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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 深夜アニメでとんかつ揚げまくるのやめろ、第4話。揚げ物ラッシュは地獄に直結する……。

 何事もなかったかのように静香の存在が受け入れられる世界。いや、多少のすったもんだはあったが、それでも「具現化した能力の成れの果て」がすんなり受け入れられるのは驚きである。大演劇時代、どうやら想像以上にファニーな世界が構築されているようだ。前回私はふざけて半ば悪ノリでスタンドや念能力に喩えてここなと静香の関係を考察したわけだが、まさかそれとほぼ同じテンションの話が展開されることになるとは思ってもみなかった。雰囲気で書いた「センス」の定義とか、まんま合ってたじゃん。俺すげぇな。というかジャンプ漫画マインドがすげぇや。

 しかし、「そうした超常を受け入れられる世界ですよ」という事実を飲み込んだところで、結局静香の謎は完全に解決されたわけではない。当の本人(ここな&静香)も分からずにやっちゃってる部分があるため、今後の展開を考えるに、「ほんとのところ何が起こった結果の静香なのか」は一応考察する意味がありそうだ。

 まず、カトリナが説明してくれたセンスの定義・実情を確認すると、「役者として舞台の上で他者を上回るための進化」がそもそもの起点にあり、そのため、役者に必要なスキルが先鋭化したものがセンスであると考えられる。カトリナの「集中力」は分かりやすい例だが、今回のセリフからいわゆる「憑依型」のように、人格を入れ替えたり、模倣したり、はては生み出したりといった先例もおそらく存在しているのだろう。ただ、「人格を生み出す」と言ってもあくまで精神的な話であり、それが具現化して「もう1人」が生み出されるなんて現象は過去に確認されていないとのこと。スタンド能力はあくまでも「超すごいメンタリティ」の延長線上にあるべきものだ。

 その上で、静香は「突然舞台に現れる」「思い描くだけで衣装が変えられる」など、超常であることに疑いようはない(この期に及んで「実はふつーに存在している人間だった」という可能性は排除しても良い)。となれば「ここなのセンス」と「静香の存在」は不可分であるのは間違いなく事実であり、先週も拾った「目の光」の件から、静香がここなの存在を前提としているのは間違いないだろう。静香も今週しれっと「自分がここなのセンスである」と自認しちゃったし、そうとでも考えないとこれまでの関係性は説明できないため、「ここなが在って、初めて静香が在る」は前提として受け入れてもいいはずだ。

 問題は、この接続がどの程度強固なものであり、自由度・制限はどうなっているのかという話である。今回ぱんだがふざけ半分で「ここなから離したら消えてしまうのではないか」などと言っていたが、それだってマジで考慮しなければいけない可能性の1つ。イマジナリーフレンドの超すごい版だったとしたら、ここなの無い空間に静香が維持できる保証すらないのだ。しかし実際は、もうかなり強固な存在感を持ち合わせており、すでに「舞台の上で発動されるセンス」の枠を超えているのは間違いない。ついでに触れておくと最後のシーンで「ここなが寝ている時に隣にいる静香」も(カトリナ目線から)確認できているわけで、ここなの精神活動が休眠していたとて、静香が消えることなどない。もう、そこに厳然と「在る」のだ。

 となると、あとは何をきっかけに生み出された概念なのかと言う問題。今回はかぐや姫の公演も終わってるはずなのに「いまはむかし」の思い出が語られ、「ここながオーディションに落ちまくって落胆している時期に、理想の存在として何処からともなく静香が現れた」ことが語られている。一番シンプルに考えるなら、悩みに悩んだここなの苦悩が「理想」という形を持って現れ、固定された存在となりそうだが、「自分よりも優れた演技ができるフレンド」を脳内限定とはいえ構築してしまえるというのはだいぶ破天荒。その上で最終的に「具現化」にまで至ったとなると、さすがにそれはここなのセンスとしてはやりすぎである。

 というわけで、私が現在最もありうる可能性として推す構図は、「なんらかの霊的存在(精霊とか、妖怪とか言ってもいいかもしれない)」として静香は以前から存在していたが、それは人に認識されるまで具体的な形を持たない、なんらかの「演劇を極めんとする者の思念の集合体」のようなものだったという案。これだとここなのセンスは「人には見えない演劇への執念を感じ取り、形を見ることができる能力」だと考えることができる。過去には星の数ほどの役者の卵がおり、それらの人々は無数の思いを抱き、叶えたり、諦めたりして消えていった。そんな「役者」の概念そのものが静香という形となって、ここなのマインドに現れ、「友人」としての形を成した。いわば、ここなはこれまで無限の可能性を秘めた「役者のイデア」にアクセスする権利を有していたということ。フィリップが地球の本棚にアクセスしていたようなものだろうか。

 そして、そんな「静香と触れ合える権利」がさらにセンスとして磨かれ、この度いよいよ「具体的な人格としての静香を顕現せしめる」ところまで至った。ただこれは「ここなの能力がそこまで進化した」というより、「ここなの想う最上の静香は、己を具現化させるセンスを持つ存在となった」と考える方が自然だろうか。つまりまとめるとここなのセンスは「他者が触れられない概念とのアクセス」であり、そうしてアクセスした「静香」という別存在が、「可視化できる実体を手にいれる」センスを持った。この形なら、2人が別個にセンスを発動した事実も説明できそうだ。

 ……今週も俺は何を書いてるんだろう……えぇと、カトリナさんがファーストライバルポジションを終えてポンコツまじりの親友になってくれた展開が良かったですね。ここなと静香の間に割ってはいることで、そのうち静香とのリンクが切れて消滅してしまう展開とかがあるんだろうか。仮面ライダーWではフィリップとの喧嘩もちょいちょいあったが……。

 

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 具現化系能力者……なのか? 第3話。ある程度は想定して筋を追ってるはずなのに、常にやや斜め上に飛ばすこの脚本、絶妙。

 当然、視聴者の興味は「静香とは何者なのか」に集中しており、前回までのお話で一旦は「霊的な何か?」「とりあえずここなにしか見えないイマジナリー存在であることは確定」というくらいで認識されていたと思うのだが、そんなぼんやりした「共通認識」をいきなりぶち抜く展開となり、文字通り「舞台に上がる」展開へ。これもう、完全に能力バトルものの文脈に乗りましたね。

 まだ詳細は分からないので勝手な妄想で書いていくが、謎を解く鍵は「センス」というターム。ここでは「スタンド」や「念」と同じように個人に与えられた能力を表す用語であると捉えられるだろう。現状で「センス」に関わる手がかりはいくつか提示されていると思われるが、まず1つは「舞台の上」だと認識された場所で発動する能力であるということ。これは別に物理的な「舞台」である必要はなく、あくまでも彼女たちが「舞台」であると認識すれば成立するため、例えば1話目に静香が演技した駅前や、今回ここなと静香がデュエットした屋外なども「舞台」に含まれる。この「舞台」を外部から定義する要因としては、例の「なんかよくわかんないけどぬるぬるになる動画」が挙げられる。あの作画状態になったパートは確実に「舞台」であると認識される異空間である。

 そして今回顕著だったのは「目の光」。舞台少女たちが「センス」を発動する際には、その眼に光が宿る。光を発している間は常にセンスが起動していることを示しており、それがわかりやすいのがカトリナの能力。彼女の能力は「極限までの集中力の向上」というやや微妙なもの(?)だが、シンプルにして役者向きの分かりやすい「強化系」能力。第1話と今回はどちらも長期間にわたり発動状態が維持されており、その際には彼女がゾーンに入るため、周りの時が止まるザ・ワールドのようなエフェクトが発動する場合もある。弱点は、「ちょっとしたことで破られるとリカバリできない」という脆弱性。

 そのほか、今回明確に示されたのはぱんだの能力で、彼女が発動する能力は「観客の心を読み、その要望に応えられる」というもの。これはこれで凄まじいが、強化系能力ではないので舞台役者としての強度を上げるために使うのにはコツが要りそうな能力だ。ざっと確認したところ、2話では八恵も舞台上でセンスを発動しており、その際の演出は「後光が差し、天使のような羽根が生える」という激烈なもの。そこに引き込まれたここなが彼女の演技プランに巻き込まれたことを考えると、純粋に観客を引き込む圧倒的カリスマ、「役者としてのオーラ」みたいな能力なのではないかと思われる。他にも副主宰は他者を観察する際に目が光っているので、もしかしたら「他者のセンスを見抜く分析系センス」とかも存在しているのかもしれない(これは厳密には舞台上で発動してないが)。

 そうして複数の「センス」が入り乱れる舞台上、問題は我らが主人公・ここなのセンスがどのような能力かという部分。彼女のセンスを考える上で、静香の存在は無視できない。特徴的なのはここなのセンス発動時に輝くのは右目のみであり、同時に静香の左目のみが輝いて「2人ほぼ同時に」センスが発動したという部分。これは「2人で1つ」という示唆なのか、それとも「半人前×2」というニュアンスなのかは微妙なところだが、ここなのセンス発動のタイミングに何か不充分な要素があったとは考えづらいので、あくまで静香の存在が「ここなと共にあること」の示唆なのだろう。2人の具体的な「能力」がなんなのかはまだ明文化できる状態ではないが、「ここな」自身の半身での能力は圧倒的な舞台勘というか、他の役者との呼吸の合わせ方、もしかしたら八恵の演技プランをそのままパクった前回の成り行きすらもここなの能力の一部かもしれない。これまで、ここなはおそらく憧れの静香の演技プランを「借りる」際にセンスが発動していたのではないだろうか。

 そして静香の「センス」。これが「自身の具現化」であるとするなら、やはり静香は静香として1人で成立する存在なのだ。間違いなく皆に見える形で、しかもあれだけ強引に舞台に食い込んできたということは、多少現実の認識を捻じ曲げながらでもこの世に「顕現」する静香の能力。世界そのものを歪める特質系と言ったほうがいいのかもしれない。少なくとも「ここなが静香を具現化し、その静香がさらに能力を持つ」などという重たい設定ではないだろう。流石にそれはどこぞの奇術師に「メモリの無駄遣い」って言われて終わりだろうし。まぁ、「位置を入れ替えるゴリラを生み出す具現化系」なんてのもいたので、意外にメモリの使い方は幅広いかもしれないが。

 ……ここまで書いて「俺は何を書いてるんだろう……」って冷静になったので一旦終わりにします。来週、このアニメはどこにいくんだろう。

 

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 静香、おめぇ、そういう……第2話。ごめん、1話目であんまりそういう視点持ち合わせてなかったから全然気づいてなかった……。

 というわけで、慌てて1話目を確認し直したら、多分、そういうことですね。制作側がどこまで「隠す」意図があったかは定かじゃないんだけど、今回のカトリナの「独り言云々」の台詞はかなりあからさまだし、あんまり隠しネタ的には仕込んでないんですね。その上で詳細までは明らかにはせずにシナリオを進行させるってことは、この設定のままでここなの世界が完成するまでは一緒にいるんでしょうね。他者視点で認識すら出来ないので、作中人物視点では特にサプライズにつなげる方法もないしね。一応、唯一考えられるのは「ここな視点での世界をひっくり返す」という可能性(ここなが静香の特殊性を認識していない可能性)だが、多分それもないよね。ここな自身も静香が「他者とは違う」っていうことは認識してるみたいだし(1話目で「静香ちゃんもオーディション受けられたらいいのに」と発言しているということは、「オーディションを受けられない」ことは認識しているはず)。

 そんな静香とここなの関係性、いわゆる「佐為とヒカル」の関係性なのかと思っていたら、2話目時点で早くも「誰かのまねごと」ということで、ここなの心が八恵に奪われてしまっている。仮にここで「ここなは静香に依存しすぎている」みたいな設定があればそこからの脱却がカタルシスになるが、2話目時点でさっさとその軛から逃れたということは、この物語のゴールは「静香との決別」にはなり得ない。オープンエンドの演出などから考えると、たどり着くべきは「静香との完全融合」なのかもしれない……。なんか、色々怖くなってきたぞ。

 ちなみに今回は八恵の演技もシーンで前回と同じ「なんかすげぇモーション作画」に突入。今作においては「超越的な舞台スキル」をあの処理にするようだ。なかなかのハイカロリーだが、最終的にあの演出でどでかい舞台が見られるのだとしたら楽しみな要素になるかもしれない。なんとかそこまで作画体力を維持してほしいもんである。

 

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 同性間の歯がゆい感情〜〜〜第8話。今期、女子高生の可愛い姿が見たいと思ったら実は今作が筆頭なのではなかろうか。

 考えてみれば、しょうがないとは言いつつも割とえげつない設定になっているのが今作の家族構成。何しろメインキャラ4人のうち2人については、「祖父が大陶芸家」と「母が天才陶芸家」である。そんなサラブレッドばかりが集まる陶芸部、下手したらなろう作品なんかよりもよっぽどチート世界線ではあるのだが……そこはちゃんとドラマの必要性がある。姫乃は現在、絶賛母の背中を追走中。決して追いつけないものだろうし、追いつく必要もない存在なのだが、よりによって親父さんから「作品並べておいたるわ」とか言われてしまうと、どうしたって文字通りの「肩を並べる」ことばかりが気になってしまう。思いつきで始めた陶芸が実は母の記憶の旅路であると知ってからというもの、しばらくは楽しさ優先で陶芸と向き合ってきたわけだが、なまじ実力が上がり、母の背中がぼんやりとでも見えてきてしまったが故に、姫乃は自分のこれからの人生を思い悩むことになっている。

 そして十子先輩である。彼女はより分かりやすい形での「血のしがらみ」というか、追いつけない先達の背中を見る苦悩の人生を歩み続けていた。しかし、前回の「スタイルからの脱却」を経て何かが変わりつつあり、今回、突然押しかけた有名俳優の力もあり、いよいよ祖父との関係性にも変革が訪れそう。別に「雪解け」というほど険悪な仲だったわけでもないだろうが、ここでついに一人前の陶芸家として祖父の前に立てるかどうか。思わぬところから人生の節目が訪れそうである。

 そうして変化を続ける、成長の大きさこそが女子高生の特権。みずみずしい感性を携えて、日一日と変わり続ける少女たち。しかし、そうした成長のきっかけを思い悩む者もあるようで……そうかぁ、三華さん、そんなことを考えていましたか……先輩の変革を後押ししたのは確かに姫乃であったのだろう。それは喜ばしいことだったとは思いつつも、出来ればより付き合いの長い自分がそれをしてあげたかったと。そして、それを押しとどめていたのは自分勝手な好き嫌いの問題だったと……いいじゃないでしょうか。別に三華が何か悪いことをしたわけじゃないのだ。それでも、何か気後れと悔しさを感じちゃうその感情。とても良いと思います。

 そんな傍で写真だけ見てニヤニヤしてる直子。おめぇはそれでいいや。

 

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 まさかの「陶芸に使われる土目線」という前代未聞のアニメ、第4話。ある意味、一番観たかったところがついにアニメ化されたんや……。

 今作の視聴モチベーションを大きく向上させていた重要なマスコットキャラクター、真土泥右衛門の誕生秘話である。正直、本当になんとなくで観ていたために「こいつが何者なのか」ということには全く考えが至ってなかった。言われてみりゃ、部室の近くに置かれてるんだから誰かが作ってたとしてもおかしくはなかったんだよな。そして当然、そんな妙ちきりんなものを作るのは三華に決まってんだよな。

 愛あるこだわりとほんの少しのトラブルから誕生した真土泥右衛門。彼が生み出されるまでの苦難と好奇心の旅路は、陶芸部の和気藹々とした雰囲気を感じさせるだけでなく、いうてもちゃんと素焼きが完成するまでの工程のお勉強にもなっていてそつがない。土に魂が宿り、彼らがどんな姿になるかを待ち望んでいる様子が描かれることで、きちんと陶芸自体へのリスペクトも忘れてはいない。まぁ、全ての土が同じように魂を持って焼かれるのを待っているのだとしたら、こないだの姫乃の座布団なんかは本当にかわいそうなことをしたと思うが……。

 

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 かえのセリフがサブタイトルの回は名作の法則、第10話。いや、嘘だけど。今回も別に名作じゃないけど。だいたい悪ノリしまくる回なので、愉快なのは事実。

 このアニメ、1クール……だよね? 10話目にして大量の未見ユニットが登場、ここから決勝戦を掘り下げるのがクライマックスってことになるはずなのに、次週がまさかの総集編っていう。単に製作が追いついてないだけなんだろうけど、話数にものすげぇ余裕がある2クールものみたいなスケジュールになってる。いっそ2クールやって謡舞踊部の日常を延々やり続けるっていう方法もあるんじゃなかろうか。ないですか、そうですか。今のところ作画崩れみたいな現象はあんまり起こってないので、製作スケジュールがきつい印象もないのだけどなぁ。

 本校への潜入捜査というよくわからないミッションのお話だが、今回もKiRaReのメンバーが3チームに分かれての活動になった。どうやら、この分け方がチームのスタンダードになっているようだ。まぁ、舞菜は紗由とのカップリングを外すわけにもいかないし、みぃの面倒を見られるのは部長だけだろうから(逆もまた然り)、残ったかえと香澄がペアになるのが必然ということになるのだろう。正統派のイチャイチャを見せる主人公カップルに対し、シンプルなネタ枠の部長×みぃ、そして異次元ネタ枠のエンジェル&プリンセスと、それぞれのコンビの練度が高いのは良いな。個人的にはやっぱり部長の存在が気になるのでこのペアに一番注目したいのだが、良くも悪くもマイペースだから安心して見ていられる。部長の和装を見ててふと気になったんだけど、もしかしてグループで一番おっぱい大きいのって部長? いや、中学生のスリーサイズ気にしてもしょうがないんだけどさ。公式にも載ってないんだよな……。

 そして、かえ&香澄の超次元コンビはさらなるトンチキ軍団との遭遇。あいつら、一応予選勝ち抜いてるアイドルなんだよな……この世界のアイドルの定義がよく分からなくなってきた。ステージ上で適切なコントを演じきれたらアイドルか? まぁ、これで一応4チーム(オルタンシアも合わせると5チーム?)が決勝でぶつかることになるんですかね? これまでの展開だと舞菜が心中にわだかまりを残した状態での対決になるかと心配していたのだが、ちゃんと姉妹で腹を割って対話できたことでその心配もなさそう。これ、単に溌剌とした中学生を見守るだけのアニメなのでは?(何か問題でも?)

 

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 物理でなんとかする系アイドル、第8話。ぜひあのまま射出して欲しかったものだが、あのゴーグル、いくらなんでも多機能すぎやしませんかね。

 前回がKiRaReの集大成ライブ、そして今回は、ライバルとなるオルタンシア、そしてラスボス・ステラマリスのライブという豪華二本立て。此の期に及んで出し惜しみなしだ。まぁ、今作の場合ライブパートにそこまでの特別感はないのだけど……でも、なんかわからんけどステラマリスのライブパフォーマンスは確かに高級感があったな。「滂沱の涙を流す観客」とかで外的に示してる部分はもちろん多いんだけど、なんだろね、王者の貫禄というか、これまでのライブシーンの「可愛い」を中心に据えた演技とはちょっと違うテイストに惹かれるものはある。今作の場合、KiRaReの6人っていう人数もそこまで多くないと思っていたのだが、続けて2人ユニット、3人チームとやはり少人数で回すパフォーマンスが中心になっている。このくらいの人数だと1人1人のモーションにごまかしが効かないし、フリの全体像もバリエーションが限られるのだが、おそらくソシャゲ演出をベースにしているのだろうと思われるステージ描写は、別に「足りない」感じはしないんだよな。やっぱり身の丈にあった素材をうまく使ってる感があるな。

 今回の中心となったのは、台風の目と言える破天荒存在・岬珊瑚ちゃん。前回登場した時点で「単なるヤなやつやんけ」と思ったが、今作の他のキャラにも共通する要素として、さっさとそのポンコツ性を披露。実力者キャラのはずなのに、とてもそうは見えないトンチキぶりはKiRaReメンバーに勝るとも劣らない。少数精鋭のステラマリスは、よくもまぁこれだけの荒馬を乗りこなしているものだ。

 個人的に本当にどうでもいい感じ入り方になってしまうが、同様の狂犬キャラで連想される逸見エリカ嬢はやはり凄まじいキャラなのだな、と思った。ステラマリスの場合、妹を溺愛している(ちょっと浮世離れしてる)姉隊長がラスボスとして立ちはだかる構図がガルパンと同じだが、その部下には「クールな副官キャラ」と「隊長好きすぎて噛み付いてばっかりのトンチキキャラ」の2人が配置されているのが相違点。なんと黒森峰の場合にこの相容れない2種のキャラが逸見エリカという1人のキャラの中に内包されているのである。やっぱりエリカさんすごいわ。こちらの次元では「2人に分裂したエリカの、よりによって面倒臭い方の要素」を珊瑚が一手に担っている。しかも「冷静な副官」要素を取り除いてしまったので単なるトンチキになっているのである。まー、幸いにして命がけの競技ではない世界なので(ガルパン世界も安全性には充分配慮しているので命に関わることはありません(カーボンは優秀です))、これくらいのユルさがあってもいいのかな。

 ユルさで言えば、前回修羅場を乗り越えたKiRaReメンバーの程よい弛緩ムードも良い。みぃが爆睡しているのって、「すっかり他のメンバーに気を許してますよ」っていう情報に加えて「昨日は緊張してて寝られなかったよ」「本番で完全燃焼するくらいにめっちゃ頑張ってたよ」という様々な事情の表れなので、本当に愛すべきキャラになっているのである。おかげで今回は騒動の蚊帳の外だったけども……。ぶっちゃけかえとみぃの2人だけでも情報キャパオーバーすることが多いので、今回はゆっくり寝ててもらって正解である。場合によって紗由さんまで壊れるので、ツッコミ不在になるのがこのユニットの難点だな。そういや部長は舞台が終わった後には衣装を脱いでそのまま和装に戻るのね。着付けとか大変そうだけど、そこは譲れない一線があるのだろうな。

 

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 集大成ライブ、いいよね……第7話。やっぱりアイドルアニメ最大の見せ場となるのはこうした晴れ舞台の回。しかし、そんな晴れ舞台となる記念すべき回にこのサブタイトルってのもどうなのよ。もうちょっと、こう。

 まぁ、この抜き方がいかにもこのアニメらしいと言われればそうなのかもしれない。ライブシーンだってこれまで通り、あまり肩肘張らずに丁寧な手描きモーションを軸にした印象的な仕上がり。これくらいでもアイドルアニメってのは別に文句が出るもんじゃないんだ。あくまでライブは「集大成」であって、それまでに培ってきた努力・友情・萌えの蓄積がライブで発現するというだけのこと。これまでちゃんと6人が手を取り合ってきたからこその達成感がある。

 非常に丁寧にここまでの道のりが繋がった今作、地味といえば地味だし、どっかで見たことがある王道を踏襲しているのは間違いない。キャラだって完全オリジナルってわけにはいかず、「なんかどっかで見た」とは思うのだが、それぞれのキャラの化学反応を見せてくれれば、キャラ単体での勝負ではなく作品世界全体の魅力を打ち出すことができる。例えば私のお気に入りはみぃであるが、どう考えても彼女は矢澤にこの焼き直しに見える。それでも、みぃはみぃであるし、それこそサブタイトルにあるかえちゃんとの絡みなんかは「KiRaReオリジナル」と言って問題ないはず。作詞回での部長との濃密な絡みなんかを見てると、責任感に満ち溢れた3年生で、なおかつ生徒会役員であるというのぞえり要素もフォローしており、1キャラで色々と楽しめるようにできているわけだ。考えてみりゃ6人チームってのは過去のアイドルアニメと比べても決して人数が多いとはいえないわけで、少ない人数でゆっくり時間を取れば、1キャラごとに掘り下げやすくなるのは当たり前のことなのだな。

 その分、人数が少ないとステージ映えしにくいという難点がある。これがユニット・トリオくらいなら「そういうもの」という認識が先に立つので別枠でのカウントになるのだが、5人を超えたあたりから「グループ」というイメージが強くなるので、どうしても人数の多いグループの華々しいステージと比較したくなりそうなもの。ただ、今作はそこを「手描きアニメだし」+「まぁ、中学生の部活だし」という不思議な免罪符で回避している。きちんと1人1人のモーションを差別化するなど、労力がかかっていることが確認できる要素を盛り込みつつ、「この世界なりのライブ」というものを打ち立てているのだ。まぁ、曲がちょっと薄いかなぁ、という気もするのだが、まだまだ彼女たちも結成して間もないアイドルな訳で(つまり我々視聴者もまだ馴染んでないわけで)、残りの話数でさらに愛着がわけば、最終回ではより感動的なステージが拝めるのではなかろうか。

 いや、最終回でライブするかどうかはわからんけどさ。このままお姉ちゃんチームとの関係性で最後まで引っ張るんだろうか。それにしちゃぁ次回のサブタイトルがヘンテコなのだが……。

 

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 あ゛〜〜〜! このラストカット! あ゛あ゛〜〜〜最終話! 本気を出して仕掛けに来た小糸侑、強すぎやしませんかね? その直前にドヤ顔の沙弥香さんが描写されてただけになぁ……ここまでくると、もういっそ沙弥香さんを全力応援したくなりません? これももしかしてNTR属性の一環なのだろうか?

 最終作戦。いよいよもって、七海燈子という牙城は崩れ、一番首を取らんとする猛将たちが名乗りをあげる。今回は2人の名将による攻めの手管が対比的に描かれていくお話だが、残念ながらこの作品は恋愛漫画である。勝者が、いるのである。それがまさかこんなにもダイレクトな形で描かれることになろうとは……強すぎるやろが。

 Aパート、「終着駅まで」。最後の最後で今作の焦点を絞るために効果的に用いられたのは、例の喫茶店という舞台設定。まずは侑が特に他意は無しにこよみとの脚本打ち合わせで利用する。あの小さいテーブルで2人してエビドリア食いながら原稿広げるのは大変やろ、とは思ったが、侑はすでにおよそ台本を頭に入れてるっぽいんだよな。どこまでもさらっと優秀。そして侑の手のひらの上で詰められて行く脚本は、まるで七海燈子包囲戦の前哨戦のようである。こよみさんは、侑の狙いについてどれくらい察しているんでしょうか。以前の「七海先輩は見たまんまの人だよ」とか言ってお茶を濁していた時とは明らかに食いつき具合が違っているのだが……多分「自分の作品がより良くなるため」という部分に目がいっちゃってる作家先生はその辺の細かいことは気にしてないんだろうなぁ。

 続いて、同じお店を利用したのは燈子&沙弥香コンビ。お互いに事情を知っている店長と沙弥香の牽制っぷりがちょっと面白い。別に店長はからかうつもりもないのだろうが、なんとなく「あ、連れて来てる」くらいの感じで突っついちゃったんだろうね。そして、いざ恋人と男の話を持ち出されると気が気じゃない店長を見て思わずニヤリの沙弥香さん。お互いになんだかんだで楽しんでるよな。今回は店長と先生のカップルもダイレクトにニヤニヤさせる描写が盛り込まれていて色々と美味しい。コーヒーとタバコ、ほんとは相性が悪いはずなんだけどね。お互いの感覚の違いをはっきり示しながら、視聴者にもその匂いに訴える感覚的な描写が興味深い。

 そして、この喫茶店で展開されたのは沙弥香の突入作戦であった。これまで「踏み込まない」ことを良しとして来た沙弥香だったが、合宿での一件もあり、いよいよ本丸に攻め上がる好機だと判断。「お姉さんはどんな人?」という核心に踏み込んだ。ここでどんな答えが返ってくるかはあまり問題ではない。燈子にとって明らかに呪縛となっている姉の話を、「自分が聞き出した」という事実が重要なのだ。「沙弥香相手に打ち明ける燈子」という既成事実があれば良いのだ。多少躊躇いがちだった燈子に対し、沙弥香はそっと手を差し出す。今までだったら、そっと肩をたたく程度の関係性。それが「踏み込まない」ことのサインであり、背後から軽くタッチするところまでが、領分を守った沙弥香なりの距離感。しかし、今回は思い切って踏み込んだ。真横からの構図だとよくわかるが、より燈子の「内側」に切り込んだ沙弥香の手は、食い込むようにして燈子の手に重なる。「追従」から「並列」への遷移。これこそが、沙弥香と燈子の関係性のレベルアップを端的に表すものだ。こうしてあれこれと姉のことを聞き出すことに成功したのだろう。沙弥香さんはそんな大きな一歩に、思わずご自宅でニンマリである。「自分は特別な存在だ」と勝ち鬨を上げるのである。

 だがしかし、あぁだがしかし。事態は沙弥香さんの思わぬところで大きく進展していたのだ。帰りがけの駅では、おそらく沙弥香に話したことで、より自分の内側で姉の存在が大きくなってしまった燈子さんが思い悩んでいた。生徒会劇を成功させれば、亡き姉の無念が晴らせる。姉の到達しなかった「終着駅」が見えて、ついに自分の人生の目標が達せられる。しかし、そのあとはどうなってしまうというのか。姉の人生という台本は途切れる。その先は白紙だ。七海燈子の路線図は、その先に何もルートがない。終着駅「まで」。だったら、終着駅「から」は? その答えを求めて途方にくれる燈子に、ここしかないタイミングで、LINEが届くんだ。

 水族館デート。サブタイトルは「灯台」。これもなんだか不思議なタイトルで、灯台とは船からしたら「終着駅」に近いニュアンスを持つもの。ただし決定的に違っているのは、灯台は明らかに、照らし、導く。これまでの燈子の人生は、姉という標を頼りにがむしゃらな航海を続けて来た人生だったのだ。また新たな「灯台」が生まれたというなら、これは大きな変化である。象徴的なのはその位置どりだ。喫茶店では、沙弥香が「肩を取ろうとしたが、それでは物足りないと思い直して手を取る」という描写がある。肩を触るよりも、手を握る方が関係性が近くなったことになる。それでは、侑さんは一体どんな接触を試みるのか。

 これがいとも簡単に肩を取る。しかし、沙弥香のように「端から寄り添って」ではない「正面から迫って」である。沙弥香がこれまでひたすら守り続けてきた「追従」と「並列」。その一線を易々と超えて、侑は「対面」からの「干渉」を選ぶ。両肩を掴み、燈子を自らに引き寄せる。そして立て続けに今度は手を握り、あからさまに導き出すのである。これまで燈子の前を歩いていたのは姉だけだった。それがいつのまにか、自分の手を引く存在として侑が前を歩いている。彼女が新たな、灯台なのだ。

 劇にかこつけて、侑は燈子に言いたいことをいう。「過去にあった人生など知らない。自分が見ているのは今の七海燈子だ。そのことになんの負い目があるのだ」と。七海燈子の人生は、すでに1つの終着駅を迎えた。そのことは喜ぶべきことだろう。尊敬する姉を追いかけ、もしかしたら追い越せたかもしれない。そうして彼女は、これまでの人生の1つを終わらせたのだ。そして、次の一歩を踏み出す時が来たのだ。

「先輩、そろそろ乗り換えですよ」

 

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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