封切り日に観に行きました。別に先着入場特典があるとかいう事実は全然知らず、たまたま日程的に都合が良かったし、「まぁ、ゆーてもそんなメジャーアニメじゃないし、初日でもそこまで混むことはないやろ」という目算もあっての、いつにない素早い行動である。まぁ、ぶっちゃけると、そんだけ大好きなんですよ、「いろは」。ちなみに、5人のヒロインからランダムで配られるらしい特典のイラスト色紙は、なんと巴さんでした。俺的には大当たりだよ! ひゃほう! まぁ、出来たら5枚コンプしたいくらいだけど、流石に無理だからとりあえずはこれで充分満足。
<以下、別に大ネタがあるわけじゃないけどネタバレを含みますので未視聴の方はご注意下さい。ついでに、以下の感想はとにかく「花咲くいろは」が大好きな私が書くものですので、面白いかどうかの参考にはあまりならないかもしれないことも付記しておきます>
さて、上映時間が一時間強しかないと分かってちょっと驚いたこの劇場版。一体どんな中身なのか、事前情報は一切なかったわけだが、そんな時間で出来ることは限られているだろう。実際に中身を見れば「別にOVAで出てもおかしくないよな」と言われても一切反論の余地の無い、ふつーのお話である。放送版よりも尺は長かろうが、別に世界の危機も訪れないし、全員でイギリスに卒業旅行にいったりもしない。いつもの喜翠荘で、いつものようにちょっとした事件。否、本放送版ですら撮影詐欺に騙されて数百万単位の損害を出した経験もあるわけで、むしろ我々の知っている喜翠荘のトラブルの中では規模の小さいレベル。そんなものを、わざわざ劇場版でやるのである。そして、これこそが、まさにこれこそが、望まれた「いろは」の世界である。実を言うと、視聴前に多少の不安があった。「劇場版だからってヘンテコな事件を起こされたり、見たこともないような展開になってあの世界がぶちこわしになったらどうしよう」という心配があった。たとえば、うまくまとまってたとはいえ、あの日常作品の金字塔である「けいおん」の劇場版ですら、イギリスに行くという特殊イベントのために多少なりとも毛色は変わったのだ。同じようなことが、「劇場版」の名を冠したこの作品にも起こってしまうのではないかと、そういう不安があった。
しかし、私の不安など制作スタッフが気付かないはずがないのである。安藤監督や脚本の岡田麿里がパンフのインタビューで答えてくれているが、既に「いろは」の世界はあの26話で完成している。それを余計な要素を足して動かすことは誰も望んでいない。あくまでもあの「出来上がった」世界の中で、この作品の持ち味を更に深く、強く出すことこそが、この劇場版の使命である。わずか70分という尺ではあったが、望んだ通りのものが、ほぼ完璧な状態で準備されていた。本当に、特別なことは何も無い。映像面で見ても、京アニが作った「ハルヒ」や「けいおん」の時のように、既にP.A.Worksのアニメは地上波でも相当完成度が高く、劇場だからといって飛び抜けて画面が綺麗になるというわけではない(もちろん、大スクリーンで見る湯乃鷺の景観が本当に見事であることは言わずもがなであるが)。あくまで、「地上波で見たあの作品の、ちょっとしたおまけを大きなスクリーンで見る」という程度のイベントである。しかし、そのイベントがどれだけ切に望まれていたことか。改めて見る「花咲くいろは」は、やはり素晴らしいアニメーションである。
細かく気になった部分を見ていこう。ただ、何度も言うように「何か大きな事件が起きる」という内容ではないため、いわゆる他の「劇場作品」とは違い、どこかにクライマックスが待ち構えているという構成ではない。強いて言えば、もう時間中の全てがクライマックスである。どこをとっても「いろは」である。時間軸を細かく刻みながらの物語は、その全てが喜翠荘の歴史には欠かせない大切な1ページだ。「いろは」は三世代にわたる女性達の生き様が描かれた物語であるが、その三世代の相互の関係性、タイトルの「HOME」という言葉を借りるなら「家族」というのが最も大きなテーマとなっている。放送版でのスイ・皐月・緒花の3世代の物語にいちいち涙していた身としては、この部分に新たにスポットが当たり、また新しい四十万・松前の歴史が見られただけでも感涙もの。正直、中盤以降は延々涙腺がゆるみっぱなしで本当に大変だった。
今回敢えて1人ヒロインを選ぶとするなら、それはおそらく皐月さんということになる。過去と未来を行き来して描かれる1人の女性像は、上にスイ、下に緒花という3世代の橋渡しの役割を果たすものであり、普通に考えたら「3代の物語」では一番大切なポジションである。放送版では、「スイと緒花」という関係性がクローズアップされて皐月はあまり画面に登場しなかったために3人の中ではウェイトの軽い存在だったが、今回はたっぷりと、皐月さんを中心とした物語が構成されている。そして、「スイと緒花」という関係性は相対的に少なくなり、「スイと皐月」「皐月と緒花」という「母子」の関係が焦点となっている。そして、これがいちいち真に迫る。個人的に一番辛く感じ入ったシーンは、皐月がスイと喧嘩し「私は母さんにはならない」と叫ぶところ。冒頭では「クソババア」と連呼するシーンなどもあり、片田舎の喜翠荘で溜まりにたまった母子の軋轢は最も良くない形で噴出することになる。ここで実の娘にそんな言葉を投げかけられてしまったスイさんの気持ちを思うと本当に辛い。しかし、それは単に一方的な感情の発露ではなく、きっちりと皐月自身も傷つけている。結局、放送版の物語に繋がる部分までこの2人は和解には至っていなかったわけで、今回初めて登場した回想シーンでも、最終的には喧嘩別れのままの状態である。しかし、あの若かりし日の皐月さんが真正面から実母にぶつかり、互いに傷ついたことが、後に大きな財産となっていることもきちんと分かるようになっている。母親に対する苛立ちのどこまでが自分の責任であり、どこからが止めようのない感情なのか、高校生時代の皐月さんは、真剣に向き合って答えを出していたのだ。もちろん、その財産を受け継いだ存在こそが、緒花であろう。
「皐月と緒花」の家族関係を繋ぐツールはやや変則的で、結名がひっくり返した荷物から出てきた豆じいの日記から、緒花が一方的に皐月の青い時代をイメージする、という作りになっている。そこには、「実母とぶつかり合って家を飛び出した野放図な娘」という、緒花が多少なりとも知っている皐月像ももちろんあり、更に、後に緒花の父となる男性、綾人とのロマンスも垣間見える。緒花にとっての母は、「仕事しかしなかった駄目な母」でもあったわけだが、その仕事の先にあるのが父の面影であることを感じ取り、そこに母が目指した「輝き」の一端、「ドキドキ」を見つけ出した。緒花と皐月の関係性は特別悪かったわけではないだろうが、改めて母子の関係性が近くなった、大きな事件だろう。このすぐあとの時期に、放送版では最終回近辺に起こった喜翠荘店じまい騒動が来るということが分かっていると、このあたりでの三世代の絡みも実に味わい深いものである。
本当は、この3人の関係について、まだまだまだまだたくさん思い入れのあるシーンが詰め込まれている。綾人が亡くなり、失意の皐月が助けを求めようと喜翠荘に戻った雪の日の事件、スイが騒がしい浴室の前で思い出したいつかの姉弟の記憶。そして今回の映画で最も印象深い「走る」という行為そのもの。そういえば、放送版の頃からずっとだが、緒花という娘はとにかく慌てて走る娘だった。そして今回は、もうこれでもかというくらいに走る走る。皐月は綾人を追いかけたあの日に、決意を新たにしたあの雪の日に、そしてゴミ収集車を追いかけて走る。緒花は悶々とした夜にたまらずに、菜子の妹を捜してデパートを、そしてお弁当を届ける慌ただしい朝を走る走る。この躍動感、とにかく動き続けて「輝き」を目指し続ける姿勢こそ、四十万・松前の血筋なのだろう。全部違うように見えて、常にこの3人の母子らは繋がり続けている。放送版でも感じ入った見事な「家族」の構図が、この劇場版で改めて鮮やかになっている。その一点だけでも、この劇場版は素晴らしい完成度だと断言して良いだろう。
もちろん、見せ場があるのはこの3人だけではない。どうしても「家族」がテーマなのでメイン3人が目立つが、今回その次にバトンを回されたのは、同じように「家族」というテーマで作られた菜子である。普段から努力の人として描かれた菜子の、ほんの少しの弱音、吹き出してしまった年相応の感情の爆発。そうした部分が実に切なく、それでいて優しさを持った状態で溢れてくる。押水家もきっと松前の家と同様に良い「家族」なのだろう。他の家の「娘」の姿を見て、自分に投影し、また前を見続ける緒花のまっすぐな視線も気持ちが良い。
残るキャラについては「家族」という目線からはちょっと外れてしまうので、今回はわきでのサポートという役回りになるが、メインを張っている民子は当然の活躍。一番の注目ポイントが「つくだにらぶり〜」だったのは悩ましいところだが、この子はホントにぶれないわね。いくら何でも徹さんはみんちに対して厳しすぎやしないかという気もするが、放送版の時も割と容赦無かったものね。でも、あっという間にキャラ弁を作り上げてしまうほどの腕、板場でも存分に活かせそうな気もするけど。きちんとノルマであるホビロンもこなして、みんちは今日もやや不幸なスタンスでした。結名は……まぁ、いいか。ホントにひどいヤツなのは間違いないです。あの松の木は大丈夫だったのかなぁ……ふくやの女将さんも跡継ぎになりたいって言い出した娘があれじゃ、流石に心配。どうにも旅館の娘は問題児が多い気がするぞ。
そして、今回は異色の大活躍となった、我らが大人代表、巴さん。もう、今回は彼女の顔芸だけでも大スクリーンで見た甲斐があったってもんですよ。元気出してね巴さん、大丈夫、まだまだあなたは中の人よりも若いんだから……。角質だってちゃんとケアすればぴちぴちに違いないわ。ちなみに、今回ほんのちょっとだが、赤ん坊緒花をつれた皐月さんが駅に到着したシーンで、女学生時代の巴さんが映っているシーンがある。作品時間だと巴さんが28歳で、緒花は高校2年生(16〜7歳)ってことは、あのシーンの巴さんは中学校あがりたてくらいということになるが、なんか女子高生みたいに見えたな。周りにいたお友達はみんな嫁いだんでしょうかね……。
女性ばかりが目立つ本作だが、男性陣も負けてはいない。……いや、すまん、嘘だ。割と負けてる。今回一番活躍した男性は、初登場キャラの綾人さんである。カメラマンなんて怪しげな仕事のくせに、非の打ち所がないイケメンセンスとイケメンアクションを持つ男。そりゃ、田舎娘の皐月さんが惚れ込んで突っ走るのも無理はない。早世したのが残念でならないナイスガイ。皐月と緒花の性格が違っているのって、緒花が皐月を反面教師にしたっていうのもあるけど、やっぱりあの綾人さんの血も関係してるんだろうなぁ。
男性キャラの活躍度合いでは、次点で間違いなく豆じいである。ほとんどしゃべってないんだけども、今回キーパーツとなった日記の執筆者であり、裏から喜翠荘の全てを見続けていた男の静かな存在感。3つの時代に渡って髪型が一切変わっていないのも脅威であった。若い頃から好々爺に見えるのは何故なんだろうかね。あとは、今回ショタバージョンでの活躍が目立った縁。弟ってさぁ、姉がああだから必要以上に気遣っちゃうんだよなぁ。今の縁はヘタレだとは言われるが、優しい性格を維持しながらも、ちゃんと一人の男に育ってるじゃございませんか。崇子と組んだ時のやっかいものっぷりは見のがしてあげてくれ。あとは次郎丸か。あいつはいいや。蓮さんも……まぁ、今回はそっとしておこう。一応孝ちゃんもいるにはいるが、今回は回想以外で実際に登場したシーンはないからね。ただ、ラストのメル絵でちゃっかり緒花の隣で真ん中に陣取ってるのはずるいと思った。まぁ、喜翠荘の跡取りになるかもしれない人材だからなぁ。
まだまだ他に書きたいことがいっぱいあった気がするのだが、なかなかまとまらないのです。こういう作品を見せつけられたあとになかなか文章に出来ないもどかしさっていうのは本当に悔しい。断片的に思い出して書くと、なこちの妹との再会シーンで流れてたのが「面影ワープ」だったところとかがナイス落涙ポイントでした。やっぱりこの世界にnano.RIPEは不可欠なのである。エンディングテーマも良かったよ。
というわけで、音楽繋がりで最後に中の人。今回はとにかく「伊藤かな恵劇場」である。何せ2世代にわたるメインヒロインを勤め上げ、そのどちらも異なった魅力がガンガン前面に出てくる仕上がり。冒頭の絶叫シーンとかいきなり引き込まれますよ。そういえば一番最初のシーンがあのプールっていうのも嬉しかったポイントなんだけどね。皐月と綾人の馴れ初めの場所が、縁と崇子がゴールしたプールなんですよ。なかなか憎い配置。さておき、かな恵ちゃんの他にも、その対戦相手を務めた本田貴子。絶叫からの感情の発露が見事だったなこち役、豊崎愛生。そして飛び道具っぷりを遺憾なく発揮させた巴さん役、能登麻美子などなど。相変わらず耳に心地よい作品です。
とにかく、ファンとしては一部の不満もない、理想を具現化させたような見事なムービーになっている。ファンならば見ておかないことには死ぬこともままならぬ。またほんの一時でも湯乃鷺の情景に身を任せ、みんなでかかとの角質を削ろうじゃありませんか。あ、僕は別に黄色くないです。人生経験少ないです。みんなでぼんぼろう。
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