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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 「ステージの撮影は、言い伝えで禁止されています」、第2話。すげぇ世界観だ……。これさ、「撮影」っていう技術が言い伝えられるほど昔から存在してるってことは、多分キラキランドは現代と比較しても技術水準は抜きん出てるってことだよな。……そのうちキラキランドに侵略されるんじゃねぇか?

 ということで、設定周りが割とトンチキなのが楽しかった2話目。来週以降はいちいち感想書かない気はするんだけど、流石に私としては「祝・女王役の中の人プリキュア再出演」ということで今回ばかりは記事立てする動機とさせていただいた。大原さやかはどう足掻いてもプリキュア役で登場なんて不可能オブ不可能だが(いや、西村ちなみや久川綾だってプリキュアやったんだからワンチャンあるといえばあるか?)、そのポジションなら問題なくキャスティングされるのである。前回登場時は悪の総合商社のOLとしての登場だったが、今回めでたく光サイドで登場。ただ、君臨する女王としては若干お茶目要素ありと、なかなかいいキャラになっているのが喜ばしい限りである。こんな見た目がぷにっとした役やるチャンスなかなか無いからなー。

 などと中の人の話に終始してしまいそうだが、2話目もぼちぼち良き感じで進行している。気がかりなのはやはりキャラ作画部分で、メリハリが強いもんでちょっとの崩れで大きくイメージが損なわれるハイリスクハイリターンなデザインだよなぁ、というのは1話から継続しての印象。特に今回登場した「2人目」であるななちゃんは「ウインク」になるということでこれまた「目」に特徴があるキャラなので、すでに「顔のバランス難しいよ〜」という苦労が見て取れる。今後訪れるであろう東映作画回でどれくらい踏ん張れるかに注目。

 同じリスクはもちろん主人公のうたも抱えているのだが、少なくとも現時点では「アイドル」「ファンサ」に特化したキャラの見せ方は明快で狙い通りの効果が出ていると思われる。「正体バラしたらあかんよ」というルールも共有されて行動方針も明確だし、「プリキュアだけどアイドル」というよく分からない状況も飲み込める度量のでかさというか、天真爛漫さは今のところ魅力に繋がっているんじゃなかろうか。「アイドルという評判にかまけて慢心してしまう」なんて展開、普通ならもうちょいシリアスめに一旦落としてからあげるシナリオラインになりそうなもんだが、「落とす」深度はかなり浅めにして、「ちょっと打たれちゃったけど、反省して気ぃ引き締めます!」をわずか2〜3分で処理しちゃったのは潔い。まだ2話目だってのにアイドルが落ち込んでる姿を描くのはなんか違うからね。

 そうして底抜けお気楽なうたに対し、2人目のななは素直な青キュアポジション。アイドルだったらキュートときたら次はクールがセオリーですからね。もう、全幅の信頼をおいて任せられるたかみなの安定感も盤石。アイドル業も手慣れたもんよなぁ。あとうたの親友役は村上奈津実が担当。こちらも蘇るかつてのニチアサ感が良い。……キャストの話ばっかりだけど、やっぱこうしてみるとあっちもこっちもアイドル経験者ばっかりなのは時代ですなぁ。

 
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 最終回じゃねぇよ、最終回であるもんかよ……………………最終話!!!! 史上最も「観たくなかった」話でした。終わってしまうんだなぁ……しばらくはロスで苦しむことになる。ただひたすらに滂沱の涙。でも、いろは達が前を向いていなら、僕らプリキュアおじさん達も強くならなくちゃ。

 もはや今回のお話だけで何をか言わんや、という感じなのであまりコメントもまとまりません。ガオウを見送り、それに伴ってニコ様(とメエメエ)ともお別れ。1年の締めくくりは単なる番組終了ではなく、作中でも数々の別れがあるのです。そしてニコ様は当然ニコガーデンとアニマルタウンの接続を切るのが目的で動いているわけで、どさくさに紛れて4つのパクトも全回収。おめぇ、そこでパクト回収するなら鏡石置いてくなよ、とは思うが、これが一応、(形式上の)ニコ様のけじめだったのだろう。ある程度覚悟していたプリキュア当人達(と我々視聴者)はグッと涙を飲んで一度は堪えるこの別れ、多分なんも考えてなかったのはメエメエだけだろう。これまであんまりこういう別れのことは想定してなかったもんなぁ。

 しかし、今回の「お別れ」は「ひろプリ」の時と同様に「さよならだけど、さよならじゃない」パターンだったので世界に一条の光。ひろプリの場合は「スカイランド、意外と近い」という「なんじゃそら」な接続だったが、今回は変身能力こそ戻りはしなかったが、鏡石の温情により対話機能だけは復帰するという特別仕様。まぁ、今まで頑なにしゃべってこなかった大福ニキまでしれっと話せるようになってるのもどうかと思うが、これにて、またこむぎたちの日常は元の姿に戻ったのである。今後、すくすくと成長して色々と拗らせるであろうまゆさんに対し、ユキがどんなお小言を言い始めるかが今から楽しみである。出来ることなら、毎週3分くらいでいいので仮面ライダーの前に「今週のアニマルタウン」っていうスポット番組とか放送してくれませんかね?

 結末については色々な可能性がある中での1つの大団円。文句を言うつもりは全く無い。きちんと最終回で分身高速撮影まゆが見られたし、どこまで行ってもこむぎがこむぎであり続けたことが全てを丸く収めたことが改めてよく分かるよい幕引きだったんじゃなかろうか。ガオウとスバルにしても、こむぎがここまで屈託なく突っ込んでくれたおかげで解決した問題も多かっただろうし。最後の最後まで徹底して「手を繋ぎ合う」ことを貫き通せた、見事な戦士でした。しいて今回ピックアップする要素があるとしたら、個人的に一番嬉しかった感涙ポイントはトラメきゅんのスタンスですね。ザクロだけ残して一足先に向こうに行っちゃったもんだから「なんか残念だな」と先週までは思ってたんですが、最後に「迎えにくる代表」としてトラメが出てきたことで、ガオウとスバルの道行きが祝福されたものであることが十全に伝わるようになっているのがとても良い。改めて、トラメ・ザクロの両名には本当にお疲れ様。ザクロさん、最後の最後までほんとにいい女だったよ。

 さて、阿漕なまでに接続して来週からはアイドルの時代。最初に触れたのがすみれママンだったのがどうにもこうにも。そのアイドル、キラリンウサギが出世した姿らしいぞ……。先に謝っておきますし、そんなことはないように努めますが、「わんぷりを終わらせた存在」として私が新しいプリキュアにヘイトを向けたら誰か「それは違うだろう」と叱ってください。

 
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 ただ美しく、第49話。この1年間の物語が、ただこの結末のため。

 わんわん泣きます。もう、あとは何も書かなくてもいいくらいに。なんかもう、嬉しくってね。こむぎが幸せそうにしてくれてる、それだけで何もいらないんですよ。

 野暮を承知で書き足していくと、ここに至ってしっかりとこむぎがセンターキュアの仕事を果たしてくれたことがまずありがたいですね。終始4人で描かれてきた今作の構成。時に猫組の方にスポットが多く当たって「こむぎたちがなおざりじゃないか」なんて不満が出ているのをみたこともあったのだが、全てはこのエンディングへと繋がっていたのですよ。格闘禁止、ネガティブな感情禁止、なんなら人並みの理知と理屈すら封じられた史上初の「センター犬キュア」。そんな無茶苦茶なこむぎが、気づけばまごうことなきセンターへ。こむぎだから出来た解決策。こむぎにしかまとめ上げられないこの難局。結果だけを見れば、此度の騒動も全てスバルという「人」のエゴであり、彼が我が身の悲劇を呪い、負の感情をあたりにばら撒き続けた結果なわけだが、それを望んでいないのはスバル自身であり、その友・ガオウであったのだ。古き友と心を繋ぎ、浄化へと至るためには人と動物の境を超えた存在がどうしたって必要。その特使の任を任されたのがこむぎだったわけだ。「ガオウに謝罪したい」というスバルの思い、ただいろはとお話ししたいというこむぎの願い。その気持ちに貴賎も大小もない。出来なかったことがあるなら、出来る者が代わりに手を差し伸べればいいのである。たとえ過去にどんな過ちがあったとしても、反省を重ねて、その度に正しい道を模索するしかないのだから。

 今回は「ワンダフル、ゴー」でももちろん泣かされたわけですが、個人的にはこむぎとガオウの対話シーンで、最後までガオウが人語を話さずこむぎにだけ思いを「語って」くれたシーンが好きでしたね。ここでこむぎの特権性が強調されて、プリキュアとしての役割が明示されているので。「動物と話してみたい」なんて夢は遥か昔から人類が持ち続けているもの。そう容易くは叶えてもらえないが、プリキュアにくらいは、夢を叶える力があってもいいじゃないですか。いや、大福さんも叶えてましたが。

 来週が来てほしくない。次週は(望まれたこととはいえ)ザクロ・スバルとの別れが待っている。そして、我々視聴者は1年の締めくくりとしての別れが待っている。今週1週間が無限にループし始めたら、私が次の時代へ進むのを拒否した結果だと思ってください。

 

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 最強美女概念ザクロさんをありがとうございます……第48話! ほんと、ザクロさんにとっても一番いい結末を迎えられそうなのがほんとにほんとに嬉しい。脚本が、ほんとに……。強いて言うなら大団円にトラメきゅんも混ぜてあげたかったけどね。

 さぁクライマックス。最終決戦はアニマルタウン全域を巻き込んでの総力戦となり、ここでガオウがニコ様とぶつかっての頂上決戦……だったが、そこで敗れたニコ様が最後の力を振り絞りガオウをマスクオフ。「最も効果的な場所、最も効果的なタイミング」でのマスクオフ。どこぞの配信者ドラマーもびっくりの完璧な流れ。ぶっちゃけ、ガオウの「中身」についてはさっぱり意識してなかったんですが……そう来たんか……。以前どこかで「そうかも」みたいな意見は見た気もするが、ぶっちゃけあまり必要性を感じてなかったから想定してなかったんよな。正直驚きました。しかし、改めて正体を表したスバルの存在が認識できた今だからこそ、いろんなところが腑に落ちるし、今作のシナリオの如才なさも確認できた。

 そう、ガオウは実際にはガオウではなく、その親友のスバルだった。元は人間だった彼は恨みを抱いたまま眠っていたがガオウの無念を引きずった状態で復活。友の仇を打つために今回の行動に出たのだと言う。基本的には暴れるのがガオウだろうがスバルだろうが被害自体は変わらないが、ここで「本人」と「その友人」であればモチベーションが大きく変わってくるし、大義名分にも差が出てくる。ぶっちゃけ、暴れてるのがガオウ本人であればどれだけ詭弁を弄したとしても人間サイドには贖いきれない罪があるだけに完全決着が存在しなかったんですよ。いくらいろは達が理想論を語ろうとも、過去が覆らないのであればそこに恨みを持つガオウは浄化されずに暴れ続けることができる。そこに無理矢理な説得と解決を見てしまうと、何かしらのわだかまりは残る。

 しかし、これが実際には「友の仇討ち」であったとなるとかなり「解決の手」が見えやすくなる。まずもって、非常に酷な言い方にはなるが、ガオウ自身が死んでしまっており、もはや彼の意思を完全に再現する術はない。現在暴れているスバルはあくまで「スバルがそう思っているから」暴れているだけで、ガオウ本人がどれほど人間を恨んでいたかはもはや知りようがない。であれば、「ガオウはこんなこと望んでない」理論が通るようになるのだ。もちろんそれとて死人を利用した詭弁には違いないが、今作の場合はより代弁者としての資格を有するザクロさんが発言できるのが大きい。かつてガオウを愛し、その意思を引き継いだスバルをも思い続けるザクロは、唯一にして最大のガオウの理解者、そして代弁者である。彼女がスバルを説得できれば、少なくとも「スバルの恨み」は浄化されうるのだ。

 また、ここに来てザクロとスバルという関係性がフィーチャーされることによって、本作における重要な関係性を全て「人間と動物」にまとめ上げることができる。こむぎといろはが理解し合えるように、ユキとまゆが愛し合うように、ザクロがスバルを思う気持ちは本作で最も大切な感情に寄り添うことができるのだ。もちろん「飼い主とペット」と言う間柄ではないが、本作はもはやそのようなラベル付けに意味がないことも提示している。動物が人間を想う気持ちがその逆と等価であるなら、ザクロの想いは最優先でスバルに伝わるべきものなのである。この構造が完成した時点で、もはや何の心配もなくなった。

 さぁ、あとはザクロさんに頑張ってもらうし、小難しいことでまだスバルが文句を言うなら、あとはこむぎが理屈抜きで叩き伏せてやればいい。今にして思えば、ザクロさんの目標に向かってまっすぐな姿勢はどこかこむぎに似ているのかもしれない。わんこのパワーで、落ち込んだ友達を元気にするんだワン。

 お話の結末は見えた。あとはアニメとしてどれだけこのフィナーレを飾り立てられるか。その辺りについても本作のスタッフは抜かりなし。戦闘シーンではキラリンアニマルのバーゲンセール。改めて「ペンギンもライオンも得られる結果は一緒なんだよな……」とか「ハムスターさん、やっぱ出番ないな……」とかいう話はあるが、ここに来ていろんなお友達との連携を見せる姿は、戦闘スタイルにバリエーションが少なかった今作の最大限のファンサービスである。自分なりの結論が出て活き活きしているフレンディの頼れる感じがたまらない。そして何といっても……タイヤ再び!! そんな意味の分からん伏線あるゥ!? 同日のブンブンジャーでブンの字が機能停止してるんだが大丈夫か?

 フレンディが友情を繋ぎ、ワンダフルが華々しくその道行きを示す。その「わんだふる」、余すことなく叩きつけてくれ。

 
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 あけましてプリキュア、第47話。2週間ぶりのプリキュア、まさか1週間休まれるだけで寂しくなるプリキュアに出会えるとは思ってませんでしたね。そんで前回の予告の時点で「お正月ムードにかまけてちょっとご陽気な回でもやってくれるのかしら」と思っていたが、流石にこの話数でそんな余裕はなかった。新年一発目からガチシリアス。ここから一気にクライマックスに持っていくのがプリキュアカレンダーである。

 とはいえ、流石に「正月」の彩りがないのは寂しいので、Aパートは晴れがましいアニマルタウンの風景から。殊更にプリキュアメンバーにスポットを当てるのではなく、町民オールスターズがごそっと登場することによってハレのムードを演出するあたりがアニマルタウンのいいところ。「みんな友達」という雰囲気を伝えるのが今作における一番の祝賀になりますからね。まぁ、いろんな問題の根源とも言える鏡石神社にお参りに行くのがそれほどめでたいかどうかは微妙なところだが……ことあるごとにニコ様の笑顔が挟まれるのが絶妙に「お前の力の一端やぞ」というニュアンスが出ちゃうのがなんとも……ええんやで、巫女の烏丸さんは悪くないからな。

 とはいえ、やっぱりみんなしておめでたいと感じているのは間違いない事実。何故かこの街の正月の遊びにはメンコが加えられたりしているが、今時の幼児ってメンコって言って伝わるんでしょうか。俺さ、小さい頃にメンコって文化は一応通過はしてるはずなんだけど、いまだにあの遊びのゲーム性がわかってないんだよな。叩きつけるだけでターゲット裏返すのむず過ぎない? この街のお子さんたちはその辺も達者みたいだけど。

 参拝シーンも色々と見るべき点はあるが、やはり個人的な興味はユキまゆへと向いてしまう。「ユキと初詣は初めて」ってのは別に「アニマルタウンで」という限定は必要なく、ふつーに家猫と初詣に行くご家庭はなかなかないだろう。犬は庭駆け回れるけど、猫はこたつで丸くなる季節なんだからしゃーない。晴れ着をうまいこと着込んでお外に出てこられたユキちゃん乙。まぁ、その結果が蛇地獄で大変でしたけどね。猫年に改めてお祝いしましょう(この国には十三支あるって、「えとたま」で学んだんだ)。

 もう1つの注目ポイントとしては、大熊ちゃんが電話してきた相手がいろはじゃなくてまゆだったというのも良きポイント。普通に考えたらコミュ力モンスターのいろはのところに電話がかかってくる方が自然な気がするが、「みんなといると思った」とはいえ、電話の相手がまゆだったことから、まゆがこの一年で友達の輪を広げたことが伝わってきてとても良い。正月から実家のお手伝いでハードワークな女子中学生ガンバ。猿と蟹は……まぁいつも通りに。「カニの良さを広めたい」という謎のモチベーション、この子も将来どういう道に進むのかが気になりますね。海洋学者か、はたまた水族館にでも勤めるのか。

 などなど、祝賀ムードを一通り演出しておいて、Bパートはもう本編に入っていきます。幕引きが近くはっきりと前景化されたガオウの怨嗟。残された手駒はかつての同胞たちの霊体のみとなったが、そんな「狼の軍団」を組もうとしたところに、ついにザクロさんからの進言が。彼女なりに年末年始の間ずっと悩んでいたとは思うのだが、いよいよ切羽詰まった様子のガオウを見て、このままでは良くないと判断したのだろう。決意の進言である。しかしそんなことで止まることなどできないガオウの決意を前に、苦しみながらも付き従う決心をするザクロ。もはや彼女の中でもモチベーションは大きく揺らいでしまっている。

 そしてそんな彼女の苦しみを真っ先に感じ取るのは「かまう、繋ぐ」ことを最も大事にしている猫組。改めてザクロの説得にまわり、もはや彼女も陥落寸前の様子だ。すでに彼女には、この復讐が無意味なものであるという結論が出てしまっているのだ。最後にこの天秤を押すのはいったいどんな要素になるのだろうか。

 そしてやってくるガオウと狼の群れ。残すは最終決戦のみ。でもなんだろう、もう、あまり悲壮感はない気がする。救いの未来までのカウントダウンだ。

 追伸:「フレンディリボン」ってなに? そんな便利技、今まであったっけ……。

 
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 「あなたのおうちのわんだふる」の右端の子、パースがエラいことになってませんでした?! 第46話。まぁ、猫は液体なのでフォームチェンジも自由自在ということで。

 猫だんごで迎える聖夜、アニメ史上最ももふもふぬくぬくなクリスマス回となった。当然、ホワイトクリスマスに相応しい今回の主役は雪のように白い美猫・ユキさんである。本にゃんからすれば1人だった子猫時代の記憶ってのは本当に辛いものだったはずなのだが、今となってはそれすらもどこか輝きが感じられるようになっているというのは、今がどれほど幸せかを示すものだろう。

 今回はとにかく「ユキのこの1年での変化」が色々とフィーチャーされており、分かりやすく自分の口でその成長を語ったりもしてくれている。端的に表現するなら「この世界に自分とまゆ以外の存在があることを知り、その大切さを学んだ」とのことで、あんなに頑なだったまゆさん守るマシーンだったユキさんも今は昔である。キラリンアニマルたちに気遣ってその溢れる才能でサービスしてあげたり、あれだけ渋っていた近所の猫との会合にも率先して参加できるようになるなど、とにかく人の(猫の)輪が広がって博愛を表現できるようになっている。当然その想いはこむぎに対しても同様であり、忌憚なく「友達だから」と言えるようになった。もう、それだけでこむぎはうれションものであろう。まぁ、猫だんごに一匹だけ犬が混ざってたら違和感半端ないだろうけども。それでも待ち合わせの時間を忘れちゃうくらいに安心して寝こけていたのだから、よっぽど快適だったんだろうな。

 そして、そんなユキさんとの対比構造(もしくは共通構造)が浮き彫りになるのは、ただ1人ガオウの傍らに残されてしまったザクロさん。一昔前ならガオウ様との時間さえあればいいと考えていた可能性もあったが、今となってはトラメの喪失はやはり大きな意味を持ってしまっている。1人ずつ欠けていく現在の構図は、どうしたって彼女たちが一度は経験した「絶滅」への傾倒を意識せざるを得ず、自分が倒れたらガオウは再び同じ苦しみと悲しみを味わうことに。何としてもここで踏ん張らなければ、想い人の願いをかなえることができないのだ。

 そう考えると、ここでユキさんがザクロに理解を求める構図も残酷といえば残酷か。ユキの場合は「世界がまゆだけではない」というのは真実だったわけだが、ザクロからしたら「世界がガオウだけ」なのもまた真実。根本的に置かれた境遇が異なるので、ユキ側から一方的に「私と同じような境遇なのだから、同じように目を啓けるはずだ」というのは傲慢でもある。しかし、そんなふうに伝えたいくらいにはユキの中では大切な真理であり、まだどこかでザクロとの融和は果たせると思っている。そこにあるのは置かれた境遇の違いをも乗り越える、ただ動物としての生き様がある。必ずしも同質でなくても良い。周りにすがるべき存在があるのならば、形は違ってもザクロやガオウにも救いの道はあると、ユキはそう信じているのだ。培ってきた友情に、それだけの価値があると信じているのだ。だからこそ「救う」とかいう言葉でなしに、彼女は「かまう」という言葉を使う。ここにきて「仕方ない、かまってあげる」という猫らしいフレーズが彼女の本質に肉薄するのは実に心憎い。あとは、その「かまい」がザクロに届くかどうか。

 まぁ、こればかりはザクロさん本人と、あとはこれまで沈黙を貫いているガオウ様がどう考えてるか次第なのでね……来年年明けはガオウ様がガショウ様になりそうなので、とりあえずその結果待ちといったところでしょうか。

 今回のその他のトピックとしては「ありそうでなかったキラリンウサギと大福ニキの絡み」とか、「ペンライトを振るのが世界一似合う女・まゆ」とかがありました。

 
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 ただ本当に、ありがとう。第45話。もはや何も語るべきではないのだろうけれど、感謝だけは表しておかないとね。この「わんだふるぷりきゅあ」という作品が伝えるべきメッセージが、紡ぐべきドラマがここに結実している。

 情緒だけで言ったら、先週よりもさらに号泣させられるお話になっている。そりゃそうだよ。先週の話だってもちろんグッとくる「命のドラマ」には違いないが、我々視聴者はいろはと違ってフクちゃんとは長年の付き合いはない。お別れのドラマにしても、まだ頭で理解して処理している部分はあったはずだ。しかし今回は違う。数ヶ月付き合ってきたトラメという明確なキャラクターがおり、彼との決着をつける話だったのだ。悲しくないはずがないけど、それ以上に、彼の迎えた結末が嬉しくないはずもない。この結論に辿り着けたのなら、いろはもきっと大丈夫だろう。

 今回の構造が素晴らしかったのは、挑戦を続けるプリキュアというシリーズの、その挑戦そのものが見事な形を成したからである。元々「戦闘しないプリキュア」という概念には賛否あった部分で、ただ浄化のみを目的とした変身と戦闘という構成は、プリキュアの制作理念に反するものではないかという考えもあったはずだ。しかし、最終的に辿り着くべきテーマは作品ごとに異なっている。わんぷりが伝えるべきテーマは強さを超えた優しさ。そして愛情を経た上での幸福にある。いがみ合う思想がぶつかり合う要素はあくまで過程でしかなく、その上でプリキュアという存在が導き、与えるべき結論さえ堅牢なものであれば、それは立派なヒーローであるのだ。

 今回、メエメエを通じてニコガーデンに全ての動物たちが回収されたという衝撃の事実が伝えられた。ラストに残ってたのがティラノサウルスだったというのはちょっと驚きだが、とにかくこれにてニコガーデンの心配事はなくなり、同時に、ガオガオーンの生産上限という前代未聞の事態に陥った。敵組織のモンスターが正式に「打ち止め」になるというのはプリキュアシリーズにおいて稀有な状態であり、残る数話でもうガオガオーンは登場しないと明言されたのだ。ますますバトルの要素はなくなり、浄化の必要すらなくなったプリキュアたち。その変身はなんのためにあるのかと言われ、ただ融和のために使われたのである。この振り切り方は、わんぷりという作品の骨子が信頼できなければ選べなかったものだろう。戦闘も何もなく、ただいがみあっていた相手と交流するためだけの変身。そしていろはは思い出した。「自分が変身したのは、ただこむぎと同じ景色を見て、同じ速さで走りたかったからだ」と。最初から、プリキュアに戦う目的などなかったのである。こむぎはただ「一緒に遊ぶ」ため、そしていろははただ「相手の声を聞く」ため。そのためのプリキュア。新たな世代の新たなヒーロー像が、ここで確立した。

 前回の一件ですでに心の整理はついていただろうトラメ。純粋な彼にとって、ガオガオーンは最後に残された「犯行の理由」だった。黒く染まった卵に込められた力は、彼が後押しすべき「過去の遺恨」の残り滓。それがなくなった今、ガオウの存在こそ気がかりではあろうが、彼が満たされれば後に残す不安はほとんどない。そして、交流を通してプリキュアたちこそが「ガオウを託すにふわさしい連中」だと確信することができた今、彼もまた魂の安寧を得ることができた。再びこの世から消え去ることに寂しさはあるが、新しくできた「友達」に見送ってもらえるなら、そのガルガルした心も消えようというもの。「浄化」は「手向け」となり、やんちゃな狼はあるべき場所へと還っていった。

 そんなトラメから言葉をもらえたことで、いろはの中でも何か決着がついた。別れは辛い。別れは悲しい。それは紛れもない事実であるし、ペットだけではない、人と人との関わり合いにだって、絶対に別れはついて回る。しかし、その一時の悲しさのために全ての関係性を否定することなんてあり得ない。今ある楽しさを、今ある温かさを大切にし、「わんだふる」を少しでも増やすために、日々を大切に生きて行くしかないのである。そして、そんな時間を共有してくれるたくさんの友達が、いろはの周りには揃っているのだ。友情を伝え、友情を知るプリキュア、キュアフレンディ。寄り添い続ける彼女の周りから、笑顔が絶えることはないだろう。

 ……それにしても本当に幸せな世界であった。いろはちゃんの場合はいろんな「愛情」を一身に受けているのが素晴らしくてね……。悟のさぁ、「嘘をつくのは下手なのに、元気なふりはとてもうまい」っていう分析が憎らしいよねぇ。ちゃんと見てるじゃん男の子。愛する人の一番の弱さを、きちんと守ってあげられる男になってくれ。まぁ、まだちょっと周りの手助け(おせっかいフレンドのお誘い)は必要かもしれないけどね。

 
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 やるのか、その話を……第44話。うららかな小春日和の日曜日、残りの1日をどんな気分で過ごしたらいいものかと大変な週末ではありますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 先週の予告時点でくることが分かっていたお話だが、改めて正座視聴で受け止めなければいけないので情緒的には大変だった。事前に「ドッグシグナル」で訓練してたはずなんだけどなぁ……もうだいぶ間が空いちゃったからなぁ……。しかし、今年度のプリキュアが「ペット」というテーマを選択した時点で、このお話は避けて通れないものだった。いや、避けようと思えば簡単に目をつぶってスルーすることもできるだろうが、ここまできちんとお子さんの情操教育を考えたデザインを心がけている作品において、ここを通らないという選択肢はなかっただろう。動物との関係性が「かわいい」「楽しい」だけで終わればこんなに幸せなこともないが、命と向き合うにあたって、そこには望まざる感情もあり、とてつもなく大きな責任も伴う。これまで「世話をする責任」については取り扱われてきたが、今回はいよいよ「看取る責任」である。これが出来ないならペットを飼う資格は無いし、耐えられないならペットを飼うべきではない。かくいう私は……それでも飼えるなら飼いたいと思ってしまうけどね。人生において、何度あの悲しみを味わってしまっても。これは人間のエゴなんでしょうかね。

 いろはは、これまで動物病院の1人娘として育ってきたのだから、普通の家庭よりもそうした「別れのシーン」に関わる機会は多い気もするのだが、今回の反応を見る限り、ママさんは公私をはっきり分けるタイプで、自身が見てきた辛い場面、苦しい状況を娘と共有していた様子はない。まぁ、そりゃそうか。もちろん最低限の心構えは教えていただろうが、ペットを飼うのはこむぎが初めてのことだろうし、いろは自身は今回のフクちゃんの件が初めての経験だったのかもしれない。大きな失望と悲しみを前に、飼い主以上に大きく揺さぶられてしまう。はたから見ればおツルさんの方がずっとずっと悲しいのだから受け止めろよ、とは思うかもしれないが、それが出来ないからこその犬飼いろはという人物である。この感覚は、どれだけ覚悟しても、経験しても慣れるものではないのだからしょうがない。

 そして、そんな人とペットの絆の終幕にあたって影響を受けた人物がもう1人。今回のお話はいろはたち人間側が考えさせられる話だとばかり思っていたが、意外や意外、ここで一番の揺さぶりをかけられたのはトラメだった。なんという運命の悪戯か、自分が呼び出したガオガオーンの影響でフクちゃんとおツルさんにちょっとした迷惑をかけてしまったトラメ。単なる人間に迷惑をかけるだけなら彼の狙い通りなのだが、そこで動物が、特に自分の近縁の仲間である犬が苦しむとなれば話が変わってくるし、それに連動して「犬をこの上なく愛する人」が苦しむというのも、何かしら「間違い」が紛れ込んでいる感覚になる。ガオウの教えでは人と動物は絶対に分かり合えないはずで、本来ならおツルさんがどれだけ苦しもうがトラメ目線では知ったこっちゃないはずなのだが、今まさに消えんとする命を前に、そんなお題目はもはや意味はない。自分は何か大きな間違いを犯しているのではないか、そんな疑念がトラメを蝕む。能天気で直情的なトラメだが、ここにきて自分の身の上を、自分たちの今後のあり方を考える時期に差し掛かっている。

 命のあり方からそれぞれに思うところのある面々。超然としたニコ様だって、決して事務的に処理しただけではないだろう。大きな責任を持つ者として、そこに毅然とした態度で臨むことが求められているというだけの話。彼女なりの心遣いがおツルさんに「最後の幸せ」を届けたことは忘れてはいけない。

 さて、フクちゃんを巡る命の物語はここで終わりだ。しかし、アニメ作品としてここからもう一歩踏み込むかどうかは、まだ分からない部分である。どうしたって大きな視聴者たちは気になってしまう「こむぎたちの今後」について。もしかしたら聡明な児童視聴者たちもなんとなく気付いてしまうかもしれない。「人と動物の寿命が違うなら、いろははいつかこむぎとお別れすることになる」ということを。劇場版ではこむぎが「おばあちゃんになってもずっと一緒」と言っていたが、それは絶対に叶わない願いなのだ。

 もちろん、今回のお話に触れたからといって、さらにその部分にまで踏み込む必要はないと思う。どう足掻いても解決しようがない問題だし、プリキュアというシリーズ全体のコンセプトを考えるなら、「命の話」は今週の扱いだけで文句なく責務を果たしたと言えるだろう。そこから先の話は、あとは我々が考えるべき部分なんじゃなかろうか。とりあえず、トラメくんに判断してもらうことにしよう。

 
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 次年度のプリキュアのテーマがアイドルに決定したそうですね、第43話。最強の天然アイドルたる犬や猫の翌年に、どうあがいても勝ち目がない人間のアイドルをぶつけてくるというのは無謀な勝負だと思いますが……せいぜい頑張るがいいさ。流石にこの手のひらはひっくり返らないぜ。多分ね。もしかしたらね。

 というわけで動物たちの絆を紡ぎ、まとめ上げる最終ピリオド。対ガオウ戦を前に、まずは1人ずつ「最後のお当番回」みたいなものが回ってくる。今回はサブタイトルからも分かりやすくまゆの成長を確認するエピソードになっており、本人が回想で振り返ってくれていることからもその趣旨は明白。かつては引っ込み思案で、過集中の癖もあってなかなか友人が作れなかった引っ込み思案のまゆだったが、いろは達との出会いを通じて人付き合いを学び、友情を育み、かけがえのない友を得た(あとちょっかい出せる最強カップルも得た)。そんな彼女の成し遂げたことを確認しながら、「同じことはきっとガオウにも言えるはず」というのでザクロさんを説得にかかり、狼陣営の牙城の一角を崩すという展開になる。

 同時にザクロさんにもスポットが当たり、彼女の純情さというか、単純さみたいなものもはっきりと示され、彼女自身が特段人間に深い恨みを抱いているというわけでないことも確認できた。いや、多分今回の昔話で過去ガオウさんの後ろにいた小狼2頭が多分ザクロ・トラメコンビになるんだろうけども。彼女たちは人間の仕打ちについて、「ガオウ様が怒ってるから」以上にものを持っているんだろうか。少なくとも現時点での行動原理としてはそれだけで充分なようだが、根本的な憎しみを抱えていないのだとしたら、2人が揺らぐことでガオウに与える影響というのもあるかもしれない。

 まぁ、そんな小難しいことは置いといて、単に「ザクロさんはほんとにチョロ可愛いなぁ」というのが分かればそれでいいんですけどね。「ガオウ様のどんなところが好きですか?」というインタビューに対して出てきた内容がだいたいルックス絡みだったのはどうかと思いますが……いや、過去の遍歴からして彼女が単なる面食いで惚れっぽいってのも分かってるんですけどね。単なる尻軽じゃなくてきちんとガオウ様への忠誠と純愛をもって今後の展開を支えてほしいもんだね。

 そして、そんなザクロさんの恋心が揺れ動いていたからこそ、まゆが対話する余地が生まれたというのがこのシナリオの周到な部分で。これまで散々ファンからいじられ、感謝された彼女のおせっかいババア体質。もうさといろのことばっかり気になってしょうがないハイパー文春体質のまゆさんだが、そんな彼女の「他人の色恋が楽しくてしょうがない」という性質が敵であるザクロさんと対話を始める原動力となり、決して無駄につけられた面白属性だったわけではないことが証明された。「とにかく色恋の話が聞ければなんでもいいんじゃい!」という彼女の節操のなさは護衛のユキさんがドン引きするほどで、マジでさといろにグイグイ行くのと同じテンションでザクロさんに突撃。ザクロさんだってガオウ様の良さを語れるならなんでもいいってんでまんざらでもない。余計なしがらみがなければ、これ以上しっくりくる茶飲み友達もいないはずだ。

 しかし残念ながらユキさんはまゆにわずかでもリスクがあるならそれを看過できない。空気を読まずザクロにダメ出しして癇癪を引き起こしてしまい、今回は結局対話成立ならず。でもまぁ、ザクロさんはまゆの態度についてはある程度感謝の気持ちもあるようだし、とっかかりとしては充分な成果だろう。さらに戦闘時にはまゆがひたすらに「結んで紡いで繋ぐ」というアイデンティティを突き詰める活躍ぶりで「何度でも繋げる」というメッセージを伝え、多方面からザクロさんを揺さぶりにかかる。リリアンネット、そんな修復保全の仕方があったのか……今回は事実上リリアン1人でガオガオーンを退治しており、今更ながら単体でのスペックの高さを示した形。まぁ、ガオガオーンがどれだけ数を重ねても結局眠り耐性がないってのが一番の問題なのだが……最強戦術がラリホー連打の戦闘、割とクソゲー。

 こうして日常も、バトルも、見事にまゆさんが存在意義を示し、文字通り次の展開へと「繋いだ」お話。個人的には前回に引き続きクラスメイトのみんなが大活躍していたのも見どころで、「烏丸さん、いい女だなぁ」とか「蟹江、今回の試合展開だけ見たらリリアンの対極にあるからこいつがラスボスだったらやばかったな」とか思いました。カニだから真っ先にハサミを持ち出してしまうのねぇ。ペットのサワガニが無傷で本当によかったです。

 さて、名参謀・兎山悟のおかげで因縁の出どころもだいぶはっきりした。最後のお仕事は残る犬組へとパスされる。フレンディの「声を聞く」力、そしてワンダフルの絆を信じる力こそが最後の武器。……最後にニャミーさんがどう折り合いつけてくるんだろうな……。まぁ、文句言ってきたらマフラーで絡め取ってもろて。

 
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