忍者ブログ
最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
[685] [686] [687] [688] [689] [690] [691] [692] [693] [694] [695]

 結局橋本にゃーとトト子の関係ってなんなんだろう。第12話。チョロ松が追っかけてるんだから橋本にゃーはそれなりの知名度のアイドルのはずなのだが……それとも、結局どちらも地方アイドルの域を出ない存在なのだろうか。

 Aパート「栄太郎親子」。十四松名物、「なんかいい話っぽいけどそうでもない話」。今期は「十四松とイルカ」に続いての2本目のメイン会である。まぁ、話が作りやすいから……とは思うのだが、こうしてみると十四松も結構キャラにブレのある変な奴だ(今更)。今回も含めてよくブレるのは、本当に超絶ド天然の頭空っぽ状態なのか、最低限のニートとしての常識や羞恥心を持ち合わせた存在なのか、という部分。こんな生活してるくせに、一応少年から「ニートなの?」と聞かれることは恥ずかしいと認識しているんだよね。他にも、栄太郎のお母さんと初めて面会した時みたいに「都合の悪いことは隠そう」というこすっからい精神は持ち合わせていることが多く、本当にポンコツになった時よりも思慮が見て取れるタイミングは結構ある。まぁ、こればっかりはその時のネタの方向性次第なのだけども。恥ずかしがろうがなんだろうが、ニートやチェリーと言われて気まずくなるような奴が昼間っから小学生と遊び呆けてるのはまずいだろうと思うのだが、そのあたりに対するハードルは低いんだよな。

 そして、何故かことあるごとに特定の女性と関わりを持つのも十四松ならではの属性と言える。他の兄弟は(トッティを別にすると)どれだけあがいても女の子との関係性は構築できないのに、十四松は最終的に出待ちされるまでになるんだもんなぁ。まぁ、今回の場合は人妻だから(倫理的にも十四松的にも)ノーカンだろうけども。いや、十四松の好みなんてわからんし、案外人妻でも構わないのかもしれないが……さすがに栄太郎の手前、そういう流れにはならんかったな。

 個人的に気に入っているのは、こうして十四松の日常で壊れ現象が起こっていることを観測しているのが一松とトド松だったという部分。一松が一番念入りに十四松のことを観察しているのはいつも通りといえばそうなのだが、もう1人がトド松なんだよね。おそらく五男を見守っているのでポジションが近い四男と六男に任せたんだろうけども。結果的に一松&トド松っていうちょっと珍しい組み合わせになっている。以前、チョロ松との絡みだと1対1になることを極端に嫌がった一松だったが、末っ子トド松相手だとその辺は大丈夫なんだろうか(まぁ、ずっと十四松という共通の話題がある状態だったから平気だっただけかもしれんが)。

 Bパート「返すダス」。だから長いって。1つのネタで尺引っ張りすぎだって。今期はなかなかデカパン&ダヨーンネタにいいのが出てこないなぁ。ただ、デカパンが面と向かって「キミは何を考えているかわからない」って言ってたのは収穫ではある。やっぱり分かってないんじゃねぇか。なんであんなおぞましいキャラといつも一緒に行動できるんでしょうかね。あと、道中でカラ松&チョロ松の釣り堀シーンが出てきたので一瞬釣り堀ネタを期待してしまったのだが、結局何も起こらなかった。あの釣り堀にいつか帰ってくることはあるんでしょうかね。

拍手

PR

 もう、いっそコーチ殺して心中エンドでよくね? 第11話。もう、何もかもうまくいかないのは大体あいつのせい。

 予想通りにモチベーションがた落ちのゆり&めぐみペア。そりゃそうだ。本人たちも言っていた通り、「目標が勝手にこっちに帰ってきちゃった上に、そこにいるのにそこにいない」のである。これでもし優勝でもしてマン島に行っちゃったらむしろ本末転倒である。そんな状況にしてしまった諸悪の根源である棚橋がどんな男なのか、というのが今回描かれたわけだが、これまたゆりたちが言っている通りで、一言でまとめるなら「レース馬鹿」である。実力はそれなりに世界レベルなのだろうし、非常に真摯な姿勢でレースに挑むのでプレイヤーとしては優秀なのだろうが、いかんせん人間というものに対しては配慮がなさすぎる(この辺りもゆり達が言っていた通りである)。そのくせ、何故か世界トップクラスの女性レーサーに粉をかけてあっという間にものにしてしまったり、天然ジゴロの気があるのでよりたちが悪い。バーチャル姉の方がこんな面倒な男にコロッと落とされてしまったのは可哀想であるが、まぁ、同様のレース馬鹿だったらこの真面目さは確かに武器にもなるのかな。

 しかし、あくまでもコーチとして、下から見上げる形で憧れていたゆり達の場合、突然レースでの繋がりを喪失してしまうと自分たちの憧れすら虚ろに見えてきてしまう。今後も追いかけるべき夢だったのか、忘れ去ってしまうべき過去なのか。なかなか割り切れない中でそんな夢を奪ってしまった「泥棒猫」を目の前にしたら、持ち前のひねくれ根性も働いて、酸っぱいブドウを馬鹿にするかのように散々にコーチの悪口が出てくるのもしょうがないところか。ちゃんとまっすぐ見ていたコーチの姿も、突然崩れたコーチへの憧れも、全部ひっくるめて、自分を納得させるためのあまりにもみっともない虚勢である。でもまぁ、婚約者だって言ってる人の前でそれを漏らしちゃうのは単なる嫌なやつよね……。「かつて自分が憧れていたものをあしざまに言うようになってしまった人間」って、本当に情けないし、醜くも映るのである。

 そうして成り行きで開催された世界トップレベルの強豪との突発レース。三宅島の公道は24時間いつでもレースに使っていいものなんでしょうか。さすがに夜間に爆音鳴らして疾走するのは近所迷惑なような……ちゃんと許可申請は出したんでしょうかね(そんなわけないよな)。しかし、急な試合で圧倒的アウェーであったにも関わらず、世界レベルはマジで世界レベル。高校生が必死に抗おうとも、完全なる技術力のみで地の利も情念も捩じ伏せてしまう。ぶっちゃけ、「あとを追えばあらゆる情報が漏れてくるから追いかけられる」は理屈としてはわかるんだけど、そこから一気に追い抜いて突き放せたのは何でなんでしょうかね。もしかして周回レースにしたから1週目でコースの特徴は全て把握したとか、そう言うことなんかな(周回してるかどうかは知らんが)。夜間で路面状態すらよくわからないと思うのだが、そんな状況でもぶちかませるあたり、世界レベル怖い。

 こうしてあらゆる戦いに敗れたゆり達は、もう抜け殻状態。そんな彼女達に追い討ちをかけるようにしてコーチ本人から「しっかりしやがれ」とか言われ、「黙れこのクソ野郎」と叩きつけて荒れ放題。ご丁寧にコースにはイレギュラー。そりゃもう、事故ってくださいって言ってるようなもんでね。ここでもし復帰不可能な怪我でもしてたら、決勝で戦えないって言うまさかの展開で笑えるのだが……。なんだろう、多分めぐみを大切に思ったゆりが必死に彼女を救い出し、お互いがお互いの存在を再認識、互いのプライドのために優勝を目指すって言うモチベーションの解決があるんじゃないかな。

 結論:男よりも百合が良い。真理である。

拍手

UQ HOLDER! 〜魔法先生ネギま!2〜」 5→4

 個人的に一番辛かったのは、「あぁ、やっぱり志村由美はもう声優業は一切やってくれないんだなぁ」っていうところですかね。ほら、引退したって言っても担当役だけはそのまま仕事としてやってくれる場合もあるじゃない。宮村優子みたいな感じで。なんとか、彼女もそういうスタンスで参加してくれないかと期待してたんだけど、残念ながら最終回でちょろっと登場した千雨は別キャストになっていました。御堂ダリアって誰やねん。ちなみに、志村由美の引退でがっかりしているのはちうがいなくなったことよりも山梨犬が二度と見られないことへの嘆息です。

 さて、やっぱり懐かしネタで攻めるしかなかったわけだが、ぶっちゃけ原作漫画を読んだ時の感想とだいたい一緒。「あんまりネギま関係ないよな」という序盤の展開に、「不死者が主人公のバトル漫画って、面白くするのは難しいよな」っていう根本的な問題。まぁ、「不死にも色々と種類があるんやで」っていう方向性でバリエーションをつけるのは非常に面白いアイディアだとは思うのだが、やっぱり主人公に「命がけ」の切迫感がないので今ひとつ盛り上がりに欠ける気はする。最強最悪の魔法使いである祖父を相手取る時、スタート地点が普通の男の子じゃ何百年経ってもたどり着けないのだからしょうがないことなのだが……。

 スロースターターな内容なのは(原作をちょっとは読んでいたので)知っており、そのビハインドをアニメにすることでどこか打開できないかと期待してみていたのだが、結局原作をそのまま踏襲する形だったので短所はそのまま短所になった。さらに、お世辞にも質がいいとは言い難いアニメーションであり、最終決戦に至ってもアクションやキャラ描写にプラス要素が見込めない。せめて「人知を超えた能力者同士のバトル」なんだから、その辺りでアニメならではの売りがあれば印象も変わってきたのだろうが……。最終的に、「なんとなく懐かしい声が聞こえてくる同窓会」という価値以外には特に無かったのである。

 でもまぁ、同窓会をやってくれたことにはちょっとだけ感謝している。もともとのネギまキャストってのは、当時の時点で「誰だこれ?」みたいな新人が多かったわけだが、15年の時を経た今、業界で戦い抜いている人間がどれほど残っているかというのは、大掛かりな社会実験みたいで面白い。こうして見ると当時から1ミリもポジションをブレさせない堀江由衣の存在が化物クラスで、「お前が業界における不死者なのでは?」という疑念すら湧く。その他、今作でほぼデビューみたいな扱いだった小林ゆうや、当時若手扱いだった伊藤静・渡辺明乃・白石涼子・能登麻美子あたりが完全な「勝ち組」代表例。相沢舞もここがスタート地点だったんだな。当時から中堅クラスだった松岡由貴・皆川純子あたりは圧巻の仕事ぶりで、個人的にはやっぱり松岡由貴が元気に仕事をしてくれているのは嬉しい。彼女の「リクラクララックライラック」はやっぱり素敵だ。あとはネギ先生ですかね。いい具合に年季を重ねたおかげでラスボス感もたっぷり。あとはまぁ、「この人、まだ声優続けてんのかなぁ……」みたいな名前も多く上がってくるわけだが、個人的にはこやまきみこが今どれくらい本腰入れて仕事してるのかが気になる。

 おんなじようにして過去の名作リメイクから同窓会やったらどんな風になるんでしょうね。ちょっと前に「シスプリ声優の同窓会集合写真」っていうとんでもないお宝画像(?)が出てきて感動した記憶があるのだが、同じようなことができる作品ってどれくらいあるのかなぁ。(もう感想でもなんでも無い締め)

拍手

 リンデル「食べないでください!」エリアス「食べないよ〜」、第11話。ここでまさかのエリアス=フレンズ説が浮上?! そりゃぁドッタンバッタン大騒ぎもするわ。

 まぁ、残念ながらこちらのフレンズは人間と友達になるのがちょいと難しい世界。愛くるしすぎるチビエリアスは、名前をもらったあとも順調にリンデルと一緒に旅を続けていたようだが、ひょんなことからその異形を忌み嫌われ、リンデルをも不幸に巻き込んでしまったことで、ちょっとばかり心に傷を負ってしまったようだ。まぁ、あの外見だしあの能力なので、普通に考えたら「なんか悪いやつ」だと思われるのも致し方ないところ。実際、出会ったばかりのエリアスは倫理なんてものは全く存在していなかったようで、リンデルが丁寧に「人間のルール」を指導していったからこそ、今の「正しい」エリアスがある。もしあのまま森の中を彷徨い続け、本能に任せて暴れ出していたら、見た目のまんまの「怪物」になり果てていた可能性もあるのだ。そう言う意味ではかなりのラッキーだったし、リンデルは文字通りの意味以上に「命の恩人」なのである。

 だったら、リンデルがちょっとばかり先走ってチセに全部を話しちゃうのも保護者権限でセフセフ。いや、普通にエリアスさんはおかんむりでしたけどね。過去の経験を考えれば、あんまり自分の昔話をチセに聞かせたくないのは当然のところ。勝手に黒歴史をバラしちゃうなんておじいちゃん意地悪である。でもまぁ、リンデルは「背中を押したかっただけ」と言っている通り、チセならばそんなエリアスの過去だって易々と受け止められるだろうと思って話したはず。むしろ、エリアスの理解者を増やすことによってチセだけでなくエリアス自身の変化を促進させるところまでが計算尽くか。彼の秘密主義をちょっとくらい緩めても周りの人は許してくれる、って言うことを教えてあげたいのかも。

 図らずもエリアスの過去話を知ってしまったチセはどう反応して良いか迷ったものだが、とりあえず今回の目的はあくまで杖作りである。与えられたのは様々な材料と、作り方の最低限のレクチャー、そして何より、「自分と語らう」ための時間。ルツがいい具合に寄り添ってくれているが、この忠犬は何よりも主人の都合を優先してくれるみたいで、物寂しくなって話しかけようとしたのに「今は俺の出番じゃないから」ってんでしれっと断っちゃった。よく出来た犬である。まぁ、もふもふの背もたれっていうだけで充分ですけどね。そうして一人で放り出されたことで、チセは初めて「自分が自分のことを考えていなかった」ということに気づくのである。普通、このくらいの年頃の娘さんなんてひたすら自己言及と自己撞着を繰り返して成長するものであるが、チセは世間に興味もなく、それ以上に自分自身の心にも、体にも、そして命にも興味がなかった。今まで何の価値もないと思っていた自分。それがここにきて、エリアスやリンデルによって価値を与えられたのだ。それは一体「どんな自分」なのか。改めてそのことを思い、エリアスのことを想う時間になったのだろう。

 チセが一人で何かを作り上げた。そのことを祝してリンデルが開いてくれたささやかな宴席。そこは浪川本人が歌うんじゃねぇのかよ、とは思ったが、さすがにこんだけ秀麗で心洗われるシーンだったら、専門の歌手の人に任せて正解だったかな。なんとも幻想的な風景、そして音楽の渦の中で、気づけばチセは水鏡をエリアスに繋げている。2人の気持ちはかなり近づいている。エリアスはついに、チセに面と向かって「君がいないから家が少し寒い」と求めるような発言をしている。ついに、エリアス側からのプロポーズに近い言葉が本音として漏れたのだ。それを聞いたチセは何を思うだろう。エリアスの過去を知って、エリアスと自分の今を知って、チセが将来に向けてどんな決断をするのだろう。彼女の視線は、今ではすっかり前向きなものである。

 ただ、そんなチセの心情とは裏腹に、エリアス側は何やら沈んだ様子。このままではチセは駄目になるかもしれない。そんなことを言われ、なおかつはっきりと「チセの大切さ」を感じてしまったエリアス。彼は、今までのように「お金で買ってきた弟子」としてチセを見ることはもう出来ないだろう。彼女の幸せを考えて、どんな行動に出るのだろうか。

拍手

「ボールルームへようこそ」 5→7

 本当にエネルギーに満ち溢れた作品でした。やっぱりこうして「動きで魅せられる」ジャンルのアニメ化っていうのは破壊力が段違いですね。

 「ハイキュー!」の担当スタッフの多くが関わっている作品ということで、動画部分で文句なしに楽しめるものになることは事前にわかっていた。1話時点ではそれでも「ダンスって分からないしなぁ」「結局審査員スポーツってドラマ作りが難しいよなぁ」「スポ根的なアニメ文法に乗せて見栄えする作品になるのかなぁ」という部分が懐疑的だった。実際、多々良がダンサーとしてものになるまでの展開はそこまで心踊るものではなく、よく分からない基礎練習を続けられても、それがどれほど大切なものかもわからないし、映像としてどれほど真に迫っているかもわからず、「順当な少年漫画的な展開かな」という程度の印象だった。

 少しずつ見入るようになったのは、多々良が真子ちゃんとコンビを組むようになったあたりだろうか。ダンスという競技が他のスポーツと違うわかりやすい点は、常にそこには男女ペアの関係性があるというところ。そして、最終回で環先生もいっていたが、ダンスにはその人の人生が透けて見えるという。つまり、ただの競技としてのトレーニング→試合という展開だけではその全貌は見えてこない。競技に挑んでいる人間たちの背景が描かれることによって、「何が試合に叩きつけられているのか」が追加されて初めて成立するのである。空っぽだった多々良の人生が次第にダンスで埋められていき、兄との関係に悩む真子ちゃんのサポートをすることで兄妹の関係性をフォローするとともに、「支え合うパートナー」との関係性を醸成する。そうして多々良オリジナルのダンスが出来上がってきたところで、満を辞してちーちゃんが登場するのである。

 こうして「パートナーとの人生のぶつけ合い」としてのダンスがはっきり見えるようになれば、あとはもう、コンビの数だけドラマが膨らむ。途中まで「なんやねんこのいかつい奴」としか思われていなかった釘宮さんがラストで一気にキャラを彫り込んで無視できない存在になる行程なんかも見応えがあったし、ちーちゃんと明の百合ップルの高まりは言わずもがな(たまらなくなって思わず記事立てちゃったけども)。それぞれの戦いが見えて、それぞれの人生が語られる。それでこそドラマは幾重にも重なりあった深みを見せるのである。

 こうして作られた人間模様を余すことなく表出させるのは、やはり最初に戻って画面の力である。「迫力のあるダンス」なんてものは素人目にはなかなか分からないものだが、それでも本作は(ハッタリ混じりだったとしても)他を寄せ付けない迫力があったし、奇をてらうことなく、あくまで「ダンスの描写」という枠の中に描きたいものを詰め込んでいた。こうした「よく知らないジャンル」を評価するポイントとして「作品を見た後にそのジャンルに興味が湧くか」という指針があり、今期だったら「なんかよく分からないけど将棋が格好いい」と思わせる作品が「3月のライオン」であり、同様に今作を見れば、間違いなく「なんかよく分からないけど社交ダンスってめっちゃ格好いい」と思わされるのである。もう、それだけでも作品としての役割は充分だろう。機会があれば是非とも原作漫画に目を通し、アニメとの味わいの違いも確認してみたいところである。

 最後は当然中の人の話だが……終わってみるとMVPはちーちゃんの中の人のちーちゃんかなぁ。登場時の「何このムカつく女」っていう印象から、最終回のプロポーズ(?)のたまらない跳ねっ返りっぷりへの接続が本当に素敵。もちろん、そんなちーちゃんの「元の所有者」明を熱演したおいちゃんも問答無用である。その他、普段とはちょっと違うテイストで曲者の釘宮さんを引き立てたベテラン櫻井、どこまでもマイペースな兵藤役のしこりんあたりもいいお仕事。そして主人公・多々良役を務めた土屋神葉も、事実上のデビュー役で見事にその任をこなしていたと思う。こないだたまたまたバラエティ番組で知ったのだけど、この子って土屋太鳳の弟なのね。業界的に弟声優の躍進がすごい。

拍手

 モフモフなのだからしょうがない、第11話。いや、さすがに完全にだらけきった状態の金剛先生は笑うわ。「いや、モフモフだったから……」って申し訳なさそうに謝る金剛先生の可愛らしさは、もう完全に中田譲治であった。

 前回の激闘は一体なんだったんだ、という超展開でまたも度肝を抜かれてしまう本作。ただ、前回や前々回の呼吸すらままならないようなひりつく展開とは打って変わって、今回は「どないやねん!」というちゃぶ台の返し方で度肝を抜くのである。なんだあれ。なんだあのモフモフ……。いや、冷静に見たら目の形が変だったりするし、我々の判断基準からすればあんまり「可愛い」生物ではない気もするのだが、何しろそこはカチンカチンの鉱物しかいない宝石の国である。あんなモフモフが現れてしまったら、問答無用でモフるしかなくなってしまうのだろう(アレキを除く)。しかし、あんな明王みたいな化け物が一体何故モフモフになるのか……。

 鍵を握るのは当然金剛先生であった。彼は何かを明らかに意図して「隠している」ことが今回明らかになり、モフモフがモフモフになったのもその秘密に関係している。まぁ、どう考えてもモフモフの正体は「金剛先生の飼い犬」でしかないわけで、それが月人の世界から「飛び出して」来たというのは一体どんな経緯があったのか。改めて確認しておくと、もともと地球上に生息していた人類はすでに滅亡し、「魂・肉・骨」がそれぞれ「月人・ナメクジ・宝石」に分化したと考えられている。つまり、月人が司っているのは人間の「魂」の部分。しかし、そんな有象無象の魂の中に、明らかに金剛先生が過去に飼っていたと思われる「犬」もまじっていた。まぁ、「人類」というのはあくまで地球上にかつて反映していた文明を表す言葉であるので、その中に犬が混じっていても構わないのだが、そこに明らかに「記憶」が付随していたのが問題であり、かてて加えて、それを金剛先生が「知っていた」というのも問題である。月人たちはあんな風に「虚ろな集合体」を形成しているように見えて、その奥にはなんらかの「意思」が介在しているということなのだろうか。記憶を残した個体が存在するというのは、つまりそういうことになる。そして、犬の方はそうして魂が虚ろな状態になって地上にさまよい出て来たというのに、「飼い主」だった金剛先生は、未だ健在でこうして宝石たちの監督の任を務めている。宝石たちの寿命の感覚は何百年、何千年とあるらしいので金剛先生が現在いくつくらいなのかはよくわからないが、どうやら彼は「魂・肉・骨」の分化以前から、確固たる存在として地上にあったということらしい。つまり、彼は分化以前の魂・月人のオリジンを知っているということになる。それなら何故、彼は月人と対話するでもなく、ただ宝石たちに過酷な試練を与え続けているのだろうか。謎は深まるばかり、そして、フォスの不信感も深まるばかり。

 しかし、そうして「何かの真実」を掴んだフォスに、シンシャがさらりと大胆発言。「みんな知ってるけど先生を信頼してるからスルーしてる」。まぁ、フォスが半端者として今までどれだけないがしろにされて来たかがよくわかるお話ではあるが……フォスがその夜に見た白昼夢のアンタークのことを考えれば、アンタークも含めて全員が「何かあるんだろうけど聞かない」ことを徹底している様子。なるほど、そこにコンセンサスがあるならば、これまでフォス以外の宝石がとってきた何だか煮え切らない行動についても説明ができるような気がする。不都合なことが起こって宝石たちが苦しむことになっても、それを金剛先生が黙認しているなら、それは何が何でも「正しいこと」だと認識すべし。それが宝石たちの暗黙のルール。フォスさん、ようやくそこにたどり着いたということなんでしょう。

 まぁ、先生だって宝石たちに対して害意があるようには見えないし、いうことを聞いていれば大体はうまくいっているという実績があればこその関係性なのだろうが、残念ながらフォスは「アンタークの喪失」という事件があまりにもでかい。不信感をそのまま飲み込むことなどできず、思いついた解決法は「月人に直接聞こう」という、いかにもフォスらしいぶっ飛んだアイディアである。さて、この無茶が吉と出るか凶と出るか……まぁ、吉になる未来はほとんど見えないんですけども。

 そんなフォスの悪戦苦闘とは別に、他の宝石たちもへんてこ月人の襲来を含めて色々な刺激が。特に今回スポットが当たったアレキサンドライトは、やっぱり変なやつだった(宝石は大体変なやつだ)。これもアレキサンドライトが「2種類の見え方で輝く」っていう性質から来てるらしいんですが、どうも、今期釘宮キャラは極まってるやつが多いですね(「妖怪アパート」の方はよりヤバい奴である)。他にも何故か知らんが「物語終盤で小さくて白い変な生き物を飼育した」っていうのが「少女終末旅行」とかぶり、「身体がボコボコの蓮コラ状態」は「ゆゆゆ」と被った。いや、完全にこじつけだけども。友奈ちゃんのボディはボロボロで救いがなかったが、今回登場した新キャラ・パパラチアのボディはルチル(中の人が風先輩)によって修復可能。他人の身体がパズルになっちゃうあたり、やっぱり宝石は自由である。なお、パパラチアの存在が明らかになったおかげで、ルチルさんが単なるマッドドクターでないことが判明して一安心。ちゃんと大事な人のためにメスをふるうんだね。まぁ、小動物は切り刻むけどな(駄目じゃん)。

拍手

 ガルパンはいいぞ。いや、良くないぞ。なんだよ、50分ちょいの第1話って。なめてんのかこの野郎。6話構成でこの尺なら普通に地上波で1クールやんけ。もっといろんなところが見たいんだからテレビシリーズでやれや! 劇場版で味しめてんじゃねぇぞこの野郎!(以上、視聴前)

 (視聴後↓)

 ガルパンはいいぞ。

 

 

(以下、ネタバレなどあるかもしれないので未視聴注意)

 


拍手

 ラブライブ名物、なんかよく分からないテンション、第11話。このどうにも作中のキャラたちに入り込みにくい感覚、ラブライブっすなぁ。

 思い返せば初代も一番盛り上がるべきところで謎吹雪の大サービスがあってちょっと引いた記憶が蘇ってくるわけだが、今回も一体どういうテンションで見たらいいのかが今ひとつわからない、突然の学園祭。もう残り1話か2話くらいしかないはずなのだが、こんなことしてていいんだろうか。いや、狙いは分かるんだ。今回のお話で、どうにも学院が廃校になることは避けられそうもないことが分かった。その辺りは大逆転に成功した音の木坂とはっきり違うところで、今作は「廃校するにあたっての心構え」もしっかりと描写することが求められている。そこで、最後の一花で「楽しかった学園」を全力で描き、さらに「学園のみんなが本当にAqoursに対して感謝している」ことを伝えることで、最後に待ち構えているラブライブ本戦での一丸ムードを際立たせ、ライブの華々しい見せ場と、避けられない廃校という悲しみの際立ちを見せようということなのだろう。それは正しい狙いだと思うんだ。

 ただ、やっぱりなんか心理的に隔たりがあるんだよなぁ……。Aqoursのみんなは本戦に向けて一秒も無駄にできない一番大事な時期のはず。セイントスノーのお二人があれだけ熱心に特訓メニューなんかも組んで協力してくれたのに、ここでそんな熱意を無視して学校行事にうつつを抜かすのは、全校生の意志を考えた時にもどうなんだろう。まぁ、1日2日の息抜きくらいはええやんけ、ということなんだろうけど、そもそも全校生徒が大して多くないこの学校で「お祭り」をやって、どんだけ盛り上がるんだろう、というのも疑問が残る部分だ。全校集会で集まった人数を考えると現在の生徒数は100人前後くらいのイメージなのだが、あれだけ出店を出して、イベントを回したら、おそらく学生側は一切客としての参加ができない。ということは地元民がお客として参加してくれることを前提に閉校祭を催したということだが……それだけ愛されてる学校なら、廃校自体もなんとか自治体でカバーできなかったもんですかね。まぁ、「学園祭の規模が無駄に大きくなっちゃう問題」はアニメ世界ではお約束なのだが。

 そして、最後に訪れたイベントの幕引きも、やっぱり「イベント自体の楽しさ」と「廃校という悲しさ」という相反する2つの感情がまだ処理しきれてないな、という印象を受ける。学生たちが処理できないのは当たり前だし、はっきりと割り切っちゃう必要もないのでそれは構わないのだが、問題は作品を演出する制作スタッフの中でも「どういう側面が押し出したいのか」がまとまってない気がするところ。最後のキャンプファイヤー前のやり取りは本当にもやっとするもので、「盛大に盛り上がっていい雰囲気なのに突然鞠莉が謝罪を始める」というのがどうにもしっくり来ない。鞠莉の心情を考えればどうしても自分の不甲斐なさが許せないという気持ちは分かるのだが、せっかく盛り上がった記念すべきラストシーンでそれを吐露するのは流石に空気が読めていない。鞠莉だって学生側が彼女を責めているわけじゃないことくらい分かっているだろうし、謝られた方だってどう対応していいか分からないだろう。その結果が謎のAqoursコールだったわけだが、あそこで鞠莉単体ではなく「Aqoursコール」を導入するのも、なんだか変な流れだ。「Aqoursがあるから寂しくなかったんですよ、会長、気にしないで」ってことなんだろうか。そして、それを受けた鞠莉が最後に「みんなで歌いましょう」となる。うん、やっぱり凹むくだりは無くてよかったな。どうしても「廃校は悲しいもんだから」という部分を強調したい脚本サイドの無理が出てしまったシーンと言えるのじゃなかろうか。

 まぁ、こうして「伝えたいことは分かるんだけどお話として雑」というのは初代からのお約束だったので、それを勢いで乗り越えてこそのラブライブである。次週以降のクライマックスで廃校の悲しさを消し飛ばす展開にしてくれれば、それで。

拍手

 もう滅んでしまえこんな世界、第4話。何故こんなにも、少女は過酷な運命に投げ出されなければならないのか。そりゃまぁ、「そういう作品だから」って言われたらおしまいなのだが……。

 途中での東郷さんのハイパーストーキング術を茶化そうと思っていた気持ちも、その後の流れで一気に吹き飛んでしまう辛すぎる展開。まぁ、そうだよね。そうなるよね。単に「喋らなければ平穏な日々が続く」なんて安穏をこの世界が許すわけないよね。友奈ちゃんはあの時に東郷さんの肩代わりをすることで「祟り」をその身に受けた。かつての大戦の際にほとんどを散華したせいで、勇者たちの身体は「神樹製」の特別仕様になっていたという。散華の量が多かった友奈ちゃんに至っては、もうほとんど神樹様のオーダーメイド。いわば神の申し子になっている状態。だからこそ、あんな無茶な状況でも東郷さんを救出するという奇跡が可能になった。

 しかし、代償のない奇跡はこの世界に許されない。身に受けた祟りは少しずつ進行し、他者に伝達すればすぐにでも伝染するというペナルティを追いながら、確実に宿主の身体を蝕んでいく。胸に受けた小さな刻印は、わずかひと月足らずで全身を埋め尽くすまでに禍々しく成長し、神の御業たる友奈ちゃんの身体は既に満身創痍。その結末は「春を迎えられない」というあまりに残酷なもの。そんな勇者の危機に際し、大赦が下した判断は「貴重なサンプルケースなので是非とも記録してください」というあいかわらずのものである。まぁ、今回は伝達にリスクを伴うという症状の関係で、それ以上の対策が打てなかったのはしょうがないのだが……。

 勇者が日記を書くとそれはもう死亡エンドの前触れである。そのあたりのことは先代の日記執筆者だった乃木園子さんもいち早く察知していたようだが、そのほかにも友達思いでひときわ気遣いできるにぼっしー、そして友奈ちゃんのことならありとあらゆることを記録し続けたい熱烈ストーカーの東郷さんも気づくところになる。東郷さんがやたらとカメラを回すようになっていたのは、実は友奈ちゃんのことが気になって違和感の正体を探るためだったわけだ(自分がメインの被写体だと思っていた風先輩が不憫である)。その後は式神という万能ツールを使って自宅寝室に潜入。これ、友奈ちゃんが今の状態じゃなかったら確実にアウトなやつ(まぁ、現時点でもアウトな気はするが)。そしてストーカーでなければ絶対気づけない見事な観察眼で勇者御記を発見するに至る。東郷さんの場合は割とシャレにならない深度ではあるのだが、みんながそれぞれに友奈ちゃんのことに気づけたのは、これもまた勇者部の絆のなせる技ということだろうか(犬吠埼姉妹は気づけてなかったわけだが、風先輩が事故って姉妹でそれどころじゃなかったのだからしょうがないだろう)。

 しかし、現時点では友奈ちゃんの実情を掴むところで精一杯。神々の御業、「外」の現象とあっては、さすがの勇者部もおいそれと手出しはできない。そうしている間にも刻一刻と友奈ちゃんの限界は近づいている。果たして、勇者部の精神を体現するスーパーヒロイン結城友奈にも、限界はあるのだろうか。次回は……結婚?! すでに白無垢の東郷さんが隣に立っている図しか思い浮かばないのだが?!

拍手



忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2026/04 05
S M T W T F S
2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
ブログ内検索
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子
ーーーーーーーーーー
↑越えられない壁
沢城みゆき 斎藤千和 
中原麻衣  田中理恵  
渡辺明乃 能登麻美子
佐藤利奈  佐藤聡美
高垣彩陽   悠木碧
バーコード