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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
???「私の夢になってよ」 第11話。まぁ、決め台詞としてはそこそこ定型句っぽいフォーマットなので偶然の一致なのかもしれないが……どうしても想起しちゃうよね。 というわけで、決勝に向けて団員一同の結束を深めるお話。まぁ、これまでの10話もずっと「結束を深めるお話」だったわけだし、今更瑞佳たちがどエラいことに気づいたかのようにして「みんなで頑張ろう」という真理に辿り着くってのはだいぶ遅きに失した感はあるのだが……気づかないよりはいいことですからね。これまでの人生で他者とのコミュニケーションが不完全だった瑞佳が気負っちゃってワンマン気質になってたのは理解できるんだけど、隣にくっついてる桜翔まで同じような視野狭窄に陥ってたってのは困ったもんである。まぁ、この子も自分の芸についてとにかくストイックなので、自分を追い込むことにしか頭がいかなかったのかもしれないけども。 そんなわけで、気づいたらひまわりはキルクストーナメントの決勝にまで上がっていたという。前回初戦突破がダイジェストですらなかったところがぽかーんポイントだったわけだが、その後のくだりについてもさらなるすっ飛ばしで「とにかく皇との対決さえみられればそれでええやろ」という構成。まぁ、間違っちゃいないのだが……もうちょい「大会らしさ」を見せてほしかった気もする。そして決勝戦も「隣り合うテントで3日間にわたって執り行われます」だけだとどんなレギュレーションなのかもよく分からない。審査員はいるみたいなので、その場での何かしらの評価が下されるタイプなの? でも観客のリアクションも評価に影響してるんだよね? なんでテント2つあるん? よく分からん大会だが……まぁ、そこを気にしてもしょうがないか。とにかく最終的な結論としては「瑞佳たちの空中ブランコはもちろん頑張るけど、それだけじゃ頭打ちだし七海には勝てそうもないので、団員の総合力で勝負するぞ!」という方針になりました。……それこそ総合力で皇に勝てる道理もない気がするんだが……やっぱ個々の団員たちのエピソードが決定的に不足してるなぁ。 一応今回の顛末で株を上げた……というか立ち位置が分かりやすくなったのは雫・山田の移籍組。雫の「古傷を持つ老兵」ポジションのお手本のような立ち回りだが、無茶しそうだった瑞佳たちを止めて一旦冷静にさせる役割は大人じゃないとできない部分だろう。また、雫は年長者として凛さんや団長との橋渡し役も務めており、団長代理は瑞佳ではあるが、現時点での責任者は実質雫さんになってる気もする。どの団員についても、こういう個別の立ち回りで必要性が感じられるようになると良い「チーム」ものになるんだけどなぁ。現状山田ですらイマイチ重要性が分からんからなぁ。 団長の手術が決まり、狙ったようなスケジュールと難度設定で必要以上に過酷な運命が押し寄せる。まぁ、このアニメで手術失敗団長死亡エンドなんてあるわけがないのでそこは心配しなくてもいいだろうが、「団長のためにも絶対勝つ!」がモチベとして微妙なタイミングになってしまったのは気になるところ。生死を分ける規模の手術ってことは、多分優勝したとしてもそのタイミングで即座に団長に知らせることもできないだろうし(そもそもこの時代の渡米って結構大変じゃない?)。エンディングをどういう流れにしたいのか、今からちょっと気になるところではあるな。 ……最終的に身体の機能が回復して一気に大人になった団長が帰ってきたりしたらどうしよう……。 PR
新規加入者を全て処理してしまった第3期。残る話数でどんなお話になるのかと思っていたが、まずAパートはすんげぇ普通に1人だけピックアップしたデート話になった。しかもよりによって(よりによって?)そのターゲットはハハリである。こうしてみると、やっぱりお話の比重でいうと初期メンバー絡みのストーリーがどうしても多くなるよね。ハハリまでの6人って、何かしら特権的な立場を持つ「恋太郎ファミリーの重役」みたいな認識に設定しておいた方がいいのかもしれない。 アバンでのメイとの絡み、そして謎の屋上メンコ大会で一応他のメンバーも全員顔を出してはいるが、本当に最低限のノルマという感じで、大部分はハハリと恋太郎だけという純正デート仕様。ここまで他者を排除した構成は個別の加入エピソード以外では珍しくなっており、なんならここ最近のメンバーなんて加入エピも割と適当になってきているのでそれ以上の重要度で描かれている印象すらある。今更になって「ハハリを女子高生として扱おう!」ってんで「放課後デート」を目論んだ恋太郎の思惑はなかなか追いつけないが、こいつの場合は同じウェイトで全メンバーに対してデートを持ちかけてる可能性すらあるのでなんとも言えない。現状、1人に放課後1回を費やすと考えると個別デートは月に2回が限度になってしまうわけだが……恋太郎なら分身の術でも使って同時多発的にデートできそうな気すらする。実際、今回の「サブスクみて勉強した」時間もどこで確保できたかわかんねぇしな。まー、未だ作中では作品スタートから数ヶ月しか進んでないみたいだし……もはや時間についてあれこれツッコむのも野暮というものだろう。妙な形のサザエさん時空である。 ハハリとのデートが思いの外真っ当なもので、ハハリのクレイジーエピソードがほとんどなかったのは驚きだったが、もしかしたらBパートのじっとりした雰囲気に接続するための配慮だったのかもしれない。Bパートはさらに初期メンバーへの目配せを重ねており、ファミリーの中でもハカリ×カラネと並んで最も濃密な関係性を誇るシズカ×ナノのカップリングの掘り下げ。もはやナノは「恋太郎に恋してる」っていう設定もどっか行ってるんじゃないかと心配になるくらい、シズカに対して一途である。シズカの愛らしさはファミリー内でも多数のファンを抱えるくらいのものなので、ナノの感情もあくまで「小さいものを愛でたいという愛着」の延長線上なのかもしれないが……今回の「おうちデート」の情景を見るに、やはりナノさんだけはシズカに対して特別な感情を抱えているように見えるよね。まぁ、愛情は自由だし、ベクトルは何本あっても困りませんからね。 そうしてナノ×シズカのイチャイチャエピソードになってくれればいいな、と思っていたが、どうやら今シーズンの最終回に向けて、ちょっとしたシリアスは用意されていたようである。シズカのスマホが取り上げられて彼女がしゃべれなくなってしまうという展開から、恋太郎は今期3度目の家庭訪問へと挑む。チヨちゃんの親父さん、クスリ先輩のご家族との関係性は丸く収まったが、さてこちらはどうなるか。ヤクさんのようなカウンタービビーンも無く、純粋に「どちらがどれだけシズカのことを大切に思っているか」での対決になる気がするが、基本的に恋太郎ってメンバーのご家族に対しては絶対に礼は失さないんだよな。これまでの家族と違って、シズカの母はちょっととっつきづらそうなキャラに見えるが……最終話はギャグに戻ってきてくれるのか、それともシズカを巡る感動ストーリーが待っているのか……このアニメで感動するのは難しくない? 「天幕のジャードゥーガル」 7→8 まだまだ最終回シーズンは始まったばかりなので時期尚早ではあるが、今期アニメで私が一番楽しんだのは間違いなくこの作品。何もかもが理想通りの、素晴らしいアニメーションだった。 「なんかもぅ、すんごいの!」というと語彙力消失で大して語ることもできなくなってしまうのだが、ワンパターンを承知でいつも通りに区分けして評価していくしかないだろう。今作で筆頭に持ってきたい要素はアニメーションの映像美そのものである。特徴的なデフォルメ強めのキャラクターデザインは一見するとアメリカ的カートゥーン文化に近く、そのあたりのラインに合わせたアニメーションになるのかな、とか一瞬思うかもしれないが、ここから生まれてくるモーションやカット割り、シーンの見せ方は全てジャパニメーションの技巧の粋。背景美術やどこかしらtribalなニュアンスも醸すエフェクトの使い方など、描きたいものに相応しい「画」が正しく選択されており、ただ画面を見るだけでも楽しい作品に仕上がっている。サイエンスSARUの作画力はここ最近鰻登りだが、また1つ存在感を見せつける傑作を生み出したのである。こうした「画的な」統制感を見せつけたのはスタジオ全体の力もそうだし、監督を任されたAbel Gongora氏、そして何より総監督・山田尚子の采配あってこそのものだろう。 画の話でわざわざ別立てで書いとくけど、キャラクターがいちいち可愛らしいというのも無視できないファクターだと思う。これはアニメの力でもあり原作の功績もかなり大きいのだろうが、1話目時点ですでに感心していた「似たような丸っこいキャラデザのくせして1人1人の個性が引き立つデザイン」が秀逸で、おそらく原作時点で完成度の高い描き分けに、さらにアニメが力を与えた形だろう。今作はオープニング演出も大好きで毎回飛ばさず見ていたのだが、冒頭でタイトルが入る部分の「魔女の目」の演出が怖気が走るくらい好きなんですよね。シタラの「目」は最終話でも印象的に描写されたが、とにかく美しくて……シタラちゃん自身もオリエンタルな魅力あふれる美人さんですよね。他にもドレゲネ様、ソルコクタニさん、そしてファーティマ様……皆美しい。もちろん野郎どもも同じように魅力的ですよ? 個人的にはオゴタイ・トルイの兄弟はやっぱりインパクトがあったけど、なぜかやたら気になったのはカダクなんだよな。あいつ、いいやつだよね。 こうして1人1人のキャラに言及できるくらいに魅力が満ち満ちていたのはもちろん表面的なデザインの良さもあるが、ストーリーラインの魅力を抜きにしては語れないだろう。まぁ、結局はすごくシンプルに「筋立てが面白い」なんですよ。日本の漫画作品としては珍しい舞台・題材を扱っているが、その描写の中心に置いたテーマが「当時の女性たちの戦い・知恵を巡らせ、考えることの重要性」っていうのが独特な部分で。例えばジャンルはズレるし目的意識も違うだろうけど一応近いテーマの漫画作品に「乙嫁語り」があるじゃないですか。あれもすごく素敵な作品で、当時のモンゴル文化が活き活きと描写されている。日本人にとっては珍しいものなので、それを丁寧にそのまま描出するだけでも魅力的な漫画作品になったかもしれないけど、本作はそこに「チ。」のような思想的な戦いを盛り込み、その中心にシタラさんを置いたわけですよ。もう、この構造自体がとても新鮮で、「次に何が起こるんだろう?」というワクワクに繋がったんですよ。まぁ、単に私が世界史の知識ゼロの阿呆だったからという可能性もあるけど……(多くの日本人は流石にこの辺の歴史については疎いと信じたい)。 というわけで、画が良くてお話が良くて、それを統制したアニメスタッフが素晴らしかったという、当たり前の結論でございました。あとはいつも通りに勝手に3本目の柱として中の人トークに移るわけですが、まぁ、流石にMVPは関根明良で揺るがないでしょうか。今期は飛ぶ鳥を薙ぎ払う勢いの関根明良。シタラさんのグツグツと湧き立つエネルギーを表現するのにこんなにもドンピシャなキャストがいるものかと。しかも今期はふつーにアニメ観てるだけで「いろんな関根明良」を強制的に浴びせられる「関根地獄」みたいなシーズンになったもんで、ギャップが際立ってますます魅力的に見える(聞こえる)っていう。最高でございました。次点では何度も上げてるけどソルコクタニ様を何としても取り上げたい。久野ちゃん! 最高でしたよ! ほんとに美しかった。久野ちゃんが自身のXで「初めて年相応の役ができて嬉しかった」って語ってたんだけど、「そうなんだよ、久野美咲はこれができる年齢なんだよ!」という当たり前の事実を、厳然たるものとして我々に叩きつけてくれた。他の面々も本当に素敵で、アニメを観ていて、声オタやっててよかったとしみじみ感謝を捧げられる作品でした。 このクラスのアニメが1年に1、2本出てくれば、私はまだまだアニメ視聴のモチベを落とさずに済みそうです。あ、原作はとりあえず買いますね。多分2期はあったとしても相当先になるだろうしな……。待ってるで!
名前が無いからいいことってある、第23話。そうなんだよなぁ……2人の関係が明確にタグ付けされてしまったら、あの2人はどうなってしまうのか……。男女の友情は成立しないからなぁ……。 というわけで待ってました、前回お休みしていた東・平ペアが今回のAパート担当だ。と言っても、前回の西・山田組や鈴木・谷組のように決定的に何かが動くお話ではないってのがこいつらのめんどくせぇところで、平は一度「もしかして東って俺のこと好きなんか?」→「俺の勘違いでした〜!」を経て久しぶりにどん底モード。自己肯定感の低い平は自分のキモ勘違いのことを思い出すだけで死にたくなってしまうメンタリティ。でもまぁ、余計な勘違いが解消されて改めて東と一緒に過ごすことができるならそれでよしとするか……。 とか思ってるわけだが、東側からしたらたまったもんじゃない。何しろ勘違いでもなんでもない大正解。そしてなんなら東はその大正解に気づいてほしいような、やっぱずっと知らずにいてほしいような、絶妙な葛藤の中で日々を生きているのである。平も同時に葛藤してくれてれば奇跡的なすれ違いでバランスが維持されていたかもしれないが、今回の平の様子を評して東は「やたら懐かれている」と言っている。やはりお互いにベスト距離感の合意が取れていないのである。余計なところで何気なく2人きりになる空間、絶妙なその空気に、またも東だけが一方的にやきもきする状態になってしまった。ここまでのルートを通っても、未だ東の中で「告白したらドン引きされるから無理」なのが平の罪作りなところである。 ただ、余計な堂々巡りをしていることも決して無駄ではないというのがこの2人の絶妙なところでして、一度失いかけた関係だからこそ、平は何気ないところにありがたみを覚えている。勝手に生み出されたお預け戦術であり、もっかい差し出されればなんとなくありがたみも増す。まぁ、平の方からは引き続き「関係性に名前をつけよう」なんて思ってないわけだが……頑張れ東、そろそろ態度が露骨になってるから佐藤に気づかれるリスクが高まっているぞ(気づいてそっとしてくれてる本田さんはええ人やで)。 そしてBパートは、久しぶりにどのペアにもメインスポットを当てない「群像」のパート。今までになかった規模で同級生たちが一堂に会した「名もなき菓子パーティー」で高校3年生の冬という絶妙に何をするにも勇気がいるシーズンを駆け抜けていく。……この時期って俺は何をやってた時期なんだろう。全く思い出せないが……多分必死でセンター試験(当時)の対策してたせいだろうな……。いや、12月初旬はまだそこまでも行ってないか? まぁ、人生ずっとふわふわしてたから覚えてないのもしょうがないや。少なくとも青春らしさは無かったと思うわ。 そんな時期に集まる受験生たち(一部例外あり)はまもなく終わる取り止めのない時間を惜しみつつ、少しずつ進路が分かれて別々の人生を歩き始めるこの時期になんだかそわそわした高揚感も覚えている気がする。前回一通り問題を解決させた西・山田ペアあたりは純粋に雑多なパーティーを楽しむことができて、本田さんもそこはご満悦。西さんはああいう雑談の場に置いとくとちょうどいいゲラ要員になってくれるので雰囲気が明るくなっていいよね。 そして問題の東と平。いつの間にやらこういう集まりに参加することに抵抗がなくなった平。そして今回はついに「平の方から東を誘う」という動きがあり、慣れない東は不必要なまでにドギマギである。少なくとも「東と一緒にいることのモヤモヤ感」は平の中にはなくなったし、間違いなく「楽しいことがあるなら、呼んで共有したいと思える相手」にはなっている。それがわかっただけでも、東としては一歩前進……なのかしら。それすら怪しいのがこいつらの怖いところだ。多分、東は「名前が無いイベント」の楽しさに、「名前の無い関係性のありがたさ」を重ね合わせる心の余裕がないだろうしな……。 そして、進路の話は再び谷のところに戻ってきた。結局遠くの大学を目指すことが決まった谷。鈴木もそれを応援する決心をしたわけだが……谷も不器用だからなぁ……確かに人生の大一番ではあるが、いろんな意味で無理はしないでほしいよ……。 常識人が損をする世界、第23話。まぁ、命の取り合いするバトル世界に生きてるなら、ある意味で当たり前ではあるのだが。ケンくんとツバキちゃんの巻き込まれっぷりは可哀想。いや、ケンは一応タマ取りに来てたから別にいいんか。 先に言及しておくと、次回のタイトルが「東村と西ノ村」ということで、ようやくこれまでその存在をぼんやりと匂わされていた「西の村」という敵対組織が明確に現れた。今回のお話はそんな対立につながる過程のお話で、間を取り持つアキオを巡って、影森の家がとにかくバタバタしてるのが大変。あれだけのツガイ使いを擁しながら、最終的にはツガイを失った生身のアキオ1人を逃してしまうってんで影森の警備体制も案外大したことないのかもしれない。まぁ、先週言及されてた通りに「あまりにツガイが馴染みすぎててツガイの気配が追いずらい」とか、そもそも結界アリが前提になっているので実際にツガイの襲撃を受けた場合の対策があんまり打ててなかったとか、理由は色々ありそうだけど。あと単にアキオのフィジカルがお化け。「痛覚が全くない」というチートアドがあるとはいえ、片腕を失った状態にも関わらず、一本腕で警備員を締め殺せるのはだいぶ危ない。隻腕になったのはついさっきのくせしてその戦い方に慣れてるのもどうかしてる。影森家は手痛いミスを重ねてしまっていることになるな。 ちなみにそんなアキオが逃げ帰った先には謎の女性が待ち構えており、アキオは彼女のことを「母親」だと認識している。その上で「血のつながりってぇのは云々」みたいな話をされていたので普通に考えたらあの女性が実母ということになりそうだが……どうなんでしょうね。アキオたちって元々みなしごみたいな扱いで影森に拾われてたわけだよね? だとしたら何と無く素性とかは洗われてる気もするのだが……もし敵対組織と内通しちゃうような血縁関係があったとしたら、単に影森側のチェックミスと言えるかもしれない。ただ、あの自称オカンがアキオに対しても遠慮なく悪そうな顔を見せていたところから、もしかしたらアキオさんはさらに操られて血縁だと「思わされてる」可能性もある気はする。まぁ、だとしたらますます救われないポジションに自分から突き進んでることになるけども。何にせよ、アキオさんはこれ以降、流石に救済チャンスは訪れないだろう。 他方、ドタバタしている影森とは別軸で動こうとしていた東村チーム(田寺チーム)だったが、日々の重労働が祟ってユルがノックダウン。デラさん曰く「下界に降りてくると村にはなかったような病気もあるかもしれないし、公衆衛生学的にもこうやって調子を崩しちゃう村出身者は多い」とのこと。なるほどそういう見方もあるのか。なんか「伝染病の予防」みたいな流れは「さすが百姓貴族の作者やな……」という謎の感慨があったりなかったり。 ユルが倒れてしまい、お見舞いがてら大量のツガイが転がり込むと、迷惑するのはハナちゃんだけ。ぼちぼちキレてもいい頃合いだが(実際キレてるが)最終的には人がいいハナちゃんは全部許してしまってるんだよな。まぁ、ザシキワラシのスカウトには下心もあったようだが……どうなんでしょうね。伝承に残る妖怪の座敷童は確かに幸運を呼び込むとされているが、このツガイの座敷童がそうだとは誰も言ってないからな。どっちかというと、これまで在籍していた東村の惨状を思えば眉唾ものな気はするが……まぁ、いうてハナさんもこんな子供(に見える)2人を放って置けないってんで引き取ってはいるんだろう。 そして村の幼子・ツバキちゃんも一時的に保護することになり、すでにキャパオーバーのハナちゃん宅に、追い討ちをかけるようにして宇宙人ツガイやらオシラサマやらまで押しかけててんてこ舞い。オシラサマのウマ、なんかどうでもいいところでもちゃんと顔芸でリアクションしてくれるので結構空気が読めるいいやつなのかもしれん。 さぁ、ハナちゃんが今後幸運だと思えるタイミングは来るのか。そして、一家の財政状況はどうなってしまうのか!? 待て次回! ……最終回近くでこんな話でいいのか? 私たちの戦いはこれからよ! 最終話!! 原作未完なので致し方ないおれたたエンド。でも、これ以上ないくらい魅力的なおれたたエンド。 波乱のきっかけはソルコクタニ。トルイを失い、何もかもがどうでもよくなっていたはずのソルコクタニだったが、前回のシタラの怒号で一念発起。自分にもまだやれることがあるはずだと再起し、グユクとの婚姻に思い切りノーセンキューを突きつける。想定が狂ったボラクチンから圧をかけられるも、性根の強いソルコクタニのこと、理路整然と圧を吹き飛ばし、トルイの血族はここに魂を残すこととなった。そして、兄弟想いのオゴタイもそれを認める動き。内心忸怩たるボラクチンも、表立って攻め立てるわけにもいかなくなってしまった。まずここで1つ目の楔。 そして、そんなソルコクタニは置き土産がわりにドレゲネの居場所を匂わせてくれたおかげで(彼女はどうやって調べたんやろな)、シタラたちもドレゲネ様を救出する見込みがたった。駆けつけるシラ、そしてカダク。シラは未だ根無し草だが、カダクさんのドレゲネさんへの忠誠は本物であり、現状でシタラと目的を共にしているのは心強い。いろんな偶然もあって無事にドレゲネの天幕を発見し、久しぶりの再会を果たす2人。直接のお目通りがかなったことにより、互いの認識の齟齬をすり合わせ、お互いの間違いを謝罪する流れとなる。別々にボラクチンに籠絡されたことによってお互いの大願が挫けそうになっていたが、ことここに及んで、再び同盟を確認し、今一度の奮起を誓う。ちなみにドレゲネさん、想定上の親バカだったらしく、グユクが絡むとキャラがかわっちまうママさんであった。ただひたすらに可愛い。 それにしてもシタラとドレゲネさんの関係性ってのも、ずいぶん酷なものである。別々に切り離されて説得されれば、2人とも「まぁ、確かに今の生活も悪くはないのか……」って受け入れそうになっちゃうのに、2人が繋がって「モンゴル憎し」の感情を確認すると、お互いにその復讐心を必死に焚きつけ合うのである。もはや「無くてもいい」はずの負の感情を同盟への義侠心から手放せない状況、呪いとすら言えるものかもしれない。2人が始めた物語、今更どちらかから「やめましょう」とは言えないし、2人ともそれが正しいと思っている。ハタから見ると何とも不憫な身の上であるが……もはやそこに疑問を持つ意味もないのだろう。 しかし、そんな2人にさらなる混迷の投下。なんと大カーン・オゴタイ自らドレゲネの天幕にやってきたのだ。提案は「もうややこしい政治の世界から離れて幸せになってよ」である。さらにシタラに対しても「勝負」を持ちかけ、「君の複雑な身の上は理解するし、帝国を憎む気持ちを現時点でどうすることもできないよ。その上で全部飲み込んでみせるから、改めて帝国で幸せになってよ」というもの。事前に天文学知識を問うたところで、シタラが強固なアラビア的世界観を固持していることは確認が取れたし、ドレゲネとの対話を思い起こせば、今目の前にいる小姓も似たような敵愾心を持ち続けていることは容易く理解できた上での提案であろう。 ここに来て、オゴタイという男についても改めてその強烈な人物像が確認できたような気がする。よく言えば器がとにかくでかい。明確に寝首をかくと宣言したドレゲネ、彼女と野心を共有するであろうシタラ、2人の「敵」を前にしても動じず、まるっと飲み込んで「幸せにしてやる」と言える男、なかなかいないだろう。なるべくして支配者となった、そんな人物なのは間違いない。しかし裏を返せば人智を超えた傲慢さの表れとも言える。彼の提案はドレゲネやシタラのこれまでの人生を全て「諦めろ」と言っているのに等しく、全ての人生を自分の帝国が満たせるという考えはあまりに悪魔的で、シタラ側からは受け入れられないものだろう。オゴタイがどこまで考えて「勝負」という言葉を使ったかは定かでないが、彼の提案はまさに死闘。互いのアイデンティティを賭けた社会と人格をめぐる闘争。血が流れずとも、この地に争いは絶えない。 改めて、ドレゲネもオゴタイの提案を蹴って戦う意思を示した。オゴタイの目論見は失敗したことになり、ボラクチンも内心穏やかではないだろう。それでも「第2妃」となったドレゲネを無碍にするわけにもいかず、不審な従者ともども、気の抜けない監視体制に置かねばならない。遠くトルイの領地ではソルコクタニは引き続き捲土重来を待つ。この世の「魔女」たちの戦いは続いていくのである。 ……ネタバレ踏みたくないとなると、世界史の教科書すら読めなくなるな……(原作は買おう)。 「Bang Dream!ゆめ∞みた」 7→7 さぁ、まとめていくか。先にお断りしておくが、私は魂を売り渡すことを決めたバンドリーマーである。今回の感想についても、もちろんアニメシリーズ単体としての評価は意識するが、最終的には「バンドリという大きなプロジェクトの中での意義」を評価するものになる。興味がない人にとっては申し訳ない話だがご容赦願いたい。 アニメシリーズとして総括する際に議論の中心にくるのは当然ビオラというたった1人のキャラクターの存在であろう。肯定的に見れば「面白すぎる悪役をありがとう」だし、否定的に見れば「ビオラ1人のアニメになっちゃったじゃん、主役はゆめみただっつってんのに」とも言える。これは両面性のあることがだが、確かに単体で完結するアニメ作品としては、ビオラの退場もモヤっとしているところから不完全燃焼を不満に思う向きもあるかもしれない。 しかし、私としてはこの「ビオラという存在を相当量の筆を割いて語る」ということにシリーズを費やしたことは、プロジェクト全体の今後の方針を見定める上で大きな意義があったと思っている。まずもって確実に大きなターニングポイントになったことは間違い無いのだから。 ここからは歴史を振り返る必要が出てくるが、まず、バンドリプロジェクトが指導したのがおよそ10年前。発案者の木谷氏曰く「愛美がギター引きながら歌ってるのを見て、声優でリアルバンドやらせたら面白かろうと思った」からスタートしたプロジェクトだ。すでにこの時期にはアイドルアニメも花盛りでキャラとキャストの重ね合わせはそこいらで行われていたわけだが、それをバンドという面倒なフォーマットに載せるというだけで1つの冒険。さらにアプリゲームとしてリリースするにあたり、愛美率いるポピパだけでは流石に足りないため、第2のリアルバンドRoseliaに加え、ゲーム世界内だけのバンドも3つ創出した上でプロジェクトが動きだした。 この時点で、まだこの作品がどういう方向に転がるか分からない。流石にアニメ化くらいは視野にいれていただろうが、もしかしたらリアルバンドが大して話題にもならず、ソシャゲもポシャって早期にサ終のルートだってあったはずだ(実際、ブシロードコンテンツのいくつかはそういう憂き目に合っているのだし)。その上でとにかく尽くせる手は尽くすってんで、5つのバンドにはそれぞれに突出した個性が与えられ、リアリティラインは比較的低めに設定された。ポピパは当時「頭ん中きらきら星かよ」と揶揄されもしたし、未だ現実なんて見る気もないハロハピみたいなバンドだって生まれた。この時点でのバンドリの「キャラクタービジネス」像はそのあたりが中核だったのだ。 しかし10年の時を経て、リアルバンドプロジェクトは想像以上の大成功。さらにリアルバンドを2つ追加して軌道に乗せ、目指したのは次の時代。「MyGO!!!!!」の始動である。「キラキラドキドキ」というとにかく底抜けに明るい夢と希望のバンドだったポピパに対し、MyGOのキャッチコピーは「迷子でも進め」。青春時代の悩みや苦しみに正面からぶつかるデザインになっており、それを象徴したのがアニメ「It’s MyGO!!!!!」である。バンドストーリーを描くには当然メンバー間の人間関係を描くのが中心的手法となり、これまでの7バンドでも悲喜交々の人間ドラマが展開されて魅力を発信してくれたが、MyGOではこのドラマの路線をグッとシリアスに、そして現代的なものに寄せた。そして繰り出される新バンドAve Mujicaと、アニメのムジカ。ギスドリの閾値を遠慮なくぶち上げ、初期のシリーズからは想像もできないようなドロドロドラマを展開。そしてこの路線が見事に突き抜け大ヒット。バンドを巡る物語のステージは次に移ったのである。 MyGO以降の「アワーノーツ組」は、そうしてポピパ世代とは異なるリアリティラインで、異なる物語を描くことを目的にしている。アニメマイムジはそのうちの1側面が突き抜けてあんなことになっちゃったわけだが、ゆめみたでも全く同じことをしたのではわざわざバンドを別に立てる意味がない。高松燈の物語、豊川祥子の物語とはまた違った路線で、仲町あられの物語は描かれるべきである。ただ、流石にMyGOもMujicaもベースラインが重すぎるところにあるので、ゆめみたはいくらか元気で愉快で溌剌路線に乗せたい。そうなると、バンド内部にあんまり重すぎる要素を入れ込みたくないのである。一生バンドをやる誓いを立て互いに縛り合うのもどうかと思うし、168億の借金にメンバーを沈めるのもどうかと思う。あくまで、ゆめみたは「夢に向かって無限大」にアップデートしてほしいのだ。そんな彼女たちの物語を描くなら、やはり「外」にタスクを設けるのが手っ取り早いのである。 そう、ビオラは「ゆめみたのために」つくられたこの世界の舞台装置の1つである。おそらくテストケースはハロハピのバンドストーリーのシャーリーの存在。ハロハピはあまりにナニな存在すぎて「バンドを潰そうとする外敵」シャーリーを持ってしてもハッピーラッキーを崩せないわけだが、ゆめみたであれば藤都子がお百度踏んでる間に炎上させることくらいは容易い。ハロハピストーリーで匙加減をチェックし、いよいよこの度「前向き突進型ヒロインにぶつける外敵」の用意がこの世界に整ったのである。アワーノーツの世界では、きっと躍動するビオラの姿も見られるに違いない。 元のバンドリの中心にある「キラキラドキドキ」の象徴は間違いなくポピパだったし、あの世界で最も優先されるべきリーダーはポピパだ。そして、アワーノーツを牽引する「リーダー」たるべきはMyGOになるだろう。しかし、だからとてMyGOの立ち位置はポピパと同じではない。新たな世代で「ポピパ的な」存在になりうるキラキラドキドキの牽引者は、ゆめみたになるのではなかろうか。仲町あられこそが、戸山香澄の跡を継ぐ、次なる「夢はパワー」の提唱者となるのではなかろうか。 個別感想の際にゆめみたに内包される「獣性」について言及した。こいつらほんとに自分勝手な奴らばかりで、強火早口オタクあられ、はらぺこバーサーカー律、おてあて暴走特急ののか、愛を捨てたクリエイト戦士都子、引きこもり鬱系ライターユノと、まだまだバンドとしてのまとまりなんてみえやしない。しかし、こうした個性のぶつかり合いこそがバンドの妙味であり、そのことはMyGOの面々が繰り返し訴えているところである(ムジカはそれどころじゃない)。アニメは一度終わったが、このアニメはあくまで「スタート地点」である。ゆめみたというバンドが新たなバンドリ世界線でどんな物語を繰り広げていくのか。そして、ビオラはそんな世界にどんな波紋を投げかけ続けるのか。いちファンとして、本当に楽しみな存在になった。早く来い来い、アワーノーツ。 追伸:既存バンドとこの世界の絡みが今後期待できるということなので、是非ともビオラと八幡海鈴をぶつけて「終わりかけの花火シスターズ」を結成させてください。
冒頭、いきなりクセつよな光ちゃんの漫画からスタートする画面がインパクト抜群だが、その漫画で語られるのは、光ちゃんがこれまでどんなポリシーを持って育ってきたかという人生録である。彼女の母親、へびちか先生があまりに強烈すぎるキャラなもんで、光ちゃんは親の恩恵を「才」という形で受け継ぎ、その志もきちんと受け継ぎつつも、自分の親が「怪物」の類であることは理解している。彼女が漫画の中で自分の生活を「森の中」に例えているということは、無意識かもしれないがどこかしら世間との隔絶は感じているし、それが決していいことばかりではないということもなんとなくは分かっているのだろう。ただ、彼女は少なくとも現段階においてはその生き方を否定する理由も持ち合わせてはいないし、幸か不幸か「10%」の方の人生を歩めてしまっている。彼女が親の爪の下を離れ、1人で人生のその先を決めるまで、まだ少しの猶予がありそうだ。 そんな光ちゃんは、安海に何かしらの可能性を見出したし、藤森さんの絵のスキルは手放しで評価しているため、この2人については「10%の方」と認識。2人を名前で呼ぶのも、それぞれが持っている「爪」に対するある程度の評価の表れであろう。そして「下に見ているかも」の「かも」は多分オブラートでしかない赤福との関係性。赤福はなんもねぇ90%のカスの方であろうと決めつけており、それが普段の接し方にも表れているのだ。そしてよくないことに、へびちかは実の娘に「カスに感化されて持っている才を鈍らせるんじゃねぇぞ」という教育方針である。友達づきあいするだけでカスに感化されてしまうのかどうかは分からないが、どこかのとても偉い神もどきも「種に交われば種にあらず」と宣っており、才を持つものが凡百と交わるのは害悪であるという考え方もあるのだろう。光ちゃんはその言いつけについて、そこまで重要だと認識しているわけでもないのだが、とりあえず「赤福と接してても別に自分にプラスはないだろ」くらいに考えていたのかもしれない。 しかし、視聴者目線から見たら赤福だってだいぶおかしな奴である。それをへびちか的価値観で「才」とみなすかどうかは分からないが、少なくとも光ちゃん目線で「おもしれー」と思えてしまったのは事実だし、単に漫画のことなんて考えずに赤福に引っ張り回されて体験するあれこれについても、今まで見てこなかった世界のことなので色々と面白い。その刺激を認めていいものか、それともノイズだと排除すべきなのか、光ちゃんには決めかねた。 そして赤福とへびちかの直接対面が実現し、お母さんだってすぐに「この子には大した才能はなさそうね」ってんで「娘の友人」として相応しくないかも、という釘を刺す。しかし、そこに赤福が返すのは想定外のKYカウンター。こいつの考えもやはりだいぶトンチキであり、「90%だったら頑張んなくてもいいんだなー」とか「90%の方がいろんな人と目線が同じで気が楽だぜー」とか、貶められていることに全く引け目が無い。へびちか的に見たらまさしく「カスのマインド」なのだろうが、案外こういう考え方って大事なのかもしれない。個性重視の教育方針、1人1人を尊重した現代教育において不必要に自我と自尊心が肥大してしまった若者たちは、赤福マインドをもっと学んだ方が人生は幸せになれるだろう。「どうせ俺たち90%、無駄に頑張らずに、自分を出して好きに生きろ」と。……まぁ、これが行き過ぎると本当のクズになりかねないので匙加減が難しいんだけどね……。 とにかく、そんなぶっ飛んだ赤福のメンタリティを目の当たりにし、へびちか先生も素でドン引き。光ちゃんの初めての「お友達紹介」は意外な形でうまくいっちゃいました。それどころかいきすぎて赤福のことを「師匠」と崇める始末。……そいつに付き合ってると、どんどん自堕落に成っていくから気をつけろよ。 今回は光ちゃん・赤福の話が痛快すぎて影が薄くなってしまったが、相変わらず手島先生の過去編も密度が濃い。一番の収穫としては、「なるほど、七ちゃんは手島先生のデビュー後もアシとして手伝ってたからこの関係性なのね」という事実が知れたことかな。……七ちゃんは当時東京で何してたんだろうな。あと、手島についたゲッサンの新編集・円馬(エンマ)さん、怒涛の仕事ラッシュを叩きつける堅物編集は案の定(?)CVが井上麻里奈という。今作はキャスティングも本当に楽しくて幸せなのよね。ちなみに赤福のおかんは明乃さん。年配チームが俺の好き声優で埋まっていく。 そして、バンドが成った、最終話! まぁ、ゆめみたに関しては既に前回時点で割と「成って」はいたと思うけども……最終話のお約束であるライブパートは必須として、今作には「後始末」というちょいと独特のパートが入っておりまして。 ゆめみたが築く「次の時代のバンドリ」については番組感想で改めて触れるつもりなので、こちらではあくまでも「最終話の感想」にとどめておこうと思うのだが、ラストであられが取り出してきたのが「裏垢」というのがいかにもこのバンドらしいなぁ、というのは脚本上で感心した部分。ここまで、みゅーたいぷを巡る事象は色々あったように見えるが、大きくくくると対外的にはたった1つの軸しかない。「炎上」である。バーチャルと現実を反復横跳びすることが最大の特徴であるみゅーたいぷの場合、やはり「ネットの上でどのように認知されるか」が一番重要で、分かりやすい指標。結局燃えたの燃えてないので世間の評価を上げ下げすることが、「ゆめみたは今どこにいるのか」を一番分かりやすく伝えるパラメータになる。 そして、炎上というワードに定番のツールの1つが「裏垢」。アイドルなんかの裏垢がバレて大炎上、なんてのはよくある話だし、我々のような一般人はさまざまなタレントが公にしているアカウントの情報を見て一喜一憂しながらも、「この人は裏で何言ってんだろな……」なーんて邪推をしちゃう部分もあるかもしれない。「裏」という名前からしてそうだが、決して光の当たらぬ、不穏な存在なのは間違いない。そして、仲町あられという人物は、そんな裏垢すら武器にしてしまえるほどのピュアネスを誇る人物ということ。それが最も端的に表れた楽曲を最終回で流すことにより、「ヴァーチャル世界でも真っ直ぐ突っ走るぞ!」というゆめみたの決意表明となったのである。 もちろん、「そんな都合のいい話あるかい」という疑問は当然残る。ヒネた界隈のファン、最近の日本人なら特に「どーせこれも作ってるアカウントなんだろ。仕込み乙」と言われておしまい。実際にそういう意見も残っているだろうし、ゆめみたはそうした「不穏分子」を完全に排除するには至らない。そして、そんな不穏分子の象徴として、未だゆめみたの対局に位置し続ける存在、それがビオラだ。 最終回、ビオラはフェアリィブゥケをぶっ壊し、自分の立つ場所すら焼け野原にしてあられたちの前から姿を消した。あられを貶め、律を揺さぶり、都子をぶっ壊した悪行三昧を悔いるでも恥じるでもなく、ただ「終わったこと」として一時身を引く形になった。これまで、「ビオラの目的ってなんなんだよ」というのがどうにも疑問で、都子騒動の時には「どう見てもビオラの仕業にしからならないんだから、これって自分の首絞めてるだけじゃね?」と不思議に思っていたのだが、その答えは「後のことなんかどうでもよくて、ただ刹那的に今現在の炎上が欲しかった」ということらしい。ネット世界は火種さえあればあとはどうとでも燃える。ただ、その燃え広がり方は流石に予測しきれるものではない。「策士」ビオラはとにかく細かく火をつけまくることで、そのうちの1つでも全焼につながるような爆発物になればいいという目論見のようである。そして、その影響が自分たちに飛び火してかえって燃え上がったとしても、それは必要経費として飲み込んでしまえるらしい。ある意味でプロの「炎上師」と言えるわけだが、ビオラがそこまでして「仲町あられを燃やしたい」と思い続けているのはなぜか。 その思いについて、アニメで全てが語り尽くされることはなかったが、少なくともビオラが改心することはなく、諦めることもないということだけは伝わってきた。つまり、今後もバンドリ世界線(より詳しくいうならアワーノーツ世界線)にビオラはあり続けるし、どこからでも火をつけうる存在だということ。そのことをしっかりと伝えるのが、今回のアニメシリーズのもう1つの目的だったのではなかろうか。まぁ、フェアリィブゥケの残りの2人は可哀想すぎるが……まぁ、あいつらも割とクズ寄りだったっぽいしな? というわけでひとまずこれにてゆめみたのお話はおしまい。バンドの導入話としては分かりやすかったし、まだまだ先に色々と伸びしろがありそうなので、今からアワーノーツでの展開が楽しみである。いちバンドリーマーとして、末長くよろしくお願いしたい。 |
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HN:
Thraxi
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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