最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
すごく分かりやすい! 第18話。石田彰大暴れでございます。
この18話はむしろ衝撃だった。なにせ、この作品とは思えないくらいに、何が起こっているかが明確だったからだ。一応毎回お約束のパーツである駅の改札、車内広告などは登場したものの、それ以外の部分で描かれた多蕗と冠葉の対峙は、実に簡単明瞭、「恨む者」と「恨まれる者」の対決である。 前回のラストでは「多蕗は何故心変わりして突如高倉家に復讐するのだろう」と思ったが、実際には彼の中にくすぶっていた感情はずっと持続していたものだった。口では「何の感情もない」といいながらも、彼は自分の人生を変えた桃果との関係を、未だに処理し切れていなかったようだ。そこに妻である時籠ゆりという、更に明確に桃果への思いと高倉家への恨みを持つ人間が登場し、実に直接的な復讐を企てようとした。そのタイミングを利用し、なおかつゆりの直接的な「犯行」を防ぐ防波堤となるために、多蕗はここで動いた。それは「罰」であり、「挑戦」でもある。冠葉を強請って、その父親があぶり出されればそれでも良し、陽鞠を人質にして、冠葉の家族への思いを見定められればそれでもよし。結局、この作品の全ては「家族」という単位を1つの指標として動いている。 高倉家、荻野目家、時籠家、夏芽家に続く最後の「問題を抱えた家族」は、やはり多蕗家である。彼の家が抱える問題は実にシンプルで、常軌を逸した母親が弟の存在を理由に多蕗への愛情を失ってしまったというもの。その過程で多蕗は指を犠牲にし、自分の存在すら犠牲にしかけた。自らの命を流転に任せて「透明な存在」になろうとした「子供ブロイラー」の描写は、単純に彼が自分の価値を見失い、命を絶とうとしたことの表れであろう。そんな彼の窮地を救ってくれたのが桃果であり、多蕗の中では、「家族の繋がり」というものは自分と桃果の関係性以下の意味しか持ち合わせていない。 そんな多蕗が冠葉に父親との接続を要求し、それを呑まないということで責任をその子供達に転化させる。家族という繋がりに価値を持たないはずの多蕗が冠葉たちに「家族であること」の意味を求めるというのは実に倒錯した状態だ。彼が意識的に自分の持たない「家族」を高倉の家に求めた結果なのだろうか。最終的には、冠葉と陽鞠が互いを犠牲にして守ろうとしたその姿が、あの日の桃果と被ることで彼の「罰」は意味を失った。彼は新しく「家族」の姿を認識し、考えを改めるに至ったが、その時点で彼は「家族」を語る権利を失っており、最終的に妻であるはずのゆりとの関係性すら清算することになった。 多蕗の行動自体は色々と考えるべき部分はあるし、冠葉が未だに両親との呪縛から逃れられず、あの「組織」との接触を持っていたことは驚くべきことかもしれないが、今回のメインはとにかく冠葉と陽鞠が互いを思い合い、この作品で唯一不動のものである家族の絆、2人の絆をまざまざと見せ付けたことにある。作中に腐るほど出てくる「歪んだ家族像」は、最終的に冠葉・晶馬・陽鞠の3人の関係性に収束するために必要な群像である。その対比が、今回は非常に明示的に提供されたわけだ。冠葉の必死の懇願と、陽鞠の静かな犠牲、それらが描かれたことでこの作品の1つのキーポイントは片付いたと言っても過言ではないだろう。ここに晶馬が加わり、最後には高倉家の中で、もう1つの大きな問題を片付けるフェイズに入るはずだ。 今回は非常にシンプルで分かりやすいお話。やたらカット割りが多いのはいつものことだが、すんなり入ってきてアクが無いな、と思っていたら、何とコンテが山内重保だった。あまりの事実に驚愕である。なんと、山内コンテが「分かりやすい」と思える日が来るとは……普段の幾原ワールドがどんだけ無法地帯かがよく分かるってなもんである。 PR |
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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