最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
実に一ヶ月以上の間が空いてしまったたほいや。昨年秋〜今年始めまでの狂ったようなペースを考えるとこの一ヶ月半というスパンは信じられないブランクなのだが、まぁ、みんな色々と忙しい時期だったからしょうがない。我々にも生活がありますのでね(去年の春だってそんなにたくさんはやってない)。この春から、ドラフト人口同様にたほいや人口も数を減らし、今後はどのように成立させるかが難しくなってくる。果たしてどうなるのか、この度は別れのたほいやになるや否や。
PR 「政宗くんのリベンジ」 5→4 番組後の格付けチェックは嫌いじゃなかったよ。へごのへごへごしい笑顔を見てるだけでなんか癒されるよな。 まぁ、普通のラブコメである。映像面は無難だったし筋立てもまぁ無難。取り立てて悪いところも良いところも見つからず、「ラノベってこういうものだよね」とするりと喉を通り抜けて後味を残さないまま来クールには忘れられていくという、そういう類の作品だ(本作はラノベじゃないらしいんだが)。よかった点をあげていくなら、まぁ師匠は可愛かった。おれ、最初のころずっと頭についてるやつが眉毛だと思ってたんだよね。よく見たら髪の下にちゃんと黒いのあったわ。なんであんなところにチョンチョンつけてるんでしょうね。あと、委員長の軽いノリもまぁ嫌いじゃない。いかにも「脇役」然としたキャラクターなので気楽に見られるってのはあるんだが、主人公に対する手軽な好意とか、なんかストーリーに積極的に絡んでこないポジションで安心できる。 とまぁ、こうしてみると、なんか不満が残った気がしたのはメインヒロイン勢が気に入らんかったってことだろうな。安達垣はなぁ、最初から最後まで何が魅力になってるヒロインだったのか分からなかったんだよなぁ。残虐姫が残虐であることに別に文句は無いんだ。暴力を振るうヒロインだって魅力的に映ることがあるのだから、安達垣程度ならそこまで問題無いツンデレだと思う。ただ、そのツンの奥にどんな魅力があるのかがどうにも伝わって来ず、政宗も幼少期のどうでもいい記憶なんかさっさと忘れてそれこそ委員長とか寧子あたりとくっつけばいいのに、という気持ちがずっと拭えなかった。まぁ、その寧子の方もヒロインとしてあんまり惹かれなかったんだけども。 多分主人公のモチベーションが「リベンジ」という今作最大の眼目が上手いこと働いてないのがヒロイン勢を持ち上げられなかった原因で、政宗が「憎しみ」→「愛情」と感情を転じさせるためには相当な負荷が必要。その上で、目的を達成して純粋な愛着になってしまえば、そこに今作最大のポイントが喪失するわけで、どうにも機能不全の感は否めない。プレイボーイを装っているけど実は恋愛下手でろくにコミュニケーションが取れないという特性も、なんだか紋切り型で見どころにならず、視聴者はどんどん政宗に共感を感じにくくなってしまう。まぁ、他のラノベ主人公が共感出来るかって言われたらそんなこともないんだろうけども。 あんまり頑張って観るタイプの作品ではないと思うので、「師匠可愛いじゃない」を理由にして引っ張れればそれはそれで良かったのかもしれない。あと、なんか食ってる時のころあずが可愛い。 茜ノ始末、第11話。こんだけやりたい放題やっておいて、颯爽と去っていく茜先生、あんたやっぱりいい女だったよ。 前回が「ずっとラスボスだと思ってたけど、神にはチェーンソーが効いたんだ!」というお話だったが、今回はその神が「なんでチェーンソーなんて食らったんだろう?」って必死に考えて、やっぱりチェーンソーを攻略出来ないっていうお話。しょうがない、持って生まれた個性だもん。いくら内省したところで勝てないものは世界にいくらでもあるのだ。しかし、こうも覿面に茜に効くとはやっぱり意外だった。というか、この世界には様々な「クズ」がおり、そのボス格が茜だったはずなのだが、それすらもひょいと飛び越えて、もはやサイコパスなんじゃないかというくらいに尋常ならざる感性を持っているのが鐘井だったのだ。おかしいやろあの男。 この世界、例えば花火にしろ麦にしろえっちゃんにしろ、下手したら茜にせよ、何となく「あぁ、こういう感情ってあるなぁ」という共感を呼び起こす部分があり、最悪でも「こういうヤツいるよな」っていう理解は可能なのだが、鐘井だけは、そういう範疇を飛び越えている。だって、理解出来ないもん。今回下手したら作中で初かもしれないが、温泉のシーンで鐘井のモノローグが入った。彼は、こんな「不倫旅行」にきているというのに、本当に心の底から星を見ることしか考えていないような人間である。脳内お花畑とかいうレベルじゃない。脳内プラネタリウムだ。そりゃぁ、「クズの頂点」たる茜さんにとってはむしろ天敵と言える存在。茜の行動原理を確立させるためには、相手に自分の手が届く認識を必要とする。男性ならば「馬鹿で性欲中心、そのくせ茜が他の男とくっつくと嫉妬心をむき出しにする」という存在、女ならば「茜に男を取られて憎しみと羨望を向けてくる」という存在。そうして他者の存在を一意に定めることによって、「相手の目から見える自分」を認定して、茜は相対的に自分の位置取りを決める事が出来る。麦が言っていた「役割」の話がこれにあたり、他人にどう見られるかがもっとも重要な要素で、写し鏡のようにして、他者に反応をフィードバックすることで、茜は生きてきた。それを見ているのが客観視点の茜であり、「当事者意識」を持たずに常に「自己と他者」の距離を測りながら、そこに自分を配役していたのである。 しかし、チェーンソーにそれは無意味だ。何しろ、考えていることなどさっぱり分からないのだから。「男漁り大好きビッチやで」と自己紹介をしたところで、「まぁ、僕は好きだからそれでいいです」と言ってのける。「茜さんが元気でいればどれだけ股を開いてもけっこう」という。NTR属性とかいう生やさしいものじゃない。「自分から見える茜」が、自分の理想通りに綺麗であればそれでいいのだ。ある意味、究極の利己主義者なのである。だってさ、鐘井が茜に一目惚れしたのって「長い髪が綺麗だった」からでしょ。ルックスに一目惚れして、しばらく付き合ってこんだけすったもんだがあったにも関わらず、「目の前に茜がいる」というそれだけで満足し、あまつさえ結婚を申し込むところまでいったのだ。つまり、鐘井の中で、未だに茜は「すごく綺麗な何か」であり、見ているだけで満足出来るもの。ブリッ子をやめて蓮っ葉になろうが「見えている図」さえ変わらなければ構わないと言ってるわけで、究極の面食い、究極の上っ面。人間性の全否定だし、実際には全肯定。もう、そこに他者による共感はあり得ない。 神をも上回ってしまったモンスターを前に、茜は何とか「客観視」で打開策を見出そうと奮戦するが、メガネを破壊して唯一の付け入る隙だった「遠慮」とか「照れ」みたいなものすら乗り越えてしまったモンスターには歯が立たない。ペースを崩され、あれよあれよと攻め入られ、気付けばあっという間にゴールラインを割っていた。迷いがないから攻めも苛烈だった。茜はこれまで出会ったことがない対象に何とか自分を映し出そうと努力した結果、最終的には今まで見たこともない自分がそこには映し出される。そして、それこそが「変わった茜」であり、麦を絶望させた存在。仕方ないんだ。これまで長年1つの生き方しかしてこなかった人間は、まさか別な生き方があるなんて考えもしない。茜だって、自分は死ぬまで男漁りを続けて、他者の感情を食らいながらクソビッチ族で生きていくつもりだったのだ。それを脇から支えるだけの男がいるなんて、思いもしない。そして、そんな存在が現れた時に、それが不快感や違和感につながらず、よもやの安堵感につながるなどと。まぁ、浮気はしますよ、多分。それも含めての結婚生活だろうし。突然目が覚めて、鐘井を放り投げて野に下る可能性だってあるかもしれません。でも、それは少なくとも、鐘井というチェーンソーの攻略法が見つかってからだ。そうでもしないと、茜の溜飲は下がらない。自分をこれだけ苦しめた憎き朴念仁に、茜はこれから一生かかって仕返しをしていくのだろう。なんだこのハッピーエンド。 そして、当然そんな展開は寝耳に水なのがアンハッピーエンドを迎えた麦である。麦くんも頑張った。精一杯、出来る範囲で茜を捉えようと努力した。そして、その幾らかは茜にダメージもあたえたし、案外攻略の糸口くらいは掴めていたのかもしれない。だが、それが成就しなかった要因が2つ。1つは、やはり茜の方が上手だったこと。結局麦は、ギリギリまで茜と同じステージで戦い続けようとしていたわけで、そうなればどうしたって実力差が出る。「似たもの同士」のクズ道において、茜を凌駕するのは男子高校生には荷が重い。彼女を打破するためには、鐘井クラスの埒外の爆弾が必要だったのだから。そしてもう1つの要因は、そうして打破したとしても、茜は「変わってしまう」ということだ。鐘井の手によって変質した新たなステージの茜は、もう麦が見ていた女性とは違う存在。客観から抜け出し、主観を手に入れた新たな人生。そうなってしまうと、「クズ女センサー」を持つ麦のゾーンからは外れてしまう。どれだけ愛そうとも応えてくれない無敵のクソビッチ族だったからこそ、茜を追いかける意味があった。何かを堕とされた「別な茜」を見ても、麦には絶望感しか湧いてこない。あの日の女性はもういない。どうあがいても、麦の「初恋」は叶わなかったのである。 こうして幕を閉じた茜ステージ。残されたのは、コンティニュー待ちの2人だけだ。まぁ、最後は、ね。 エンドレス日常、第11話。これが「日常系アニメ」の真髄だ。今回はまじで特別なことが一切無い、ドラゴン要素ゼロの奇跡的なお話(雑煮の中の尻尾を除く)。 一応「イシュカンコミュニケーション」がテーマの本作、日常ものとは言っても毎回必ず「ならでは」の要素はあったのだが、今回はついにそれが無くなり、言わば「普通のご家庭の年末年始」オンリーという状態。普通ならそんなもんは物足りないと思われそうなところだが、ここまでの10話でずぶずぶとこの世界の日常に埋没してしまっている身としては、もうこれでいいし、これがいいという調教されて切った状態になっている。俺だって正月くらいはリビングにこたつ置いて可愛いメイドや可愛い幼女と一緒にゴロゴロしたいよ。まぁ、別に正月じゃなくてもゴロゴロしてるけど……。ちげぇ、大事なのはゴロゴロじゃなくてオプションの方だよ。非実在性メイドと非実在性幼女がほしいんだよ。クソッ、どこが日常系だ。こんな日常、ファンタジー以外のなにものでもないやんけ……(こじらせ気味)。 とりあえず、年末年始ネタと言われて思いつきそうなことは全力で処理していく所存。異界から来た連中ってのはどこぞの優等生悪魔と同じように、やたら日本文化にこだわり、イベントごとを大事にしますね。トールもしっかりとネットで勉強したお正月文化をスーパーメイドスキルで完全再現し、これ以上ないくらいに「和」なお正月イベントをコンプリート。今時、生粋の日本人だってここまでの年始は迎えられないでしょう。実際、小林なんて日々の生活の疲れを癒すのに手一杯で、正月イベントなんて久しく忘れてたらしいし。まぁ、一人暮らしだとそうなるよなぁ。トールがいるおかげでたっぷりと「非日常」を経験出来たようで何よりでした。 そして、トールのすごいところはこうしてバリバリ働きながらも、ちゃんとまったりするところはくつろぎムードが出せるところ。小林はあれこれと働くトールを見て「大丈夫?」と気を遣っていたが、トールからすれば日々のメイド業務の亜種程度の認識で、蕎麦だろうが餅だろうが、「小林のために勉強した人間界スキル」の1つに過ぎないんだろう。考えてみれば元々おせちってのは正月以降に家事をやらずに済むように作られた文化なわけで、おこたでゆっくり出来るのは当然といえば当然なのだが、日々の行事を楽しみながら、心の平穏も無理なく与えてくれるトールの技能はやはり大したものだ。 そして、そんな小林家の周りに集うドラゴンたちの集会。滝谷とファフさんのコンビは典型的な「一人暮らし野郎の正月」。おせちもいいけどカレーもね! とは言うものの、そこまで全力でのカレーはちょっと……飽きるとかそういうレベルじゃねーぞ。まぁ、ファフさんは甘口だったら何でもいいみたいだけど。トールの家で「お汁粉出しますよ」って言われたファフさんの反応がめっちゃ可愛い。翔太君ちはいつも通り過ぎるが、ルコアさん、そのお着物は一体どこに売ってる代物なんや……。そりゃ初夢だってボンバーまみれになるわ。考えてみると今作において一身に不幸を背負ってるのって翔太君だけだよな……(コミケで売れなかったニキは考慮外とする)。エルマさんは……まぁ、無限に腹ぺこを続けるだけの概念だな。お雑煮食べた「うまーい」の時のエルマがやたら可愛かった気がします。 こうしてドラゴンに囲まれた非日常な日常。浸りきった小林にご実家から電話。そういえば、小林は正月も実家には帰らないのよね。実家どこだか知らないけどさ。別に家族仲が悪いわけではなく、なんだかんだで短い正月休みにわざわざ帰省に時間を割くのは面倒ってことらしい。これもよく分かる。そして小林、トールのことは実家には何も言っていないようだ。まぁ、なんて言ったらいいのか分からないしな。「メイド飼うことにしたよ」って報告したら心配されるだけだろうし。「メイドと結婚しました」だともっとマズいし。社会人になったらこのくらいの距離感が丁度良いのかねぇ。そして、家族と話をしている小林を見てトールさんもなんだか物憂げ。そう言えば、トールの家族ってのもあんまり話題には出てこないなぁ。帰省とかしないだろうけど、こんな娘さんはどう思われてるんでしょうね。色々と日常について考えることの多い、年末年始でしたとさ。 そしてぇ! あとはぁ! カンナちゃんな! 今回はこたつでダルダルしてるシーンがメイン。寝っ転がってこたつで漫画を読むカンナちゃん、お着物でおめかしカンナちゃん。お習字で小学生らしい字を書くカンナちゃん。小林に「ついでにリモコンとって」って頼む図々しいカンナちゃん。どさくさでエルマにもお年玉を要求するカンナちゃん。どれもこれも素敵でした。当方、あんまりにも保護欲が高まったせいで、先日京アニショップでカンナちゃんを保護してしまいました。後悔はありません。 「この素晴らしい世界に祝福を!2」 7→8 なんで10話しかないのよォォォォォォ! って山岸由花子ばりに叫んじゃう作品だよね。特に最終話のインパクトが抜群だっただけに、来週から観られないっていう喪失感は尋常じゃない。「ずっとこの世界に居たい」とかいう喪失感じゃなくて、「毎週ネタ見せしてる芸人さんが引退しました」みたいなおっきな刺激のロスなんだもんなぁ。きっちり完結してるアニメなら諦めもつくのだが、今作はまだまだ完結してないから続きが出てくることも期待できるわけでしょ? まぁ、原作の続きがここまで面白いのかどうかは知らんけども。「2期で終わらせておけば……」とか言われるタイプの作品じゃない気がするんだよなぁ。 今作の愉快さについては、基本的に毎回盛り上がっていたので各話感想で追いかけていただければ良いと思うのだが、とにかくキャラクターの1つ1つの要素を一切の無駄なくしゃぶり尽くそうその姿勢がお見事。異世界系ラノベのキャラクターなんぞ、いっぺんキャラ属性を付与したらそこから紋切り型の描写になってどんどんテンプレ踏襲のマンネリに陥ってしまいそうなところだが、本作では「もうお腹いっぱいだよ!」と思っているところに、お馴染みのキャラがまだだまだだとガンガンにおかわりを放り込んでくる。今期はめぐみんの出番こそ多くなかったが、代わりに駄女神アクアのキレッキレのポンコツぶりが「予算に余裕ができた動画」「ヘチョいキャラデザでも1期は人気が出たという免罪符」などで勢いを増した。アクアのすごいところは、本当にクソムカつく奴だし、全力で「面倒くせぇ」という属性が前面化しているというのに、それでも「愛嬌がある」「なんか無視出来ない」という魅力を発揮している点だ。「女神」+「超馬鹿」という組み合わせがカズマさんとの相乗効果でかなりみなぎった結果であるし、へちょさをも武器にしてしまったデザインチームの勝利だ。そして、もう1人のヒロイン・ダクネスはアクアをも上回る加速と飛翔を見せた。1期時点では辛うじて(ホント辛うじて)パーティいちの常識人だった彼女だが、余計な属性を付与するわけでもなく、ただ単に「くっころ女騎士」というパーソナリティを徹底的に深掘りした結果、これまでどんな世界でも観たことがない残念ヒドインに成り上がった。どんなシーンでも彼女たちは「らしさ」を忘れず、ほんのちょっとの台詞の隙をついて「俺が」「私が」と前に出てこようとする。こんなにも賑やかで、やかましくて、迷惑で、楽しい冒険者もなかなかいないだろう。 聞くところによれば、今回のアニメシナリオはいくらかオリジナル要素も含んでいたらしいのだが、アニメのみの視聴者である私の目からはどこがオリジナルなのかは分からなかった。それくらいに1クール10話のシナリオとして完璧にまとまっており、余計な部分が一切無い(当然、まだまだ足りないという欲求はいっぱいあるが、それはシナリオ不備からではなく、あくまで飢餓感からである)。まー、細かいことにこだわる必要が無いギャグ作品ならでは、って気もするんだが、脚本構成もお見事であるし、笑いの見せ方も堂に入ったもの。今回は金崎監督自らがコンテを担当した回も多く、相当に心を砕いた作品だったことがうかがい知れる。ギャグアニメの作家としては一定の評価を得ていた金崎さんだが、おそらく今作がこれまでの経歴の中でも「代表作」になるんだろうな。いいお仕事でした。 まぁ、お仕事が終わるかどうかは分からない、というか、ここで終わらせるのは勿体ないですよね……さぁ、カズマ達の戦いはこれか ニーノさんのウィスパーがマジで色っぽい、第11話。いや、本人としては死にかけた結果のウィスパーなんだからそれどころじゃないんだろうけども。 ゴールへ向けて、ホップステップジャンプの「ステップ」の部分。最後の1区であるフラワウでも当然のようにたばこを渡されたジーン。この手のマップで最後に行く場所にラスボスがいるのは当たり前のことなので、この区が最後になったことは偶然なのか、はたまた上層部からの圧力で決定づけられていたことなのかはよく分からない。まぁ、どう考えても査察のルート取りは効率とか無視した選択になっていたような気がするし、フラワウには最後に行く理由(もしくは最後まで行かなくてもいい理由)が何かあったんだろう。 お出迎えしてくれたのは本当に似ているリーリウム三兄弟の1番目と3番目。常にお花にまみれているからフラワー区なわけだが、どうやら単に花が大好きな区民ってわけではないらしく、この区はオイルマネーでめっちゃ潤ってるかららしい。なるほどどんな区なのかは現実世界に当てはめるとすこぶるイメージしやすいな。しかし、毎度の疑問だが、なんでこうも1つの国の中で特性が違ってるものなんだろうなぁ。前回訪れた資源不足のプラネッタはなんとお隣だというではないか。やっぱり、「区」って言われて想像するよりも遥かにでかいくくりで考えた方がいいのよね。ドーワーってユーラシア大陸くらいのサイズだと思えば、サウジとインドくらいのズレでも産油量も生活スタイルも全然違うしな(宗教の影響もあるだろうが)。とにかく、フラワウはハッピーで区民全体が笑顔という、逆になんか嘘くさいくらいの国である。 こんだけハッピーなら区民も何の不満もないだろうし、クーデターなんて物騒なことは起こらないだろうなぁ、と思わせておいて、実は一番乗り気なのがこの区(の長)ってのが面倒なところ。プラネッタ区長さんのお話では、石油利権も「国」という大きなくくりの「区」という下位区分になった時点で他の国に提供する必要性が生じ、恵まれた資源を自分のものだと思っていたフラワウからすると不満もある、とのこと。そんなもんなのかね。別に社会主義でもねぇんだし、ちゃんと金もらって良い暮らしが出来てるなら今の体制に文句を言う筋合いもないと思うんだけど。ただ、リーリウム一家の場合はそうした「区民の意志」云々以前の問題として、単に「ACCAを影でコントロールして利権をフラワウに集約させるやで」という野望があったらしく、いの一番にたばこを差し出す所存。っつうか、クーデターそのものがリーリウムの描いた絵だからな。まぁ、自分で選んだ人物が王になるのだったら、それだけで魅力的な図式なのは間違いないだろう。 こうして13の区を全て回り、総決算を求められるジーン。集まった煙草は13本。スイツだけはちょっと例外だし、ドーワーの場合もどのように受け取っていいのか難しいところだが、ひとまずは「区長連中の相違」と見て良いと思われる状況で、区長らの意志ならそれは区民の意志(そうか?)、それはつまり「国民の総意」である。うーむ、ここまで一方的なクーデターがあっていいものか……。すっかりクーデターが起こることは既定路線になっているようで、記念式典のために中央に集まってきた各区の区長連中も庁舎内でクーデターという言葉を平気で口に出しちゃうくらいのユルさ。この人らの考えてるクーデターってどういうものなんでしょうね。まぁ、国民の総意なのだったら余計な諍いも起こらずにすんなり体制が入れ替わる可能性はあるが、それでも流石にあの馬鹿王子は放っておけない。普通に考えたら亡き者にするのがクーデター(実際にジーンは命を狙われてるしね)。そうすると、こいつらは人殺しの相談を和気藹々とやってるってことになる。スイツの区長さんだけは「こんなの絶対おかしいよ」と冷静な異議を唱えたが、すでに出来上がっちゃってる空気の前ではのれんに腕押し。直接ジーンに突っかかってみるも、ジーンはジーンで色々と考えているようで、いつも通りにのらりくらりとかわされただけだ。 はたして、自分を御輿の上に乗せるクーデター作戦を、ジーン本人はどのように考えているのか。あらゆる区をその目で見てきた男は、ACCAの重要性をもっとも理解しているはず。廃止を唱える馬鹿王子を止めたいというのは理解出来る。ただ、スイツの人が言っていた通り、ACCA廃止などただ1人が言っているだけであって、ここまで深く国民生活に根付いている組織が、あんな若僧の思いつき1つで無くなってしまうとも思えない。「ACCAの存続」だけがモチベーションなら、クーデターは必ずしも必要な過程ではないのだ。もしジーンが気にするとしたら、王族の血筋が云々で自分が巻き込まれた醜い諍いに終止符を打つ、という部分だろう。これまでは対岸の火事で済んでいた事態も、ニーノが狙撃されたことで流石に無視出来なくなっている。自分の生活が犠牲になるだけならまだ許せるが、親友の命が危険にさらされるのは許せない。何よりも友のために怒る、ジーンはそんなヤツな気がしますけどね。 そして、それ以外にもクーデターを単純に良しとしない人間もちらほら見受けられる。というか、リーリウム主導で動くことに危険を感じてる面々だな。1人はモーヴ本部長。ジーンがいいって言うならクーデターを邪魔することもないが、ジーンがリーリウムに操られていいように食い物にされているなら、止めた方がいいかもしれない。何よりもACCAを大切に思っている人なだけに、ここは軽々に易きに流れるわけにもいくまい。そして、内心忸怩たるものがあるのは間違いないのがグロッシュラーさんである。彼は元々清廉さでここまで登ってきた男。ロックスの列車事故では、自らの区を犠牲にしても国全体の繁栄を願ったのだ。そんなグロッシュラーにとって、自分の区のことばかりを考えて国全体を混乱させようとしている目の前の男は、どんな風に映っているのか。ここまでは諾々と従ってきただけのようだが、最後に統治者としての意地をみせることが出来るだろうか。 来週が最終回なのかな、サブタイトルは「鳥の行方」。果たしてどこに飛んでいくのやら。 ラストが一番面白いって、すごくね? 最終話! あ、デュラハンさんは今週もギャラ発生おめでとうございます。幹部1人そっち行ったんだからもう満足しろや。 1期も一応そういう系譜ではあったが、ラストバトルはまるでファンタジー冒険小説みたいな展開に! 友情・努力(?)・勝利と三拍子揃ったお手本のような冒険活劇。こんなの「このすば」じゃない! と思いきや、これが徹頭徹尾このすばテイストなのだから恐れ入る。ネタのぶっ込み具合は最高だし、話の運びも見事、そしてラストで気合いの入った作画状態も完璧で、けれん味あふれる堂々たるバトルシーンは本当にお見事。こりゃぁ額に入れて飾っておきたいくらいに見事な最終回だ。 冒頭、謎のバルーンフライングで宿から逃走するへちょ顔のアクアで開幕ショットを持っていくと、我らがアクア様は何とか濡れ衣を晴らそうと温泉へ。いつもいつも本当に駄目な駄女神様だが、今回の「なんとしても信者だけは守りたい」っていう姿勢はホントに本物。まぁ、信者の数がゴッドパワーに直結するらしいので自分のためでもあるのだろうが、やはり長年女神をやってきただけあって、神としての自覚は(不要なほどに)強いらしい。子供を守る親のように、なりふり構わずに戦うアクア様の姿は、今期一番の輝きを見せていましたよ。後半パートで教徒たちが「アクシズ教の教義」を読み上げていたが、「いつ笑えるか分からないなら、せめて今だけでも笑おう」とか、結構いい事言ってる部分もあるんだよ。まぁ、「当座の楽を選びたい」っていうだけの享楽主義を言い換えただけなんだけどさ。女神の人格(神格?)があんなんだから教団がこうなったのか、それとも教団が形成されたために、あんな女神が爆誕したのか、どっちなんでしょうね。 結局、源泉への入場券はララティーナ様の七光りで実現。すげぇな、ダクティネス家の威名はこんな遠くまでとどろくほどのものだったのか。どうしても七光りに頼りたくないララティーナさんは暴れてみせるが、何とか4人がかりで抑え込むことに成功。まるでゴリラの捕獲ですな。まぁ、ダクネス自身も束縛されることを喜んでる部分もありますので。 結局、源泉汚染の犯人は前回の洗剤投棄おじさんだった。彼の名はハンス。かつてはウィズの同僚だった魔王幹部だそうで。うーん、この世界ってこうしていたるところに魔王幹部が転がってますね。いちいち偶然の出会いを実現するカズマさんパーティもなかなかのものだが。リッチにデュラハン、デーモンときて、今度はスライムである。もう、スライムって名前を聞いただけで目を輝かせちゃうダクネスさんはマジで薄い本に脳をやられすぎ。結局、アクアが心配していた「温泉街汚染壊滅計画」は事実だったってんだから今作にしては珍しい展開よね。まぁ、単にその計画を実行してるのが可哀相な奴だっただけで。あぁ、ハンス逃げて! 結局ウィズの手引き(?)で対決する羽目になる御一行。しかしこれまでの連中と比べても、今回のハンスは割とガチの強敵。いつもなら「小狡い」作戦を考えつくカズマさんでも逃げの一手を打つしかない面倒な相手。どさくさに紛れてパーティにウィズが加わっていなかったら本当に終わっていただろう。スライムが雑魚なんて考え方は全部エニックスが悪いんやで。一度は逃げたカズマだったが、暴走状態になったハンス相手に何とか戦う術を模索する。ここできちんとパーティの戦力を整えて対策を思いつくあたりがカズマさんの主人公力の強さよ。ただ、流石に無傷というわけにはいかず、なんと選んだのは「自分は死んで囮になる」という、女神パワーが大前提の凄まじい作戦。崖から飛び降りて死ぬことまで計算に入れて戦うとか、どこぞの世界のスバルさんと同じレベルの勇ましさのはずなのに、カズマの場合は敵の体内に骨を浮かべてギャグっぽくされちゃうのがやるせない。やってることは多分シリーズ中で一番過酷だったぞ。 当然ラストなのでめぐみんにも出番は与えられ、ここ一番のエクスプロージョンでスライムが飛散。あとはとどめを氷の魔女が決めるというフィニッシュだ。考えてみりゃ「爆烈魔道士」「氷の魔女」「水の女神」なんてとんでもないパーティ相手に戦ったんだからハンスさんも災難だよな……。しかし、流石は魔王軍幹部。ウィズの魔力からも辛うじて逃れ、とてもスライムらしい姿でギリギリの生存。ここから一発逆転を狙うが……なんと、フィニッシュに待っていたのはあのゴッドブロウではないか!! ここはもう、笑うとか驚くを飛び越えて本当に感心しましたね。ここまで何度も披露してきたゴッドブロウ。カエル相手に何の役にも立たなかったゴッドブロウ。アクアのクソっぷりを存分に見せつける必殺技ゴッドブロウ。その一閃が、最終回でまさかの大技・ゴッドレクイエムに。この構成はマジで格好良いですよ。ラストにゴーバスターエースでフィニッシュを決めたゴーバスターズくらい格好良い。アクシズ教団に入信したくなること間違いなしの最高のフィニッシュだ! エリスの胸はパッド入り!! 結局、これだけの戦いを演じても決して英雄にはなれないカズマさんたち。ほうほうの体でもとの町に逃げ帰ってきて、まさに実家のような安心感。みんなが待ってる、ゆんゆんも待ってる。そして何より…… 僕らは3期を待っている! カズマさんたちの戦いはこれか 理想の上司はあおちゃん or 芳忠さん? 第10話。どっちが上にいても、確実にブラック企業ですがね……。 なんか順風満帆に成功しちゃっただけの回。おかげであんまり書くこともないんだけども、果たして現在帝国の戦況ってのがどうなってるのかははっきり分かってないのでちょっと気になるところだ。浮かれてたけど、かなりギリギリの状況だったんだよな。 今回の三段作戦は、ターニャさんたちフェアリー大隊の活躍もあって大成功。敵を誘引し、指令系統をダイレクトアタックすることで伸びきった戦線の上下での連絡を絶つ。そして一点突破で穴をあけたら連絡が行き渡る前にグルリ取り囲んで包囲網を形成しようというもの。広い大陸ではたしてどれくらいの効果があるものかは定かでないが、とにかく結果は大成功なのだ。地下坑道を利用したあの爆破作戦が成功したってんなら、他の戦局もああいう根気任せの作戦で割と突破出来そうな気もするのだが……まぁ、今回は相手の視線を北側に逸らし、隙をついた電撃作戦だったので成功したということにしておこう。とにかく、停滞していたライン戦線は、ここに来て大きく動き出した。 これで気をよくするのは当然帝国上層部である。秘密作戦だったために帝国の財界人たちは祖国の戦況が思わしくないのでは、と訝しんでいたが(まぁ、実際そうだったわけだが)、芳忠さんがのらりくらりと会議を引き延ばしたところでトラトラトラ。なるほど劇的なセールス戦略である。大局が決してから会議を開いた方が安全だったやんけ、って気もするのだが、リアルタイムで戦勝報告が入ってきた方がライブ感があって盛り上がるからね。芳忠さんの政治家的答弁のイラッとする感じとか、本当にヤらしくてたまりません。 フェアリー大隊は敵司令部、そして兵器庫の破壊に成功してさっさと撤収(先週時点で4人しか出撃してないのかと思ったが、流石にそんなことは無かった)。無事に潜水艦に収容されて天晴れな凱旋。まぁ、これでますますお国を勝利に導いた英雄の株が上がるわけで、ターニャさんてばマジでやり手。元々は部下なんて一人も取りたくないと思っていた単なる悪人だったのだが、育てる素材が与えられれば人もそれに合わせて上司として成長するものだろうか、気付けば気軽なジョークまで飛ばせるいっぱしの頼れる上官に。フェアリー大隊の連帯感、普通に良い部隊だよな。死地を一緒にくぐり抜けた戦友に、見た目とは裏腹に頼りになる上司。そしてその上司の直近の部下は緊張感を緩和してくれるおとぼけレディときている。なかなか上手い組織作りではないか。それにしてもヴィーシャさんてば……。一切女性を感じさせないのは戦時下の部隊ならしかたないのか、それとも、彼女が生まれ持った才能なのか。まぁ、後者やろな。あんな顔してるのにヴィーシャちゃんは割とやりよる娘なのよね。今回だって潜入作戦で哨戒兵の首をあっさりかっ切ってたし。あのシーン、ターニャさんは手が届かないから膝かっくんで相手の首を下げてるのがちょっと笑った。 こうしてあらゆる試練をくぐり抜け、見事に培った「自分の居場所」。戦争が終われば、あとは褒賞にまみれた最高の退役人生を過ごせる……はずだったのだが……。悪魔には、神からの返礼があるわけです。あの日フィヨルドで嬲り殺した賢雄さん、生きてましたよねぇ。満身創痍で地元住民に救われていたはずだが、思いの外早い現場復帰であります。彼の狙いはただ1つ、憎きターニャをたたき落とすことだけ。さぁ、ラストバトルの幕開けか。 「3月のライオン」 6→6 ひとまず2期製作決定おめでとうございます。まぁ、ここで終わるわけにもいかないし、当然といえば当然なんだけど。ただ、非常に軸の多いアニメなので、次のシーズンになってお話がどこに飛ぶのかが見当もつかないんですけどね。 色々と楽しめる作品だった。途中から感想を書かなくなってしまったが、週末のラッシュがきつかったことが原因なので、決して後半にトーンダウンしたというわけではない。むしろ個人的には17話とか島田さんパートが一番良いところだったんじゃないかと思っている。あとニャー将棋。ホントね、1本の作品のはずなんだけど細かく切れたチャプターを上手く利用して色んな側面が見える構成が秀逸でしたね。一応メインは零と将棋について描くお話ではあるんだけど、「零」という人間が「将棋を指し続けなきゃいけない主人公」で、その理由や生き方や悩みや楽しみや、友情や努力や勝利なんかでたくさんの人との関係性が生まれる。あるところを切り取れば将棋に人生を賭けた「ファイター」のお話になるし、別な側面を切り取れば親に早世されて厳しい現実に向き合う中学生の話になる。またあるときはアツい友達に支えられる友情物語になるし、ある時は姉との関係性に悩むホームドラマになる。もちろん、美人三姉妹に囲まれるハーレム萌えアニメだって。そして、そのどの部分についても「ついで」で処理するのではなく、きっちり時間を割いてテーマ性を掘り下げてくれているのだ。誰もが主人公になりうる物語、いつでもクライマックスといえる物語。最近は1クールの短期決戦で「落とし前」をつけなきゃいけないアニメばかりなので、こうして噛めば噛むほど味が出る作品は珍しい。原作もきっと読んでいて退屈しないに違いない(私はアニメ放送中は原作を読めないので分からないんだけども)。 そして、こうした難度の高いアニメーションを成立させてくれたのが、我らがシャフトという映像製作集団である。今作を評して「シャフトっぽくない」という意見を見たことがあるのだが、むしろこうした「印象」の描写こそがシャフトの最大の武器と言える。その根幹は新房昭之という1人のクリエイターに集約されるわけだが、元々彼が得意としていたのは陰影に特徴をつけた止め絵で見せる間の演出。1枚絵の力を最大限に発揮させる方向性で、伝達が不行き届きになると「紙芝居」なんて揶揄されることもあったスタイルだ。今作の場合はそうした「印象」の演出が「将棋」という何とも難解な存在のテーマとかみ合い、私のような何も分からない素人でも、何となく「戦っている」雰囲気が読み取れたり、そこに大きな求心力があることを感じさせる描写になっている。シリーズディレクターの岡田氏の功績なのか、はたまた新房さんがガッツリ絡んでいるのかは定かでないが、「描きにくい」モチーフを逆手に取って様々な見せ方を挑戦的に組み込み、それが物語の多様性と噛み合って一際賑やかな画面を作り上げる。決して軽くて楽しいテーマばかりではないので普段よりもカット割りは少なめに設定され、1つのシーケンスで伝えるメッセージの取捨選択にも気を払っているだろう。「物語」シリーズのようにぶっ飛んだ雰囲気を出してしまうと、どうしても今作のジワリと染み出すような情感は逃げてしまうだろうし、きちんとそのあたりのメリハリが意識出来ているということ。シャフト演出は単にワンパターンで構成されているのではなく、作品に合わせて、日々進化を続けているのだ、ということを感じさせてくれる1本だった。 半年後が今から楽しみですね。 |
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HN:
Thraxi
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男性
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧 |