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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 いざクライマックスへ、第9話。ぼちぼちどのアニメも締めに向かって加速し始める時期。今作も容赦なくシリアスにムチが入ります。

 前回感想をお休みした回がまさかの温泉回。いや、ルークの告白回だったわけですが、これに前々回の現世パートも絡めることによって、ようやく世界の全貌というか、今作の目的が見えたように思う。いや、誰のどんな意思が働いているかなんてのはさっぱり分からないが、作品のコンセプトとして一番大事なのは当然広瀬ナツ子という主人公の成長。現実世界では類稀なる才能を武器にアニメ業界で躍進したナツ子だったが、いざ「初恋」というテーマを投げられたところで人生経験の浅さが露呈。散々悩んだが解決を見出さないままに突然死。どういうわけか転生したのは彼女の人生を左右した「滅びゆく物語」の世界で、そこで彼女はアニメーターとしての自分の限界と向き合いつつ、さらに過去に憧れた勇者ルークとの交流を経て、いよいよもって「初恋」を知るに至る。こうしてみると、この世界は実に残酷ではあるが、全ては「ナツ子のための世界」としてお膳立てされている。

 しかし、そこに独りよがりな感情があるばかりでは説得力に欠ける。そこで今回はルーク目線での総集編的な内容が挟まれ、彼女がルークに対して一方的に憧れや羨望を持っているわけではなく、きちんと「1人の人間」としてルークが存在しており、その彼が自分の意思で彼女に好意を寄せているということが保証される。「アニメキャラとの恋愛」なんていうとどうにも虚しいもののように感じられるが、今作におけるルークとの関係は「創作物への憧れ」にとどまらず、きちんと人対人の感情のぶつかり合いがあるということだ。つまり、ここでルークとの関係性にきちんと向き合うことができれば、万一ナツ子が現世に戻れた場合、大きな「初恋」という武器で再び戦えることを示唆している。

 しかし、それはあくまでナツ子の都合だけを想定したむしのいい話でしかない。この世界は引き続き「滅びゆく」世界であり、監督鳥は「全修」を拒否して「目指すべき結末」へと突っ走っている。すでにあらゆる部分がナツ子の「修正」を受けてしまっているためもはやシナリオは機能していないのだが、どうやら今回のニュアンスから察するに、監督鳥の最大目標はタイトル通りにこの世界を「滅ぼす」ことではあるようだ。ルークが超空洞ヴォイドそのものであるというトンデモなオチが必須かどうかは分からないが、なんとかルートを操作してこの世界が助からない方向へと運命力を働かせている。これはおそらく、「この世界は滅びねばならない」という監督の強い目的意識(美意識と言い換えてもいいかもしれない)がそうさせているのだろう。そのためにはナツ子の「修正力」を上回る力で滅びへと向かわせる必要があり、手っ取り早い対策として「ナツ子の作画」をそのままパクった新たな敵をぶつけることで打破しようとしてきたわけだ。

 その結果、運命はさらなる修正を経て「ユニオの自爆魔法」のくだりまで強制的に引き戻される。やはりシナリオを考えた時、ルークを「堕とす」のに手っ取り早いのは仲間の死だろう。まぁ、このあとデステニーとの関係性はなかなか既定路線に戻せないのでその辺りもアドリブで考える必要はあるだろうが、とにかく多少の齟齬を孕みながらも「滅びルート」に引き戻すことに成功。ナツ子は「モノマネでしかない自分の作画」をさらにモノマネされてしまい、どこかで殻を破って「オリジナル」を生み出さなければいけないという試練に直面する。それは作画作劇もそうだろうし、この後に「滅びゆく物語」をより納得いく形へと「全修」するための構成力も求められているということ。果たしてあの頑固な監督を納得させる結末を紡げるのだろうか。

 そのためのきっかけの1つが、今回のQJであろう。本来ならユニオから消えていくはずだったナインソルジャー。様々な要因が重なり、その犠牲はQJにスイッチした。これももちろんナツ子の修正の影響だろうが、少なくとも未だ本来のシナリオからは「ズレて」いる状態。監督がこの状況を美しいと感じるかどうかは分からないが、今後のルークの反応や世界の人々の動きになんらかの影響は与えるだろうか。そして、ナツ子は新たなステップに踏み出し、「自分の世界」を生み出すことができるだろうか。

 
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 祝! シーク星人にも声がついたぞ! 第19話。いや、別に誰も喜んでないとは思うけども。ちなみについでにスカルボーズもしゃべってるんだけど、こっちはキャストロールに表記なし。おそらくカレクック役のトネケンの兼ね役だと思われる。次にスカルボーズがしゃべるチャンスがあるとすると、マジで原作が今やってるパートまでこないと多分無理。

 さて、感想書かなかった前回でニャガさんが退場したり、ウォーズマンがようやく出てきたりしていたわけだが、飛ばし気味だった原作消化速度が少しずつゆっくりになっており、なんと今回は1期から通してみても多分初、原作3話分を消化しないスロー展開。今回の中心はロビンマスクという男の成り立ちなわけだが、どうもそこは徹底してねっちょりやりたかったようである。まぁ、人気キャラだし、彼の成長を描くことがキン肉マンという主人公像を掘り下げる役割も果たすのでここで時間を使う意味は分かるのだが、超人拳法修行がちゃっちゃと流されたラーメンマンやマーベラスがちょっと不憫。まぁ、あっちは「設定」だけど今回は「史実」だからね。その辺りに扱いの差ができるのはしょうがないところか。

 超人オリンピックの話から「3度の敗北」を全て赤裸々に語って聞かせるロビンマスク。ネメシスさんたちは下界の超人たちの調査にも余念がない連中なので流石に知らんとも思えないのだが、ロビン目線からそんなことはわかるはずもないのでだいぶ長い自分語り。このロビンの訴えは原作ではめちゃめちゃいいシーンになっていて、個人的には最後のキン肉マンの締めの台詞「格好いいのうロビンってやつは」は屈指の名台詞だと思っている。ただ、あれから時が流れ、ネメシスの正体が明らかになっている今になって改めて見ると……なんか、釈迦に説法というか、お前の苦しみなんて大したことないやろというか……似たような「エリート一直線」街道の男同士の会話だったんだよな。ただ、その違いとしてロビンは敗北を知り己を知ったが、ネメシスは残念ながら「負ける」ことが許されず、強いていうなら時代に敗れた影の存在。彼の人生にもキン肉マンがいてくれたら歴史は変わっていたのかも、というのは後になってネメシスたちも思うところではある。

 そうしてがっつり語られた大将格どうしのイデオロギーのぶつけ合い。結局はネメシスが聞く耳持たないので喧嘩別れに終わるわけだが、負けるにしてもやるだけのことをやっていくロビンの矜持は存分に見せつけている。こっからしばらくロビンはお休みタイムに入ってしまうので頑張って存在感をアピールしておかないとね。個人的に1つだけ気になったのは、何故か今回バトルシップシンクのインパクトの瞬間が描かれなかった。せっかくの大技でアニメ的にもわかりやすい見せ場のはずなのに、なんであんな演出になったのか。考えられる可能性としては①決着の時の画により説得力を持たせるため。多分これが正解だと思うのだが、一応②そもそもバトルシップシンクのネメシスの関節がおかしいのであんまりアニメで描きたくない。というのも考えてしまった。まぁ、今更必殺技の「嘘」なんて気にしないよな。ネメシスドライバーの時点で無茶苦茶やもんな。

 

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 今時あんな空いてる新幹線なかなかねぇよ、第9話。座席ひっくり返す人もなかなか見ないよな。いや、時期とか時間帯によるのかもしれんけど。

 などとどうでもいい話から入ってみたがとても良い回。いや、今作に関しては未だ悪い回は1回もないんだけども、今回も作品の強みが出たとてもよいお話だった。個人的に嬉しかった、というかホッとしたのは、いのりちゃんの怪我が全ての演技の後に出てきたこと。前にもどっかで書いたんだけど、わたしゃスポ根作品の「怪我でリタイア」展開が一番嫌いなんだよ。まぁ、ストーリーの要請上絶対に必要になるというか、一番手っ取り早くドラマを作ることができる素材なのであっちでもこっちでも多用されるのはしょうがないんだけど、純然たる実力勝負の世界において、「怪我のデバフ」ってのがあまりに便利に使われすぎててさ。作者側からしたら「どんな強い奴でも怪我で泣くことはあるやん」という免罪符として使っているのだろうが、受け手側からすると「どんだけ才能や努力でステータスを盛っても突発的な怪我で全部おじゃんにしちゃうじゃん」という部分が納得いかない。「そういうものだろ」と言われたらそれまでなのだが、どうしてももやもやが残ってしまうのである。

 その点、今回のいのりさんは演技に全くデバフがかからず、100%の状態で試合を終えた後に付随的に「怪我のドラマ」が描かれたおかげでストレスフリー。いや、当のいのりさんからしたら「一番大事な夏休みに練習できないってものすごく焦るんだけど」というストレス要因になっちゃうだろうけど、まぁ、それこそドラマの一部と取って飲み込んでもらうしかないし、展開自体にそこまでネガティブな影響はない。むしろ司目線でコーチングの大きな教訓が得られたわけで、今後はいのりが怪我で泣く展開を描かれずに済むということだ(あと、多分スケート靴の管理もちゃんとしてくれるだろう)。そういうところで優しい展開にしてくれたのは本当にありがとう。

 あとはアニメとして見せるべきは2人の見事な演技。相変わらずのアニメーションだが、今回いのりと絵馬の演技を2本続けて見せてもらうことによって、アニメにおけるフィギュアの描き方のキーが1つ掴めた気がする。私みたいな素人からすると、ぶっちゃけジャンプやスピンの細かい違いなんて分かんないわけですよ。それこそアクセルとサルコウとルッツって言われてもピンとこないし、多分その演技の細かい部分で姿勢とか速度とか、微細な変化を描こうとしたってアニメには限界がある。おそらくCG処理の過程でモーションキャプチャーみたいな実際の動きの取り込みも行われているだろうが、それだけに「無限の実力差を持つさまざまな演技」のデータなんていちいち蓄積できるとも思えない。そうなると、実際のモーション以外のところで「説得力のある技術の差」を見せつけるためには演出が重要になってくるわけだ。

 ほんとに感覚レベルの話なので何がどうと具体的に説明はできないのだが、実際、今回のいのりと絵馬の演技は全く違う「雰囲気」に見えた。絵馬がその長身を活かした大きな演技で見せてくれているというのは問答無用で伝わってくるが、それは決していのりの演技が小さくまとまっているというのでもない。2人の演技の差を、実際のジャンプなどのスキルが関係ない「外側」の部分が脚色されており、ライティングや表情の付け方、カメラアングルの見せ方などでテイストの違いを表現している。この「素人が見てもなんとなく楽しい」画面こそが今作の真骨頂だ。

 そして、相変わらずいのりさんというパーフェクトまっすぐ女子小学生の格好良さ。自分のスケーティングで日々成長を続けているのも主人公属性として100点だが、彼女の場合はとにかく「上手くなること」への貪欲さが最大の武器になっており、他人の演技を見ても憧れたり、羨んだりするのではなくてそこから1つでも何かを盗み取ろうとする姿勢が一貫している。絵馬の必死の演技を見て出てきた「1回で上手になったスケートじゃない」っていう表現は的確で、しかも謙虚ないかにもいのりらしい一言。まっすぐなスポ根の良さが出ているシーンだった。

 さぁ切磋琢磨、いろんなキャラがわちゃわちゃと出揃って、ステージは次の段階へ。……今期は彩紗ちゃんボイスのメスガキがいっぱい見られて幸せなシーズンですね。

 
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 死んでも推し活、第8話。最推しじゃないとはいえ、応援してたグループメンバーが死んだってのに悲壮感ゼロで盛り上がる音子のメンタリティやばいな……。

 話数的にも「起承転結の転」になりそうなお話。いつも通りにお客がやってくるところからスタートはしているが、話の焦点はそれぞれのホテルクルーへと向かっていきそうだ。ただ、もちろん今回やってきたアイドルの金子このみにも謎がないわけではなく、今作最大のギミックである「顔」が強固すぎるというのも気になると言えば気になる。一応阿鳥が「顔と名前が強固な生き様だったからじゃないか」という独自の推論を立ててはいたが、普通に考えればアイドルにとって重要なのは「外面と芸名」である。安易に考えたら「金子このみという仮面」をかぶっていてもおかしくないとは思うのだが……今の顔の下にもう1つの顔が隠れている、なんてのは流石にうがった見方か。まぁ、顔モチーフについてのギミックはここまでちょこちょこあったし、今回は音子ちゃんたちクルーに時間をかけるためにさっさと正体を見せただけなのかもしれない。

 アイドルグループの裏の複雑な事情を見せられても推し魂がブレない音子ちゃんはそのあたりにこだわりがあるんだか無いんだかよく分からないが、とにかく金子の未練を晴らすためにライブしましょうという強引な流れ。どんな楽曲かは分からないが必要な楽器はドラム、ピアノ、そして管楽器とのこと。変な構成だなヲイ。そんでたまたま支配人がドラムできるのすごいな。あんなもん「少々」できる楽器じゃなかろうに。まぁ、最初から「ピアノとサックスに狙いを絞る」布陣になってるからしょうがないけども。

 まずはピアノ。狙いは当然のように大外に絞られ、音子ちゃんは渾身のトランプスキルで大外から一本取って見せる。「トランプへの反射神経が異常」というよく分からんステータスが明かされたわけだが……まぁ、これは流石に伏線ではないよな。単に一人遊びが得意なオタクだった可能性はある。なんにせよ大外に土をつけたのは偉い。ただ、負けても不穏で不遜なのが大外という男でね……音子の本質を「こっち側」だと指摘し、何やら意味深な話はずっと続けている。彼がこのホテルに残った動機の1つに音子ちゃんへの興味があるようにも見えており、彼女の暴くべきパーソナリティのどこかに、何か黒いシミでもあるかのようだ。「迷ったらやる側」という大外の評価、これまでの音子の物おじしない態度から妙に説得力はあるんだ。ちなみに大外はあんなスカした発言をしれっと繰り返してはいるが、その実女子高生の私室に忍び込んで私物を漁る単なる変態である。現世だったら確実にポリ沙汰だが、音子ちゃんはその程度で許していいのか。

 そしてサックス担当は当然阿鳥の予定だったのだが、どうにも気乗りしていない様子。彼に対しては音子も遠慮なく「踏み込みすぎて」しまうわけだが、どうも阿鳥がサックスから距離を置いていることは、彼がこのホテルに残り続けていることと繋がっているようではある。サックスを演奏する・しないで分かれる阿鳥の今後。そしてアイドルライブを生で見る・見ないで分かれる(かもしれない)音子の今後。音子はいつでも飄々としてるもんだからあんまり死生に関わる緊迫感が無いのだけど、彼女が生きるにしろ死ぬにしろ、そのきっかけになるような出来事ってこのホテルで起こるんでしょうかね?

 そうそう、これまでずっと不穏な謎に包まれていた切子だが、今回瑪瑙さんから「あんたがいたところはいつも騒がしいから」という情報が出てきた。……イメージだけで想像すると、こいつ地獄から出てきてるんじゃないか? 埒外存在だとすれば妙なマジックアイテムを持ってた理由も説明できるし……。

 
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 ん? 高橋李依? 第20話。エンドロールでりえりーの名前出てきてびっくりしたけど、あれか、アバンでおでぶちゃんが背負ってた箱から聞こえてきた声がりえりーなのか。ってことは1期でやられたと思ってた蜘蛛ねーちゃん(ニヒロ)ってまだあの状態で生きてるってことなのか。……どうやって負けたんだっけ?

 よりによって感想をお休みした前回が随分なトンチキ回だったもんで色々とツッコミ機会を逃してしまったが、簡単に確認しておくと前回は2人のNew Challengerが追加された。Aパートが凍れるドラゴンおばちゃんルクノカさん。「タルキールっぽいけどこの人はアタルカじゃなくてどっちかというとオジュタイっぽいな」とか思ってみてました。そしてBパートが前からずっと気になってたスライムのサイアノプ。「異界の図書を熟読してるよ」っていう設定だから頭脳労働者かと思ったら職業タイプが「武闘家(グラップラー)」なの笑っちゃったよ。なろうワールドでもフィジカルを売りにしてるスライム戦士ってなかなかいないよな。しかもCVがグリリバさんって、マジでなんなんだよ。一応次元でいうとウーズなのでムラガンダっぽいと言えなくもないが戦ってた犬戦士たちはアモンケットっぽくもあった。

 という状態から今回のお話。1話1話しっかり閉じてるから1回くらい飛ばしても見やすいのは助かるが、今回のアバンみたいに「あれ、なんか繋がってる!?」という要素が出てくると過去の記憶(特に1期)は飛んじゃってるので大変だ。まぁ、りえりーボイスの謎は次回以降に解決すると信じて、今回のタイトルにも出ているウハクの物語を確認しよう(ウハクはCV稲田徹って書かれてたんだが、今回一言でも声を発したっけ?)。

 ついに出た、超絶カウンター持ちのクリーチャー。最初は聾唖なのがディスアドバンテージなキャラなのかと思っていたが、彼が聞こえていなかったのは「詞術」らしい。この世界における魔法的存在「詞術」について私はいまだよく分かってないんだけど、なんか使うと独特なエフェクトが発生するので、「まぁ、そういう魔法」くらいに受け取っている。ちょっと前にロスクレイさんが他人からスピーカーで借り物してたことから、大切なのは音なのか、詠唱することそのものなのかは良く分かんないけど、とにかく何かを「詩」にする必要はありそうな技術だ。そうして世界を言葉で支配する「詞術」の一番やばいのが、多分1期で出てきたチートキャラのキアだったんじゃなかろうか。

 まぁ、そんな「詞術耐性」を持つ特異なオーガであるウハク。生きるのに不自由していたが、他者との交わりがないというのはこの世界では武器にもなるらしい。突然暴れ出した巨人さん(CV明乃)のおかげでその性質が明らかになった。ウハクさんからしたらせっかく言われた通りにしてただけなのに、人間の勝手で自分が善くされたり悪くされたり、いい迷惑だけどあんまり干渉されないのでまあいいやの精神。かろうじて交流があった婆さんの言うことを聞いて、よその教団(?)関係者のところに身を寄せ、なし崩し的に勇者候補にされてしまったようだ。多分本人には全く野心がないと思うのだが、果たして参戦もモチベは上げられるもんだろうか。こいつが大会に出てくれば無敵だと思われてたキアに対する強烈なカウンターになるのだが……別にぶつかる理由もないんだよなぁ。

 今回のお話でちょっと面白かったのは「巨人」と「オーガ」ってやっぱ違う種族なんだよな、という部分。まぁ「人」と「鬼」なんだろうけど、サイズとか見た目とかは割と似てるんだよな。すでに巨人の勇者候補にメレがいるわけだが、今回出てきた女巨人さんとメレを比較すると、メレの方が随分規格外のサイズだった気もする。巨人によって大きさってそんだけ違うもんなんだろうか。単にメレがクソでかいだけか。MagicでもOgreGiantは明確に違う種族なんだけど、物語としての差分は「話が通じるか否か」くらいのもんで、今回は皮肉にも巨人の方が詞術のせいで話の通じない存在になり、まだウハクの方がコントロールできちゃったってのがなんとも寓話的である。ちなみに「僧侶属性のオーガ」というとオナッケのオーガのイメージなのでウハクはシャンダラーっぽいな。いや、無理やりでもMagicの次元と紐付けといた方が理解しやすいんよ。

 そして最後には何故か婆さんのところに無敵天使マイスターのクゼさんが登場。事前に思い出シーンで彼が「教え子」であると言われていたが、婆さんのいう「教団」ってこいつも関わってたところなのか。いまだにその辺の設定はよく分かってないが……ここからちょっとずつでも1期キャラとの絡みは増えるのかしら? まだ次回は新キャラみたいだが……。

 
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 今期りえりーヒロインはウォーハンマーがよく似合う、第62話。まずは1局の終焉。ここが最初に幕を引くのは意外ではあったが。

 対レグルス戦、そのキーとなるのは当然相手の権能の看破だったわけだが、なんかよく分からんうちにスバルが読み解いてしまったらしい。……いや、視聴者目線だとまだよく分かってないんだけど……まぁ、ざっくり言うと「魔界大冒険」ってこと? 後半に使ってた「時を止めて心臓を維持する」能力と「他者に心臓を預けておく」能力って地続きのものなのかしら。なんかよく分かんないけど……とにかく「囲ってる花嫁全員の心臓を止めれば無敵が解除される」という認識らしい。スバルはどの辺からこんな意味不明な能力に気付いたんでしょうね。「レグルス」の名前も含めて、別にヒントはなかった気もするが……まぁ、かつて何度か権能を相手に戦ったことがあるスバルはその辺の勘が鋭かったということにしておこう。

 一度看破してしまえば、花嫁の心停止に「氷の魔女」の能力を使うところはそこまで難しい発想ではない。結局その後のステゴロも含め、だいたいのことはエミリアがやってくれるのである。まぁ、スバルもあれだけフィジカルに差があるレグルス相手によくも逃げ切ったものだとは思うけど。スバルも言う通りに舐めプの結果なので、ほんとにギリギリのラッキープレイだったことは間違い無いぞ(いや、死んでも別にいいんだけど)。レグルスも、最初に出てきた時にはもっとあっさり殺しにきてたと思うんだけど、下手に煽られたせいか、やたらお行儀よくスバルの無駄口を聞くようになっちゃったよな。即死技しかないのにあんまり緊張感の無いバトルシーンであった。

 そうして「なんかよく分からん権能」「スバルのいつも通りのイラつく煽り口調」などの気に食わない要素はありつつ、今回の結末で「やっぱ石田彰は格好いいな」ということを改めて確認。レグルスは格好良くないよ? 今作は貶めるキャラを徹底的に貶めちゃうのでほんとにダサくて格好悪い死に様にはなるんだけど、あの天下の石田彰が、ここまで格好悪いキャラを徹底してダサく仕立て上げられるのってやっぱりすごい。どう考えても嘘くさいキャラじゃん。ていうか嘘じゃん。こんな奴いるわけないし、こんな奴のこと見ていたいとも思わないはずなのに……なんか魅力を覚えてしまうのはなぜなんだろう。最後の最後までやり切ったキャラの生き様(死に様)に満足してしまうのは何故なのだろう。情けない状態のままでひたすらアキラ節が繰り広げられる最高のエンタメ。アフレコ現場はさぞ盛り上がったことだろう(本人が盛り上がってるかどうかはしらん)。もう、そこだけで満足ですわ。

 さて、これにてようやく大罪司教が1つ落ちた。残りの話数で、ちゃんと全部討滅できるのかしら?

 
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 やはたァ……とがわァ……みすみィィィィ……祐天寺! 第9話ァ!!! 視聴者の多くは同じような状態だと思うんですが、ここ最近の私は、このアニメのことを反芻してるだけで1週間終わります。なんなのこのコールタールみたいなアニメ。

 どっから突っ込んだらいいかも全くわからないんですが、結局若葉睦を中心に物語は回っています。ややこしいのは中心にこいつが鎮座しているせい、そしてそれに対して祥子が未だ正しい対処法を見出していないせい。でもそれはしょうがない。誰も正解なんて分からないんだから。

 多少強引だが単純化するために二極化させると、現在「CRYCHIC復活派」と「Mujica再生派」の2派閥に分かれて、本当の意味での修羅場を演じている。こんなに「修羅場」という言葉がしっくりくるアニメは初めてだよ、という程度には修羅修羅している。そしてそれぞれの主張には恐ろしいほどのエゴが込められており、当然簡単に解決などできるわけはない。

 CRYCHICMujicaという2つのバンドをどちらも生み出した諸悪(?)の根源、豊川祥子から考えていこう。彼女については、「クソ親父を切る」という選択さえできれば一応問題は処理できる。168億が無ければMujicaを始める必要すらなかったわけで、このアニメも存在しなかった。かつては親父を最優先にしたおかげでCRYCHICが解散する羽目になり、我が身を引き裂く思いで離れたバンドの「全てを忘れ」、父親を救うための存在がAve Mujicaだった。しかし年端もいかぬ少女に出来ることなどたかが知れており、夢は潰えてMujicaが空中分解。無理が祟って後に残ったのは2つのバンドの亡骸だけ。何も出来なかった祥子は弔いだけを考えていたが、「Mujicaの消滅=親父の放棄」なので、まずは父親との縁が切れる。現時点で、祥子が父親をどうこうしたいという意識は表れていない。

 するとこの時点でややこしいことに「CRYCHICの復活」は選択肢として復活する。そして彼女には「バンドを殺した」という負い目があり、「CRYCHICの壊滅」については、元メンバーのほとんどがMyGOという拠り所を(あれだけの苦労を伴って)生み出したおかげである程度の禊が済んでいる(長崎が冷たい目でこっちを見ているが)。ただ、彼女の最大の傷は若葉睦という最大の理解者を「壊して」しまったこと。睦を壊した原因であるMujicaを再生させるなどという選択肢があるはずはなく、現在は「睦のために」CRYCHICをやり直したいと考えている。動機が完全に他者にあるというのは、これまで己のためにのみ屍を重ねてきたことを思えば当然の末路か。

 転じてその若葉睦はほんとにややこしい状態。睦自身はそこまで難しい話ではない。実は彼女も最大の動機は「祥子の幸せ」であり、「祥ちゃんが苦しむ」というただ1点においてMujica再生は選択肢にない。そしてCRYCHICのやり直しも「祥ちゃんが救われるから」なわけだが、ここだけが少し問題で、睦と祥子はCRYCHICの再生の動機を互いに依存している状態にある。つまり、お互いに「わたくしは別になくても大丈夫ですわ」「私も」という対話が成立すれば、まぁ、ぶっちゃけCRYCHICはなくてもいいのである。まーそもそも長崎そよはあれだけの仕打ちを受けてCRYCHIC復活の夢をメタクソに潰されたわけだし、「昔とは違う」の一言で済ませてくれたのは彼女の最大の優しさとすら言える。また、ご丁寧に祥子を思って「CRYCHICの詩」を書こうとした燈は、もう「CRYCHICの歌」が作れなくなっていることまで提示されている。まぁ、そのことを指摘したのが審判として全く信頼できない三角だったわけだが……おそらく燈もそのことは薄々分かっていたはずだ。改めて確認するが、やはり「CRYCHICの再生は無い」のである。

 さて、転じてMujica再興派の戦力はどうなっているか。まず、その筆頭になったのが前回飛び出した「面白すぎる女」八幡海鈴。彼女のクレイジーっぷりは散々迸っていたわけだが、正直、何が彼女をそこまでさせるのかはまだ分からないままだった。「居場所になるバンドへの憧れ」は頭では理解できるが、これまで積み重ねてきた八幡海鈴の悪行を思えば、まだそれが本心だったのかは定かじゃない。この女に「本心」などというものがあるのかどうかすら分かっていない。しかし、今回の顛末でそれがちょっとずつ保証されていくようなヤな確実性がある。

 根幹にあるのは「居場所への羨望」。それは間違いない。しかし、そのために彼女1人でどこまで奔走するというのか。まず「モーティスへのギター講習」(正確にはエアギタープレイヤー仕草講習)を行い、バンドとしての体裁を整えるところから始めた。もう、この時点でこいつがおかしいことは分かるのだが、とにかく「入れ物」を作らないことには自分が「入れない」のだ。仮面を被ったお人形に慣れすぎた哀れな傀儡が、必死に糸をたぐろうとしている様子はあまりに滑稽である。

 そして半端な形で「モーティスは抱き込んだ」と判断し、続いてにゃむにも「信用取引」を持ちかけるが、祐天寺はどう足掻いてもMujicaを再開する動機がない。自分にとっては間違いない醜聞。「演じること」に対する余計なトラウマを植え付けた地雷。ストーカーじみた空気の読めない粘着を行うめんどくさすぎるベース。何が楽しくてこんなところに戻りたいものか。おそらく、祐天寺がMujicaに戻るとしたら、そこに「一番格好いい自分」がいないとダメだろう。演技では若葉睦に勝てない。それでも同じ板の上で「戦える舞台」があることに気づけば、もしかしたらにゃむは再び戦場へ戻ってくるかも知れない。

 しかし、残念ながらガラクタ人形の海鈴にそんな人間の心は分からない。都合よく(?)初華を取り込みついにMujicaの過半数を取り込んだと判断した海鈴は揚々と祥子のところへ。「睦がかわいそう」を最大の要素として取り上げる祥子に対し、「そんなん言うたらモーティスだって可哀想やろがい」というゴネを展開。まぁ、モーティスの言うことを全面的に信じるのであれば「Mujicaの消滅はモーティスの消滅」にもなりうるわけで、一応殺人の罪を訴えることにはなるのだが……それだってモーティスという幼い紛い物が勝手に宣っているだけである。祥子を引き戻す要素としては弱い。当のモーティスはというと、結局CRYCHICMujicaの間で揺れ動く睦との折り合いがつかず、「互いに殺し合っている」状態に。しまいには睦を封じて自ら「睦を演じる」というおもしれー最終手段に出るが、そんな大根芝居では野良猫に笑われるだけ。決して人間にはなれやしない。もっと根源的なところでの「統合」が必要である。それはつまり、「CRYCHICMujicaの統合」であろう。より正確に言うなら、「祥子と睦が幸せになれる形でのAve Mujica」。おそらく今作のゴールはそこになるとは思うのだが、おそらくモーティス程度の思慮ではそこに思い至ることはないだろう。

 そして、睦と祥子が必死に手を取りあい、なんとか自分の生き様を探す中、海鈴が涙ながらに自分の生きがいを求める中、にゃむがプライドをかけて生き方を定める中、誰の顔も見ず、ただただ狭い殻の中で嗚咽を漏らす人間が1人。さぁ、三角初華。いよいよお前の出番だ。

 海鈴のモチベーションがなんとも捉え所が無いのに対し、初華の願望は実にシンプル。そしてそれ以外にないためにただひたすら純度が高い。ANON TOKYOからの情報提供を受け、豊川祥子の紆余曲折を思い、その隣に自分がいないこと、そして、全く相手にされていなかったことを最悪の形で知る初華。ことここに及んで、RiNGに乗り込んだ自分の姿すら、祥子は捉えていなかったではないか。祥子はこれほどまでに自分を軽んじていたのか。いや違う。三角初華は、祥子からの依頼を果たせなかった役立たずだったのだ。「すべてを忘れさせて」というオブリビオニス(忘却)を、顕現させられなかった。だから捨てられた。家庭事情の話かと思っていたかもしれない。「忘れさせるべきこと」が世知辛い世の中の話だったら、楽しくみんなでバンド活動ができて、お金も稼げるMujicaがあればこともなしだと思ったかも知れない。しかし実態はそんなもんじゃなかった。祥子にとってCRYCHICは本当に大切で、後から割って入った自分が簡単に「忘れさせる」ことなどできなかったのだ。その最大要因だった高松燈の詩を改めて認め、祥子にこびりついたCRYCHICの残滓の重さを知る。

 ダメだ。自分と祥子が並び立つ場所はMujicaしかないのだ。衣装部屋にあった「オブリビオニス・廃棄」の文字列が深く深く突き刺さる。終わらせるわけにはいかない。どんな手を使っても、Mujicaを取り戻す。もはや「手段のためには目的を選んでいられない」。祥子がどうなろうと、それが初華の幸せなのだから。そのためには、八幡に存分に働いてもらわなければ。ドMの八幡、こいつはいい動きで祥子を追い詰めてくれそうではないか。あの仮面を、また被ってくれそうではないか。それだけで、夢が叶うなら。

「き〜〜んも」。

 
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 さぁ、ここからは歴史です(rest is history)。ちなみに「田村ゆかりのことをなんと呼べば良いのか」というのも悩みどころなんですよ。「ゆかりん」が定型なんですが、「俺あんまり使わんしなぁ」と思ってブログ内を検索したら、最近はさっぱりだけどブログ黎明期(今から10年くらい前)は結構使ってたわ。恥ずかしくなって使わなくなったんだろうか。どういう心理だ?

 


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 「上手くなりたい」、第8話。武田綾乃作品でそんなこと言われたら、そりゃもう橋の上をダッシュするしかないですが……どんなジャンルでも、女子高生は常に上を目指す。

 さて、一週お休みをいただいたもんで秋山周りのあれこれについては省略する形になってしまったが、まぁ、だいたい1話で1人ずつ問題は解決するし人間性も掘り下げられたのでよしとしておこう。前回分で一番びっくりしたのは花奈がやたら堂々と演技できていたことくらいである。元々朗読が好きな人間だし、ある程度「演じる」ことには慣れているのかもしれませんな。

 というわけで今回は、そんな秋山の縁もあってあの西園寺修羅の舞台を観に行ったところから。アニメ的には「日笠がガチでやった朗読(の演技)」を聞くことができる貴重な機会であるが、我々目線だと「日笠だ」というバイアスがかかるのでそれが純然たる西園寺修羅の実力なのかどうかはよく分かりませんね。その分、アニメではダイレクトに効果やイメージをぶっ込むことで「修羅の世界」を構築しており、花奈たちが舞台に何を思ったかはなんとなく窺い知れるようになっている。観覧時に瑞希が薄笑いを浮かべていたのは象徴的だったかもしれませんね。彼女にとっての修羅ってどういう存在なんだろう。また、冒頭の「上手くなりたい」の台詞が花奈から出てきたというのも当然といえば当然だがやっぱり新鮮。これまで「楽しくのんびり、好きな朗読を」というスタンスで生きてきた花奈は、杏に言われるまでは「競技としての朗読」に一切興味が無い様子だったが、いきなり頂点存在を見せつけられたことにより対抗心に火がついた。これはちゃんと杏によって下地ができていたおかげとも言えるね。なんもない状態でいきなり「上手い朗読」を聞かされても感心するだけで終わっていたかもしれないが、しっかり自分で努力を重ね、「技術」がある程度向上したところにぶつけられたからこそ打ちのめされることになる。それでも下を向かず、へつらわず、しっかりと「上手くなりたい」が出てくる花奈は芯の強い子だ。くだんの台詞の時、花奈はまっすぐ前を見ており、杏の方がやや伏目がちだったのは各々の生き様の表れかもね。

 とまぁ、朗読部門も発破をかけられた状態だが、今回は春夏秋冬カルテットの最後の1人、冬賀のお当番回。彼の属性は非常に分かりやすく、「大成しない完璧主義者」の類型と言える。いや、別に彼が何かを成したという認識もないので「その卵」くらいなのだが、物作りをする人間にはほんとによくある「もっとよくできるんじゃ」と言い続けてゴールに至らないというタイプ。いや、ゴールはしてたのかな。中学時代の思い出では上級生から勝手に完成形を出されて激怒しており、今回は誰かに邪魔されることもないが締切がギリギリ。このまま提出できなかったら杏の言うとおり「予防線張ってるだけじゃない?」と思われてもしょうがない。また、遊佐浩二ボイスで「なんか勘違いしちゃおらんか?」とか尋ねられたら人格全否定されたみたいな気持ちになっちゃうけど、やっぱりここでも先生たちの言ってることは正論。クリエイターは好き放題できる全能者ではない。あくまで他者に求められるものを求められる形で提出できて、初めて表現が成るのである。

 とまぁ、世知辛い話にはなってしまうわけだが……それでも上を目指したい若者の青い情動。それをうまいこと刺激して回してくれたのは今回も花奈だったし、名サポーターの箱山先輩もいい仕事をしている。

 「普通なんて嫌だ」という、これまた青っ白い若者の漠然とした反骨心は、どう足掻いたとてゴールに辿り着けるものではない。自分が全能者だと勘違いしているバカ、もしくは本物の天才だったらいいのかもしれないが、大半の人間はどこまで行っても凡人だ。「お前が思いつくようなことは誰かがすでにやっている」のだ。そこをはみ出そうとがむしゃらになることには、実は大した価値はない。しかし若者にはそれが我慢ならぬ。自分の中の「凡」を認めたくないからこそ、過剰に「普通」を嫌って袋小路への進んでしまう。まぁ、冬賀の理想はそこまで閉塞感のあるものではないが、一歩間違ったら今回も「成せずに」終わっていたかもしれないのだから綱渡りだ。周りの人たちの優しさに感謝し、なんとかして、ここから自分なりの特別、「オリジナル」に辿り着けるといいのだけど。

 なんだかんだで、とりあえず放送部全員がスタートラインに立った。あとはここからヒロイン勢が何を積み上げていくことになるか。「上手くなりたい」の先には「特別になりたい」があるわけだが……。

 
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