最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「カワイスギクライシス」 6→6 吾輩は満足である……このアニメに出会えたこと。そして毎週いじれたことが。 とてもよかったと思っているけど、「江戸前エルフ」以上に他人にはこの感覚が理解してもらえないだろうなーとも思っている独りよがりな作品。だって、別に面白くないもん。毎週猫を愛でているだけで終わるアニメなんて冷静に考えれば「なんじゃそりゃ」な存在だろうし、実は肝腎要の動物の作画や描写だって、別にハイクオリティの超絶カワイイ作画で描かれてるなんてことはない。メインキャラ・よぞら君の様子だって、猫アニメと言われたら「もうちょい頑張れるのでは」というクレームがあったとしてもなんの不思議もない。どこをどう拾っても「平凡な画のアニメ」だった。絵の訴求力じゃない。シナリオの魅力でもない。だったら何が面白いんだっちゅう話ですよ。 で、その答えは「猫」なんですよ。結局、私は「動物可愛い」をただただ声高に叫びたかっただけなんです。いい歳こいたおっさんがさ、しかも人付き合いもないクソコミュ障の人間がさ、普段からなかなか「猫ちゃんきゃわいい〜ん!」みたいなこと叫ぶ機会なんてないじゃないですが。もしやっちゃったら事案じゃないですか。だからこそ、普段から沸々と湧き上がるこの気持ちは、抑えながら日常生活してるんですよ。近所を散歩してる時に無意識に猫を探しながら歩いていたとしても、極力不審者に見えないよう、さりげなくやるように努力してるわけですよ。そうしてたまったフラストレーションを代弁してくれる、「とにかく地球の動物って可愛いよな」という提唱したとしても誰1人得しないようなことを、わざわざ提言してくれるアニメ。それだけで、僕は充分だったのです。 そうして路傍の石のようなどーでもいいテーマをわざわざ拾い上げ、それなりの尺・それなりの意義づけで1本のアニメが完成し、それが無事に1クールの放送を終えた。人類にとっては小さな一歩だけど、俺に取っては大きなルームランニング。ストレス発散気分爽快。そういうタイプのセラピーだったと思っていただければ。実際、毎週の感想にかこつけて訳のわからん猫話は色々と吐き出せたので満足です。でも、猫は飼いたいです。どなたか、近所に猫を触らせてくれるご家庭はありませんか。 あ、あとゆみり。花守ゆみりパワーを一番ごくごく飲めるのが今期はこの作品だったので、そこも大きな加点要素である。最近のゆみりはほんとにごんぶとなキャラばっかりになってきたな。
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今期はもう、3話切りを手に入れたので余計ななろうに精神を削られずに済むようになったのだが、そんな中で何故か最後まで試聴してしまったのがこちらの作品。理由は本当にただ1つで、映像部分が良くも悪くも目立っていたためである。この細かさはいったいどうやって作ってるんだろう。何か省エネをこなしながらこうしてディティールの凝った映像が作れる技術が開発されているのか、それとも、ふつーに手間暇かけてこの映像を作っているのか……多分後者なんだろうけど、だとしたらこの技術力を蓄えたミルパンセと板垣監督には、もっと有効利用できる良い作品を作って欲しいのである。あたしゃ板垣さんのそのセンスは買ってるんだけど。 そうして映像部分でとにかく気になる作り込みを見せている作品だったのだが、残念ながら(そして予想通りに)内容はお察し。なろうの数を減らしたおかげで、こうしたネイキッドなろうのテイストは余計に鋭く切り込んでくる。もう、いちいち痛くてイタくて……本当にこうした筋立てを見てなんらかの快楽が得られる人が存在するのだろうか。すべての筋立てで赤面してしまうような残念展開しか待っていないなろう王国のなろう戦士である。個人的には主人公がイキってることよりも、そのイキりに対していちいち大仰に驚いたり礼賛してる周りの人間の反応を見ている方がきつい。なんかこう、キャストの人たちはどう言う気持ちでこれを演じてるんだろう、っていう同情が先に立つので……。いや、お仕事でやってるんだから別にいいんだろうけど(禎丞が手慣れた調子でなろう主人公を演じていることには別に同情はない)。 あ、一応「現実世界の学園の先生がいちいちエロくてエグい」というのはセールスポイントかも。主に声の面で。これから先の時代、人類は貴重な資源の浪費を防ぐために能登麻美子の起用に制限を設けるなどの対策が必要かもしれない。 2期開始のタイミングの早さが勝負を分けそうだが……最終話! まぁ、約束されし2期目だとは思うのだが、まだ完結していない作品なだけに、今後のメディアでの取り扱いがかなり難しそう。 などというメタい話は置いときたいところだが、最終回の演出を見ていても、やはり今作は盤外戦術というか、アニメそのもの以外での情報の出し方がうまかったな、という印象が強いのよね。最終話は当然「B小町はどんなライブを見せてくれるんだ!?」という部分に注目が集まると思うのだが、ぶっちゃけ、最終回ライブとしてそこまで驚くような映像が飛び出したわけではない。尺もそこそこだし、常時かなのモノローグが入っている形なので、曲そのものを見せるような構成にはなっていない。しかし、そこに乗せられている意味は充分な量があり、かながあらためて決意を固める流れ、ルビーがステージに立った時の生来の(血に継がれた)輝き、そしてアクアが幼少期(ほんと幼少期)と全く同じフリで今度はアイの娘たちを全力で応援しているという構図。それら全てがカチッとハマるようになっている。 そして最後のキメは代表曲「サインはB」で、ルビーではなくてかながポーズを決めることでこのライブが完成する。この「サインはBでキメる」ってのがポイントで、実は振り返ってみると、純粋に作中でこの「サインはB」が流れた回数というのはそこまで多くない(と思う)。あの衝撃の第1話で使われたことで「生前のアイの象徴」という認識は視聴者に刷り込まれてはいるが、アニメのみでの位置付けを考えるとそこまで大きな存在にはならないはずなのだ。それなのに、あそこでルビーとかながバシッとポーズを決めることに大きな意味を感じることができるのは、とにかく今作が大きな流れの上に乗り、CMやら公式動画やら、とにかく情報を連打して「サインはB」が目に、耳に触れる機会をいやが上にも増やしたことでこの最終回が完成している。どこまでを計算に含めていたかは定かではないが、なんとも“現代的な”うまい作り方ではなかろうか。 そうして「推しの子」というタイトルをひとまず回収。ついでにサブタイトルをオープニング曲に被せてそちらのタイトルも回収しつつ、かなの立ち位置を明示。アイドルB小町の今後の活躍を期待させることで、きちんとルビーの今後にも指針を与えている。 そして、これで終わっておけば本当に綺麗な1クール目ということになったわけだが、もちろん次への布石を打って期待感を煽ることも忘れてはいない。次の舞台は2.5次元舞台。そしてなんと、ここで恋の鞘当てにも駆り出されたかなとあかねの衝突まで盛り込んできた。うわぁ、普通のラブコメっぽくなっとる……ベタといえばベタな展開ではあるが、正統派(?)ヒロインとして正妻の座を着々と固めているかなに対し、キャラの強烈さで一撃必殺を狙うあかねというエントリーは、なるほど確かに盛り上がりそうな仕込みである。ちなみに私の場合は、あかねもかなも狙い通りに好感度の高いヒロインになっているが、今回のお話を見ていると一番気になるのは気遣い胃痛ポジのMEMちょだったりする。こういうところで周りが見えてる系女子、いいよね。 さて、ひどい言い方をすれば結局は何も解決してない中途半端な状態での幕引き。繰り返しになるが、2期がいつくるのか、その早さが評価を分ける。さぁ、ここまで盛り上がった一大ムーブメントの熱を冷まさぬままに次に繋げるでしょうか。
「魔術士オーフェンはぐれ旅 聖域編」 ―→3 ごめんなさい、もうろくに観てなかったです……。 3話切りという武器を手に入れたんだし、観てねぇんだったらさっさと切るなりすりゃいいし、切らなかったとしてもわざわざ名前を出さずにスルーすればよかったとは思うんだが、なんだろう、不思議なしがらみが感じられたので……一応、最後まで録画保存し、毎回なんとなく再生はしていたことだけ報告しておきます。 前クールで「アーバンラマ編」が終了、そこからシームレスに「聖域編」へと接続したので前クール終了時点で触れてなかったんだけど、実際にはもうその時点でほぼ切れてる状態だったので触れませんでした。まぁ、さらにその前の時点で雰囲気だけで観てたからなぁ……ハナから一緒にゴールインできるとも思ってなかったけどね。 なんでこんな残念な接し方になってしまったかを考えるに、まず何を差し置いても「アニメとして別に魅力がない」というのが最大の要因だ。映像がショボい、アクション作画もなろうアニメクラスでパリッとせんし、ただでさえややこしい概念や持って回った言い方が増えてくる展開なのに、それを分かりやすく伝えてくれる作劇になっていない。自分が不真面目じゃなかったとは言わないが、それにしたって情報が入ってこないアニメになってしまっていた。ほんとにね、耳から入りにくい情報が多いのよ。そこはおそらく作者なりのこだわりもあるんだろうけど、いちいち概念に名前がついてるし、それが耳で聞いてパッと漢字変換しにくいことだらけで。やっぱ一見さんお断りの要素は強かったと思うよ。名称にしても「ロッテーシャ」とか「キエサルヒマ」とか「ん? 何語だ?」みたいな響きが多くて、概念としてそれが「人名なのか、地名なのか、はたまた全然関係ない概念なのか」みたいな部分がパッと入ってこない。ちょっと注意して観てれば問題にならないような小さな障害も、積もり積もれば視聴モチベを削ってごめんなさいする理由になってしまうだろう。そうして諦めなきゃいけなかったのは、決して視聴者側の怠慢だけが原因だとは思わないわ。 というわけで、今回は(今回も)ご縁がなかったということで……途中でさ、前作で割と空気だったクリーオウにスポットが当たって、「おっ、ようやく重要な役割が回ってきたか?」って期待してた部分はあるのだが……クリーオウの中の人、Twitterでわかりにくい用語の解説辞典を掲載したり、色々頑張ってくれてたんだけどね。すまんな。
「BIRDIE WING -Golf Girl’s Story-(第2期)」 ―→5 まぁ、2期単体での評価はこんなもんやろ……。1期からのよしみで毎週欠かさず感想は書いていたが、まぁ、言うてそこまでオススメしたいほどでもないよ(黒田洋介ファンなら見ておくべきだとは思うが)。 というわけで、冒頭の無茶苦茶展開から引き込まれたはっちゃけゴルヌアニメですが、2クールというまとまった枠で見た時には「無難なところに着地したな」くらいの印象。まぁ、最終目的がソシャゲ(やその他諸々の付属品)の売り込みだとしたら無茶に無茶を重ねすぎるとスポンサーからクレームくるかもしれないからね。そう言う意味では、1期のアホ展開で一旦大雑把に客を囲っておき、私みたいに惰性で最後まで見た人間が「まぁ、悪くないアニメでしたよ」ってんでこの作品のタイトルを認知してくれてればそれでいいのかもしれない。タイトルさえ覚えてれば、将来僕が偉くなってゴルフ始めた時に「よし、バーディーウィングの関係商品を買ってみよう」って思うかもしれないからね! ……天文学的な確率だ……。 まぁ、どうしても茶化して盛り上がるタイプの作品だったもんで穏当な姿勢を見せられるとちょっとがっかりしちゃうのはしょうがないよね。でもまぁ、2期目は作画的な部分も安定してたし、シナリオラインだって特別酷くなったというわけでもない。どーせ他に比較できる作品もないのだし、何気ない日常を生きて、「あっ、今からなんとなくゴルフアニメが見たいな」っていう瞬間にこれを手に取ってもいいんじゃないでしょうかね。……天文学的な確率だ……。オススメですよ(あれ?)。 千・秋・楽! いやさ大・団・円!!! 最終話! まぁこれ以外の終わり方はないでしょう。シリウスよ永遠なれ! もう、あんまり細かく言う必要もない予想も期待も裏切らない最終回。音楽メインのアニメなら「最終話はとっておきのライブを!」というのがすっかり定番の文化となったが、こちらの作品ならもちろん最終話はたっぷりととっておきの舞台を披露する。舞台演劇がテーマの作品ならそれが当たり前。最終話だからって東京タワーをぶっ倒してタワーブリッジにしたりしてはいけないのだ。いや、ごめんなさい、それでもいいです。 たっぷり時間を使って集大成となる舞台。今作独自の「舞台空間」の演出が常時発動しているので作画クオリティがとんでもないことになっているし、そのクオリティで描かれているシリウスの舞台も常識がぶっ壊れているので色々とんでもない。あんなん、どうやって舞台演出で作り上げてやがるんだ。そりゃ大演劇時代も来るだろうよ。あんなもん、何回も観たいに決まっている。まぁ、おそらくは炸裂していたエフェクトの半分が舞台効果で、残りの半分は八恵やここなのセンスによる幻視のオーバーフローなのだろうが。とにかく短い時間で「集大成となるめちゃおもしろそうな演劇」が描かれればそれでOKなのですよ。この1クールですっかりシリウスに魅入られた我々視聴者なら、「あの新妻八恵とカトリナちゃんと鳳ここながフルスペックで舞台を!?」っていうだけで感涙してひたすらに拝み倒してしまいますからね。 実際、舞台に立つ者全員が惜しげもなくセンスを垂れ流す舞台は凄まじいものになった。八恵やカトリナに注目は集まりがちだろうが、冒頭を引っ張ったぱんだの仕事ぶりだって堂々たるものだったし、彼女のセンスはおそらく舞台序盤に客の様子を伺って引き込むのに大きなアドバンテージがある。そうしてぱんだが空気を作ってくれているからこそ、残りの若手連中が好きに暴れても壊れない舞台が構築できているのだろう。八恵の演じるクリスティーヌの美少女っぷりも尋常ではなく、千変万化のカトリナさんが男役でそこに絡む。ハァ〜、やっぱこの舞台は一度完全版で見てみたいっすね。スタッフさん、オペラ座の怪人だけで30分とか1時間あるオリジナル映像特典とか作る気ないですかね? そうしてあまりにも荘厳すぎる檜舞台が整い、静香は約束されし帰還を果たす。いや、正確にシナリオの流れだけを考えるなら彼女がここで帰ってくることの是非は議論の余地があるのだが、まぁ、前回も言った通りに「ここからソシャゲに繋ぐで帰ってこなきゃいけない」という前提があるなら、こういう形で収めておくのが一番穏当だろう。一応の理屈をつけるなら、前回までの鳳ここなは、我が身から分たれた「半身」である静香と統合され、「2人で1人」になった。今まで足りなかった部分を補い合い、出来上がったのは「1人」である。そしてそこから、柊やシャモさんの言うようにここなのセンスは舞台で「成長」し、今度は「1人が2人」にまで膨れ上がった。これをもって、ここなのセンスは1つの完成を見たと思えばいいのではなかろうか。 個人的にすごく気に入っているのは、この度の舞台のメイク、ファントムの傷は顔面の右側についてるってこと。前回までの筋を考えれば、舞台に焦がれて闇に足掻くファントムは静香の反映であるかのようにも見えていたのでファントムの「証」は静香を象徴する左側についていてもおかしくなかったと思うのだが、鳳ここなという完成された1人の役者を考えるなら、静香を生み出し、その姿に憧れて貪欲に喰らい尽くしたここな本人こそがファントムたりうる存在である。全てを拾い上げ、愛を成し遂げた1人の青年「エリック」が顔の傷にすら誇りを持ち次の人生へ歩を進めたのと同じく、鳳ここなも、自らの生み出した静香という「異形」を携え、次の舞台へ進んでいくのである。 ワールドダイスター、其は古よりの定めの名。舞台を司る2人の乙女。
「THE MARGINAL SERVICE」 5→3 率直に言うなら、「何から何まで滑り倒した作品」という感想。常々書いてることだけど、「一周回って面白い」とか「一周回って格好いい」とかは、往々にして一周まわらない。 いや、制作側の意図がそこにあったという確証もないのだが、まさか真正面からこの題材の扱い方でウケると踏んでやってたとは思えないんだよね。あえてあまりに昭和臭いノリを匂わせたり、典型的アメコミ風のやり取りを見せてサムさを演出してみたり、時代遅れのサブカルばりばりのオカルトなものを題材にしてレトロさにつなげたり。まさかこれらの要素が「こういうのが好きな人が多いから!」と思って描いていたとは思えない。まっすぐ正面からのスマートさを見せようとしても予算が足りないし、ちょっと捻ってズラしたら「分かってる風」が出せていいんじゃね? という打算が見て取れるような気がするのだ。そうしてくっつけていったあらゆる要素が本当に素材そのままの状態で垂れ流され、どんくさい昭和ノリのギャグを、バタくさいアメコミ風のノリで、古くさいオカルトの話に終始した全く興味が持てないアニメが完成している。強いてセールスポイントを上げるならコッテコテのキャスト陣の揃い方が尋常じゃないことくらいだが、「とにかく杉田中村宮野のわちゃわちゃさせてればお前ら満足するんだろ」とか思ってるんなら大きな間違いである。いや、満足することも結構あるけどさ。 そうしてターゲット層がよくわからぬうすら寒い展開がずーっと続いたので、突っ込むタイミングすら見つからず、数十年前に見たような展開がただ流れておしまい。一応凸凹なバディものという意味では「タイバニ」あたりのテンションを狙っていたように見えるが、当時の最先端技術からあえて「ヘンテコギャグ」方向にずらしたタイバニとは似ても似つかないものになってしまった。今期はたまたまタイバニ2の放送とも重なっていて(タイバニ2が面白いかどうかは置いといて)皮肉な対比がクッキリ出てしまった気がする。こういう「誰が何を思ってゴーサインを出したかよくわからないオリジナルアニメ」って、どういう悲劇の果てに世に出てくるんでしょうね。 全体を通して「超最悪」って言うほどでもないぬるーい温度感だったもんで「ジビエート」みたいにクソアニメとして歴史に名を残すこともできそうにない、なんかもう、ほんと関係者が可哀想。
「江戸前エルフ」 6→7 誰がなんと言おうと大好きな作品でした。今作については、電書じゃなくて紙の本で揃えようかと思ってるんですが……書店に全然置いてねぇの!!! どういうことなのよ! 他のアニメ化作品はコーナー作って平積みされてるのに! マイホームヒーローや女神のカフェテラスはあるのに! どんだけ発行部数少なかったんだろう……。 というわけで、本当に今期アニメ視聴の一番の癒しコーナーでございました。「今期一番面白かった作品は?」と問われたら必死にウンウン唸ることになるだろうけど、「今期一番終わってほしくなかった作品は?」と聞かれたら今作の名前を挙げると思います。それくらいに、毎週が楽しみだった。なんでだろね? たまにこういう、「やたらと好みにズドンと刺さっちゃう系作品」が出てくるんだよなぁ。去年の例が「このヒーラー、めんどくさい」だったのはどうかと思うけども……ユルくて、いちいち難しいこと考えなくていいアニメをごくごく飲みたい欲求ってのはあるもんだよねぇ。 もちろんそれにしたって単に平和な日常をダラダラ流されたら嬉しいわけもなく、30分の枠の中でキュッと心動かされる瞬間が欲しい。今作の場合、通常進行の「神社ギャグ」をベースに置き、そこにエルダのオタク語り、毎回ノルマのように挟んでくる江戸豆知識をあんばい良く散りばめ、最後に「それでも不老不死のエルダは僕ら人間とは生きてる時間が違うんだ」という切なさをひとつまみ。このエルダを思う心情がねぇ、普段のグダグダなギャグのおかげでいぃ〜感じに染みるのよねぇ。正直、毎週オープニングの小糸が成長するシーケンスで泣きそうになってたんですよ。小糸はどんどん大きくなっていく、それでも、隣を歩くエルダはずっと背中を丸めて卑屈そうにテクテク歩いてる。気づけば目線の高さも近くなって、2人はもう、血を分けた家族みたいなものだ。この先、いつか小糸もエルダと別れる日がくるわけだが、それまでの数十年間を、せいぜい幸せに生きて欲しいと、そんなことを考えてしまうのだ。この感覚、他に日常系では得られないですからね。 こうしてどっぷり作品世界に浸かることが出来たのは、毎度色鮮やかに画面をまとめてくれたアニメ制作スタッフのおかげ。特に動きも無いアニメだけど、その分、1枚1枚の絵の破壊力が重視されるんですよね。エルダが1コマでも「綺麗じゃない」状態を見せてしまったら高耳神社の御祭神の品格が下がる。小糸の顔がブサイクだったら、僕らはみんながっかりだ。全てのエルフ、全ての巫女、そしてあらゆる月島の風景。みな綺麗で、本当に素敵だった。この夏は、是非東京に遠征して高耳神社に聖地巡礼しに行きたいと思います(今から作ってください)。 そして最後はもちろん、中の人。もう、この途方も無い埋没感を生み出してくれたのは間違いなく小清水亜美だと言い切ってしまっていいよね? あみっけ、本当に「綺麗な声」で神やら魔王やらの声に宿す神通力が凄まじいなぁ。いや、エルダは神通力持ってないけど。小清水無くしてエルダ無し。名物クラスのキャラをバンバン打ち立てられるのは大看板の証よ。そしてそんな小清水に引っ張られ、時に引っ張り返す重積を果たしたのは尾崎由香。出たての頃は彼女に対して愛憎込みのいろんな気持ちもあったが、こうしてきちんと声優として一本立ちできた今となっては、「いいキャラクターをありがとうございます」しか言うことないよ。 みんな、エルダくらい長生きしてればそのうち2期もくるかもしれないから頑張ろう。
「Opus. COLORs」 4→4 ん〜〜〜、わっかんねぇよ……いや、狙った方向はなんとなく見えるんだが……そこに成功の目があったのかどうか……。 結局最後まで「パーセプションアートってそこまで人生かけるような一大ジャンルなの?」っていうのを受け入れることが出来なかったんだよな。作中でも主人公チームの親世代が思い切り世間に広めて市民権を得た流れは描かれているのだが、それがどれほどの規模で世界を動かすムーブメントになっているかがピンと来なかった。やっぱ一番の問題は、作中で披露されるパーセプションアートがそこまで魅力的に見えないっていう部分なのよな。初回で既に書いてたけど、「バーチャルを利用して体感できる、既存のアートを飛び越えたアート」はどんだけ二次元のアニメーションで描かれても我々にその魂は伝わらんのよ。 そうして「そこまで頑張るようなことか?」という疑問が埋まらず、心情的な乖離を「でも家族の問題が! 可哀想な生い立ちが! 仲間との拗れた友情が!」みたいなドラマで引っ張ろうとするわけだが、そちらは「なんか似たような顔の男どもが言うてる……」という感情が先立つのであんまりハマれない。まぁ、野郎だらけの愛憎劇になるのはハナからわかってたんだから、そこはノットフォーミーだと事前に受け入れて見始めたはずなんだけどね。「スタミュ」はそこそこ見られた作品だったからいけるかと思ったのだが……ステージパフォーマンスの持つ意味づけが変わっちゃって、テレビの画面からこちらに働きかける訴求力はこっちの作品の方が間違いなく乏しいのでなぁ。 多分これ、うまいことヒットしたら現実世界でもARとかを駆使して「これがパーセプションアートです!」みたいなリアルイベントに繋げるプランもあったんじゃないかと邪推してしまう。もし新しい切り口のエンタメを生み出したいのだとしたら、作品全体に圧倒的に派手さが足りなかったなぁ。あ、でも最近アップルかどっかが超すごいVRの技術を発表したらしいし、もうちょい時代が進めば今作(に似た概念)が認められる時もくるかもしれませんな。おっちゃん、その時まで生きて瑞々しい感性で受け入れられるかしら。
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Thraxi
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声優のこと全般
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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