最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「ユリ熊嵐」 6→9 終わってしまったのだなぁ。こうして振り返ると今期はアニメ史でもまれにみる刺激の多いシーズンであった。富野由悠季と幾原邦彦作品が同時に放送してるクールって、凄くないか? (個人的にはこれに大森貴弘とかあおきえいまで噛み合ってくるのがすげぇと思う)。 本作については毎回の感想で書き殴ってきたので改めて最後に語るべきことも無いのだが、ひたすら我が道を突き進み続ける幾原監督が、また新しい結果を残した記念すべき1作として記録にも記憶にも残るものになっている。正直、わたしゃ熱心なイクニ信者ではないし、ウテナすらまともに見ていないような人間ではあるのだが、「ピングドラム」でおののいたその技巧の高さが、今作ではまた別な形で実を結ぶことになったということは声高に主張しても問題無いと思う。最大の要因は「尺の短さ」だろうか。ウテナが3クール、ピンドラが2クール、そしてこのユリ熊は1クール。ただでさえ難解で敷居の高いイクニ作品において、1クールで詰め込まれたらもう何がなんだかわからねぇぞ、というのが最初の恐怖感であり、「ピンドラ」換算にすればこどもブロイラーすら登場していないくらいの話数である(この換算もどうかと思うが)。一体どうやって見られるものかと身構えていたのだが、そんな素人考えは杞憂でしかなかった。1クールを与えられたのなら、そのスパンの中で出来る最大限のことをやり、まざまざと見せつける。それが出来てこその映像監督である。 そして今作の恐ろしいところは、その「短さ」までもを武器にしてしまったところだ。今まで通りの間尺でやったら流石に保たない。だから短くする、というだけの方法論ではなく、制限された中で表現をより洗練し、概念を精緻化し、より効率よく、効果的に伝播する方法を模索する。元々イコン性の強い演出傾向にあったところに、この間尺の問題が加わり、より端的に、それでいて暴露的なものに頼らない画面構成、シリーズ構成が極まったのである。誤解を恐れずに言ってしまえば、今作は「ピンドラ」に比べて、随分「素直に」見られるものになっている。タイトルにユリの名を冠し、12話を駆け足で見て「2人の女の子のラブロマンス」であると読んでも問題無く理解できるのだ。おそらくこれは、1クールの尺の中で描きたいものを敷き詰めるために、最初に作られたキャンバスのようなものだろう。そしてそこに、盛り込んで盛り込んで、熊と、嵐が掛け合わされて、「ユリ熊嵐」になるわけだ。そこには、見る人によっては「ユリ」が見えるし、「熊」が見えるし「嵐」が見えるという複層構造が出来上がる。象徴性の強い演出方向といえば、個人的には尾石達也や小滝礼といった名前を思い出すのだが、本作での幾原演出のすさまじさは、表層にまずベースとなる意味を与え、そこからカット割り、相互連関などを用いて意味を拡大していく過程だ。紅羽と銀子がかわした「本当のキス」の持つ意味、「最初からあなたたちが大嫌いで、最初からあなたたちが大好きだった」という文言の意味、さらには「透明な嵐」で表される存在など、いくらでも意味を重ね合わせ、有機的に物語と結びつかせることが出来る。そして、それはあまりに平易な形で、ほいと我々の前に投げ出されるのである。 もちろん、だからといって安易になったとか、陳腐になるなどと言うことは決してない。1秒たりとも油断出来ない詰め込みは相変わらずの傾向であり、油断すればその真意は彼岸に消えるし、悩もうと思えばどこまででも考えられるだけの含意にも富む。「素直な」見方が容易になった分だけ、こうした重層構造の複雑さはより根を深くしたとも言えるかもしれない。私のような初心者が表層を追うだけでも普通に「物語」の存在を認識出来るし、重度のイクニ病患者にとってみれば、おそらく手放せない禁断症状を引き起こす劇薬にもなっているだろう。この期に及んで自己流を更に磨き上げ、被害領域を拡大させた幾原邦彦の世界は、現代アニメにおいては異端であり、「観る」ことを求める視聴者にとっての救いになっているのである。 まー、そんなことを考えるか考えないかは個人の勝手なんですけども。わたしゃそういう泥沼のような多幸感に加えて、純粋に画を観てるだけで好きすぎたんです。百合が好きで、小動物が大好きな人間にとっては、「これ、俺のために作ってるの?」みたいな感情が出てきてすげぇ申し訳なくなるんです。ピンドラの時のペンギンだってすごく可愛かったけど、今回はあれよりも更に「熊」が出ずっぱりで、最終的には熊が主人公で、熊による熊のためのお話でしたからね。なんであんなユルいデザインなのに可愛いかなぁ。そして、これまたイクニ作品でお馴染み(あと榎戸脚本でもお馴染み)、「何かよく分からないフレーズのインパクトが強すぎる」現象。今作は1話目から「クマショック!」が登場したし、他にも「ゴリゴリゴリゴリゴリ」とか、るるたちのつける「ガウ」の愛らしさとか。キャラを愛でているだけでも満足出来るのが良いなぁ。個人的には蜜子が一番好きだったんだけど、最終話のこのみを観てどうしたらいいか分からなくなった。あと蝶子さんも最終話まで駆け抜けて一気に株が上がった子。精一杯生きてるキャラってのは、それだけで綺麗に見えるもんだ。 中の人については、そういうわけであおちゃんとかりえしょんに目がいくのだけれど、今作ならではの働きをあげるなら、るる役の生田善子がお気に入り。ちょっと変な声ではあるんだけど、るるのキャラの良さとも相まって、大きな代表役になったんじゃなかろうか。あと、一撃の破壊力ならみるん王子かな。くぎゅう元気でショタがいい。 PR 「アルドノア・ゼロ(2期目)」 5→5 無事に風呂敷はたたみました。ただ、その風呂敷はたたむことを望まれていたのかな、という不思議な読後感が。これも「ローリング☆ガールズ」と並んで、なんか色々と惜しいアニメだったような気がする。 1期目と2期目ではだいぶ印象が変わっている。描いている展開が違うのだから印象が変わるのは当たり前なのだが、「へぇ、こっち方向にお話を作りたかったのか」というのが何となく意外だったというか。「良い部分」をあげれば1期目とほぼ同じ感想だ。やっぱり映像の質は非常に高いものになっているのは間違いない。こうした作品の場合にはどうしてもロボ戦闘と人間パートでは温度差が出てしまい、「メカ格好いいやろ?」とドヤ顔したい作品の場合、そちらの見映えにばかり注力して人間どうしのドラマは添え物になりがち。今作はそうした「人と人の対話」という部分にもきちんと意識を割かれており、「こいつら馬鹿しかおらんやろ」というようななおざりな印象にはなっていない。志村貴子によるキャラクターデザインというのも、バトルものと考えると浮きがちであるのだが、そういう「対話」を前提にするならば、他作品との差別化も図れる良いセッティングだったと思う。そして、2クールを通じてなんだかんだ言いながら風呂敷をたたみきったことも、昨今のアニメでは評価すべき点として取り上げてしまっていいだろう。 こうして、様々な良い点、今作独自の売りというのはあるのだが、やっぱり「はたしてそれがやりたかったことなのだろうか?」という疑問が付きまとう。1期の時の最大の不満点は勢い任せでぶん投げた(ように見えた)幕切れの構図だったが、それをなんだか上手いこと収めた2期目についても、すっきりしない部分は依然残ったままだ。個人的に勿体ないと思ったのは、「たたむ」ことを優先したために、必要以上に小利口にまとまることを考えすぎたんじゃないか、と思える点。「天才軍師2人の戦い」を中心に描いた作品なんてものはシナリオラインだけで見せるとなると相当なハードルになるが、どこぞのルルーシュさんみたいに「こいつ、天才のふりした馬鹿だろ」まで吹っ切れてしまえば、笑いにも繋がるし、無茶なスケールでも強引にまかり通るだけの流れってのが出来るものだ(まぁ、この辺は好みの差なのかもしれないが)。今作のイナホは、実はルルーシュ以上のチート兵器を有しており、無茶のレベルで言ったら史上最強クラスのキャラである。彼が思いきりはっちゃけて、ドヤ顔でヴァースをブン殴りに行く物語ならば、非常に大きな流れが出来て楽しくなった気がする。しかし、実際には2期目の主人公はイナホではなくスレインの方である。「父殺し」を犯した彼は、惚れた女に尽くすためにトチ狂ったようにして権力を振りかざし、最終的に破滅へと向かう。しかし、改めて考えるに、彼がそこまでしてやりたかったことってなんだったんだろう。全部姫様が寝たり起きたりした間の悪さから起こったことではあるのだが、途中から「回り出した運命は止められへんのやでぇ」みたいな達観した顔で姫様さえ裏切ってしまう。1つ1つの段取りは「まぁ、そうなるかな」という説得力はもっているものの、彼の暴走はどこかお話のためのお話になってしまっており、今ひとつピンと来ない。 そして、そんな「よく分からない妄念」に対し、もう片方の主人公であるイナホは区役所の職員のように淡々と業務処理を繰り返すのである。彼の動きを見ていると、マズゥールカさんを籠絡して反撃の糸口を掴む手管なんかはなかなか大したもので、1期で物足りなかった「大物感」をいい感じで増築していったはずなのだが、いかんせん全部真顔で無機質にこなしていくので、アニメ的な盛り上がりが作りにくい。彼もスレインみたいに人並みに悩んだり喜んだりしてくれれば、両サイドの対比でドラマに起伏が出た気がするんだけども。あー、でもチート兵器を手にした主人公が単に武力を振り回すだけってのも作り手側は避けたいセッティングなのかなぁ。ただ、2期目に入ってから、火星カタフラクト戦が本当に単調な作業に見えてしまってなぁ。もっとヘンテコマシンをヘンテコ戦術で倒すのが見たかったんだけども……最終的には、どの戦闘も「レベルを上げて物理で殴る」なんだよなぁ。「どや! 物理で殴れへんやろ!」→「でも物理で殴る」っていうのがどうにも。 結局、あおきえいが見せるアニメの巧さってのは、今ひとつ「ロボが戦うバトルのけれん味」に繋がりづらい気がするのよね。「主人公がほぼ量産機で戦う」とか、そういう部分の面白さは、もうちょっと別な監督に任せてしまって、あおきえいにはこのキャラクターのままで「放浪息子」をやってほしいと、そう思ってしまうのでした。だから、個人的には散々思い悩んで青春してるキャラクターは割と好きだったのよ。イナホ、スレインに関しては上記のようにメインシナリオに深く関係しすぎているので上手いこと処理しきれてないけど、一切バトルに絡まず、悶々と悶えてるだけのキャラクター、つまりレムリナ姫は割とお気に入りになりました。1話目に登場した時には「絶対このアマが何かやらかしてスレインが没落する原因になるよな」って思ってたんだけど(まぁ、実際似たようなもんだけど)、思いの外健気で、最後まで賢いキャラを通してくれていた。個人的に、王国の全権を任せるななら夢見がちなアセイラムよりもレムリナ姫の方がいいと思います。多分、彼女の方が男のコントロール上手いだろうし、わがまま言いながらも尽くしてくれそうだし。それにしても、男2,女1がメインのストーリーで、最終的にお姫様が全然関係無いぽっと出の男とくっつくってのも斬新よな。一瞬NTRセンサーが反応しかけたが、考えてみりゃスレインもイナホもそんなことが言えるレベルまで姫様の内側には入り込んでないよな。イナホはインコといちゃいちゃしてればいいじゃない。でも絶対将来家庭に体重計置かなそう。あと、イナホが新婚の家庭築いてもユキ姉ぇは酒飲んでゴロゴロ転がってそう。毎週ユキ姉ぇの困り顔が見られるだけでも充分幸せな作品だったよ(いちファン並の感想)。 「ガンダムビルドファイターズトライ」 6→5 多分世の中の多くの人が持っている感想と大体同じ意見になってると思うのだが、「1期ほど盛り上がらなかったな……」というのが正直なところ。まぁ、今になって思えば1期のハードルってめちゃめちゃ高いからしょうがないのだろうけども。 普通に考えて、1期で世界大会やっておいて2期目が中高生の部の全国大会っていう時点で何かおかしいんだよな。安定したシリーズ製作に向けて、より地に足がついた世界設定を考え直したのだろうか。確かにセイとレイジの場合、かたやいうても中学生、かたやガンプラどころか世間の常識もよく分からない異界の王子様で、なんでそんなに強いんや、っていう無茶苦茶な設定だったわけで、それを是正し、ある程度身の丈に合った部分でのスポ根ものをやり直すというのは1期の呪縛を払う手段としては充分アリだったろう。そのおかげで、シンプルな筋立てて様々なライバル関係も見やすくなったし、「3人で戦う」という条件のせいで課せられた「無闇に大量の人間を活躍させなきゃいけない」という制限もなんとかクリア。最低限の品質は充分にケア出来ているはずだ。その上で、かっ飛んだガンプラがたくさん出てきていつも通りの超絶バトルを見せてくれるのなら、ちょっと設定が違うとはいえ、1期と同等の盛り上がりを見せることは不可能ではなかったとも思う。 ただ、実際にはどうしてもユルんでしまった部分はある。一番の原因はセカイのバトルスタイルなんだろうなぁ。1期の頃から散々「結局ゲンコツかよ」とは言われていたわけで、セカイはレイジ以上に攻撃がワンパターン。普通に考えればどんなロングレンジの攻撃もありで、合体、超必、さらには修復までもが戦略の一部として可能になった状況で、「単なるパンチ」の主人公が勝ち残って盛り上げるのはかなりの難行である。1期の頃だって泥臭い白兵戦の様子で色々と格好良いシーンはあったものの、それはあくまで他にも「格好良い戦闘」があった上での敢えてのステゴロ。全部が全部同じでは、いくらなんでも飽きは来るだろう。また、やっぱり「3人チーム」という設定は序盤から完全に持てあまし気味で、誰かにスポットが当たれば誰かは空気になってしまう。全体を通してみればそれなりにバランス良く分配していたのかもしれないが、やはりアニメシリーズ、特に子供向けの時間帯に放送していた作品となると、どうしたって30分の中身を見て判断してしまうことになるだろう。そうなると、いちいち「やっぱりユウマいらないんじゃね?」っていう感情が起こるのはどうしようもないことだ。回りの機体がはっちゃけ過ぎたせいで、主人公チームの機体が全体的に地味に見えてしまったのも残念。「僕の考えたヘンテコMS」がたくさん見られるのが本作の最大の売りなのだから、もっとガンガン機体を投入しても良かったと思うんだけどなぁ。つまり、最終話みたいな話をちょくちょくやれてればもっと盛り上げられたのかもしれないな。大丈夫、どんだけ混乱しても最終的にメイジンが出れば何となくまとまるよ(どうでも良くなるともいう)。 まー、色々と文句はあるのだが、それでもやっぱり「ガンプラで戦う楽しさ」はしっかり維持されていたし、バトル描写だってやりたい方向性は分かりやすく、品質は高い部類で維持されていたんだ。これで不平をいうのも贅沢というものだろう。このまま次のシリーズにつないで、この世界をどんどん理不尽な方向に膨らませてほしいものである。とりあえずサザキ家の末弟(美形)を早く登場させるんだ。 「クロスアンジュ 天使と竜の輪舞」 5→6 先に懸念を書いておくと、これ、多分「楽しんじゃいけないアニメ」なんじゃないかな……こんな適当なジャンク品、「楽しかったです」と言ってもあんまりアニメ業界にいい影響を与えない気がする……「クロスアンジュ2」とか始められても、どうしようもないんですが。 でも、楽しんでしまったんだよなぁ……そう、人間は油分と塩分を好むのでダイレクトにそれを摂取できるポテトチップがやめられないとまらないのと仕組みは同じ。阿漕なエロ、もうエロっつうか「お下劣」っていった方が良いような、とにかく「下ネタ」要素を嫌と言うほどぶち込み、それをくるむのは濃厚なレズだったり、分かりやすいドンパチだったり、すべり倒しても気にしないギャグだったりする。アンジュというキャラクターは、まさに「オタクはこういうことすれば喜ぶからチョロい」を全部ぶっ込んできただけのキャラクターであり、そこに「制作側の意図」は嫌と言うほど感じられるが、「物語の中の生」は特に感じないという。他のキャラも大体同じで、「エロくするため」「エグくするため」「ギャグに転化するため」に各所に配置された駄目人間の数々は、ひとネタかませばそこで任務はおしまいで、「その後どうなったの?!」とか、「彼女の心境やいかに?!」とかいう部分は一切気にならない使い捨ての「起爆剤」である。消費され、消化されるために作られたカップ麺みたいな存在であり、食ってる時は美味いが、栄養になる気が全くしない、そんな虚ろな存在だ。 でも、楽しんでしまったんだよなぁ……だって馬鹿なんだもん。ちょろいんだもん。これで映像面がビビッと決まって、「流石サンライズ! ロボットもので戦争やらせればやっぱり天下一品だね!」とか褒められれば適当にお茶も濁せたのだが、今作は今期でも一二を争うくらいの作画崩壊作品である。そして、そのぐだぐだになった崩壊映像までもが、「クロスアンジュなら仕方ない」という、ネタ要素として受け入れてしまいそうな空気を作り出しているのである。「一周回って面白い」は絶対駄目な概念だと常々思っているのだが、この作品は、最初から「一周回す」ことを前提にして構築されている。大量のおまけ商品で固めてお値段もさっ引いて、分割手数料まで全部負担するから面白がればいいじゃない! という捨て鉢なデザインである。笑ってしまっている自分が本当に悔しい、なんだろね、この敗北感。 でも、楽しんでしまったんだよなぁ……こうなってしまったということは、私は素直にサンライズプロデューサー陣に敗北を認めるべきなのだろう。「俺、ちょろいよ」と報告すべきなのだろう。楽しかったですよ。アンジュが最後までド外道のままで、きっちり落とし前つけてくれてホッとしていますよ。最終話のシルヴィアさんなんて最高ですよ。もう、設定も筋立ても無茶苦茶なのに、「こまけぇこたぁいいんだよ!」と切って捨てますよ。だって、真面目に考えようにも、「いや、クロスアンジュだから」で済んじゃうんだもん。歌えば解決するし、脱げばなんとかなるんだもん。ダイヤモンドローズ騎士団は偉大過ぎたんだもん。どうしようもないやんけ。あー、今後の世界ではどう考えてもタスクが種馬になることが確定してるわけだけど、あの世界は発展することが出来るのかな……。 中の人についてとか……もう書くことねぇよ。毎回散々騒ぎすぎたよ。安易に載せられすぎたよ。「ゆいかおりの平気で友達裏切る方」じゃねぇよ。普段は絶対に認めない「実況向けアニメ」というカテゴリ、今作で初めて認識しました。こんなもん、一人で黙って見てても敗北感しかないわ。ある意味金字塔。そしてある意味産廃。すげぇ作品だなぁ。あと2年くらいしたら、改めて評価してみたい気もする。どうしよう、マジで「クロスアンジュR2」とか始まってたら……多分シルヴィアさんが黒の騎士団立ち上げてるんだろうな……。 「聖剣使いの禁呪詠唱」 3→2 語る言葉をもたねぇよ。文句無し、お前がナンバーワンだ……。 私はできる限り、アニメを観るときは「いいとこ探し」をしようと思って見ている。チラリと1話目を見て、「なんかつまらなそう」とか「〜〜が駄目だ」とかいうのは簡単なのだ。しかし、どんな作品だって一期一会。切って捨てては勿体ないし、それでは分かりにくい良さってのものもあるのだ。「〜〜は駄目だけど○○は良かった」というように、いいとこ探しをすることがアニメと息の長い付き合いをするコツであり、その先に、収穫があるのである。 でも、どうにも見つからなかったらどうしようもない。この作品は、残念ながら何一つ見つけられなかった。1話目の時点でキャラデザぐずぐず、お話適当、動画やる気なし、ラノベだとしても匂い立ちすぎる諸々の設定。「これは試練だぜ」と思っていたが、この試練、予想以上にハードルが高かったです。画面のクオリティは上を向くことを知らず、お話の適当さは回を増す事に強くなる。女の子のキャラに魅力を覚えることが困難だし、変な男キャラは鼻についたり興味が湧かなかったり。バトルファンタジーアニメなのに、困った時には「思い出した!」というだけで解決してしまうので何の盛り上がりもありゃしない。強さの理由をいくらでも後付け出来る主人公と、そんな主人公に一切の理由無しに付きまとうヒロイン勢、そしてそんなどうでもいい連中に絡んでくる痛すぎる敵キャラたち。まぁ、ある意味で私のラノベ観を煮詰めに煮詰めて凝縮した姿ではあるのかもしれないが……そんな素敵なものをぷるんぷるん天国ならぬざぶんざぶん天国で作られた日にはね……。 1点じゃなくて2点なのは、多分あおちゃんの台詞が割と多かったから。あと、なんか主演の石川君が不憫に思えたってのもあるかもしれない。あと「これがあるおかげで今期他のラノベアニメを観るときに勇気が湧いた」っていう良さもあるかな。とりあえず、ディオメディアはちょっと休め。 綺麗だなぁ、可愛いなぁ……最終話。ホントに良い物を見せてもらったわ……ボロボロ泣いてるんだけど、何も悲しくないのでニヤニヤしながら泣いているという、傍から見たら気持ち悪さマックスの状態での視聴になりました。 正直、そんなに明確に泣くようなポイントがあったわけじゃないとは思うんだよ。実際、るるの最後を看とった冒頭のシーンなんかは、前回たっぷり味わったのでそのまま自然に流せるようになっていたし、そこさえ乗り越えてしまえばあとは「悲しい」部分は一つもない。しかし、これまでの蓄積が1つ1つしっかりと答えを出していくごとに、やっぱり感極まる部分はあるものでね。二匹の熊が喜び踊り狂うシーンなんかでも、無駄に泣けてくるのはどうしたことだろう。 今回最大のトピックは間違いなく「紅羽の真実と、紅羽の選択」である。ここまで3人の主人公を中心にして様々に視点を変えながら物語は展開していたが、やはり最終的には紅羽の物語に落ち着くことになった。言われてみれば確かに不自然な部分ではあったのだよね。「銀子がヒトになることを望んだために紅羽が記憶を失う」っていう因果関係は。「銀子が好きを失う」というのであれば、それは「銀子が記憶を失う」べきだった。実際、真実は裏返しの構図になっており、あの日銀子がヒトになることを望んだのは、銀子自身ではなくて紅羽の方だった。断罪のコートは、それは彼女を傲慢であると責めたが、幼い子供にそれを判断しろというのは無理な話だろう。「彼女が熊だからいじめられるのだ」と認識すれば、「彼女が熊でなければ」と思うのは当たり前のこと。そこに代償としての「好きの剥奪」を迫られても、小さな子供にはそれが釣り合った条件なのかどうかを判断することは出来ないだろう。結局、紅羽はこうして一番の「好き」を失い、銀子は熊の世界へ戻され、「ヒトと熊の間」で長い年月を待つことになった。これまで銀子は自分のことを罪熊だと言い続けていたが、改めて見れば、自分勝手な想いから銀子に厳しい人生を強いた紅羽も充分に「罪人」だったのかもしれない。 その後の時代についてはこれまで語られた通りであるが、この記憶を紅羽が思い出したことで、彼女の決心は確固たるものとなった。銀子から紅羽へとかけられていた愛情は純粋に彼女の本心であり、彼女が壁を越える願いを抱え、ここまで苦労し、命を投げ出すまでの指命を果たそうとしていたのは、全て紅羽自身の責任だったのだ。となれば、もう彼女にこれ以上の負担を強いることは出来ないし、今度は紅羽の側が責任を果たす番である。クマリア様に改めて願う。壁を取り除きたい、二人で壁を越えて本当の好きを手にしたい。彼女を嵐に巻き込み、鏡を割って手を差し伸べてもらったのだから、次に紅羽がするべきことは、手を伸ばしてそれに応えること。自分を破壊し、紅羽は熊との境界を越える。 好きが届き、クマリア様は再びその姿を取り戻す。これまでのモノローグなどから分かっていたことだが、その姿は泉乃純花のものである。純花の姿をした眼鏡のクマリア様が降臨し、ユリを承認する。そこでの紅羽は、純花の姿を見ても一切の躊躇いを持たず、その視線の先には銀子だけがいた。純花は大切な友達であり、彼女の「好き」を取り戻してくれた大切な人であることに変わりはない。しかし、今彼女が応えるべきは銀子であり、彼女を受け入れ、彼女に受け入れてもらう時に、そこに純花を介入させる余地は無かった。二人のユリは承認され、本当のキスを交わした2匹の熊は、そのまま次の次元へと旅立つのである。 「次の次元に旅立つ」という結末は、常人には理解し得ないものである。彼女たちは一体何を成し、これからどのようになっていくのか。それは誰にも分からないが、少なくとも物語はここで間違いなく終わる。澪愛の描いた絵本もここで終わり、アニメもここで終わるのは間違いないだろう。しかし、それでも時間は進み、世界は続いて行く。彼女達が去った後にも、この世界には断絶の壁が残りつづけているし、学園はそのままの姿でヒトの世を作り続ける。その代表となったのは、最後までヒトとして、嵐の中心を維持し続けた大木蝶子である。残された「ヒト」として、蝶子は最後までめざましい活躍を見せてくれた。「壁を越える者への嫌悪」を強く示し、最後まで「私たちは透明であらねばならない」「悪は排除すべし」の姿勢を崩さずに透明な嵐を維持し続けた。「透明になったら、誰があなたを見つけてくれるというの」という紅羽の訴えに対しても、彼女は一瞬の躊躇いこそみせたものの、最後の最後まで、理屈ではなく信念で「透明であること」を崩さなかった。なるほど、これまでたくさんの「ヒト」が透明であることを望み、そのたびに熊に滅ぼされてきたが、最後の最後まで残った蝶子こそ、ヒトの体現者、嵐の体現者として最良にして最適である。熊へ辿り付いた紅羽を見て、他の生徒たちがその力を維持出来ずに挫けていく中で、彼女は必死に叫び続けていた。「迷うな」「考えるな」。それこそが「透明な嵐」であるための条件。彼女もまた、自分の世界を求め、貫き通したもう一人の主人公であったのかもしれない。 透明な嵐には、常に「悪を排除する」ことが求められる。このことは、不可思議な矛盾を孕んでいる。何しろ悪になってはいけない、異分子はいけないと言い続けながら、その異分子を常に内部に見出し、排除することでシステムが回るのだ。椿輝紅羽という「悪」が消え去り、ヒトの世界は平穏になった。しかし、システムはまた次の悪を求め続けている。新たに登場した亜依撃子は、クマリア様をその目で認識してしまったおかげなのか、サーチイビルの最中に集団を抜け出し、排除された百合川このみに手を差し伸べた。彼女は新たに壁を越える存在として、嵐の中に飛び込んでいくことになる。最終的にこのみさんはとてもとても美味しい役回りになってちょっと嬉しい。サイボーグ熊にされたときには本当にどうなるかと思ったものね。毎週ゲスゲスビリビリいうだけの機械になるのって、どの熊よりも悲惨な扱いじゃないかと思っていたのだけど、最後にこういう救いが差し伸べられるのは良いな。常に嵐があり、熊があり、そこにユリがあるのだ。 また、当然といえば当然だが、るるの物語にもきちんと結末が用意されていたのは嬉しいところ。そうだね、るるは銀子に想いを伝え、好きを、未来を残して退場したわけだが、彼女にはまったく同じようにして無償の愛を訴え続けていた大切な弟がいたのだった。ひょっとしたら、最終話で最大の救い、ハッピーエンドが与えられたのはるるだったのかもしれない。初めて心からの笑顔で会話出来た姉弟の笑顔は、本当に眩しい。みるんと2人で幸せに過ごせるといいなぁ。 いい最終回だった。ユリに幸あれ、熊に幸あれ。 「弱虫ペダル GRANDE ROAD」 5→6 うむ、お疲れである。無事に幕を閉じることが出来たインターハイ。まさかここまでくるのにトータルで5クールもかかるとは思っていなかったが……。コミックもいつの間にか40巻近く出てるのかよ。……時代の流れが速すぎるよ、つい最近連載始まった気がしてたのに(7年前だとさ)。 1期目はとにかく盛り上げておきながらもよりによってとんでもねぇところで終わってしまうというなかなかチャレンジングな構成だったわけだが、考えてみれば5クール使ってインターハイ1年分、その間で分割しようにも、なかなか綺麗に切るタイミングなんてなかったようで、いっそのこと盛り上がってるとこで休憩挟んでしまえ、っていう選択は正しかったんだろうな。あれよりも後で切るとこなんて絶対無かったわけだし。かといって間をつめてギチギチにしちゃうのも確実に駄目だ。このアニメはちゃんと尺を取って、伸び伸びやってくれたからこそ結果を出せたものであろう。原作は毎週読んでるとはいっても割と適当に見ているだけだったので、改めてアニメでみて「そういやこんな色んなことがあったんやなぁ」と懐かしく振り返らせてもらった。「自転車漫画」なんて、言ってしまえばどんだけ速いかを競い合うだけなので、ず〜っと見てても「俺が速い」「俺の方が速い」と言いながら野郎がぶつかり合っているだけ。どう考えても面白い要素なんて無い気がするのだが、これがちゃんと盛り上がるのが「弱ペダ」の偉いところ。結局後半2クールも特に退屈になるシーンってないんだよな。広島絡みのところなんかは言ってしまえばサブイベントなのでひょっとしたらダレるかとも思ったのだが、待宮のキャラが予想以上に立っていたために、充分過ぎるくらいに面白かった。御堂筋君だってバリバリ働いてくれたし、2期目になってようやく本領発揮できた荒北さんの溜め込んだ物を全部吐き出すような活躍も見どころ。もちろん御堂筋君だってナイスインパクトよ。 結論:やっぱこのアニメ変。さて、次に3期が放送されるのはいつになるのか。 ホルホースよりもオインゴの方が歌唱力の点では盛り上がるな! 第36話。てっきりエンディングは次回になるかと思ってたけど今回来ちゃうのね。これって「アク役協奏曲」の2番扱いってことでいいんでしょうか。カラオケでいれると「アク役協奏曲〜オインゴとボインゴ(TV Size)」って表記されるってことは、多分2つ合わせてフルサイズってことなんだろうな……(歌うのか?) ハードな最終決戦を前に、一服の清涼剤のごとき心温まるホルホースエピソード。ここまでヘンテコな敵キャラはたくさん登場してきたが、やっぱりこうしてみると一番ジョジョ世界を体現している良い敵キャラっていうと、このホルホースなんだろうなぁ。単なる「悪役」ではなく、きっちり自分の主義信条で動く点は全くぶれない。そしてその主義自体も「No.1よりNo.2」という独特のもので、普通の少年漫画ではなかなかお目にかかれない設定だろう。そりゃぁ初登場時にはあっさりとアヴドゥルを殺してみせたのだから悪い奴には違いないが、エンヤ婆のときにはポルナレフの命を救ってくれたわけだし、今回だってすっかり打ち解けてまるで旧友のようにハートフルな(?)会話を聞かせてくれている。DIOを暗殺しようとする心理というのもなかなか興味深く、彼が決して「目立ちたくない」とかいう吉良吉影みたいな生き方じゃなくて、「自分の能力を活かすのはサポートが一番」と思っているからこそのNo.2設定であり、やれると思ったら思い切って天下を狙うだけの野心も持ち合わせている。こうして柔軟に戦える腰の軽さこそがホルホースの強さであり、キャラとしての魅力なのかもしれない。 また、ここで久しぶりにDIOを登場させることは、漫画的な盛り上がりにも一役買っている。未だ顔を見せないDIO様がどういう状態でお休みになっており、何を目論んでいるのかが垣間見えるし、それとなくザ・ワールドの顔見せをすることで不気味な印象を強めている(格ゲーの技名で言えば「恐怖の片鱗」である)。また、ホルホースとの接し方で彼が部下とどういう関係を築いているのかも何となく分かる。ああしてホルホースが簡単に謁見出来るってことは、おそらくアレッシーとかンドゥールだって直接顔合わせしてミッションを命じられているに違いない。もし警護を厳重にするなら、ホルホースみたいな信用出来ない奴をダービー(弟)やヴァニラアイスが大人しく通すとも思えないし、DIOが「いいよ、どうせ俺殺されないから」って余裕を見せてるってことだ。今回のホルホースとの対話を見てると、「どうもホルホースの野郎は心から忠誠を誓うところまでいってないし、ここらで一発脅しておこうかな」ってんでわざとあのくだりを見せてやった可能性もある気がする。「ホルホースの背後に移動する」のは能力を使えば可能だけど、「静かに背後を狙うホルホースに気付く」には心の準備が必要なわけで、エンペラーを構えているかどうかを確認するためにわざわざ本を読んでるふりして能力使ってたのかも。ドキドキしながらザ・ワールド起動して、ちょいちょい振り向いてホルホースの様子を確認してるDIO様を想像すると、割と萌える。 で、そこからホルホースは一旦アスワン経由でカイロへ戻ってくるわけだが、原作では、実際はDIO暗殺イベントはダービー戦の前に挿入されているため、日程としては「ホルホースがDIOに謁見」→「ダービーとポーカー」→「ホルホースがポルナレフに再会」の順番。この数日間に何があったかと言えば、彼は突然たばこをやめて禁煙パイポに変更しているのである。何故突然たばこをやめたかといえば、単に荒木先生が「何となくタバコがイヤ」になったというすげぇ適当な理由であり、おそらく、ダービー戦を連載してる数ヶ月の間に気が変わったのだろう。アニメ化にあたってDIO暗殺イベントの挿入箇所が移動したことで「なんか突然ホルホースがタバコやめた」感が強くなっているのだが、こうして繋げてみると、「DIOにたばこを取られた上にへんなパフォーマンス見せつけられたから、タバコが怖くなってやめた」という風に見えないこともないな(アニメスタッフがそんなこと考えてるかはしらんが)。 さて、そんなこんなで無事にボインゴとコンビを組んだホルホース。サソリキック(格ゲーの技でいうと立ち強)イベントをこなしつつ、いざ感動のご対面。自分たちを殺しにきた敵ともフランクに会話出来ちゃうポルナレフの気立ての良さが眩しいね。本人も言ってた通りにアヴドゥルがマジで死んでたらこうも行かなかったんだろうけど、一応エンヤ婆のところでの一件もあるし、思い出話にも花が咲くってもんですわ。しかし、ポルナレフとホルホースってインドが初対面のはずなのだが、その割にポルナレフはホルホースのパーソナリティをよく知ってるよな……。案外DIOに肉の芽を植えられて自我が弱い時点で面識あったのかもね。 結局注目されていたボインゴの予知の一部は黒歴史として闇に葬られ、今回登場したのは「鼻に指つっこみーの」だけ。まぁ、そりゃそうか。その分、おそらく史上もっともスタイリッシュかつエキサイティングな「指突っ込み」になっている。しかし、ポルナレフってのはつくづく穴を犯される運命にある男だ。尻穴を豚に舐められ、口はウンコを舐め、鼻に指突っ込まれ、最終的にはディアボロに眼球潰されてる。可哀想に。一週間鼻に指突っ込まれた状態で次回のヘンテコエピソードまで待機しててください。ちなみに、次回最大の注目ポイントは、「ポルナレフにおもいっきりくしゃみされて困り顔の承太郎」。原作だと承太郎がめったに見せない変な笑顔だった気がするんだ。あの顔、アニメでどういう風に再現されるかなぁ(すげぇどうでもいい)。 「夜ノヤッターマン」 6→5 なんか、期待してた方向とは違う方に向かってしまった感がある作品。まぁ、これも「元の作品」を知らないから何とも言えないのだが……ちょっとした疎外感。 1話目で期待していたのは、想像以上にハードな設定が飛び出し、それを余計なギャグで濁さずにストレートに書き込んでいたため。明らかにほわほわしたイメージのあるファミリーアニメのヤッターマンから、まさか「荒廃した大地に生き残るドロンボー一味」が出てくるとは思わなかっただろう。幼女ドロンジョ・レパードちゃんはそんな中でもたくましく生き抜く良い子であり、彼女の立身出世、壮大な復讐劇のためにハードな戦いに身を投じる作品になるのであれば、クールに決まった映像世界と相まって何かとても面白いものが出てくるんじゃないかという期待があった。 ただ、はっきり言ってしまえばそういう方向にはあまり先鋭化されなかった。まー、そりゃそうだよな。元々はヤッターマンなわけだしな。こちらが無い物ねだりというか、無茶な期待をしていただけなのは事実。要素に元ネタを挟まなきゃいけないわけで、頭から尻までずっとシリアスでいられるはずはない。そんなこたぁちょっと考えれば分かっただろうに。ただ、期待してしまったものはしょうがない。割とすぐにそうした「冷たい世界」の描写にはほころびが出て、あっさりとヘンテコギャグに転げ落ちるのに時間はかからなかった。元の世界を考えればそれは構わないはずなのだが、どうにも滑ってるように見えてしまうんだよなぁ。一度違う方向性でイメージを埋め込まれたせいなんだろうなぁ。 ゲストキャラが登場してみんなで一緒にヤッターマンを退治する。そのテンプレの中で動き回るのは綺麗に元祖の逆構図になっているはずで、これが1年とかずっと続く夕方枠だったら問題無いだろう、と思える展開も、あくまでこれは1クールきっかりの深夜アニメである。その中心にはヤッターキングダムを壊滅させるというメインシナリオが必要であり、そのためにはバンクだけを重ねてマンネリを持ち味にするわけにもいかない。バトルにもギャグを盛り込まなければいけないので、戦う姿自体は割といい加減なものになり、「何故勝てる?」「何が出来る?」という部分はノリと勢いで処理されるようになった。一番最初に期待した「ハードな復讐戦」プロットの場合、そういう「逆転する理由」っていうは一番大事なファクターなんだけどなぁ。そこを雰囲気出処理されるとなぁ。結局、あの世界における「死」ってのはどういう概念だったんだろうか。ラスボスの正体についてのどんでん返しなんかが盛り込まれていたわけだが、正直、あの時点で「敵が誰なのか」ってどうでもいい問題なんだよね。レパードちゃんたちが復讐したかった相手は「ヤッターマンという名前のヤツ」じゃなくて、「自分たちの家族を不幸にした悪」なわけで、それがヤッターマンだろうがドクロベエだろうがあんまり問題じゃない。世界の不条理は、単に序盤から中盤にかけての「ヤッターマン像」を歪めるだけで、あんまり得してなかった気がするよ。 まー、どうしても期待感とのギャップが大きかったので受け止めにくい部分は多かったのだが、そうした先入観無しで見れば本編は可もなく不可もないくらいのレベルじゃないかな。動くところはきちんと動いていたし、レパードちゃんは可愛かったわけだし、元ネタの入れ方だってこのくらいだったらバランスとしては問題無いだろう。原作ファンにどういう風に映っていたかは気になるところだけども。とりあえず、平田さんが楽しそうにボヤッキーをやっていたので、そのあたりだけでも良しとするべし。 |
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