイドストーリーがやや弱いとは言っても、「マナとの関係性」においてはみんなががっつりと描かれていたわけだし、「女の子の友情物語」としてはかなりの高密度である。アイドルに憧れるのと同じように、憧れられるプリキュア像としては、1つの完成形じゃなかろうか。まー、大きなお友達の目から見たら誰が一番人気なのかは分かりませんが。今作はねぇ、個人的にはなかなか優劣がつけられないんだよね。マナを別にしたとしても、ちょっとクレイジーなレベルでマナを愛する六花の姿も素晴らしかったし、静かな狂気を臭わせるありすの存在感も馬鹿に出来ない(最終話の巨大ランスとか凄かった)。最初は中の人のおかげでちょっとビハインドがあったまこぴーも、あまりに阿漕な天然キャラで確実にポイントアップしてたし……あ、亜久里は小学生なので別枠とする(良くも悪くも)。誰か1人選べと言われたら……ダビィかなぁ……。

 というわけで中の人ですが、個人的には最近どっぷりはまっているせいでダビィ&DBの中の人、内山夕実の声が毎週聞けるのが楽しみでした。裏番組である「ダイヤのA」は毎週出るわけじゃないから。あと、ジコチュー側の3人のやりとりも好き。すげぇ贅沢なキャストだったしね。回を重ねるごとにどんどんお茶目になっていくベールが良い。海賊王と少佐とケロン人が力を合わせた敵軍とか、よく倒せたもんやで。

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WHITE ALBUM2」 5→6

 今期最後の感想はこちらの作品。やきもきしたままで年をまたいでしまったが、最終話を見てもやきもきは残り続けるという酷な作品である。いやしかし、あっぱれでもある。

 ギャルゲ原作ってことだけでちょっと敷居が高いと思っていた作品なのだが、1話から最後まで、一切ダレることなく見ることが出来た。ここまで「狭く、強い」作品っていうのは本当に久しぶりな気がする。何しろ主な人間関係はたった3人だけで回しており、その脇にいるキャラクターはほとんどが補助装置みたいなもの。どうしてもギャルゲというとハーレム展開なものをイメージしてしまうのだが、今作の場合は下地から違っていた。こうなると、あとはメインとなる脚本の勝負ということになるが、全くもって解きほぐされる気配もなかった三角関係は、しっかりと息づいたままで物語を引っ張り続ける。最終話が終わった後にまで引っ張られるのは流石に辛いところではあるが、やきもき続きで「結局こいつらどうなったんだよ! うわぁん!」と思ってしまった時点で負けである。聞いたところによると原作ゲームはここから先もまだまだあるとか。何とかこいつらの人生の結末を知りたいところではあるが……いや、知らない方が平和なんだろうか……。

 三角関係がテーマの恋愛ドラマなんてもんは、昭和どころか中世、古代の昔からあるレベルでベタな中身である。本作における関係性だってそりゃベタなもので、下世話な「くっついた」「別れた」だけと言ってしまえばそれだけなのだが、余計な要素を省いて徹底的に3人の関係性だけを描いたドラマは、非常に濃い。何しろ全てのパーツが「3人の心情を表す」ためだけに使えるのだから、ここまで煮詰めればどれだけベタな物語でもパワーを持つものになるだろう。アニメーションとしての製作理念が非常に骨太なものになっており、単なる惚れた腫れた以外の部分からも、3人の人間性が浮き立ち、嫌と言うほどに気持ちが伝わって来てしまう。ある意味ものすごく「地味な」物語のはずなのだが、それをがっちりと掴みながら引っ張る演出・構成は見事なものだ。

 1話の時点で「春希がモテるのは何か納得出来るから、両手に花でちやほやされてもあんまり腹は立たない」みたいなことを書いたのだが、春希君の場合、なんかもう、それどころじゃなくなってしまった。何しろ2人の「すげぇヒロイン」の間を揺れ動き、「どっちも好きだしどうすりゃいいのさ」と思っているその贅沢な悩みが、いっそ同情すら伴って共感出来るのである。いや、そりゃ「もげろ」とか「爆発しろ」とか思う部分はあるが、彼は一切浮ついた気持ちでヒロインズと接していたわけじゃない。雪菜に対する時も真面目だったし、かずさとくっつくときだって苦しいくらいに本気だった。もちろん、こいつが悩んでるのが悪いのは間違いないのだが、じゃぁどうしたら良かったのかと聞かれたら、誰も答えは返せないのである。

 生まれながらの性根のおかげでブレずにがんばろうとしていたのが、冬馬かずさというヒロインである。基本的に駄目人間要素が強い彼女だが、最終的にヒロインとして「勝ち残った」のは、彼女の放っておけない魅力、不器用で真っ直ぐな人間性によるところが大きいだろう。確かに面倒な奴だし、あわない人間にはとことん反発するだろうが、理解出来たらこれほど魅力的な女性もなかなかいない。間違いなく「良い子」なのである。あまりの不器用さに本当に泣けるシーンが多かった。そして、あまりに器用、というか、あまりに「良い子」過ぎたために難しい立場に立ってしまったのが、小木曽雪菜という女性。彼女も、あり得ないくらいに魅力的だ。非常に安易な「男の考える理想の彼女像」を固めたようなパーフェクトな女性で、終盤に身を引くところまで含めて、あまりにも都合の良すぎる立ち回りではあるのだが、それでも、彼女の人間性が欠けるということはない。あまりにも優しすぎる彼女の友情は、言葉を紡げば紡ぐほどに悲しさが増して、彼女自身の思惑を他所に、どんどん放っておけなくなってしまう。最終回で何度か繰り返した「かずさほど本気ではなかった」という言い訳も、聞いていて本当に辛いものだ。「春希への思い」なんて数値化出来るはずのないものを無理矢理自分から決めつけて後じさる理由を作ろうとする彼女の姿は、あまりに優しすぎて苦しい。結局、彼女もあり得ないくらいに不器用なのである。

 「友情」と「愛情」のバランスという永遠のテーマが、これ以上無い密度で迫ってくる本作。こうした関係性を描くときの「迫力」で言えば、トップレベルの見せ方だったのではなかろうか。1つさじ加減を間違えば単なる痴話喧嘩に見えかねない繊細なシナリオをしっかりと映像に繋げたスタッフの手腕は、間違いなく「良い仕事」であった。ものが「恋愛」なのでなかなか突っ込みどころが難しいのだが、一度こういう「太い」物語を描くときのアニメ演出っていうのもしっかり見て、しっかり考えて見たいところだね。今後、今作で監督を務めた安藤正臣氏という名前を見つけたら気をつけてみようと思う。

 中の人については、もう、メインの3人にお疲れ様、としか言いようが無い。だいちゅうさんは本当に「イケメンと駄目男の間」を絶妙に抜いてくるよね。米澤円によるヒロインは「RDG

なんかでちょいちょい見た程度だったけど、今作の雪菜は、正統派な上に歌までお見事という、本当においしく、大変なお仕事。良い物を見せてもらいました。そしてナバね。ほんと、ナバは「恰好いい」と「可愛い」を軽々と使いこなす。新たなナバヒストリーに記録しておきましょうね。

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「夜桜四重奏〜ハナノウタ〜」 5→6

 今年最後の更新がこの作品の感想ってのは、割とゲンがいいのかもしれない。今年も色々ありましたが、アニメ的にはなかなか恵まれた1年でしたよ。

 さて、今作。毎週感想書いてたのでまとめで書くことはあんまりないのだが、想像以上にオリジナリティをしっかりと出せた良作にまとまったんじゃないかと思う。原作は1度アニメ化されているので、比較されたり事情を邪推したり色々と出来るわけだが、今作は「焼き直し」ではなく、きちんと「新しい現代アニメ」になっていたというのが最大のポイント。あのりょーちもが監督を務める初めての作品であり、注目すべきは当然その動画面ということになるだろう。アクションシーンもふんだんに盛り込まれた今作は、そんな監督の個性が発揮される最良のステージになっていた。集まったクリエイターもなかなか気合いが入っており、作画の個性を出しつつ、シリーズとしての骨子を維持して立派にまとまっていた。

 「夜桜四重奏」の楽しいところは、各々のキャラが背負っているものはそれなりに重たいはずなのに、それを包む空気はどこかゆる〜いってところ。ヒメなんてあれだけの使命を帯びながらもマジ顔になるタイミングがあんまりなかったし、最後に中心となったじゅりさんたちなんかも、どこか優しい顔を残したままで困難に立ち向かっている。そして、不思議なことにそんな「ユルさ」と、各人の深刻な生き様の食い合わせが悪くないのである。ご町内を守っているおかげで「ご近所ドタバタアニメ」として機能するし、同じ事務所の飯を食う連中がやいやいやっているので私の大好きな「長屋モノ」みたいな雰囲気もある。それでも、円神が出てきてガチバトるときは本気だ。バトルシーンはがっつりした動画で見せて、きちんとクライマックスとして機能するのである。この辺の組み合わせ方がとても新鮮。日常パートでは音と芝居が多重構造を構成し、独特の賑やかさや親密さが出ていたのも気持ちよかった。こういうのって、監督の采配で統制が取れる部分なのかな。安定して楽しかったのは本当に嬉しい。まだまだ原作ストックもあるだろうし、出来ればこのスタッフで、この雰囲気で、続きが見たいもんです。

 中の人的には、旧作をそのまま踏襲した形になっているおかげで、本当にみっしりぎっちり豪華過ぎた。沢城先生やら福圓先生がおり、それが浮き上がりすぎずに他キャストがやり合っている時点で相当なもんだ。新規加入のみんな大好き茅野ちゃんちも実に良い仕事ぶり。ほんと、恵まれた現場です。

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「リトルバスターズ!〜Refrain〜」 4→3

 やっぱり無理だった。予想通りではあるのだが、残念至極。今回は無事にゴールにたどり着いたおかげで目指しているところは理解出来たつもりだが、それだけに、ちぐはぐなデザインにはどう接していいのか分からないことばかりである。意図は理解出来るが、意義は見出せない。アニメーションとしても目を引く部分は無いしなぁ。

 物語内部の問題点を大きく2つピックアップすると、1つは1期目の時にも不満だった「恭介の絶対性の不備」である。初期のころから、「なんでこの主人公はこんな変人をここまで信用出来るのだろう」と訝しみ、彼に心酔している仲間連中を気味悪く思ったものだが、今作では、そんな恭介の特殊性が物語の根幹を成していたことが分かる。「彼の特殊さを描く物語」ではなく、「彼が特殊だからこそ生まれた物語」であることが分かるわけだ。だとするなら、やはり彼の存在があまりに唐突過ぎるし、希薄すぎる。シリーズ大半を成した「終わらない1学期」は、恭介の信念により産みだされたものであるが、何故彼は神のような特殊性を手に入れることができたのか。そこはまぁ、「死に瀕して奇跡的に」と言ってしまえばいい部分ではあるのだが(だとすると最終話の展開はあってはならないが)、少なくとも1期の終了時点において、彼が「そこまでする理由」「そこまで出来る理由」は描かれていなかっただろう。2期に入ってからは「そこまでする理由」は何とか説明をつけようとしていたものの、「そこまで出来る理由」に共感は得られず、しょせん同じ高校生のくせに完全に上から目線でリキをいじり回す恭介を見ていると、「何様だよ」が先んじてしまう。

 そして第2点は、そんな恭介の寵愛を受け、メンバー全員から守られた「リキ自身の絶対性の不備」である。鈴と一緒に、たまたま2人だけの生存者となった、そこまでは偶然の産物なので文句は無い。しかし、その状態になったところで、何故他の面々は「死ねないほどに」リキを思わなければならなかったのか。そこまで頼りない男であるなら、あれだけの連中の眼を集め、心を集めるには役者不足であろう。それが友情なのだと言われればそれまでだが、そうなればやはり事前の描写は足りていない。そして、1期で「仲間集め」に奔走し、外へ外へと物語を開こうとしていた意味も分からない。もっともっと密な集団であることが伝わってくれば、今回の「奇跡」も説得力が出たのに、何故かやっていたことはなんちゃって野球である。まだるっこしいことをやるのではなく、さっさと現実世界に戻して、打ちのめされた中でも生きていかなければいけない試練と闘わせる方が、よほど有意義な時間の使い方だろう。どこまでも「駄目な奴」呼ばわりされて遠回しな援助ばかりされているリキを見ていると、どんどんみっともなく思えてくるし、恭介たちのやっていることは「余計なお世話」に見えてしまうのである。

 もちろん、これら全ては「1期で入り込めなかった」人間の感想なので、違う視点から見ればまた別な物語が見えてくるのだろう(感動モノのドラマなんて、えてしてそんなものだ)。しかし、上で挙げたような問題点が描写不足によるものだとするならば、アニメの構成はやはり失敗だったと言わざるをえない。全てが収束する「大きな外枠」がある物語なのだから、せめて、その枠が見えるカタルシスを得るためにも、物語は一続きで一気にやってしまわなければならなかった。わずかとはいえ、間にインターバルを置いてしまっては、せっかく1期2クールで積み上げたものも希薄になることは避けられなかっただろう。また、不必要な「ネタバレ」を気にしての配慮だったのかもしれないが(そして、ゲームとしてプレイするなら、プレイヤーの自由意志で物語を広げられるのでそれでもいいが)、クライマックスに至るまでの「重要な要素」はもう少し明らかにし、量を増やしておくべきであった。ゲームで馴染める世界と、アニメのみで入り込む世界では密度が違い過ぎる。わずかな時間で筋立てだけを追っていたアニメ視聴者には、今作の本質は「驚き」や「感動」ではなく「どないやねん」である。

 まー、考えてみれば、わたしゃ「Angel Beats!」も嫌いだったんだよな……なんか、この脚本家の書く「別世界」の使い方って、いちいち間違ってる気がする。

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「<物語>シリーズ セカンドシーズン」 6→5

 結局、神原の登場は無しか……まー、今回の5本だけでもギリギリだったから仕方ないんだけども。びっくりするくらいに絡んでこなかったなぁ。

 点数は下げたが、決して悪い作品だったというわけじゃない。1話目で期待したようなヒロイン勢の跳んだり跳ねたりがあんまりなかったので、結局は「偽物語」と同じくらいの着地点になっただけであり、きちんと求められたものには応えた作品になってるだろう。いや、もちろん尺が足りなくて台詞が詰め込みになったり、相変わらず無機質なシャフト演出になったりするとこも加味してね。

 西尾維新の文章ってのはやっぱり好きにはなれないのだが、こういう「いくつもの物語を繋げて1つのシリーズを作る」ときの如才なさと、ふてぶてしさをみると、やっぱり何かオリジナルなものを持った作家なんだなぁ、としみじみ思う。第1シリーズの時点で既にヒロインの扱い方というのは割と捻くれており、一番「らしくない」物語を作ったり、一番「見にくい」方向に敢えて持っていくことで、ねじ曲がった味を出すことに腐心していた。第2シリーズは、全てのヒロインが人気を固め、物語の種となりそうな諍い、事件、諸々のファクターも、一応は片付いた状態からのスタートである。お話を作るのが作家の仕事なのだから、ここからでも新しく物語を紡ぐのは当たり前といえば当たり前なのだが、誰もが思うような方向へいかず、「このヒロインでこれかよ!」とか、「このキャラでこんなの!」という、相変わらずの「ずらし」を上手いこと使って刺激を産みだしているのは流石だと思う。

 考えてみりゃ、1番最初に「猫物語」が来て、これが存外素直なお話だった時点で訝しんで然るべきだったんだよな。2つ目となる「傾物語」では、再び阿良々木に語り手を戻しながらも、メインと思われていた八九時を場外において、実際は忍の話をするという捻り。タイムトラベルなんてトンデモ話を、小旅行のごとくサラッと書いてしまうふてぶてしさ。「囮物語」は確か原作が出た時点でかなり騒がれていたような気がするが、アニメで「不当な」人気を獲得してしまった千石撫子を、ねじ曲げた神域へと押し上げ、物語を「終わらせる」暴挙。これ、詰んでるやん、と思ってオロオロしてるところに、「それはさておき」と「鬼物語」を持ってきて全く別ベクトルでの絶望感を与える。そして、最後に控えし「恋物語」はまさかの貝木主人公、あのラストである。そりゃまぁ、ここまで振り回されれば、視聴者の方も諦めて「もういいや!」ってなるよな。そうしたひねくれまくった筋立てはアニメのシナリオになっても当然そのままだし、好き放題やってる原作があるのだから、それをアニメにするときも好き放題やってしまえるというのは、相変わらずのシャフト向きといえる。こんな荒唐無稽な話、真面目に描いていくのは無謀だろうし、やったところでペイはないだろう。

 バランスとしては、窮屈すぎた1期よりは余裕を持ち、間延びした感の「偽」よりも締まっていて良い案配。これでもまだ語りとしては足りていないらしいが、アニメ視聴者からすると、延々貝木の繰り言を聞かされるフェイズがこれ以上伸びるのもどうなのよ、って気もするし、神原排除の2クールは構成としては正解だったんじゃなかろうか。あとはまぁ、シャフト演出とはいっても、基本的に「過去のシリーズで作られたテンプレートの再利用」なので、画面にあまり盛り上がりが無かったのが残念だったくらいかな。もう、ここまでのコンテンツになってしまうと、これ以上妙な形では冒険出来ないんだろうなぁ。「鬼物語」のときの絵巻演出とか、面白いのもちょいちょいあったんだけどね。

 終わってみれば、羽川にハスハスし、八九時に泣かされ,貝木にきゅんきゅんした2クール。2期目としては「安定」でございました。CMとか見てる限りだとまだシリーズは終わっていないみたいだが、はたしてここからどのような展開になるか……ね。

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