<以下の文章は、放送当時に執筆されたものである>
○第21話「うしろの正面」
脚本・森山あけみ 絵コンテ、演出・神保昌登 作画監督・門智明、PARK SANG JIN
<あらすじ>
ある雨の日、ゆずきは下校途中に公園で一人うずくまり鳴き声をあげる少年を見つける。ただならぬ様子にゆずきが駆け寄ると、雨ざらしの少年は「助けて」と漏らし、ゆずきの目の前で倒れてしまう。どうしていいか分からないゆずきは、少年をひとまず自宅に運び込む。目を覚ました少年は菊池海斗と名乗り、助けてもらったことを素直に感謝する。子供にしては礼儀正しい海斗はゆずきとすぐに打ち解け、二人は携帯の番号を交換して分かれた。ゆずきは笑顔で海斗を見送ったが、看病している途中に彼の身体に見つけた無数の傷のことは、結局本人に聞けずじまい。ただならぬものを感じたゆずきは、海斗を守るために、彼と親交を深める決意をする。彼に地獄通信を使わせてはいけない。
海斗の家庭は複雑だった。父親の雪彦は理解のある人物だし、母親の七実も綺麗で優しかった。七実は雪彦の後妻だったが、連れ子の海斗とも、再婚してからこれまでは本当の親子のような関係性を築いていた。しかし、七実の妊娠を機に、家族は変わってしまった。七実の愛情は、真央と名付けられたお腹の子に向き、血のつながらない海斗には、明らかに冷たく接するようになった。雪彦は妻の心理的な不安定さには気付いていたが、全ては初めての出産を控えてのものだと割り切り、「真央が生まれたら全てが元通りになるから」と海斗に言い聞かせる。海斗も、両親のことが好きなのは事実。七実から虐待されていることも父親には言わず、ぐっと堪えて毎日を過ごす。
七実の怒りに触れた海斗は、ゆずきとの連絡手段である携帯を取りあげられ、無断での外出も禁じられる。気がかりなゆずきはわざわざ小学校まで海斗に会いに行き、海斗の家庭環境についての話を聞くことになる。母は変わってしまったが、元は非常に優しかったのだ。初めて出会った日に彼女に貰った帽子が、海斗と七実を未だに繋いでいる。
「よくある継子苛めって奴?」。一目蓮が海斗を遠巻きにしながら漏らす。三藁も海斗の動向には注目しているが、そこで輪入道が1つの疑問を口にする。何故、海斗は母親の虐待のことを父親に報告しないのか、と。あのくらいの年の子供が、実の親を頼らずに一人で耐え忍ぶ理由は何なのか。同じ悩みはゆずきも感じていた。どうしていいか分からず自室で悩むゆずきに、きくりが「親に聞いてみればいい」と持ちかけるのだが、ゆずきがいくら電話しても、両親は電話に出てくれない。
そうこうするうちに、菊池家に大きな事件が起こる。海斗がずっと大切にしていた帽子を、七実が勝手に捨ててしまったのだ。流石の出来事に雪彦も苦言を呈するのだが、強い口調の七実を前に、雪彦は丸め込まれてしまう。海斗は一人涙を拭いながらゴミ捨て場を探し、やっとのことで思い出の帽子を取り戻す。そしてその夜、海斗は帽子をかぶりながら、地獄少女の藁人形を手に入れる。海斗がアクセスした事実を察知したゆずきは、海斗と直接面会し、糸を解かないようにと単刀直入に訴える。「あの頃は幸せだったんだ」と、かつての思い出を語る海斗。森にキャンプに出かけた時に、湖に落ちそうになった海斗をすくってくれた七実は、本当に心の底から彼のことを心配してくれた。その時に、海斗は本当の家族になれた。あの頃に、なんとしても戻りたい。涙ぐむ海斗に、ゆずきは絶対になんとかすると約束をする。
ゆずきが向かったのは雪彦のところだった。海斗が虐待を受けていることを必死に訴えるゆずきだったが、雪彦は「うちは真っ当な家庭なんだ」とけんもほろろの対応。そんなゆずきに、骨女は「あの男はとっくに気付いているのに見て見ぬ振りをしているんだ」と絶望的な宣告をする。それを裏付けるように、帰宅した雪彦を待ち受けていたのは、玄関の置くから聞こえる海斗の悲鳴。「やっぱり駄目なのか」と、雪彦は玄関前に崩れ落ちる。「すまない、海斗」と天を仰ぎ、雪彦は1つの決心をする。
翌日、七実は検診のために1人病院へ。その間の時間を利用し、雪彦と海斗は、親子水入らずで思い出の森へ向かう。海斗が、過去に湖に落ちそうになった、あの森へ。すんでのところで入れ違いになってしまったゆずきは、あいに「海斗に会わせてくれ」と嘆願し、あいの力で湖で遊ぶ雪彦と海斗を目撃する。雪彦の投げたフリスビーは湖に落ちてしまい、海斗はそれを取ろうと必死に手を伸ばしている。「海斗、ママのことは好きか?」と突然尋ねる雪彦。海斗が肯定すると、「そうか、父さんもママのことは好きだ」と背後に迫る。「父さん、これ以上ママが壊れていくのを見ていられないんだ。父さん思うんだ、ママに、2人の子を育てるのは無理なんじゃないかって」。雪彦の手が海斗の肩に伸びる。
「僕もそう思う」。全てを理解していた海斗は、その場で藁人形の糸を解いた。自分のしようとしていたことに気付き、泣き崩れる雪彦。しかし、海斗は穏やかな表情で、「もう大丈夫だから、家に帰ろう」と呟く。
七実は出産に失敗した。突然失われた新しい命、真央。しかし、真央がいなくなったことによって、菊池家は再びもとの姿を取り戻した。あの湖で、家族3人が笑い合っている。「いつか自分達の犯した罪の重さに気付くのかな」と三藁が見守る中、ゆずきは、幸せそうな海斗を見て、笑みをこぼすのだった。
<解説>
なんだか久しぶりな気がする、1話できっちりオチまでつける形のショートストーリー。今回の話は実に不思議な読後感で、この作品を見ているとエンディングに「うわ〜、やるせね〜」っていって身もだえることは割とあるのだが、今回のように「なるほど、そうきたかっ!」って膝を叩くような話は珍しい。落としどころは綺麗で、それまでいささか不自然に思えていた描写もそのための伏線であったことが分かって実にすっきりする。たった1つ、本当にラストの描写さえなければ、綺麗におさまるお手本の1話。
今回の話の肝となるのは、主人公である海斗の心情面のみ。小学生とは思えないほど理知的で大人の判断が出来る海斗の心情はきちんと手がかりを拾っていけば比較的追いやすいもので、そのおかげで視聴後にすっきり出来たのだろう。彼の心情を示す大きなツールの1つは、七実からもらったキャラクターグッズの帽子である(「エッグマン」というキャラクターが最近流行っているそうだ)。初対面の七実からプレゼントされたその帽子は、海斗にとっては優しい母親の象徴、ひいては幸せな家庭の象徴である。穿った見方をするならばいきなり相手の連れ子にプレゼントをして物で釣ろうとしているこずるい女の手練手管に見えなくもないのだが、その辺りは海斗の回想シーンの七実が本当に優しい表情をしており、心底海斗のことを思ってくれているという数少ない描写で否定出来る。初めて帽子を受け取った海斗も、多少ぎこちなかった関係性の中で素直に喜びを表現している。
この帽子は、時系列順に見ていくと、まず3人でキャンプに行った森の湖に1度海斗が落としてしまっている。必死に取ろうとする海斗を七実が制止し、「あなたが死んでしまっては幸せな家庭ではなくなってしまう」と訴える。この時の記憶が海斗の中では「最も優しい七実」であり、当然、この時に帽子は雪彦の手によって海斗の手に戻ってきている。その後、七実は真央を身ごもって変貌する。ここで興味深いのは、多少おかしくなってしまった七実だが、作中で怒った表情をほとんど見せていないという部分。海斗を虐待するシーンの時にも、お腹の中にいる真央に向かって「悪いお兄ちゃんですね〜」と優しい声をかけ、静かに凶器のおたまを持つのだ。海斗はその意味を理解しており、自ら進んで地肌をさらし、七実の暴行を受ける。
これが、七実が分かりやすくヒステリーを起こしたりすれば、話はまた違っていたかもしれない。そこには歴然とした「違う七実」がいるわけで、流石の海斗も父親に助けを求める気にもなっただろう。しかし、七実は表面的には優しい母親の仮面を取らず、内面で少しずつおかしくなっていた。その表面にある「母親」を一心に信じ続けることで、海斗は家族の問題に一人立ち向かっていたのだ。この「静かな狂気」は当然夫の雪彦の目にも明らかで、雪彦は海斗に「真央が生まれれば全てが元に戻る」と言っている。しかし、これまた「静かな」狂気であったことが原因で、自ら進んでその狂気の是正に挑むことが出来なかった。こうして内部から少しずつ壊れていった菊池家の中で、海斗が拠り所にしていたのが「自分を思ってくれる母親」の象徴である帽子だった。いつ何時も帽子を手放さず、それがあればきっと七実が戻ってくれると、そう信じていた。
その帽子が、他ならぬ七実自身の手によって捨てられたことで、事態は動く。必死にゴミの中から帽子を見つけた海斗は最後の一歩である地獄通信へと踏み出し、ゆずきの働きかけによって雪彦も行動に出る。「今のままでは無理だ」という共通認識は、雪彦自身の口から語られた通りで、2人は、「家族は4人であってはならない」という同じ結論に達したわけだ。雪彦の選択は簡単だ。愛する七実を狂わせたのは、血のつながらない子供と血のつながった子供という2種類が存在してしまうため。それなら、自分は実の息子と、妻のどちらかを選択しなければならない。ゆずきに背中を押されて選択を迫られた雪彦は、切羽詰まった状態の中でなんとか後者を選択することにした。それが、妻への愛情といえるのかどうかは、なかなか難しい問題だ。
他方、海斗の選択は実にクールだった。「家族は4人であってはならない」。しかし、彼にとって、父親も母親も大切な家族。「元の生活」には欠かせない。となると、消えるべきパーツは1つしかない。そして、それが可能なのは地獄通信を知った自分だけなのだ。この「海斗の選択」がこのエピソードのどんでん返しの役割を果たす。水辺での海斗と雪彦の会話のシーンは、張りつめた雰囲気が実に良く出ていて見応えのあるカット。事前にいささか説明が過ぎる台詞で「湖は深いから落ちたら上がって来れないぞ」などの死を連想させる舞台設定をしておき、雪彦の殺意を明示化する。これによって、「藁人形を持った海斗」の殺意が、報復行為として雪彦に向くであろうという予測を生み出す。また、このシーンの前後には何度となくバス停で1人バスを待つ七実の様子も挿入されており、憎き虐待者である母親も地獄流しの候補として浮かび上がる。「殺意を向けた父親か、それとも自分をめちゃめちゃにした母親か」という2択の中、落ち着いた声で「僕もそう思う」と語る海斗の選択肢は、3つ目。まだ生まれて来ない命であった。
予測可能なオチなのかもしれないが、個人的には前述の通りに「なるほど、そうきたか!」だった。当然のことながら胎児流しはシリーズ初で、その選択肢はまったく考えていなかった。しかし、順を追って考えてみればこれは自然なことで、上記のように、海斗の殺意(というか消去の意識)が向く対象は、「幸せな家庭」を失う最大の要因である真央以外にはあり得ない。静かな狂気に抗うための静かな殺意によって、菊池家は再びもとの姿を取り戻した。ラストシーン、四藁が見ている中で、菊池家はいつかのように3人で仲良く水辺にいた。再び海斗が帽子を湖に落としてしまい、七実と雪彦はあの時とまったく同じ台詞を、まったく同じカット割りで発している。二重写しにして「元の生活に戻った」ことを強く印象づけるカットだが、唯一違うのは、結局手が届かなかった昔と違い、海斗は最後には自分の手で帽子を掴み、それをかぶって笑ってみせた。これは帽子=「幸せな家庭」を自らの手で掴んでみせたことを表すメタファーであろう。
しかし、実際にはそんな晴れやかなラストシーンとは裏腹に、菊池家には様々な遺恨が残る。一時の気の迷いとはいえ、実の息子に手をかけようとした雪彦には生涯罪の意識はついて回るだろうし、元凶を失って収束した七実の狂気も、いつまた再発するかも分からない(そもそも突然母体から胎児が消えて無事ですむはずがない。もう2度と子を産めない身体にでもなっていれば逆にハッピーエンドではあるか)。そして、海斗には禍々しい胸の刻印がついて回るのである。ラストシーンで雪が降り始め、輪入道は「そんな罪の意識も今はこの雪が消し去ってくれるさ」なんてうまいこと言ったつもりかもしれないが、いつその雪に押しつぶされる日が来るやら。
蛇足ではあるが、今回のサブタイトル「うしろの正面」についても、なかなか面白いので追記しておこう。これは当然「かごめかごめ」のワンフレーズであるが、個人的には上記のような「誰が流されるか、誰が家族から外れるべきか」という選択をわらべ歌になぞらえた、というのが解釈としては面白いと思う。あとは、どこぞで聞いた説だと「かごめかごめ」は貧困に喘ぐ村で「口減らし」のために子供を選別するためのものであった、というのがあり、今回真央を亡き者にした海斗の行動そのものが示されるという解釈も出来る。今wikiで調べたら「かごめ=籠女=妊婦」という解釈もあるらしく、流産してしまった妊婦がその怨みの相手を捜すものでもある。色々な想像を巡らすことが出来る秀逸なサブタイトルだ。
さてメインの菊池家についての分析は以上であるが、今回、この雪のシーンで幕を閉じていれば、単なる「うまいことやったエピソードの1つ」ですんだのだが、この作品がそうそう安寧に終わらせてくれるはずがない。すっきりとエンディングに向かおうとしたところに、今回一番の鳥肌ポイントが待ち構えていた。それは、ラストで楽しげにしている菊池家を見て、ゆずきが笑みを漏らすシーンである。あいによって湖の上につれられ、海斗の様子を心配そうに見守っていたゆずきだったが、最後には幸せそうに笑う海斗を見てほっと頬を緩ませる。しかし、このシーンの意味は、単なるハッピーエンドではない。これまで頑なに地獄流しに抗おうとしていたゆずきの、初めて見せる「心の弛み」なのだ。最後に笑ってしまったことで、ゆずきは「地獄流しも、必ずしも不幸になるばかりではない」と、思ってしまった。言い換えれば、「怨みによって開ける道もある」と。地獄流しに対して「是」から「否」に移行した柴田つぐみは、地獄少女に取り込まれる運命に打ち勝った。終始「否」であり続けた紅林拓真も、閻魔あいを打ち破るまでの大きな善意を貫き通した。しかし、ゆずきは一貫した「否」の姿勢から、今回初めて「是」の側面を見せてしまったのだ。「地獄少女になどなりはしない」と誓う彼女に、大きな暗雲が立ちこめることになる。このエンディングは、怖い。
あいとゆずきの関係性は、今回さらに根深いものになっている。オープニング、初めて海斗に出会ったシーンでは、雨で色あせた景色の中、ゆずきの真っ赤な傘ばかりが冴え渡った。今回初めて、ゆずきが自ら山頂の神社に出向いてあいとの接触を望んだ。あいの力によって湖の上に転送されたゆずきのビジョンは、水面に移る虚像があいの姿を写していた。かねてから疑問であった「ゆずきの両親」が、地獄通信絡みの相談を持ちかけようとした時にだけ、何故か電話に出てくれなかった。「御景ゆずき」と「閻魔あい」の敷居が、次第にあやふやになっていく。
後継者問題で非常に大きなファクターとして、今回きくりが浮上した。何と、ゆずきの家に出向いて彼女にアドバイスをした上、それをたしなめたあいに対し、「きくりが次の地獄少女になるもん」という爆弾発言をしたのである。なんだ、お前、跡継ぎになりたかったんか。でも、お前実体ないじゃん。きくりがどういう存在なのか、また分からなくなってきたぞ。ちなみにあいはそんなきくりの申し出を「無理」と一蹴し、食い下がるきくりには「しつこい」と苛立ちを隠さず、ゼンマイをはずしていくという非道っぷりを見せている。仲がいいんだか悪いんだか。
ラストシーンのところで書いた通り、いよいよ賽河原も雪が舞い始めた。「地獄少女」で雪と言えば、やはりラブリーヒルズで紅林拓真や飯合蛍とともにあいが試練を乗り越えたシーンが印象的。順当にいけばシリーズもあと5話。どんなラストが待ち構えているのだろうか。
今回のキャストは、真っ直ぐ少年海斗役には、某青っぱなトナカイでお馴染みの大谷育江。最近ニコ動で彼女が活躍するアフレコ映像を見たので、今回の演技も一際映えて聞こえました。ご当人もなかなか愛らしい方です。そして優しい狂気、七実役には皆口裕子。この声で虐待されるなら、俺は仕方無いと思う。むしろされたい。そしてそんな家庭で思い悩むおとーさんである雪彦役が神奈延年。何気にキャストが贅沢な回でした。次回のキャストが次回予告で分からんかったのだが……なんか棒でした。
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