最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
2月4日 ドラフト模様(MBS,SOM×2)
ピック順 【Sangriter】→【Thraxi】→【Alessi】→【Newcomer】→【Serra】 イエッス! 新環境! スポイラの公開時期が遅めになってきた昨今、情報が出てから発売までがあっという間ですな。おかげで色々と妄想する間もなくいきなりのドラフトチャレンジですわ。今回は決め打ちが出来ません。 そして、想像以上に影響が大きかったのが、パックの開封順の変更だ。これまでならばある程度地固めを行った後で未知のパック群にダイブ出来たのだが、今回からいきなり初対面のカードがずらりと並んだパックを見るはめになり、まさに手探り状態。しかもトーメント環境のように露骨な「偏り」が発生している状態のパックとなると、もう、何を信用して良いものやら。これはしばらく苦難のピックが続きそうである。そして、ジワジワと浸食するファイレクシアに影響されたのかどうか、今回は(今回も)青ユーザーがほぼ0という悪夢。おかげで完全に食い合った状態での泥沼ピックとなり、新カードがどうこういえるような状態なのかも怪しい。ほんと、難題ばかりを突きつけてくるゲームだぜ…… ある1人への私信・朝マックは6時からじゃなくて5時からだったじゃねぇか! おかげで何となくソーセージエッグマフィンとか買うハメになったわ! うまかったわ! PR
史上最も禍々しい契約シーン、第5話。その耳(?)は何? その手つきは何? キュゥべえの勧誘の強引さも目に余るし……もう、幸せな結末なんてありゃしないの?
改めて語られるさやかの契約。冒頭、夕日に照らされた契約シーンは、ビルの屋上に伸びきった二人の影が余計な不安感をあおり立てる。どこかの考察で「キュゥべえ」=「魔性の者、九尾の狐」という推論を見たことがあるのだが、妙な形の観葉植物を背負って契約を施したキュゥべえから伸びるシルエットは、まさしく九尾のような禍々しさがあった。 上條の手の治療と引き替えに得られた「引き返せない運命」は、あらゆる人々に絶望をもたらす。契約したさやか本人は、自らを「幸せだ」と言ってみせた。上條は順調に回復し、不安定だった精神状態も戻りつつある。復帰戦となった演奏も周りの人々の祝福に囲まれつつ行われ、こちらの「現実」は順風満帆。その光景が見られただけでも、さやかの笑顔は嘘ではない。「友達を2人も無くしていた可能性」を排除することにも成功し、現時点において、さやかは決して後悔していない。しかし、やはり「素人魔法少女」にとって、これからずっと戦い続けなければいけないという運命は荷が重い。キュゥべえに連れられた初のパトロールも、まどかの気持ちがなければ自分を奮い立たせることも難しい状態であった。彼女の重責は、これから少しずつその身に刻まれていくことになるのか。 そして、そんな友人を止めることが出来ず、あまつさえ変身する理由の1つにすらなってしまったまどかは、何も出来ない無力な自分にひたすら後悔ばかりを積み重ねる。さやかを止められなかった自分。さやかに心配をかけてしまった自分。そして、さやかのために何もしてやれないのに、一人前に心配だけをしている自分。「魔法少女の立場になければ、他人を責める権利など無い」とは、先週のキュゥべえの言葉であるが、ついに対等な立場ではなくなってしまったまどかとさやかの間では、両者がどれほどわかり合おうとしても埋められない溝があるのだ。「変身しないままでいる無責任さ」がまどかの重荷であり続け、さやかもつい最近まで同じ立場にいただけに、その気持ちを充分に理解出来る。選んでしまった者と、選ばないことを選んだ者。今後の2人の友情は、どのような形で維持されることになるか。 そして、そんな2人の様子を遠くから見守り、大きな後悔を抱いているのが、ほむらである。自分に近付いてくれていたまどかに対しては充分な警告が与えられたが、さやかの方にまではフォローが行き届かなかった。彼女の目的は相変わらず謎であるが、さやかの現状については、ほむらは「後悔している」と明言する。キュゥべえをして「イレギュラー」と言わしめたほむらは望み云々を差し置いても、「他者の契約」を阻止することを至上命題としているようだ。 その上で、彼女の言葉は辛辣だ。「どのような献身も見返りなどありえない」とは、さやかの現状に対する否定であるし、そのものずばり、「さやかのことは諦めて」とまどかに断言した。「どうやっても償いきれないミスである」「一度魔法少女になってしまったら、救われる望みなんて無い」と、現状が最悪の展開であることを吐露している。「全てを諦めた」と語るほむらにとって、つかの間の幸せを手にしたさやかも、それを見て悲嘆に暮れるまどかも、等しく後悔の的であった。 サブタイトルとは裏腹に、数多の後悔が渦巻く今回。事態はさらに面倒な方向へと進み、初仕事に張り切るさやかが命を削り合ったのは、宿敵である魔女などではなく、同業者でポリシーが対立する魔法少女、杏子。遠慮無しに命を奪いに来た杏子と、怒りをぶつけるさやかの対決は、「誰にも止められない」とキュゥべえは言う。巴マミは、人々を守るために命を失ったが、杏子はその命すら自らの益と成そうとしている。その姿勢だけはさやかは許すことが出来ない。どちらかがへし折れるまで続く対決は、介入したほむらに預けられることに。 とにかく、現状認識の絶望感だけが際立つエピソード。端的にそのことが伝わってくるのはまどかとほむらの対話のシーンで、冷静に聞いていると、ほむらの中では「魔法少女になること」は「死ぬこと」と同義の最悪の事態である。マミの死が最悪の悲劇であるのと同様に、さやかの契約も「地獄と同義」であるというのである。この時点で、もうさやかの契約は本当に失敗以外のなにものでもないという描写になってしまっているわけだ。一応、形の上ではさやかが「幸せだ」と言っているのに、この扱いはひどい。しかも、そこまで必死に決断した契約の結果、さやかは一切望んでいなかった「魔法少女との対決」に巻き込まれているのである。この時点でさやかの選択からは「街を守るため」という大義名分すら失われており、残されたものは上條の回復というほんのささやかな幸福だけ。既に転落の秒読み段階に入っているかのようだ。 そして、そんな悲劇の裏側で、キュゥべえはあの手この手でまどかに契約を迫っている。もう、本当に悪魔の所業。窮地で登場したほむらの勇姿が、この作品で最も格好いい「ヒーロー」に見えたのは、自分で火種を広げておきながら静観しているだけのキュゥべえとの対比効果もあるのだろう。ほんと、一体奴は何を考えているのだろうか。 今回メインとなったさやかの心情についても、現時点では色々と複雑である。性根がシンプルな子なので実際の言動だけをみればほとんど裏表は無いのだろうが、まどかとの関係性は簡単には割り切れないものがあるだろう。「自分は変身出来ないけど協力したい」と嘆願するまどかに対し、さやかは最終的に「その気持ちは本当に嬉しく思う」と受け入れたわけだが、まどかが最初に申し入れてきた時には、彼女は一瞬だけ笑顔を消して、口元を結んだカットが挿入されている。それは、自分から窮地に飛び込もうとする友人を気遣ってのものだったのか、それとも、確実に運命を分かった「ただの人間」に対する苛立ちだったのか。そのことを判断することが出来るのは「同じ魔法少女の立場に立った者だけ」である。 後半パートの見せ場は、新キャラ杏子の本格参戦。多節棍と槍を組み合わせたような奇妙な武器を操る新たな魔法少女のバトルシーンは、実に流麗で見応えのあるアクションに仕上がっている。対するさやかが単なる剣によるシンプルな武装なので、トリッキーな遠距離武器と槍による波状攻撃が映えるのだ。おかげで、どうしてもさやかの方が噛ませ犬っぽく見えちゃうんだけどね。これだけ打撃メインの肉弾戦を演じておいて魔法少女を名乗るのもどうかと思うわ。一応、望遠鏡で覗く時なんかはそれっぽい「魔法」を使っているみたいだったけどさ。 その他、河原でさやかとまどかが語らうシーンでは、川縁で無機質に回り続ける大量の発電用風車が不気味な圧迫感を出していたり、上條の演奏シーンで大写しになる落日が、どうしても不安なイメージを喚起したり、どの画面をとっても爽やかさや安心感とは無縁の作品。今回もエキセントリックな魔女の使い魔のデザインが、ひとさじの狂気を確認させてくれます。「ぶーんうっわー!」って叫んでる使い魔の鳴き声って、多分あれあおちゃんだよな。……この作品、少ないキャストでのインパクトの出し方がたまらんものがある。野中藍の悪辣系魔法少女って……配役的になんか「とらドラ!」っぽいイメージになってる。
いきなり話が分かりやすくなった第3話。この作品は、本当はアニメオリジナルの貴重な作品だからゆっくりとその中身を吟味していきたいと思っているのに、制作者側が余計なフィールドで芳ばしい話ばかりを持ち込んでくるため、なんだか妙な見方を強いられているような気になってくるのが難点です。やっぱり、せめて放送中くらいは製作側は「とにかく作品を見て」っていうスタンスにして黙っていた方がいいのかもしれない。
前回突如エンリに誘拐され、マグロ漁のごとき状態でアジトへと連れ込まれたクレインとネッサ。宙づりの状態でどれだけ飛んだのかはよく分からないが、あれだけ密着した状態でずっと2人きりっていうのはそれだけでドギマギシチュエーションであった気もする。その割にクレインにはそういう様子がなかったのが残念無念。そして到着したのは、フラクタルシステムから解放された一派であるロストミレニアムの集合した村落である。この段階で、ようやくこの物語の大きな構造が理解出来るようになる。1話の時点でクレインが漏らしていたので何となく予想はついていたが、人類全てを統べる「フラクタルシステム」の善悪を問うことで、体制側と対抗勢力がはっきりと分かれ、そこにイデオロギーの衝突が描かれる。骨董品好きでドッペルを毛嫌いするクレインもあまり体制側とは言えないスタンスだが、より明確に対抗意志を示すために「フラクタルターミナル」と呼ばれる受信器官を摘出した人々の様子を見て、さらに突っ込んだ状態でフラクタルと己の付き合い方を考えることが出来るようになるわけだ。 クレインは最初の時点では、ロストミレニアムの主義主張にはあまり好意的でない態度を取っている。そらまぁ、現代でいえば突然原初の生活に帰った方が人は自然である、と唱える新興宗教にぶつかったようなものであるから、「フラクタルターミナルを摘出する」という行きすぎた教義に「一般人」であるクレインが抵抗を示すのは当たり前のこと。つれて来られた理由もよく分からないのだから、どれだけ興味深いものを見せられたとしても、そこに反感を覚えるのは当然の反応といえるだろう。しかし、そんな硬化した態度もたった1杯のスープで氷解する。合成食糧のみを糧としてきたクレインにとって、「普通の料理」は実に衝撃的だったというお話。ま、分かりやすい処理かな。 「フラクタルは本当に必要なのか」という疑問が少しずつ芽生えていく中で、今度はいきなり「星祭り」の打倒に挑むことになる村の面々。説明を聞くと、星祭りは集団アップデートを目的とした一種の洗脳儀式であるという。だからこそ、悪しきフラクタルシステムを象徴する、確実に潰さなければいけない儀式であると。 ふむ、話は分かる。分かるのだが、だからといって突然武器を手に乗り込んでいって、儀式を行っている巫女側だけでなく集まった一般聴衆すら無差別に撃ちまくる展開はいかがなものか。彼らの大義名分は「フラクタルでは得られない真の自由の獲得」であり、そのためにまず自分たちの体内からターミナルを摘出した。そこまでは個々人の選択なので問題無いのだが、そこから一歩進んで、今度はフラクタルに取り込まれた体制側の人間なら殺してしまって構わないという。流石にそれはおかしいのではないか? そもそも、あの星祭りというイベントの規模もよく分からない。バルーンがどうこう言っているってことは、あの祭りは全世界同時アップデートのタイミングであるはず。そうでなければ管理側にもかなりの負担がかかるだろう。にも関わらず、会場にはそこまで大勢が詰めかけていたようにも見えないし、管理側もそんなに厳重なチェックをしているように見えない。あくまで地方の催し物程度のものである。ってことは、世界各地で同様の「星祭り」会場が多数存在しているということ。そんな草の根活動を1つ1つ潰したところで、ロストミレニアム側にもそこまで恩恵があるとも思えない。そもそも、クレインが「星祭りの期日が早まった」ことを知らなかった時点で、「ターミナル所有者は全員確実に星祭りに参加する」というお題目も嘘になっているのだ。世界設定が明らかになっているようで、実はますますよく分からない状態になっていたりするのである。これはちょっと困る。 事態はそれだけでなくさらなる混迷を極め、現れ出でたる2人目のネッサ(おそらく「本物の」ネッサ)、そしていつの間にか姿を消していたフリュネの再登場。この世界における正義とは何なのか。エンリやスンダは一体何がやりたいのか。そして、クレインが求めるべき「正しさ」はどこにあるのか。まだまだフワフワと設定の不安定さが漂う中でのお話は、今後も視聴者に色々と労苦を背負わせてきそうである。うーむ。今回は画面的にはそこまで面白いものが得られなかったのだが、ちゃんと視聴者を引っ張り込むだけの誘致要因を保持しきれるだろうか。 今日のハイライト。ゆかち可愛い。あれだけフラクタルから逃れようとしていた連中が集まってるのに、トイレにはあんなハイテクな健康チェック装置を配備してるのね。でも、正直あそこで用を足すの嫌だな……
○「放課後のプレアデス」 5
何度読み返してもコンセプトが全く分からない謎のWeb配信アニメ。アニメ製作のガイナックスと、自動車製造が主であるスバル(富士重工)によるアニメプロジェクトって。しかも第1弾って。一体この業界で何が起こっているのかさっぱりだが、ま、新作アニメが公開されるというならこちらとしてはありがたいだけですわな。特にグッズ展開とか、これとコラボしての自動車販売なんかは考えていないらしいのだが、はたして費用対効果が見合っているのかは想像も出来ない。 で、肝心の中身の方だが、ま、普通だ。ガイナ製作ということでディティールはよくできているし、最近はWeb配信といっても充分満足のいく画質で提供されるので、画面に不満は無い。ほぼ地上波アニメ1本分の長さなので大した内容ではないのだが、この長さで、この内容で、この構成ならこんなもの、という感じ。特に悪印象はないが、さりとて大きく興味を引かれる要素も無い。やはり、どこをどう2社の利益につなげていくのかが分かりにくい。 時節柄、「シンプルな魔法少女もの」というのはフラットな状態で干渉しにくいのがややつらいところで、冒頭、状況が全く理解出来ない時点ですばるが「魔法少女になりたい!」と駄々をこねる部分なんかは、「お前……そんな軽率な行動をして、世の中には後悔しか残ってない魔法少女だっておるんやぞ」と余計な心配をしてしまう。ただまぁ、そんなメタな視点をさておくとしても、すばるが仲間を追いかけてすぐに魔法少女になりたがったモチベーションもいまいち分からないし、メインの掛け合いとなるあおいとのいざこざについても、2人の関係性がピンと来ないので物語として伝わってくるものはない。あくまで「それっぽい魔法少女エピソードのお約束」を固めて解いて、広げただけという感じである。他のキャラクターも特に立たないし(部長以外)、敵キャラみなと君(みなとちゃん?)のテンションもよく分からないしな。 一応見るべき点としては、一応自動車メーカーとのコラボってことでちょろちょろ車要素が盛り込まれている部分。やっぱり一番インパクトがあるのは空中でブーストした時のエンジン音でしょうかね。あのステッキのどこに燃焼機関があるのかと小一時間。ま、下手にまんま車アニメにしないで、こういう妙なところにモチーフとして出すくらいだと、ミスマッチな感じが逆に新鮮で面白いかもしれない。そして、こういう企画アニメだからこそ実現したユニークな部分として、エンディングで流された各種設定画やイメージイラストがある。まだ30分程度しか作ってないのに内部資料全公開ってのもどうかと思うが、こうして「1からコンセプトを立ち上げて作ってますよ」っていう手作り感が伝わってくるのも良いものだ。何となく親近感が湧いて応援してみたくもなるじゃないか。 トータルで見ると、「まぁ、悪いものじゃないのは分かる」っていうくらいのレベルか。個人的に興味があるのはやっぱり中の人のことで、主人公すばる役の鷹森奈津美は、「メリー」の部長役の子か。まだ「どっかで聞いたことがあるな」レベルのものだが、基本線は悪くないと思うので今後に期待。そして部長役との2役を難なくこなす小器用な藤田咲や、未だにスタンスがよく分からないけど気付けば馴染んでいる牧野由依など、絶妙にもどかしいキャスティングが秀逸。みなと君の中の人だけ浮きすぎてる気もする。そして、圧巻はあおい役の大橋歩夕であろう。最近は新人声優のベースレベルもあがってきたので、ある意味絶滅危惧種ともいえる貴重な棒である。エイラ役のときから少しは成長してるかと思ったが、ぜんぜんそんなことはなかったぜ! なんで声がかかるのかよく分からない1人だな。でも、なーんか気になるんだよね。
「ハートキャッチプリキュア!」 5→6
変則的な時期に終わるのでうっかりするとチェックがおろそかになってしまうプリキュアシリーズ。この手の朝番組はなんで改変期から微妙にずらして交代するんだろうね。 さて、個人的な習慣の話になるのだが、私はあんまり熱心なプリキュア視聴者ではない。基本的にリアルタイム視聴を旨としているので、朝の番組を毎週録画してからチェックする習慣がなかなか身につかないことが一番の理由。また、シリーズを通じて、結局プリキュアを最初から最後まで見続けたという経験がなく、「前のシリーズも見なかったんだし……」という流れになってしまい、春先に見ていたものもいつの間にか追いかけられなくなってしまう。おかげで、すっかり「大きなお友達の番組」の代名詞となったこのシリーズも、アニメオタクあるまじきことだが非常に疎い。そして、その流れはこの作品についても特に変わることはなかった。 この「ハートキャッチ」も春先に追いかけることをやめてしまい、しばらくは完全にスルーしていたのだが、事態が大きく変わったのはキュアサンシャインの登場から。何せ中の人があの桑島法子なのだ。既にキャラクター側からしたら墓石を掘られたのと同じくらいの意味があるこのキャスティングが、まさか朝の陽光の下で太陽の戦士を自称するヒロインにあてられるとはおもっていなかったし、噂に釣られて見に行ったサンシャインの変身バンクの殺人的な格好良さにクラクラした。そこから、ちょいちょい朝番組でも見始めるようになる。 そして、立て続けに現れる「史上最高齢の現役プリキュア」。当然中の人も最年長であり、まさかのまさか、セーラー戦士に続いて久川綾がプリキュアになるなど、誰が予想していただろうか。そしてこともあろうに、こんな時間帯に桑島法子・久川綾のタッグが実現。聞く人が聞けばピンと来ること間違い無しのこのコンビネーションは、あのビィートレイン、真下耕一作品には欠かせないレギュラー配役コンビである。つまり、銃声と硝煙の臭いのつきまとうこのキャスティングが、日本全国お茶の間の幼女たちの憧れの対象となったわけだ。ここまで倒錯的な状況に陥って、流石に見ないという選択肢は無くなった。 そして、見れば見るほどに色々な部分を刺激されるその内容。山田隆司の構成と馬越嘉彦のキャラクター作画。そこにあるのは紛れもないおじゃ魔女の世界。数年の時を経て帰ってきたのは、間違い無くどれみたちの遺伝子だ。佐藤順一の技法がふんだんに盛り込まれたおじゃ魔女テイストはそのまま熱血バトルを交えたプリキュア世界に融合し、また新しい、「古式ゆかしい」アニメのステイルを生み出した。ギャグとシリアスの紙一重を行き交う絶妙なバランス感覚は、常に笑いを絶やさず、なおかつ「正しい視聴者層」に向けての物語としての側面も保持し、間違い無く日曜朝8時半に放送されるべきものになっている。詳しく知らないので憶測でしかないが、これこそが長年蓄積してきたプリキュアというブランドの力であり、そこに古さと新しさを持ち込んだおじゃ魔女組の力であるのだろう。 ラストバトルに至る流れなどは大先輩であるセーラームーンの対決そのまんまにすら見えたし、別々のフィールドに別れて戦うタイマンだらけのマッチメイクにはジャンプ漫画のようなロマンがある。大気圏をぶち抜いて現れるデューンに、対抗して生み出された宇宙規模のプリキュアととどめの一撃「こぶしパンチ」。なんかもう、とにかくすげぇ。誰一人文句を言うことが出来ない、伝統と革新がここにあった。 本来ならば怒濤のクライマックスを評したらもっともっと点数は加点したいところなのだが、中盤を全く視聴していない状態で評点を上げるというのは逆に失礼な気もするので、控えめにこのくらいの評価で。現時点で唯一おっかないのは、これだけ個性的で実力のあるプリキュアを生み出してしまって、次に続く「スイート」の連中は大変なんじゃなかろうか、というコトくらいである。 個人的には徹底的にサンシャイン押しなわけだが、それでも気になるマリンの存在感。えりかは、……本当に良いキャラだったな。「ちょっと地球でも救ってきますか!」って、この台詞が言える中学生はなかなかいない。1年間、本当にお疲れ様でした。
永遠にこのノリ、第4話。流石に4話ともなると慣れが出てきましたね。それでも、次回予告にひとネタ仕込まれてるので視聴後はどうしても吹いた状態で閉幕するんですけど。
大雪警報連発のご時世には全く関与する気も無い海水浴回。今回最大の中の人的ハイライトである兄が見事にゲザるシーン(およびそれを母親がドン引きで諭すシーン)から幕を開けて、特に流れも何もなしで海へ。メンバーは最終的に彩葉と友達2人を加えた5人構成となり、普段家の周りでやっているようなことを場所を変えてやっているだけ。 今回はネタもとの原作が薄いのか、これまでのエピソードのような切れの良いネタ回しや奈緒のぶっ飛んだ異常性癖面などがあまり表に出てこず、多少もたついた感じでくどめの進行が目につく。ネタの中身も、途中で修輔の夢の中身なんかを挟んで煩雑な画面転換が重なるおかげか、慎重に中身を追うのが手一杯で、あまりネタのキレを増すような見せ方にはなっていない。ま、流石にこれだけテンションの高いままで続けてきたので、多少の休止は必要だったということにしておきましょう。 要所要所で見ていくと相変わらず病巣の深いネタも散見され、中でも特に説明されずに展開された修輔の夢フィールドは絵的にもひどいのが出揃っている。ガーターナース、セーラー触手などといった節操のない組み合わせもひどいが、どう見てもおかしかったのはスク水ニーソという一見「ありがち」なセッティングながらも、そのまま海水浴してしまうという暴挙。ニーソックス履いたままの入水って、アイアンスエットばりの拘束具だと思うのだが。海水をたっぷり吸って重量感を増すニーソによって彩られる絶対領域は、夢の中とはいえこだわりのムチムチ加減に一家言ある修輔のこだわりが伺え、その上で相変わらずこのイラストレーションなので萌えにもエロにも繋がっていないのがポイント。 キャラの造形でいえば、面白かったのは瀕死の修輔の周りで展開された奈緒と彩葉の力比べだろうか。針金のようなほそぎすの身体どうしが激しくぶつかり合う珍妙なシーンは、明らかに骨格がおかしいにも関わらず双方の肩にがっつりと力が入っているのが分かる奇妙な迫力があり、この世界における人体のスタンダードがどこにあるのかを何となく伝えてくれるもの。いや、そんなとこを見るアニメでは無いのは確実だが、こういう描写でちゃんと「それっぽさ」と、「隠しきれない無理くり加減」が伺えるのは面白い。唇を奪ってくれたAGEのメインの子の無闇にいい身体も割と細かく描写されてたしねぇ。誰得極まりないのだけどねぇ。 あ、終わってみたらなんだかんだで面白かった気もしてきました。今期は意外に頭空っぽ作品が少ないので、やっぱりこのアニメは助かりますわ。今日の一番のハイライトは、ボートで突撃するシーンの奈緒の口上ですかね。やっぱり早口でまくし立てている時のキタエリ節は聞いててほんとに楽しい。
予定通りに、インフルエンザを患って完治したかどうかも怪しかったけどプレリに行ってきました!(まぁ、熱が引いて1日経ってたし、マスクもしてたから多分大丈夫でしょう。周りにもマスクいっぱいいたし)
ただ……特に面白いことは起こりませんでした! 以上! というだけではつまらんので一応ちょろちょろと結果だけメモ程度に。
新展開! だけどあんまり新味はない第17話。前回までが重たい流れだったし、ちょっと小休止ですか。ここからクライマックスに持っていくための伏線張りの時間も必要だからね。
Aパートは常夏な環境を活かしての水着祭りでサービス祭り。と言っても、この世界の女性陣は普段からサービス精神旺盛だからあんまり特別感無いんだけど。そして、こういうアホな展開だと強いのが、この作品でも屈指の「普通の娘」であるルリちゃん。同様にすっかりギャグ担当になってしまったワコをいじり倒しつつ、よく分からないテンションでビーチをアツくしてくれる。いやぁ、中の人が時の人(獣?)となったキュゥべえと同じとは思えないくらいの飛ばしっぷりですよ。この島の人間はみんなしてどこか裏側に通じてそうに見えちゃうので、こういう単純馬鹿なキャラクターは分かりやすくていいです。 そして、そんな島にさらなる混迷を与えるのは、「今までどこにいて何してたんだよ」と不思議で仕方ない新キャラ、マドカとコウ。今期はやたらとゆかなボイスの金髪や巨乳が多い気がするよ。ご立派な縦ロールが半端じゃねぇ存在感を醸していますが、登場シーンとビーチバレー、そしてコウとの2人の関係性を見てると、やたらとイメージが被るのはデイモン姉妹だったりします。彼女達のルゥール! は一体どんなものでしょうか。そういや今年はビーチバレーっていうシチュエーションもやたらと見た気がするなぁ。メイド様、パンスト、イカ娘……いや、どうでもいいですけど。 Bパートはようやくストーリーが進み始め、前回調子に乗ってボコられた恥ずかしいヘッドが、何事も無かったかのように綺羅星を統べる。誰も責任を追及しないのは、とにかくフェーズが進んだことに綺羅星全体が盛り上がっているせいだろうか。マリノの不在についても誰もつっこまねぇな。 ただ、それもひっくるめた諸々を巻き込んで誤魔化してしまうためのペテンが、ヘッドの謀略と見ることが出来るかもしれない。ぜんぜん意味の分からない会議場円卓の変形ギミックとか、おとな銀行からの引き抜き宣言、そして、最も重要な「東(ひがにし)の巫女」の隠匿問題についても、なんだか分からない勢いで他の幹部達を押し切ってしまった。他の連中はそれでいいのかと思うのだが、当然のことながらケイトは沈黙を守るだけだし、引き抜きを喰らったおとな銀行のカナコはあまりのことに言葉が続かない。さらにベニオも過去の抜け駆けを指摘されて出鼻をくじかれ、プロフェッサーグリーンは苦労して組み上げたはずの電気柩大爆発で上の空。文句を言おうにもそれぞれの幹部が巧みに先制攻撃で潰されているのだ。このあたりのそつのなさは流石のヘッドだ。 そして新たなるバニシングエージが初出撃させたのは「ほしい物は何でも手に入れる」らしいマドカ。ついにサイバディとスタードライバーが融合に成功した初の事例となり、自らを「銀河美少年」と名乗ったわけだが、ま、バトルの方は特に何があるわけでもなく収束。仕方ない、スタドラだもの。今回の見どころは、枕を持って登場したスガタ・タクトと、禊ぎ姿で危機一髪だったワコですかね。惜しい、もう1分早くゼロ時間が起動してたら確実に全裸だったのに。早朝襲撃とか、マドカさんも案外せこいな。 今回のタウバーン出動シーンでは、もう隠す気も無くなったらしいケイトさんがお役目とばかりに高らかに歌い上げてくれている。流石の小清水といった堂に入った歌唱だが、ケイトの人となりを考えると、思っていた以上に明るい曲で驚いた。流石に「日の昇る方角の巫女」だけあって、その歌にはエネルギーがある。ただ、やはりその旋律は「巫女の歌」としての統一感もあり、いつかどこかで4人の巫女が声を合わせてそれぞれの歌を紡いでくれる時がくるのを期待してしまう。最初だったからやっぱり「モノクローム」の印象が強いけど……全員歌は達者だから、それぞれ持ち歌を変えても面白そう。 なんだかとっ散らかった感想になってしまったけど、とにかく事態が進んでいるっぽいことだけでも分かれば充分だろう。ヘッドのスタンスとか、それを遠くから見つめているよく分からないじいさんの正体とか、今は置いときましょ。
吉岡さんの扱いが悪すぎる気がする第4話。ちょっと勘違いが過ぎる以外は悪い子じゃないのに、千葉から「このマユゲ!」って言われてるのはちょっと不憫。いや、相手にするとウザそうだけどさ。
1話ほどじゃないのだが、今回もな〜んか勘違い要素が多かった回な気がする。というか、そもそもキャラ絵がおかしかったし動画に手抜きも目立った気がするのだが、気のせいだろうか? 4話で既に製作体勢が限界ってことは無いと思うのだが……それにしても微妙な出来。そんなに難しい画面作りが要求される作品ではなく、むしろ古式ゆかしいアニメ的省エネが出来るような画面設定なんだから、ネタ云々はともかく、せめて画面の品質くらいは維持して欲しいものである。 キャラ絵については、既に放送前の版権絵の時点で色々と物議は醸してましたね。独特な「ふとましさ」を持つこの作品オリジナルのアニメ絵は、原作の持つむっちむっちした印象ともまた違う、ちょっと病的なまでのダルダルさ。ただ、1期の時点では決して悪いデザインだとは思っていなかった。アニメ絵になってデザインが変わるのは仕方ないことだし、それが可愛くないかといえば、決してそうでもない。動きがあると寸胴のキャラクターたちのモーションも案外面白くて、「なかなか良いバランスのキャラ絵に落としたもんだ」とは思っていた。 が、なんか今回は変。特にお祭りエピソードあたりでは原画の段階でコロコロと顔の造形が変わってしまっていてぜんぜん落ち着けない。必要以上に崩れたカットも多くあり、「作監、忙しいのかなぁ」と心配になってしまう出来だ。プールのシーンでもモブなんかには手を回している余裕がないらしく、油断すると紙芝居みたいな垂れ流し状態になってしまっているのが如実に見える。こういう作品で作画面の難点ばかりが目に着いてしまうというのは困ったものだ。 そして演出面だが、プール話の最後の音響演出が完全におかしい。なんであのタイミングでオープニングがかかったの? 確かにふたばの暴走に音を乗せる試みは1期の「RUNNNER」で実践しており、あれは無声劇との絡みもあって割と面白かったと思うのだが、今回は全く作品内容とかみ合ってなかった上に、その後のキャラクターの会話や行動に対してノイズにしかなっていない。なんであんな乗せ方をしたんだろう。「わが名は小学生」はお気に入りの曲だが、それってつまり、「曲が主人公」になったときのインパクトがでかいってこと。BGMにしてしまったらくどくて見てられない。「RUNNER」の時にかかった「ABCより〜」もくどいっちゃぁくどい曲だが、無声劇にした上で、曲がふたばのソロ、作品自体もふたばの独壇場だから成立したもの。今回とは訳が違うのだ。一体どういう意図でこのシーンにこの曲を入れたのか、演出家に問い詰めたい部分である。 わざわざラストを変則エンディングにした意味もよく分からんしなぁ……全8話のうち、既に2話エンディング差し替えられとるがな。どういうことなの。 今回の総括・杉崎が馬鹿可愛い。中の人くらいは。 |
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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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