めくるめく巨悪、第9話。欲望とか、衝動とか、そういうものによって突き動かされる悪党っていうのは、まだ「分かる」からそこまで怖いものじゃないんだ。一番怖い悪役は、自分がまったく悪いと思っていない奴。
前回の衝撃展開を受けてのエピソードなので、今回はシナリオライン上は静かに物語が進行した印象。最終的には魔法少女の席がまた1つ空席になってしまうという大事件が起こっているわけだが、前回のさやかのやりきれない最期を見た後だと、今回の杏子の最期は、本人の顔に浮かんだ笑顔のおかげでそこまで悲壮なものには感じられず、間違っていると分かっていても、後味は良い。このささやかな「救い」の物語が、次回以降のワルプルギスの夜による最大の災厄の序章でしかないとしたら、さらなる爆弾が恐ろしくなってしまうのであるが。
今回1つ目のトピックは、当然杏子というキャラクターの行く末である。登場時は完全に敵対勢力として描かれていた杏子は、気づけば最も人間的な思考を有し、最も希望を感じさせてくれるキャラクターになっていた。杏子は物語に含まれない過去の部分で既に「失った物語」があったが、その部分はアニメではほとんど前景化されない。そのため、彼女の魔法少女としての活躍と、新しく得た大切なものを守るための信念の戦いのみが描かれ、この作品の中では最も「幸せな」扱いを受けている。こういう捻り方も脚本家の手の内だとは思うのだが、視聴後の爽快感は最初で最後なんじゃないかと思えるくらい貴重なものなので、今回の彼女の勇姿は、最後の励みとして心に刻んでおきたい名シーンである。
思えば、あらゆる事象が倒錯したこの世界において、さやかと杏子という2人の魔法少女の人生は、最後の最後で綺麗に入れ替わって幕を閉じたことになる。「利他」を信念として生まれたさやかは、「誰かを救った分、誰かを呪っていく」とほむらがいう通りに、自分が救った以上の不幸を引き起こすことになってしまった。見返りの無い「利他」という精神が礎となった存在であったばかりに、彼女が生まれ変わった魔女は、その根源に利己の要素がない純粋な害意として存在している。彼女が命を賭して守ろうとした信念とは、真反対の存在に帰着してしまったわけだ。
そして、そんなさやかと対峙する杏子は、元々「全ては自己責任である」という開き直りをみせた「利己」の象徴であった。それがいつの間にかさやかという「他者」を得てしまい、今回はその救出のためにまどかにまで頭を下げ、自分が一切得をしないさやか救出という無謀なミッションに挑むことになる。結局、それは不可能以外の何物でもなく、自分も含めて誰1人得をしないものであったわけだが、それでもわずかな「利他」の可能性を信じて、彼女は戦い抜いた。その最期は、まどかという他者を救い、さやかという他者を牢獄から解き放つための最大の自己犠牲である。個人の憎しみと慈悲が釣り合うというのなら、さやかの残した絶望は、杏子の生み出した希望と等価交換なされたのかもしれない。2人のシルエットが赤と青で絡み合い、1点に収束して沈んでいく描写が、2人の「完成形」を暗示しているようで実に印象的であった。
そして、その果てには「魔法少女2人がソウルジェムを破壊して消え去る」という結果だけが残される。この「ジェムの破壊」こそが、地球上、宇宙上のエントロピーを無視した新たなエネルギー発現機会であり、宇宙の救済者たるインキュベーターの求めていたものであった。彼にとって最良の結果となった2人の魔法少女の愛憎劇は、全て計算のうちにあったものなのか。
キュゥべえが恐ろしいのは、「感情がない」という自らの個性を認めつつも、それが「感情を理解出来ない」とイコールでは無いという部分である。これまでも「人間は訳が分からない」などの台詞を吐いて認識のズレを主張してきたキュゥべえだったが、今回の発言では、さやかの魔女化によって引き起こされた杏子の救出作戦が、ワルプルギスの夜を見越しての「魔法少女殲滅戦」の意味を持っていたことが明らかにされている。つまり、彼は「感情」というリソースに理解も示さないし、共有もしないが、それを前提とした上で利用することが出来るのである。杏子が理外の行動を取り、勝手に死んでいくことを、彼は理解した上で押し進めたのだ。そして、それが純粋な自分の目的のためであり、最大効率で行われたことに満足している。作意はあっても悪意が無いために、あれだけのことをしながら平気でまどかの枕元やほむらの部屋に現れることもできるのだ。本当に恐ろしい「悪役」である。
キュゥべえの話す目的意識については、当然地球人ならば賛同出来るものではない。たとえ一切の嘘偽りがなかったとしても、宇宙規模でものを考えて献身出来る少女などいるはずがないし、そもそも彼の話の真偽を知る術もない。まだ宗教団体が「来世で幸せになれる」と説く方が身近に感じられるくらいだ。それでも、キュゥべえは事実を包み隠さず話せたことに満足したらしく、「宇宙を救うために死ぬ気になったら、また連絡しろ」という冷酷非情な台詞を残して消えた。そして、その前提として、ワルプルギスの夜というまどかの契約トリガーは仕込んであるのだ。完全に外堀を埋めてしまった状態で、まどかは宇宙規模の犠牲となってしまうのだろうか。
もう、考えることもおっくうになるくらいひどい話満載の今作であるが、今回は久し振りに作画面での面白さが際立った。特に魔女さやかの生み出したイヌカレー空間は、荘厳さを持ちながらもさやかの「1人の人間」としての不完全さもイメージさせており、彼女の未練が画面一杯に広がっているような虚無感を与えてくれる。また、そこで必死に戦う杏子の派手な戦闘エフェクトも、彼女の大ざっぱながらも気骨に溢れる人柄を体現しているようであった。
冒頭、杏子がさやかの「死体」を運んで線路を歩くシーンでは、足下の線路が何度も交錯したり、×印を描いてさやかと杏子の「交わり」を暗示している。いや、ひょっとしたら純粋に今の環境が「駄目だ」ということを表しているだけかもしれないが。ほむらが絶望的な宣告をした後に、画面上を電車が走り抜けるのが何とも切ない。前回のエピソードではさやかが魔女となる最後の一押しとなった「電車の走行」は、今回まどかたちの歩く向きとは逆方向に向かっており、さやかの意志が既にここにはないということを暗示しているようである。無機質なオブジェクトによる画面の流れの生み出し方は、久し振りにシャフトらしさが堪能出来た気がする。これ以上、「負への流れ」は見たくないとも思っているのだが……次週は、どうなる?
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