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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「空挺ドラゴンズ」 5→6

 良いおとぎ話じゃったな……。最終回の視聴後に不思議なくらいに充実した爽快感があって、これこそ1クールアニメの最終回じゃ、という満たされた気持ち。原作未完のコミック原作アニメはこれくらいスパッと綺麗な節目があると助かりますね。

 割と感想を書いていたことからもわかる通りに、素直に楽しめるアニメでございました。お話としては割とスタンダードな作りだったとは思うんだけど、「空飛ぶドラゴン狩りの船」っていう舞台を用意するだけで、それがなんとも新鮮なものに見えるのだから不思議なものだ。いや、「用意するだけ」っていっても、この「だけ」がとても大変なことなのだ。本作の見どころの1つにポリゴンピクチュアズによるCGベースの作劇があって、サイズ感を出すのが難しい「巨大な龍と、もっと巨大な船」というご大層なオブジェクトが重量感を失わず、それでいてすっきりと見やすく展開されている。色々と魅力はあるはずだが、大きくまとめると、この作画部分からの見せ方の妙が、本作最大の売りだったと言えるんじゃなかろうか。

 具体的な理由は分からないんだが、多分過去のポリゴンピクチュアズ作品の中でも、今作のデザインが一番好きだったと思う。特に表情の付け方がかなりこなれてきてたし、ミカの捕龍アクションに代表される人体の動きの部分も、技術力の向上でどんどんブラッシュアップされている。こういう技術って手数で目減りしないので、もしかしたら劇場版のゴジラ以上の仕上がりになっていたんじゃなかろうか。地上波作品で「劇場版以上」だったなら、そりゃお見事というに決まっている(まぁ、ゴジラが素晴らしい作画だったかと言われたら議論の余地はあるのだが)。具体的にどこがレベルアップしてんだろうなぁ。どっかで専門家が解説してくれれば面白いんだけどなぁ。なかなかこういう技術面での良し悪しって、アニメを議論する際に引き合いに出されないのよね。過去に「CG作画のすげぇところ」を専門家も交えて説明してくれたのって、「裏アニメ」の時のオレンジの技術解説くらいしか知らないや。

 さておき、単に「CGが綺麗」というだけではなく、ちゃんとそのデザインが活きるドラマ展開も見どころが多かったし、さらに貪欲に「グルメもの」の要素まで加えているので多方面に満足度が高い。正確にいうならそもそも原作ありきでこういうCG作劇になってんだから、「うまそうな食い物をCGで作るぞ」っていう順番でプロジェクトが進行してるわけだけど、そこに妥協せずに掘り下げてくれたのは嬉しかったね。「CGベースだから、ある程度食べ物描写は犠牲にするしかないかな」ってなりそうなところだけど、今作では原作の魅力であるすべての要素を取りこぼしていない。もちろん、その中には「キャラが生き生きしてて楽しい」も含まれてると思う。女の子がきちんと可愛いのよね。タキタはもちろんだけど、操舵のカペラも貫禄のヴァニーさんも、みんなそれぞれの魅力を少ないシーンで展開している。何も女ばかりじゃなく、普通の基準からすればイケメンでもなんでもねぇようなクルーの面々が、不思議と魅力的に見えるシーンが多いのだ。おっさん連中に血の通ったキャラクター性が感じられるのは、原作自体が持ってる魅力なのかね。

 とりあえず、一段落したところで原作コミックを読んでみようかな、という気にさせてくれる作品だ。あわよくばアニメ2期も期待したいところだけど、原作はどれくらいストックがあるのかなぁ。

 

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「宝石商リチャード氏の謎鑑定」 5→4

 話が進むにつれて、どんどんリチャード氏が鑑定しなくなっていくのなんなの。むしろ鑑定される側になってたりするんだけど、この世界は宝石よりも人間の方に傷物が多すぎるよな。

 多分、純正の文学作品をアニメ化するってので相当いろんな部分を削って必要な部分だけを切り取ってるせいなのだろうが、とにかく人物描写がずさんというか、非常に断片的なものになってしまっているので、肝心要のヒューマンドラマが「どないやねん」になってしまっているのがキツい。原作を知らないので想像するしかないのだが、おそらく小説での描写なら、モノローグなりなんなりでいくらでも情報量が増やせるし、直接的でない装飾もいくらでも出来るはず。筋立てももっと理解しやすいものになっているんじゃないだろうか。しかし、残念ながらアニメってのはそれが難しい。どうしても表面的にわかりやすい「事実」ばかりをつないでいくことになるので、いわばあらすじみたいな状態で人情芝居が進むことになってしまう。そうなると、たどり着く結末の多くは「どないやねん」になってしまうのである。

 わかりやすいところでは、各キャラクターの「良いところ」「悪いところ」がおっそろしく端的になってしまうということがある。印象に残っているので最終回の正義の親父を例にとれば、もう、どこをどう切り取ってもクズ以外の何物でもない描写だけで構成されており、「幾ら何でもそんなやつおらへんやろ」という印象になってしまう。これはどうしようもない部分もあって、短時間でそこまではっきり描かないことには、正義の行動が正当化されず、視聴者側も視点が定まらないからだ。他のエピソードも、基本的に「ダメなやつはダメ、良いやつはどこまでも善人らしく」という描き方になってしまうので、細やかな人間ドラマの機微なんてものはなかなか生まれないのである。そして、おそらくこの作品はそこを掘り下げないことには魅力が生まれない。タイトルからもう少し「宝石」を手掛かりにした探偵物みたいな話になるのかと期待してた部分もあるのだが、結局どこまでいっても「宝石の性質や逸話をとっかかりにした、なんかこじつけた昼ドラ」なんだよなぁ。

 本当は、こうしてアニメの感想を書くときに「あまりアニメ向きじゃない」という言葉は使うべきではないのかなぁ、と最近思い始めている。数々の「本来ならアニメに向かない作品」も、ディレクション次第ではきちんと魅力的なアニメ作品になるという実例をそこかしこで見せつけられているおかげで、「確かに原作がアニメに向かずとも、アニメにするからには責任を持って価値を生み出せ」という気持ちになってしまうためだ。今作はまさにその一例で、「アニメにするからには、もうちょい何かできなかったかなぁ」と思えば評価は下げざるを得ない。

 しかし……ここまで主人公(?)が徹底して「とにかく顔が良い」「顔が良すぎて困る」とか言われるアニメもないよなぁ。万一実写化したらリチャード役は誰になるんだろう……。

 

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「ネコぱら」 5→5

 何故、猫耳少女なのですか? 猫ではダメなのですか?

 というのが「うちタマ」より点数が低い理由です。嘘です。いや、嘘ではないな。今作でどこが楽しみだったかと聞かれたら、「次回予告の猫カフェ」だからな。別に猫耳は嫌いな属性ではないのだろうが、それ以上に私は猫が好きだ。猫と猫耳は別ジャンルだと解釈するしかないのだが、本作ではその部分にダイレクトに切り込み、「こいつらは猫耳少女ではなく、猫である」と明言されている。なればこそ、私は猫が見たいのである(Youtubeでも見てればよくね?)。

 まー、戯言は置いといて、今や潔しとすら言える、文字通りの美少女動物園が、頭から尻までぶれることなく貫き通された作品である。1クールみたところで何も学ぶところはないし、身体も健康にならず、コロナ対策にもならない。ほんのちょっと、「萌え」の成分を口にふくめる程度である。そして、このアニメに求められているのは本当にそれだけなのだから分相応の仕上がりと言える。猫よりは可愛くないが、それなりに可愛い猫耳少女の日常を1クール追いかけられた、その事実だけが残ることに、不満をいうべきではないだろう。

 何が悔しいって、「可愛い」をやるためのアニメーションとして、それなりに気合いをいれて作られているという部分である。そりゃま、大して作画リソースを費やすようなジャンルでもないが、こういうジャンルで作画がメタメタだと唯一にして最大の売りである「可愛い」すら瓦解するので商品価値が限りなくゼロに近くなるのだが、本作はそのあたりに抜かりなく、きっちり1クールのクオリティを維持して「可愛い猫は可愛いのだ」を貫き通した。それを求めているかいないかは視聴者個人に帰属する問題であり、私はベルマークやねるねるねるねの2の粉同様、「こんなん、いくらあってもいいですからね」というスタンスなのである。

 あとはまぁ、中の人の話題とかで文字数稼ぐのが定番なのだが、今作はあんまり中の人も印象に残ってないからなぁ。発情猫やってるのぐちゆりは割と楽しそうでした。

 

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「痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。」 4→4

 防御力に極振りしろよ。タイトル詐欺やんけ。永久にブロックを続ける亀のようなプレイヤーを見守るだけのアニメ……それはそれで見てみたい気もするな。

 まぁ、予定通りの作劇で予想通りの結末ではあったので特に語るべきこともないのだが、何故か今期は今作がやたら作画に力が入った作品になっており、「大沼さんもSILVER LINKも、もうちょっと有効利用できる作品があるんじゃなかろうか」ともったいない気持ちになった。いや、作画がきちんとしてるアニメが1本でも多く発信されるのはそれはそれで良いことだとは思いますが。何が問題って、この作品で「キレッキレのバトルシーン」って別に売りにならない気がすることなんだよな……ファンがいるとして、そういう人たちは一体何を目当てにこのアニメを見ているんだろうか。

 結局、「別に命がけでもない、単なるゲームをプレイし続けるだけのお話」を我々はどんなテンションで見守れば良いのかという永遠の命題は今作でも解決しないし、視聴のモチベーションに悩ましさを残し続けた。ただ、今期はもう一本似たような設定のアニメがあり(なんちゃらデンドロビウム)、そちらと比較することで、今作の見方はなんとなく分かったような、そうでもないような印象になった。結局、突き詰めれば主人公・メイプルは楽しくお友達とネトゲをやっているだけなのである。となれば、今作は「なろう系」と言われるオレツエー文脈で見るよりも、もっとトラディショナルな、「きらら系」とまとめられるような女の子可愛い系アニメとしてみたほうが理解が及びやすいのではなかろうか。一時期は「萌え系女の子アニメも飽和状態」ってんで様々なジャンルへと女子高生の版図が拡大され、マイナースポーツやおっさんの趣味にまで女の子が拡大解釈された作品が多数制作された。本作の場合も、そのうちの1本と考えれば、「オタクたちがやるネトゲを、女の子たちが楽しげになんのストレスもなく遊ぶアニメ」だと割り切ればいいわけだ。そうすれば、別にゲーム内世界でどんな理不尽が起ころうとも大した問題ではない。「けいおん」で唯がムギのコネを使ってクソ高いギー太を入手した時も、「女子高生がそんなもん手に入れるなんてチートやんけ!」なんてことに目くじら立てる人間もいないだろう。いや、ぶっちゃけ当時はそういう人もいたけど……。まぁ、「そこはどうでもよくない?」ってなるだけだ。

 今作の場合も、可愛い女の子が楽しそうにゲームをプレイする姿を見せることが唯一にして最大の目的であって、そのためには女の子にとってストレスフリーな遊びでなければならない。そして、一番簡単にゲームをノーストレスな遊び場にする方法は、「チートさせる」なのである。しかも意図したチートではなく、偶然に偶然を重ねた、単なるラッキーによる無双状態。これがあれば、お気楽女子高生でもニコニコと他者を蹂躙できて、快適なゲームライフを送ることができる。そういう設定なのだと考えれば、なるほど今作の設計は理にかなっている。……うん、かなっているはず。強いて問題をあげるとするなら、そうした「萌え系作品」は完全に閉じた世界でのみ趣味を満喫すればいいはずなのだが、ネトゲという媒体の性質上、そこはどうしてもオープンワールドになってしまい、「周りから主人公をヨイショする寒い声が聞こえてくる」という部分くらい。いっそそうした「周りから恐れられてる」みたいな文脈も削除してメイプル視点オンリーで単なる快適ライフを描き続けていれば、潔い萌え作品として新たな境地にたどり着けたのかもしれないのだが。

 以上はあくまで「私が今作を快適に見るための身の置き方」なので、本当にそれが正解なのかは定かでない。というか、絶対に制作側の意図はそうじゃないはずだが、「可愛ければいいじゃない」は一貫したセールスポイントとして認められていたのは間違いない。そこですり合わせができていれば、まぁ、悪い作品ではなかったのかもしれない。最後にもう一回だけ言っときましょうね。

 デバックしろよ。

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「七つの大罪 神々の逆鱗」 ー→ー

 情報量ゼロの記事立てである。もう、まともに観てないから何か書く意味もないんだけど。一応記録上は。

 夕方18時台のアニメなので、「MTGアリーナのデイリーが更新された後にイベント回すのにちょうど良いアニメ」なんだよ。ほんでアリーナプレイしてる時は完全に神経がそっちに行ってしまい、「ながら見」も絶対できない状態で流しているので、気がついたら終わってんだよ。「流石にその消費はアニメ視聴とは言わないのでは?」と言われたらそれまでで、実際に話の中身はさっぱり追いかけてない。加えて今期はエリザベスとの関係性で何やらとんでもない事実が明かされてしまい、ただでさえよくわかってなかった世界観が異次元に突入してしまい、わからないなりに観ていると本当に「なんか戦ってんなぁ」くらいのイメージしか残らないのである。もう見るのやめればいいんじゃないかと思うのだが、まぁ、来期からはそうなるかもしれませんね。しかし、まだ続くのか……。

 なんで記事を立てたかというと、なんだか栄枯盛衰を見ていて寂しくなったからである。思い返せば、たしか「七つの大罪」ってMBSの夕方枠で鳴り物入りでスタートした人気タイトルだったはずなんだよな。おそらく原作コミックの方はまだ同じような扱いになってるんだろうが、アニメの方は局も制作も変わって全くもって扱いが雑になっている。今期は特に、くだんのコロナショックの影響もあるのかないのか、作画のレベルが最低にまで落ちてしまっており、かつての勇姿は見る影も無い。なんでこんな雑な作品に成り下がってしまったのかと、非常に残念な思いである。まー、テレ東の夕方アニメは「ブラッククローバー」もそうだったけど、人気雑誌の人気漫画でも扱いがずさんな例はたくさんなるからなぁ。素直な進行でなんとなくでも見守れる「あひるの空」とは随分差ができてしまった気がする。とりあえず、これでスーパー梶裕貴アワーは一旦終了。

 

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「映像研には手を出すな!」 7→7

 楽しい3ヶ月でしたね。もう、それだけで充分なんじゃなかろうか。

 「アニメ作りのアニメ」という自己言及的な作品の性質上、並大抵のことでは成立しない作品。当然「SHIROBAKO」も同じカテゴリには入るだろうが、あちらはまだ「お仕事もの」という側面があり、より多方面の業態に内容が分散していたため、アニメそのもの以外にも描くべき部分がたくさんある。もちろんクライマックスに用意すべきは「完成した良いアニメ」になるが、強調されるのは「総合力としてのアニメ」のお話だった。それに対し、映像研はあくまで高校生の同好会。そこに試されるのは純粋に個人に帰結すべき技術と、情熱である。こちらの切り取り方は「青春部活もの」の範疇に入り、それゆえに「頑張ってきた結果のアニメ」が示されないことには完結しない。

 実にアニメにしづらい作品なのは間違いないのだが、この難題を請け負ったのが個性派監督・湯浅政明というのだから一大事だ。一体どんなヘンテコワールドが出てくるかと思って見ていると……まぁ、やっぱりヘンテコだった。本作は突き詰めれば「ひたすら女子高生たちが自分たちの妄想を披瀝するだけのお話」のはずなのだが、何故かあまり内向的な性質にはならず、常に外に拡散するエネルギーを持っていた。その理由も一言では説明しきれないが、その一端にあるのは、芝浜という奇怪な作品世界の持つ摩訶不思議なアドベンチャーだったのではなかろうか。

 いわばファンタジー世界でのアニメ作り。「そんな学校あるかい」「そんな町あるかい」という無茶苦茶な世界の中、さらなる無茶を突き詰めるためにアニメ作りに邁進する女の子たち。そんな無茶に無茶を掛け合わせた設定が、今作の本来なら地味であるはずのテーマをブーストさせていく。ただでさえ不可思議な世界に、さらなる不思議と魅力を上乗せしていく浅草の妄想。それを超現実的ながらも確実に魅力に映る動画へと落とし込んでいく水崎の作画。そしてそれら全ての道具を担ぎ上げ、マネタイズしていく金森のマネジメント。どこまでも空想的なのに、彼女たちの働きに「SHIROBAKO」と同等のアニメへの情熱を感じ取ることができるのは、こうした何段階もの「現実感」を積み重ねた構造そのものの妙味だ。

 あとはどれだけ「彼女たちが作ったアニメーション」を実際のものとして画面上に展開するかという部分が課題になってきて、「アニメの中のアニメ」だからといってごまかしが効くものでは無い。むしろ、アニメの中でアニメを描くならば、よりビビットな状態で、はっきりそれとわかるだけの特徴づけが求められる。おそらく本作で一番力を入れて演出が施されていたのが、そうした二重構造の明確化だったのだろう。流石の湯浅政明、異質なものを異質なものとして際立たせ、的確に伝えたい内容を盛り込んでいく。視聴者側は「アニメ作りというのはこういうことをやってるんやで」ということを座学で学びながら、それを実践したサンプルをすぐに味わうことが出来る。なんて贅沢な全部盛りだろう。コンセプト自体のハードルが高いからこそ、それを実現させた時のペイも大きい。これだけの野心作が1クール作品として放送に至ったこと、現代アニメ事情を鑑みるに、どれだけ幸運なことかは噛みしめるべきだろう。

 あとはまぁ、最後まで作品を引っ張るためにキャッチーな部分はダイレクトに、阿漕なまでに。個人的には吹き荒れる金森旋風にメロメロであったが、主人公3人はそれぞれに文句なしに魅力を振りまいてくれただろう。個人的には水崎氏役の松岡美里という人が、事実上のデビュー作できちんと求められるものに応えているのが印象的だった。所属はアイムらしいのだが、ここから次の仕事につながることになるだろうか。あとはまぁ、金森氏役の田村少年……ほんと楽しそうで何より。こういう作品、大好きだろうなぁ。

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「ダーウィンズゲーム」 6→6

 なんや! おもしろがったらあかんのかい! ……いや、だから毎度毎度言ってんじゃん。結局わし、デスゲーム設定好きなんだって。

 とはいえ、「そういう」作品群の粗製乱造も既にピークを超え、今やアニメも漫画も数多のなろう系に押しつぶされかけているのが現状(まぁ、なろうとの複合作品もたくさん出てそうだけど)。そんな中でアニメ化されたこの作品、1話目時点でそれなりに感触も良かったのだが、見続けているうちに「そう、そう、そう!この感じ!」(CV関智一)ってな感じで盛り上がり、なんとも懐かしい、プリミティブデスゲーム欲求を満たすことができた。そんな欲求がある人類がどれだけ存在してるかわからないけども。少なくとも「ナカノヒトゲノム」で溜まった鬱憤は解消されたはずだ。

 ただ、考えれば考えるほど、どういう部分が私自身の求めているもので、何を見たから満たされているのかはよくわからない。別に主人公が飛び抜けて賢いってわけでもないので展開としては御都合主義のオレツエー部分はあるだろうし、「克明に描かれた死の恐怖の描写が!」みたいな筆力を見込んだ作品でもないだろう。どこかに差があるとするなら、強いていうなら「きちんと殺し合いゲームとして描こう」という意識というか、目指すゴールの定め方みたいな部分なのかもしれない。形式上のルールが設定され、それが主人公と視聴者の間で共有され、多少なりともドキドキしながら「死ぬの? 生きるの?」という部分を見守る。そりゃもちろんデスゲームもので主人公が死ぬはずがないことなんてわかってるけど、それを言い始めたら「バトルロワイヤル」だって同じわけだし。どうやって生き延びるんだろう、どんなバトルが展開するんだろうとワクワクしながら見守るこの感じこそ、デスゲームものの真骨頂である。

 そして、素直にアニメーションとしての出来もよかった気がする。序盤から見せ場が多かったのはなんといってもシュカの操るチェーンアクション。1話目(2話目か)で初披露された時点で「なかなかいい動き見せるな」と思っていたわけだが、クライマックスまできちんとクオリティを維持していたし、その他のシギルの見せ方もこけおどしにならずに説得力は持っている。まぁ、この手の作品にお約束の「銃持ってる連中、敵は当たりすぎだし味方は当たらなすぎ問題」みたいなものはあるけど、その辺はお約束だからしゃーない。最低限「命張ってんな」という認識さえ与えられれば充分だ。

 あとはまぁ、単純にキャラが見栄えするかどうかだよね。クライマックスでは小林裕介VS松岡禎丞という「異世界最強決定戦」みたいなバトルが勃発してたし(松岡くんは別なゲームで斉藤壮馬とも対決中だが)、なんといってもシュカである。上田麗奈である。当方、前世でどんな罪を犯した業なのかはわからないが、「人の命をなんとも思ってない早見沙織」とか、「ゴミを見るような目で見下してくる茅野愛衣」とかが大好物である。そんな中に「彼氏のために他者を惨殺する上田麗奈」は当然入ってくる。うえしゃまボイスで「どうして生まれてきちゃったのぉ? 神様の失敗作なの?」とか言われるご褒美をもらえる時点で、この作品は石版にデータを彫り込んで人工衛星に乗せて射出するだけの価値があるだろう。そういうもんである。

 なんかいろんな要素を拾った結果「うえしゃまボイスで昇天OK」という結論にしかなってない気もするが、まぁ、諸々ひっくるめて平均点以上の作品になってたんではないかと。ちなみに、今更どうでもいい訂正を1つ。新番チェック時点で「この作品、読んだ気がする。冒頭のパンダ戦くらいまでは記憶にあるんだけど、続きは読んでないんじゃないかなぁ」と書いていたのだが、アニメを見てたら「あっ、知ってる展開だわ……」ってなったので、子安との対決くらいまでは読んでいた模様。記憶にさっぱり残ってなかった時点で、やっぱり原作はあまり面白くなかった疑惑はあるのだが……まぁ、アニメで印象変わったし、今度漫画喫茶にいったら続きを手に取ってみようと思います(嘘でも買うっていえよ)。

 

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「群れなせ!シートン学園」 5→5

 最終決戦で木野日菜VS金朋っていう謎の対決が繰り広げられたのちょっと笑った。やっぱりけものアニメに金朋は必須か。

 「馬鹿馬鹿しいなぁ」っていう初回の印象は何も変わらないままだが、そのバカバカしさが案外愛着になるタイプの作品だった。あんまり細かいことは気にせずに、思い出したように「いろんな動物トリビア」を織り交ぜるだけというネタ回しは、もしかしたら余計な神格化が施されなければ「けものフレンズ」がたどり着いていた領域なのかもしれませんね。まぁ、こっちはかなり下ネタが多いので、ああいう全年齢的なイメージにはならなかった気もするし、けものと一緒にのけ者もいるのだが……。住み分けができているなら良いことである。こっちの方が「動物をテーマにしたギャグ漫画」としては至極思いつきやすい設定なので、安易だとは思いつつも受け入れやすかったのである。

 初回放送を見て「なんでメスだけ人型なんだよ!」って噛み付こうと思ったら「だってそっちの方が可愛いしエロいだろ!」って言われて「あっ、はい」っていうしかないやつ。「この世界に連中以外の人類とかいないのかよ」って文句つけると「だとしたら問題でも?」って言われて「いや、別に……」ってなる。そういうもんです。

 あとは程よく可愛く、程よくゆるく、そして程よくエロく。事あるごとに発情期がらみのネタを展開されるインパラさん(CV高野麻里佳)とかがエロくて良いですね。トランスセクシャルのハイエナ(CV津田美波)なんかも的確になんらかの性癖を刺激してくれるし。そしてなんといってもランカ(CV木野ちゃん)で色々と悪いことをしてる気がする罪悪感。これくらいのカロリーで肩肘張らずに摂取できるギャグアニメは、必須じゃ無いけどあればあったでありがたいものである。

 しかし、杉田相手に髪の毛が抜けたりなんだりするお話はNGでは?

 

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ID:INVADED」 6→7

 ハイパーな作品であった。1クールに1本くらい、こうして一筋縄ではいかないオリジナル作品が出てきてくれると、アニメもまだまだ捨てたもんじゃないという気になる。

 まー思い切った作品である。普通なら「わけわかんねぇな」っつって設定の不備とか矛盾とか、そういう部分が気になってしまうばかりで、1話目からして強烈に視聴者を振り落としてくるような作り。視聴者の熱が冷めやすく根気もない現代アニメ業界において、こうした冒険的なアニメ作りはリスクが高いせいでなかなかチャレンジする作品がなくなってしまったのだが、今作は容赦無くそれを断行してみせた。改めて1話目での感想を観てみると私はアニメ「C」を引き合いに出して「わけわからんけど気になる」と書いているのだが、もうちょい最近の作品で比較するなら、この分からなさ、手探り感は「迷家」なんかに近い部分もあったかもしれない。あちらはそうした「分からない」設定が実際に視聴者をどこかに置き去りにしてしまったようなのだが(私は最後まで楽しみましたがね)、今作はどうだったんだろうか。

 そうした「分かりにくい」先人たちと比べて今作が白眉だったのは、分からない要素、意味不明な要素を、アニメという媒体の強みである「画面の構成」で魅力として叩きつけてくれたところにある。1話目で展開された富久田のイド、バラバラの世界からスタートして「目が覚めたら名探偵」「誰だか分からないカエルちゃん」「支離滅裂な世界の中でしか成立しないロジック」などを、とにかく画面の鮮烈さを押し出すことで展開していく。こうした「頓狂な映像」はダイレクトに今作の魅力につながっていく部分で、その後構築されたイドはどれもこれも「普通のお話を作っていたら絶対に出てこない」画面ばかり。それらのファンタジーともサスペンスともつかぬ非現実が、理屈を追う前段階から魅力として作品に入り込むきっかけを作ってくれた。ぶっちゃけ「トクナナ」を作ったNAZが制作ってことで不安ばかりがあったのだが、今期の作品の中では珍しく、間に総集編を挟むことすらせずに1クールを理想的なクオリティで走りきった(まぁ、今作こそ間に解説のための総集編を入れて欲しい作品だったが)。監督のあおきえいはもともとTROYCAの持ち味である白を基調とした淡い色彩の映像展開が特徴の作風だったが、今作においても余白を大胆に使うシンプルな構成に難解なオブジェクトを多数絡めることによって、カロリー高めの映像部分を効率的に作り上げたようだ。

 そうして生み出された「わけのわからない世界」は単なる見た目だけのこけおどしに終わらない。舞城王太郎の脚本はどこかで思い切って踏み外しているはずなのに、ギリギリで片足一本を「ミステリ」の土俵の中に残して踏ん張っているような印象。これで完全にイミフの領域にぶっ飛んだら妄想以外の何物でもないが、視聴者が「ミステリ」としてもみることができるラインを保持することで、興味を引き離すことがなかった。一体どんな発想から今作の設定が飛び出したのかは想像すら出来ないが、ミヅハノメの設定が作られた時点でまず一勝みたいなところがある。ミヅハノメの中において、探偵はすでに「名探偵」であることが保証され、彼らは動機などのバックグラウンドを考慮せず、ただその世界のありようだけを見て「推理」を展開する。そこにあるものは全て手がかりであり、余計な現実がシャットアウトされる。こうして「手がかり」をどのように拾うかはイドに委ねられ、名探偵に委託される。そうすることで、ミステリにありがちな「探偵主観から見えている世界の正しさ」が強引に保証され、短い時間しか確保できないアニメの枠の中で「それっぽいこと」ができるようになるのだ。こうして手がかりと事件をつなぎ合わせる世界構築は、もしかしたら後期クイーン問題みたいな面倒くさいメタ構造への一種の揶揄なのかもしれない。

 周到なのは、別にイドの中の事件そのものが現実の解決に直接リンクしないという部分。あくまでイドの中の「名推理」は手がかりを掘り起こすための舞台装置であり、そこから天啓としておりてきた「解決」は、最終的に現実世界での地取り捜査へとフィードバックされていく。この辺りの「刑事物」との接続も絶妙なところで、今作の世界をギリギリ現実に残すための大きな要因となっている。考えれば考えるほど、今作の常軌を逸した設定は、それぞれにきちんと役割を持っているのである。

 こうして、アニメオリジナル作品が「映像」と「脚本」の二人三脚でもって綺麗に作品としての完成形を見せたことは、オリジナルアニメの成果として文句のないところ。最終回でミヅハノメが崩壊しなかったことで、この世界の探偵たちはまだまだ捜査を続けることができるようになった。現在はコミック版でも新たな事件を捜査中であるが、もしできることなら、アニメ続編でもまたとんでもない世界を見せて欲しいものである。

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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