最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「弱虫ペダル GRANDE ROAD」 5→6 うむ、お疲れである。無事に幕を閉じることが出来たインターハイ。まさかここまでくるのにトータルで5クールもかかるとは思っていなかったが……。コミックもいつの間にか40巻近く出てるのかよ。……時代の流れが速すぎるよ、つい最近連載始まった気がしてたのに(7年前だとさ)。 1期目はとにかく盛り上げておきながらもよりによってとんでもねぇところで終わってしまうというなかなかチャレンジングな構成だったわけだが、考えてみれば5クール使ってインターハイ1年分、その間で分割しようにも、なかなか綺麗に切るタイミングなんてなかったようで、いっそのこと盛り上がってるとこで休憩挟んでしまえ、っていう選択は正しかったんだろうな。あれよりも後で切るとこなんて絶対無かったわけだし。かといって間をつめてギチギチにしちゃうのも確実に駄目だ。このアニメはちゃんと尺を取って、伸び伸びやってくれたからこそ結果を出せたものであろう。原作は毎週読んでるとはいっても割と適当に見ているだけだったので、改めてアニメでみて「そういやこんな色んなことがあったんやなぁ」と懐かしく振り返らせてもらった。「自転車漫画」なんて、言ってしまえばどんだけ速いかを競い合うだけなので、ず〜っと見てても「俺が速い」「俺の方が速い」と言いながら野郎がぶつかり合っているだけ。どう考えても面白い要素なんて無い気がするのだが、これがちゃんと盛り上がるのが「弱ペダ」の偉いところ。結局後半2クールも特に退屈になるシーンってないんだよな。広島絡みのところなんかは言ってしまえばサブイベントなのでひょっとしたらダレるかとも思ったのだが、待宮のキャラが予想以上に立っていたために、充分過ぎるくらいに面白かった。御堂筋君だってバリバリ働いてくれたし、2期目になってようやく本領発揮できた荒北さんの溜め込んだ物を全部吐き出すような活躍も見どころ。もちろん御堂筋君だってナイスインパクトよ。 結論:やっぱこのアニメ変。さて、次に3期が放送されるのはいつになるのか。 PR ホルホースよりもオインゴの方が歌唱力の点では盛り上がるな! 第36話。てっきりエンディングは次回になるかと思ってたけど今回来ちゃうのね。これって「アク役協奏曲」の2番扱いってことでいいんでしょうか。カラオケでいれると「アク役協奏曲〜オインゴとボインゴ(TV Size)」って表記されるってことは、多分2つ合わせてフルサイズってことなんだろうな……(歌うのか?) ハードな最終決戦を前に、一服の清涼剤のごとき心温まるホルホースエピソード。ここまでヘンテコな敵キャラはたくさん登場してきたが、やっぱりこうしてみると一番ジョジョ世界を体現している良い敵キャラっていうと、このホルホースなんだろうなぁ。単なる「悪役」ではなく、きっちり自分の主義信条で動く点は全くぶれない。そしてその主義自体も「No.1よりNo.2」という独特のもので、普通の少年漫画ではなかなかお目にかかれない設定だろう。そりゃぁ初登場時にはあっさりとアヴドゥルを殺してみせたのだから悪い奴には違いないが、エンヤ婆のときにはポルナレフの命を救ってくれたわけだし、今回だってすっかり打ち解けてまるで旧友のようにハートフルな(?)会話を聞かせてくれている。DIOを暗殺しようとする心理というのもなかなか興味深く、彼が決して「目立ちたくない」とかいう吉良吉影みたいな生き方じゃなくて、「自分の能力を活かすのはサポートが一番」と思っているからこそのNo.2設定であり、やれると思ったら思い切って天下を狙うだけの野心も持ち合わせている。こうして柔軟に戦える腰の軽さこそがホルホースの強さであり、キャラとしての魅力なのかもしれない。 また、ここで久しぶりにDIOを登場させることは、漫画的な盛り上がりにも一役買っている。未だ顔を見せないDIO様がどういう状態でお休みになっており、何を目論んでいるのかが垣間見えるし、それとなくザ・ワールドの顔見せをすることで不気味な印象を強めている(格ゲーの技名で言えば「恐怖の片鱗」である)。また、ホルホースとの接し方で彼が部下とどういう関係を築いているのかも何となく分かる。ああしてホルホースが簡単に謁見出来るってことは、おそらくアレッシーとかンドゥールだって直接顔合わせしてミッションを命じられているに違いない。もし警護を厳重にするなら、ホルホースみたいな信用出来ない奴をダービー(弟)やヴァニラアイスが大人しく通すとも思えないし、DIOが「いいよ、どうせ俺殺されないから」って余裕を見せてるってことだ。今回のホルホースとの対話を見てると、「どうもホルホースの野郎は心から忠誠を誓うところまでいってないし、ここらで一発脅しておこうかな」ってんでわざとあのくだりを見せてやった可能性もある気がする。「ホルホースの背後に移動する」のは能力を使えば可能だけど、「静かに背後を狙うホルホースに気付く」には心の準備が必要なわけで、エンペラーを構えているかどうかを確認するためにわざわざ本を読んでるふりして能力使ってたのかも。ドキドキしながらザ・ワールド起動して、ちょいちょい振り向いてホルホースの様子を確認してるDIO様を想像すると、割と萌える。 で、そこからホルホースは一旦アスワン経由でカイロへ戻ってくるわけだが、原作では、実際はDIO暗殺イベントはダービー戦の前に挿入されているため、日程としては「ホルホースがDIOに謁見」→「ダービーとポーカー」→「ホルホースがポルナレフに再会」の順番。この数日間に何があったかと言えば、彼は突然たばこをやめて禁煙パイポに変更しているのである。何故突然たばこをやめたかといえば、単に荒木先生が「何となくタバコがイヤ」になったというすげぇ適当な理由であり、おそらく、ダービー戦を連載してる数ヶ月の間に気が変わったのだろう。アニメ化にあたってDIO暗殺イベントの挿入箇所が移動したことで「なんか突然ホルホースがタバコやめた」感が強くなっているのだが、こうして繋げてみると、「DIOにたばこを取られた上にへんなパフォーマンス見せつけられたから、タバコが怖くなってやめた」という風に見えないこともないな(アニメスタッフがそんなこと考えてるかはしらんが)。 さて、そんなこんなで無事にボインゴとコンビを組んだホルホース。サソリキック(格ゲーの技でいうと立ち強)イベントをこなしつつ、いざ感動のご対面。自分たちを殺しにきた敵ともフランクに会話出来ちゃうポルナレフの気立ての良さが眩しいね。本人も言ってた通りにアヴドゥルがマジで死んでたらこうも行かなかったんだろうけど、一応エンヤ婆のところでの一件もあるし、思い出話にも花が咲くってもんですわ。しかし、ポルナレフとホルホースってインドが初対面のはずなのだが、その割にポルナレフはホルホースのパーソナリティをよく知ってるよな……。案外DIOに肉の芽を植えられて自我が弱い時点で面識あったのかもね。 結局注目されていたボインゴの予知の一部は黒歴史として闇に葬られ、今回登場したのは「鼻に指つっこみーの」だけ。まぁ、そりゃそうか。その分、おそらく史上もっともスタイリッシュかつエキサイティングな「指突っ込み」になっている。しかし、ポルナレフってのはつくづく穴を犯される運命にある男だ。尻穴を豚に舐められ、口はウンコを舐め、鼻に指突っ込まれ、最終的にはディアボロに眼球潰されてる。可哀想に。一週間鼻に指突っ込まれた状態で次回のヘンテコエピソードまで待機しててください。ちなみに、次回最大の注目ポイントは、「ポルナレフにおもいっきりくしゃみされて困り顔の承太郎」。原作だと承太郎がめったに見せない変な笑顔だった気がするんだ。あの顔、アニメでどういう風に再現されるかなぁ(すげぇどうでもいい)。 「夜ノヤッターマン」 6→5 なんか、期待してた方向とは違う方に向かってしまった感がある作品。まぁ、これも「元の作品」を知らないから何とも言えないのだが……ちょっとした疎外感。 1話目で期待していたのは、想像以上にハードな設定が飛び出し、それを余計なギャグで濁さずにストレートに書き込んでいたため。明らかにほわほわしたイメージのあるファミリーアニメのヤッターマンから、まさか「荒廃した大地に生き残るドロンボー一味」が出てくるとは思わなかっただろう。幼女ドロンジョ・レパードちゃんはそんな中でもたくましく生き抜く良い子であり、彼女の立身出世、壮大な復讐劇のためにハードな戦いに身を投じる作品になるのであれば、クールに決まった映像世界と相まって何かとても面白いものが出てくるんじゃないかという期待があった。 ただ、はっきり言ってしまえばそういう方向にはあまり先鋭化されなかった。まー、そりゃそうだよな。元々はヤッターマンなわけだしな。こちらが無い物ねだりというか、無茶な期待をしていただけなのは事実。要素に元ネタを挟まなきゃいけないわけで、頭から尻までずっとシリアスでいられるはずはない。そんなこたぁちょっと考えれば分かっただろうに。ただ、期待してしまったものはしょうがない。割とすぐにそうした「冷たい世界」の描写にはほころびが出て、あっさりとヘンテコギャグに転げ落ちるのに時間はかからなかった。元の世界を考えればそれは構わないはずなのだが、どうにも滑ってるように見えてしまうんだよなぁ。一度違う方向性でイメージを埋め込まれたせいなんだろうなぁ。 ゲストキャラが登場してみんなで一緒にヤッターマンを退治する。そのテンプレの中で動き回るのは綺麗に元祖の逆構図になっているはずで、これが1年とかずっと続く夕方枠だったら問題無いだろう、と思える展開も、あくまでこれは1クールきっかりの深夜アニメである。その中心にはヤッターキングダムを壊滅させるというメインシナリオが必要であり、そのためにはバンクだけを重ねてマンネリを持ち味にするわけにもいかない。バトルにもギャグを盛り込まなければいけないので、戦う姿自体は割といい加減なものになり、「何故勝てる?」「何が出来る?」という部分はノリと勢いで処理されるようになった。一番最初に期待した「ハードな復讐戦」プロットの場合、そういう「逆転する理由」っていうは一番大事なファクターなんだけどなぁ。そこを雰囲気出処理されるとなぁ。結局、あの世界における「死」ってのはどういう概念だったんだろうか。ラスボスの正体についてのどんでん返しなんかが盛り込まれていたわけだが、正直、あの時点で「敵が誰なのか」ってどうでもいい問題なんだよね。レパードちゃんたちが復讐したかった相手は「ヤッターマンという名前のヤツ」じゃなくて、「自分たちの家族を不幸にした悪」なわけで、それがヤッターマンだろうがドクロベエだろうがあんまり問題じゃない。世界の不条理は、単に序盤から中盤にかけての「ヤッターマン像」を歪めるだけで、あんまり得してなかった気がするよ。 まー、どうしても期待感とのギャップが大きかったので受け止めにくい部分は多かったのだが、そうした先入観無しで見れば本編は可もなく不可もないくらいのレベルじゃないかな。動くところはきちんと動いていたし、レパードちゃんは可愛かったわけだし、元ネタの入れ方だってこのくらいだったらバランスとしては問題無いだろう。原作ファンにどういう風に映っていたかは気になるところだけども。とりあえず、平田さんが楽しそうにボヤッキーをやっていたので、そのあたりだけでも良しとするべし。 「戦国無双」 3→3 今期一番地味だった作品。あれだけのヒットタイトルのゲーム原作なのに……。 結局、新番チェックの時に持った印象がそのまま最終回までダラダラと続いただけである。最後までキャラデザのチープさは受け入れられなかったし、「歴史再現ドラマ」をアニメでやられてもしょうがないという。いや、別に再現じゃないけどね、これだって立派なフィクションなんだけどね。フィクションならフィクションなりにもっとアピールの強い話をやって欲しかったよな……。いやまぁ、まさか大阪戦をフルの尺でがっつりやるアニメだとは思ってなかったので、そこは意外だったよ。普通「戦国」って言ったら信長から始まって関ヶ原で締めるのが基本だと思っていたので、まさかの関ヶ原後〜冬の陣という時代設定はびっくりした。他のジャンルでもなかなか描かれにくい時代ではあるので、その部分を取り扱ったということに意味はあるのだろう。いわゆる群雄割拠の乱世とは違い、この時代区分ならば既に世の趨勢は決しており、勢い任せではない「侍の心」を描くことも可能である。真田の兄弟を中心に据えた物語になっているのは、そうした乱世の終幕に際し、血を分けた兄弟が2つの勢力にはっきりと分かれた悲哀や葛藤を描くためのセッティングなのだから、ドラマ作りとしては理にかなっている。単なるドンパチだけを見せるお話にはしない、という制作側の意図ははっきりしているだろう。 ただ、そうした意義は認めつつ、やっぱり地味じゃないかな。それこそ「純潔のマリア」と同じように、戦争においてどちらが正しいとか、戦うことに正義があるかなんて問題は、絶対に答えが出ない泥沼であり、ましてやこの物語は歴史がはっきりと答えを出し、「勝てば官軍」の言葉の通り、時代を切りひらいた「正義」は決定している。そこで敢えて幸村を主人公にし、豊臣の凋落にスポットを当てるという「すっきりしない方」を選び、どこまでのドラマを描きたかったのか。結局、幸村の物語を描くにしても、「関ヶ原に至るまでのドラマ」が書き込まれていないせいで、彼の人生としても薄いんだよなぁ。せっかくのタイトルなんだから、いっそ腹を決めて「1」から延々長いシリーズ構成で最後までやるくらいの覚悟が欲しかったもんである。まぁ、それでもこのキャラデザだと長続きはしなかった気もするけども。 残念ながら、ゲームとしては確実に後追いだし邪道だしゲームシステム的には下位互換に見えるBASARAに、アニメジャンルでは先に美味しいところを持っていかれてしまったのである。残念無念だが、コーエーはこれに懲りず、いっそのこと三国無双をアニメ化してほしい。アニメでビュンビュンビームを飛ばす諸葛亮とか見たい。キャラの数も多いから「戦国」よりも長尺でね。「戦国」なんて女性キャラがクッソ適当なもんだから、メインヒロインなんて名もなき「くのいち」だからな。ラストの幸村とのクライマックス、幸村の方が名前を呼ぶわけにも行かないせいで(「くのいち〜〜!!!」なんて叫べないだろう)すげぇ不自然な台詞回しになってるのとか、興ざめですわ。 「ヒーローバンク」 ー 一応、1年間観てましたよ、っていう報告だけでも。夕方の番組はあまり押さえないのだが、1年前にこっちは一応見てたのに「妖怪ウォッチ」を見ていなかったという先見の明のなさ。いや、別にこの作品が悪かったというわけではないが。 1期2期と1年間続けてきたわけだが、個人的には1期目の方が好きかな。ヒーローバトル自体は世界規模の集客効果もあるみたいだが、あくまで小学生が主人公なのだから、やっぱりご町内くらいのサイズが身の丈に合っている。そこから肥大化してマネーゴーストと戦うくらいの尺がしっくり来る気がした。2期目も基本的にやってることは変わらないのだが、どうしても「都道府県ネタ」との絡みで敵の印象が散逸的になり、また典型的で毒の強くないキャラ造形になってしまった気がするんだよね。セキトが増えたおかげでガッポリカンパニー内部でのあれこれもちょっと薄れてしまったし、タッグバトルがメインなので個々のキャラだけで引っ張りにくくなるのはしょうがないが、どうにも問題が多すぎるとめまぐるしくていけない。まー、ゲームの「2」の方がそういうシステムなのだから合わせるしかないんだろうけど。狙った年齢層のお子さんたちが楽しんでくれていればそれでいいか。とりあえずウンコチンコ言っとけば大丈夫やで。間違いなくみゆきちが史上もっとも「ケツ」って言ったアニメである。 個人的に気になったのは、2期に入ってナガレが完全にぶっ壊れてしまったこと。そりゃ1期からアウトはアウトなのだが、2期目はもう隠そうともしない完全クレイジーサイコホモキャラで振り切れちゃったからなぁ。愉快ではあるのだが、お子さんの情操教育にはあまりよろしくないのでは? そもそも腐女子ってこんなアニメ見てるのか?(やつらを舐めちゃいけないが) ミツオ×フクタものの同人誌とか、絶対読みたくないな……。 「純潔のマリア」 6→6 とても「善い」アニメだったんじゃないでしょうか。漫画原作でもこうやって3巻くらいの内容を1クールできちんとまとめてくれるっていうのはいい選択だと思うねぇ。 先にこのアニメの難点をあげておくと、それは大前提となるテーマの設定だ。何しろマリアとミカエル(というか魔女と天使)が争う中心となる議題は「戦争は正しいか」である。これはもちろん戦争の大義名分とか、人を殺すことが悪くて動物を殺すことはOKなのかとか、突き詰めていけば生と死の根源的な問題に行き着いてしまう宗教的、哲学的に泥沼以外のなにものでもない問題であり、そんなもん、たかだか3巻の書籍、しかも漫画で答えが出るわけがない。マリアの主張は「戦争、とにかく駄目」という子供じみてシンプルなものなので決してややこしいとは感じられないが、彼女の主張が清廉潔白なものであるなどとは誰も保証出来ないであろうし、それなら彼女はどうするのが正しいのかなどという正解もあり得ない。始まった直後から、「何となく終わること」を宿命づけられた作品だったのである。視聴している間も、この人類不偏の大命題を常に突きつけられた状態で話が進むわけで、心底スカッとできるような部分というのは決して多くはない。 しかし、そうしたテーマ設定が「仕方ないもの」であり、この作品においては「この作品なりの」正義を提示するものなのだ、と割り切ってしまえば、充分に納得のいく結末になっていたし、理不尽さは感じられない。神の存在を肯定し、魔法を使う魔女が実在する次点で条理など無いわけだし、この作品は「ヒロインマリアの物語」である。たとえ納得しない人間がいても、たとえ神がそれを許さずとも、マリアがまかり通る動機付けが確定し、彼女の信念が最終的に肯定されるのであれば、それはそれで充分なカタルシスとなるだろう。アニメシリーズも、全体を通じてそうした「不条理な条理」を描ききるという目的意識がはっきりしており、最終話でマリアがめいっぱい幸せそうな顔をしていれば、それで充分満足出来るのである。むしろ、こうして強烈な宗教観、倫理観の出そうな問題でも、へろっと女の子が可愛い漫画で描いてしまえるあたり、やっぱり日本ってのは(都合の)良い国なんだと思いますよ。多神教万歳。 まぁ、そんなアタシの宗教観は別にいいとして、今作は谷口悟朗監督作品ということで、「かっちりハマる」感覚がとてもとても心地よい。1話目で注目された「地べたを這うような泥臭い戦争」の様子も素晴らしかったし、卑近で狡猾ながらもなんだか憎めない人間共の矮小さ、したたかさも嫌味にならないレベルで彫り込まれており、単なる夢物語で終わらないだけの写実性も持ち合わせている。そうして作られた「人間の世」に、マリアたち魔女が介入してくると滅茶苦茶になってぶっ飛ばされる様子が、アニメーションならではのどでかい映像で炸裂し、「魔女のお話」としての説得力を補強する。処女の看板を掲げ続けるマリアのキャラ設定も阿漕であるし、鳥類トリオの可愛らしさもばっちり。萌えアニメとしても見ていて退屈しない。物語を盛り上げるためにはセックス&バイオレンスが基本。そういう意味ではとても基本に忠実なお話。個人的にはやっぱり小動物好きなので、アルテミスたち鳥類軍団が活き活きしているシーンが楽しかったかな。みんなしてホント可愛かったわ。それとは対照的なやたら濃い野郎共の絡みも実に暑苦しくて、最終的にトチ狂っちゃって彼岸へ旅立たれたベルナールさんが美味しすぎましたね。そうかー、ちょっと気付くの早過ぎたかー。「あれ、俺世界を知っちゃった?!」って盛り上がってる櫻井の独壇場は本当にキレてて最高でしたわ。ガルファさんの容赦無い「強さ」ももちろん下衆格好良い。あの時代の義手、ロケットパンチ装備出来るんだなぁ。 そんなわけで、色々と見どころの多い、身の丈にあった尺にまとまった良作でした。アニメ業界はダラダラ長いラノベとかじゃなくて、もっとこういう小綺麗にまとまった漫画原作とかを探してくればいいのにね。中の人については、とりあえずひーちゃんお疲れ。彼女の場合大体そう言われるだけの腕があるからなんだが、やっぱりこれもハマリ役だよなぁ。あと、キーキー声の花澤はホント好き。ラストに一番美味しいところを持っていくのがずるいですわ。あとエドウィナさん。卑屈で詰まりまくったゆーみんの声、ホント好き。 「探偵歌劇ミルキィホームズTD」 5→4 ん〜〜〜〜、いや、決してつまらないアニメではなかったんだ。充分ギャグのエッジは効いてたし、割と端々に「あのミルキィ」の片鱗は見えていたと思うのだが……なんだろう、体が慣らされてしまったのだわ、びくんびくん。 結局何がいけないかを考えていたら、「ミルキィホームズの面々がトイズを使っているのを見るだけで違和感を覚える」という私の状態がいけないのである。そりゃこの世界のミルキィは名探偵なのだからしょうがない。何もせずとも「伏線の壺」を抱えていられるような連中なのだからしょうがない。クライマックスにはそれなりのシリアスピンチも迎えるだろうし、その中には人情芝居だって入ってくるだろう。1クールのアニメなんだから、シリーズ全体で起承転結がきちんと作られているのは、むしろいい事なのである。……でも、ラードの神もいないし、トゥエンティもいなかったんだよね(いたけども)……僕らのアルセーヌ様はほぼ声を発さず、代わりに出てくるのは白と黒のフェザーズのみ。……うん、別にフェザーズも嫌いじゃないけどね……どうせシナリオに大した絡み方しないんだから、もう「ミルキィは6色です」っていうアピールはいいんじゃないかな……。やっぱり刺激がまだまだ足りないのさ。ミルキィホームズはお馬鹿には違いないが、「間違った犯罪捜査を行う馬鹿」ではないんだ。「犯罪捜査って何なのか知らない馬鹿」なんだよ。そのあたりのパンチはやっぱり1期2期には及ばないんだよなぁ。まぁ、今回は我らが名探偵ミルキィではなく、「アイドル請負人ミルキィ」だったから、色々と制約があったのはしょうがない。あくまでメインヒロイン茉莉音ちゃんの引き立て役なんだから……でも、その茉莉音ちゃんがあんまりキャラ立ちしてなかった気もするんだけどね。エレメントもたくさん出てきて、それぞれのキャラでもっとバリエーション増やせそうなもんなんだから、ガンガン吹っ切れた脚本書けた気はするんだけどなぁ……ちょっとキャラが多くなりすぎた弊害なのか、あんまり常識外れなことは出来なくなっちゃったよな(まぁ、それでも充分不条理ではあるのだが)。 あかんな、歳を取ったせいか、古い作品に対する印象が随分美化されている気もする。進化し続けるミルキィが明日はどちらの方向を向いているのか、懲りずに見守っていくよ。 「七つの大罪」 6→6 良いアニメ化だったんじゃないでしょうか。理想的な日5のバランスだったと思うよ。 個人的にあまり相性の良くない日5。過去にも「青の祓魔師」とか「鋼の錬金術師」とか「マギ」とか、決して悪くないはずなのに見続けるモチベーションが維持しにくかった作品が多くて、なんでなんだろう、って不思議に思っていたのだけど、最近ようやくその原因に思い至った。土曜→日曜のアニメ脳消費速度が半端じゃないせいだ。基本的に土曜夜のアニメシャワーは翌日録画で観るから、日曜の朝起きるとレコーダーに未視聴の番組が10本近く増えてるのね(たとえば今期ならアニメシャワー4本、「喰種」「ワートリ」「ダイヤのA」、あと戦隊とプリキュアで9本)。日曜日は、朝起きてからこの9本を順に処理して、大体片付いたあたりで日5枠を迎えるわけだ。そりゃもう体力が残ってるわけないんだ。おかげで「知らない作品」だと負荷が増えて、ついて行くのが困難になる。しかも日5はいうても穏当なアニメ枠なので(実際の描写は必ずしもそうじゃないんだけど)、深夜アニメのように尖ったアピールがない場合が多く、「マギ」とか「青エク」なんかは原作知らないけど、半端に分かりやすいという立ち位置で、向かい合う真剣さが欠けてしまう結果になったのである。 長々と個人的な事情を書いてしまったが、そんな理由で、「およそ原作を知っている」方が見やすい枠なんですよ。だから今年の「ハイキュー」→「大罪」の流れは非常にありがたい。「大罪」は途中で原作を追いきれなくなったので全部知ってるわけじゃないが、幸いにも超が付くほどの王道少年漫画なので悩む必要は無い。適度な刺激と、日5にしては明らかに多めのお色気要素で充分画面は目を引くものになっている。元々キャスト目的で見ている部分も多いので、今作のがちがちのキャスト陣も楽しすぎる。個人的にはやりたい放題していた置鮎が正体現したら神谷になったのが爆笑した。どんだけ濃いんだよ。そして何と言っても本作は様々な「堕ち」を楽しませてくれる女性キャラがナチュラルエロい。押しも押されもせぬトップは文句無しでジェリコであるが、ギーラだって負けてないし、むしろ美味しいポジションになったビビアンもナイス。やっぱり「女騎士」の役割ってそこなんですよね! 鈴木央先生、流石です! 放送を終えて、あとは原作よりもストレートなジェリコの薄い本が大量に印刷されるのを待つばかりである。現状だとエリザベスものが大半だからなぁ。あとディアンヌも割とあるんだが、どうしても設定上ネタ臭くなってしまうのは悩みの種である。あ、どうでもいいですね。 最終的にホークものが一番多い国とかだったらどうしよう。いや、でも実際放送中に一番楽しみだったのって適当過ぎるエンドカードだったって話もあるし……まさか久野ちゃんの声に更に加工かけたものを聞くことになろうとはおもわなんだよ。久野ちゃん、そろそろ1人でラジオやるのに慣れよう(慣れろとは言っていない)。 「SHIROBAKO」 6→8 今期最大の注目作といえば、やっぱりこれだったのではなかろうか。既に新しい鉱脈など有りはしないと囁かれるアニメ業界、まだまだチャレンジしていないことってのは残っているもんですね。 この作品は「誰もやったことがない」をやったことが大きなアドバンテージとなったわけだが、当然のことながら、思いつきで形にしたからってほいほい成功するわけではない。「オリジナルアニメを2クールでやって話題になり、クオリティを伴い、成功する」という状況に至るまでには、数々の厳しい条件をクリアする必要がある。そのうち最も大きな条件の1つである「どこのスタジオ作る作品か」という部分については、本作は最高の条件が与えられた。何しろ、現代アニメ業界ではトップクラスの「オリジナルアニメ制作力」を持つ孤高の存在、P.A.Worksの手になる作品である。そりゃもう、スタート地点からして違う。毎回確認している通りに私は純然たるP.A.信者であるから、ことP.A.が関わるならば遠慮なく贔屓していく姿勢を緩めはしない。そして、実際に今作はP.A.が培ったオリジナルアニメのノウハウが活かされた作品になっている。具体的には「オリジナルで2クールを維持する体力」とでもいうべきもので、作画リソースにダメージが出ずに100%の品質で走りきれるだけの見通しはもちろんのこと、それなりの長尺で物語を構成する際に、どの部分を切り取っても中だるみせず、常にクライマックスのような盛り上がりを見せて視聴者を引きつける工夫なども、経験から得られたものであろう。 そしてその舵取りを任されたのが水島努。水島監督は過去に「Another」でP.A.とタッグを組んだことがあるが、あれで成功したことで「P.A.なりの仕事」を把握したのだろう.今度は満を持してのオリジナルにチャレンジ。そして、彼は「原作に忠実に、良さを活かした丁寧な作品」を売りにする「白水島」と、「とにかくネタに走り、下世話なまでに自分色から笑わせる作品」を武器にする「黒水島」という2つの属性を併せ持つ男。「アザゼルさん」あたりでこの2つの特性は見事な融和を見せたが、今度はそれがオリジナル作品にまで辿り付いた。阿漕なまでの萌えキャラの配置や、ベタでも構わないからとにかく「正しい物語の文法」に則ってひたすら盛り上げ続ける脚本作りの妙は、「ガルパン」を想起させる「完成された水島流」を伺わせるものである。 こうして「P.A.×水島努」という土台が整い、そこから繰り出されたテーマが、まさかの「アニメ業界」。こんな内輪ネタ、しかもきな臭い話が大好きな「大きな子供」水島努がそんなことをやり始めて大丈夫なんか、という不安ばかりがあったはずだが、気付けばそこには王道の成長物語があり、至極まっとうで、誰にも見やすい物語性が維持されていた。毎回きちんと「主人公」がおり、視聴者にも目線を合わせて戦っている様子は、「お仕事もの」としてすんなり理解できるものであったし、筋立てなんておよそ分かっているはずなのに、それがちゃんと面白く感じられるのである。考えて見れば、「ショムニ」とか「半沢直樹」とか、そういう「売れるお仕事ドラマ」の系譜をアニメで展開しただけの話なんだよな(まぁ、俺ドラマ観ないから本当にそうかは分からないけども)。もちろん、そうした「だけ」のことをいざ新しいフィールドでやるということがどれだけ大変なことか。実在の人物をギリギリのところまでパク……違う、モデルにして業界の立体感を出し、そこにフィクションの塊であるドーナツ5人娘を「成長の象徴」として噛み合わせることで、まるで本当に今のアニメ業界に宮森たちが働いているかのような不思議な感覚が起こる。そこから、業界のことをあまり知らない我々視聴者にも、「ひょっとしたら本当かも?」と思わせる絶妙な「嘘リアル」が染みこんでくるのである。おそらく、今後は「作画崩壊」を表す「ぷるんぷるん」は専門用語として定着することになるだろうし、「万策尽きる」は特定の文脈で多用されるようになる。我々はアニメ監督といえば木下誠一を思い浮かべるようになるのだろう。それくらいに、このジャンルのパイオニアとして切りひらいた分野はあまりに大きかった。繰り返しになるが、水島努と、P.A.は、本当に奇跡的な仕事を成し遂げたのである。もちろん、他のスタッフにも同じことが言えるが、代表してとりあえずこの2つの名前、ってことでね。 不満が無いと言えば嘘になる。難癖をつけるならばやっぱり美沙ちゃんのスタンスとかどう考えても無駄だったろうし、茶沢を交えた漫画原作とのやりとりの「理不尽さ」など、筋立てが鼻につく人は「ご都合主義過ぎる」と不満を漏らすこともあるだろう。しかし、結局突き詰めれば「ウケる物語」というのはそういうもんである。王道なくして正道なし。王道だからといって設定にあぐらをかかず、できるだけのことを全力でやったからこその「面白い」なのである。今後の業界ではひょっとしたら二匹目のドジョウを狙って似たようなコンセプトで攻める作品が出てくるかもしれないが、よほどの覚悟が無い限り、「第2のSHIROBAKO」が現れることはないだろう。そして、それができるとしたら、やっぱり「明日のP.A.Works」だけな気がするんだよな。あ、個人的な不満点で一番大きいことといえば、「こんだけ褒めたけど、この作品って、俺の思ってるP.A.のイメージとちょっと違う」っていう部分なんだけどね。やっぱりT.T.、花いろ、TARITARI、凪あす、グラスリップと続く「青臭すぎる青春模様」をやってるP.A.が好きです。有頂天家族とかコレみたいに、たまにぶっ飛ばすから面白いわけでね。頑張れP.A.、戦えP.A.。僕らの未来は君の次作にかかっているんだ(贔屓中)。 最後に中の人の話。今作で堂々とその名前を世に知らしめた木村珠利。この仕事は彼女の次のステップへと続くだろうか。まー、しばらくは動画サイトのコメントで「みゃーもり」って言われ続けるんだろうけど、それはそれで幸せなことだ。次点ではキャラのおいしさで得をしたりーちゃん役の大和田仁美だろうか。まだ1キャラ目ってことで「キャラの中の人」以上の感想はないのだが、彼女達もずかちゃん同様に「スタート地点に立ったところ」だろうからね。夜中に発泡酒抱えてくだを巻かない生活を歩んでほしいもんである。メイン5人の中で1人抜けていたのは絵麻ちゃん役の佳村はるか。キャリアで言ったら彼女が一番ではあるか。同時期に城ヶ崎姉とか、プリキュアのルームメイトなんかでも活躍中。一番安定感の高いキャスト。ずかちゃんと美沙ちゃんについては、まぁ、頑張れ。その他にも濃すぎるキャストが山のようにいたからいちいちピックアップできねぇよなぁ。敢えてあげるとすれば、これまでロリ声一本で仕事をこなしてきた(偏見)山岡ゆりが、特に声質を変化させるわけでもないのに見事な先輩役をこなしていたことかな。ロリのはずなのに子供っぽくない、不思議な矢野パイセンゾーンが今後もアツい。あとはそうねぇ……やっぱり久乃(ry |
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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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