「アン・シャーリー」 5→5
そっかぁ、赤毛のアンってこういう作品だったのかぁ。
ということを人生のこのタイミングで改めて知る人間もいるのだ。幼少期には絵本とか、児童書で読んだ記憶はあったんですよ。旧作アニメもどっかでちらほら見てた気がしてて、実際に序盤のお話は「あぁ、見たことある、こんなんだったな」って思って観てたのよ。黒板でギルバートをぶん殴るところとか、アンが髪の毛染めようとして失敗したり、そういうシーンは覚えがあって「懐かしいなぁ」と思って観ていた。
ただ、その後は事情が違った。私は「赤毛のアン」という物語の前半部分しか知らなかったらしい。どうなんだろ、児童書ってそこまでの内容で終わってるもんなのかな。だから恥ずかしい無知を白状すると、1クールアニメだと思ってたんですよ。その辺でアンの人生の描写が終わると。でも、そうじゃないのね。進学、就職、そして恋の行方、「大人」アンがガッツリ描かれてるストーリーは初めて「読む」部分でした。それだけでも、今作はちゃんと意味がある。私が「アン」にちゃんと触れた最初の体験は、このアニメだったのだから。
そして、この「作品を現代に改めて語る」という役割は最低限果たせていた作品だったと思っている。まー、ぶっちゃけ何が面白いってこともないんだけども(あと風の噂では原作の解釈がところどころおかしいなんて話も漏れ聞こえてくるんだけども)、元々「名作劇場」として存在しているわけで、普段我々が観ているようなけばけばしい刺激にまみれた作品は求められていない。アンを通じてちょっとした世界の美しさ、楽しさ、そして厳しさを見せることが原作の狙いだったとするなら、それを過不足なく描く今作は実に真っ当な方向性。これこそがEテレのお仕事である。まぁ、その性格上どう足掻いてもずば抜けた高評価になんてなりようがないが、少なくとも無知な私にとっては意味のある作品だったということ。
映像部分も格別に眼を引くような点はないが、それだけに地味な画面で引っ張るキャストのお仕事は見どころが多い。当然座長となった井上ほの花のお仕事ぶりはお見事だし、周りを支える宮本侑芽・雨宮天・安済知佳など、実は贅沢なアニメではあったんですよ。
今後もEテレにはこういう方向性のアニメ制作を望んでいます。土曜の夕方、お子さんたちにちゃんと見せられるアニメをね。
……ところで、オープンエンドの映像で突然野生の山田尚子が生えてきてたのはなんだったんでしょう。……やりたかったんやろなぁ……。
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