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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 りえりーですよ。この人もいつの間にか「りえりー」になっていた。多分これはあんまり声優ラジオとか聞かなくなった時代なので、ネット情報とかで眼にする文字列から自然に定着したパターンかなぁ、とは思います。うえしゃまも「りえ」としか呼ばんしね。

 

 


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 「あだなはざーさん な〜んだ?」(ATのア段クイズより)。高らかな……。

 さぁ、2月は引き続きカロリーが高いぞ。一枚看板という意味では今や彼女よりでかい看板もあまり無い、日本の声優界を背負って立つまでに成り上がった怪物ボイス。さて、この人をどのように評したらよいものか……。

 

 


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 我が心の声優十二神将が1人、中原麻衣である。「2柱の神」とか「5本の指」とか色々ありますが、まぁ、その時々で好き度合いを表示する言い方は色々変わりますよ。とりあえず言えるのは、生涯大好き声優ランキングを作ったら、この人はベスト10には入れざるを得ないということくらいでしょうか。そこは不動。ある意味で声優という職業の理想像の1人かもしれない。

 


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 Happiness to you, 第8話。さまざまな局面が変貌していくターニングポイント。薄皮を剥くように明らかにされていく少女たちの素顔。どうでもいい情報ですが、カラオケDAMの端末は履歴に同じ曲が複数並ぶことはありません(ほんとどうでもいいな)。

 まー、私もこれまで散々八幡海鈴という女について期待したり慄いたりいじり倒したりしていたので今回のお話はギャグとして見てしまう側面が強いんですが、一見ファニーに見える彼女のあれこれが、全て切実な彼女の内面から出てくる表現であることを考えると、「笑うしかない」「笑ってられない」というのが正直なところ。ただまぁ、事前に睦という「極まった症例」を見てしまっているので、八幡海鈴の葛藤はまだ「思春期の情動」として一般化できなくもないかなぁ、という思いもあり、まだ心穏やかに受け止められる部分はある。

 今回のお話は大きく分けて2つの局面が描かれる。1つはモーティス。前回のCRYCHICラストライブで完全に浄化されたと思われた若葉睦だったが、それは視聴者側の勝手な願望であって、睦の中に生み出されたモーティスからしたら緊急事態。何を勝手に美しい思い出にして自分を消そうとしとるんや、という話である。一見すると綺麗に掃除されたかに見える睦の私室だったが、残念ながらまだ鏡台はひび割れたままで、自分を映すには至っていない。

 ただ、我々も話が簡単になるからあっさり受け入れていたモーティスという存在も、より客観的に考えれば面倒極まりない存在であり、その実存をどこまで認められるかは難しいところ。こうなってくると「そもそも人格とは何か」という哲学(心理学?)にまで食い込んだ話をしなければならなくなる。

 ここで1つ新たな情報が提供される。それは、「信頼できない観測者」(厳密には、視聴者視点で信頼に足るかどうか分からない観測者)である森みなみからの証言。「睦は生まれながらにして役者であり、そのすべての挙動は演技だった」という話(お笑い芸人わかば、初の顔出し回想)。よりによってそんな話をCV沢城みゆきでさせるんじゃねぇよ、とは思うが、みゆきちボイスだからこそこの恐怖感が際立つというのもあるかもしれない(実存する怪物に言われたら説得力しかない)。ただ、「生まれながらに演技をしている人格」というものが仮に存在したとして、それは果たして「演技」なのだろうか? その辺りの感覚をみなみちゃんともうちょっと詰めたい思いはあるのだが、森みなみもあの通りの性格なので、いかに大人だとて十全に信用できるとも思えない。バンドリ世界線において(少なくとも今作の枠内において)「大人」は完全なるものではなく、往々にして不完全な部分ばかりがピックアップされることが多く、みなみちゃんはその最たる存在だからだ。少なくとも実の娘を「怪物」呼ばわりする親を信用するのは難しいだろう。

 奇しくも時を同じくして、モーティスからも似たようは話が提出される。モーティス自身も含め、睦の外側に見えるあらゆる人格は仮初のものであるという主張。それまで数多存在していた仮の人格は、睦がギターという拠り所を見つけて「不必要」になったために淘汰され、最終的には「睦ちゃん」に集約されるはずだったところを、モーティスのみがMujica絡みのゴタゴタの調整役としてかろうじて生き延びたという話だ。この言説もずいぶん突飛なもののように感じるが、よくよく考えればそれって単なる「思春期までの成長における人格形成」の一形態と言えなくもない。子供というのは、生まれながらに何かを決められるものではない。無限の可能性、ありうべき「自分」があって、成長という名の無数の挫折と断念を経て、その行く先が絞られていく。そうして一意に自分を定めて「安定」していく様を人は成長と呼ぶことがあるわけだが、モーティスからしたらそれは「喪失」であり、自己の消滅すら内包した遠回しな自殺とも言える。モーティスが幼児のままで動かぬ性格を持っていることはまさに幼年期の体現であり、成長を拒否し残す無限の可能性、甘美で安易な「夢」の残滓でもある。これを消すことを成長というのならそれは欺瞞でもあるが、果たしてそれを避け続けることが正しいのか。若葉睦という少女は、歪んだ家庭環境の中で長らく「自分」を見つめる機会を与えられてこなかった。しかしギターに出会い「自己」を見出し、今ようやく人格を得ようとしているところだ。

 ただ、悩ましいのはその「睦」が目指している理想の自分は「CRYCHICの自分」であり、祥子も、立希も、それがもはや終わったものだと断言している。睦はそこを諦めたくない気持ちを持ち続けているが、おそらくそれは叶わぬ夢なのだろう。若葉睦はCRYCHICを手放し、新たなギタリストとして「自己」を確立する場を模索する必要がある。もちろんそれがAve Mujicaである必要はないし、祥子のことを考えればそうではない方が良いとは思っているわけだが、そこにモーティスは反発している。「モーティス」という名を与えられた人格は「ずっと昔から睦ちゃんと一緒にいた」わけだが、今たった「2人」だけで生き残るほどに顕在化しているのはAve Mujicaというバンドが受け皿になり、明確な「入れ物」を用意してくれたおかげ。睦がMujica以外のバンドを組めば、おそらく「モーティス」は不要となる。2つの「未来の可能性」が共存するためには、なんとしてもAve Mujicaでなければならないのだ。しかしそれは、モーティスの、若葉睦という1人の人間のエゴでしかないのだ。

 転じて、今回語られた2つ目の局面、八幡海鈴に話題を移そう。ややこしいモーティスの話に比べれば、どうやら海鈴さんの過去はおよそ想像通りのものだったようで、すげぇ簡単にまとめると「あまりにバンドに入れ込みすぎちゃったからぶっ壊れた過去があり、そのせいで責任を取りたくない、『信用できない』スタンスを取るようになった」とのこと。まぁ、バンドという集団を形成する段にはよくある話で、ディティールは違うが山吹沙綾とチスパあたりにも似たような話があったし、同じくサポートメンバーとして複数のバンドを掛け持ちしたレイヤ、マスキングあたりも「バンド内関係」には悩んでいたこともあった。海鈴さんの場合、残念ながら「一発目」のショックが大きすぎて、その後のバンド活動全般に大きな影響を及ぼしたということらしい。

 これまで秘密のヴェールに包まれていた八幡の日常も一気に明かされたことでその精神性への考察(妄想)も色々と捗ることになる。一番に注目されるのはやはり家庭環境だろうか。地獄の豊川家、煉獄の若葉家と対比的に描かれた熊本の祐天寺家、その他バンドリ世界の「家庭」は温かいものが多いが、どうやら八幡家もふつーにほんわかなご家庭らしい。ちょいぽっちゃりめだがとても人が良さそうな八幡母(CV渕上舞)。娘さんのパンクな生き様もふわっと受け止めて放任しているらしいが、多分彼女の生い立ちにおいて家庭環境はマイナスには働いていなそうである。まぁ、母親の容姿に抵抗があるのかどうか、徹底した体型管理はストイックすぎる部分もあるが、そこはまぁ、思春期の女子なら想定の範囲内だろう。元々ミニマリストの気があるようで、「都内でもそこまで思い切った物件あるかい」と突っ込みたくなるような打ちっぱなしコンクリアパートの室内は本当にものがない。味覚がおかしくなりそうなカロリーメイトの山にプロテイン、そこに対比的に持ち込まれる「目玉焼きをのっけた焼きそば」の話から、彼女がバンド活動を続けるにあたり、そぎ落とし続けたものの大きさが滲み出ているかのようである。まぁ、30のバンドを掛け持ちするには、どこかでタイパを突き詰める必要もあるのだろう。そこまでして彼女がバンドにしがみついているのは、根底に何かしらの情熱があるからなのか、「親の世話にならずに」生きることへの執着があるのか。

 しかし、そんな効率厨になった八幡海鈴の前に投じられた大きすぎる一石。それがどうやらCRYCHICだったようだ。あの豊川祥子が救われたCRYCHICラストライブ。一度は喧嘩別れして崩壊したはずのバンドが、1人の人間を窮地から掬い上げた。何故なのだ。自分を突き放したあのバンドは、何も後には残さなかったというのに。この感情を嫉妬というのかどうか、少なくとも海鈴自身は認識できていないが、周りの連中は着実に外堀を埋めてくる。よりによってあのCRYCHICには海鈴が信頼に値すると判断した数少ない人間の1人である椎名立希が含まれている。あのツンケンしたクールガイ椎名立希が身も世もなく泣きじゃくるほどの経験が、CRYCHICにあったというのか。バンドというのは、そこまでの存在なのか。海鈴はその存在をまだ知らない。

 ストイックな彼女のこと、分からないことがあれば知りたくもなるのだろう。悔しくもなるのだろう。「元鞘」を目指してまずはオブリビオニスの再起を促すも当然失敗。一番話がつきそうな「効率厨」だと思われたにゃむちに話を持っていき、言質を取ることには成功した。あとは、歪みきった状態ではあるが同じモチベーションを持つモーティスをなんとか「使える」状態まで持っていければ、何かしらの糸口は掴めそう。……なんとまぁ、不器用なことで。おそらく彼女は本当にいろんなことを「知らない」のだ。ある意味でモーティス以上に無垢で、まっさらで。さらにタチの悪いことに、モーティスが自然に維持していた「幼児性」というか、成長の拒否を、海鈴は自らの鉄の意志で行なっていた。バンドに裏切られたことで、人間関係の構築、自分からの積極的な他者への介入を遮断し、目を向けてこなかった。そこに一歩踏み込んできた空気を読まない女が椎名立希だったせいで、彼女に対してだけは、どこかで埒外の反応を示してしまうこともあった。やり方が分からないことが多すぎて、カラオケボックスのドリンクバーで戸惑っていたお嬢様・豊川祥子のように、海鈴は間違ったどか買いをしたりする。ミニマリストの彼女がアホみたいな買い物をするという対比構造には、過度のストレスを受けた混乱があり、何かを変革したいという欲求が見て取れる。

 赤ん坊のようなモーティス、何も分からない世間知らずのティモリス。2人の結びつきはAve Mujicaの再びの萌芽となりうるのだろうか。そして、此の期に及んで海鈴からろくすっぽ話すら持ちかけられないほど信頼されていない三角初華は。

 Ave Mujicaは「死」を経験し、祥子は「忘却」した過去に向き合った。だからとて5人にはまだバンドへの「愛」はなく、何を「恐れ」ているかも分からない。その先に待つのは、「悲しみ」だけなのだろうか。

 
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※当記事以降、年に2回のアニメデトックス期間に入ります。1週間ほど、更新頻度が低下します。


 その声を発するヒロインが破廉恥じゃないわけないやろ! 第20話(個人の感想です)。

 お年始にあたってちょっとほっこりした雰囲気もありつつ、相変わらず甘水直対策で気の休まる暇もない美世さん界隈。先だっての騒動でもはやどんな防護も直の前では意味をなさない可能性があることを嫌というほど見せつけられ、警戒レベルは上がる一方。もちろん一番守らなきゃいけないのはお偉いさんなのだろうが、今となってはそんなVIPリストに夢見の巫女たる美世さんもがっつり加えられており、清霞曰く「美世を相手に奪われたら我々は手も脚も出ない」とのこと。そんな大量破壊兵器みたいな扱いになっちゃうのか……まぁ、何とか国が総力を上げてお姫様を守っておくれ。

 異能心教の出方もだいぶ大っぴらなものになってきており、街中ではなんと自前の異形を用意しての能力パフォーマンス。「我々についてきたらこんな訳のわからないものからも自衛できる能力を持ちますよ」は、脅威をばら撒く行為とセットでの分かりやすい勧誘活動。全部政府に押し付けて異能をひけらかすだけで信頼が得られるという手堅いパッケージだ。政府側がなかなか異能関係に言及できないのをいいことに、「裏の世界」の事実を捻じ曲げることで大義名分を得ようとしている。まぁ、いつの世もアジテーションなんて似たり寄ったりのやり口なのだろうけども。

 沸々と煮詰まる世相を背景に、もはや屯所で保護する程度じゃ意味がないというので、いよいよ美世さんが帝の居城にお呼ばれしてしまう。守りたいものは一箇所に集めておいた方が楽、という理論だが、これにより相手側も攻める場所がわかりやすくなるという側面もあるな。お城で過ごせるのはちょっとワクワク感もあるが、どこまでも庶民感覚が抜けない美世さんからしたら場違いすぎて気が休まらないかもしれない。屯所でも旦那の実家でも水仕事をやめなかった人間だし、そのうちお城の厨房とかに勝手に出入りしてるかもしれない。

 流石にそれだとまずいだろうというので(?)美世さんの身の回りのことを任せることができる三銃士を連れてきたよ。美世さんのお世話三銃士?!

淑女の嗜みを教えるわ、葉月先生。

何くれとなく世話を焼いてくれるお守り役、ゆり江さん。

異能の使い方を勉強しよう、薄刃新。

 まぁ、いつもの面子だ。いや、ゆり江さんはお久しぶりですね。この面子なら美世も気を張らずに済むから助かるだろうと思ったが……どうにも様子がおかしい新さん。こないだの直との一件、彼の中ではどのように消化されたんでしょうね……今回清霞たちが言っていた「裏切り者」の話は時系列的にもっと前のことだから新ではないはずだが、それを聞いて新さんが「俺もそうなったらまずいな」って思ってくれれば多少の抑止力にはなるだろうか。まぁ、その場合でもほんとの裏切り者を探す作業は残ってるんですけどね。……やっぱあの直の能力に対抗策なんて無いのでは……。

 
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 その子犬の名前はちーちゃんじゃなくてこむぎです、第18話。犬飼こむぎちゃんだ、忘れんなファースト。

 というわけでアニメには欠かせないことでお馴染みの(??)野球回である。個人的に、「突発的な野球回」には実はあんまりいい思い出はないのだが(「BNA」とかは割と好きだった記憶)、今作の場合は野球もどうせネタでしかないから無問題だ。一応、ぴったり恋太郎ファミリーでナインを埋めているので、ポジショニングや打順からそれぞれの立ち位置が見えたりするのは面白い部分のはずだが……まぁ、あんまり考えてはいないだろうな。打順は作中ではそこまで意味をなさなかったが、クルミが4番ってのは意外。ナノ・クルミ・メイのクリンナップ、割と通好み。

 開始時のポジションは「ピッチャー・イク」「キャッチャー・ハハリ」「ファースト・クルミ」「セカンド・ナノ」「サード・クスリ」「ショート・カラネ」「レフト・ハカリ」「センター・メイ」「ライト・シズカ」という並び。サードのクスリ先輩だけやや不安だが、他はまぁ、割と納得できるか? センターラインをイク・カラネ・メイで固めているのも納得だし、二遊間のナノ・カラネコンビは案外頼れそう。カロリー消費が多いクルミをファーストにおくのもしょうがないだろう。

 ただ、このポジションがイクの負傷で崩れてしまったのがドラマの幕開け。幸か不幸かスローイングを直接左右する右手を負傷したわけではないのでポジションが外野に回ったが、おかげで一番難しいセカンドにシズカが入るというかなりの無茶振り。ピッチャー役をナノしかこなせなかったということなのだろうが……その後でメイが余計なまでに完璧にやってたように見えてたけどな。流石に部外者をいきなりマウンドに立たせるのは抵抗があったのかしら。

 部外者が絡んだせいで「シズカをいじめる」というけしからん展開になってしまったわけだが、それが「イクの野球部存続」以上に全体のモチベになるあたりが恋太郎ファミリー。まぁ、誰だってあんなロリっ子が悲しそうにしてたら義憤には狩られますからね。多分一番激昂しそうなのはナノなんだけど、あんまり試合中に具体的な活躍は触れられなかったな。冷静に考えると純粋にフィジカルだけであの球を打ち返せたのがイクを除くとカラネだけってのもなんか納得。メイを保留すると、ファミリー内でのフィジカルランキングは1位イク、2位がカラネってことになるんだろう。

 色々と設定が確認できて有意義な野球回でした(?)。それにしても対戦相手の恐竜学校、いったい何だったんだろう。ぽっと出の割にやたらインパクトあったな。まぁ、ゴリラの再登場がなくてよかったです。

 
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 人類総トゥンク、第7話。トゥンクらぬはナツ子ばかりなり。

 まさかの現世編。ここにきてナツ子のパーソナリティをクローズアップするというのは意外な展開だが、これってつまりは「滅びゆく物語」が絶対的に「創作物語」であることの補強であって、おそらくこの作品のエンディングはナツ子が世界を救うか滅ぼすかどっちかした後、現世に戻って(生き返って)監督業で花開かせるところまでなのだろう。そこが何となく見えたのはちょっと安心できた気がする。やっぱり「物語の中」だけでこのアニメが完結してしまってはわざわざ妙な設定にした意味がなくなっちゃうのでね。

 というわけで、ここに至るまでのナツ子の20年ばかりの人生。どこでナツ子が完成したのかと言えば……すでに小学生の時点でだいぶ完成はしてる気がするけどな。変人には違いないが絶対に「天才」ではあるナツ子。小学生の時に「滅びゆく物語」に出会って人生を変えられ、そこからは自身がアニメーターになるという目標に一切の疑問を抱かない。天才ってのは元々才を持っていた人間のこともいうが、何よりも「自分が努力すること」に何の疑問も遠慮も持たない人間のこともいう。ナツ子は圧倒的にこの「努力の天才」であり、自分が望んだ姿になるための苦労は惜しまないし、他人にどう見られようとも構わない(そして他人にどれだけ迷惑をかけても構わない)。そんな姿はもちろん「変人」であるが、それ故に人を惹きつけることもある。かつてナツ子に魂を奪われた三者三様の人生模様。こうして見ると本当に罪作りな女である。

 小学生の時は、まだ幼いクラスメイトに恋心を抱かせた。同級生のCVは高尾奏音だったりする。子供の頃ってのは大人の常識に引っ張られて異物を無意識に排除したりするものだが(それがいじめにつながったりするが)、周りの反応を一切気にしないナツ子を、周りの子供達は白い目で見ながらもそこまで排除はしていなかった様子。そして中にはそれが大きな憧れになる子もいるわけで。まぁ、それが恋心かどうかはまだ分からないかもしれないが、「トゥンク」だったのが事実ならしょうがない。すでにナツ子の周りには初恋の種が撒かれている。

 中学生ナツ子はそのストイックさに磨きがかかり、社会常識を身につけた周りの子供達からは相変わらず変人扱いではあるものの、もはやナツ子自身が他者とのまともなコミュニケーションを求めていないために問題も起こっていない。そしてそんなナツ子に興味を抱いてしまうのが引き続きまっさらでピュアな人間になりがちなのもタチが悪い。でもまぁ、下野ボイスなら別にええか……天才が周りに影響を与えてなんだかんだで才能を開花させてやる物語だと思えば綺麗と言えば綺麗。彼がその後の人生で陸上に邁進したかどうかは誰も知らない。

 そして最後は大学での出来事。ナツ子自身はまだ高校生だったようだが、天才監督広瀬ナツ子がこの時点で完成。残念ながら初監督作品の画面は見せてもらえなかったが、どうやら万人が認める傑作だったのは間違いないようだ。多分その作品でトゥンクしたのは杉田だけではないはず。さまざまな初恋を自らの手で生み出しながら、初恋を知らぬナツ子は無事にアニメーターに。

 その後の顛末はご存知の通りだが、なるほどスタジオの社長はちゃらんぽらんに見えて意外とナツ子のことを考えて動いてくれていたらしい。元々「初恋を知らぬナツ子に恋愛アニメの監督させるのはどうなんだ? 配置ミスってないか?」と思っていたが、これはナツ子に刺激を与えて更なるレベルアップを狙おうという作戦だったらしい。まぁ、そのために劇場アニメ企画を1本無駄にするリスク背負わせるのはどうなんだ、と思わんでもないが、社長はナツ子にそれだけの価値があると思ったし、ナツ子なら乗り越えらえるとも思ったのだろう。今後彼女が監督業を続けて「巨匠」になるというなら、彼女が抱える欠落はいつかどこかで足枷になる。それなら、失敗しても取り返しがつく若いうちにその穴を埋める経験をさせようってのが社長の考えだったのだろう。そう考えるとかなり人間関係に恵まれてるんだよな。

 しかし、そんなタイミングでの食中毒。呆気ない死亡。そして訪れる滅びゆく世界。あの鳥が何だったのかずっと分からずにいたが、名前は「亀太郎」だったけどこの作品の監督も女性だったのね。監督が介在し、常に世界の改変が行われる世界。これは本当に存在する理不尽な世界なのか、それとも、死に際のナツ子が見る白昼夢なのか。エンディングが気になる作品だぁ。

 
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 キモいニャガさん大活躍! 第17話! 中の人たちが本当に楽しそうで良い。ニャガさんはこっから先のシリーズでも大活躍が約束されてるからなぁ。繰り返しになりますが、シルバーマンは保志総一朗希望。ダメならウイングあたりでも可(この場合、ゴールドマンが明夫固定だとバランスが難しいが)。

 毎回原作コミックと首っ引きでアニメ試聴しているのだが、2期に入ってからは色々と原作からズレる要素も増えてきた。いや、ほんとに些細なところなんだけど、たとえば今回はサブタイトルにオリジナルの文言が入った。これまでは毎回原作のどこかで使われたサブタイトルがアニメに転用されていたのだが、原作にあるサブタイトルは「命を賭した敵討ち」だけなので、「見たか同志たち」の部分はアニメオリジナルである。なんで追加されたかはよく分からないが、これまでのアニメサブタイトルのフォーマットがそこそこ長めだったので、それに合わせた形だろうか。その後のバッファローマンのパートは短いサブタイトルばかりなので引用しにくかったのはなんか分かる。まぁ、その割に次回サブタイトルは完全オリジナルの文言である「超人創世記」らしいですが。なんやその劇場版ドラえもんみたいなタイトル。

 というわけで、尺はそんなに長くなかったが今回はスプリングマンのラストバトルが一応は焦点。ちなみに前回初めて「原作エピソードの切れ目じゃ無いところ」で終わったわけだが、今回も同様で少しずつ切れ目がずれている。話数だけでいうとなんと「4話+前回の残りちょっと+さらに先までちょっとつまみ食い」なのでトータル5話分近くをギュギュッと圧縮。だいぶ駆け足になっているのだが、やっぱりアニメだけ見てもそこまで詰め込んだ感じはしないんだよな。今回はアースユニットの解説やバッファローマンとサタンの因縁(千本の傷のくだり)なんかを色々と端折った結果のスピード展開なので、原作を知らない人にはちょっとわかりにくいかと思ったが、冷静に考えればどんだけ説明されたところで(我々コア・ファンだって)超人強度の内情なんてよく分かってないし、バッファローマンとサタンの関係だっていまだに謎といえば謎である。分からんところを気にしてもしょうがないということなのだろう。Don’t think, feelである。

 スプリングマンの奮闘については完全燃焼なので特段書くこともないが、いまだに誰もそのシステムが分かっていないロングホーントレインについて、何となく説得力がある画面にしてくれたのはアニメスタッフの手柄と言えるだろうか。まぁ、やっぱりただ寝そべってるだけのバッファローマンはシュールではあるんだけど。原作ではさらっと描かれてたから気づいてなかったんだが、一応実況はターボメンのフィニッシュは「ハリケーンミキサー」と言ってたね。最後にちょんとロングホーンで吹っ飛ばしたあの動きをハリケーンミキサーと判定してたのか。スプリングがあんだけ頑張ったんだから、バッファローマンも言うように「決め技はロングホーントレイン」にしといてやれよ。

 ちなみに、今回のアイキャッチのTIPSがターボメンだったのだが、そこで衝撃の事実が明かされた。「ターボメンは元々量産型のロボ超人だった」という過去話である。マジかよ。もし本当なら、今まさに原作でやりたい放題されてるウォーズマンと同じ設定だ。ターボメンの出身国は公式設定だとシリアとなっている。中東ロシア情勢を鑑みると、ロボ超人の設定、色々と笑えない。今ウォーズマンと戦ってるペシミマンは雰囲気的には中南米の超人っぽいが、世界中のロボ超人の分布を見ると何らかの世界情勢がわかるのかもしれません(キン肉マンに何を期待しているんだ)。

 そしていよいよ迎えたニャガさんの一人舞台。インパクト抜群だった謎のヨガポーズも完全再現。丁寧にねっちょり動いてくれたのでキモさも充分伝わってくる。なぜなら私は死神の化身。そりゃバッファローマンじゃなくてもイライラするだろう。そして炸裂するサンダーサーベル。そうか、この時点でマグネットパワーは見せてないけどサンダーサーベルだけ披露してたのか。マグネットパワーなんかよりよっぽどヤベェ概念の技だと思うのだが、それを披露したことについてはミートたちも含めて全員スルーなのおもろいな。ちなみに今回は尺の関係でオーディエンスの反応などもほぼカットだったため、キン肉マンのヘソのゴマ(&テリーのツッコミ)もカットされたのだけちょっと残念。いや、いらんけど。

 最終的には超人十字架落としまでで今回は終わり。次回がニャガさんの割と重要なシーンと、ネメシスさんによって語られる「超人創世記」か。テレビで「カピラリア」って言葉が出るのは何十年ぶりなんでしょうね。

 
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 ふわっと出てくる遠藤綾。考えてみりゃ、この人もあんまり中心的に評したことなかったなぁ。さりとて無視するわけにはいかない立派な1枚看板。この不思議な立ち位置も彼女を評する一要素なのかもしれない。ちなみに呼び方は全然意識したことがなく、響きから多分「遠藤綾」ってフルネームで呼ぶのがいいかもしれない。

 


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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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