最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「異世界召喚は二度目です」 4→4 立て続けに視聴継続なろう。「ワンターンキル姉さん」と本質的に何が違うかと問われると……シリアス度合い、かな。 今作最大の美点は、「ちゃんと完結した」こと。新番チェック時にも確認したが、こちらの小説は全5巻と比較的コンパクトにまとまっており、アニメの方も1クールでちゃんと完結している。まぁ、冷静に考えて小説5冊分がアニメ1クールで終わるのはおかしいので相当はしょられているとは思うのだが、筋立てがすっ飛ぶのはなろうならデフォなのでそこまで驚きゃしない。一応今作は駆け足な雰囲気はありつつも、ちゃんと収束すべきところに落ち着いた感があり、なろうにしてはレアな「ちゃんと終わらせたアニメ」になったのでその点だけでも心象は良い。これで映像部分がもうちょっとパリッとしてれば点をあげてもよかったのだが……「ありがち異世界ファンタジーバトル」の描写、どうにも作り手側もあんまり心血注いで作り込もうとはしないっぽいんだよな……。 キャラとしてはクレイジーサイコホモが良いアクセントになっていたし、「あ、そう言う展開なら納得」とフォーマットを成立させてくれた。私の中のなろう観ではマジで「2回目って言ってる意味1ミリもないやんけぇ!」みたいなレベルでもおかしくないと思っていたので、「あ、2周目だった意味がちゃんとある!」っていうだけでもありがたく感じてしまうという。ハードルを下げれば下げるほど、人には優しくなれるけど人生の潤いは減る気がするわ。 PR シャディクさんの登場シーンがないもんだからキャストロールが「ハロ:古川慎」なの草、第23話。ほんとにゼネリグループはお払い箱になっちまったな……。 もう、何が何やら分からない怒涛の展開になったのでことの顛末については最終回を待つだけである。今作のヤベェポイントとして、中心になっている闘争が「世界の頂点同士がぶつかり合って支配者の座を奪い合う!」とかじゃなくてあくまでも前提が学生どうしの殴り合いだったもんで、どんだけクライマックスになったとて世界には上がいるというあまりに刹那的でやるせない事実がある。前回クワイエットゼロがあまりにも強すぎて軍隊が全部沈黙しちゃったんで「今までそんなもんよく隠し通してたな」と思ったものだが、今回はそんなクワイエットゼロに向けて、また別な伝手で作られたコロニーレーザーみたいな兵器が突如出現、いきなりぶっ放されるという。みんなして秘密裏に兵器開発しすぎじゃない? 軍や企業なんてどこまで行ってもそんなもんかよ。 おかげでクワイエットゼロの周りで必死にドンパチやってる面々が馬鹿みたいに見えてしまうが、そのうちの1つであるどこぞの兄弟喧嘩は本当に馬鹿なのでしょうがない。いやまぁ、弟くんの気持ちも分からんではないけどさぁ……癇癪起こした結果が兄殺しでは洒落にならんのよ。幸いにもグエルさんはこの作品世界に愛されまくっているので、確実な死亡フラグを乱立させながら最終的には生き残るという神技を披露。今回のMVPは間違いなくフェルシーちゃんだよ。ちなみにここの兄弟、ショタモードだと兄が長谷川育美で弟が会沢紗弥とかいうとんでもない布陣である。社長の座など狙わずワールドダイスターを目指した方がよかったかもしれないな。 そんな兄弟喧嘩を前菜がわりに、一応メインで描かれるはもっとでかい姉妹喧嘩なわけだが……結局さ、エリクトの精神性ってのはデータストームに引きこもってから成長してないのかな。それとも、エアリアルでスレッタを見守ってる間にちゃんと年相応になってるのかな。残念なことにエリクト自身があんまり思慮を重ねてプロスペラの肩を持っているようには見えないんだよね……まぁ、スレッタがあの通り完璧に洗脳されていたという事実を考えるに、エリクトも同様に疑うことすらない教育を受けてる可能性は高いが。そうでなくとも、自分1人のためにここまで世界をめちゃめちゃにしてくれる母親を裏切ることは出来ないか。後には引けない爆走モードの母と姉、それを必死に止めようとする妹とその嫁。母は強しとはいうものの、結婚したら母親より大切なものも出来ると申しますし……お母ちゃん、そろそろ子離れの時期なのかもしれませんよ。 しかし、5号くんは死にそうでなかなか死なんな……最終回で生き残った上で本家エランくんの首級をとったりしたら、もう完全に主人公じゃん。多分グエルさんはもうこれ以上なんもできんし、ラストチャンスは回ってきたかもしれんぞ。
今期はそれなりの数のなろうを切った中、一応最後まで観ていた作品ではある。何で観ていたかっていう理由はあんまり無いんだけど……一応、主人公の立ち位置が通常のなろうとは若干異なるため、もしかしたら話が進むにつれて独自性を発揮できないかな、という期待はあったのかもしれない。まぁ、見ての通りだけど。 ぶっちゃけ、そこまで極悪なひどさというわけではない。映像部分は低空飛行ながらもそこそこ安定していたし、前述の通り立ち位置がオレツエーではない主人公が「全部姉頼みなのに何故か世間様には俺が強いと思われてしまっている! バレるとマズいから何とかして誤魔化し続けなきゃ!」と必死になっている様子は一応独自性があるといえばある。ただ、そこからもっと「面白い話」に繋がっていればよかったのだが、当然そんなこともなく。最終的には「まぁ、なろうだしなぁ」でエンディングを迎えることになった。まぁ、期待してなきゃダメージは大きくないよ。 一応、今作の最大の売りに「元気に魔王をやってるあみっけボイスが聞ける」というのがあり、今期は超越キャラの小清水フィーバーを続けて楽しむことができたのはプラスと言えばプラス。どこぞの賢狼にメロメロにされた世代は、こちらの魔王様にちょっとキュンとする部分もあるとかないとか。まぁ、姉キャラに対する単なる当て馬だし、キャラとして魅力があるかと言われたらノーなのだが。やっぱり俺が致命的に「姉萌え」に拒絶感があるから楽しむのなんて土台無理な話だったんだよなぁ……。 誰が何と言おうと大団円、最終話! 日常はどこまでも続いていく。そんな当たり前が一番嬉しい、幸せなアニメ。 Aパート、弓耳祭の顛末。まずもって、このエピソードがBパートの大トリじゃないあたりが今作らしい構成でとても良い。一応これまでのシリーズの中では一番大きく、盛り上がりを見せるお話だが、それだって高耳神社の日頃の業務の1つでしかないわけでね。小糸にもエルダにも、ちゃんと活躍のシーンがあって良いイベントでしたね。 オチを見ればもちろんエルダの株が上がるわけだが、実は巫女の責務はなんだかんだ言いながらきっちりこなす生真面目な小糸の株が上がるお話である。彼女がわずか3日の修行で何もマスターできなかったのは致し方ない。弓道はそんな簡単なもんじゃないし、足場が不安定な船の上で、しかも相当風が強いであろう海上。かてて加えて鏃の部分がモロに風圧を受ける吸盤のおもちゃなんて、プロの弓使いでもまともに飛ばす方が難しいだろう。一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。それでも小糸は、きっとできる限りの猛練習をしたに違いない。本番に挑むに際して彼女の頬についていた絆創膏、あれはおそらく練習中に「顔打ち」した結果だ。顔打ちとは、弓を持つ手(弓手)の形がうまく作れなかった際、綺麗な弓返りが起こらず、離した弦が真っ直ぐに顔に当たってしまう現象のこと。初心者にはありがちな失敗で、このほかにも弓手の内側に当たってしまう腕打ち、女性ならちゃんと防具をつけとかないと「胸打ち」なんてのも。初心者が使う軽い弓でも、これが結構痛いようだ(私はやったことないから分からんけど、腕打ちで苦しんでた部活仲間の腕が真っ赤に腫れ上がってて痛々しかった)。いっぺんでも「顔打ち」してしまうと、その痛みがフラッシュバックして弓を引くのが怖くなるものだが、どうやら小糸はそんな状態にもめげずに練習し、本番では立派にそれなりにいい射形で矢を放っている。3日での急拵えでもここまでできるなら大したものだ。案外、このまま特訓すれば来年にはいい弓引きになってるかもしれないよ。 そんな小糸の頑張りを見ていたからなのだろう。エルダが普段は見せない一世一代の大仕掛けで見事に祭事を成功に導いた。やっぱエルフだけあって、”俊敏に”動いたときは絵になるよねぇ。ちなみにエルダの弓引きも格好良かったんですが、彼女は馬手(右手)の離れ(フォロースルー)が小さい「小離れ」と呼ばれる状態で矢を放っていた。これはおそらく、実際に森で獲物取る際など、なるべく小さなモーションで矢を放てるようにしたもので、「武道」としての型を推し進めた和弓による「弓道」とは一線を画するもの。なんだかんだ言って、エルダも立派な「森のエルフ」なんでしょうね。 ちなみに、Aパートで一番気になったのは観客に紛れて精霊さんも神事を見守っていたこと。精霊さん、小柚子の隣でドキドキしてましたね……小柚子、なんか妖精とかに好かれそうだよな。 というわけで、いかにも最終回らしい晴れがましいエピソードをやっておきながら、そこからBパートは「神頼みする祭神」という途端にダメダメなエピソードを締めに持ってきた。うん、やっぱりエルダはこうじゃないとね。小糸もちょっとエルダのこと甘やかしすぎな気もするんだけど、こういうのんびりした家庭だからこそ、エルダもめげずに幸せを享受できるのだろう。じいちゃん、せっかくの機会だしちゃんと怒ってあげてね。 高耳神社の御神体は間違いなくエルダ。そのことはこれまで400年変わらなかったし、今後も変わらずそこにいてくれるのだろう。シマデンのばあちゃんも言ってたけど、「変わらないでいてくれるものがあること」が、本当に安心感をもたらすのだ。エルダには、そしてこのアニメには、そんな安寧の象徴になってほしいと思います。サザエさんくらい続けばいいのに。 「BASTARD!! -暗黒の破壊神-」 5→5 放送版では1クール目と2クール目の間にブランクがなくそのまま繋がったので2クール分の作品として処理させてもらいました。ネトフリ配信作品ってことで1ミリも話題になってなかった気がするんだが、これ、別に悪いアニメ化じゃなかったよね? ライデンフィルムによる肝入りの映像は終始安定しており、原作のあのごちゃごちゃと複雑な絵柄もすっきりと見やすく、それでいて手抜きに見えないいいラインを保持。派手なバトルについてはCG処理が多いのでそこまでお見事というほどでもなかったが、爆裂魔法アニメの名に恥じない程度の品質は終始維持できていたと思う。少なくとも「何で今アニメ化する必要があったんや……」と呆れられるような心配はない。ゴリゴリの原作絵がCGっぽくあっさりしてしまった部分については好みの問題だろう。 シナリオの古臭さは……まぁ、しょうがない。古臭いってぇか古いんだから。いや、でも30年以上も前の漫画であると考えると、当時は割と斬新だったんじゃないかな。メタレベルが高くて実も蓋も無いギャグの取り回しなんかは当時の感覚で言えばあだち充とかゆうきまさみとか、そっち方向の雰囲気かな。それを真正面からのダークファンタジーに盛り込んでいるので、他の作品にはあまり類例のない妙な味わいになっている。正直、「これ、原作は今読んでもそれなりに面白いのでは?」って思ったよ。いや、単に俺つえー主人公がチート能力でドッカンドッカンやった挙句に周りに美女を侍らせてるんだからこれ以上ないくらいのなろう的テイストではあるのだが……もしかして、この時代にアニメ化されたのって「30年前にすでに完成していたなろう系」の文脈だったのかしら? そうした見方をするとほんとに中身は無いようなもんなので手放しで面白いってこともないんだろうけど、絵も筋もめちゃくちゃの現代なろうを見るくらいなら、絵がちゃんとしてて筋は最低限ジャンプ漫画のラインを守ってるこっちの方が良さそうな気がします。ちょうど同時期に「現代ジャンプなろう」である「マッシュル」が放送中なので、比較してみるのも面白いかもしれませんね。 そして個人的に触れないわけにいかないのは当然中の人の話。キャストがあまりにコテコテで、中堅以上の慣れきった面々の「全部わかった上でやってる悪ふざけ劇場」みたいな雰囲気がとても落ち着く。安元がこれ以上ないくらい安元だったり、日笠がどう見ても日笠だったり、杉田がピーピー言ったりしてるのを見るだけで安心感がダンチである。そしてそんな中、今作最大の評価ポイントは、もしかしたらダークシュナイダー役・谷山紀章だったのかもしれない。きーやんの声ってクセが強いからオールドファンの中にはDS像にそぐわなくて受け付けないって人もいるのかもしれないが、俺の中ではこれ以上ないくらいにドはまり役だった。しょっちゅうコロコロ裏返る谷山シャウトが絶妙に「大物のはずなのに小物くせぇニュアンス」に繋がってて、それがDS・ルーシェを行ったり来たりするキャラにマッチしてる。途中から「もうこれDSっていうかKISHOWだろ」としか思えなかったが、もう、今後のDSのイメージは固定してもらっていいと思います。俺の中で「谷山紀章の代表役」で1番に書くのは今後はDSです。幕末Rockファンと喧嘩するつもりはありませんので悪しからず。 「魔法少女マジカルデストロイヤーズ」 4→2 久しぶりに私の頭の中の滝昇が「なんですか、これ」と漏らし続けている作品。ここまでのぽかん具合は久しぶり。放送前のワクワク感とのギャップもあり、本当になんかもう、色々キツい。 評価するならめちゃめちゃ上に行くかどん底に行くかのどちらかになるだろう。大半の人はどん底だと思うのだが、一応今作はどこぞのアーティストがコンセプトを構築しているとのことなので、もしかしたら私のような興も趣も理解せぬ木偶には理解の及ばぬような、崇高で斬新な何かが潜んでいたのかもしれない。そりゃ私は現代アートなんて齧ったこともないのだし、「そういうフィールドの見方が分かってれば面白いんだけどなー」とか言われたら「そうですか、で?」というしかない。ただ、少なくとも必死に見開いた我が眼からは、そうした深淵を覗き見るような作品だったとは思えない。 シナリオがどうこういう部分は、もう1話目の時点で懸念を漏らしていたので「そのままでした」と言うだけの話。テーマが「オタク」という設定だったのに、そのオタクの描写に全く真に迫る部分がなく、本当に紋切り型というか、中身を伴ってない「何となくイメージされるオタク像」をさらっと撫でている状態。コンセプト担当者は自身もオタクだということだが、別にオタクはオタクを描写する専門家ではないので、自分がオタクだからとてそれが反映できるとは限らない。むしろ、古来より独善的に自分の視野の中のことだけに邁進するのがオタクなのであるから、そりゃ他者とのコミュニケーションは想定しないだろう。じゃぁ、オタクアニメを作ったとて面白くなるかどうかは博打ですわな。 最終話を虚ろな目で見ながら1つ思いついたことがあるのだが、今作はもしかして、現代社会に蔓延る「独善的で他者を慮らず、自分の殻に閉じこもって都合のいい世界を空想するばかりのオタク」というネガティブな造形を、作品のクオリティでもって表現しようとしたのではないだろうか。「何だこのアニメ、何がやりたいかさっぱり分からん。何か格好いいことをしてみせてる風だけど、1ミリも伝わってこないしイタいだけじゃねぇか」というこの感想、なるほどオタクをみる時の目線に近いものではある。我々にそうした負の感情を抱かせたかったのだとしたら、こんなにも成功した作品もないだろう。唯一の問題は、それが成功したからといって誰1人得をしないということだ。いや、でも本当にこの「勝手な妄想を適当に垂れ流しただけ」の感覚はリアルではあるな……。 個人的に一番受け付けなかったのは、奇しくも最終話でオタクヒーロー自身が語っていたが、今作におけるオタクには「好き」がない。皆「自分の好きは止められない」「好きなものを好きと言って何が悪い!」と声高に叫んではいるが、そこにいる「オタク」と称する連中がいったい何をどれくらい好きなのかが全然伝わってこない。オタクらしい行動とは、単に変な言葉を使って、他人とのコミュニケーションをぶった斬るだけではない。その奥に確固たる自己を持つのがオタクの矜持ではないのか。今作ではオタクは迫害される側として「俺たちはかわいそうなんだ! 体制側が悪で、その敵を叩くことが正義のヒーローの絶対条件だ!」と訴えるだけで、オタクヒーローのいう「『嫌い』しかない物語」なのだ。やはり、どうにも作中での自己言及が強いような気がしてきた。もしかして、本当に「ムカつくオタクを作品の枠そのもので表現したアート」だったのかな……。 まぁいいや。とりあえず、愛美演じるブルーのキャラ造形だけはちょっと好きでした。というか、愛美はもっとこういうスレっからしたクソみたいな女(しかも関西弁)をやってほしい。別に悪い意味じゃなくて、本人の声質とかにもあってる気がするんだよね。そうそう、わざわざ黒沢ともよを呼んでおいてほとんどまともに喋らせなかったところもムカつく要素の1つだったなぁ……ほんと、なんですか、これ?
「女神のカフェテラス」 4→4 「大丈夫か? 今は令和ぞ?」と思わんでもないが、こうして変わらずにマガジンに瀬尾公治がいるという事実が、何となく安心感を与える部分もあるのかもしれませんね。考えてみりゃ、漫画雑誌の読者層は常に入れ替わっていくのだから、その時代の中高生にほのかなエロを提供してくれるなら、筋立てなんて何でもいいのかもしれません。 しかしまぁ、最終回で結婚匂わせてるのは余計な展開だった気はするんだよな……「5人全員がヒロイン」とかいう「そんなわけないやん……」なキャッチコピーを売りにしてるくせに、最終的に誰か1人が本命だったっていう匂わせがあるのはどうなんでしょうね。まぁ、この漫画で各ヒロインの推し担が抗争を巻き起こしたりはしないだろうから別にどうでもいいんだけども……結局そうなるのかよ、っていう諦めはあるよね。 「長屋もの」っていう観点から見て何か自分に響くものがあればいいんだけどなぁ、と思って視聴してたけど、特にそんなこともなかった。まぁ、どのヒロインも特に推したいとか思わず、のめり込む要素が微塵もなさそうだったので心に余計な波風が立たなくて良かったとも言える。言えるかもしれないが、全く心動かぬことにホッとしていては、何のためにアニメを見ているのかもよく分からぬ。……いや、僕は何のために観ているんでしょうね?(ゆっくりと崩壊していく) 多分、原点回帰したような頭の悪い鈴代ボイスを聞くために試聴を続けていたんだと思います。……2期もあるのかぁ……マガジンアニメって「五等分」「かのかり」とあんまり興味がない作品がやたら続く傾向はあるんだよな。「かのかの」はまぁ、そこそこ面白かったから2期があるのも納得。そう考えると、逆に2期がなかった「寄宿校舎のジュリエット」あたりはなんだったんでしょうね。 「この素晴らしい世界に爆焔を!」 5→5 最後は文字通り、実家のような安心感へ。3期、楽しみにしてます。 「やっぱカジュマさんと駄女神がいないとおもんないな!」という風潮があることは知っている。そんで、多分その指摘は事実であり、今作は本家「このすば」ほどの切れ味があるわけではなく、どこか穏当な空気が漂い、非常に無難な作品なのは事実だ。でもまぁ、ほら、俺このすば本編は確か7点とか付けてたしさ。それに比べて劣るからって、そこまで点数下げんでもいいかな、とは思ったのよ。好きな定食屋で定食じゃなくてスープだけ出されたみたいな感覚で、「絶対に物足りないけど……まぁ、事前に『スープだけ出しますから』って言われてたしなぁ」みたいな。スープ自体も別に不味いわけじゃないしね。あとは一品料理として成立するかどうか、もしくは、成立しないことを許せるかどうか。 一本立ちしているかどうかは割と微妙なラインだとは思う。特に前半の紅魔の里は、やっぱり展開はどうにもワンパタすぎて退屈にすらなる。めぐみんは単体でめぐみんだからこそ面白いのであって、周りの連中まで全員頭がおかしかったら、それはもうそういう世界の話なのだ。もちろんゆんゆんという制御装置がコントロールしてくれるわけだが、そうした生育環境におけるゆんゆんの不憫さを考えるとあんまり笑えないという……。ゆんゆんの必死さを見てると、もうぼっち要素はギャグじゃないのよ、ガチなのよ……。 というわけで紅魔の里の間は正直「流石に点数を下げざるをえないかなぁ」とか思ってたけど、幸いにしてめぐみんが里を離れてからは今作独自のクソみてぇな理不尽さがいい具合に加速し始めてテンションが多少は盛り返した。普段、「メインキャラたちが面白いからな!」と褒めていた「このすば」だが、こうしてみるとモブの皆さんとか、周りで盛り立ててくれるキャラたちの適切なフリやツッコミがあってこその芸風なのかもしれない。紅魔族という頭のおかしい主人公に対し、より頭のおかしいアクシズ教徒をぶつけてくる構図は、本編の地獄絵図を思い出させてくれる良いものだし、めぐみんと絡んだアクシズ教徒2名、どちらも強烈で女神の恩寵に恥じないクズなのが良かったですね。 欲を言えば、ゆんゆんの立ち位置がもうちょい美味しいところにいてくれて友情物語をちゃかさずやるチャンスがあれば別方向でも伸びが期待できたかもなー、とは思うが、まーどこまで行ってもギャグに徹し、余計な感動を求めないスタイルを貫くなら、ここでゆんゆんにだけ情けをかけるわけにもいかないか。あくまでこのすばは約束されし運命の4人の物語。出会う前から散々に運命が交錯しまくって互いの足を引っ張ったり、知らないところで助け合ったりしてる4人のすれ違い模様が楽しかったですね。ことに駄女神は画面の奥とか見えないところでギャーギャーやってるくらいの音量がちょうどいいのかもしれません。 本編3期の制作スタイルはどうなるかなぁ……。
「勇者が死んだ!」 5→5 正直に白状すると、時間帯の関係か、機材トラブルで何話か録画できずに飛ばしちゃったんですよね……抜けたところの筋書きは何となく想像して誤魔化したつもりになってるんですが、まぁ、その程度の視聴姿勢で何とかなった作品。 まずもって映像部分はお察しレベル。ほんとにヘロヘロの回も少なくなかったし、一応はバトルアニメだってのにバトル描写はかなり適当。エロ方面の押し込みの方がそれなりに説得力があり、多分そっち方向でのニーズを満たすことが最優先されたのだろう。位置付けとしては「ちょっと豪華になった『ピーターグリル』」程度のもの(1話目時点で言及したが、なぜか山村・竹達というキャストが被っているせいもある)。どっちかってぇとクソアニメの位置付けになる作品だろう。 でもまぁ、身の丈にあった視聴姿勢ってのはあるもんで、なろう漬けのアニメ視聴の中、「なんかなろうっぽいけど微妙に違う」作品はむしろいい具合にリフレッシュさせる「ずらし」が感じられてホッとする部分もあった。「似たような設定だけど、ちゃんと最低限の物語を作ろうとしてれば視聴には耐えるものになるよな」という至極当たり前の事実を確認できるからだ。タイトル通りに「勇者の死」からスタートし、死体が主人公になってのド腐れ太もも冒険譚。ギャグの全部がかっちりハマっていたとも思わないが、出来ることを何とか面白く見せようという意気込みも感じられたし、気づけばファンタジー冒険譚としても、幼馴染が一番大事なラブコメとしても、ヘタレ勇者の成長譚としてもそれなりにまとまりはあったんじゃなかろうか。 ちなみに今作で一番好きな部分は何かと聞かれたら多分「オープニング」と答える。やっぱオーイシマサヨシの曲作りって不思議と気持ちのいいところに刺さるよね。 |
ブログ内検索
リンク
最新記事
(08/24)
(08/24)
(08/23)
(08/22)
(08/22)
(08/21)
(08/21)
(08/20)
(08/20)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
アーカイブ
|