世界は新たな時代に突入した。そう、日曜の朝にテレビをつけても、待てど暮らせどスーパー戦隊が放送されていない時代である。悲しみの果てに、僕たちはどう生きるか。
というわけで今週のリアタイ視聴は当然こっちである(直前まで寝てたのでプリキュアはまだ観てない)。いったいどのような姿勢で今作を視聴すべきなのか、そもそも視聴すべきなのかなどと色々考えながらのスタート。答えはまだ出ていない。
正直に白状しよう。私は今作に対して相当な偏見を持って接することになる。作品自体に罪がないことは分かりつつも、やはり「スーパー戦隊を終わらせた作品」であるからだ。ニチアサの伝統、「どれみを終わらせたナージャが憎い」というナージャ論法(ちなみに翌年はナージャを終わらせたプリキュアが憎かった)で、「わざわざ50年の歴史に終止符を打って始まった番組」というのは、(全くもって理不尽な認識であることは重々承知しつつ)相当に重いカルマを背負ってスタートしたと言わざるを得ない。
そして、1話目を観た時点ではまだこのカルマを濯ぐことは難しい。「……めっちゃ気合い入れて作ってるじゃん……予算かかってるやろ……ほな戦隊作れや……」と思ってしまうからだ。もちろん予算やら販促商品やらなんやら以外にも戦隊が終わった理由はたくさんあるのだろうが、少なくともこの作品を新たにスタートさせる大義名分は今のところ見当たらない。1話目時点で早くも「2体目のギャバン」が登場しており、ヒーローの数も大きく変わるわけじゃないし……硬派なドラマ作りを目指したとしても、ゴーバス、キューレン、なんぼでも似たようなスタートはあったわけで、看板のすげ替えの合理的理由は未だ分からない。
「看板」という話で言えば、今作は数十年の間倉庫で眠っていた(たまに虫干しのために外に出していた)ギャバンという骨董品の看板を担ぎ出してきた、最近ではお馴染みの「焼き直し」作品でもある。新たなプロジェクトをスタートさせるにあたり、完全新規じゃなくて「過去作の看板を借りる」スタンスになっているのも微妙に納得いってない。そりゃま、完全新作にするよりは圧倒的に客引きできるし、使いまわせるリソースが多いのだからいいことずくめだとは思うが、スーパー戦隊に引導を渡すなら、せめて完全新規タイトルで勝負するくらいの気概を見せてくれよ、とも思う。ギャバンが出てきたら、それこそフツーに戦隊コラボとかやりそうだし。いろんな方向性が、「半端に切りきれてない」印象があるのはどうにも気になるのである。
そうしたしがらみをいっぺん全部忘れたとしても、正直1話目時点での印象はぼんやりしている。いや、画面はバリバリのCG展開とか相当に「この1話目でしっかり見せつけるぞ!」という意気込みを感じるものではあったが、作品全体の構想としてどこに行きたいのかがあんまり見えない。はっきりいうなら「ライダーとどう差別化したいのか」がよくわかってない。私はいい歳になってから初めて戦隊にハマるという変なルートを通った戦隊ファンなのだが、その流れであんまりライダーに流れることがなかった。作品単位で好きなライダーはいたのだが、それがシリーズへの愛着にはあまりつながっておらず、令和に入ってからは途中で退屈になって切るライダーも多い(すまんが、ゼッツもう観てない)。そんな私からすると、「これもライダーと大差ないのでは……」という印象が強く、今後の視聴を続けるかどうかすら怪しい状態になってしまうのである。
まぁ、そうは言っても「じゃぁ戦隊とライダーって何が違うんだよ」と聞かれたら現時点ではその答えは無いのだが……やっぱ狙ってる年齢層なのかしら。戦隊ってどこまで行ってもしっかりと「子供向け」を維持できていたのが強みだったと思うんだよな。今回のギャバン、完全に時代劇フォーマットがそのまんまでお話として渋いし、いきなり専門用語連発で世界設定がややこしいのもあまり子供向けにフレンドリーではない気がする。そのくせわざわざ原典から改変した「エモ」みたいな分かりやすい要素はなんだか取ってつけたようで、それこそライダーのデザインに被りまくってるし……どうにも先行きが見えない。
……とまぁ、色々と不安も文句もあるのだが、繰り返しになるが、全て戦隊への未練を引きずっているおっさんの恨み節7割で考える必要がある。正しいターゲット層であるお子さんたちは真っ赤でキラキラの新ヒーローに目を輝かせている可能性も充分にあるわけですし。今後の展開次第で、ナージャのように(?)新しい可能性を広げてくれることを願うしかないだろう。
まぁ、いい大人がニチアサの中身に必死になること自体がおかしな話ですからね(宇宙崩壊)。
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