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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 「咎狗の血」 3→1

 この作品を表す最適な日本語を知っている。「一事が万事」だ。もう、わやくちゃですわ。

 いや、正直言うと最終的な点数を付けられるほど真剣に見てないんですけどね。「作業しながら脇目で見る」というアニメファンあるまじき視聴体勢で流し見てただけだから、ストーリーも全然頭に入ってないし、画面も逐一見ていたわけじゃない。ひょっとしたらここで非難しても、「ちゃんと見れば面白い作品だったんだよ!」という反論があるかもしれない。その場合は、素直にすみませんというしかないのである。……のであるが……どうよ?

 折角なので最終話は割とちゃんと見ていたのだが、怪しげな殺陣シーンに始まり、動きが見えずにBGMとモノローグだけで進行する黒い画面がずっと続くだけで、折角のイケメン達も欲求不満気味。爆発シーンがたった1枚の止め画で表現されたパートとか、90年代のヤシガニアニメもかくやという手抜きっぷりには笑うしかないじゃないか。

 あげくエンディングは確実にジャンプで10週打ち切りにあった状態になっており、真面目に見たとしても全くカタルシスが得られなかったであろうことが予期される。1話の時点で色々と面白かった本作であるが、最終話で改めて確認しても、「一事が万事」であった。作品が作品なのでよほど熱心な視聴者以外は注意して見ていないだろうが、頑張って応援しなきゃいけない歴戦の腐女子さんたちにはご愁傷様としか言いようがない。

 じゃ、何故わざわざ横目で見ていたかというと……理由は2つある。1つ、「次の番組がアマガミだった」。つまり、「ま、どうせアマガミはリアルタイムで見るんだし、その前の30分はテレビつけて垂れ流しておくか」ということ。そして2つ、「放送後にまどかマギカの紹介CMが入る」。今から来期が楽しみですからねー。うん、作品自体に特にモチベーションは無いんだ。すまない。

 これまで100本近くのアニメに「最終評価」と評して点数を付けてきたけど、多分このブログを立ち上げてから「1点」を付けたことはない(はず)。まだまだ下の作品も出てくるかもしれないから、流石に1点は可哀想かとも思ったんだけど、2点だと「えむえむっ!」と同じになってしまい、それだと今度は「えむえむっ!」が可哀想な気がしたので、とりあえずこの作品を1つの道標とすることにしました。過去の放送作品だと「IZOMO-猛き剣の閃記-」とかが1点に属する作品だったと思います。来期の木曜日は頑張って欲しいね!

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 「百花繚乱 サムライガールズ」 6→4

 1話を見た時点ではその癖のある画作りが新しくて、「うわ、墨汁マジ寿!」とか思ってたのだけれど、それに慣れてくるとシナリオラインの凡庸さと適当さが徐々に浮き彫りになっていって、最終的には墨汁要素以外にあんまり褒める部分がなくなってしまった作品。私のテンションが徐々にダウンしていくさまは、多分毎週の記事を見ると分かる気がする。

 印象だけで振り返ると、多分兼続が乱入するあたりまでは普通に面白かったと思うんですよ。千姫と幸村のいがみ合いも安定していたし、半蔵の立ち位置も美味しい。ギャグ自体がそこまでキレてたわけじゃないけど、「嘘江戸時代」な雰囲気をちょいちょいネタにしつつ、ヒロイン勢がドタバタしてくれている展開は嫌いじゃなかった。アームスの製作にしてはエロの売り方が弱い気もしたけど、そこまで扇情的なキャラデザでもないし、ちょっとほわっとしているくらいで充分だと思っていたし。

 難が出始めたのは、義仙の登場やら慶彦の暗躍やらで「忠義とは、サムライとは何か」みたいなメインテーマが現れだしたあたりで、語ることは語っているのだが、いかんせん上っ面だけで物語に絡まない。最終話の投げっぱなしバトルなんかはそれが分かりやすくて、十兵衛が強いのは構わないが、その裏で宗朗が何かしてたかというと、特に何もしていないのである。そんな状態で「真の将となった」とか言われても説得力は無い。そのため、実力としてはインフレを起こしたはずのバトル要素も後半になるほどスケールダウンしていったし、墨汁を絡めたアイディアもそこまで前面に押し出されることはなかった(多分一番盛り上がったのは千姫の墨汁足場だ)。

 キャラの魅力で押せないとなると、あとはいただけないラノベ要素が目立ってしまい、おためごかしのシリアス展開が鼻につき、キャラクターがどれだけ真剣でも、視聴者は共感しにくい状態に。ついでに敵勢力が最後まで慶彦だったのか天草だったのかが分かりにくく、シンプルな筋立てを追う、という浅薄な見方も許容しにくい。どうやらアニメオリジナルで1クールのけりを付けたようなのだが、流石に投げっぱなし感が強すぎたのではないか。デザイン自体は非常に面白かった作品だけに、この失速は実に勿体なかった。

 その上で最後まで視聴し、それなりに点数をキープしたのは、ひとえに「悠木碧劇場」が見られたという1点に尽きる。一粒で2度美味しい十兵衛のキャラクターを見ているだけで、あおちゃんの高性能さが伺えるというものだ。時点はぐつぐつさん役の豊崎、そして十兵衛以外の数少ないキャラ立ち出来たヒロインであるダルタニアンの中の人、小清水もそこそこの打点をキープってところか。千姫役の寿はそれなりに安定感は出てきたが、まだ「寿美菜子ならでは」っていうセールスポイントに欠ける印象。期待はしているので、他のメンバーを見習って要精進である。

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「もっと To LOVEる」 5→5

 特に話題にのぼるようなこともなかったが、抜群の安定感でやるべきことをやりきった感があるのがこの作品。同じ製作会社で似たようなコンセプトの「えむえむっ!」と比べると、その差は歴然であろう。

 すっかり1期などなかったかのような振る舞いが定着している「大槻版」の「To LOVEる」。独特のキャラクターデザインは人気の矢吹テイストとは一線を画すが、原作ファンからも不満が出ないほどほどのラインでの崩しを行い、線の細さは犠牲にしつつも、アニメでしか出せない艶っぽさをプラスすることで補う。また、1回3話という細かい構成が中身スカスカの原作にフィットしており、サクサク見られるお手軽感は今期で比較するなら「イカ娘」と同様のテンポの良さに繋がった。「イカ娘」と比べてもさらに同じような話の繰り返しなのだからあっという間に飽きる気もするのだが、この構成に飽きるような人間は、そもそも原作ファンにもならないので問題なしだ。ファンが求めているのは「話の中身とかいう面倒なことを抜きにしたライトエロとドタバタ」であり、そこに焦点を絞った原作を忠実に再現した結果、アニメとしても充分ニーズに応えられるだけのものになったわけだ。

 正直言うと私自身はファンでも何でもないのだが、「掃いて捨てるほどいるヒロインをとっかえひっかえしてラッキースケベを繰り返すだけ」という中身は流石に難癖を付ける隙間が無く、気付けば最後までダラダラと見続けることが出来た。もちろん私の場合は中の人パワーが絶大だったこともあるのだろうが、それを除いても、安定した作画とヒロイン展示会のような賑々しさは視聴のモチベーションとして充分だったと思う。

 何が面白いって、これだけたくさんのヒロインがいて、その中でも当然春菜やララ、古手川あたりは登場回数も多くて活躍の機会が多かったはずなのに、一番印象に残っているのは10話の籾岡回だったってこと。普段脇に徹しているキャラクターを掘り下げたおかげで目先が変わって新鮮だったってのもあるが、それだけ普段から「何となくエロ」でもちゃんとキャラの描写が生きている証拠のように思える。この作品、エロ縛りがあるからどうしたってリト中心に話が回るけど、そこを度外視してサブキャラどうしの絡みとかでエピソードを作っていけば拡大再生産がいくらでもききそうなコンテンツだ。実際「キョーコ×ルン」とかも割と面白かったしね。こうした「多重ヒロイン」の活かし方はおそらく製作スタッフも意識していた部分で、驚いたのはエピソードごとにエンドロールのクレジット順が変わっていたところ。(一応)メインヒロインのララが何故かキャスト表示で2枚目に回されたりしているのを見ると、「この作品のヒロインはあなたの好きな子を選んで下さい」みたいな気遣いが伺えるのである。実に軟派な姿勢ではあるが、ユーザーのニーズを読み切った正しい判断だったといえるのではないか。

 とりあえず一通り褒めておきましたが、まぁ、「毎度同じ」っていえばそれでおしまいなんですけどね。最終回でちゃんと締めっぽいエピソードを持ってきたので逆に驚いたくらいだしな。「これはハーレムアニメだ! 一夫多妻エンドで何が悪い!」って、男らしいなぁ(原作通りだけどね)。

 あ、最後に中の人の話……はもういいですかね。最終回では何故か天条院先輩がいなかったのがちょっと残念だったけど、川澄・能登・明乃・花澤の大沢4段活用が堪能出来るのは本作だけ。他にも戸松・矢作・名塚・福圓・豊崎・伊藤・千葉などなどなど、お腹いっぱい夢いっぱい。なんで大槻作品は毎回こんなに贅沢になるんだろうね。これで新井里美先生がちゃんといてくれたら完璧だったのに……今となってはなんで休業したのかさっぱり分からんな。収録日が近所のジャスコの特売日と被ったりしてたんだろうか。そして、今回MVPとして選びたいのが、何故か柚木涼香。今期は柚姉ぇの声を色んなところで聞くことが出来たのだが、セリーヌボイスはここだけのサービス。まうまう。そして前述の通り、10話の籾岡がやたら可愛かったのが思い出深い。やっぱり柚姉ぇはエロキャラでナンボだ。

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「そらのおとしものf」 6→6

 安定の2期目。2期目となると色々とメリット・デメリットが出てくるものだが、この作品の場合も、大体予定通りの進行になったのではなかろうか。

 まず、先にデメリットの方を挙げてしまうと、なんと言っても長く続けることによるマンネリ感。特にこの作品の場合、1期2話で最大級の「なんじゃそら」をやってしまっているため、それを乗り越えるほどのインパクトというのはほぼ不可能な状態。今期もエロ本祭りやなんかで頑張ってはいたものの、それが「1期を越えたな」という感想にまでは至らない。どうしようもないことではあるのだが、笑いがメインの作品にとって、この「視聴者の慣れ」というのはいかんともしがたい部分である。そして、実際今期はギャグ部分での押しがちょっと弱かったようにも思える。序盤のプロレスイベントなんかは馬鹿も加速していて面白かったし、毎話視聴している分にはそこまで不満が出るわけではないのだが、雪合戦の回やアップダウンクイズ、釣りイベントなんかは、馬鹿をやるにしてもちょっと捻りが足りず、「いつもの奴ね」というくらいの印象。智樹の馬鹿さ加減もそはらの恥辱っぷりも会長の腹黒さも、どこか全力で振り切れていない部分があったのは勿体ない部分か。

 もちろん、そうした難点は、総数にして26話もやっている作品なら仕方ない部分もあるだろう。今回はシリアス面での縦糸のウェイトを重くしており、英四郎のシナプス探索に始まり、カオスの襲撃とアストレアの覚醒、そしてイカロスの自己言及など、ギャグを差し置いてやらなければいけない課題が多かった。そうしたテーマを真正面から扱った話数、具体的には8話と11話については、この作品の持ち味である丁寧な画作りが存分に活かされていたし、「シリアスよりギャグを見せろ!」なんて気分にもならなかったので、狙い通りのシリーズ構成にはなっていたのではなかろうか。

 総じて見ると、今回は人間サイドの活躍部分が薄く、智樹もそこまでキャラが前面に押し出されていなかったし、そはらはすっかり4番手ヒロインくらいに降格、会長もメインとなって引っかき回すシーンは減った。代わりにメインとなってスポットが当たったのは4体ものエンジェロイドで、特にニンフについては、シリーズを通してその懊悩が丁寧に描かれていたし、クライマックスの覚醒シーンは胸を打つものになっていた。新キャラクターのアストレアも、初登場から造反までの変化が面白く、鎖を引きちぎるシーンの盛り上がりは充分。カオスは登場シーンが少なかった割には、敵キャラとしての存在感が充分に発揮されていた。この3人については、文句無しのシリーズだったといえる。唯一、この作品の象徴たるイカロスについては、多少ストーリー進行のゴタゴタでわだかまりの残る結果となってしまっているが、それでも彼女特有の愛らしさはそこかしこで発揮していたし、「次につなげる」期待も持てるだけの描写はされていた。こうしてエンジェロイドたちの活躍を見ていく上では、この作品はやはりよくできていた。

 そして、最後は当然中の人の話。何度も記事で触れているので確認するまでもないが、エンジェロイド4人の中の人、早見沙織・野水伊織・福原香織・豊崎愛生については評価が上がった。野水は1期のニンフでまだ不安な部分が見えていただけに、きっちり役を掴んできたことが分かるのが好印象。普段見せない顔を存分に見せてくれた豊崎についても、まだまだ引き出しがあることを示す好演だったのではなかろうか。あとはまぁ、やっぱり「ぱっぴーお疲れ様」と。この歳になってもまだまだ余裕で中学生男子が演じられるっていうのは、やっぱり才能だよなぁ。

 さぁ、次は劇場版だ。……チケット買うのが恥ずかしい作品だな……フィルム商法とかされたらどうしよう!!

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「えむえむっ!」 4→2

 めでたく「今期心底どうでもいいラノベ」枠に認定された作品。いやぁ、特に見る点は無かったですね。最後まで見続けられたモチベーションは当然中の人たちなわけだが、それでも息切れは半端じゃなく、フォローしづらいことこの上ない。

 最終評価としては、1話で予定していた通りのマイナス点ばかりが丁寧に積み重なっていった、という感じだが、途中で早々に作画レベルが崩壊し、「萌え作品なら画だけでもちゃんと見せろよ」という要望すらかなわない状態。脚本はピックアップする部分もなく、ぞくぞく増える新しいキャラクターたちも紋切り型のどこにでもある「駄目アニメ」の典型みたいな造形。原作そのままでこの状態というならばアニメスタッフは可哀想としか言いようがないのだが、だったらアニメ化しなければ良かったね、というだけの話である。これの原作が売れているのだとしたら……一体どんな層にニーズがあるのか、逆に気になります。まだ「迷い猫オーバーラン」の方が妙な設定があった分だけ面白かった。

 一応、最後まで見続けていた言い訳をつけたしておくと、主人公を演じる福山潤はとても楽しそうだった。「ドMの主人公」というのは言葉で言うのは簡単だが、実際に「キャラになって演じて下さい」と言われたら本当にそこに入り込むのは難しい。本気の本気なら単なる病人だし、かといって砂戸太郎というキャラクターがこの作品の全てと言ってしまってもいいくらいのウェイトなので、適当にやったら全てが台無しになってしまう。そのあたりのさじ加減は、流石の一言。また、嵐子役の早見沙織も、男性恐怖症と恋心の間を抜く絶妙なラインの感情表出が面白い。最初の方はずっと「伊波さんでしかないなぁ」と思ってたけど、決め台詞となった「男の子怖いよぉ!」は結構気に入ってしまいました。そして、珍しくタカビーお嬢様役で羽目を外していた辰吉役の佐藤利奈、太郎の家族役の大原さやか・阿澄佳奈あたりのキャスティングは、話がどうだろうと聞いているだけで充分楽しめました。

 中の人の話題しか出てこない作品というのは……まぁ、それでもいいですけど。

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  鬼のような作品であった。脚本家泣かせで監督泣かせで、アニメーター泣かせで、そして視聴者泣かせ。ここまで身を切る覚悟が無ければ完成を見ないアニメ原作というのも、希有な存在である。

 個々のエピソードについてはくどいほどに各回の感想で書いているので総論のみになるが、終わってみればかなり楽しめた作品であったのは間違いない。キワモノ作品にありがちな「特異な演出だけは見応えがあった」とか、私の感想にありがちな「中の人の声だけ聞いてれば幸せだった」とか、そうした一面的な価値ではなく、きちんと総合技術としての「アニメーション」としての完成度が高い、見どころの多い作品であったと思う。

 この作品をアニメ化するにあたって、最も苦労したのはシリーズ構成・脚本を組み立てる人々であろう。月一の1時間枠というのは、普通のアニメシナリオになれてしまった熟達者であればあるほどに異質に見えたであろうし、30分という枠に慣れてしまった視聴者にとっても、1時間の「長丁場」をダレることなく見続けられる脚本の線など分かるはずもない。そんな中で、「原作本まるまる1冊分」からアニメ脚本を再構築する作業は、並大抵の苦労ではなかったはずだ。当初は「月一で発売されてた本を月一のアニメにすればいいんだから楽じゃない?」とか考えたりしたのだが、この作品は残念ながら、西尾維新の作品なのだ。通り一遍の技術でアニメになるはずがないのである。シリーズ構成の上江洲誠氏を始め、脚本を担当した待田堂子氏、長津晴子氏にはとにかくお疲れ様と言わねばなるまい。

 その上で、脚本をどのようにアニメに落とし込んでいくか、という部分は、実にチャレンジングな物作りが試みられている。最も顕著だったのは田中基樹の手による第7話だったと思うが、それ以外にも小松田大全や小林智樹など、多芸な演出家たちの手によって「台詞アニメ」であったこの作品に艶と味が付け加えられ、毎回異なった楽しみ方が出来た。もちろん、統率者としての元永慶太郎監督は言わずもがな。画面の質についてはあまり触れられる機会のない作品ではあったが、癖の強いイラストレーションを毎回安定した質で提供してくれたWHITE FOXの1年のがんばりにも賛美を送りたい。とにかく、スタッフの実力と、愛に恵まれた作品であった。

 1ヶ月ごとに1時間枠で1本、というスタイルは色々な事情と思惑があって実現したスタイルではあると思うが、その試みは充分成功していたと見ていいだろう。ステロタイプな王道パターンを心得ながらも常に捻くれる西尾維新の作品そのものが、「区切らずに1話を1本で」やる前提のスタイルになっており、その意志を十全に再現するには、この方法しかあり得なかった。時間的な余裕もあって質が落ちなかった部分もあるだろうし、今後のアニメ放送のスタイルサンプルとしては興味深いものだ。昨今は、WEB配信などの様々な形態が模索されるアニメ業界の過渡期とも言える時代。その1つの先例として、悪くない結果を出したのではなかろうか。放送本数や放送時期など、財政的な問題で不必要な労苦が多いアニメ業界において、「無理を減らして作品の本質を掘り下げられるスタイル」というのはそれだけで価値があった。なかなかこれに追従することは難しいと思うが、今後もこうした「既存のスタイルに縛られない」作品作りに期待したい。

 少し作品内部のことにも触れておくと、「一月に1本の刀を手に入れるために、一月に一人の敵キャラを倒す」というシンプルな構成のおかげで、各々のエピソードに魅力的なキャラクターを丁寧に配することが出来たのが根源的な強み。刀の所有者であげると、2話で登場した宇練銀閣と10話で登場した彼我木輪廻が印象深い。全てのキャラクターが、ちゃんと「七花の成長物語」という大きな縦のラインにちゃんと絡んでいるという構成も心得たものである。全てのキャラが愛らしかった真庭忍軍の中でも、初登場でインパクト絶大だった蝙蝠は最高の敵キャラだったし、人鳥と鳳凰は最後まで作品を盛り上げてくれた名バイプレイヤー。そして、メインキャラクターである七花・とがめ・否定姫・右衛門左衛門。七花は最初「あんまり魅力的じゃないなぁ」と思っていたのだが、とがめとの相乗効果からか、終わってみればなかなか味のある「主人公キャラ」に成長していた。個人的にお気に入りだった否定姫も、ぶれない生き様が実に魅力的。こういう阿漕なキャラを作らせると、悔しいけど西尾維新のセンスってのは妙に刺さる。そして、そんなキャラクターたちの中でも一番のお気に入りは鑢七実である。男の子はね、やっぱり最強キャラには無条件で惚れるもんなんですよ。

 当然、キャラが盛り上がったということは、私の視点は「中の人大フィーバー」ということ。本当に毎回名前を挙げているのでよく飽きないものだと我ながら感心するが、戸松遥、田村ゆかり、小山力也に置鮎龍太郎。こんな異様な世界の中で、よくもまぁ、活き活きと動いてくれたものです。でもMVPはやっぱり中原麻衣のもの。次点は……インパクト重視で鈴木千尋かな。ちーくんは本当にお気に入りなんですよ。

 のんびりと1年間付き合ってきた全国行脚の12話分。終わってしまうのはとても寂しいが、長丁場で引っ張っただけの意味は充分にあったし、期待以上に楽しませてもらいました。是非とも、このスタッフでまたこうしたチャレンジングな作品が見たいものです。

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 「薄桜鬼 碧血録」 4→5

 今期1番最初にゴールテープを切ったのはこの作品。2期目としてはわずか10話分という短期決戦の作品であったが、なんだかんだで気付けば最後まで観ていた、珍しい「乙女ゲー」作品である。

 元々の視聴のモチベーションは徹底的に中の人。雪村千鶴嬢の声、つまり桑島ボイスにはみるみる人を不幸にする魔力が込められており、彼女を守る為に奮戦していた新撰組の面々は、ものの見事に全滅エンドを迎えることになった。今回はキャラクター自体が死ななかったことを喜ぶべきかもしれないが、この救われないエンディングは予想通りとはいってもやはり切ない。新たな桑島伝説の1ページと言ってしまっていい出色の出来である。

 とまぁ、茶化してみてはいるものの、1期では「鬼(羅刹)」だのなんだのとファンタジー要素強めで展開していたこの作品も、2期目になると時代の荒波に押し流されていき、存外しっかりと戊辰戦争の顛末を史実に基づいて描いているのには驚かされた。もっと考え無しな「腐女子向け」展開になるのかと思っていたのだが、特に軍略面、実際の新旧幕府軍の攻防などについては、お茶を濁さずにきちんと設定として活用している。その結果として新撰組の隊士たちは帰らぬ人となってしまっているわけだが、下手な逃げを打たずに、真正面から歴史の悲劇を描いているのは感心させられた。「一人の女性と危険な薬物のせいで人生を狂わせた男達の物語」といえばそうなのだが、ちゃんと各キャラクターたちが信念を守って生き抜き、絶えているために、そこにはお仕着せの悲劇だけではない、ひとかどの物語が存在しているのである。最終回ではエンディングバックで各隊士たちの想い出が流され、不覚にも目頭が熱くなってしまった。

 もちろん、難点も多い。最大の問題点は、「軍記物」として戦争の行方を克明に描こうとしてしまったために、どうしても進行が駆け足になり、中盤以降は、戦局の趨勢を全て千鶴のナレーション1本で片付けてしまっている。もちろん、細かい局地戦の様子を事細かに描かれても視聴者側としては訳が分からなくなるだろうが、全てが同じようなテンションでただ流されていくだけというのはいかにも味気ない。その中で、例えば近藤さんの死のような大きなドラマが挟まれているはずなのだが、どうしても「死ぬために死んだ」ような部分も目立ち、あまりに無感情に戦争が進行するため、ジワジワと負けを重ねる旧幕府軍の連中が全員馬鹿に見えてしまう。策も何も無しに突っ込んで部下を見殺しにした近藤さん、そして最終回では激情に身を任せて突っ込んでさっさと狙撃される土方。そのへんの「格好悪さ」を軽減してくれれば、もう少し物語への没入度も上がったような気がするのだが。話数の尺も半端だし、もう少しシリーズ構成の仕方があったのではなかろうか。

 でもまぁ、最終的にやりたいことは軍記物ではなくてラブロマンスだからね。あれだけツン状態だった土方が最後にはさらりと千鶴に愛の言葉をささやけるようになっており、無骨ながらも精一杯愛情を表現する様には、腐女子でなくてもココロときめくものがあるのだ。三木眞一郞ボイスのイケメンと、桑島法子ボイスの一途な子女。どっちに告白されてもくらくらしますがな。千鶴嬢は最後の最後まで甲斐甲斐しく、実に可愛らしかった。私の桑島ライブラリーに1キャラ追加です。

 その他個人的には風間役の津田健さんがお気に入り。最終バトルはミキシンVSツダケンですよ。無闇に格好良かったし、最後の最後でお互いを認め合い、「薄桜鬼」というタイトルの言われが判明するシーンなんか、ちょっとサムいくらいのやりとりのはずが、この2人だと不思議と絵になるのである。やっぱり乙女ゲーキャストは男性陣が充実してるなー。

 最初から最後まで、グラフィックの質が落ちなかったのも評価出来る部分で、「乙女ゲーならディーンにお任せ!」みたいなよく分からないセールスポイントが確立された感がある。嘆美な演出が実に絵になっていて、最終回を例に取れば後れ毛を描き上げてうなじを吸い上げる二人のインモラルな雰囲気とか、舞い散る桜の下で眠りにつく「薄桜鬼」の末期なんかは、本当に「絵のような」シーン。他のキャラクターについても、男性キャラがどれだけイケメンに描かれてもしったこっちゃないが、見れば見るほど千鶴嬢が可愛らしくなっていくのがたまりませんでした。彼女には、人里離れた山奥とかでひっそりと土方さんの喪に服しながら人生を全うして欲しいです。原作ではどういうエンディングなのかね。

 結論として、この作品を一言でまとめると「やっぱり桑島法子は不幸が似合う」。以上。

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 ○「けいおん!!」 6→9

 今期最後に感想を書くことになったのは、奇しくもこの作品である。粗製濫造の時代が一区切りし、作り方、売り方のモデルの転換を迫られ、中心となるコンテンツを失ってしまった感のあるアニメ業界。そんな不安の声しか聞こえてこないジャパニメーションの中で、この作品は、1つの答えと言ってしまっていいのではなかろうか。

 元々アニメなんてものは「子供の娯楽」だったものであって、どれだけ大河ロマンを描いた作品が崇高な志を抱こうとも、なかなかそれが正統に評価されることはない。全く同じものを書いたとしても、おそらく小説やドラマよりもアニメは「低俗なもの」として扱われてしまうのだろう。そんな中で生み出されたのが、オタクの文化、拠り所としてのアニメーション。一言で区切ることは出来ないだろうが、いわゆる「萌えアニメ」という名を冠した製作スタイルである。他の媒体と同じ土俵に上がっても勝負をさせてもらえないならば、いっそアニメにしか出来ないものを標榜すればいい。それがシンプルで絶対的な解答となった。アニメにしか出来ないこと。それは、「非現実が」「動く」という2点である。

 存在しないものを、あたかも存在しているかのように動かす。このこと自体に価値を見いだしたジャンルの最右翼が、「日常系4コマ」のアニメ化ジャンルだ。何せ骨子となる明確なシナリオラインの存在意義が薄く、「筋を追う」ことの価値が相対的に低い。となれば、目的はとにかく「動いていること」以外に無い。「非現実」に現実感を持たせるために舞台設定を行い、シナリオを作り、それを「現実的に」動かす。それこそが、「日常系」に与えられた最大の目標である。

 こうしたジャンルが成立したと仮定すると、実に強力な後押しを受けた企業が1つある。「執拗さ」を最大の武器とするアニメスタジオ、京都アニメーションだ。この「けいおん」が受ける最大の理由は、とにかくその「執拗さ」「こだわりの根深さ」にある。例えば唯たちのクラスメイト全員に名前と顔と属性を与え、ほとんど出番もないのにそれを1つ1つ厳密に描写していくことや、どんな些細な小物でも徹底的にリアリティを追求して「あるべきもの」を再現させること。もちろん、1人1人のキャラクターの動作、表情に「魂を込める」ことも忘れてはいけない。とにかく、そこにあるのは純然たるフィクションでありながら、視聴者が望めば、それがどこまででも現実に近付く。ある意味新たな形態のリアルの体現とも言えるもの。最終話での「思い出」の扱いなどはその最たるもの。世界に「物語」を与えずに「日常」を得ることで、全く新しい1ジャンルとして成立させたのである。

 そう考えると、この作品は非常に罪作りだ。何しろ、このジャンルにおいて、「けいおん」を上回る「執拗さ」を実現させるのは、信じられない困難を伴うようになってしまったからだ。ユーザーの望むリアルとフィクションの配分の妙、ひたすら時間と労力を割くことだけによって実現される入念な映像、ライブなどのイベントを配することで実現するインタラクションの手法。この作品を巡る諸々の要素は、ほとんど理想型に近い形で実現してしまっている。「日常系」を極めるにはさらなる多幸感をユーザーに提供する必要があるわけだが、現時点で、それを実現させる手段は思いつくはずもない。ガンダムやエヴァが1つの時代を作り、1つのスタイルを完成させて終わらせてしまったように、この「けいおん」も、アニメ業界に残された数少ない鉱脈の1つを最奥まで掘り尽くした、集大成といえるのではないだろうか。

 以上が、個人的にこの作品の「良さ」を評価するための基本論旨である。こういった作品を全く評価しない向きがあることは重々承知しているし、実際、そうした視点を持つ人たちにとって、この作品は恐ろしくつまらなく、無価値なものに違いない。しかし、価値なんてものは、受け手次第でいくらでも変動するもの。私個人は、上記のようなかけがえの無い価値を、この作品に見いだしてると、ただそれだけのことである。純粋に「質の高い」アニメーションが見られればそれだけで満足なのだから、この作品に不満の出ようはずもない。本当に、半年の間ありがとうございました。映画版、今から楽しみで寝られねぇな!

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 ○「世紀末オカルト学院」 6→8

 毎週感想を書いていたので繰り返しになってしまうのだけど、いやぁ、面白かったですね。「アニメオリジナル」「1クール」っていうくくりでここまでの結果を出せた作品って、ものすごく珍しいんじゃなかろうか。

 改めて振り返ると、何が面白かったかを取り出すのは案外難しい。現時点では最終話のインパクトが強かったので構成の妙ばかりが印象に残っているんだけど、各回の感想を見返してみると、その時その時で面白さの形式はコロコロと入れ替わっている。1話2話あたりは、思い切りのいいオカルトネタ……というか、ネタオカルトの扱いがギャグとして面白かった。1話のこずえのノリは本当に忘れられないし、モスマンが登場するあたりまでの文明とマヤの掛け合いは分かりやすいボケ突っ込みだけのはずなのに、顔芸などの映像面での見せ方がうまかったおかげか、ネタ以上に面白さが出ていた。

 馬鹿馬鹿しいネタの飛ばし加減では、こずえ回でピーク。世界一緊張感のない臨死体験に開いた口がふさがらず、その後の亜美エピソードでもネタの深刻さとそれに対するキャラクターの適当さ加減の温度差が面白い。5話〜8話あたりのネタっぷりは本当に毎回楽しみでした。

 飛ばしきったオリジナリティが多少トーンダウンするのが9話10話。ただ、あとになって振り返れば、やっぱりこのあかりエピソードも、最終回でマヤと文明の心情を描く上では必要不可欠なものだったことが分かる。2人の距離が縮まる部分でもあるし、各々の家族観があかりという1人の子供を加えることでさりげなく伏線として提示される。毎回メインキャラはマヤでも文明でもないのだが、他のキャラに目線を振っておいて、その間に2人のキャラクターを掘り下げて回りを固めていっているのが、今になってみるとよく分かる。

 そして問題の11話、12話。このあたりまで来ると視聴者によって賛否両論が出そうな展開だが、これまたラストを見れば「もうこれはこれでいいや!」という流れに。魔法合戦なんて話の中身としては本当にどうでもいいし、画面もそこまで目を見張るような要素もないのだが、それまでに張り巡らされた馬鹿馬鹿しさの複層構造のおかげで、何となくこれでいい気がしてくるのが恐ろしい。確実に製作側にダマされているのだが、ここまで憎らしい騙しがおおっぴらに行われるなら、それはそれでいい気がするのだ。何があっても、最終話ではぎゅぎゅっとまとめてしまったのだから。終わり良ければ全て良し。先人達も良いことをいう。

 改めて振り返ってみて分かることだが、この作品は1話1話振り返り、その意味をきちんと図ることが出来る。それはつまりシリーズ構成がうまくいったということで、オリジナルとしての様々なビハインドを全て克服したことを意味している。全体がまとまったが故の視聴後の爽快感と、1話1話が突出していたからこその、また見たくなる中毒性。この2つの要素が両立している作品は、昨今ではほとんど記憶にない。13話のサブタイトルを苦もなくそらんじることが出来る作品など、過去のアニメでも1,2本しかないと思われる。それだけ、各話のインパクトがあったということだ。

 とにかく褒め倒しているこの作品。指揮を執ったのは伊藤智彦という人だが、正直いうと、全然知らないクリエイターであった。一応調べてみると「サマーウォーズ」の助監督をやったりしているらしいのだが、地上波アニメの重要なポジションで名前が出るのはほぼ初めてのようだ。あの印象的なオープニングのコンテも監督の手によるものらしいし、今作の全体像を見れば、今後に期待が持てるアニメーターの1人といえるのではなかろうか。次回予告に流す懐メロのチョイスやらも含めてなかなかキャッチーな売り方も心得ているようだし、次に名前を見かけるのが楽しみです。

 最後は当然、中の人のこと。今作はメインを張った中の人全員が素晴らしいとしか言えない。まず名前を挙げなければいけないのは当然日笠陽子。ぴかしゃのおかげで、マヤのキャラクターが完成した。同様のことは水島大宙にもいえるだろう。だいちゅうだからこそのヘタレ力は、そんじょそこらの若手じゃ無理だぜ! その他サブヒロインに花澤・彩陽。彩陽はエンディング歌唱も担当しており、今作では陰の立て役者といえる。実写混じりの妙ちきりんなエンディングだったが、最終話はBGMとしても機能し、印象的な幕引きを効果的に演出することが出来た。良かった良かった。他にも子安、高橋広樹、画伯に茅原実里、ちょい役の久川綾に島香裕まで、みんなみんな、実に印象的な松代市民でした。そういや神代純一郎の中の人なのだが、お名前を矢島正明さんという。声を聞いて「よくCMで聞く人だー、アニメの声とか珍しいなー」と思って調べたら、なんと御年80間近の大ベテランであった。おみそれいたした。

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子
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