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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 「世界一初恋」 5→3

 世の中には向き不向きという言葉がございます。いや、ことこの話題に関しては、「向き腐向き」と言った方が正しいんでしょうか。上手いこと言ったよ、俺。もうこれが書けただけでも充分です。

 「さぁ、頑張ってBL作品を見るぞ!」というのが最初の意気込み。これまで、いわゆる女性向け作品というものを最後まで通して見られた経験というのがほとんど無くて、有ったとしても「薄桜鬼」のように女性がメインで登場しているものに限られていたんです。しかし、この作品はどこからどう見ても男一色(オスイーソー)。生半な決意で見通せるものじゃございません。

 いや、実は1話を見た後では案外行けるかもしれないと思ったんですよ。そのあたりは新番チェックの時の感想でも少し書いたんだけど、一応「お仕事もの」と言えなくもなかったし、安心のディーン品質、キャストは当然盤石のもの、加えてスタッフも魅力的で……見られれば得られるものはあるかなぁ、という気持ちは強かったんです。だから2,3話程度ならば耐えられたと思うんです。でも……やっぱりBLには勝てなかったよ…

 無理だなぁ。理屈無しだもんなぁ。押し倒すもんなぁ、のろけるもんなぁ、嫉妬するもんなぁ、いちゃつくもんなぁ……ヘヴィだよなぁ……百合なら平気どころか歓迎なのになぁ……アニメの中身に貴賤無しとは思いたいけど、やっぱり完全に購買層からはずされたものを見続けるのは無理だと思います。今作は「アニメとしては割と出来がよい」「スタッフ補正・中の人補正は充分」などの魅力を持ちつつも厳然たる根本原理を教えてくれた作品として、私の中では大切に扱われていくことでしょう。

 うん、これ無理。

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  なんか知らんが終わったらしい最終話。よし、前回までの疑問は何一つ解決されなかったぜ! ま、覚悟してたからショックはないけどな!

 というわけで、伏線回収とか意外な展開とか、一切そういう気遣い無用なラストバトル。もう、しっちゃかめっちゃかな上に無駄に格好良さが追究されていて、これまでの「結局ディールって何さ?」感に拍車をかけつつ、それでも何となくねじ伏せられそうな勢いがずるい。毎回こんだけのバトル描写でやってたら身が保たないのは確実だろうが、結局この作品がやりたかったのはバトルだったのか、なんだったのか。いや、冷静に見ると今回のバトル描写も、いわゆるバトルメインの作品に比べると結構手ぇ抜いて描いてあるのが分かる。特に最序盤のシーンなんかはカクカクしてて演出なのか手抜きなのか分からないところがチラチラ見受けられるし、クライマックス以降も、動いているように見せかけながら適宜誤魔化して枚数を稼いでいるシーンもある。こういうのは「手抜き」っていうんじゃなくて見せ方の巧拙だとは思うんだけど、いかにもしたたかな監督らしい見せ方ではあるな。

 アントレどうしの戦いについては割と普通の殴り合い。最後の一撃だけは「グレンラガン」や「スタドラ」でもすっかりお馴染みになった白黒線画パンチなんかも炸裂したし、グリングリン動き回るカメラワークなんかで阿漕な見せ方がたまらない部分があったが、シナリオ的にはアセットどうしのバトルの方が見応えがあったか。公麿のスタンスに最初は疑問しか無かったのにいつしかそれが信頼へと変わっていった真朱と、三國を信じて、彼が動き続ける直接のモチベーションとなりながらも、最後には彼が戦うことに疑問を抱いたQ。暴れ回る悪辣なQと必死にそれを説き伏せる真朱の争いは、「未来」どうしの戦いということもあり、完全に公麿と三國の代理戦争となっている。実質、この試合が2人の勝負を分けたと言っても良いだろう。時間停止などの絶大な力を見せ付けるQに対し、愚直に正面からぶつかっていく真朱が公麿の若さと勢いを体現し、足を止めてしまったQを打ち破るまでの流れは、相変わらずさっぱり意味は分からないが、奇妙な説得力があって面白い画面であった。

 そしてエンディング。やっぱり一番の大ネタは、実はあの運転手のおっさんが絶対神だった、という部分ですかね。そりゃま、キャスティングに三ツ矢雄二を置いている時点でただもんじゃないことは伝わってくるのだが……真坂木を最前線に配備しつつ、自分はあんなところで金融街のあれやこれやを見ていたんですなぁ。彼に捕まっていた竹田崎もご愁傷様である。

 結局日本が救われたのか、三國は何で負けて、公麿はどこが勝っているのか、分からない。分からないままだが、改めて1から見直したら分かるかと言われると、とてもそうも思えない。今後改めて設定集とかが出たら購入を検討するレベル。一番知りたいのは、「なんで真朱は消えちゃったんだよう」ってとこかしら。極東金融街が消滅したからか?

 普段から「1つの作品が分からないまま終わるなんてのは甘え」という意識はあり、この消化不良な感じは何ともやるせないのだが、この作品のずるいところは、かなり早い段階から「あぁ、この作品は分かるとか分からないとかいう次元の問題じゃないんだろうな……」という覚悟を決めさせたところ。中盤から「どないやねん」を連発していたおかげで、最終回の「分からん」の印象が強くないのである。ほんとずるい。でも、見ちゃった。見終わっちゃった。やっぱり最終回でもう1回書いておこう。「どないやねん」。

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 言葉が出ないです、最終話。30分間ボロボロ泣き通しだったのは久し振り。

 もう、何を書いても野暮ってことになりそうだし、視聴直後の現時点ではまだ整理仕切れてない部分があるので書くことも出来ない。とりあえず現時点で言えるのは、1話まるまる感情が動きっぱなしのシナリオラインって、本当にすごい。それだけ。

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  巷の情報によると、興行的にはそこそこの好スタートを切ったそうで何よりです。このアニメの1ファンとしては、出来るだけ良い結果に終わることを願ってますのでね。

 というわけで、空くのを待ってダラダラ出かける私にしては、かなり早い段階で観に行きました、劇場版「そらおと」。理由は……特に無い。「これ以上暑くなったら劇場まで足運ぶのしんどいやんけ!」とか、そういう理由かもしれない。客入りで好スタートを切ったという噂を聞いていたのでどれだけ人が入っているのかと気になったが、流石に平日昼間にはなかなか人もいませんね。私も含めてせいぜい20人といったところでしょうか。この手の作品だと、客層が実に安定しているのである意味入りやすくて助かります(同時に同族嫌悪ですごく鬱陶しくも感じるのだが)。

 さて、テレビシリーズ2作品はそれなりの好評を得て幕を引いた「そらおと」だが、劇場版で何が起こるのか、というのはあまり知らない状態で観に行った。一応「日笠陽子が声を当ててる新キャラメインの話」というくらいは聞いていたのだが、はたしてあの世界観で劇場作品をやると、どんな風になるのかというのは予想がつかず、楽しみ半分、おっかなさ半分。あの独特のノリを劇場で共有して良いものか、というのは不安だったしねー。

 で、先に書いてしまうと……60点くらいですかねぇ……うん、劇場作品を見に行くと大抵目を潤ませて出てくる私ですが、正直言ってあんまり魂に訴えかけてくるものはありませんでした。劇場作品らしい頑張りどころもあるにはあるんだけど、それがわざわざ大金を払って観に行くべきものかというと、やや微妙な感じ。うーむ。

 まず肩すかしを食らったのは、出だしからの総集編パートである。一応風音日和という新キャラ視点での再構成だし、後半のシナリオを考えれば空見町でのたくさんの出来事、日常風景を改めて書き起こす意義はあるとは思うのだが、わざわざ劇場作品を見に来るような層は、ちゃんとテレビシリーズをチェックしている人間ばかりだろう。そういう人間相手に、総上映時間の1/3(下手したら半分近く)を総集編的な既視感で埋めてしまうというのは、あまり誠実な作品作りとは言いにくい。まとめからの再構成と言えば「マクロスF」の劇場版も一応似たようなコンセプトだったが、あちらは同じようなシーンでも完全に描き下ろしていたし、劇場用にリビルドされたものだった。それに対し「そらおと」の場合、基本的な画面は単なる学園生活や田舎の日常風景でしかないので、描き直しされてもあまり新鮮さには繋がらない。言ってしまえば「別に地上波でやってもよかったんじゃないか」という程度の内容。飛行パンツやらサバイバルゲームやら、もう一回スクリーンでやりたかったという狙いも分からないではないが、どうせブツ切りになってしまう断片でしかないわけで、そこまで必要性が感じられるものではなかった(特に学園祭ライブのくだりは本編でもあまり印象に残っていないエピソードだったので、もう一回念入りに描かれたのは退屈だった)。これが1つ目の不満点。

 そこから、いよいよ後半は日和を絡めての劇場オリジナル展開となっていくわけだが、普段のシリーズのように何かのイベントのどさくさに紛れての智樹の変態プレイがそこまで炸裂しなかったのも消化不良。「入部試験」のパンツ寿司は流石の一言だが、そこがピークだったので、その後の展開は次第にしぼむばかり。今作はギャグメインではないのでライトな演出になるのは仕方ないのかもしれないが、やはり馬鹿を精一杯馬鹿馬鹿しく描くのが「そらおと」の魅力なのだから、回想編を削ってでも、もう1ネタ2ネタ増やして欲しかったところ。石田ロボの登場とか、一瞬だったしなぁ。

 対して、一気に目が醒めるのは、日和の復活から加速するクライマックスシーン。今回の劇場で最も楽しめたのは、文句なしでこの空戦シーンだろう。テレビ版では対カオス戦を見せてくれた2期8話、11話あたりのテンションだが、アストレアも含めた3人のエンジェロイドが協力し合い、それぞれの持ち味を出しながら巨大な敵と戦うという構図は、それだけでアツくなれる展開。今回はニンフが作戦指揮官として色々とおいしいところを持っていったが、クリサオルをぶん回すアストレアも勇ましかったし、それに対抗するZのシステムも禍々しさや壮大さが良く出ていて見応えがある。ウラヌスクイーンが起動できなかったこと、カオスの出番が一切無かったことは残念だが、やはりこの作品の見どころの1つは女の子バトルにあるわけで、その部分は劇場らしいダイナミックなものになっていたのが嬉しかった。

 ただ、これについても、日和の心象風景については丁寧に描写されていたので追いやすかったものの、それを見守るニンフやイカロスがどこまで事情を理解して、どのように行動したかったのか、という部分が不明瞭なのが残念。原作を追っていればある程度理解出来るものなのかもしれないのだが、未読の人間にとって、結局風音日和とは何者だったのか、というのがどうもはっきりしないし、特にニンフが何をどうしたかったのか、空のマスターが何を狙っており、ダイダロスが何を隠していたのか、といった部分がさっぱり分からずに終わってしまった。今回はイカロスの活躍シーンが少なく、クライマックスでは無理矢理バトルを終わらせにきたイメージしかなかったので、そのあたりの導入をもう少し丁寧にやってくれたら、視聴にも身が入った気がする。そして、全ての要素において、「別に地上波でやってもらっても良かったのに」という感想は拭えないままである。

 この作品は、テレビシリーズの出来が非常に良く、前述の通り、2期8話、11話などは、「劇場でやってもいい」ほどのクオリティを既に有していた。ただ、それをそのまま劇場に持ってこられると、どうしたって「もう一声!」という贅沢な要望は出てしまうものだ。今回の映画化にあたっては、残念ながらその「もう一声」がうまく機能できなかったのが勿体無い部分であった。

 まぁ、それでも久し振りに「そらおと」の新作が見られたのは嬉しかったですよ。今回は特に前半パートで会長が大活躍してくれていたし、そはらやニンフの愛らしさもいつも通り。新キャラの日和についても、事前情報がなければぴかしゃが中の人だなんて気づかないくらいにストレートな愛らしさを持っていました。ぴかしゃの懐の深さを再確認できるよいキャスティングである(まぁ、今回も黒髪ロングではあったけど)。そして……保志さん、いつもお疲れ様です。この作品が終わったら、ボチボチいい歳なんだからもうちょっと落ち着いた役に回ればいいのにね。あの声じゃ無理かぁ。

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 圧倒的最終回風味! 第13話。いやぁ、これやこれ。これが見たくて「いろは」を見ているのですよ。前回までの打ちのめされるような物語もひと味だけど……やっぱり緒花ちゃんは前を向いてる表情がよく似合う!

 とにかく、女将・皐月・緒花という3代の対立・対話・関係性がみっしりと敷き詰められ、その1つ1つを見ているだけでも楽しい、この作品の真骨頂のようなエピソード。作画も含めて、今まで溜まってきた鬱憤を全て吹き飛ばすかのように「見たいもの」がてんこ盛りでした。

 今回のテーマは当然「家族」。どんな人間でも、どんな状態でも、「家族」というテーマは必ず人に訴えかけるものがある便利なもので、鉄板であるが故に、それを描くのは易しい作業ではない。今期、脚本を任された岡田麿里は「あの花」と本作の同時進行体勢だったわけだが、「あの花」が男女の機微を中心とした「横の繋がり」で構成されるのに対し、この作品は徹底的に血縁を中心とした「縦の繋がり」が描かれるのが対比的。ややこしくて、泥臭くて、生々しい部分があるだけに、この珍妙な「家族劇」が映えるんです。

 1人ずつ見ていくと、まずは女将。「娘の顔を見たら平手で横っ面をはらない自信が無い」というので最初はケンに回った女将だったが、皐月のわがままに付き合わされて、気づけば土俵に上がっていた。一度は縁を切った娘との久し振りの再会は、本来ならば彼女に憎悪と決別を思い出させるものになっているはずなのだが、接客のために動いた女将の手から繰り出されたのは、より的確な「歓待」の指示。よく知っている娘だからこそ、何をすれば喜んでもらえるのか、それを考えることが出来る。この姿勢は「旅館の経営者としての義務」だから動いた、というのが表面的な動機であるが、最後まで見ていれば、そこに営業理念以上のなにかが含まれていたのは明らかであった。経営者としての信念を曲げ、わざわざ調理場に立ったことがそれを如実に表している。

 女将の態度をここまで軟化させ、夢の3代対談を実現させた功労者は、当然3代目「四十万の女」である緒花だろう。皐月を呼び出すだけ呼んでおいて、いざ乗り込んでこられるとどうしていいか分からずにワタワタするのは経験の浅さ故だろうが、持ち前の責任感の強さから、「皐月をもてなして評価を変えてやる」という本来の目的は充分に果たせていた。女将の指示を受けて「対皐月戦線」の最前線で奮戦出来たのは、やはり緒花だったのだ。また、最後の対談の席では、酔った勢いに任せて「母親を認めざるを得ない」という本音がポロリとこぼれ出た。既に先週までで形成されていた「母への敬意」だが、それが夢の対談を舞台に、表面化した形である。また、今回は祖母の意外な素顔に立ち会うことが出来たのも、彼女が次のステージへ進む重要な契機となるだろう。気づけば喜翠荘は緒花が「帰る」場所になっていた。彼女の頑張りは、確実に実を結んでいる。

 そして、渦中の人物である松前皐月だ。「敵地」喜翠荘へ乗り込んできた皐月は、傍若無人な振る舞いの中にも、フリーライターとしての「仕事人」の顔を挟み、娘や従業員を圧倒して見せた。放蕩娘とは言っても、長年喜翠荘でたたき上げられてきた生まれながらの旅館の娘。その辣腕は、従業員の目から見ても純粋に「四十万の血」が見て取れる。

 そんな皐月は、はっきり言ってしまえば今回は和解目的で喜翠荘を訪れている。最後に迎えた三代対談は彼女の狙い通りの舞台であったし、そこで手にした情報と、与えた情報は、全て彼女の思惑通り。駄目だ駄目だと思っていた「母親としての仕事」だったが、女将と緒花の連携を見て、自分がちゃんと「伝統の伝達者」として機能できていたことを知る。それと同時に、緒花に「ちゃんと旅館として歓待してみろ」と挑発したのは、緒花が自分と同じで、仕事に打ち込み始めたら回りが見えなくなることまでを読んでのこと。人生で初めて失恋という壁にぶち当たった愛娘に対する、彼女のなりの発破のかけ方だろう。そして、酒に負けた年老いた母に対しても、彼女は「娘」としての視線を向けた。弱くなった母、優しくなった母。彼女は、自分を守り続けるためにそれを受け入れることは出来なかったが、それでも若さ故に作り上げてしまった頑なな関係性を解消する方向には向かうことが出来ただろう。

 一晩という短い滞在期間ではあったが、皐月にとって今回の宿泊は、「母親」として、「娘」として、自分が築き上げてきた成果が確認出来た、至福の一時だったのだろう。もちろん、そんな柔らかい部分は最終的には「女」の自分で覆い隠す。出がけに緒花に渡した手紙が「仕事人間」としての1つのけじめのスタイルをとっているのは、そうした外面的な理由によるものだろうし、「それはそれ、これはこれ」というドライな教えを娘に託す、社会の先輩としての優しさである。

 三者三様の「四十万の女」たち。仏頂面で仕事一辺倒の女将。仕事も人生も謳歌しながら、社会のはみ出しものの烙印を押される皐月。何事にも不器用で、走り出したらブレーキが利かず、初めての恋に挫ける緒花。面倒の種類は違えども、そこにはぶっとい芯に支えられた「四十万の血」が生きている。「みんな結局同じなんだ」ということが分かる会談シーンは、やってることはムズムズするような親子の対話なのだが、その一言一言にあふれ出るような愛情が感じられて、終始ニヤニヤしっぱなしの名シーンである。今回は特に、緒花の百面相が本当に可愛い。作画的にはぶちゃいくになっている気もするのだが、突っ走って、間違って、ひっくり返るのが緒花の真骨頂。ボロボロととめどなくこぼれ出る孝一への思いも、人生の先輩2人に受け止めてもらったことで、少しは軽くなっただろう。ラストシーンでは、全身全霊の思いを山の上から叫ぶ緒花の顔が確認出来るが、その目に宿る光は、皐月から受け継がれた「松前の血」が宿っているように見えた。こうして女は強くなっていくのであるな。

 ついでに、今回は皐月さんの入浴シーンが過去と現在で計2回。豆じいの前でタオルを脱ぎ捨てる勇姿は、実にマニアックな嗜虐傾向に目覚めそうな大サービスシーン。豆じいが役得過ぎてずるい。ちなみにこのシーン、皐月の声が伊藤かな恵で、女将の声が本田貴子なんだよね。遺伝って怖いなぁ……

 更に蛇足ついでに、どうしても私は男の子ですんで、皐月や緒花よりも若旦那の縁の方に感情移入しちゃったのがさりげない印象点。女親と娘って、やっぱり色々とややこしいんですよ。そういう時に、どれだけ頼りなくても便利なのが息子っていう存在で、女将は「皐月の顔をはりたおすかもしれない」と言っていたが、実際に連打を浴びたのは縁なのである。男の子は、こういう役割を受け入れることで家族を回す役割があるんですよ。納得しろと言われるといささかひどい扱いだが、これも1つの信頼の形じゃないかと。頑張れ、縁。

 次回からは新展開。いきなりの結名回ですか。実はすごく楽しみです。水着のサービスシーンもあるみたいだけど、緒花はびっくりするくらい色気がないな!

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 「アスタロッテのおもちゃ!」 6→6

 染みました。色々と刺激の強い作品が多くて話題の尽きない今期ではございましたが、こうして一服の清涼剤として機能するゆったりアニメも大切なピースと言えるのではないでしょうか。当方、ベツニロリコンデハナイデスヨ。

 基本的に絵柄と中の人で勝負する作品だと思っているので、1クールの流れの中で付加的に現れた価値というのは多くないんだけど、無理なく増えて世界観を豊かにしてくれたキャラの配分とか、最終話に向けての気持ちの入った構成配分なんかは純粋に評価すべきものではないかと思います。個人的に赤尾でこは脚本家としてあんまり評価してないんですが、今作のゴールを見る限り、構成の技量は上がってきているかなぁ、という印象。具体的に触れておくと、最終話の脚本はグッと来るものがありました。前話で既に「妖魔界の住人と人間界の住人は言葉が通じなくなっている」という絶望的な状態を確定させておきつつ、それを週またぎで繋いで印象を薄め、最終話では直哉とロッテ、明日葉とメルチェリーダという2つの「親子」「恋人」の交流を自然に描いている。本来ならば言葉が通じない者どうしのぎくしゃくした関係が目立つはずの部分だが、それを逆手に取り、一切不自由を見せない描写によって、各キャラクターの深い関係性を自然に見せることに成功していた。大きな衝撃を受けるようなシーンではないが、ゆっくりと流れていく2人だけの時間を見て、何とも幸せな気持ちになる。その後のロッテの「私はちゃんと笑えているか」って言う台詞も、彼女の成長が伝わってきていいですね。

 「萌え作品」といえばそれまでの内容だけれど、エロやギャグ、ラブコメなどの要素を絡めつつ、その根本は本当に「可愛い」を追究したもの。日本語の「可愛い」だと区別が付きにくいが、英語でいうところの「Cute」を徹底的に突き詰めた作画・話作りはちゃんと狙って作らなければ出来上がらない境地だ。追崎監督の真骨頂が存分に発揮されている部分であるし、ふわっふわで恥ずかしくなりそうなくらいのファンシーな色づかいなども、ディオメディアが着実に力を付けてスタジオの個性を発揮出来た部分。全ての要素が、綺麗に揃って「ロッテのおもちゃ!」という1つの作品を完成形に導いた。是非とも、続きが見てみたい世界であった。

 そして、まぁやっぱり中の人ですよ。釘宮・田村・堀江。この三発を立て続けにぶち込むだけで幕之内でも倒せるぞ。ロリの帝国を築き上げた素晴らしきキャスト陣は、おそらく今後はしばらく集まることがないであろう博覧会のごとき様相である。一体どんな現場だったのか想像するだけでも食事が進む。千和・広橋・まつらいさん。なんと、世界三大丸顔声優そろい踏みじゃないか! そして最後に気づく。「ひょっとして、今期一番活躍してる声優って……チョーさんじゃね?」

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 Sun Titan/太陽のタイタン(M11)」 M

 結局タイタンサイクルは全て再録決定。まぁ、基本セット神話としては絶妙なバランスなんだな。

 

Frost Titan/霜のタイタン(M11)」 M

 最初にこいつが出たとき「青だけショボすぎだろwww」とか言われてたけど、結局活躍したんだよなー。ま、地味なのは事実だけど。

 

Grave Titan/墓所のタイタン(M11)」 M

 ヴァラクートが去ったあとは、タイタン界の王者はこいつってことになるのかな。

 

Jace, Memory Adept (記憶の達人、ジェイス) (3)(U)(U) M

プレインズウォーカー・ジェイス

【4】

<+1>: カードを1枚引く。対象のプレイヤー1人は、自分のライブラリを上から1枚自分の墓地に置く。

<0>: 対象のプレイヤー1人は、ライブラリを上から10枚自分の墓地に置く。

<-7>: 好きな数のプレイヤーを対象とし、それらのプレイヤーは20枚のカードを引く。

 「ごっめーん、俺強すぎて禁止されたわー、禁止されたから別な能力にするわー、禁止されたしー」ということで、あまりに厨二性能すぎた「精神を刻む」やりかたに反省したのか、なんと史上初、3タイプ目の新作を繰り出してきたジェイスさん。反省するのは悪いコトじゃないが、こいつのせいでせっかくいっぱい持っていた「ジェイス・ベレレン(LRW)」がスタン落ちするのはムカつく。クソッ、なんだかんだ言ってこいつもそれなりの値段になるだろうしなぁ……金喰い虫め。で、そんな新作ジェイスだが、流石に4マナの化け物と比べたらかなり抑えめの性能。5マナかかる時点である程度魅力は削がれているし、ライブラリ・パーマネントの両方に触ってやりたい放題だったやんちゃっぷりはなりをひそめ、今回は在りし日の姿に立ち戻って触れるのはあくまでライブラリだけ。相変わらずプラス能力を起動するだけでアドバンテージ稼ぎ放題なのは素敵だが、5マナプレインズウォーカーならこれくらいは出来るだろう。おそらく旧ジェイス群と比較しても、一応「弱い方」ではある。が、やっぱりこの男は放っておくとろくなことがないのは事実で、起動コスト0で「肉体と精神の剣(SOM)」出来るのは結構怖い。普段は忠誠度が安全圏に移るまでプラス能力でしこしことアドバンテージを稼ぎ、余裕が出てきたら0能力、ラストターンだけは大技起動で2倍削り、というのが正しいミルミルデッキのあり方である。勝ち手段が搾られたおかげで、入るデッキがグッと減ったのは健全なところ。このくらいの性能で少しは現実に触れてきて欲しいものだ。今後の環境次第だが、一応自分のライブラリを削るのにも使える点はチェックしておくべき部分か。

 

Vengeful Pharaoh (復讐に燃えるファラオ) (2)(B)(B)(B) R

クリーチャー・ゾンビ

5/4 接死

あなたか、あなたのコントロールするプレインズウォーカーに戦闘ダメージが与えられるたび、〜があなたの墓地にあるならば、対象の攻撃クリーチャー1体を破壊し、その後〜をあなたのライブラリの一番上に置く。

 死してなお墓から相手にクレームを付けにくる、生粋のクレーマー体質。墓地から悪さをする能力はいかにも黒らしい能力で、しかもそのまま自分の復活に繋げるあたり、「てめぇ、調子のってんじゃねぇぞオラァ!」と墓地から飛び出してくるおっさんの躍動感溢れるアクションがイメージ出来てなんだか楽しい。相手からしたら殺した時点で「懲罰(JDG)」を1枚渡していることになるわけで、出来たら放っておきたいけど5/4接死ってちょっとでかすぎるという、なかなか嫌らしい設定である。ただし、墓地にいる時点で殴られると自動トリガーし、勝手にライブラリに戻ってきちゃうのは注意が必要。相手が再生クリーチャーだったりした場合、望んでもいないのに延々こいつがライブラリに登ってきてドローが阻害されたりすると結構邪魔だ(まぁ、キャストしなきゃいいんだけど)。また、あくまで対象にとった際に帰還する能力なので、殴ってくるのが「ミラディンの十字軍」や「饗宴と飢餓の剣」だけだったりすると棺桶に転がりっぱなしだ。構築で使われるかどうかはやや微妙だが、青でルーターを絡ませたり、墓地を掘り進む系のデッキならそこそこ面白い動きは見せてくれそうである。

 

Scrambleverse (6)(R)(R) R

ソーサリー

土地でない全てのパーマネントについて、プレイヤー1人を無作為に選ぶ。その後、各プレイヤーは選ばれたパーマネントのコントロールを得る。それらのパーマネントをアンタップする。

 M11では「野生の喚起(M11)」が開発された、赤名物のカオス製造カードの新作。過去に存在したびっくりどっきりカードの大傑作といえば、最終的に構築でも頑張れるようになっていた「歪んだ世界(M10)」だろう。私も大好きなカードで、必死に世界をゆがめるべくデッキをいじったものである。そして、このカードはそんな大先輩と同じコストで大カオスを引き起こす。ノンランドパーマネント全てが、ランダムにそのコントローラーを決めるというのだ。コントロール入れ替えというと同様のカオスカードである「泥棒の競り(8ED)」なんかに似ているが、このカードは本当にランダムであり、発動前にどれだけたくさんのパーマネントをコントロールしていようが、下手したら全部相手の手に渡るかもしれないのが恐ろしい。使う方も使われる方も、毎日神様に願掛けするくらいしか対処法が無いのである。質を問わずにひたすらパーマネントを増やすことで実利を狙えた「歪んだ世界」や「泥棒の競り」とは理念が違うのだ。とはいえ、もしこのカードを使おうとしたら、とにかくパーマネントを土地だけにするのが必須。土地+「発熱の儀式」あたりで8マナを生み出すだけで、ひょっとしたら相手のパーマネントがごっそり自分の手元に転がり込んでくるかもしれないのだ。夢がひろがりんぐだな。最大の難点は、夢しかないところだな。

 

Primordial Hydra 始源のハイドラ (X)(G)(G) M

クリーチャー・ハイドラ

0/0

〜は+1/+1カウンターがX個置かれた状態で戦場に出る。

あなたのアップキープの開始時に、〜に置かれた+1/+1カウンターを2倍にする。〜が10個以上の+1/+1カウンターを持つ限り、それはトランプルを得る。

 今回の新作神話はハイドラ。……いや、だからさ、10版で神話枠をハイドラにした結果、次のセットで普通レアに降格していたという痛ましい事実を忘れたのか。見向きもされなかったよね、「変幻のハイドラ(M11)」。「現時点で神話から格下げされた唯一のカードである」っていう汚名しか背負ってないものな。そんな神話ハイドラ枠のリベンジ候補生は、「変幻のハイドラ」がチャレンジして失敗した「カウンター2倍機構」をよりシンプルに改良させたもの。放っておくだけで毎ターンサイズが膨れあがっていき、しまいには特大トランプラーとなって相手を押しつぶす。なるほど、世界に「破滅の刃」がなければこれはこれで強そう。神話かどうかは定かじゃないが、リミテッドなら開けたパックから押し戴く価値はありそうだ。ちなみにこの「カウンター2倍機構」は過去に「ソラリアン(5DN)」という大先輩がもっていたのだが、そちらは一切使われたという記録が残っていない。まぁ、タップ能力だったし、トランプル無かったし。この子は出来る子! だといいな!

 

Skinshifter (1)(G)

クリーチャー・人間、シャーマン

1/1

(G):次のうちから1つを選ぶ。「ターン終了時まで、〜は4/4でトランプルを持つサイ・クリーチャーとなる」「ターン終了時まで、〜は2/2で飛行を持つ、鳥・クリーチャーとなる」「ターン終了時まで、〜は0/8の植物・クリーチャーとなる」。この能力は、各ターンに1度だけ起動できる。

 2マナのレアでシャーマンなクリーチャーといえば「獣相のシャーマン(M11)」だが、残念ながらこのクリーチャーにはあんなきな臭い風味は一切感じられない。何しろベースになっているのが「原初の土(6ED)」だ。「適者生存(STH)」を身にまとったシャーマンと勝負しようという方が間違っている。で、そんな「原初の土」のオマージュクリーチャーだが、流石に時代が進んだおかげで色々と改良されている。2/2フライヤーモードだけは同じだが、突撃モードが44トランプラーと大幅に強化され、壁モードもタフネスがあがり、一応殴れるといううま味もある。基本的な使い方は、単に2マナで出して3ターン目から4/4でブイブイ殴るのが一般的になるだろうか。ところによりフライヤーでちまちま殴れるし、リミテッドで引くレアとしては充分な性能であろう。ただ、毎ターン起動し直す設定になったのは痛し痒しで、「原初の土」と違って常に隙がある状態で戦わなければいけないのが悩みどころ。変身に対応して焼かれると「突き刺す苦痛(M11)」すら耐えられない貧弱ボディなのだ。ま、早めに出して1回殴れれば元が取れるくらいなので、過度な期待を押しつけるのは可哀想だろう。適材適所ですよ。

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 DOG DAYS」 5→3

 正直に断ると、途中であんまり真剣に見てなかった時期があったので、あんまり大上段に評価出来る状態ではないのだが……この作品は、ちょっと期待感を大きくしすぎてしまった感があった。1話の時点で評価を全く固められなかったのが尾をひいてるかもしれません。

 「なのは」スタッフによる全く別コンセプトの新作。1話時点での方向性を見るに、素直で分かりやすい男性主人公を立てた状態で、セブンアークスの見せ場であるシンプルなバトル描写を主軸においた冒険活劇を描いてくれるというのが最初の期待。ただ、そこに大量の女性キャラが絡んでくることも早い段階から知られていたので、いわゆる異世界ハーレムものとして「萌え」の路線を求めるというのが第2の期待。簡潔に答えだけを見れば、まぁ、そのどちらにしても達成度は60%がいいところだろう。

 「萌え」については、1クールでの話運びにしちゃぁキャラクターが多すぎたのが分かりやすい難点。シンクからすると大本命はミルヒになるわけだが、その他にもかなり押しが強かったサブヒロイン枠でリコッタ、常に側にいたおかげで幼馴染みポジションのように着実にフラグを重ねていったエクレなど、メインターゲットだけでも焦点が絞りにくい。それに加えて回りにもガンガン女性キャラを配置していき、その全てについてそれなりの見せ場を用意すべく、どんどん視点が散っていってしまう。

 物語のもう片方の車輪ともいうべき活劇の部分についても、1話のサプライズで「なんちゃってお遊び戦国」という設定を作り上げたおかげで、戦うことに緊張感を伴わなくなってしまったし、何をやっても「おちゃらけ世界観」の中での出来事として処理されるため、後半にクライマックスを迎えたはずのシリアス部分との調和が取れない。そして、メインシナリオとなる土地神との対決・交流部分についても、それに関わるキャラクターが多すぎるせいで、誰がどう悩んで、何が解決したのかがはっきりしないのだ。これでは真剣に戦おうという気も起きにくいのはしょうがないのである。

 クライマックスあたりを見て気づいたのは、この「散り散りになった物語」は、実はあの「なのはStrikerS」にものすごく似ている。「なのは」の場合はテイストがシリアス1本だったからまだ良かった部分もあるのだが、あのときも敵味方に大量のキャラクターが配備され、その全てにドラマを設けようとしたせいで焦点がぼやけ、全ての局面が消化不良という残念な結果に終わっている。都築真紀の脚本は、この「尺を考えないやり過ぎた詰め込み」が多いということなんだろうか。「A‘s」でギリギリくらいの尺だったからなぁ。

 一応、最終回となるお別れシーンなんかは、ミルヒがメインヒロインとしての立ち位置を明確にしてくれたので形になったのが救いだが、それにしたって「今生の別れだと思ったけど案外会えます」とか、「再召喚が可能なのは単にシンクの思いつきが都合良く伝承に合致したからです」とか、あんまり真剣に組み上げたシナリオに見えない。単に毎週「ミルヒが可愛いんだよな」とか言いたいだけならこれでもいいんだろうが、なまじ1話時点でシナリオの妙も視野にいれてしまっただけに、このグダグダ感はマイナス面が多すぎたように思う。

 あとはまぁ、下手な鉄砲でも数を撃つ方向性で。キャスト関係は大量のアイドルがひしめく状態なので、そっちの世界の住人ならば一発二発は被弾するだろう。特に最大級の破壊力を持つ「歌うお姫様」役の堀江由衣は、「本当に堀江由衣は死ぬまで堀江由衣を演じ続けるのだろう」と思える覚悟のキャスティング。感服いたし申した。サブヒロインに水樹奈々・竹達彩奈という配置もなかなか阿漕であるし、日笠・阿澄を脇にすえ、更に花澤・寿などの若手陣も隙間なくびっしりと。素敵キャストの絨毯爆撃である。まぁ、個人的に一番の攻撃を受けたのはレオ閣下役の小清水ですけどねー。小清水と堀江由衣が姉妹のような関係……って、フタコイ! フタコイじゃないか! ……あー、どうでもいいですね。

 とりあえず、何とか最後まで走りきって形にはなったので、草川監督にはさっさと「魔法戦記」の方に戻ってもらうということで。個人的には「セキレイ」3期でも可。

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 「そふてにっ」 5→6

 個人的には充分楽しませてもらった、たいへんくつろげる一作。世間的にはあんまり話題になっていないようなのが残念至極。大量消費の世の中で、どうしてもこういう押しの弱い(セールスにお金がかかっていない)作品は不利益を被っている気がします。

 ちょっと話題がそれるが、私は「質アニメ」という言葉が嫌いだ。どこに生まれてどんな経過を経て育った言葉なのかは知らないが、どうやら某大手アニメブログあたりでDVDの売上についての話題が登ると持ち出される言葉のようである。端的に言えば「クオリティが高く、一部の蘊蓄好きや通ぶりたい人間が評価するが、売上が伸びずに期待はずれに終わる作品」くらいの意味になるのだろうか(あくまで私が見たところの判断だが)。

 確かに、世の中にはアニメを評価する大きく2つの基準があり、それが「売上」「質」と分類されやすいことは事実だろう。もちろん、この2軸に相関性はあるわけだが、「ショボいくせに売れてるよな!」とか、「あんなに面白くて素晴らしいのに何故売れない!」という、主観と売上の齟齬を埋めるためにはこの2種を同値にしない方が良いのである。そして、実際にソフトの売上だけがアニメの出来を評価する軸にすることは出来ないので、この2軸は存在していると見ていいだろう。

 そして、現状では「質アニメ」は揶揄の言葉として用いられることが多い。「散々持ち上げていたのに売上が伸びないなんて大したことのない作品だ」と。売上による評価というのは、売り手側からすれば当然必要な基準であろうし、1つの成否判断として正統であるが、それを受け手側が評価するのはどこか不当である。「何枚ソフトが売れたか」はあくまで多数決の原理でしかなく、多数決だけが正しさでないことなど、誰もが知っていることなのだから。商売でアニメを作る側が結果を見るときに参照する軸として存在しているものを、受け手側が「売れたから面白いのだ」という風に再解釈するのは、一切意味のない行為なのである。

 そして、更に「質」という基準も非常に曖昧である。例えば最近でいえば「STAR DRIVER」「まどかマギカ」なんかは「質」が高いと評される作品だろう。つぎ込まれた予算が大きく、関わったスタッフの数も莫大。そういう「手のかかり方」が「質」と表されるものである。また、スタジオごとの性格もこの「質」に分類されやすく、ひょっとしたら「ムント」なんかも質アニメに分類されるのかもしれない。もちろん、そこに明確な分類基準はない。

 では、話を戻してこの「そふてにっ」は「何アニメ」なんだろう。現時点では、どうも売上が伸びるようには見えないので、「成功例」とは言われまい。更に、XEBEC制作の作品は「質アニメ」とは言われにくい。「もっとTo LOVEる」や「れでぃ×ばと」などは売上もボチボチだったが、そういう場合にはむしろ「萌えもの好きの固定客がいるから」と判断されるため、「作品自体のクオリティが高いスタジオ」という認識ではない。となると、売上も「質」も高くないこのアニメは「駄作」と言われるのか?

 もちろん、私はそんな風には考えたくない。かかった予算、割かれた人員がどの程度かは知らないが、おそらく話題になるような作品(今期なら「タイバニ」や「いろは」など)に比べたら期待値は低くて、そこまで充足したバックアップは得られていないだろう。その上で、限られた枠を飛び出し、アニメ独自の面白さを出そうとする製作側の意気込みは充分に感じられた。上坪監督の駆使する奇妙なアートワークや、脱力したシナリオラインをきっちりと1クール運びきるシリーズ構成、そして見やすさと楽しさを優先させたシンプルな画面構成など、この作品は、充分にオリジナリティがあり、見るべき点の多い「佳作」だった。もちろん、新規なチャレンジもあるし、いわゆる「萌えもの」に傾いた作品ではあるので客層を選ぶ部分もあるだろうが、見せたい部分を切り取り、それを十全に活かした状態で画面にのせようという意気込みは評価されて然るべきだ。多分、こんなところでこんなことを書いていても誰も賛同はしてくれないかもしれないが、今期の作品の中でも、屈指の「良いアニメ」だったと、改めて記しておきたい。上坪監督、ありがとうございました。

 そして、この作品のキャストの充実っぷりは、これまた今期の作品の中では屈指。伊藤かな恵、喜多村英梨と揃えたメインの布陣を、伊藤静、矢作紗友里、明坂聡美の中堅層で囲み、ゲストキャラにも井上麻里奈や沢城みゆきが投入されている。あとはほら、最終話ではsphere全員集合とかしてるし。実は、かなり贅沢な使い方だったりするのである。そういう客層がもうちょっとついてもいいんじゃないかと思います。そんな中でも地味に気になったのが、みっしー役の松本忍という人。今まで認識したことがなかった男性キャストなんだけど、すっごい自然に入ってきたので調べてみたら、それなりにベテランと呼べる経歴の役者さんのようである。これを契機に停滞し続ける男性声優業界の風通しを少し良くしてもらえないもんかな。

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