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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
9月30日 ドラフト模様(INN×3)
ピック順 【Mei】→【Serra】→【Alessi】→【Thraxi】→【Metallica】 いえーい、年に1度のお楽しみ、新セットのお時間がやってまいりました。今回のセットは特にドラフト中に影響が特大の爆弾、両面カードが売りの問題児だ。一体どんな波瀾万丈のドラフト戦になるのか、みんな戦々恐々ワクワクがとまらねぇぜ! ………………あれ? なんか違う? 地味? デッキ出来る? よく分からない? 両面カードやっぱり邪魔? なんだろう、この感じ…… いや、知ってますよ、Wizards社が直々にどこかで言ってましたからね、アラーラあたりから起こっていたカードパワーの暴走を、少し抑えるセットになるっていうアナウンスは。その割りには人狼クリーチャーとかサイズがでかいし、どうせ大した差は出ないだろうと思ってたんですが……ドラフト環境はすこぶる地味。なんだろう、他にたとえが見付からないけど、マジでマスクス環境のような……考えてみりゃ、今回採用されたギミックって、変身以外はほとんどが刺激にならないんだよね。フラッシュバックは既に3度目のキーワードだし、陰鬱もそこまで数が多くないもんで、あんまりキーを握る存在になってない。あとは墓地絡みの諸々だけど……少なくとも今回の試合ではあまりそういったギミックの妙は感じられず。変身カードも、スムーズに動けばそれなりに緊張感のあるシステムなんだろうけど、代用カードとの交換とか、ピック中の煩わしさとか、そういうのが先だって今ひとつのめり込めない……うぅむ、慣れればするめのように味わい深いセットなのか。それとも、本当に単に地味なセットなのか。とりあえずあと1ヶ月くらい遊んでから考えよう。 PR
「バカとテストと召喚獣にっ!」 5→5
安心の2期目、というのがシンプルにしてこの作品の感想の全て。とりあえずそれだけで満足すべきものだった気もします。 結局、1期から大きく変わった部分はほとんどなく、序盤は全く展開されなかったおかげで「もう、この作品のタイトルは『バカにっ!』でいいんじゃないかな?」とすら思っていた試召戦争についても、途中からはそこそこ描かれるようになった。そして、そうなると相変わらず「結局この世界における召喚獣の存在意義って何なんだろうな」っていう1期から引き続いていた根本的な疑問が首をもたげるのである。「別に試験の点数をダイレクトに比べたら終いやん」っていうね。一応明久だけが特殊能力を所持していたり、意味がないわけではないんだけど、そこまで大がかりなネタもないし、あとは単なる学園ラブコメだしなぁ。 ラブコメ分としては、中盤に三波が一気にメインヒロインクラスまで上がってきてやきもきさせてくれたのはなかなか嬉しかったですね。三波メイン回は演出も実に凝っていたし、今回のシリーズが彼女にとってのFクラスの存在を描くものだったと考えれば、充分その結果は伴っていたと思います。ただ、その分他のヒロイン勢はちょっと割を食った形かね。最終話は瑞希エンドっぽくなってたけど、ちょっとインパクトに欠ける。翔子は単なるトラップとしてしか存在してなかったしな。いや、それでいいんだろうけど。 相変わらず大沼監督の個性が全面に出た演出面は味があってお気に入り。2期目ってことで更に「省ける」部分が増えたおかげで、独特のポップテイストが更に磨き上がった部分もありました。今期はシャフト作品が1つもなかったおかげで、こういうエッジの効いた演出作品が観られるのはありがたかったですね。まぁ、かなり先鋭的なことをやっているはずなのに、あまりそうも見えないところがこの作品の良さでもあり、難点でもあるんですけど。 そして当然中の人のことだけど……今回はやっぱり三波役のミズハスの勝ちでしょうかねぇ。帰国子女としての不安な立ち位置から現在の武闘派に至るまでのプロセスの表示が、何とも心憎い塩梅でございました。明久を相手にしてたらどんだけ苦労しても報われないだろうと思われる三波の不憫さもね……おかしーなー、中の人は完全に逆なんだけどなー。下野お母さん、今後とも、アレやコレの相手は大変だと思いますが、頑張ってお勤めを果たして下さい。
「魔乳秘剣帖」 5→4
この手の作品は、毎度毎度馬鹿馬鹿しくてまともな感想が残しにくい、っていう結論に落ち着いたりするんだけど、この作品についても結局そこは一緒。この作品からおっぱい熱を取ったら何一つ残らないわけで、それを抜きにして語る意味は無い。だからといって、ここで真剣におっぱい熱を論じる気も起こらない……どうしたらいいのさ、という作品。 ただ、これの前身となる(?)「聖痕のクェイサー」に比べると、1ネタでの引っ張り具合がちょっと弱かったかな、という印象があったので点数は下げた。序盤の盛り上がりは負けず劣らず、と言ったところだが、中盤以降にも能力バトルものとしての馬鹿馬鹿しさが持続した「クェイサー」と比較して、この作品はあくまで魔乳流のお家騒動1本で話が進んでおり、おっぱい山修行が終わったあたりでオリジナルのネタは終わってしまった。終盤は柄にもなくシリアスになり、乳流れのくだりで引っ張りすぎたおかげで、最終回近辺での盛り上がりが不足してしまったのだ。最終回に限れば作画も何だか不安定で、せっかくのスタートダッシュがちょっと勿体無かった。ま、根本的な問題って、千房が主人公としてはすこぶる地味だってところだと思うんだけどね。影房の方がキャラ立ってたくらいだしな。 中の人的には、個人的には豊崎一人勝ち、というだけでいい気がする作品だが(この作品で一番楽しみにしてたのは提クレ)、その他には三重鳩宗兼ナレーションの大川さんがはっちゃけてて楽しかったことが印象的。あとは何故か2回登場したぴかしゃとかかな。美奈子は……うーん、最近はあんまり悪い方には気にならなくなってきたんだけど、現時点で特に「良いな」と言えるほどのインパクトもないんだよねぇ……
○「バクマン。(2期目)」 4
今期、関西圏での新番組1発目を飾るのは、この何とも地味な作品の2期目である。2期目といってもタイトルに♪や!が増えることもなく、本当に「ちょっと休憩して続き」である。一応オープニングとエンディングが変わってるから「BLACK LAGOON」の時ほど淡々としてるわけじゃないけど、新番組っていうのは抵抗があるレベル。 内容についても、「ほんと、アニメで見るには地味な原作だよな……」ということがよく分かる作品になっている。今回も一応オープニングを「疑探偵トラップ」にして変化を付けたりしているのだが、1期の時の「作中アニメ」の使い方と違って、わざわざそこに持ってくる意味も薄く、なんだか無理矢理いじろうとしているようでちょっと浮いている。その後のシーンは延々港浦との打ち合わせが続くし、画面の地味さは自虐風にいじっていた「SKET DANCE」以上である。でもまぁ、それを大きく改変するわけにもいかないし、これはこれでちゃんと意味のある内容ではあるし……うぅむ、やっぱり難しい作品だなぁ。 その後、Bパートの連載記念パーティーシーンは、色んなキャラクターが集まってくれるし、実際の編集部の人間なんかもちょこちょこ出てくるので割と面白いパート(大石浩二が本人キャストで登場してたあたりに、彼のジャンプ内での立ち位置が伺えて面白い。絶対に早晩「いぬまる」でネタにしてくるだろう)。特に鳥嶋氏の出現と、どこか怪人めいた彼の立ち居振る舞いについては、もちろんネタとしての部分もあるのだろうが、彼の名前との付き合いが長いジャンプ読者としてはちょっと嬉しい部分だ。ここまでたくさんのアニメ・漫画に登場していじられた「一介のサラリーマン」なんて他にはいないだろうしね。こういう、他の作品には無いけど特に求められもしないような絶妙なオリジナリティが、この作品をアニメとして面白くしていくキーポイントになるのかもしれない。 中の人的には、1期と同じなので本当にいじりようがないのだが、今回から堂々登場の平丸氏が割と面白い。中の人は森田成一なのだが、「平丸はこんな声なのか」というのが、何となくそれっぽくもあり、微妙な違和感もあり、彼のへんてこなキャラに合っていていい塩梅。平丸って初登場時はこんなキャラだったんだなぁ。まさか、巡り巡ってあそこまで成長するとは……女性キャストが少ないのが残念だが、今後は岩瀬が良い感じで前に出てくるはずなので、藤村歩に期待したい。
「猫神やおよろず」 5→5
終了した2つ目の「神アニメ」。特に何かにこだわるでもなくだらだらと見続けられましたが、やっぱりこういう作品はこれでちゃんと存在価値があるんじゃないか、ということが再確認できる、良い作品だったと思います。 緩さが信条の桜井弘明作品。この作品もご多分に漏れず、どうにも隠しようのないだらけた感じと、それとは裏腹な密度の濃いシナリオラインが魅力的。画面に現れるキャラクターの造形や台詞回しなどは力が入る部分がほとんど無いにも関わらず、それでしっかりストーリーは回っていき、気がつけばいつの間にやら1つのお話が終わっている、という絶妙な力点の置き方は、本当に職人芸。前作「会長はメイド様!」はもう少し画面にもメリハリはついていたが、今回は初心に戻ったかのような徹底的なユルさが実に心地よく、だらっとくつろいだ状態で「何となく楽しいもの」が見られるという幸福感がある。作中、案外シリアス……というかしっとりした話も多かったのだが、適度な人情話、いい話も、いつもと変わらぬテンポで自然に見せてくれるのが本当に上手い。個人的には柚子の過去話の時の、どうしても暗くなりがちな画面でも、ちゃんと繭がいてくれることで「普段の世界」と繋がっていることが分かる、あの演出が好きだった。 そして、最終回に代表されるような「全員集合のごちゃごちゃした雰囲気」が、やっぱり桜井作品の真骨頂。飛び交うクロストークに、端のほうで何だか適当な造形になっちゃってるキャラクターたち。飛び交う書き文字とコロコロ変わる愉快な表情。そうしたものを、「ユルいはずなのに手抜かりなく」やってくれるっていうのが、簡単そうに見えて一番大変な部分なんだと思う。何が主題とか、何がメインってことを特に浮き立たせることなく、「全員がいて、何だか賑やかなその雰囲気自体がメインテーマ」みたいなこの感じ。気づいたら自分までその和やかな輪の中にいるようで、たった1クールなのに家族のような親しさを覚えることが出来る。ほんとに、良くも悪くも「日常を感じさせる」作品でございました。 そして、桜井作品なんだからやっぱり中の人ネタが盛り上がる。狭いタイムスケールに徹底的に台詞を詰め込む桜井流は、キャストにも相当な負担を強いる演出方向なのだが、それを平気で受けきって自分流の熨斗を付けて返すのが戸松の恐ろしさ。気づけば引きずり込まれている戸松ワールドの業の深さよ。その他、回りを取り囲むのはフレッシュな面々あり、安定感抜群のいつも通りの面子あり。個人的には脇でちょこちょこしゃべって流されていくゴン太の演技が楽しかったですね。三瓶はホントに分かりやすい声で分かりやすいアピールがある。他にも新井里美の純正ママン役とか、これ以上ない緩さの豊崎貧乏神とか、平常運転過ぎて年の差なんて気にすることも出来ない堀江由衣の存在感とか。これならドラマCDで出されても買うかもしれないなぁ。
「BLOOD-C」 6→6
様々な議論を巻き起こしつつ、大爆発とともに終了した作品。紆余曲折はあったかもしれないが、きちっと狙い通りの位置に着地出来たのではなかろうか。「1クール」っていう期間をどのように使うか、っていうテーマについても、なかなか興味深いサンプルを残してくれた。 当方、水島監督のファンだという前提も有りつつだが、とにかくシリーズ通してドキドキは持続していました。世間的には「エンドレスエイト」に肩を並べるほどの中だるみ、グダグダ作品と評されているのを見かけるが(そして、正直言ってそのように見なされるのも仕方ない部分もあったと思うが)、個人的には、振り返ってみれば1話1話がその存在感を発揮させて「BLOOD-C」を作り上げていたのではないかと思っている。盛大に砂山をぶち壊すには、黙々と砂をしめらせ、積み上げ、ならす作業が必要なように、このアニメが12話で結論にたどり着けたのは、それまでの話で作られた「舞台」あってこそだ。そこで演じられるのが「ドラマ」なのか、「日常」なのか、そして「茶番劇」なのか。それは、題材が違ったとしても重要性にかわりはない。 この作品で積み上げなればならなかった砂は、ただひたすら「日常」と「非日常」の繰り返しである。何しろ、七原文人が試みていた実験は、「日常」をどこまで引き延ばせるのかという挑戦であり、更衣小夜はその打開に向けて、必死に抗うことを続けていたはずなのだ。最初から改めて見直さないことには分からないが、この文人対小夜、「人間」対「古きもの」の対決は、今の視点から振り返れば、全く別な姿を描いていたはずなのだ。 本作が巧みなのは、対立構図の題目が、裏と表で全く変わっていないという部分。表のテーマは、「人間」代表である小夜が必死に人間を守る為に「古きもの」と対決するというもの。そして、裏で進行していたテーマは、「古きもの」である小夜が、人間・七原文人の呪縛に抗って対決するというもの。悪辣だと思われていた数々の古きものは、実際には小夜の血をトリガーとして調整されたものであったし、最も醜かったのは舞台を用意した文人たちであり、そこで演じていたメインキャストたちであった。小夜が守らねばならなかったのはあくまで自分自身と「大切な人たち」であるが、その構図は、基本線を動かさないままでぐるりと反転したものになっていたのだ。 結局、小夜の行為は茶番の中に溶けたが、それでも最後に委員長が残したように、我々は小夜の「一抹の真実の物語」を見続けていた。これにより、すべてが茶番に終わるのではなく、真の意味での更衣小夜の姿を描ききることとなった。「古きもの」との対立で見せた正義感は、そのまま人も古きものも越えて、大切なものを守りたいという信念となって残された。これは立派なヒロイック・サーガである。 そして、そうした小夜と文人の抗争を描くために用意された茶番劇と、数々の戦い。本作最大の見どころは、I.G.の真骨頂と言える圧倒的アクションである。毎回手を変え品を変え繰り出されていた異形の「古きもの」たちは少しずつシナリオを成しながら、実に見事なバトルシーンを演出してくれていたし、どこか奇妙なこの世界の玄妙さも表している。このバリエーションの出し方は、あのエヴァンゲリオンの使徒のバリエーションにも通じるものがある。そして、そんな奇妙なツールをフル活用して描かれた、メインテーマである「血(BLOOD)」の物語。残虐描写を徹底させることで小夜というキャラクターのどこか「足りない」部分を浮き彫りにし、大仰な立ち回りの説得力を増している。また、「血」というテーマは、そのまま小夜と唯芳の関係性などにも転用され、引き続きこの作品のテーマであり続けている。こうした徹底的なテーマ性の維持と原作者の意図を汲んだ構成が保たれたのは、流石の水島努というしかない。最終回などで顕著だった、どこか引き笑いめいたものが起こってしまうような突き抜けた作劇は、「白水島」と「黒水島」の恐ろしい形での融和の結果ではなかろうか。 とまぁ、無駄に盛り上げてみましたが、あとは1年後の劇場に持ち越しですかね。心底楽しみです。出来たらもう少し早めにやってくれると嬉しいんだけど……まぁいいや、最後は中の人の話になるわけだが、今作はもう、福圓先生以外にはいないでしょう。ヘッドの配下としてのキャスティングで、確かに水樹奈々もオンオフの切り替えの激しい大変な役どころをしっかり果たしていたと思うのだが、その下でこの世界観全てを一気にぶち立てた福圓美里に敵うはずもない。本当に、色んなところから予想もしないものをポンポン引っ張り出せる素晴らしい役者である。また、悪辣な男性役の代表選手、野島健児も一貫した演技でもって作品作りに貢献してくれた。色々と難しい部分の多い作品だったと思うので、キャストの皆さんには総じてグッジョブの言葉を贈りたいです。
具志堅うるせぇ、第24話。これはこれで味わいなの? いや、でも明らかに日本語通じてない感じになっちゃってるぞ。やっぱりネタよりも作品全体のイメージを優先させて欲しいもんだが……
さて、いよいよ開幕した「茶の湯天下一武道会」、北野大茶湯。利休は相変わらずの仏頂面であったが、秀吉は無事にイベントが開催出来て得意顔。自分もこの国の美が理解出来ている、ということを大衆に知らしめることが出来たし、あわよくばここであの不気味な利休を上回る大茶人を見付けて、首をすげ替えてしまえば後の憂いもなくなるって寸法だ。どれだけ表面を取り繕ってみたところで、秀吉と利休の間の埋まらない溝については、双方とも重々承知しているらしい。 利休にはやる気がなく、丿貫だって興味は欠片も無い。となると、この茶会でやる気をガンガン空回りさせるのは、やはり我らがフルオリ(あと細川のバカボンとか)。注意深く敵軍を観察し、何とかこの期に数寄者の頂きへと上り詰めようとあれこれ策を弄する。そして、その結果生み出された侘び茶の極み(??)が、トム・ソーヤもびっくりの天高き茶室であった。集まった市民には評判も上々。とにかくぶっ飛んだところを見せれば勝ち、みたいな分かりやすいインパクトが勝負の鍵だ。ただ、これって見る人が見たら勘違いの極致。感激にわななく息子を思いきりブン殴るのは長益。織部といい利休といい、この人の回りの数寄者は救いようのない連中ばかりなので、遊び人の割には苦労するポジション。利休との対話を通して「ヤバいじじい」と漏らしてみたり、この人の感性が視聴者には一番近いですかね。これまでうまいことはぐらかして生きてきた人生だが、そのせいで見なくてもいいものをどんどん押しつけられているのは自業自得か。 そして、得意満面の織部の茶席にもの申したのは、顔面蒼白、堅物の極みである石田三成。三成は、丿貫説得の際にも織部に面子を潰されており、どっちもどっちな関係ながらもあまり良い間柄とは言えない。「高みの茶席など不敬の極み」と声を荒げる三成はさっさと撤収するように織部に食ってかかり、意地を貫かねばならぬ織部とはとっくみあいの喧嘩に。その結果は当然のフォーリング茶室。「頂きへの一歩」は見事にスタートより下のどん底へ急落である。さすがは織部。僕らの期待した通りにやらかしてくれる。 結局、秀吉の自己満足以外の何ものでもない大茶湯は、誰1人得をしない格好で終了するかと思われた……が、最後の1シーンで、秀吉はあの丿貫と出会った。突如番傘を開き、飄々と茶席の準備を始める謎の老人に、秀吉は一体何を見たのだろうか。以下次回。 ……今回のびっくりポイントは、初登場となった伊達政宗のキャラクターだろう。いや、キャラクターっていうか、声が……レッツパーリィ!
緊迫の転換点、第12話。さぁ、色々と波紋が広がりそうな、とんでもないことになってきましたよ……とりあえず最初に一番驚愕したことを書いておくと、「石田彰は……小学2年生もそのまんまやるんか……この43歳怖い……」。
前回の時点で既に示唆されていたということを、視聴後にどこかで目にして初めて知ったのだが、この作品のモチーフの一つはあの地下鉄サリン事件だという。今回語られた高倉家の両親が荷担したという「地下鉄の事件」がそれだ。日付が完全に一致しており、舞台背景もそのまま。一応作中では「爆発事件」として処理されており、事件の内実は詳しく掘り下げられていないが、製作側としては地下鉄サリンとの関連性を積極的に否定する意思はないようで、そのつもりで見てしまえば、たしかにそのまんまであるかもしれない。 何故、実際の事件をモチーフとして扱おうと思ったのかはよく分からない。現時点では「架空の何か」をでっち上げてしまってもシナリオ進行上問題はないように見えるし、当然危惧されるのは、被害者たちの心情に何らかの影響がある、という、広い意味での「モラルの議論」が出てくること。実際、これが単に面白半分での用途であるならば、不謹慎の誹りは免れないだろう。ただ、制作側(特に幾原監督)がそうした当然出るであろう議論のリスクを考えていないとは思えない。つまり、何らかの意志があって、わざわざ16年前の事件を引っ張り出してきたのであろう。そして、その意図というのが何かは、今後のこの作品を注意深く見守っていくことでしか分からない。個人的には「モラルの議論」はあまり興味がないし、もしこれによってアニメに新たな意義が生まれるなら、充分に価値のあることだと思う。 そう言えば、あの才人(災人)山本寛が、どこかで「東日本大震災をテーマとしたアニメなども作られるべきである」というような議論をしているのを見かけた。彼の意図が十全に理解出来たとは思わないが、アニメの作り手側としては、ひたすら空想妄想の世界に逃げ込んで「甘受されるもの」だけを作り続けるアニメ作りという方向性には、どこかで風穴を開けたい、という思いがあるのだろう。そして、その端的な一助となるのが、たとえば現実の事件や人物などを扱い、メッセージを込めたアニメ作りというわけだ。どの程度受け入れられる思想なのかは分からないが、個人的には「とりあえずやれることはやってみて欲しい」というのが現時点での意見。この作品も、ヤマカンの言うような「新しい何か」を生み出すことになるのだろうか? 話が逸れてしまったが、そんな事件を背景にしつつも、今回は「陽鞠の二度目の死」という大事件が起こり、番組の雰囲気としてもターニングポイントを迎えたことが伝わってくる。陽鞠が病室で息を引き取ってからの一連の作劇は、今回作画が良かったこともあり、息苦しいほどの緊迫感と、有無を言わさぬ迫力があった。面白おかしく飛び跳ねていたきらびやかな「生存戦略空間」は静止し、暗く寂しく沈んだ世界となっている。晶馬の語る「メリーさんの羊」の物語を背景にし、冠葉は自分に出来る精一杯をやりきろうと奮戦するが、どれもこれもが水の泡。彼の全ての願いを込めた再びの「充電」行為は、あふれ出るインモラルな雰囲気を噛みしめつつも、どこか崇高で、貴い行為に見えてくる。最後には、あのペンギン帽子が力なく床に倒れ、目に光を失うことで、本作では幾度めかになる、「人の死」を実感させるのだ。あまりに残酷で理不尽な女神の采配に、冠葉でなくとも「運命という言葉が嫌いだ」というあのフレーズが口をつく。 高倉家を代表とする「日常の風景」に、ピクトグラムを多用した「広く無機質な現実世界」、動き続けた暗黒の電車、無機質に配管がむき出しになった寒々しい病院、生命の途絶を感じさせる生存戦略空間に、「メリーさんの羊」が語られた御伽話フィールド。よくぞここまで、と溜息が漏れるほどに、多種多様な世界が短い時間に圧縮されて繰り出される脅威の画面構成。これを1つのシリーズとして組み上げていく作業は、一体どれほどの労力とセンスを必要とするのだろう。アニメを見ていて、言葉にならぬ息苦しさに嗚咽を漏らしたのは久し振りのことである。何が作り上げられ、何が伝えられようとしているんだろう。全て抜かりなく、とまではいかずとも、この作品を正面から受け止められるだけの視聴者でいたいものである。
壮絶凄絶最終話。これがこのアニメの「1つ目の」結末。ただの1点に特化させた異形の結末。
正直、意外性のあるどんでん返しなど全く無かった最終回である。既に先週の時点で最大のちゃぶ台返しは完了させており、今回ギモーブ店長文人のモノローグなどで補完されたのはせいぜい唯芳(と小夜)の正体くらいか。それだって、大したサプライズになったわけではないだろう。この最終回の最大の眼目は、伏線の回収ではなかった。 では何が見せられたかといえば、更なる拡散である。そうだ、この作品は元々劇場版に繋がる前振り段階であることが了解済みの状態での1クールだったのだ。この最終回は、何事も丸く収まってはいない。むしろ、より大きな物語へのジャンプ台の役割しか果たしていないのである。そして、どうせ飛ぶなら、そのジャンプは特大の方が面白かろう、というのが今回のコンセプトだったわけだ。 そりゃもう、飛んだ。盛大に飛んだ。投げっぱなしと誹られても文句の言えぬこの最終回で、とりあえずやれることはやりきった。今回は大きく3つに分けてその行き着く先を見よう。1つ目は、先週からの続きである茶番の結末。メインキャストが2派に分かれていたわけだが、文人のゴーサインで、役立たずの異分子は淡々と処理されていった。時真は瞬殺、存在感のかたまりだった双子姉妹も徹底的に残虐に処理されていく。色々あったが、やはり今回最大のハイライトはのの・ねね姉妹の末期だった気がする。下衆であることが嫌というほど伝わるそれぞれの最後には、「双子」という唯一の繋がりすら軽々と踏みにじられる。彼女達の断末魔の絶叫は、他のキャストには無かった魂の叫びである。 2つ目の見せ場は、正体を現した唯芳と小夜による「親子」血戦。お互いに望まざる血の混じり合い。これぞプロダクションI.G.の真骨頂とも言える、笑えるぐらいの殺陣の迫力。鉄拳シリーズでも見たことがない壁バウンドをフル活用し、狭い屋内で飛び回る2人の人外と飛び散る血しぶき。これまでも様々なフィールドで見せ付けられたこの作品の見せ場の1つであったが、最後の最後で初めて「人の形をした者」と正面からぶつかり合い、これまでの全てを清算するような出し惜しみせぬ大迫力活劇シーンだ。 そして3つ目、悠々と退場する文人と、それを追撃する小夜を描いた野外戦の、冗談とも見える地獄絵図。解放された古きものと監視を行う「上層部」による「実験場」の撤収劇は、エキストラとして呼び出された全ての人々を綺麗さっぱり無かったことにしてしまった。無表情に淡々と大衆を惨殺していく管理側の残虐さは、「学園黙示録」などをも上回る救いようのなさ。分裂増加した量産型「古きもの」は、なんだかユルい表情と独特の造形のせいで、最初のインパクトが「うわ、八頭身モナーみてぇ」って思っちゃった。おかげでもう、そこから先は全部モナーにしか見えなくなってしまったのだが、残虐を残虐とも受け取らせぬほどの稚気にあふれた惨殺劇は、ある意味この作品に最も求められた要素なのかもしれない。1つ1つの古きものの振る舞いが細かく「楽しさ」に置換されており、「あ、とんがりコーン喰ってる」とか、「栄養ドリンクか」とか「ミキサーは駄目だっぺよぉ〜!」とか、笑っちゃいけないシーンだと分かっていながらも、奇妙な引きつり笑いみたいなものがこぼれてしまう。この何とも言えない感情は、他のどの作品でも受けられない唯一無二のものには間違い無い。個人的には、ぼかしアリでギリギリレベルですけど。これ、製作側は一切手抜き無しで描き込んでるんだろうなぁ…… 最終的に残されたのは、「劇場版仕様」となるために潰された目を覆った隻眼の小夜と、結局なんだかさっぱり分からないままの犬っころ。敵方は、完全なる悪役として立ちはだかった「罰するもの」七原文人と、「やっぱお前女子高生は無理があったんだな」という衝撃の事実が判明した網埜優花。対決の構図は実に分かりやすくなった状態で、1年後の劇場版を迎えるわけだ……って、長いわ! 1年て! どうやってモチベーション維持したらええねん! ……観に行くだろうけど。このまま終われないのは間違い無い。しかし、「終わらせない」という役割を恐ろしい方策でもって実現させたこの「最終話」の存在感、恐ろしいものである。 |
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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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