最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
改めて、あけましておめでとうございます。1月1日もムービーデイだから映画が安いってのは意外と盲点ですよね。普通の人間はそんな日にわざわざ外出して映画を観には行かない……と思ってたけど、劇場は割と賑わっていた。今の日本人の生活スタイルだと、正月も何もあったもんじゃないわね。私が小さいころなんて、正月三箇日は本当に静かで世界が止まったように感じていたものだったけども……。そんな日に僕は映画を2本観ました。2本観ても普通の日の1本分くらいの値段なので大変お得ですね。ちなみにもう1本は仮面ライダーです。ライダーに関しては別に感想書かないけど、一言で言うと「またタケル殿が死んでおられる」でいいんじゃないかな。一番の感動ポイントは進之介とベルトさんの再会シーンです。とにかく、この1年の始まりを告げる記念すべき日に、僕は東映の映画2本を見るのです。この「ポッピンQ」は、例によって周りの人間が封切り日に見に行っており、ネタバレにならない程度に感想を聞くと、どうにも要領を得ない答えが返ってきて難儀していた。「色々不満はあるけど、結論から言うと最高」「全力で買い支えていかなきゃいけない」とか、なんかもう、何がどうなってるやら。まぁ、全ては自分の眼で見て判断するしかないですよね。
(以下、内容についてのネタバレを含みます。未視聴の方は自己責任でお願いします)
内容を一言でいうなら、「小麦粉をダイレクトに投げつけてくるような作品」。何のことやらさっぱり分からないだろうが、ここでの「小麦粉」は「東映作品」の言い換えだとご理解頂きたい。我々日本人は、小さいころから色々なアニメや特撮、物語を享受して生きてきた。そんな中で、個人差こそあれ、「東映的テンプレート」みたいなものが植え付けられているものである。現代のスタイルで言うならそれは戦隊であり、ライダーであり、プリキュアである(私の場合はこれに聖闘士星矢も加わる)。こうした東映作品というのは、曰く言い難い「東映的な何か」を、それぞれの作品のデザインに加工して、新たな味を付けて世に出された複写品みたいなもの。それがつまり「小麦粉」。小麦粉はありとあらゆる主食に用いられるが、それがラーメンになり、うどんになり、パスタになり、お好み焼きになり、ケーキになり、様々な形と味で我々の前に姿を現す。男の子向けに味付けされた「戦隊」も、女の子用に甘みがついた「プリキュア」も、元を辿れば「東映作品」という小麦粉を加工した製品の一端だと言える。ただ、普通はそれら全てが「小麦粉」であることはいちいち認識せず、我々はラーメンやケーキの味をあーでもないこーでもないと議論する。しかし、今作の場合、東映は「こんな作品如何ですか?」と自慢の小麦粉をダイレクトに叩きつけてくるのである。 ぶっちゃけ、本作は「素材」である。もちろん最低限の常識でもって「製品」として出荷されているものの、それを味わい尽くすためには、視聴者側が全力でこれを「受けに」行き、自力で加工する一手間が不可欠である。何しろ、あまりにも「要素」ばかりを詰め込み過ぎているせいだ。更に例えていうなら、プリキュアや戦隊が2クールか1年かけてやっていたことの青写真を、僅か2時間で放送しているのだ。これを「普通のアニメ映画」として受け取るのは無理があるだろう。作品をざっと眺めても「何でそこでそうなった?」「え? これってどこで説明された要素?」みたいなことがポコポコ現れ、ちょっとでも油断した視聴者を置いていこうとする。いや、油断してなくても置いていかれる。ついていくためには、「過去の経験からして、多分こういう感じのエピソードが間にあったんやろうな」というのを勝手に脳内補完する必要がある。 いくつか具体例で見ていくと、例えば主人公・伊純と他の3人の出会いから打ち解けるまでの物語。全く初対面で性格も全然違う4人の女の子が、訳の分からない世界で、訳の分からないミッションを言い渡されてダンスチームとして協力しあうことになるわけだが、普通に考えて、ここでいきなり友情形成は出来ない。実際、伊純はメンバーの中では知性派に分類される蒼と軽く衝突したような状態になるのだが、そこでも別に喧嘩になるわけではなく、いつの間にやら価値観の違いは埋め合わされ、4人はずっと仲が良かったかのように振る舞うようになる。もちろん、最後は「息をぴったり合わせる」ダンスになるのだから、沙紀も含めた5人の友情は完璧なものになっているのだ。この友情形成、ちょうどプリキュアや戦隊と同じ5人という人数なのでイメージしやすいが、最低でも1クールかけてやるヤツだ。下手したら1年かかるやつだ。それでも、本作は「いつの間にか」そこが解決している。はっきり言って描写は足りない。我々は「友情形成」という小麦粉を渡され、「多分、描かれてないけど旅の道中で色々あったろうし、伊純は元々フレンドリーな子なのだろう……」とか脳内で埋め合わる作業を粛々と進めていく。勝手に味を付けていく。他にも、具体的には一切説明されていないのに決め台詞にまで遣われはじめる「同位体」という言葉の意味、突如現れる謎の存在レノ、突如覚醒する能力と異世界人の関係性、時の谷を混乱させた「ボスキャラ」黒沙紀の存在などなど。とにかく、「まぁ、過去に見たことあるストーリーだったら大体こんな感じだった」ってんで埋め合わせる必要がある要素がとにかく多い。どう考えても、これは2時間のアニメ映画ではないのだ。 そうして無茶苦茶につなぎ合わせたパッチワークのような「ニチアサの断片」は、普通に考えたら絶対に成立し得ないのだが、今作はギリギリのバランスで一応の成立を見ている。今作はあくまでダイジェスト版の総集編ではなく、一本のアニメである。マブダチのように友情形成できた面々も、わずか10日間の友達でしかない。この違和感を(どう見ても残るが)極力消そうとしている脚本の組み方は、むしろお見事だとは思う。例えば上述のような「伊純と蒼の関係」という問題点について、視聴者は「どうやって仲良くなるんだろう」と思って見ていたら、「それはともかくもう1人おってな」と言いながら沙紀の存在を引っ張り出してくる。これにより、「沙紀という、より新規な知らないヤツ」よりも間違いなく「まだ蒼の方が知ってるヤツだよね」ってんで、伊純と蒼の関係性はいつの間にか既成事実にすり替わるのだ。冷静に考えればおかしいのだが、何となく丸め込まれる組み方である。他にも、見ていて思わず笑ってしまった100メートル走のシーンとか、明らかに「そこはおかしいやろ」と思うようなシーンであっても、「他の問題は置いといて、今はこの要素を描くのが目的だから」ってんではっきりとパートを区切られると、なんだかその前後には自然な繋がりがあったような気がしてくる。伊純が11秒88で走れるかどうかが、それまでずっと課題だったかのような錯覚を覚える。完全にペテンではあるのだが、そうした豪腕で、今作は成立している(というか、そこで丸め込まれないと、シナリオとしては破綻しているように見える)。 まぁ、どうひいき目に見てもやっぱりおかしいのは間違いないのだが……そうやってどうにかこうにか「お約束な要素」を積み重ねていくと、最後にはご褒美が待っている。カタルシスを味わえる。この「ご褒美」の要素が本作は何とも巧妙で、一番分かりやすいのは当然「ダンス」だろうか。最初から「ダンスをやるんや」と言っていて、最後にダンスをやる。こんなに分かりやすい目標設定も無いだろう。最初はちぐはぐだったダンスワークが、最後には見事に完成されるという「変化」は、充分にドラマを感じさせるものであるし、このダンスシーンがまた良いんだ。CGによるダンス演出なんてものは昨今まさに掃いて捨てるほどあるわけだが、今作の場合はそこに徹底的にこだわった様子で、グループとしてのモーションよりも個々のキャラの動きに力を入れている。伊純は伊純の、沙紀は沙紀のダンスがあり、個性がつながってより大きな力になる、というテーマがはっきりと分かる。このダンスを見るために、よく分からないものを1時間見せられたのだ、と言われたらある程度は納得してしまう。 また、私のような少年漫画脳には、能力を得てからのバトル展開もアツ過ぎるのでたまらないご褒美になっている。変身直後にバッタバッタと敵をなぎ倒していく合気道ガールあさひちゃんもたまらないし、「ダッシュが能力だよ」と言われて目を輝かせて駆け抜ける伊純のシーンも非常に気持ちが良い。更に、ラスボスとのバトルは5人全員が力を合わせての戦い、戦隊で言えばバズーカ技みたいなものなのだが、単に5倍にするというデザインではなく、全員が長所を活かして一つの技を完成させる形。未だかつて、ラスボスを倒すための決め技が腕拉ぎだったアニメヒロインなど存在しただろうか。蒼のアンプ→小夏の音符→伊純の加速→あさひの腕拉ぎという訳の分からない連携が、ごく自然に成立してしまうあたり、今作の狙いが最終的には見事にはまっていたことが分かるのである。こういう要素で簡単に満足してしまうかどうかは、やっぱり人生における東映的経験値の差が出る部分かと思います。 細かい部分は他にも色々と突っ込むべきところはあるが、とりあえずこうした「東映的要素の見本市」が、不足無い作画で形成されたというのは見るべき点であろう。プリキュアなんかの場合、劇場版でも作画が怪しくなったりするし、ダンスシーンもどうしても機械的な作業になりがちだが、本作はどうやらそうした映像的な見えがスタートにあった作品らしいので、あらゆるシーンの細やかなアニメーションがセールスポイントになり得る。キャラクターデザインも非常に可愛らしく出来ているし、キャストの仕事も文句なしだ。中の人の話でいうなら、キャラの立ち位置もあってのことだろうが、小澤亜李演じるあさひちゃんがお気に入りです。いや、多分「黒髪でちびっ子なのに超強い格闘マシン」っていう設定がストライクなだけだと思うんだけど。あとはやっぱり真っ直ぐな伊純のキャラも好きです。こちらは主人公の赤(プリキュアだとピンク)ポジションだけど、パワー要素を緑が持っていったのでスピードタイプの赤になってるのが上手くキャラ造形に繋がったのがいいですね。スピードの赤、頭脳の青、力の緑に遠隔攻撃の黄色。そこに追加戦士として寝返った特殊技能(飛行)の紫が加わる……やっぱり戦隊じゃん(プリキュアじゃん)。 惜しむらくは、こうして2時間かけて形成されたキャラクターが、もうここで終わってしまうということ。わずか2時間のアニメ。伊純のパーソナリティについてはある程度掘り下げられたが、他の5人にはまだまだ描くべき要素がてんこ盛りであり、「せっかくキャラに理解が及び、好きになってきたと思ったらもう終わりなのかよ」という、1クールアニメでもお馴染みの現象がこの映画でも発生するわけだが…………………………。
なんやねんあのCパートは!!!!!!!!! どういうこと?! 何が起こった? どういうつもりだ? はぁぁぁあああ?! 卒業証書を手にした5人のエンディング映像。スタッフロールを見ながら「まぁ、悪い映画ではなかったけど、やっぱり単発タイトルとしては物足りないかなぁ……」とか思っていたら、まさかのCパート開始。「偶然にも高校で再会する5人」までは許そう。そういうエンディングで未来を示唆するのはありがちなエンディング設計だしね。正直、後輩ちゃんを追い抜いて逃げていく伊純の映像で締めのシーンとしては満足していたので、入学式のシーンは蛇足かな、と一瞬思ったものだが……蛇足じゃない! 足じゃなくてこっちが胴体じゃねぇか! 一切説明がなかったレノの存在。5人が出会った意味。そして紡がれる意味深過ぎる数々の記憶の断片……そこには、「せっかくだったら見たかったな」と数分前に感じた、「さらなるポッピンQ」の欠片がばらまかれた。いや、ちょっと待て! そこでブラックアウトすんな! 劇場の照明つけるな! せめて次回予告だけでも! 呆然とするしかないですね。まさかラスト数分でこんな地雷を用意しているとは……。事前に知人から語られていた「要領を得ない感想」の全てがこの時ようやく理解出来ました。「駄目な点は色々あるけど最高」「これは我々が買い支えるしかない」。 卑怯でしょうよ。なんで俺はお正月に、お金払って、2時間もの壮大な「予告編」を見せられなければならんのだ……。ああそうですね! 面白そうですね! めっちゃ見たいですよね!! 変身フォームで現実世界を駆け巡る伊純。沙紀との見事な連携でどこかに向かう2人。明らかにポコンとおぼしき謎の少年の存在。意味深に笑うレノに似た生徒会長……。高校編、面白そうですね! 新曲でダンスも見せてくれそうですね! あさひちゃんが大量の道着を洗濯しながら部活で男子の先輩をバシバシ投げるシーンがもっと見たいね! 些細なことから伊純と蒼が喧嘩して結果的に友情をより深めるエピソードが楽しみだね! 沙紀ちゃんが生まれ変わったようにダンスに打ち込んで学園のヒロインにのし上がる様子が見られるよね! もう、何もかもが気になるよね! どうしたらいいのさ。何が起こったらこれが日曜日の朝に30分枠4クールアニメとして登場することが約束されるんだい? どこに問い合わせればいいの? 何にお金払えばいいの? 「リトルウィッチアカデミア」っていう例もあるし、さっさとクラウドファンディングで金集める方が早くない? ……正月からなんてもの見せやがるんだ……東映め……東映め……。 今年もいい年になるかなぁ!! PR |
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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