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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-」 4→3

 ちょうど「アズールレーン」と同時期に放送が終了したことで、綺麗にビッグタイトルで「ソシャゲアニメに成功無し」が並んだことになる。やっぱり、構造的にテレビアニメに向かない媒体なんだろうなぁ。

 今作の場合、アズレン以上に「既存のユーザー以外に興味ないで」という方向性がはっきりしていたので、顧客の中に含まれていない私にとってはさらに厳しい作品になった。一応、これまでなんだかんだでFateシリーズがアニメ化されたら観るようにはしていたはずだが、これを見終わったことで、そろそろそうした縛りは外して、自分には無理なジャンルとして離脱した方が良いような気がしてきた。まぁ、あまりに多角的に広げすぎているので、シリーズとしてひとまとめにするのも乱暴な判断なのだろうけど。ただ、同じようにして「訳わからんなぁ」と思って観ていた作品として並べてみても、まだ「Last Encore」の方が興味が湧いた気がする。あっちも世界設定なんかはほとんど説明がなくて、終わり方もなにが起こっているのかさっぱりわからなかったが、少なくとも「なにが起こってるってんだ?」と気にさせてくれる要素は多かったし、1クールアニメとして「なんか階層ごとに敵サーバントと戦って、倒したら上に行けるんやろ?」って部分は了解が得られた。今作の場合、多分全部説明はしているのだろうが、初見の人間が分からない設定を全部垂れ流して先に進めていくだけなので、そもそもルールテキストを読もうという気すら起こらないのである。半端に「なんか知ってる気がするFate的な情景」が見え隠れするくせに既存の作品と一切関係がないっていう混乱しか引き起こさないトラップの存在もタチが悪い。

 そして、シナリオラインも非常にわかりやすい「あー、そういうソシャゲなんやろな」というくらいの扁平なもの。バトルやって、称号とって、ピンチになって、またちっちゃいイベント挟んで……。そりゃま、極論すればどんなバトルアニメだってそういうもんだろうが、普通のアニメや漫画ならばそうしたバトル要素のウェイトを調整し、どこが重要で、なにがサイドイベントなのかくらいは分かるものである。本作の場合、とにかく一本道の上にノルマとしてバトルが存在しているだけなので、バトルの目的設定があまりに淡白だし、なんとかドラマを仕上げようと人の生き死にやらが関わってくるが、それだってあまりに義務的で身が入らない。というか、そもそも世界を知らないからそこに生きるキャラのこともわからないんだって。それに加えて身内だけに分かるだろうと思われるネタ回しを展開されればされるほど、どんどん部外者は冷めていく。まぁ、そうやって熱の強い人間だけを引き上げて、受け入れられることを目指した作品なのだろう。

 私がやっていることはチュートリアルもマニュアルも全然読まずにレバガチャみたいな状態で本編に突入して「わけわかんない!」と文句を言っているようなものなので、単なるノイズみたいなものだ。制作側もそうしたユーザーの感想はあまり気にはしないんじゃなかろうか。ただ、どこかでマニュアルを手に取る気にさせるタイミングがあっても良かったんじゃないかと、そう思うだけの話だ。

 

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「アズールレーン」 6→4

 1クールぶりの終了やね! これ、時期的にコロナ案件じゃなくて単に万策しただけのはずなんだけど、なんか冬クールとごっちゃになったおかげで色々どうでもよくなった感はあるよな。

 半年ぶりに新番チェックの点数を確認したら初回が6点だったってことで少なからず期待していた部分はあったのだろうが、終わってみれば「ソシャゲアニメに成功無し」の一例に新たに名を連ねるだけに終わってしまった。これはまぁ、最終回までの時期が開いて完全にモチベーションが消失したこともマイナス点にはなるのだろうが、やはりアニメとしての構造自体が、ソシャゲアニメの難を解消する方向に動いていなかったことが最大の理由であろう。話の筋はわかりやすいものになっていたので余計な混乱を招くほどではなかったが、結局美少女動物園に終始してしまうと一見さんがキャラへの愛着を抱くようなものにはならないのである。まー、新規層と固定ファンのどっちを大事にするかって言われたら、やっぱり選択の余地はないのかねぇ。

 映像部分に関しては、例によって比較対象になる「艦これ」アニメに比べれば良い出来にはなっているが、スケジュールがこんな状態で良くなってなければお話にならないだろうし、力尽きる直前には相応の限界を感じさせるものにもなっていた。こうした作品群を見ていると、もはや日本のアニメ全てに万全の作画を望むのは贅沢な話なのだろうと諦める部分もあるな。でもまぁ、ラスト2本で締めるべきところを締めてくれたのは悪くないところではあるのかな。海上戦闘って迫力のある演出は難しそうだし、見せ場になる部分に迫力があったのは素直に評価して良いところだろう。

 あとはあんまり入り込めなかったシナリオラインのお話になるわけだが、個人的には「茅野愛衣が中原麻衣に人生狂わされる系百合展開」という部分だけで加点してるきらいがある。しょうがないじゃん。この2人、直接関わってはいないけど「やがて君になる」でもキーパーソンになった2人なんだよ。何回だって言うけど、俺の中で中原麻衣は百合営業の金字塔なんだよ。彼女に人生を狂わされる女の子キャラがたくさんたくさん出てくるなら、それはとっても嬉しいなって。まー、こうしてみると見どころになってるのがメインの方じゃなくてレッドアクシズサイドばっかりだったってのも構造としてどうなんだって話だが……。

 さぁ、どこかで「成功するソシャゲアニメ」を生み出せるコンテンツは無いものか。今のところ一番の成功例って……「ラストピリオド」とかじゃね?

 

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「うちタマ?!〜うちのタマ知りませんか?〜」 5→6

 このアニメの点数あげるのはなんだか癪なのだが……楽しかったのだからしょうがない、畜生、こんな安易な餌に釣られタマ〜。

 スタート時には「まーた安易な擬人化企画かよ。せっかくコンテンツとして成立してる良いキャラクター商品に泥塗るような真似しやがって!」という憤りにも似た気持ちはあったのだが、なんとなぁ、決して「安易な擬人化」なんかではなかった。そりゃま、タマとポチがどっちもオスで、それを人型にしてしまったらそっち系のデザインになってしまう部分も少なからずあるのだが、今作の場合、「単に人型にして笑いのタネにする」っていうのではなしに、あくまでも動物たちの心象風景としての人型を設定することで、これまでの蓄積を破壊することなく、新たな味付けを追加することに成功している。いや、それにしたってやり過ぎの部分はあるのだが……。なんだろう、可愛い系キャラクターコンテンツということで、「マイメロ」とか「ジュエルペット」みたいな「子供向けアニメが孕む無邪気な狂気」みたいなものを内包することに成功している感じだろうか。可愛いキャラに許される構造に、やりたい放題の深夜枠特権を調合したことによって生み出される、奇怪なキメラである。

 そして、「人型と動物型を併用する」という作品独特の構造をシナリオラインにきっちり活用するという貪欲さも「安易な擬人化」とは程遠い理念である。大胆な叙述トリックで度肝を抜かれることもあったし、「この世界でそんな話までするのかよ!」というサプライズが突然降ってくるので油断ならない。既存のキャラアニメだったら「再生産」で終わってしまうところだが、今作の場合はきちんと深化を見せているので文句のつけようがないのである。個人的には、「こんなキャラになっちまった!」とショックを受けていたベー(幼少の頃はベー推しだったため)が、最終的に他の誰とも違う謎のステータスを付与されたのが痛し痒しであった。まー、この三丁目次元でちょっとくらいの不思議は誤差みたいなもんだが、それをキャラ属性として肯定してしまえるベーの存在は「それありなのかよ」という悩ましいものである。それ以外にも、ノラがあのストーリーを展開したのもびっくりだったし、モモやブルのキャラ設計も謎が謎を呼びクセになる代物である。うーむ、こうして書き上げていくと、俺、普通にファンになっている気が……。

 まぁ、これも懐かしさ補正ってことでどうかひとつ。

 

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「魔入りました!入間くん」 5→6

 今期はEテレアニメの終了から進行していくのね。最近はNHK本放送もそうだけど、アニメのスケジュールが割と自由だよなぁ。この作品も23話終わりだったし。やっぱり自由度が高いのは良いことだ。

 とにもかくにも、実に愉快なアニメだった。なまじ原作を知っていただけに「大したことないアニメやろ」ってんで侮っていたのだが、1話目の時点で減点要素も特になく、繰り返し観ていくうちにそのテンポが癖になり、いつのまにやら土曜夕方の癒し枠としてすっかり定着した。思えば「境界のRINNE」や「クラシカロイド」と同じ枠なのだから、そりゃご陽気アニメが流れれば嬉しいに決まっている。ヒロアカの裏番組ってんで「流石にジャンプアニメの裏でチャンピオンアニメって……」と思っていたのに、気づけば甲乙付け難い存在になってるしね。

 まぁ、動画を中心としたアニメ全般のクオリティで言ったらそりゃぁ「ヒロアカ」に勝るものではなかろうが、別にそんなものは無くても問題なく成立する。アニメの製造過程に関して、ハラハラドキドキ過ぎる昨今ではあるが、今作は大きな崩れもなく、求められる内容を求められる品質で実現していたし、監督の森脇さんを中心とした作劇スタッフの間で雰囲気をつくり上げるための共通認識が強固に作り上げられていたのだろう、2クールの間、常に望ましいデザインでの「入間ワールド」が展開されていた。ギャグをギャグとして面白く描けるってのは、やはり間違いのない才能である。

 考えてみれば不思議なもので、入間くんの持つラッキーな性質や、よくわからないうちに全てを成功に導けるステータスはいわゆるなろう系のオレツエーと紙一重であるはずなのだが、今作を観ていてもその部分は一切気にならないんだよね。入間のキャラ設計がイラつかない方向にデザインされているのも大きいだろうが、彼が1つ1つ成功を積み重ねていく過程に嫌味がないんだよね。ラッキーマン体質が中心にあるが、それ以外にも謎の特殊能力がいくつも備わっており(多分そこが一番のどないやねん要素なのだろうが)、さらに彼の持つ本質的な優しさが問題解決に大きく貢献してくれる。人間性から生み出される「成功譚」なのでそこにきちんとドラマが感じられる。学園祭編なんかはその最たるもので、作中で一番緊迫感のあるエピソードであるにも関わらず、徹頭徹尾、入間はいつも通りに他人を思いやることだけで問題を解決まで導いたのである。少年漫画の歴史を考えればこれもまた王道といえるのかもしれないが、なんだか久しぶりにこういう真っ当な「良い話」を見せてもらった気がする。

 あとはまぁ、賑やかなサブキャラ勢のキャラの立て方もベストマッチしているのが大きいか。ギャグ漫画のくせにヒロインがちゃんと可愛いんだよ。序盤ではアメリ会長の圧倒的存在感に「こんな早見沙織は反則だろ!」と思っていたが、そこから一気にクララがまくりに入り、両雄並び立つヒロイン強度の高さを見せつける。ことにクララは朝井彩加が持てる芸人根性を全て叩き込んだ超力作であり、あやちゅ株を大きくあげる素晴らしいキャラクターになっている。どれだけ緊迫感があっても画面にちょろっとクララを出すだけで戻るべき場所が提示される、「世界の中心」に位置しているキャラという認識だ。彼女のおかげでアスモデウスあたりのキャラが縦横に駆け回りやすかったってのはあるんじゃなかろうか。そうしてお気楽ギャグばかりかと思わせておいてキリヲみたいな「モノホン」のキャラが絡んでくるのも油断ならない。子供向けの枠で作られているにも関わらず、しっかりと多方面に楽しみが得られたのはお見事だ。

 無事に続編の製作が決定したが、放送はなんと1年後。なかなかもどかしい焦らし方をしてくれる。まぁ、NHKが主導で動かすアニメ作りで、しっかりスケジュールを確保して作ってくれるというのだからむしろ朗報なのかもしれない。のんびりとこの1年を待たせてもらうとしましょう。

 

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「ラディアン2」 5→5

 変なタイミングでの最終回で、今期(一応春クール)一発目の終了作品になったのはこちら。NHKの制作体制はやっぱり自由だよな。こうしてあんまり枠にとらわれない制作スタイルが維持できる方が、作品のクオリティのためには良いと思う。まぁ、なかなか簡単にはできないんだろうけども。

 ひとまず、1期から続いておよそ4クールお疲れ様でございました。今時のアニメとしては珍しい枠での放送だったし、そんなに話題になるようなデザインでもなかったのは間違いないが、こうして大きな物語にきちんと決着をつけてくれるというだけでも存外ありがたいものだということが再確認できた。深夜アニメの場合、どうしても「全然区切りがよく無い状態でも1クール分適当に作る」みたいなデザインが多くてモヤモヤすることが多いのだが、今作は(終了してはいないが)ある程度見やすい区切りを意識した上での制作スケジュールが確保されていたおかげで、最終回の視聴後はなんのわだかまりもなくスッキリ出来るのがありがたい。適当な視聴体制ではあったけど、それでも「あぁ、大きな物語を一本摂取したなぁ」という満足感がある。

 作品の大枠が現代では珍しいようなわかりやすい冒険ファンタジーになっており、なるほどこれはEテレで放送するのも納得できる、という内容。1期の頃から「迫害と差別、多様さと相互理解」というテーマ設定は一貫しており、2期目となる今回はそこにたくさんの人間の思惑が交錯する「戦記物」としてのテイストも加わった。なかなか全体像を把握するのは大変だが、尺に余裕があるおかげでキャラの数の割には混乱する要素も少なく、まっすぐなシナリオラインでお子さんたちにも理解はしやすいだろう。その上できちんと問題提起がなされており、独自の世界観も維持されているので想像力を働かせる余地もある。なんだか十年単位でタイムスリップしたような古式ゆかしい設定ではあるのだが、かえって今のアニメではそれが新鮮に映るような気がした。今時、オタク向けのアニメじゃこういうのって出てこないだろうし、原作漫画を描く作家だって、分かりやすくキャッチーな方向を狙いがちなのでこうした地道な積み重ねが効いてくるデザインは作りにくそう。区別する意味はないかもしれないが、やはり元々日本の作品ではないっていう違いは、根本的なところに存在してるんじゃないかなぁ。

 アニメとしてのクオリティは可もなく不可もなくだが、今のご時世、大崩れせずに最後まで運用されたというだけでもありがたく思わにゃならんね。岸ラルケは原作ありの作品に強いっていう定説がここでもまた補強された印象。まぁ、テイストは毎回違うので「原作あり」っていうだけでくくる意味はあんまり無さそうだけど。2期目は話のサイズがどんどん大きくなっていくところで「これ、収拾つくのかなぁ」と不安になって見ていたんだけど、いちいち個性のクドいキャラがいい具合に「気になる」話の引っ張り方をしてくれて、大局の中でも個々のキャラが興味を引っ張ってくれるデザインは見やすかったんじゃなかろうか。個人的には最後の最後まで一切扱いがぶれなかったドク周りの話が好きですね。敵キャラだと後半続々登場したクセが強すぎる審問官連中も楽しかったし。

 元々の接し方としては「どうせ子供向けだし適当に見ておこう」くらいだったし、終わってみればやっぱり雑な扱いにはなってしまったのだけど、終わったと言われるとなんだか寂しい気もするし、改めて最初から見直したい気もするような作品。これくらいの付き合い方が、アニメとしては正しかったんでしょうかね。

 

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「バビロン」 5→5

 な? とりあえず新番チェックの文章コピペしておくと、「『なんだこの投げっぱなしなクソ展開は!』ってアニメ放送終了後に叩かれる未来が見えるな」。なんだこの投げっぱなしなクソ展開は! 原作通りやんけ!

 とりあえず、もうここで今期の感想はゴールってことでいいだろう。一応総数を数えておくと38本。前クールの34本よりも微増で、全体的に低調だったクールだが、その分意地になって切らずに視聴を続けた作品が多かったってことかもしれない。まぁ、今作のように時期がずれ込んだり、完走するのが大変な作品も多かったわけだが……今後はこれがスタンダードになったりしたら嫌だなぁ。

 さておき今作のお話に戻ろう。厳密にいうと、なんとラストはかなり大幅な改変がなされており、より救われない要素が1点追加されている(あの後、どうあがいても正崎は詰んでるので続編がありえない)。原作とアニメのどちらの締め方が良いかは意見の分かれるところだが、どちらもきちんと今作の伝えたい部分は伝わっていると思うので、「アナザーストーリー」とでも解釈すれば良いか。

 さておき……まぁ、こういう評価になってしまうんだろうな、という作品である。それは分かっていたことなので構わないのだが、やっぱり改めて「原作読めよ……より丁寧に絶望できるから……」とは思う。昨今のアニメの消費状態を考えるに、今作を1クール作品として組み上げてまともな評価が出てくる方が難しいだろう。筋だけを追って「投げっぱなし」「むちゃくちゃ」と言われるのが関の山である。何故そういう評価につながるかといえば、結局現代アニメの消化スタイルってのは、とにかくあらすじがわかればそれでいいのだ。起承転結があり、落ち着くべきところに落ち着くのが美徳だとされるのだ。そんな中でチャレンジングな作品作りは難しいだろう。

 原作を読めばわかるが(もしくは原作を読んだ上でアニメを見てもわかるが)、本作の最大の眼目は誰が死ぬとか殺されるとかいう話ではなく、「なぜ死ぬのか」「殺してもいいのか」という「生と死」の問題をひたすら突き詰める部分にある。「自殺は悪いことなのか」なんて道徳の教科書で議論されるような話を、改めて大人になってから考えるための本なのである。もちろん作者の野崎まどは哲学者でもなければ思想家でもないのでそこに結論を出したり、読者に押し付けたりもしないし、専門家が見れば表面的な議論にしかなっていないのかもしれないが、読者に「考えさせる」力は充分に持ち合わせるドラマ作りが行われている。今作を読んで、「あれ、何が正しくて何が悪いんや? 分からなくなってきたぞ?」と一瞬でも迷ってしまったなら、それでこの作品を視聴した意味がある。そういうお話である。ただ、アニメ化するに際し、どうしてもそうした思索的な部分は間引かねばならず、画面映えする「正義の味方VS邪悪な魔女」という構図の方がフィーチャーされるのは致し方ない。そして、そういう作品として受け止めるならば、確かに「なんだこの投げっぱなしは」でも感想としては間違っていないのである。

 しかしまぁ、そういう内情を鑑みた上で、今作は割と頑張っていたんじゃないかとは思う。ピークだったのは2話目の曲世登場回だった気もするのだが(あとは青山譲や櫻井孝宏による「伝聞的な曲世評」が描かれる回も良いな)、肝心の「生死論」についてもギリギリまで逃げずに描こうとしていたし、アニメ的に退屈になってしまうことを言い訳にはしていなかった。ラス前のサミットの回なんて、なんで各国首脳陣が宇宙空間を漂っているのかという謎しかないのだが、あれだって精一杯アニメ的な作劇をするための苦肉の策だし、それなりに効果を発揮していたとも思う。もともと「アニメ化に向いてない」作品だったところを、最大限に「アニメに」仕立て上げただけでも、今作スタッフにはお疲れ様と言いたい(まぁ、放送スケジュールについては……うん)。

 改めて確認するが、野崎まどってのは本当に厄介な作家である。オタク趣味的な要素が多分にあるのでメディアミックスに向いているようにも感じるくせに、作り上げる作品が徹底して「小説媒体がベスト」という制約だらけの作品を世に出し続けている。文章表現で伝えられる物語を小説として展開しているのだから「小説家」冥利に尽きるというものだが、それがなかなかメディアで理解されにくい部分があるみたいだ。いっそのこと、どこかの頭のおかしいアニメ制作者が「野崎まど劇場」のアニメ化とかいうトチ狂った企画を立ち上げてくれれば、もしかしたら世間も諦めがつくかもしれません。絶対無理だろうけど。いや、誰かやってくれませんかね? 「大オーク」だけでもアニメ化しませんかね?(誰が得するんだ?)

 

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「スター☆トゥインクルプリキュア」 5→6

 何はともあれ、1年間お疲れ様でした。毎年毎年、終わる頃には「惜しまれながら」になるというのはプリキュアのありがたくも困ったところでね。しかもこのスタプリの場合、終盤になると加速度的にやたらと情動おさまらぬ展開ばかりだったものだから……いや、でも良い最終回だったよね。

 というわけで、なんだかんだと楽しませてもらった今作。ぶっちゃけ初期から中盤にかけての印象はあまり良いものではなく、「プリキュアにしろ戦隊にしろ、そうそう毎年当たりは出ないか」と半ば放棄していた時期もあったのだが、後半戦になってトゥインクルイマジネーション探索になったあたりから、グッと物語が内面へ切り込む形になって好みの展開になった。まぁ、ぶっちゃけ正しいターゲット層を考えるなら前半の「ペンを探していろんな宇宙を旅するよ」設計の方が人気は出そうなんだけどね。こちらとしてはあまり「プリキュアらしくないなぁ」というのでやや意固地になって拒否反応を示していた部分があったのは事実である。毎回適当な星に行っていかにも子供騙しな「個性のある宇宙人」と遭遇する展開は、あんまりプリキュアに求めているようなキャラクター性じゃなかったんだよね。宇宙人の設計が安易だと、どうしても「流石にその設計は無いやろ」と訳のわからない良識が邪魔をしてしまう。プリキュアおじさんが語る良識なんて虚しいだけなのに。

 そうして前半パートは「なんか安易だなぁ」と思いながら流し見していただけだったが、いよいよ地球をメインステージにしての後半戦はそれぞれのメンバーの個性の掘り下げと、今作の眼目である「イマジネーション」「未知との遭遇」というテーマ設計がドラマに深く結びつくようになる。前作「はぐプリ」の時点で既にプリキュアには「多様性の容認」というテーマ設定が設けられており、「なんでもなれる」をキーワードとして子供たちの未来を示すデザインになっていたが、今作はそうした「想像力の豊かさ」に加えて「自由な発想力」というものに重きを置いており、単に「なりたい職業になろう!」という夢の領域を飛び越え、「今はなくても、未来にはあるかもしれない」という形での夢を提供するところまで進んだ。そのくせ、文字通りの「夢物語」で終わるのではなく、ちゃんと子供たちの将来設計についても現実的な問題から取り組めるように進路の話をがっつりやったりもする。発表当時は話題になったえれなの混血設定なんかは非常にわかりやすく「未来の可能性」を広げるデザインになっていたし、宇宙人とのコミュニケーションから「異物を排除するのではなく、受け入れていく姿勢」があまりにあからさまに提示されている。こうした展開を「説教くさい」と見る向きもあるかもしれないが、今作における少女たちの夢と希望の展開は、決して教科書的な押し付けではなく、「好きなことを楽しんでやれば、未来は拓けるんだ」という希望的なメッセージになっていると思う。

 そうして「まだ見ぬ新たな可能性を生み出したい」というメッセージ性は、実はプリキュアたち以上に敵陣営にも色濃く描かれている。ノットレイダーの面々は誰もが皆「異端としてつまはじきにされたり、理不尽な形で排除されてしまった」ものたちであるが、暴れる彼らを悪と断じるのではなく、最終的にはへびつかい座のプリンセスを含めて全ての敵との融和の道を選ぶというのが分かりやすい「スタプリ」の世界観。特に序盤から掘り下げられていたアイワーンとユニの関係性は絶妙な距離感と最適な結末が涙を誘うものになっている。こうした敵サイドの扱いを見てやはり思い出してしまうのは同じく「イマジネーション」な「トッキュウジャー」における敵サイド・シャドウラインの扱いだろう。あの時も、あくまで「敵と味方」ではなくて「目的を異にするだけの他の勢力」というシャドウラインの存在を維持したままで物語を進めることで最終的に融和と進歩を生み出すことに成功していた。今作はそんなトッキュウジャーのシナリオラインに、さらに「宇宙」という広がりを見せた新たなイマジネーションの発現だったといえるのではなかろうか。

 人間、どうしたって歳をとったら新奇なものを受け入れがたくなってしまう。そんな己を省みて、「キラやば!」とどんなものにでも目を輝かせるひかるの感性に価値を見出せたのなら、今作は掛け替えのない作品になることだろう。つまり結論としては、「やっぱりララは可愛いルン」である。

 

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「ライフル・イズ・ビューティフル」 5→4

 まだまだ残ってるぜ、前クールの放送終了がッ! あと2本あります。ぶっちゃけるとバビロンとアズレンなんだが、後者は3月終了予定なので、正直チェックするの忘れそうだし、チェックしたとしても感想書けない気がしますね。

 さておきこちらは総集編1回挟んだだけだけど、放送スケジュールのせいなのかここまでずれ込んでしまった作品。他の作品と違って、全体的に悲壮感はない出来上がりだったのであんまり万策尽きた感も無かったのだが、ダメなものはダメだったようだ。残念無念。ただ、先にフォローしておくと「題材の割には頑張ってたアニメ」だとは思う。これだけ地味で、共感も起こらず、起伏の乏しい内容であるにも関わらず、部活もののドラマとしては程よく成立しており、一応は1クールを満了している。そのこと自体は評価されても良いとは思う。

 ただ、やっぱり致命的に地味すぎるのである。まるでアニメ業界における「美少女動物園」というジャンルに挑戦すべく、どこまでコンテンツを削ぎ落として「単に女の子がきゃっきゃうふふしてるだけでアニメって人気が出るんだろ?」というテーゼに挑戦しているかのようである。本当に「なんとなく」レベルでのライフルの緊張感が得られることは得られるのだが、やはりそれとて添え物程度。結局勝負は「女の子が何を考え、どう動くか」という部分に集約されていく。それだけの内容で興味を引っ張り続けるってのは並大抵の難題ではないだろう。今作は、さすがにそこまでのパワーを持つに至らなかったというだけの話である。

 せめて競技自体にもうちょい動きがあれば……というのが最大の悩みだが、それ以外にも、競技が個人戦にしろ団体戦にしろ、なかなか人間関係を形成しにくいというのも問題で、全国大会の会場で様々な高校が集まってキャラが大挙していたが、結局最後までそれらの外部の人間との接続は虚ろなままであった。もう、ここまできたら割り切って広島に行かずに2校かせいぜい3校くらいの関係性でまとめてしまうのも手だった気もするが……それだとますます起伏がなくなってしまうかなぁ。どういじってもこれ以上の結果は望めないような気が……。

 まぁ、とりあえずやってみることが大事だ。「ツルネ」に引き続いて、今度は女の子版の射撃スポーツでも今ひとつという結果に、今後も業界はこうしたジャンルの扱い方を考えることになるだろう。多分、あんまり取り扱わない、っていうのが正解なんじゃないかな。

 

 

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「ガンダムビルドダイバーズ Re:RISE」 5→4

 終わってへんやんけ。まぁ、途中から「どう考えても1クールの話じゃねぇな」とは思ってたんで分割だったのは助かった気もするんですが。四月からこれの続きを追いかけるモチベーションがあるかなぁ……。

 一言で言うと「ガンダムでやらんでいい」である。初代「ファイターズ」で盛り上がったものが「ダイバーズ」になってからピンとこなくなった要因の1つに「どうせネトゲなんやろ?」というよくわからんモチベーションの低下があり、「ガンプラのクオリティがゲームにも影響するんだ!」と力強く言われたところで、やっぱり「ファイターズ」の頃のようにダイレクトに響くイメージは損なわれているし、ネトゲにしたことでなんでもありのタガが外れてしまい、「ガンプラに乗って戦える夢のようなゲーム」が、かえって現代技術に近いような、凡庸な舞台設定にまで堕してしまった。そして、今作はそんな「ネトゲ」設定をフルで活かそうとした結果なのだろうが、やっぱり世に溢れるネトゲものに埋没するかのようにどんどんアイデンティティを見失ってしまったような印象だ。

 筋立てとして、「アニメじゃない、ほんとのことさ」というのが最後に明かされるネタなわけだが、おそらく制作側だって、そんなことは途中でなんとなくバレてることはわかってるはず。大ネタではあるが、今更ネトゲだと思ったら命がけでしたっていう展開もありきたりになってしまっているので、それがガンプラだろうがソードでアートだろうが大した差はない。それがどんでん返しとして機能しないことはしょうがないことだろう。ただ、むしろ気になるのはそこじゃなくて、作中人物たちと視聴者の意識の乖離である。視聴者側が割と早い段階で「少なくとも運営が課したミッションではないみたいだし、何かネット世界でのイレギュラーとか、そういう異世界的な事件なのかなぁ」と思っているのに、カザミを代表として、キャラクター側はあくまでも「運営に与えられているはずのGBNのミッション」としてバトルに参加している。いちいち白々しく「そういうイベントいらねぇんだよなぁ」みたいに愚痴って「報酬はいつ配られる?」とか「クリア条件はなんだ?」とか、ゲームだと思ってます感を強調されると、どうにもしつこくて興が醒める。ネトゲものという大定番をやるのだとしたら、もうちょい筋立ての部分にひねりを加えて、デスゲーム的なものに転がり落ちていくまでの顛末はこけおどしも交えて描くべきだった。バトル自体がそこまで明確な勝敗基準があるものではなく、なんとなくで終わってしまうのも「頭使って戦います」という流れに無いのが辛い。一応旧作ではガンプラを色々とカスタマイズして勝ち進む要素があったはずなのに、今作はとにかく機体は敵より強い前提だし、地形効果を活用しての軍事作戦なんかは、どんどんなろう系アニメの「賢い軍師を気取ってるやつ」に近づいてしまっている気がする。どこを取っても、「ガンダムだから」という旨味を活かせるデザインになっていないのだ。

 まぁ、バトルの描写自体は悪いものではないのだが……敵側に基本的に意思がなく、本当に「ミッション」としてのバトルをこなしていくことになるのでドラマが見出せいないのもキツい。意地と意地のぶつかり合い、生き様の激突がガンダムなのだったら、その辺りの背景がない純正の「ガンプラがただ格好良く戦いたい」というデザインは空回りしてもしょうがないだろう。

  さて、2期目はいよいよ本拠地へ突入ってことになるんだろうけど……この状況で石田彰の説得は無理だと思うんだけど、どういう展開になるのか……気になるような、どうでもいいような。

 

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