ハーさんの男一匹晴れ舞台、第90話。冒頭からしばらくは色々と茶化そうと思ってたんだけど、どんどん恰好良くなってきてしまい、最終的にはいじるのが申し訳なくなった。これまでために溜めてきた大舞台への挑戦権、見事に実ったあっぱれな花道である。
思えば、黄金聖闘士というのも不思議なスタンスである。88(+α)ある聖衣の中でも最強の12の聖衣。それを着られるものはアテナに選ばれた真の聖闘士のみであり、この世界では最大の名誉である。しかし、この「聖闘士星矢」の世界も時を重ねて、いつしか黄金聖衣の価値も下落をはじめる。バトル漫画の常であるインフレの影響がもちろん大きいわけだが、それ以外にも、「なんでお前が黄金聖衣着られるの?」みたいな間違った連中が現れてしまったためだ。古くはあじゃぱーデスマスク。ただし、彼は「聖衣に見放される」という結末を迎えたために、なんとか黄金聖衣の矜恃は守っている。他にも変な奴らはちらほら見受けられたが、まぁ、それなりの理由があったり、なかったり。そして世界は「Ω」に入り、黄金聖闘士が完全なる逆賊として現れてしまった時点でその価値は底値を更新する。変態としか思えない蟹座、どう背伸びしても白銀レベルがいいところの蠍座、確実に「悪」以外の要素が見あたらない魚座、そしてついに呪いの聖衣とまで言われるようになってしまった水瓶座。黄金聖衣業界もさんざんな風評被害に悩まされる。
そんなΩの時流の中で、何とも微妙な立ち位置だったのが、牡牛座だった。確かに彼は矜恃を守っていた。元々タウラスの聖闘士の持つ特性は豪放磊落。分かりやすい獅子座のような気高さとはちょっと毛色が違うが、そこには正面から戦闘を楽しむ器の大きさと、その中に見え隠れする気高さを併せ持つ。過去の牡牛座は誰もが「牡牛」の名を頂くのに充分な人物だったといえるだろう。しかして、この世界の牡牛座であるハービンジャーはどうだったか。正直、今までの彼は合格水準に達してたとは言い難かった。唯一のまともなバトルは昨年の光牙戦のみだが、ただひたすら「骨が折りたい、心が折りたい」と叫び続ける壊し屋は、迫力こそあったものの、そこに気高さは欠けていた。正面から戦って若者の強さを認めるおおらかさこそあったものの、大望を抱くだけの器の大きさを見せることはなく、気まぐれな喧嘩屋のイメージは払拭していなかっただろう。そんな彼が、突如アテナの聖衣を任されることになり、その守護のせいでこれまでガリア・ハイペリオンといった強豪との戦闘にすら参加させてもらえない始末。残された敵はタイタンのみとなってしまい、世間ではいつしか、こんなハービンジャーを「噛ませ牛」と揶揄することさえも。しかしそれもしょうがない。何しろ、タイタンはパラス軍最強の男なのだ。黄金聖闘士3人がかりでも聖剣しか折れなかったハイペリオンすら凌駕する(とおぼしき)男に、単なる喧嘩屋が挑んで勝てる道理などない。誰もがそう考えるのは仕方ないことだ。「ハービンジャーは負ける」。これが世間の当然の認識だった。
そして今回、Aパートでは実際に予想通りの展開が続いた。猪突猛進、「闘牛の牛のよう」とタイタンに馬鹿にされたハービンジャーは、いつものように悪ぶった様子で突っ込むだけ。今更タイタンが黄金聖闘士たった1人に臆するはずもなく、黄金聖衣は容易く砕かれ、天神創世剣で紙のように切り裂かれた。「ゴミための虫けら」では、神にも並び立つタイタンに一人で挑むなど無謀過ぎたのである。しかし、ハービンジャーはそれだけで終わる男ではなかった。圧倒的な実力差を見せつけられてなお、彼は立ち上がる。タイタンの持った疑念は、実は視聴者サイドと同じものだ。「何故立ち上がる?」と。「守るものもない、戦士たる誇りもないお前が、何故そうまでして戦う」と。
その答えは、「怒り」であったという。「何故奪う」と問いかけるハービンジャー。彼は、パラスの非道を、最も当たり前の視座から問いただしていた。事ここに及んで、神と神の対決、愛のあり方など、ややこしい事態が紛糾する中で、彼の胸中にあるのは実にシンプルな反感、「何故奪う」。彼を奮い立たせていたのは、「怒り」を発端とした義侠心。罪もない人々を苦しめ、守るために生きた仲間達を亡き者としてきた暴虐に対するものである。神の意志も、神の愛も関係無く、ただ人が虐げられることに対するものである。ただの荒くれ者だと思われていたハービンジャーだったが、その目で見てきた仲間達の戦いの中で、彼も様々なものを受け取っていたのである。そんな彼の訴えに、誰が異論を挟むことが出来るだろう。純粋な怒りは力となり、たった1人で天神創世剣をへし折るまでに至った。「アテナ・エクスクラメーションでようやく天地崩滅斬を折れたのに、1人で聖剣壊せるのか!」と驚く部分はあるが、彼の激情を目にした後ならば、その信念にもなんだか納得出来る気がする。この長い戦いの中で、彼は黄金聖闘士として、立派に成長していたのである。その猛々しい勇姿には涙を禁じ得ない。
最大の見せ場で、片角の折れたメットを取り出したハービンジャー。今までどこに持っていたのか、なんて疑問はあるものの、最大最強の一撃を放つための「牡牛座」としての見せ方はけれん味たっぷり。問答無用のグレートホーンを放ち、相手の武器をへし折り、ギリギリで踏みとどまってアテナの聖衣を守りきった。彼の生き様の全てがあの一瞬に凝縮され、それが見られただけでも今週はなんの文句も無い。黄金聖闘士という立場が危うかった本作の中で、最後の最後に、立派に「黄金聖闘士らしさ」を見せつけてくれた彼の大活躍に感謝したい。そして、彼が実にシンプルな「正義」の姿勢を打ち出し、それをアテナと共有出来たことにより、次週に続く「女神の戦い」の動機付けも補強されることになった。冒頭、1人テラスに立つパラスに忍び寄るエウロパ。彼の陽動によって、パラスはアテナを殺すことを決意する。一見するとこのシーンはエウロパが「我が神」の陰謀によってパラスを焚き付けたように見えるが、別にエウロパがおらずとも、パラスはどこかで彼女の抱える自己矛盾と向き合う必要はあった。「愛しているが故に殺す」という結論も、おそらくは不可避のものだったのだろう。この「殺すほどの愛」という純粋なエゴイズムを、ハービンジャーは真っ向から否定し、タイタンをたじろがせたのである。ハービンジャーを形成するに至った「真の愛」であるアテナと、「悩める愛」を抱え続けるパラスという対決図式をはっきりさせた上で、次週の女神対決がすんなりとはじめられる。何ともそつのない脚本ではないか。
非常に気骨のある、よいエピソードだったわけだが、最終的に水入りの形でハービンジャーとタイタンが双方生き残ったのは意外であった。ハーさんは深傷を負っているが、まだ戦えないという状態でもなさそうだし、ひょっとしたらここからもう1段階の活躍があるのかもしれない。となると、割とアテナ側にも戦力は残されてるんだよな。星矢がパラス・タイタン戦である程度消耗する流れになれば、後は「あのお方」との最終決戦が青銅勢のお仕事ということになるのか。……今の流れだとタイタンと共闘する流れもなくはないけど……それだとちょっと強すぎるかなぁ。
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