最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「ファンタシースターオンライン2 エピソード・オラクル」 5→5 これはたいそう申し訳ない案件である。何が申し訳ないって、当初の目算よりも随分「ちゃんとした」作品だったのだが、ないがしろにしていたせいでこちらに受け入れ態勢を整えられなかったこと。よってあまりここで評点する意味もないのだが、少なくとも一定の価値を見出していることだけは記録しておきたい。 スタート時点で「長い歴史を持つオンラインゲームのアニメ化」という時点でだいぶ偏見があったのは事実だ。「どーせ初見の視聴者にはよく分からない、キャラがうじゃうじゃ出てきてごちゃごちゃしてぐちゃぐちゃになるやつでしょ?」と思っていた。そして、実際に導入部では大してキャラ付けも終わってない段階でじゃかじゃかキャラが出てきて訳が分からなくなったのは事実である。当初は「キャストが濃いから覚えやすいわwww」とか思ってたのだが、なんとこのアニメ、キャストが濃すぎてどこの誰がメインキャラなのかもよく分からないという、贅沢すぎるみたこともない問題を抱えていた。出てくるキャラが全部主役級のウェイトで描かれているせいで、もう誰がメインでどこかサブシナリオなのか分からなくなってしまったのである。 そうした理由に加えて2クールという長丁場だったせいで、「一応目の端には入れているけどシナリオラインを全然追いかけられない」という情けない状態でギリギリしがみついているような視聴状況になってしまった。2クール目を迎え、1つ1つの要素が解きほぐされていくに従い、「これ、ちゃんと最初からキャラを把握しとけば問題なく見られたし、それなりに凝った構造になってるから面白いやつだったのでは……」と後悔し始めたが時すでに遅し。物語は二転三転し、もうちょっとやそっとの復習ではついていけないところまで進んでしまっていた。しょうがないのでもう雰囲気だけで楽しむしかなかったわけだが、今作はとにかく作画リソースが安定して1人1人のキャラがしっかり動いているため、そうした「ぼんやり視聴」でもある程度満足できるレベルにまでなっていたのは良かったのか悪かったのか。何が正義で何が悪かという概念もグルグル動き、タイムリープ要素で時間軸までザクザク回る。そんな中で、着実にキャラ1人1人の物語が収束していく様子が見えるのは、それだけで「もう、とりあえずこれでいいや」と満足することにしたのだ。 ボスキャラ候補だけでも恐ろしい数がおり、その時々で常にクライマックス感。「え? お前味方だと思ったら敵に回ってたけど、最終的に味方サイドでいいの?」みたいなキャラが山ほどいるのは笑ってしまう。バトル自体は王道なのであまり戦闘にギミックがなくて単調な切った張っただけだったのはちょい不満だが、これだけの規模で宇宙戦争を繰り返すならあまりギミックを仕込んでも大差はないか。多分、最大の難点はこれだけ見てても割と完結できそうなので、ここから「よっしゃ、ネトゲやろ」っていう気持ちに一切ならないことくらいである。 今作についてはとにかく私自身が要反省だ。きちんと追いかけていたファンの人には申し訳ない。あと、しゅが美にも申し訳ない(視聴が継続できた最大のモチベーションであった)。
PR 「pet」 5→6 凄まじい作品だった。今期はこれと「ID」が一緒に放送されていたことを考えると、なんとも不思議なつながりを感じる部分もある。ただ、「ID」がアニメオリジナルで自由に世界を作れたのに対し、こちらはあくまで漫画原作のアニメ化。その困難は全く異なるものであろう。よくもまぁ、“こんなもの”をアニメ化しようと思ったものだ。 正直、申し訳ないことに話の中身を十全に理解したとは言えない状態だ。今作に関しては流し見していたわけではないのだが、序盤から中盤にかけて、「まぁ、そのうち説明があるやろ」と思って適当に処理していた部分が、結局最終盤まで重要な要素であり続け、そのままの情報量で最後まで走りきったためだ。1クールでここまで詰め込み型の作品だと分かっていれば、もう少し注意深く精査することも出来たのだろうけど。これもまぁ、大量消費型のアニメ視聴スタイルの大きな欠点であろう。できることならもう一度最初から見直したいところだが、とりあえず現時点での雑感程度である。 「記憶」といういわく言いがたいものをメインテーマとして取り扱った作品であり、登場人物の多くが人の記憶をいじくりまわし、催眠のような状態に落とし込むことができる。その時点で、画面に何が描かれたとしても不確定要素が多く、下手したらあっという間に破綻してしまう恐れもある世界設定だ。実際、冒頭部分では「もうこれ、なんでもありやんけ!」と思って匙を投げた部分はあるのだが、もちろん原作がきちんと完結した上でアニメ化されている時点で、適当な要素など許すはずもない。多くの登場人物が能力者であり、それを取り巻く人々もほとんどがそのことを理解して動いているため、すぐにステージは「イメージ持ちどうしの権謀術数の世界」へと落とし込まれていく。その中心には林という1人の男がおり、そこから派生して悟の物語、司の物語が並行し、「ペット」と「家族」を思う人の心が常に中心にあり続けた結果、最後のキーであるヒロキが生み出される。イメージを持つ人間はやろうと思えばなんでも出来るのだが、それ故に多くの制約を自らに課す必要があり、その事実に誠実に向き合った林が、まず真っ先に壊されてしまった。 そして、「ヤマ」「タニ」といった独特の構造は、一人の「親」の崩壊をなし崩し的にその「子」、そして「pet」へと連鎖していく。チャイニーズマフィアの怜悧な利潤モデルとも衝突し、人の心、そして自分の記憶を守るためのギリギリの戦いが続く。改めて振り返ってみると、本当に限られた人間関係の中だけで物語が進んでいくというのに、常に二転三転して何が真実なのかを煙に巻く、怒涛の展開である。そりゃまぁ、1クールアニメにしたら、事実の列挙だけでも一苦労するのは間違いないだろう。 しかし、今作はそうして「プロットが超大変」というハードルの高さがありつつも、決してテーマ性をアニメに落とし込むことに妥協をしていない。「記憶」の描き方、そして「イメージ」の描き方。アニメならではのふわふわと覚束ないビジョンが常に不安感を生み出し、夢ともうつつともつかぬ世界での精神を削り合う攻防をダイナミックに描く。おそらく制作のジェノスタジオはそこまで作画スタッフが潤沢ということもないと思うのだが、おそらくディレクションが一貫していたのだろう。それぞれの話数で大きな乱れが生じることもなく、徹底して「petの世界観」を守り通すことに成功している。ぶっちゃけ「気持ち悪い」画面も数多く展開するのだが、そうして不快感や不安感を煽る演出が綱渡りのような危ういこの世界を何よりも体現していたわけだ。原作漫画を全く知らないのでどこからがアニメスタッフの手腕によるものなのかははっきりしないが、これだけのものを「アニメにしよう」と決意したスタッフ陣はさすがとしか言いようがない。「刻刻」に続いてのツインエンジンの「よくこんな原作見つけてきたな」という事案であり、大森貴弘監督の「よくこんなもん映像に出来たな」という事案でもある。やっぱり、この人の映像センスは現代アニメの中でも異彩を放っている。 あとはまぁ、それぞれのキャラクターの魅力をどれくらいに見せてくれるかっていう阿漕な部分の勝負になるだろうか。おっさんだらけの世界の中で、なかなか現代アニメとしてキャッチーな部分を作るのは難しかっただろうが……まさか最萌キャラが桂木になるなんて、1話目では想像もできなかったよ……そりゃみんな桂木さん好きになるに決まってるわ(エンドカードに桂木出過ぎ問題)。そうそう、音響面でのこだわりも忘れちゃいけない要素で、あえて日本人キャストに中国語会話をさせた狙いも汲み取りたいところ。今作では「北京語がわからない」というファクターが非常に重要で、イメージの中なら「映像」で向き合えるので能力者同士なら垣根はないはずなのだが、ことが現実になると「言語の差」というあまりに分かり易すぎる壁が生じて「通じない」というのが設定の妙。まぁ、わたしゃ中国語なんてわからないので、キャスト陣がどれくらいちゃんと話せてたのかは分からないわけだけど……これ、中国でも配信はされてるんだろうか。地元のファンに受け取ってもらえたらいいなぁ。
「ゲゲゲの鬼太郎」 6→6 これも終わるよ……ロスだよ、大ロスだよ……「ピカちん」の終了と合わせて、朝アニメの沢城成分が一気に失われることになってしまった。いや、別に即座に命に関わる事案ではないが……なんか、やっぱ辛い。 こちらも「ピカちん」同様、約2年間のお付き合い。そして2年の長きに渡り、一切方針をブレさせることなく、「現代朝アニメとしての鬼太郎」を提供し続けてくれた。そりゃま、伝統ある作品なので色々と弄ることには賛否両論あったことだろうが、もともと水木しげる御大はそこまで細かいことを気にしない人である。面白けりゃいいだろうし、鬼太郎が鬼太郎として、現代社会を飄々と生き抜いていれば、きっと草葉の陰で笑って見守ってくれていたんじゃなかろうか。最終回ではねずみ男の口を借りて「戦争なんて腹が減るだけ」というあのメッセージも唱えられているし、緊迫感溢れるバトル展開の合間にも、どっか人間社会を小馬鹿にしたような滑稽さが盛り込まれている。こうして様々な姿を見せてくれるのも、鬼太郎ワールド、水木妖怪ワールドの良いところではなかろうか。 そう、まさに今作の良さはそのバリエーションの豊富さだ。放送が始まった時、「現代風アレンジは別に構わないけど、ちゃんと妖怪としての『怖さ』みたいなものは残してほしいなぁ。このアニメで初めて鬼太郎に触れる子供達に、トラウマを残すようなエピソードもみたいなぁ」と要望を出していたのだが、きちんとそれに応えるような正統派の怖い話もあり、そこから教訓めいたものを残す話もあり、徹底して後味の悪い話もたくさんあり。それでいて突き抜けたギャグの話も多いし、現代文化を余計なまでに取り入れて突き抜けた妖怪たちの姿にこの上ないたくましさを感じたり。最終回では必死に演説動画をアップロードする砂かけ婆の姿が確認できて、いつの間にか妖怪軍団のIT担当になってたのが面白かった(仲間のためにFXで増やした資産をつぎ込んであげる優しい砂かけとか、誰が想像しただろう)。 妖怪ってのはもともと「現象に名前をつけたもの」であるはずなのだから、それは怖いものもあり、楽しいものもあり、困ったものもあり、どうでもいいものもあり。そうした有象無象をひとまとめにして飲み込んでしまえるだけの度量のあるアニメだった。東映作品ってことで作画クオリティは大して期待してなかったのだが、長期シリーズの割には案外安定した供給体制になっており、格好いい、不気味、そして可愛いとキャラの個性は引き立っていた。当然、その中では「可愛い」についてがダントツで気になるところでして……ねこ姉さんとまなちゃんの関係性がガンガンに掘り下げられたのは……これまた世相を反映したものでしょうかね(素直に視聴者のニーズに応える製作者の鑑である)。いいぞもっとやれ。いや、単に定型句としてじゃなくて、マジでもっとやって。 終わるかぁ……まー、きちんと長期スパンでのシナリオラインも作っている作品だったし、エンドレスで垂れ流すっていうデザインに切り替えるわけにもいかないしなぁ。願わくは、またこうして鬼太郎が時代に合わせて戻ってきてほしいところである。まぁ、その時はまたキャストが変わって別な作品にはなるんだろうけど……目玉のおやじさん、いつまでいけるかなぁ……。 「地縛少年花子くん」 6→6 シンプルに好き。こういう作家性がバリバリ発揮されるアニメは他の作品で補填できない分、やっぱりありがたみが違うわね。 「作家性」って言葉を使ったけど、漫画原作のアニメ化なので当然この言葉には2つの意味が出てくる。1つは当然原作の「作家」で、第一印象でも書いたけど丸っこくて枠線の太いデザイン性はとても好み。見てて気づいたけど、近いデザインってきゆづきさとこかもしれない。丸っこい目に、個性の強い色の塗り方。1枚絵として映えるデザインをそのまま漫画で展開しているような贅沢な仕様である。 そうして個性の強い漫画の絵ってのはアニメにしにくいもので、アニメ化に際して良さが失われてしまう場合が多々あるわけだが、今作はそこを見事にアニメの魅力に転換している。そこが2つ目の作家性、つまりアニメ監督のセンスである。最近どんどん好感度が上がってるけど、やっぱり安藤正臣はうまい作家だと思うのよね。得意の「コマ割り演出」のおかげで、上述の「漫画絵を動画に転化しにくい」っていう問題を大胆に解消しているし、止め絵要素が多い方がシンプルに見せられるっていう作品の性質に綺麗にフィットしている。いや、別にもっと動くデザインでも面白いものは作れるのかもしれないけど、おそらく動画部分で多少なりとも省エネしているからこそ、今作の最大の特徴であるエキセントリックな色彩や、個性的なキャラ造形をアニメとして展開できているのだ。無理に背伸びせずに長所を伸ばせるディレクションは、それだけで「アニメ化」に価値を生み出してくれる。 まぁ、ここまで本当に技術的な良さばっかり書いているので「お話の中身はどうやったんや?」って話になるけど、まぁそこは普通よね。最近だとこういう「ガンガン系」みたいなお話も減ってきた気がするけど、ちょっと幽霊、ちょっと冒険。そしてちょっとラブコメ。最大の特徴となるのはメインヒロイン寧々ちゃんの設定で、ここまで大々的に「別に可愛くないよ」って言われてるヒロインも珍しいよね。アニメとしてみてたら充分可愛いんだけど、作中では主に足の太さにしか触れられておらず、「可愛い」ポジションは圧倒的にライバル(?)の七峰の方に回っているという。まぁ、メインヒロインは実は花子くんの方と言えなくもないからね……。そう、やっぱりねちっこすぎて胃もたれするほどの緒方恵美劇場ってのが一番の濃い味ですからね。この設定で、あの声で2役やるんだもんなぁ。よくもまぁ、鬼頭明里は押し負けずに対抗できたもんだと思うわ。 強いて不満をあげるとするなら、やっぱり未完の漫画原作だから一旦終わっても座りが悪いって部分くらいですかね。テーマが七不思議だから、続けられるとしてもそんなに長くは引っ張れないと思うんだけど、どんな最終回を迎えるんだろうね。できれば2期もみてみたいところだけど……アニメ化されるかなぁ。ちなみに今作で一番気になったところは、チビ妖怪役に吉田有里と森永千才が一緒にキャスティングされてたところ。そこ……分ける意味あるか?!
「虚構推理」 5→4 欠損萌えの新たな発生地。ここから新たな性癖に目覚めてしまう青少年がいたらなんとも罪深い話である。いや、でも欠損痴女はなかなか見ないジャンルだな……。 これまたご多分にもれず、「推理もののアニメ化は難しい」という宿命に則った作品である。終始画面が地味なものになりがちで、ひたすら説明を続けられるだけなので「別にアニメじゃなくてよくね?」という感想で事足りてしまう。わかっちゃいたことだろうが、そう簡単にブレイクスルーできるものではないだろう。それでは何故、今作がわざわざアニメ化されるに至ったのか、その部分はなんとなく察することができる。 1つは、今作が狙ったコンセプトに一定の新奇性が感じ取れること。単なるミステリではなく、「嘘でもいいから相手を説得してレスバで勝てばそれが真実」というセッティングはそれなりに興味深く、例えばそのために探偵は超常的な方策でもって最初から事件の真実を知った状態でスタートするし、荒唐無稽な推理であっても、「聴衆が興味を持ち、面白いと思ってもらえたら勝ちやすい」なんてのも既存のミステリとは一線を画す設定だ。そのあたりの世相というか、ネットで沸き起こる噂やデマの類をミステリの真相と絡めるというのはチャレンジに違いない。 ただ、残念ながらそのチャレンジは成功しているとは言い難い。「どこまでいっても推理は虚構」というのは、実はミステリ業界でも永遠のテーマではあり続けており、結局は探偵側に集められた手がかりを都合の良いように解釈して「一番ありえると読者が思える解答」を導き出すのが探偵の役目。例えば突然透明な宇宙人がやってきて被害者を暗殺する可能性は絶対に考慮されない。なればこそ、そこに「虚構」を大胆に持ち込むことも許されるのではないか、というのが本作のチャレンジだと思うのだが、やはりそこには視聴者側の認識に大きな隔たりがある。 結局、ある程度の暗黙の了解がある状態で互いに「分かってて」書かれ、読まれるのがミステリであり、そこを大胆にぶっ壊して、新たなルールを設定しましたと言われたところで、なかなか折り合いをつけるのは難しい。そのために必死に「未来決定能力」などの補助装置を用意しているわけだが、現時点ではそうして設定をして回った分の労力に見合うだけのペイが出ているとは言い難い状態だ。暗黙のルールをぶっ壊して設定されたものは結局「作者に都合のいいルール」でしかないわけだし、想定された「ネットの聴衆」の動向にはロジックはない。そのあたりにもっと厳密なルールを課せば正当性は上がるのかもしれないが、そうするとせっかくブレイクした部分の妙味が薄れてしまう。どうにもコスパの悪い設定である。 ちなみにもう1つ、今作がアニメ化された要因だと思われるのは非常にわかりやすい側面で、「そりゃ、女の子が可愛くコミカライズされてんだから、アニメにしてもウケるだろ」という判断である。こちらはまぁ、至極正しい判断であり、実際、おひいさまはかわいい。私はどっちかというと紗季さん派であるが(中の人の影響も大いにあるな)、非常にキャッチーな設定のヒロインがあけすけに主人公とイチャイチャしながら突拍子も無いことをやっていく基本設計は、まごうことなき萌えアニメのフォーマット。そりゃアニメにしたくなる気持ちもわかる。ただ、如何せんベースが「推理もの」であるため、いざ話が始まると頑張って整えた萌えの文脈を活かす場面に乏しく、結局1話目とか最終話とか、おひいさまがイチャイチャするシーンが多い方が面白いという本末転倒な結果になってしまう。延々顔のない妖怪と殴り合う主人公の図がダラダラと流されるだけの画面は、不死設定も相まってまったく緊迫感がなく、せいぜいスクリーンセーバーくらいの扱いである。そうしないと画面が保たないという時点で、やはりアニメの映像としては力不足の感は否めない。 キャラデザを含め、萌えキャラ方面の強度は充分なクオリティに仕上がっていたので、なんだかもったいない話である。「推理とかいいから、もうずっと下ネタトークを続ければいいのでは?」という身も蓋もない結論になるな。 結論・上坂すみれがアイドルになるとだいたいイロモノ。
「22/7」 4→3 で、なんやったん? 俺の好きな四文字熟語は、「支離滅裂」だぜ!(CV村川梨衣) まぁ、正直第一印象は悪かったですよ。主に中の人の凄まじさが原因だけど、そもそも秋元系プロジェクトに対しては偏見に近い印象しかもってないし、此の期に及んでまだ「アイドルアニメ」を繰り出してこようってんなら、そりゃ色眼鏡で見てしまってもしょうがないだろう。その上で、「壁の設定とかがあまりに突飛だし、突き抜けたら『AKB0048』みたいに変な方向に化ける可能性はあるな?」という期待もあった。しかし、今作は残念ながら突き抜けることはなかった。いや、確かに突飛な要素はたくさんあった。ただ、それは本当に理解できないだけであり、「支離滅裂」でしかないのだ。このアニメは、一体アイドルという職業の何を伝えたかったのだろうか。一番読み取りやすいメッセージは、「アイドルは超越的な存在から命令されることをただひたすら機械的にこなすだけのシステムなのだ」というどうしようもないものだけだ。最終回ではそれをぶち壊すことでカタルシスを得ようとしたのだろうが、「壁」という存在がそれまでのストーリーで成立すればこその「破壊」である。なんだか分からないものをなんだか分からないうちに壊されたところで、「まぁ、こっち系のアイドルってなんかぶっ壊してアナーキーなイメージ出すことあるよね」くらいにしか響かないのである。 結局、アニメファンは「アイドルアニメ」に何を求めているんだろうか。私は少なくとも今作におけるアイドルの扱いに楽しさは一切感じなかった。よく分からないうちに集められたこと、ろくに意思疎通のフェイズも設けずになあなあで結びついたこと、1年の活動期間で国民的アイドルになった理由がさっぱり分からないこと、そして分からないままに解散騒動で友情が深まった気分を醸し出したこと。要素としては何も間違ってはいない。過去のアイドルアニメと同じ「事象」を辿っているはずだ。しかし、我々が見たいのは事象ではない。内実なのだ。アイドルという総体ではない。個々のキャラクターであり、人間が起こすドラマなのだ。「壁」のシステムは、お手軽に事象を連ならせ、その間にあるはずの最も重要であるはずの要素を廃却した。これで、何を楽しめというのだろうか。 まぁ、一応キャラクターデザインに力が入っており、キャラ絵などは独自路線で魅力を生み出そうとしていたことは伺えるのだが……流石に今回のアニメを見て、「よし、このアイドルは是非応援したいな!」と思う酔狂な人間は現れないのではなかろうか。まぁ、これ以上推しコンテンツが増えても困るだけだけどさ。 それにしても、中尾隆聖はよくアイドルユニットに迷惑かけるよな……(参考・WUG)。
こんな時期ですが、劇場に行ってきました。だってしょうがないじゃん、2週間限定公開だよ? このご時世じゃ、映画館がいつ封鎖されるかもわかったもんじゃない。さっさと観に行かないことにゃ、夜も眠れないってもんだい。まぁ、アマプラで配信しているらしいけど……俺は観らんないからなぁ。アマプラで観られる人はちゃんと観て。地上波版の3を全部観た人はさっさと観て。これ観ないとおわんないから。観たらちゃんと終わるから!
<流石に今回は多大なネタバレ要素を含む可能性が高いので、みんなさっさと観ろ>
「推しが武道館いってくれたら死ぬ」 6→6 オタクってのはつくづく幸せな生き物だよなぁ、ということを感じさせてくれるアニメ。これだけ暗澹たる世の中なだけに、生きるための糧は多いに越したことはない。些細なことでも天上の快楽を得ることができるオタクは、たとえ周りからどう見られていようとも幸せな生き物に違いない。 素直に気持ちの良いアニメになった。原作の時点でそれなりに好きなつもりの作品だったんだけど、アニメになってキャラクターデザインがシュッと見やすくなったおかげだろうか、もしかしたら原作よりも馴染みやすくなっていたかもしれない。もちろん原作絵には原作絵の良さもあるだろうが、アニメ化するに当たって作られたキャラデザは線を少し減らし、それでいて原作絵の持つ細やかさを体現できるバランスになっていて、アイドル連中が本当に「あ、これは現実にいたら可愛いやつだな」ということが納得できる。まぁ、この絵だとモトイさんの妹の玲奈ちゃんだってめっちゃ可愛いし(一応アイドルにそっくりっていう設定だし)、なんならえりぴよさんが可愛くも見えるのだから困ったものだが。まぁ、我らが主人公・えりぴよさんは、そうした外見の些細な要素など吹き飛ばすくらいに歪んだパワーに満ち満ちておりましたが。 今作の良いところは、「クソオタク」という題材を決してネガティブな文脈で描いていないところである。世にオタクを題材にした作品は数あれど、そのほとんどは主人公サイドに引け目や負い目があり、こそこそと日陰の生活を送っていたり、逆にそんな鬱憤を変な形で発散させてしまったり、基本的にマイナスのステータスからスタートさせることが多い。それに対し、今作では(確かにえりぴよさんの生活には色々問題はあるが)決してオタク活動が後ろ暗いものとは見なされておらず、人生の全てを費やすに値するものとして、非常に前向きに描かれているのだ。その結果としてアイドルとの恋愛感情なんかにもつながっていくので「オタクの妄想」の極致といえばそれまでなのだが、何故だろう、あまりそうした臭さというかいやらしさを感じさせず、「あぁ、楽しそうだなぁ」ということだけを伝えてくれる。私はドルオタでこそないものの、こうして1つのコンテンツに振り切った愛着を示す心持ちは理解できるつもりだ。やってる本人は本当に楽しいし、周りで同じように熱を持っている人間は皆幸せだからそうした活動に邁進できる。そんな前提があるだけで、今作は気持ちの良い作品なのである。 そして、そんな「オタクもの」の中に遠慮なく混ぜ込まれていく百合成分。原作ではあんまり感じなかったのだけど、チャムの内部の関係性も色々すごいことになってるので、かなり濃密な感情のやりとりが行われる世界であるな。これ、別にえりぴよさんが男性だとしても問題なく成立するお話ではあるのだが、そこの性別が逆転するだけで、何故か「都合の良すぎるオタクの妄想」という印象が薄れてしまうから不思議なものだ。最終回エンディングとか、思いがけないところから膝を撃ち抜かれてもんどり打ってしまった。そこでのデュエットは卑怯やろがい……しかも、デュエットで二人して「片思い」を歌いあげるのがこの2人なんだよ。ちくしょう、なんてことしやがる……。 そのほかにもぐう聖というしかないくまささんのまっすぐさとか、ドルオタ入門編ながらも着実に沼にハマる様子が初々しい玲奈ちゃんの様子とか、見ていて楽しい要素がそこかしこに散りばめられていて、ラブコメもの・オタクもの・シュールギャグなどなど、多方面に楽しむことができる作品でございました。そして、やっぱりそんな作品の中心になって引っ張ってくれたのはえりぴよ役、ファイルーズあいだったんじゃなかろうか。このパワー、やはり何かオンリーワンなものがある気がするな。 「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」 6→5 「おっ、この世界線のマミさんはなかなか頼りになりそうやんけ!」→「あっ(察し)」。 こうして数年越しで絶望にまみれるマミさんが見られるというだけでもありがたい話ではあるが、さて、結局この世界は本編とどんな繋がりがあったのか。そのあたりの整合性はあんまり考える意味はないのかしらね。とりあえず、本編のことは忘れて観るのが正しい、と割り切って受け止める。 本編とのコネクションがなくなってしまえば、結局本作は「ソシャゲアニメに成功無し」の一例として並ぶことになってしまう。「まどマギ」ワールドの持つ凄絶なドラマ性はどうしたって薄まってしまうし、芯となるシナリオは結局わかりやすいバトルものの構図だ。どうしたってゲームのシステムにのせるにはこういうシナリオにする以外にない。本編の持っていた最大のセールスポイントは、ほぼオミットされてしまったとみていいだろう。 その上で、「アズレン」「FGO」ほど点数を下げなかったのは、一応シリーズ作品として片足を突っ込んでいたおかげだろうか。最初からどういう作品が来るのかという気構えがあれば、どれだけ肩透かしだったとしても、持ちうる美点を受け入れることは可能である。本作の場合、アートデザインを作成するイヌカレーは本編からの引き継ぎであり、世界設計に関しては充分に既存の作品に肩を並べられるものになっている。また、この世界の魔女の造形などはハナから「訳のわからないもの」としてデザインされており、シナリオを追いかける上で「訳がわからない」という部分があまりネガティブな印象を与えない。むしろこのトリッキーな演出こそが最大の見せ場であるから、「何が起こってんねん」と思いながらもそんなカオスな情景を楽しむことは可能だったわけだ。まぁ、現代芸術みたいなものを美術館に見にいて「あー、完全に理解したわー」って言ってるのと構図としては大して変わらん気もするけど。 あとはまぁ、「町の怪談話」をテーマとしてその出どころを1つ1つ当たっていくっていう構造(おそらくゲームではこれがステージとか章の概念になるのだろう)が細かく区切りになるので、何もわからない部外者でもシナリオを追いかけやすかったってのはあると思う。あんまり謎や伏線をごっそり抱えた上で進まれると「もう何がなんだか」ってんで放棄したくなるけど、ステージ構造さえ理解できれば、そのエピソードでまとまった要素が理解しやすいのでね。元がアニメから始まったソシャゲってことでそのあたりは移植しやすい部分があったんじゃないかな。 とりあえず、お話は全然すっきりしないところで一旦休止。2期目がいつ始まるのかは定かでないが、多分その頃には今回の設定全部忘れてそうな気がするな。まぁ、世界のあり方を揺るがす中原麻衣がいることさえ覚えておけばいいか……(平常運転)。
|
ブログ内検索
リンク
最新記事
(02/23)
(02/21)
(02/19)
(02/18)
(02/18)
(02/17)
(02/17)
(02/17)
(02/16)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
アーカイブ
|