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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「転生悪女の黒歴史」 6→6 最終回を期に(1話目無料分だけ)Webで原作読みに行ったんだけど……アニメだとキャラデザは相当リライトされてましたね。流石にこんなに絵に描いたような(絵に描いてるけど)桜井節がしっくりくるキャラデザあるわけないもんな。 毎週の感想を書いたり書かなかったりくらいのお付き合いとなった「なろうのようでなろうじゃない、少しなろうな」アニメ。もはや「なろう」というスタイルは掲載媒体を超越して概念として君臨しているので、少女漫画雑誌に連載されてたとしてもなろうはなろうなのだが、ちゃんとそこに「少女漫画」の要素が強く息づいているおかげで単なるなろうでは終わらないだけのこだわりは感じられる作品だった。原作を見に行けばそれは一目瞭然で、改めて考えてみれば、今作のフォーマットは「なろう的」というよりも「典型的少女漫画的」と言った方が正しかったのかもしれない。 古来より、少女漫画には「チートな王子様が出てきて何もできない私を助けてくれる」という夢小説が綴られている。もちろん、現代の女の子は単なる受け身で終わるわけではなく、イアナというメインヒロインが嫌というほどに個性と自我を発揮する媒体としての「黒歴史」が大上段に構えられているおかげで、今作は「なろうだけどなろうじゃない」「少女漫画だけど少女漫画でもない」という絶妙なおもしろラインを維持できたのだろう。いや、こちとら少女漫画の知識が皆無なのでこういう作品は過去にいっぱいあったのかもしれないけど。 そして、単に「少女漫画+なろう」という掛け合わせというだけならそこまで突き抜けた印象は得られなかっただろうが、そこに桜井弘明テイストをダイナミックに混ぜ込んでくれたおかげで、個人的には「観るに値する」水準にまで達したと思っている。まぁ、こればっかりはほんとに好みでしかないんだけどさ。これも「振り返ってみれば」なのだけど、桜井弘明って元々少女漫画的な媒体との相性がすごくいいんだよね。出世作となった「デジキャラット」もそうだし、古くは「会長はメイド様!」もこの人のお仕事。近くは「ミュークルドリーミー」「まちカドまぞく」と、どこかしらファンシーさがある方がこの人のユルギャグは引き立つのである。そこまできちんと相性がわかっての座組みだったのだとしたら、キャラデザの大胆ないじり方も含めて、アニメスタッフはとても頑張ってくれたのだと思う。 あとはまぁ、青山吉能がほんとに頑張ってくれたという部分も是非とも記録しておきたい。ほんと、風穴開けるヒロインになるよなぁ……これ、原作はまだ続いているわけだけど、2期はあるんでしょうかね。 PR 「ワンダンス」 5→5 まず今作の評価軸を明示してしまおう。「興味を持たせようとしてくれたこと」。それが最大の焦点となる。 おそらく今作を論じる上で真っ先に話題にあがるのは、ダンスシーンのCGモーションだろう。せっかくのアニメなのにダンスパートが完全にモーションキャプチャーからくるCG作画。どう足掻いても周りのパートから浮いてしまうし、大して描き込みがあるわけでもないので「合わない」とか「サボりだ」とか、そういう視点から評価が下がりがちになりそうな気がする。実際、私も1話目を視聴した際には「CGが浮いちゃってるのは残念要素だなぁ。せっかくなら作画でやる気を見せてほしかった」みたいなことを書いた。そういうアニメになった方がシンプルに楽しめたのは間違いないだろう。 しかし、視聴中にちゃんと制作スタッフの狙いというか、覚悟みたいなものが理解できたのでその部分は減点として取ろうとは思わなくなった。そのあたりはちょっと言及する必要があるだろう。まず、この作品の最大の目標は「ダンス」、ひいては「ダンスバトル」というものをなんとかしてアニメで表現することだ。アニメのメイン視聴者たるオタク連中はダンスバトルなんて全く縁がない人種だろうし、この媒体で初めてきちんと触れる人間が多いはず。そんな連中に、「アツいダンスバトル」の漫画を伝えるには、まずは「ダンスバトルとは」を理解させてやるしかない。そして、そんな「ダンスとはなんぞ」を伝えるのに、既存のアニメーション作画という媒体はあまり向いていないのだ。 アニメというのは「動かないものを動かす」媒体である。「動けないものを動かせる」媒体である。つまるところ、その動きは嘘っこであり、視聴者はハナから「無い」ものとして見ているのだ。おかげで、アニメキャラがどんな動きをしたところで、そこに「実際のダンスの凄み」を感じさせるのは難しい。どこかで言及したこともある気がするが、たとえば「アイドルグループが大人数で一糸乱れぬダンスモーションを作り出す」なんてのは現実世界では感動的な情景だ。成し遂げるためには凄まじいトレーニングが必要だし、寸分狂わぬモーションの波を見せつけられれば、人は感動もする。しかし、アニメではむしろそっちの方が簡単。1人1人に違う動きをつけて差を出すよりも、全員に同じモーション作画を適用して「揃える」方が処理が楽。つまり、アニメと現実では「難しさ」の質が全く異なるのだ。それは「人体の動き」についても同様で、現実の人がやったら感動的な「ダンス」も、アニメにしてしまったらその凄みが削ぎ落とされる可能性がある。「嘘っこのダンス」を見せたところで、今作の最大目標である「ダンスの凄さを伝える」ことは叶わず、あくまで「良いダンスアニメ」になるだけ。 もちろん「良いダンスアニメ」を目指すという方向性もあっただろうが、上述の通り、今作は違ったのだ。あくまでリアルなダンスバトルの見方を、見せ方を伝えたかったのだ。そのために、必要以上に「人」に寄せる必要があり、露骨なモーションキャプチャーで「背景に存在する現実の人間」を想起させる作劇にした。こうして「実際にその動きをしている人」がいればこそ、細かく解説されるダンスの機微がアニメでも感じられるようになるのだ。通常のアニメでは、おそらくアイソレーションだのなんだのと専門用語を解説されたところで、「都合のいいフィクション」を見せられたらそれで満足してしまっていただろう。「本当の事例」を見せられたからこそ、「ダンスの良し悪し」を考えることができたのだ。 そうして、本作はあえて見栄えの悪そうな茨の道を進んだ。私としては、その精神は評価したいと思っている。ただ、その上で加点にまで至らなかったのは、「本当にこれがベストだったのか」という部分についてはやはり考慮の余地があると思ったためだ。「モーションキャプチャーだからこのクオリティでしょうがないよね」のもう1つ上が、現代日本のアニメーションには存在している気がするのだ。残念ながら今作ではその「次の時代のモーション」にはたどりつけなかった。ちょい厳しい評価かもしれないが、この方向性の先に何か新しいものがある気がするので、期待を込めての据え置きとさせていただく。続編があるなら、ぜひ「次」を見せてほしい。 なお、羊宮ヒロインの御多分に洩れず湾田さんは可愛かったです。作品関連で羊ちゃんにいっぱいダンスしてもらったのも良かったですね。今の若い子らは本当に芸達者だねぇ。 「異世界かるてっと3」 ―→4 わちゃわちゃしてるよなぁ。まぁ、そういう狙いの作品だからなぁ。 いちいち居住まいを正して観るような作品でもないのであんま真面目に評価するつもりもないのだが、全体的に密度が薄くなったなぁ、という印象。3期目になってさらにキャラが増えたことでただでさえとっ散らかった(ことを売りにしている)作品がますますとっ散らかり、拡散ばかりで収束要素がかなり薄くなってしまったこと。すでに2期分を放送し、メイン3作品をいじるにしてもぼちぼちネタが足りなくなって焼き直しが増えてきたこと。この2点から、前作までに比べて評価は下げた方が良さそう。テコ入れで登場した「陰の実力者」チームがあんま有効利用されてなかったことが一番大きいかな。楽しいと思える要素は中の人いじりくらいだったし。やっぱメイン3作品と比べるとどうしても思い入れは薄くなっちゃうからなぁ。 そして「3作品」と並べてはいるが、「幼女戦記」だけどうしても影が薄くなっちゃうよね……とか思ってたら、なんとアニメ2期の制作決定の報せが。約10年のブランクがあるが、放送前に1期の振り返りしておいた方がいいかな……。 「らんま1/2(第2期)」 ―→5 このテキストを書いてる時点で「ミンキーモモ」の新規アニメ制作決定の報が。さらに、「サムライトルーパー」やら「北斗の拳」やら「レイアース」やらも続々作られているらしく、令和という時代が昭和・平成の焼き直しなんじゃないかという寂しい空気が流れている。偉大な先人へのリスペクトは大事だが……フロンティアスピリットを失ってしまっては、日本のアニメ業界は前へ進むことができるのだろうか。 などということを心の片隅に置きつつ、今作は今作で決して悪いものではない。元のアニメへの思い入れがない人間からすれば単なる「新作」として受容するだけなので、リメイクがどうこうとかいう部分は一切問題にならないのである。アニメとしてのクオリティは決して低くないし、ウリとなったベテランキャスト陣も頑張っている。かっぺーちゃんはもとより、高音域を維持するのが大変じゃないかと危惧していた女性声優陣が素晴らしい仕事ぶりを見せてくれており、さすがのレジェンドと舌を巻いた。林原・日高両名は他作品でもたくさん声を聞いていたので「出来るやろな」という予感はあったわけだが、シャンプー役の佐久間レイも変わらず可愛かったのがお見事であった。サンリオヒロインズ、強すぎる。男性陣も山寺宏一/関俊彦あたりの活躍はたまらんものがあり、「このキャスティングで行けるならサムライトルーパーじゃなくて『天空戦記シュラト』もリメイクできるよな……」とか思ったり、思わなかったり。 そうして「現代に甦った前世紀」がちゃんと形を成していたことは良かった部分として受け止めるが、反面、そこまでしてリメイクするほどの新規性を得たかと言われるとそれはそれで疑問が残り、トータルで「うる星やつら」よりもやや点を下げた。これはなんとも逆説的な話なのだが、時代が近い今作の方が「うる星」よりも「古さが残る」というか、元のままで引っ張った部分にマンネリズムを残してしまった感があったため。時代を飛び越えて再生産された「うる星」は製作陣も相当な覚悟でもってリブートしたと思うし、40年分の時代感覚の差が現代では逆に新鮮さにつながった。対して今作の場合、未だ現代コミック文化と地続きの部分が多く感じられ、その分新鮮さに欠けた感覚がある。これってむしろ凄まじいことで、30年前の高橋留美子はすでに「現代的な」ものを完成させていたということになる。だからこそ、「犬夜叉」→「境界のRINNE」と連なるるーみっくワールドを知っていれば「見たことはあるな」という感覚になるのだ。 聞けば、らんまはそれなりに長い漫画なので今回のアニメ化で全てを拾えたわけではない様子。もしかしたら更なる続編もあり得るかもしれないが、あとは世間的なニーズがどれくらいあるかだ。続くようであれば私としては視聴することに抵抗はないが、このあたりのレベルのリメイクがウケるかウケないかは、今後のアニメ業界の潮流に大なり小なり影響は与えそうである。 「機械じかけのマリー」 5→5 まだまだ続く、「ただひたすら甘々な青春カップルを見守る」作品の4本目。いや、今作はだいぶ波瀾万丈ではあったからそこまで甘々ではないのかもしれないが……共通要素としてどれもこれも「最初からほぼ両思いやんけ!!」みたいなノリがあるので、どうにもヤキモキさせられますね。 今作はそんなラブコメ作品の中でもトップレベルに現実感の乏しい作品。何しろ最初から最後まで「人間をアンドロイドと思わせる」というひとネタだけで引っ張っているのだ。まぁ、当然それだけでお話が引っ張れるわけもないのでアーサーの方も中盤過ぎに「ロボじゃないんかい!」に気づいてしまうわけですが、その後のすったもんだとか、「お互い正直に言えば解決する部分やろがい」と思う部分を多少強引にすれ違わせてお話が進んでしまうため、多少のモヤモヤは残る作品である。でもまぁ、1話目の設定からして「無茶なギャグやで」という意思表明はできてるわけで、そこに真面目にツッコむのも野暮でしかないとは思うけど。 1話目時点で「僕の妻は感情がない」の逆バージョンみたいだ、なんて引き合いに出したが、今期は同時進行で見ていたせいか「転生悪女の黒歴史」のノリの方がむしろ近い気はしたわね。「分かってる」メインヒロインが色々と秘密を隠そうとしてドタバタしながらも小憎らしいラブを育んでいく設定と、ヒロイン周りのトンチキ具合がなんとなく重なっているというだけなんだけど。ほんとに1ネタで引っ張ってる割には案外ドタバタの方向性は広くて、ことにマリー2がちゃっちゃと加入したおかげで現実ラインがグッと引き下がり、「なんでもあり」になったのでギャグの回し方はかなりやりやすくなった印象。メタ発言で「ラスボスが早くも登場」って言うてしまってたしな。霊長類最強クラスってんでマリーが駆り出されてるのに、その存在意義全否定のマリー2がすぐに出てくる構成、ぱっと見には意味分からんのに話として成立してるのちょっと面白い。 映像部分は正直「可もなく不可もなく」レベルではあったが、あんまり線の多い画風でもなし、これくらいのクオリティでだらりと見られるくらいでちょうどいい。「最終的にマリーが可愛くなればそれでいいんだろ?」って部分はしっかり心得ていたみたいだし、それをダイナミックに補強してくれる奈央坊ボイスのおかげでヒーリングミュージックみたいな付き合い方させてもらってたので余計なまでに気楽ではありました。奈央坊&あみっけで歌うエンディングがとてもお気に入り。この2人のデュエットって何気に貴重だったよね。 「終末ツーリング」 5→4 これで「放送終了です」と言える胆力はすごいと思う。ありがたくはないけど。 新番チェックの時点で「よく分かんなかったから保留」という評価を下したのだが、なんとまぁ、その保留が最後まで続いてしまった「死ぬまで保留する」作品となってしまった。いや、ハナから未完の作品だってのは分かってたんだけど、ここまで何も明かされない作品だとは思ってなかった。 まぁ、結局これまた最初に感じた通り、今作は「終末」はあまり重要な要素ではなくて「ツーリング」がやりたい作品なのだろう。「旅行が描きたい」というよりは、ほんとにバイクの方が描きたかった感が強く、バイク関連の話をしている時の解像度だけが明らかに上がってイキイキしていたのはちょっと面白い。単に女の子2人で観光名所を回っても大したヒキにならないため、わざわざ日本列島を「終末」でデコってみたらこうなりました、みたいな制作理念なのかもしれない。 もちろん、終末なんてものはスナック感覚でさっくり作っていいもんじゃないわけで、「終末に至る理由」をちょっとずつ作品に混ぜ込んで不穏さ、物寂しさを掻き立てていくというデザイン自体の意義は理解できる。オタクが好きそうなモチーフだし、実際に私だって「これ、どういうオチになるんだろう」ということが気になったからこそ最後まで視聴してたわけだし。ただ、おかげで「分からんのかい」という結末になってしまったら不満は残るわけでね。2人の主人公のバックグラウンドに理解が及ばなかったら、そりゃ長い長い珍道中にも身が入らないのはしょうがない。「ついていけなくなる」リスクを取った構成になっている上で、1クールの放送ではあまりヘッジできなかったというだけの話である。 ただまぁ、そうして「切り捨てた」部分はあるにせよ、作品全体の統制は効いている。(なんでか分からないけど)荒廃した日本列島の雰囲気は何かしらを感じ取れたし、終末なりの楽しさを感じる少女たちというモチーフ自体が「見たことのないもの」なわけで、文句は言うもののこっちだってどういう描き方が正解なのかは知る術もない。そうしたふわふわした状態での1つの試案として、今作はやりたいことはやり抜いたのではなかろうか。ただ純粋に、私がそこにあまり面白みを感じられなかったというだけの話である。まぁ、バイクに一切興味がないからな……。 来週で終わっちゃうのかぁ……第12話。ほんとに「善い」お話なのでお別れは寂しいなぁ……。 私という人間は、基本的に性善説を信じたい人間なんですよ。そりゃエンタメにはいろんな刺激が必要だから悪い話も酷い話も喜んでいただきますけど、こうしてほんとにただ「善い」話を身に受けている時の多幸感っていうのも格別なものでして。世界はこんなふうに、笑顔の絶えないものであってほしいとは思ってるんです。ほんとだよ。 Aパート、想定外で始まった2つの宴会のお話。まずはチーム滝沢による色々おめでとうパーティー。滝沢センセ、今回集まった3人以外にもこれまでたくさんアシなんて使ってると思うんだけど、わざわざこの3人で集めたってことは、うまいこと業界で生き残れたこの3人の「弟子」たちをそれなりに特別に感じてくれてはいるのだろう。面識のない梨田&早池峰を集めたあたり、別に1人1人に気ぃ遣ってるわけでもないだろうし。そうして改めて「うまくいってる」ことを確認し、互いの健闘を称え合いながらこれから先の未来に繋いでいく。良き指導者ですよ。まぁ、自宅とはいえ今時室内でスパスパ煙草吸うのだけはどうかと思うけど……多分、滝沢アシ時代の双見もめっちゃタバコ臭い服で帰ってたんだろうなぁ。 そんな滝沢先生が唱える「縁」の大切さ。この世界には基本的に悪人がいないので、みんなそれぞれに出会いは善きものであるはず。双見は真っ先に佐藤さんの名前を挙げていたが、はーさんだって欠くことのできない大切な出会いだったろうし、ねこのてさん、塔子さん、はーさん姉、そして梨田に至るまで、あらゆる恵まれた出会いの果てに今この場にいる。そんな当たり前を改めて実感する機会を与えてくれる滝沢先生にはちゃんと感謝しないとね。梨田、お前もだ。 時を同じくして、うっかりミスの佐藤さんは双見宅ではーさん・塔子さんとの3人女子会。彼女が語る双見との出会いの顛末は誰がどう見ても「純愛」には違いない。こっちもこっちで出会いの大切さをしっかりと噛み締めているし、なんならはーさんの大切さも噛み締めている。こういうコネクションからはーさんが将来的に独り立ちするための「出会い」につながっていくといいですね。 Bパート、そんな佐藤さんが伝え忘れていたのか、単に双見が記憶から消去していたのか、突発のように見えて予定通りだったらしい、双見の地元・岩手でのサイン会。そうか、岩手出身だったのか。ちなみにねこのてさんが青森在住らしいので、移動距離だけで言えばねこのてさんの方が圧倒的に楽なイベントだったな。 最初はコミュ障拗らせてイヤイヤしてた双見だったが、この子はいうてもコミュ障がそこまで深刻ではないので、いざイベントが始まったら最低限の対応はできる。そして、そんな双見の目の前に広がるのは、作家として世に創作物を発表している人間からすれば一番幸せな「自分が認められている」光景。ファンばかりが集まるのだから当たり前ではあるが、以前の「書店で本を買ってもらえた」の100倍規模の多幸感、そりゃ自己肯定感アゲアゲで最高の舞台には違いない。まぁ、佐藤さんから「漫画にステ全振り」という太鼓判(?)を押されている双見のこと、やっぱり作品自体はめちゃ面白いのだろう。サイン会で盛り上がるファンたちも嬉しそうである。 そして最後にはさらに双見の人柄が見えるエピソードを1つ追加で。ファンがいてくれるからこその商売なのだから、そのファンに優しくなれるのは当然のこと。でも、きっと双見はファンじゃない人にだってこういう対応ができる人間なんだろうね。書店やイベント関係者の皆さんも嫌な顔一つせずに双見の提案を聞いてくれた。いろんな人の善意で、この世界は回っていくのだ。どうか、笑顔を絶やさずに。 「野原ひろし 昼メシの流儀」 4→4 なんか一部界隈で不思議と話題になっていたらしい作品。ただ、残念ながら私にはその理由がよく分からない。 DLE制作に任せた時点でハナから通常のアニメとは戦う土俵が異なり、作画が云々みたいな話はあまり意味がなくなる。そういう意味ではうまいこと逃げた部分もあるし、そこまでコストをかけたくないアニメ制作の一手法としてはうまいことやったとは思っている。古く勃興の時代には完全に1枚絵を動かす紙芝居形式だったDLEも現代はCGモデリングを使うことで(どこか気味悪く)動くようにもなっているし、この作品をアニメ化する上で必要な要素は案外これだけでも足りている。新番チェック時点で言及済みだが、「飯アニメ」の矜持を保つために食品だけは実写を取り込んじゃうっていう割り切り方も上手い判断だっただろう。ただ、いうてそれだけである。 個人的には「お話を味わうだけならこれで充分」というDLE作品であるならちょっと前に放送された「ヒューマンバグ大学」の方が絶対に面白かったと思うのだが、そっちが話題にならずにこちらだけが話題に上がるというのはやはりスタート時点の知名度の差ということになるのだろうか。おそらく「ヒューマンバグ大学」はそもそも触れてすらいない人も多いだろうし、こんな形でも奇妙な「原作力」の差は表れるものである。ただ、別にこの原作だってわざわざアニメにしてみたいものかと言われたら余裕でノーであり、食漫画としても、ギャグ漫画としても決してレベルは高くない。 これで原作の原作である「クレヨンしんちゃん」の面白さに依拠している部分があるとするなら、そちらにノータッチの私には分からない部分に面白さが潜んでいた可能性はあるのだが、雰囲気から察するにそうした要素はかなり少なそう。となると、残るのは大したことない「孤独のグルメ」の焼き直しの焼き直しみたいなグルメ漫画と、ネタ回しがずいぶん昭和くさいギャグ漫画である。作中では変な女の子をメインにしたアンジャッシュコントみたいなパートが目を引いたりもしたが、そういうネタ回しのやり方がさっぱりこなれておらず、残念ながら笑いに繋がる部分はほぼゼロといった状態である。まぁ、だからこそこの画でやり過ごすくらいの扱いなのだろうが……。 まぁ、こちらの方向性も今後のアニメ業界が生き残るための1つのルートではあるのかもしれない。でも、世のオタクが全て低予算アニメで満足するようにはならないだろうからなぁ。 可愛いの大渋滞、第11話。なんかもう、画面見ながらずっとニヤニヤしちゃうだけのアニメ。たまに変な声も出ちゃうくらい可愛い。普段から可愛いのに猫まで出てくるとコンボが強すぎる。 Aパート、「吸血鬼ちゃんと反省会」。冒頭「最近石川さんに頼りっぱなしだ」と猛省する大鳥を見た時点ですでに「善い奴すぎるだろォ!」と叫びたくなる。ほんと、この主人公は何を言っているんだ。以前からこのアニメは「阿波連さん」とよく似ていると思っていたが、ある意味で大鳥はライドウすら超える黄金の精神を持っているのかもしれない(あいつの輝き方は別次元だが)。そして、そんな大鳥に負けず劣らずの善性を誇るのが我らが月菜ちゃんなわけで。美少女の涎まみれの髪の毛なんて、単なるご褒美ですやん。いや、本人からしたらイヤなのは分かるけども。「よだれ」って可愛く言っても別な表現だと「体液」ですからね。これはこれで距離感バグってるダイレクトコミュニケーションですよ。 そうして2人であの日の夜のことを思い出しつつ、次に向かったのは打ち上げのお好み焼き屋。アニメの高校生、お好み焼き屋大好き説(前クールの「ブスに花束を」など)。みんなでそれぞれに作って分け合うなんて文化、私の周りにはなかったなぁ。そしてクラスみんなの打ち上げの座席で「女子3:男子1」で平然と座れる大鳥とかいう化け物。いや、クラス全体でもすでにこの配置はデフォなのだろうが……冷静に考えると思春期の男の子でこれを平気でやれるのって結構すごくない? そして、その座席がベストだという現実もすごくない? お好み焼き屋でのあれこれは月菜が全部可愛すぎて悶絶したが、最終的にその可愛いビームが全部楠木さんに叩き込まれることになり、今回は楠木さん大崩壊。その後の猫カフェも含めて、だいぶ大きく月菜との距離感も変わったんじゃないでしょうか。猫カフェという黄金郷(エルドラド)においてもまだ可愛さを失わない月菜の強さよ……まぁ、結局可愛さの種別が「小動物」ってことなんだろうけど。猫カフェの猫は基本的にこっちから抱っこしにいけないから気をつけろよ。あの着ぐるみは楠木が一晩で全部こしらえたんでしょうかね。 Bパート「吸血鬼ちゃんのサプライズ計画」。まさかの大鳥と月菜が離れ離れになるエピソード。普通のラブコメなら「何かちょっとしたすれ違いから喧嘩になって……」みたいな展開になりそうなものだが、今作では離れ離れになる理由も全部甘々。互いの新鮮さを増すために距離を取るという、倦怠期のカップルみたいなことをやり始めたわけだが、これが天変地異クラスの不具合を起こすってんだから、もう2人の共依存は病的なものになっているということ。人はそれを愛と呼ぶ……のかどうか微妙なところだが、クラス全員からのストップが入っちゃうくらいに見てらんない。そもそも「距離を置いたらサプライズが新鮮に」も意味わからんしな。それにしたって「月菜が大鳥の血を吸えずに不調」は分かるが、大鳥がシナシナになるのは意味わからんけどな。イマジナリー月菜を抱えてないと精神の失調をきたすレベルの依存度ということは、今後の人生で月菜と離れ離れになったらマジで命に関わるぞ。 ということで、もうこの2人に関してはEver Afterであるが、次回でまさかのパパン登場。「娘はやらん」とか言い出す展開だったらどうしよう……いや、でもあのママンの様子を見ると、多分父親も割とポンコツ寄りな人物な気はするんだよな……。 |
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声優のこと全般
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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