最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「心霊探偵八雲」 4→3
「多分何も起こらないだろうけど、ひょっとしたら何か起きるかも」と思って視聴を続けていたら、予想通りに何も起こらなかった作品。大丈夫! NHKのアニメだよ! 途中からあまり真剣に追いかけることもなくなっていたのでメインシナリオについてはコメントもしづらいのだが、序盤に見られた「心霊」要素と「探偵」要素の不和の問題は、すぐになくなった。というか、そもそも「探偵」要素がすぐになくなった。別に推理もしねぇし、ものすごいどんでん返しも待ち構えていないし。話の中心が八雲の生い立ちにシフトしていくのを見て、「あぁ、もうあんまり盛り上がりそうもない」と思えたのは、むしろ好都合とも言えたのだが。結局そのまま「心霊」要素もフェードアウトし、強いていうなら「不幸な生い立ちな上によく分からん理由で災難に巻き込まれる青年八雲」になった。その上で敵対組織の持つ理念もピンと来なかったので、「何を楽しみに見りゃいいんだよ」という状態に。 一応、差別されることや家族愛をテーマにしたヒューマンドラマとしては、それなりの説得力を持つ。ビィートレイン独特の「動かない画面」で淡々と流れていく家族ドラマは、別段面白くもないけど画面の安定感はある。脇目でちょいちょいみるのに丁度良いくらいの密度だったので、わざわざこき下ろすようなものでもないのである。ただ、これを見て原作に興味を持つようなファンが現れるかと言われると疑問なので、アニメ化としては成功例にはならないだろう。むー、立ち位置の分かりにくい作品だ。 個人的な興味は、「真下耕一の名を冠さないビィートレイン作品」としてどのような動きがあるか、という部分だったのだが、正直言ってあまり収穫はなかった。ビィートレインと真下耕一というと、例えるならシャフトと新房昭之、セブンアークスと草川啓造のように、「プロダクション=監督の持ち味」みたいな印象が強く、真下監督を介さない場合の「ビィートレイン色」がどのように出るのか、というのが見たかった。経歴を見る限りでは本作監督の黒川智之氏も系列の人間であるから、例えるなら新房流から自分の道を切り開いた大沼心などのように、「次世代の映像」が見られることを期待した。しかし、独特の「間と音の演出」が現れてこそいたものの、そこに真下監督のような図太い計算高さが感じられず、「単なる密度の低下」に見えてしまう。もちろんノウハウはあるだろうからそこいらの監督勢ではなかなか実現できないバランスではあるのだろうが、それが魅力としてプラスになっているかと言われると怪しい。決して嫌いな作風ではないだけに、何かもう1つプラスアルファが見てみたいのである。 色々と不満点は上げてみたが、最終的な評価としては「可もなく不可もなく、可がなかったから結局不可」というよく分からないポイントで。個人的には藤村歩劇場としてそれなりに楽しんで見られました。あと「関俊彦のいい人役」も大好きです。折笠富美子・豊口めぐみ・柚木涼香などのちょい年上目の女性キャラに独特の魅力があったのも嬉しい部分かな。やっぱ芝美奈子の女性キャラ造形は好みですわ。 そういや、どこかで「小野D主演アニメは爆死率が高い」みたいな誹謗中傷を読んだ記憶があるのだが、この作品は……うん、まぁ。 PR 「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」 6→7 毎回の記事で散々書いているので今更総括する要素もほとんど無いのだが、まぁ本当に凄まじい作品でしたよ。「グレンラガン」の時もそうだったけど、本当にガイナックスって会社は「自分たちしか出来ないこと」をやる気概に溢れすぎているなぁ。 何がすごいって、ちゃんと1クール13話をやりきったのに、「この話数は意外と普通だったよね」と振り返るエピソードがほとんど存在していないこと。一番普通だったのはデイモン姉妹登場の6回目……かなぁ。あと16話の海回くらい? 他は全部が全部「あ、こういう方向で『前人未踏』がやりたかったのね」ということがよく分かる。そしてその姿勢が、「丸く収める」ことが要求されるはずの最終話にまで行き届いていたのがこの作品のすごみであろう。文句を付けるポイントは何一つありません。だって何を言っても「あ、それはこの作品では専門外なんで」って言われて終わりそうだから。 1つ1つのエピソードはもう振り返らないが、改めて1話からの感想を確認して気付いたのは、最初に「ちょっと狙いすぎだな」と思っていたカートゥーン風の画面が、いつの間にやらすっかり馴染んでいたということ。巷では必殺技バンクで登場するリアル風パンティたちの方をさして「作画崩壊」などと言われていることからも分かるように、この作品においては、あのカートゥーンの方が「正しい絵柄」。そして、見れば見るほど「あの」パンティ達が可愛らしく見えてくる。途中から登場したデイモン姉妹なんかはその方向性が顕著で、彼女達が「リアル風作画崩壊」状態になった回数なんてほんのわずかしかないはずなのに、本当に「可愛いキャラクター」として認知されているのである。つまり、カートゥーンは、萌えられるのだ(まぁ、「パワーパフガールズ」なんかがあったんだから当たり前っちゃぁ当たり前だが)。こうしてわずか3ヶ月の間にすっかり「パンスト画」に引き込まれていることを思えば、この作品の持つ吸引力の強さが分かるというものである。 一応お約束なので中の人にも触れておくと、やっぱり1話の時点であげた主人公2人の活躍がめざましい。小笠原亜里沙の「なんだか洋画っぽい」安定感に、伊瀬茉莉也の「スイーツビッチ」を維持しながらのコケティッシュな魅力、そして石井康嗣の最低野郎なのによく分からない威厳を維持する絶妙なバランス。特に石井康嗣は、ちょっと前まで「RAINBOW」で大活躍してくれていたので、「本当に最低だなー」というヒールな魅力がたまりませんでした。後乗り組ではやっぱりデイモン姉妹・コルセットの悪魔軍団。声に出して読みたい藤村語、「私たちのルゥ〜〜ル!」。毎回登場する贅沢すぎるゲストゴーストの活躍にも笑わせてもらいました。 続編がどうこうとかいうのは騒いだところでどうしようもないので、あとは座して見守るのみ。どこをどう頑張っても、この1期の「やりたい放題」っぷりを上回るのは難しいだろうし、このまま投げっぱなしで放置されても文句はありません。むしろ、ガイナックスは昨今では貴重な「アニメオリジナルでもちゃんと作品を作れる」というセールスポイントを最大限に活かして、今後も色々な方向で無茶と大馬鹿を繰り返してほしいとも思う。 史上最低最悪のヒロイン達に幸あれ。
「神のみぞ知るセカイ」 5→4
そう言えば、今期の倉田英之は「俺妹」とこれで2本の作品を並行してやっていたんだな。大先生にしちゃ珍しい働きぶりじゃないか。ただ、どちらも大成功したかというと……うーむ。 この「神のみ」も、充分にクオリティの高かった作品。マングローブは制作本数も少なくてじっくり1つの作品に集中できるだけの足場があったし、高柳監督も、ギャグメインのこまっしゃくれた作品作りは手慣れたもの。実際、シリーズを通じてエルシィの魅力は良く出ていたし、各々のシリーズで登場したヒロイン勢はどれもこれも愛嬌があって「萌え」要素としてはなかなかのものだった。渡辺明夫特有の丸っこい絵柄がコミカルに動くギャグパートの出来を見れば、充分「2期も楽しみだよね!」といえるだけのものだ。 ただ、いかんせん密度が足りない。作品の方向性がなんだか中途半端で、ちゃんとラブコメ展開を見せたいのか、あくまで「リアルの恋愛なんてゲームに劣る」という主人公桂馬の理念を見せたいのか、そのあたりのメインボディがはっきりしない。最終回を見る限り、やはりこの作品で最も際立った存在は「落とし神」である桂馬なのだから、「ギャルゲー知識を活かして現実の女の子をシステマティックに攻略するという倒錯感」を出すのが一番オリジナリティを発揮出来るはずだ。だが、至って普通の意味での「物語」を構成する時に、それだけではアクが強すぎるし、ヒロイン勢の魅力を描くときにどうしても内面描写に踏み込みにくい。そこでこの作品の場合、女性目線を強めに押し出し、彼女達の「本気の恋愛」として、ラブストーリーを構成したわけだ。 しかし、そうなるとやはり視点のブレは現れてくる。桂馬が作中でどれだけ真摯な態度を取ろうとも、それはあくまで「フラグを立てるための攻略手段」でしかなく、恋愛感情に結びつかないはず。それをヒロインが本気にしてしまっているとするなら、桂馬は「オタク」や「朴念仁」を通り越して、単なる嫌な奴でしかない。そうした桂馬への悪感情を緩和するために、作中のそこかしこで桂馬自身にも心の揺れがあるような描写を加えているわけだが、そうすると、どんどんキャラクターが薄まってしまうのである。このアンビバレンツはどうしようもない。 唯一この矛盾を打開する方策として、メインヒロインである(はずの)エルシィと桂馬の結びつきを強く出す、という選択がある。原作ではどのような扱いになっているのか知らないが、あくまでエルシィを本命とすれば、桂馬に「普通の恋愛感情」を持たせた上で「落とし神」としても機能させられるはずだ。ただ、アニメの中ではそこまでエルシィとの結びつきは前面化しなかったので、そうした解釈も困難である。もちろん2期以降にどうなるか分からないのでお門違いな不満なのかもしれないが、現時点ではそう感じてしまうことは避けられない。 また、作品の構成自体もやや冗長な面がある。ま、ぶっちゃけかのんパートのコトなんだが、どうしてあそこまで「リアル歌姫」を演出する必要があったのか。確かにこの作品は「複数のヒロインがそれぞれに際立つ」ことが出来るスタイルではあるが、あくまで「多数の中の1人」であるかのんを、あそこまで尺を延ばして盛り上げる必要性が感じられない。他のヒロイン勢と比べて扱いが違うので後々絡むキャラなのかと思ったらそうでもないし、長々とライブパートを取ったことが後で聞いてくるかと思ったらそんなこともない。単にCDが売りたかっただけ、という印象を抱かれても仕方ない。偽お嬢様や図書委員の子の印象が悪くなかっただけに、あのエピソードの浮き方だけが本当に気になってしまった。 ま、ゆーても最後まで観ちゃってるわけなんですけどね。だってエルシィ可愛いし。他のヒロインだってなんだかんだでちゃんと可愛く描けてるしね。個人的には、登場順もあるだろうけど、やっぱり最後の栞ちゃんのインパクトが強いですな。実に正しい花澤香菜キャラで、声の花澤爆撃を絶え間なくたたき込まれている気分。たまらんですわ。美生の悠木碧、エルシィ役の伊藤かな恵という配役も、放っておいても安打を製造し続ける絶頂期の福浦みたいな存在。今が旬です。上でシリーズ構成こそこき下ろしているが、アイドル役の東山奈央という新人も与えられた仕事をそつなくこなすことが出来ていたし、今後が気になる存在だ。今回の役のおかげで妙な形のCDデビューもクリアしてしまったわけだが、歌唱仕事も入ってくることになるのだろうか。 結論・最終回でしゅが美ボイスが堪能出来たからそれだけでいいや! 「オオカミさん」と同じ感想!
「侵略!イカ娘」 6→6
「To LOVEる」に続き、今期最も望まれる形のアニメ化を実現させた作品といえるだろう。ただ、この作品ですごいのは、「アニメ化に際して文句を言われないために一番いいのは、特にアニメ化を望まれていなかった作品のアニメ化である」という根本的な解決を見いだしたところだ。流石にあの原作をして「改悪だ!」と叫ばれるような事態というのは起こりにくかったのではなかろうか。 その上で、水島努監督の選択は全てが正しい方向に働いた。際立った働きはなんと言っても5話の「飼わなイカ?」に代表されるとは思うが、それ以外にも細かい部分で「原作準拠」と「アニメのプラス要素」の配分が実に上手い。以前も書いたが、「アニメで自分色を出しまくってキワモノにしてしまう黒水島」(代表作は「撲殺天使ドクロちゃん」「大魔法峠」など)と、「原作のテイストを徹底的に引き出して最善のアニメ化を実現させる白水島」(代表作は「×××HOLiC」「おおきく振りかぶって」など)の2種類の水島努がおり、この「イカ娘」の場合、明らかに白寄り。その上で、ベースがギャグ漫画であるという利点を活かし、アニメに映えるようなプラス要素を「黒い方」がくどくならないレベルに注ぎ足して来たわけだ。このバランス感覚は素晴らしい。 さらに、ディオメディアというと正直あまりいいイメージのなかった制作プロダクションだったのだが、今作で遂にその軛を逃れ、代表作と呼べるものが生み出されたのも嬉しい誤算。思い返してみれば、この会社は全体的な色彩に特徴があり、ちょっと「安っぽい」仕上がりになりがちなのが特徴だったと思うのだが、「イカ娘」が持つ何とも凡庸な空気と、ひたすらに夏、という季節感の無さが、そののっぺりした塗りの違和感を消し、むしろ幼さがにじみ出るグダグダのギャグにマッチしていた。そう言えば、同社が制作してあまりのくだらなさに苦笑いした「大魔法峠」でもそのあたりの際立ちは確認出来る。よくよく水島演出との相性がいいのかもしれない。 もちろん、運の要素だけでうまくいった、などと言うつもりは無く、「この作品はとにかくイカ娘が可愛ければ勝ちだ」という芯の通った理念を隅から隅まで徹底させ、どれだけ些細なパートでも「イカ娘だけは描ききる」という目標が達成出来ていたし、薄味のギャグを自然に流せるテンポをシリーズ構成で意識して生み出せた制作姿勢も評価出来る。決して「難しいアニメ」ではなかったのだろうが、ここまで原作のうま味を拾いきり、間口を広げた「正しいアニメ化」は、近年では希有な成功例といえるのではなかろうか。今後は水島監督の経歴欄に「代表作:侵略! イカ娘」とか書かれるようになるかと思うと胸が熱くなるな。 そして、当然のことながら中の人に触れておく必要がある。周辺から行くと、相沢家タッグでは無類の安定感を誇る藤村歩・田中理恵のコンビが眩しい。この2人はどんな不況が来ても仕事が無くならないような気がする。そしてアニメで一番美味しい思いをしたキャラといえば、なんだかんだと平坦な世界で唯一の起爆剤となった、早苗役の伊藤かな恵。いい刺激が堪能出来ました。そして、当然今作のMVPは、イカ娘の中の人として「改めて」スタートを切った金元寿子だろう。正直言えばまだまだ拙い部分はあるのだが、それがキャラクターとベストマッチしていたのは狙い通りだったのかどうか。「可愛い声」であることは間違いないので、これを貴重な1歩目(もしくは2歩目)として、今後とものびのびやって欲しいものである。 最後に改めて触れたいのは、やっぱりオープニング曲ですかね。中毒性の高い電波曲であり、歌詞の遊び心も充分。小池アニキのギターも自重しないので一安心の迷曲である。オープニング映像も流石の出来で、作品のスタートダッシュを見事に演出した。 全ての要素に愛されたかけがえの無い「日常」。戻ってこいとは言わないが、再び会えれば、きっと嬉しいのは間違いないだろう。次の侵略を楽しみに待とうじゃなイカ。
「探偵オペラミルキィホームズ」 4→7
流石にこれだけの数のアニメを見ていると、主観的な評価のポイントっていうのは固まってくるものだし、スタッフの顔ぶれを見たり、1話を見たりすれば、大体シリーズの着地点っていうのは予想がつくもの。一応「3話までは見る」という決まり事を作ってはいるものの、どうせ駄目な作品は3話まで見ずとも切れてしまうだろうし、出来の良い作品は1話で違うものだ。一度認識できた製作スタッフについても、そこまで大きく予測が外れるということもない。アニメは大人数が関わる製品なので、結局は平均化されることになるのだ。 というのがこの作品を見るまでの意見だったわけだが。しょせん私も青二才。偉そうなことは言えないのである。3話まで見た時点では、この作品は完全に「流し見」の対象でしかなかった。最大の理由は多分メインキャストが新人ばかり、ってところだったんだろうが、作画レベルも特に高いわけじゃないし、ネタ回しもベタなレベルで、毎週かじりついて見たいようなものじゃない。何より、関西は裏番組が「イカ娘」なのだ。大した期待もしていない作品は後で適当に処理してしまっていい。そう思う程度だった。 しかし、あの4話である。一応ちゃんと見ていたつもりだったのに、初見では何が起こっているのか全く理解出来なかった4話である。どれだけやる気がなかったんだと思って確認しても、やっぱり分からない。どういうセンスの人間が構成・脚本を受け持ったらこうなるのかと、完全に理解の範疇を超えていた。そしてその衝撃が、のちの視聴姿勢を変えることになったのである。 血統を考えれば「デジキャラット」「ギャラクシーエンジェル」のブロッコリー遺伝子を継ぐ「脱力ギャグ」作品。そしてそれを構築するのが、「マイメロ」で良い意味でも悪い意味でも有名になった森脇真琴と、私が信頼を寄せる絶対的安定感を誇る池端隆史の両監督。画面を受け持つのは、荒ぶる魂の作画監督・沼田誠也。背景は匠の業師・小林七郎。これらの人材が、当落線上ギリギリをひたすら狙ってビーンボールを投げ続けてくる。受け手側がこんなにしんどい思いをする作品はなかなか無いだろう。今期は丁度良い対照作品として「まっとうなキャラものギャグ」として完投した「イカ娘」と、制作会社の個性を包み隠さず一気に放り投げた「パンスト」という2つの巨大なギャグタイトルがあるわけだが、この作品は、そのどちらとも被らない、絶妙なコースだけを狙ってくるのである。流石に5年以上も前に投げられた「GA」の打ち返し方は、もう覚えていなかった。 完全に異端児となった4話は置いておくとしても、その後も着実に「ミルキィ患者」を増やし続ける中毒性の強い作品性を打ち出し続け、「大して金もかかってなさそうなのに」話題だけはかっさらっていった。私自身も、気付けばシャロの魅力に滅多打ちにされ、毎週トゥエンティの悪行を楽しみにし、小衣ちゃんの暴挙に心を和ませていたのである。この視聴姿勢はまさしく「GA」の時に得られたあのメルトダウンのような蓄積ダメージ。この作品は……人心を惑わし、金を生み出すとてつもない何かになるかもしれない。 どう形容していいか分からない作品なのであまり深くは追究しないことにするが、仕事柄ちゃんと中の人は確認しておかねばなるまい。ミルキィホームズの4人の中の人は、全員まとめて努力賞。エリーの中の人はキャラの難度もあって評価しづらいが、個人的にはコーデリア役の橘田いずみと、シャロ役の三森すずこについてはきっちり刻み込む名前になった。橘田いずみは「地獄少女」で一応名前だけはチェックしていたが、ぼちぼち表に出てくるくらいの段階に入ったのだろうか。そして実質デビュー作であるはずの三森が圧巻。シャロが一番キャラの立っていたヒロインだったのはラッキーだろうが、シャロがシャロでいられたのは、おそらく三森の実力によるところが大きい。まだまだオリジナルのセールスポイントが出ているとは言い難いが、タイミングさえ間違わなければ一気に「人気声優」になることは保証済みだ。今後声優業をメインに動いてくれるかどうかは分からないが、もっと見ていたい役者の1人ではある。残りの2人にしても、過去に同様のデビューを飾った新谷・沢城・後藤(弱)・井口などのブロッコリー声優軍も、最初は(もっとずっと)グダグダだったのだ。今後の精進でなんぼでもチャンスはある。 で、もう一人の功労者といえば……やっぱりトゥエンティ役の岸尾・ガンビー・だいさく先生だろうなぁ。あれだけ無茶苦茶やっても美味しいところ全部持ってくキャラって、本当に卑怯だ。変態やってるときのだいさくは本当に輝いておるわ! そうそう、あとは小衣ちゃん役の南條愛乃ですかね。いや、個人的には彼女はすでに「CANAAN」の時点でそこそこのポジションに置いていたつもりだったんだけど、世間的には再認知、ってとこでしょうか。「CANAAN」自体があんまり話題になる作品じゃなかったんで、今後は彼女のプロフィールには「代表役・ミルキィホームズ:明智小衣役」って書かれることになるのか。……大沢マリアの名前も入れておいてね。 蛇足ついでにテーマソングの話も書いておきたい。今期のオープンエンドでもかなり上位に食い込む2本の楽曲も、この作品の頭と尻をがっちり固めてくれた重要なファクター。オープニングは雑多なキャラソンのくせにジワジワ癖になってくるずるい曲。本当に畑亜貴って奴はよう。映像もシンプルながら悪くない出来で、最初に名前入りで登場するシャロのぽかん顔や泣き顔がやたら可愛い。そしてエンディングの「本能のDOUBT」。飛ぶ鳥を落とす勢いの飛蘭だが、この曲は彼女の持つはすっぱな格好良さが最も良く出ている。野郎ばかりでカラオケに行って歌っても大盛り上がり出来そうな名曲だ。部屋で一人熱唱してることが一番多いシャウトソング。アルセーヌ様のイメージってのがまたいいよね。 さて……2期は、まだかね?
「あ、終わった」てな感じの第13話。戦闘があまりにあっさりしすぎているので、いくら楽しみにしてるとはいえ、ちょっと盛り上がるには足りない部分が多いような気がします。
前回のエロ人妻に続き、今回の主人公は寮長ことシナダベニオ。一度は第1フェーズの力でスガタをコントロール出来そう、ってなところまでいった彼女だったが、王であるスガタとは器が違いすぎたために、結局サイバディをぶち壊されて泣き寝入りしたという過去を持つ。彼女が剣道部部長っていう設定自体既に忘れていたので、剣をメインとしたシナリオになったのはちょっと意外であったか。 ベニオの気持ちが向いているのは基本的にスガタ。剣の実力も高い「王」との関係性を深めようと剣の勝負を挑むも、前座であるタクトとの試合で小馬鹿にされたと感じて敵前逃亡。「とりあえずスガタの友達なんだから唾つけとくか」という程度の気持ちで夜這いに行くも、サイバディを破壊されたせいなのか、第1フェーズの能力も既になく、なんだか妙な繋がりが生まれただけ。このままでは綺羅星内での立場もどんどん悪くなるし、どこかで一発逆転をねらわにゃならんってタイミングでイブローニュにそそのかされ、科学ギルドが進めるサイバディ再生の実験台1号として名乗り出ることに。無事に復活は成功するも、事前にタクトと剣を交えていたことが災いして瞬殺。さらに現実世界でもタクトに敗れてしまい、終わってみれば頬を赤らめるベニオの姿が…… 前回の人妻が割とミステリアスで面白いキャラクターだっただけに、今回のベニオのストレートなキャラ造形は、今ひとつのめり込む要因となりにくい。今回新たに提示された彼女のステータスは「部下思い」「家名のために頑張っている」っていう部分くらいで、これまでの物語とのからみが少なく、あまり興味が持てないのが辛いところ。フィラメントの面々がなんだか可哀想な状態だということは分かったのだが、「二度と目が醒めない」とか「世界経済を握っている」とかいうリスクを負っている他のスタードライバーに比べると、「結局私怨だし」という印象しかないのである。最終的にタクト相手に頬を染める心境もよく分からないし……うーむ、フィラメントって必要な連中なのだろうか。 今回敢えて気になった点をあげておくとしたら、むしろフィラメントではなく、ブーゲンビリアの代表であるイヴローニュことケイトの存在であろう。保険医に続いて寮長の正体まで暴いて次々に現実と綺羅星の二重生活を連結させていくケイト。彼女はどうやって他のギルドメンバーの「仮面の下」を知ることが出来たのか(いや、視聴者からしたらバレバレではあるけどさ)。また、さりげなくベニオを刺激してサイバディの復元をそそのかしたり、なんだか他の隊をうまいこと操っているような印象もある。保険医の時も似たような感じで裏方に回って高みの見物してたし、実はブーゲンビリアだけは部下のオンディーヌが暴走しただけで、自らの意志で戦いを挑んで黒星を付けたことが一度も無いんだよね。綺羅星のトップは当然ヘッドたち率いるバニシングエイジなんだろうけど、今後イヴローニュがどういうスタンスになるのかが気になるところ。 ついでにあげておくと、今回ケイトとベニオが顔を合わせた場所は、海に沈んだ神社の上。そしてケイトは、「ここが島で朝日が一番に見える」と発言している。つまり、「東向きの神社」。そして、現在見付かっていないこの島の巫女は、ヒガシの巫女だけである。神社に思い入れがあり、その成り立ちをしっているようなそぶりを見せる彼女は、一体どういう立場なのかな? かな? そういやワコやスガタとも昔は仲が良かったんだっけね。 色々と興味深い点はありつつも、流石に最近の戦闘の適当さ(画像の質は相変わらず高いのだが)はちょっと不安になってくる。今回はミズノちゃんも出てこなくて巫女ソングも聴けなかったし、停滞している印象は否めない。1クール目が終わって次はまた始まりの節目。ここらで一発、序盤の刺激を思い出して元気よく行ってほしいものだ。
12月24日 ドラフト模様(SOM×3)
ピック順 【Serra】→【Alessi】→【Thraxi】→【Newcomer】→【Sangriter】 メリークリスマス。日本の聖夜といえば、チキンにケーキ、そしてドラフトと相場が決まっている。毎週金曜日が定例会であり、その日がたまたまケーキパーティーの日だからと言って、ドラフトをやらない理由は無いですからね。ちゃんと面子が集まっているあたりが律儀です。そういや、過去にも聖夜ドラフトはやったことがある気がするのだが、そん時に誰かが言った「クリスマスだから赤白緑のデッキとかを組むんですね」っていう台詞を誰も言わなかったな。 あ、ちなみにワタクシごとですが、ドラフトをやった翌25日が「ドミニオン:繁栄」の発売日で、まるまるそちらの方に力を入れており、この記事を書くのが遅れました。おかげで、ドラフトの内容なんて綺麗さっぱりですわ。いいよ、どうせ俺が勝ってた試合じゃねぇし。
その名に恥じない、最終話。ある意味、この作品に求められ、恐れられた要素が全て詰め込まれた締めくくりだったのではなかろうか。
全編通して大迫力アクションで怒濤の攻めを見せる「ラストバトル」。その前振りとなるのは、「主人公が能力を失い、一時前線を離れる」という、ヒーローものではありがちな展開。イカ娘も海に帰っていたし、今期のヒロインは挫折度合いが半端無い。が、そんなお涙頂戴の展開は一瞬で、しかもきわめて下衆な方法で解決してくれるのがこの作品。全くそぐわない「ハイジ」のごとき牧歌的風景で新しい人生を見付けたかに思えたパンティが、ガーターの手の上で踊っているだけで、あっという間に悲劇のヒロインレベルをアップ。表面だけ見ればきれいなお話ではあるのだが、わずか数分で片付けるために、ガーターは手段を選ばないのである。流石に創世記を作り上げた百戦錬磨の猛者は違うぜ。「北斗の拳」パロディなども入れつつ、舞台は最終決戦の市庁舎ビルへ。 あとはもう、ひたすらガイナックス動画ですよ。史上最も処女膜とチンコという単語を連呼した濃密なアクションバトルは、千葉繁や石井康嗣の大迫力演技にも助けられ、なんだかよく分からないままなのに大盛り上がり。ヘルズゲートを開くための庁舎ビルの変形ギミックなんかはたまらないものがあり、最後にパンティたちが発射した特大P&Sキャノン砲のデザインなんて、あくまで彼女達の武器であるパンツやストッキングの集合体であるはずなのに、幾何学的な配列と豪奢なエフェクトのせいでむやみやたらに格好いい。あれだけ格好いい武器なのに「使い方を間違う」というひでぇネタに使い切りというのもすごいが、そこからさらに意味の分からない実写パートへの繋ぎである。もう、何がなにやら。とにかく1つだけ分かるのは、「製作陣は楽しかろうなぁ」ということである。 ガーターの復活、コルセットの爆破、そしてゴーストの封印。文字通り絵に描いたようなきれいなエンディングでエピソードは締められる。「え? ストッキングって天界に帰ったんじゃないの?」とかいう謎を残しつつも、めでたしめでたしな空気のおかげで、視聴者も「妙だけどいい作品だったな」と晴れやかな表情。 が、そこで終わらないのがこの作品の本当に本当にひどいところで。驚愕のCパートは、展開も収束もあったもんじゃない、史上まれに見るぽかーん具合。……もう、好きにしてくれ……だって、それがやりたかったからわざわざ13話もやってきたんだろ? 大丈夫だよ、一度はゾンビになって生き続けてた天使姉妹なんだから、あれくらいの展開では視聴者はびくともしないさ。……\すげえ/ というわけで、アクション、下ネタ、投げっぱなしと、3拍子揃った最高に最低なエンディングでした。もう、この作品にあれこれいうのは無駄だよ。最後の数分間で今まで味わったことがない感情を経験できただろ? それだけで充分じゃないか。2期があるとか無いとか、実はストッキングが「ああ」なってしまった伏線があるとか無いとか、そんなことは些末な問題なんだって。……確かにゴーストに惚れたりしてたからなぁ…… 今回個人的に一番嬉しかったのは、どさくさに紛れてチャックが大活躍したことである。天界兵器の力を借りてパワーアップしたチャックは、地獄の門番へと姿を変えて大爆走。永遠のライバルと思われたファスナーを一蹴し、特大ゴーストの封印に貢献した。最後の最後にチャックが「チャック」であることの意味が視覚的にものすごく分かりやすく見せてくれる演出の抜け目無さに感嘆する。そして、個人的にずっと気になっていた「エンディングの謎」が解明したのが一番の収穫である。 エンディングテーマのバックイラストでは、「天使姉妹が死ぬ直前の情景」がたくさん描かれているわけだが、そのほとんどにチャックも巻き込まれている。最初のギロチンのシーンは一緒に切られそうになっているし、丸鋸で切られるシーンは鎖に吊られている。鳥葬されるラストカットでは既にハゲタカに食われたチャックの欠片が確認出来る。2番目の車で転落するシーンだけはどこにいるか分かりにくいのだが、画面切り替わりの際に一瞬だけ地層の中に埋められたチャックの亡骸が確認出来る。つまり、5つの「死の情景」の中に、4匹のチャックがいるのだ。しかし、「怪物に食べられそうになる」シーンだけは、どこを探してもチャックがいない。ず〜〜〜〜っと気になって探していたのだが、今回のチャックの変身のおかげで、「怪物自身がチャックであった」という驚愕のネタが明かされることに。なんというどうでもいい伏線。確かに「他のどのシーンにもいるチャックが見あたらないなら、消去法で画面に唯一映っている怪物がチャックである」という結論になるのは当然のことだ……って、わからねぇよ。 エンディング映像については気になって調べてみたのだが、各所でその「含意」についての議論があってちょっと面白かった。最後に天使の輪をはずして飛んでいくシーンだけストッキングが長髪になっている、なんてのは気付かなかった部分で、今回の驚愕のエンディングを見ると、そのへんもひとネタ仕込んであると考えるべきだろうか。つまり、それまでの惨殺のシーンにいるストッキングと、最後に挨拶するストッキングは別物。そして、最終回で我々を驚かせたストッキングは長髪である。つまり、それまでパンティと一緒に殺されまくっていた短髪の彼女が実は……ってな具合。 でもなぁ、この作品を真面目に議論するのって、すごく徒労感があるんだよなぁ…… 「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」 5→4 よく見かける言い方をするなら、「覇権」アニメということだったわけだが、残念ながら私の中では特に覇権を取ることは無かった作品。まぁ、どうしても土曜日は視聴日程がしんどかったから身が入らないってのはあったかもしれないけどね…… まず、1話視聴時には「それなりに期待できるかも」という感想が残っているわけだが、実際、アニメとしての骨子はかなりしっかりしている部類。作画は終始安定しているし、ヒロイン勢のキャラ画は比較的好みにも合致した。オープニング映像を毎回入れ替えるなどの手間もかけていたし、細かい遊び心も含めて、売り手側が自信を持つのにはそれなりに理由がある、ということはよく分かる。実際、ここで感想をあげた6話・11話はスマッシュヒットといえる話数である。ぶっちゃけると単なる麻奈実回ということになるわけだが、「気になるヒロインが描かれていればヒットが出る」ということは、アニメ自体に不満は無いということ。「俺の幼馴染みが〜〜〜」で12話やってくれれば8点でも9点でもつけたものを。 というわけで、何がいまいち受け入れられなかったかというと、メインヒロインである桐乃を取り巻くシナリオラインと、キャラクターへの言及の仕方だ。「桐乃と京介の関係性」がメインとなる作品であり、男性視聴者は当然京介に感情移入して視聴しなければならないはずなのに、結局「高坂桐乃」という女の子がどんな感情を持っているのかが分からず、それに対して京介がどのように感じているのかも、理屈で理解出来ても感情的に受け入れがたかった。ひょっとしたら「リアル妹がいる人間は妹萌えにはならない」という例の法則が大きく影響しているのかもしれないが……別に「ヨスガノソラ」は気にせず見られたものなぁ。 で、「桐乃について」という点からこのアニメの違和感を分析すると、「ツンデレ妹キャラとはなんぞ」という問題にぶち当たる。こんな文面を読んでいる諸兄には釈迦に説法とは思うが、「ツンデレ」という言葉には大きく2種類の意味内容がある。1つは「元々ツンだったが関係を深めるうちにデレ化する」という性格属性で、もう1つは「普段や人前ではツンだが、2人きりの状態だったり、何らかのシチュエーションにおいてはデレが現れる」という性格属性。どちらが誤用である、などという議論もあるようだが、当方、「言葉なんて使われている意味が通じればいい」というスタンスなので、とにかくこの2つがある、という風に理解して、混乱しないように使用すれば問題無い。この時、前者のツンデレを「通時的(ダイアクロニック)ツンデレ」、後者を「共時的(シンクロニック)ツンデレ」と呼称しよう(しなくてもいいけど)。 で、桐乃の性格はどちらであるかと言うと、始めから京介に対しては兄妹の情以上のものを持っている描写がなされているので、明らかに後者である。共時的なツンデレは、最初から2つの側面を発揮することでギャップを生み出す魅力の引き出し方をするものであり、京介には「桐乃は普段はムカつく奴だが、〜〜〜の時には可愛らしかった」というような体験が必要不可欠であるはずだ。しかし、この作品における桐乃の「デレ」は、京介本人にはほとんど提示されない。兄がいないところで一人浮かれてみたり、外出した兄を思って嫉妬からドアを蹴ってみたり、そうした描写で視聴者側は「桐乃はあんなんだけど、実際は京介が大好きなんだ」と理解出来るわけだが、京介自身は、最終話で半分キレていたことからも分かる通り、「桐乃は俺のことを嫌っている」と思いながらも、ずっとわがままな妹の話を聞いてきた。つまり、このときの京介は「ツンデレ妹に振り回される兄」ではなく、あくまで「単にわがままで人格に問題が多すぎる妹に諾々と従っている情けない兄」でしかないのだ。 この違いは、京介への感情移入を必要とする「萌え」の前提条件としてはかなり厳しい。物語中盤での桐乃の行動はわがままの度が過ぎており、京介が甲斐甲斐しい姿を見せれば見せるほど、そこには無償の兄弟愛、京介の自己犠牲の精神ばかりが感じられ、一切「桐乃の魅力」として現れてこない。「通時的ツンデレ」ならば「一切魅力がない状態から徐々に魅力が理解出来るようになる」という描写で問題無いわけだが、桐乃はそちらのパターンではないので、明確に必要なファクターがハナから欠けているのである。残念ながら、これでは物語に埋没することは出来ない。 ハードルは他にもあって、突如作家デビューからアニメ化に至るといった突飛なシナリオライン自体が、生活空間としての「兄妹関係」を描く上で違和感を与えてくる。「なんでアニメ化までこぎ着けた人気作家のくせに今さら陸上でアメリカ留学?」とか、「あれだけ厳格な親だったはずなのに、妹の留学の話は兄貴に一切報告無し?」とか、そこかしこで様々なファクターが不協和音を奏でてしまい、「そこにある人間関係」としての容認度が下がる。こうなってしまうと、いわゆる「萌えもの」としては決定打に欠ける結果になってしまうわけだ。 繰り返すが、アニメとしての骨子は悪くない作品なのである。ただ、その中で最大のポイントである「桐乃の魅力を押し出す」という行為だけが精彩を欠いたがために、私のような「そこまで桐乃に心酔できない」人間には決定的なインパクトを与えられなかったのである。どこまで行っても、「何故お前は麻奈実の大切さに気付かないんだぁ!」と叫ぶだけの作品になってしまうのである。 いや、まぁ、最終回を見たら麻奈実エンドととれなくもないですけどね。邪魔な妹がいなくなったら、家族同然の別な家族と仲良くするしかないですからね。というわけで、この作品の6割は麻奈実、3割が京介で1割はあやせで出来ていたと思います。もちろん、中の人についてもこの3人が文句無しです。佐藤聡美・中村悠一・早見沙織。ほら、青二・シグマ・アイムの声優業界黄金三角が見えそうじゃないですか。竹達桐乃も決して悪いわけではなかったんですけどね。竹達は代表役としては「えむえむっ!」の美緒を上げるくらいならこっちでいいな。 |
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HN:
Thraxi
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男性
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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