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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「進撃の巨人Season3」 ー→ー

 エンディングでびびらすのやめーや。マジで何が起こったかと思ったやんけ。

 これが今期最後の番組感想になるのだが、特に終わってもいないのでノーコメント。どうせすぐ帰ってくるし。こうして切れ切れでの放送なのに話数のカウントがしっかり通しで継続されていて、しかも他局で放送したのも全部一緒くたで「過去分」として括られてる作品ってのも珍しいな。まぁ、それだけメディアで大事にされてるコンテンツってことなんだろけども。なんだかたらい回しにされてる印象しかないけど……4期もNHKでよかったね(よかったのか?)。

 正直、もうどこで何が起こってるのかもよく分からなくなってるので、今度実家に帰ったら妹が買ってるコミックス一気読みして今回のぶんも復習します。

 今期形はどうあれまとめた番組感想は43本。秋クールなのでそれなりに多くはなるが、随分切ったつもりでもまだまだ元気だなぁ……半年後はこれが何本になってるかなぁ。

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「つくもがみ貸します」 5→5

 うさぎが可愛い。とりあえずそれだけでも割と引っ張れる作品。本当はほとんど顔が動いてないはずなのに、ゆかちの演技も相まって実に表情豊かなうさぎ。というかやっぱり付喪神が全員可愛かったのは非常によろしかったわ。

 台風の影響で終了が1週間伸びてしまったが、無事に幕を引くことができた。当初想定していた作品とはだいぶ様子が違っていて、てっきり毎回なにがしかの骨董品とか品物にまつわるエピソードを展開していくオムニバス形式なのかと思っていたら、割としっかりした縦糸が存在していて、なんだか不思議な江戸文化の人情話(?)をまっすぐに楽しむことができた。同じ国の中の話のはずなのに、やっぱり江戸の文化って今とだいぶ倫理観とか価値観が違っていて、異国のお話であるかのような不思議な感覚もある。いや、どんだけ当時の文化をフォローしてるのかは知らんけどね。惚れた腫れたを中心としたお話で、こんなヘンテコな絡みがあちこちで展開されているのだから、なんとも自由な街であるよ。

 「損料屋」という独特の舞台設定も面白く、「消費」という日常生活ではなかなか意識しない活動においても、しっかりと文化的な背景が存在していることを意識させてくれる。現代日本は自転車や車、場合によっては家までシェアする文化が生まれてきているわけで、これってもしかしたら壮大な原点回帰なのかもしれませんな。江戸の人間はいろんな意味で我々の先輩だ。そんな先輩がこんだけ可愛らしい付喪神と親交があったのだから……僕の家にも付喪神が住み着いてたりしないもんですかね。「通じ合うけど対話はしない」というなんとも歯がゆい付喪神との距離感、最終的には割となあなあで「返事しないで顔さえ合わせてなきゃ会話してもいいよな」みたいな扱いになっていたけど、この「出ちゃいけないけど割と出たがり」の付喪神の存在感もなんだか愛おしくてね。やっぱり妖怪は身近にいてほしいなぁ、としみじみ思うのです。話もまとめてくれるし。ポップなくせにどこか浮世絵みたいなジャパネスクの表現も作風に合っていて、見ていて退屈しない作品でした。

 こういう渋いながらもジワリとにじみ出るような脚本のアニメって、なかなかメジャー路線には乗ってこないけど欠かせない存在だと思う。NHKは今後もこういう「良い」アニメを継続的に放送してほしいもんですな。

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「銀魂 銀ノ魂篇(後半戦)」 ー→5

 徹底してんなぁ……。原作の方も見事な投げっぱなしっぷりだったが、アニメはそんな原作のやらかしをしっかりとネタとして活用して締めてくれた。こんな最終回を迎えられるのは、後にも先にもこの作品だけだよな。もう、色々すげぇ。

 結局、全部空知が悪いんじゃん……。いや、晩節を汚すならいっそネタとして振り切れるまでやるってのは素晴らしいと思う。他作品でやったら大顰蹙だけど、銀魂ならしょうがない、みたいな空気になるのがすごいよ。原作も、アニメも。それにしても藤田監督のとんでもない被弾っぷりが……。

 これも含めて、全てが銀魂。ファンの人はしっかり堪能しよう。杉田は今後も空知と雑に絡もう。

 

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「オーバーロードⅢ」 ー→6

 オレツエー業界の金字塔。全てのなろう系小説は俺を見習え、でお馴染みのオーバーロードさん。いや、勝手な印象だけど。さすがに3期目までが無事に制作され、どう考えてもこの続きもありそうなのは偉いよね。私の中ではやっぱり代表選手はここ。

 2期は正直さっぱり食指が動かないお話ばかりでガッカリだったのだが、3期はまた1期と同じような勢いが戻ってきた感がある。何が違うんだろうと思って振り返ると、やっぱりモモンガ様がどれだけむちゃくちゃできるかっていう部分が楽しさの最大要因なのだろう。相手は誰でもいいのだ。内心でうじうじと悩みながら、いつの間にかラッキーマンみたいにトントン拍子で都合のいいように周りの人間に解釈され、いつの間にやら結果を出している最強アンデッド。そんなギャップのある姿がなんとも愛らしい。

 ただ、今期はその様子にも随分変化が起こっており、本人も肌で感じている通り、少しずつ「魔王プレイ」が本物の「魔王」へと変異しつつある。それはプレイヤー・モモンガの内面の問題でもあり、実際に彼を取り巻く世界の問題でもある。いつの間にか穴ぐらの主ではすまぬような立場に立たされ、そして成り行きの殺戮行為も平然と受け入れられる自分の精神性を理解することで、これまで躊躇していた行動にも迷いがなくなっている。本当に、しっかりと「魔王が形作られて」いるのである。さらに最終話に象徴的なように、そんなモモンガ様をなんとか打倒しようとする人間側の「勇者」の方がも生まれる可能性がわずかながらも感じられるようになってきた。本当に遠大な話になるが、いつの日か、彼がこの世界から駆逐される日が来るものだろうか。その時、この作品はどんな姿を残すのだろうか。アニメになるかどうかもよく分からないが、そんな未来のことも気になる作品である。

 なお、今期一番可愛かったのはマーレである。油断するなよアルベド、伏兵はどこにいるか分からんのだから。

 

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「ゆらぎ荘の幽奈さん」 4→5

 毒にも薬にもならぬ。良くも悪くも。この「そうだよな、こういう作品だろうな」という予想も期待もミリ単位で外さない作品作りは、むしろ好感が持てます。強いて難をあげるなら、なんでAT-Xでも謎の光がそのまんまなんだよってところなんですが、ジャンプアニメの限界はこの辺でしょうかね(でも製品版だと外れるって情報も聞いたんだが)。

 いや、別に見えなくてもいいんだけどさぁ……せっかく出してくれるなら、ありのままでいて欲しいじゃない。それだけの話なんですよ。別にハナから見えないと言われれば求めないわけで。というか、多分今作の場合見えるとか見えないとかいう部分はあんまり問題じゃないくらい周りの部分がストレートにエロなので、本当に「最後の一線」レベルでしかないし。アニメの商業スタイルが変遷していると言われている昨今、この商法だけは安定しているのかしらねぇ(このアニメが売れるかどうかは知らん)。

 最後の最後まで作画部分は安定しており、いつものハプニングエロへの勢いの出し方なんかは、類似作品と比べてもよく出来ている類。原作絵の時点で随分かわいいおかげで、アニメにしても充分その可愛らしさは維持されている。本当に「毒」になる部分が一切ないのでストレスフリー。これこそが日常アニメと言ってしまってもいいくらい。まぁ、そこそこバトルが混ざってくるあたりはいかにもジャンプ作品ではあるのだが。このごった煮なのに統制がとれている感じは、多分長年ジャンプに調教されてきた私の身体が覚えているリズムなのだろうなぁ。「UQホルダー」もこれくらいでよかったのに。

 続編があっても良いし、無くても良い。多分あったら次も一応見るだろう。そのくらいの付き合いが、一番健康に良い。

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「はねバド!」 6→7

 とにかく真っ直ぐの速度だけで勝負する作品。もちろん今作を評する時に最大のポイントとなるのは「画」である。

 性格として一番近いのは、同じスポ根ものだと「ハイキュー!」になるだろう。あちらも壮絶な動画の仕上げによって作品の盛り上がりを2倍も3倍も引き立てることに成功した傑作であり、今作は、そんなProdcution I.G.の渾身の作品に勝るとも劣らないクオリティを見せつけてくれた。それだけで、文句のない一品ものである。

 スポーツを描く作品といえばこれまで星の数ほど作られてきたわけだが、その中でのドラマと競技のバランスは作品ごとに千差万別。ぶっちゃけ競技自体はおまけ程度のもので、キャラの心理を描くためのツールと割り切ってる作劇だってかなりの比率で存在しており、熱気をあえて排除したかのようなあだち充作品なんかはそちら側に含まれるだろう。逆に、本作はリソースの全てを競技シーンに注いんでるんじゃねぇか、と思えるくらいに研ぎ澄まされた試合描写でとにかく引き込み続ける。1話目の超絶動画で度肝を抜かれた視聴者も多かっただろうが、この試合のクオリティが最後まで維持され、しかも、1度作ったモーションで満足するのではなく、それらの細やかな作画をあらゆるシーンで抜け目なく掘り下げ、徹底して臨場感を追い求めたのである。

 こうして作られた映像は、当然「単にすげぇ動く」というだけではない。どういったカメラワークで見せるか、キャラの心情がどこから透けて見えるか。「競技」だけでなく「ドラマ」に還元させるための方策にも抜け目なく、綾乃やなぎさたちの試合を通じて「人生」までが透けて見えるかのようである。とにかく真に迫るということが重要で、そこに肉体的な美しさまでが付随すれば、あとはキャラの魅力だろうがエロさだろうが、何でもかんでも武器にすることができる。今作はそうした貪欲で偏執的な作り込みに関しては、文句なしでナンバーワンと言えるだろう。

 一部漏れ聞こえるところによると、今作の筋立ては随分原作から改変がなされており、原作ファンであればあるほどに困惑する要素が多かったらしいのだが、ぶっちゃけ原作を知らない人間には全く関係ない。作中での綾乃の揺れ動きは充分に理解できるものだったし、過激なまでのキャラ描写は余計な要素を廃して筋立てをわかりやすくする方策であろう。うわべだけで「変なキャラ」を作られたら辟易するかもしれないが、上述の通り、腕っぷしで納得させるだけの映像が用意されているのだから不満はない。そういう意味では、私みたいなスタンスが一番幸せな視聴者だったのかもしれない。アニメなんだからそういうターゲット層があってもいいよね。

 それにしても……良いエロさであった。「はるかなレシーブ」と比較すると色々楽しそうだが、今作の場合、前面に押し出さずとも自然ににじみ出る躍動感と肉感が鮮烈である。例によって試合中にそういうとこを意識しちゃうとどうしても野暮になってしまうのだけど、本作だと格好よさとエロさが自然に結びついているのであまり後ろめたくもないのだよね。ビバ筋肉である。

 あとは中の人の話だが……さて、大和田仁美は次にどんな役を食らっていくのだろう。なんだか濃い役ばかりを任されているので、今後の展開が気になってしょうがない。あと個人的にチェックしておきたいのは理子役の三村ゆうな。この人、ピカちんのパティ役なのよね。なんか……おいしいぞ。

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「少女歌劇レヴュースタァライト」 6→7

 さぁて、終わったぞ。さて、一体なにから書いていけばいいものやら……。とにかく難しい作品である。どういう切り口で寸評したらいいか、っていうのもあるんだけど、なんか周りで盛り上がってる連中が尋常じゃないので、自分のテンションを見失わないようにするのが大変だ。

 しかし、そんな連中に気遣うつもりはさらさら無いが、私も楽しんでしまったのは間違いない事実だ。なんでちょっと悔しそうなのかというと、どうも最近いいようにバンドリ関係のコンテンツに転がされているので、「こ、これ以上ブシロードの思い通りにはならないんだからねッ!」という反感が先にあったからだ。こんなコンテンツに釣られクマーなのである。「舞台とアニメの融合なんて、これまでみたいな生っちょろい覚悟で作品作りしても絶対に成立するわけないやん。どうせおかしなものが出てくるで」と、ちょっと期待(?)していた部分もある。しかし、今作を任された古川知宏監督は「大したもの」を持ち出してきた。まさか、こんな形で「舞台アニメ」が迫ってくることになろうとは。

 色々ややこしいことになりそうなので、なるべく視点を絞って2つのポイントについて書こう。1つ目は、とにかくアニメ以外の要素をシャットアウトして「12話の単品として見た場合」の今作のあり方。毎回の評価でも書いている通り、やはり9人の舞台少女を描く上で1クールというのは話数が足りない。このことはすでに「ラブライブ」などの先駆的な作品が証明していることであり、実際私が「ラブライブ」の評価を大きく上げたのは2期目になってから。1期で下地を作り、キャラの物語を乗せていくのは2期目からが本番。それくらいの長い目で見てこそコンテンツは育つものだ。しかし、今作はそうした先駆者達の培った経験をしたたかに活用し、1クール目で「乗せて」きた。具体的にどのようなテクニックがあるかを考えるとこれまたキリがないのだろうが、例えば「ラブライブ」のような作品を参考にすれば「ペアリング」というのが手っ取り早い方策だろう。1人ずつ掘り下げると大変なので、いわゆる「カップル」として処理することで話数を削減し、「個性の物語」ではなく「関係性の物語」を打ち出す。個人的には現時点でも一番のお気に入りは香子・双葉コンビなのだが、あの2人の物語は本当に単体で完結しているし、阿漕なほどのわかりやすく、そして興味を引く物語なのである。2×3+3(まひるをどこにカウントすべきか悩む)という構成は、1クールの構成から自然に導き出される最適解だ。

 そして、そんな構成を可能にしたのが、「レヴューシステム」という今作最大の見せ場である。そう、ラブライブと違って、今作は「9人が集う」だけではない。「9人の中で1対1のバトルが繰り返される」のである。毎回毎回つがいがイチャイチャする話ばかり出されてはマンネリに陥ってしまうが、これが「バトルアニメの戦闘」なら話は別。さすがにスポーツアニメやバトルアニメを見て「また戦ってるのかよ! 先週も見たよ!」と文句を言う人間はいない。それは、すでに「戦うこと」が前提として組み込まれているからだ。本作は、本来ならありえない「舞台女優達のトップ争い」をレヴューという(訳のわからない)形式でバトルとして固定化してしまった。これにより、恋愛も、嫉妬も、信頼も何もかも、丁々発止の肉弾戦の映像に落とし込むことが可能になった。

 いや、大仰に書き出しているが、実はこのシステムは別に革新的なものでもなんでもない。例えば料理アニメでなぜか料理がバトル空間になる演出なんかはよくあることだし、最近だとカードバトルでも超次元サッカーでも、とにかく「なんかすげぇバトル」の形を借りて本来的な関係性を代用するという作劇はアニメではおなじみのものだ。ただ、それが「舞台女優」というシステムと噛み合うとおかしなことになるという、ほんのちょっとの「一歩」がこの作品を大きく異次元へ飛び出させたのである。舞台で輝くスタァの姿もみたいが、僕らは「でかい武器を持って戦う少女たち」も見たいのである。それを同時にいただきます。なんだその欲張りセット。

 こうした「作品内部でのやらかし」に加え、本作は「作品を飛び出しての興行」という、まさにブシロードが狙っている「外側」の世界も存在している。これが2点目のポイントになる。私はそちら側は(かなり意図的に)目を背けるようにしているが(沼怖い沼怖い)、本作は上述のような「レヴューというわけのわからないシステム」がこの作品の「うち」と「外」を接続しているのが白眉である。作中でわけのわからない空間として現れたオーディション会場は、アニメを切り出して2.5次元に飛び出した「現実の舞台」との接続を容易にする。アニメの中の世界を現実で描き切るのは不可能かもしれないが、「アニメの中のわけのわからない空間」だったらどうなるか。「無理なんだったらアニメの方から寄ってこい」というとんでもないロジックで、今作は現実の舞台とアニメの少女たちを接続させた。この「舞台風のギミック」が本当に出色の出来で、最終話の感想で「こけおどし」と称したオブジェクトが大体そういうカテゴリに入るものだ。振り返ると、私は1話目の視聴時点でも「こけおどし」という言葉を使っていたのだが、とにかく「なんかすごいように見える」という見た目のインパクトは、まさに舞台という大仰な場所に映えるものである。横倒しの東京タワーでもいい、巨大な鎖で振り下ろされる星でもいい。それがアニメの作中に出てくることに強烈な違和感があれば、現実の舞台の上での違和感も「アニメと同じ必然」に生まれ変わる。アニメの中で書き割りが活躍するなら、現実の舞台の書き割りだって立派な世界演出になる。なんなんだ、そのロジックは。誰だよ、こんな突き抜けたこと考えたのは。とにかく異質なオブジェクトで、時にはシュルレアリスムにすらなりそうなオブジェクトをたたみこむのは確かに幾原邦彦的な演出でよく見かけるものだが、本作における古川監督の「舞台の現出」は、イクニ作品とは全く目的が異なる新しい使い方。まさに師匠とは「守破離」の関係性である。

 アニメ作品の「うち」と「外」の接続。まるで夢物語のようなお話だが、本作はこれだけ短い作中でそれを可能にする萌芽を見せつけた。おそらく、ここから舞台へ自然に接続して観劇すれば、それはまた特別な経験となることだろう。ちくしょう、ブシロードめ……。勢いのある企業ってこういうところで見せつけてくれるんだろうな……。

 一応、私としては「キャストの中にちらほら声優の発声じゃない連中がいるからなー」っていうのを理由にして一応目を背けておく(まぁ、そうすると友希那さんの中の人も入っちゃうんだが)。でもまぁ、本当に些細な問題だな。多分、舞台の上では彼女たちもきらめきを持っていることでしょう。当然、この記事もこの言葉で締めくくることになるだろう。

 えぇ、分かります。

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「重神機パンドーラ」 5→5

 本作と「BANANA FISH」が石塚運昇の遺作という位置付けになる。ずっと本人の声で放送が続いていたのでアフレコは全部終わっているのかと思っていたが、最後の最後だけもたなかったのはいささか残念ではあったが。改めて、ご冥福をお祈りします。

 さておき、そんなこんなでキャスト陣は実に贅沢な作品だし、サテライトクオリティはいつも通りのもの。居並ぶ数多のアニメ作品の中でもそれなりに高品質な製作体制なのは間違いない。ただ……やっぱり「いつも通り」でしかないのが勿体ないんだよな。第一印象の「マクロスかな? それともアクエリオンかな?」というイメージはそのままずっと続いていくことになる。というか、最近はもうマクロスとアクエリオンの差も曖昧になりつつある気もする。

 結局、メカ作画のテイストが全く同じで、初代の「アクエリオン」の頃からあまり大きな変化を見せなくなってしまったのが1つ目の問題である。そりゃま、クライマックスのデカボスの存在感なんかは少しずつアップグレードされているはずだし、今作はメカの中にも「生物の進化」というテーマがあるので多少フォルムに工夫はあると思うのだが、それでも作品全体に通底する雰囲気の中では微差にしか感じられない。

 また、新しい世界を創造して展開するストーリーラインにしても、正直あまり新奇性はない。惑星レベルでの大仰な話作りはそれこそマクロスレベルだし、アクエリオンでは全銀河にまで拡大していたアホな世界観を経た後では、今作の「惑星と人類」の設計はミニマムですらある。最大の見どころである「中国的世界観」についても、実は河森さんって結構そういうところから発想を引っ張ってきた作品は多かったんだよね。アクエリオンも中国拳法のアイディアとか太極図のモチーフは使われていたものだし。キャラの名前が中国っぽく、食い物が中華料理になったところで、ロボに中華要素がなければやっぱり「いつも通り」よね。強いて差異を見出すならこれまでの二作では「外からの異物」に対する物語が主だったのに対し、本作は「星の中での進化」がテーマになっており、内部から変わろうとする急進的な存在との対話を必要とするものになっていることくらいか。うーむ、でもそんなに書き味は変わらないよなぁ。「家族」っていうテーマにしても、別に目新しいものではないだろうし……やっぱり、河森作品はもう一段階、我々の度肝を抜くようなとんでもない「進化」を求められている気がする。そういう意味では、思い切って勝負をかけた「アクエリオンロゴス」は方向性としては間違ってなかったのかもしれない(結果はどうあれ)。

 とりあえず、女の子たちはそれなりに可愛かったです。花澤・茅野・能登の大沢トライアングルの中心に東山奈央を据えるという極悪魔法陣みたいな配置は、それこそ魔のものでも召喚できそうである。あと、「石田彰をいっぱい集めると中村悠一になった」っていうのもちょっと面白い。相変わらず、石田彰を放っておくと世界にとってろくなことがない。

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「はたらく細胞」 6→6

 今期作品の中では安定して人気を誇った作品のようである。実際、最後までストレスフリーで楽しむことができたので何も不満はないが、まぁ、原作の良さがそのままという感じなのかな。

 「白血球さんが怪我をして赤い血が流れ出すのはどう解釈したらいいのだろう……」とか、このままファンの願いが叶って赤血球と白血球が結ばれたら、一体どんな子供が生まれるんだろう……」とかしょうもないことを考えるのが楽しい作品。原作読んでた時はそんなことも気にならなかったけどアニメでそういう見方ができるようになったのは、声がついて、動きがついて、よりキャラクターたちが「個」を手に入れた証拠なのかな、という気もする。花澤赤血球と前野白血球だからこそ、そこに不思議と人間ドラマが感じられるようになったのかもしれないし、あんな血小板だからこそ、よく分からない最大瞬間風速で人気も出たのだろう。やはり、設計からしてなかなか美味しい作品であった。

 結局「原作が楽しかったからね」という以上の結論を持ち出しにくい作品ではあるが、ともすればぐちゃぐちゃと見辛くなりそうな設計をアニメでもスッキリ見せてくれていたので、映像化時点で余計な要素を足すよりもこちらの方向での構築の方が良かったということだろう。できれば映像面でもう一つ現代アニメらしい「見せ場」があればうれしかったのだが、余計な装飾で飾り立ててしまうと本作の良さである素朴な味わいがなくなってしまうか。とりあえず、子供が成長したら観せたいアニメである。

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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