<以下の文章は、放送当時に執筆されたものである>
○第18話「スペシャルレディオ」
脚本・三重野瞳 絵コンテ/演出・渡辺正樹 作画監督・星野尾高広、門智明
<あらすじ>
高校受験も少しずつ近付いてきた秋の夜長、賽河原第三中学校の女子の間には、ちょっとした流行が広まっていた。それが、とあるラジオ番組。「四十万丈太郎(しじまじょうたろう)のド深夜の静寂」というタイトルで、内容は典型的なFM番組と言ったところだが、パーナリティの四十万丈太郎のトークに人気があるらしい。ゆずきも自宅で勉強しながら、何気なくそのラジオ番組を聞いていた。そこから偶然にも「地獄通信」というフレーズが飛び出てドキリとするが、単なる偶然だったようだ。しかし、地獄通信の話題を投稿したリスナー「ちーちゃん」の名前だけは強く印象に残る。
翌日、ゆずきがいつものように仲間達としゃべっていると、自然とラジオの話題が出る。そして、親友のそらが教室の隅でひっそりとしていたクラスメイト、浜野知里子に声をかける。「ひょっとして、あなたがはがき職人の『ちーちゃん』じゃないか」と。引っ込み思案の知里子はいきなりの質問に正直に答えるべきか否定すべきが逡巡していたが、そらの発言はあっという間にクラス中の女子に広まり、知里子に羨望のまなざしが注がれる。「ラジオではがきが読まれるなんてすごい」「面白いはがきだった」と。勝手に盛り上がるギャラリーに戸惑う知里子だったが、褒められ、自分の隠れた趣味が広まるのは悪い気はしない。自分の知識を披露し、たくさんもらったノベルティのブレスレットにも注目が集まるのを、かつて無い達成感を持って見守っていた。
その夜から、クラスメイトも知里子も、また違った気持ちでラジオ番組を楽しむようになった。知里子は自分のポジションを激変させてくれたラジオ番組に感謝しつつ、丈太郎の甘いトークにのめり込む。まるで、ラジオを通して憧れの丈太郎と対話しているように思えた。一方のあいの家では同じ女でも骨女が生っ白い丈太郎のトークに鳥肌を立てる。きくりとあいは嫌いではないらしく、山童は「はがきを100枚書け」というきくりの無理難題に辟易する。
知里子は校内でもすっかり有名になり、はがきが読まれるたびにクラスメイトに囲まれ、放送部からは入部して欲しいと誘われ、先生にまで「お前は才能があるんだな」と褒められる。「三中のちーちゃん」は丈太郎の魔法によってシンデレラになり、知里子の中で丈太郎はますます大きな存在になっていく。小躍りしながら帰路につく知里子に、一人の女生徒が接触を持った。彼女の名前は志村要。知里子に会いにきた彼女も、なんとあの番組の熱心なリスナーで、「カエル姫」のペンネームではがきを採用される常連。知里子も、当然「カエル姫」のことはよく知っていた。番組についてのディープな会話で一気に打ち解ける2人。その夜、知里子が風呂上がりにラジオをつけると、丈太郎がたまたま「お風呂上がりの女性の仕草はいいよね」というトークをしていた。そんな偶然に、知里子は運命を感じる。
翌日、要と2人で前日のラジオの話題をする知里子。「丈太郎の言葉には嘘が無くて、いつも本当のことを言っているからこそ心に響くんだよね」と一人盛り上がる知里子に、微妙な表情で相槌を打つ要。そして彼女が切り出した言葉は、「2人で丈太郎にあいに行こう」。そのまま、知里子は要に手を引かれてラジオ局に向かう。憧れの丈太郎の入り待ちのために緊張する知里子だったが、彼女達の前に停まったタクシーからは1人の女性が降りてきた。「丈太郎じゃなかった」と胸を撫で下ろす知里子だったが、傍らの要はいっそう緊張した面持ちで降り立った女性に駆け寄る。「放送作家の、木内ユメさんですよね!」
目の前にいるのは、あの番組の放送作家だった。知里子は「あぁ、あの丈太郎と一緒に喋っている人か」という程度の認識だったが、隣の要は違った。「私は放送作家になりたいんです。ユメさんみたいな放送作家に!」。要はユメに向かってそう告白する。要の目的は、放送作家のユメにあうことだった。彼女の様子に戸惑う知里子を他所に、ユメは自分に憧れる若者に共感したのか、鞄から一冊の台本を取り出し、それをプレゼントしてくれた。そこには「四十万丈太郎のド深夜の静寂」の文字。「台本? どういうこと?」。戸惑う知里子の脇で、要が台本を朗読する。そこには、昨日の夜に自分に運命を感じさせた丈太郎の台詞が、一言一句違わず掲載されていた。「あの番組はね、完全台本なの」。ユメの言葉に、知里子の世界がぐらりと揺れる。「作家の仕事は大変だけど、四十万丈太郎というキャラクターを作る、やりがいのある仕事なんだ」。ユメの言葉に、要はうっとりと台本を抱きしめるが、知里子は呆然と立ちすくむだけ。
その夜の番組は、知里子の耳には届かなかった。彼女は、その時間にあいから藁人形を受け取った。
翌日、知里子と要は2人並んで登校する。「昨日の番組も、ユメさんの台本は面白かったよね」と浮かれる要に、知里子は「あれは、丈太郎の番組だよ」と冷たく漏らす。「そうだけど、ユメさんあっての番組って感じじゃない? 丈太郎は、優秀な作家に出会えてラッキーだよね」。要のその言葉で、知里子は足を止める。
「要ちゃん、完全台本のこと、誰かに言った?」。知里子の問いに、要は不思議そうに首を振る。「そう、良かった」。ゆずきが駆けつける直前に、知里子は糸を解いた。
それからもずっと、ラジオの中の丈太郎は知里子に語りかけ続けてくれる。彼女の腕に、大量のブレスレットがじゃらりと鳴った。
<解説>
あまりに重たい17話の後に、信じられないくらいにベタな1話。「あるぇ〜?」と肩すかしを食らった後に見たスタッフロールは、脚本に三重野瞳の名前が。またお前か。いやまぁ、今回のエピソードは、開いた口の塞ぎ方を忘れるような「隣(8話)」の時よりはかっちりしている。目新しさは特に無い気がするが、まぁ、1期の序盤なんかもこんな感じで続いてたしね。ただ……26話しかない限られたシリーズの間にこれを挟むのはやや微妙。主人公である浜野知里子の心情は「はぐれ稲荷(9話)」の稲生楓のそれと被っているし、地獄流しの動機も「知りたくもない事実を勝手に押し付けやがって」という「うそつき(7話)」の犬尾篤志と非常に似通っている。切り口が違うので別にいいのだが、正直、それぞれの要素の抽出の仕方としては、前の脚本の方が出来がいい気がするのだが。
今回評価すべき点としては、やはり非常に後味の悪いラストまでの流れだろう。特に「完全台本のこと、誰かに言った?」と問いかけた後に「そう、良かった」と一言呟いてさらりと糸を解いてしまうくだりの冷静さなんかはゾワッとくるものがあるし、その後、自室のベッドで布団を被りながらラジオにしがみつく知里子の様子と、腕に何重にも巻かれたブレスレットは実に効果的に鬱々としたエンディングを演出する。7話の犬尾の場合は「病気の母親」という嘘を自分自身で知っているのに「本当」にしようといて完全に壊れてしまったわけだが、今回の知里子の場合、偶像であった「四十万丈太郎」という「嘘」は直前に知らされたもので、彼女が受け入れを拒否すればそれを見なかったことにしてしまえる。最低条件として彼女は「要を流すこと」が必要であると判断したわけだが、このあたりの浅慮、というか妄想はいかにもあんなわけの分からないラジオを愛好する夢見る女子中学生である。
私もいちラジオ好きとして、本当にこんな基地外じみたリスナーがいるのか、と言いたくはなるのだが、多分、いるんだろう。こと腐女子の妄想パワーというのは尋常ではなく、男性アイドル声優は女性のアイドル声優よりもイメージに気を遣う必要があるように見える。最近の話題ではガンダムの中の人である宮野真守の結婚騒動があり(現注:懐かしいですね)、これが男のキモヲタの場合には「本人氏ね」になるが、腐女子の場合、宮野の出来ちゃった婚が明らかになったときの反応は「マモ死ね、今まで貢いできたもの全部返して死ね。そして相手の女と、お腹の子供も全部死ね」だった。流石にドン引きである。今作の知里子の場合は決して腐女子でもオタでもないが、偶像崇拝が度を過ぎているという意味では同じ。このエピソードはひょっとしたらそうした昨今の奇妙なファンの妄念を皮肉ったものかもしれない。
脚本を書いた三重野瞳も、実は放送作家をしている。っつうか最近はそっちの仕事の方がメインと言ってもいいくらいの状態で、当然ながら今回作中で登場した木内夢は彼女自身がモチーフだろう。ひょっとしたら今回の話も、ある程度体験談になっているのかもしれない。まぁ、アニラジ業界では完全台本なんてほとんど無いけどね。作中の木内夢は四十万丈太郎の番組が毎回完全台本だと言っていたが、この番組はどうも帯番組のようであるし、仮に30分番組だとしても、全部完全台本では身が保たないだろう。ひょっとしたら三重野自身の願望なのかもしれない。余談だが、過去に某絶望的ラジオで完全台本の回が数回あったが(「ときめきな〜みんナイト」とか)、そのときはパーソナリティ2人の事務所に電話帳と見まごうばかりの台本が届いたらしい。そりゃ、毎回やれってのは無茶でんがな。
あぁ、全然本筋と関係ない話題になってきた。いや、今回取り立てて構成上面白いポイントも無かったしさ。一応1つだけ確認するポイントをあげておくと、知里子と要が一番仲良く会話をしていた時期(つまり、まだ台本の話題に触れていない時)に、すでにあいは二人の様子をじっと見守る描写がある。16話で予知能力の存在が明らかになってはいるが、やはりこうして「未来の地獄流しの関与者」を見守る描写というのは、これまでのシリーズには無かったので奇妙な感じがする。また、ラストシーンでのゆずきとの関係性もちょっと気になる点で、具体的には、すっかり現実から逃げて布団を被る知里子のカットの後に、ゆずきが自室でザーーッと音を立てるラジオを前に大きな溜め息をつき、それをあいが背後から見ている、というシーンで幕を閉じる。ゆずきは一体何故ラジオをつけていたのか、そして、あいはそんなゆずきをどういう思いで見ていたのか、多分深い意味は無いと思うのだが、何となく余韻の残る気になるカット。
他はギャグとかエロ要素ばっかだなぁ。今回四藁は特に仕事が無く、骨女は四十万丈太郎に悪態をつくだけ、それに対して輪入道が「女心を掴む基本話術ってとこだな」と反応し、一目蓮が「小手先の技だけで心が無いな」とコメントしている。骨女に言わせればこの2人の方がよっぽど女心を分かってないはずなのだが。また、序盤にクラスメイトの各々が自宅でラジオを聞いている様子が細かく描かれたシーンもちょっと気になるパートで、ゆずきはちゃんと机に向かって勉強しながら聞いているのだが、球代(ぽっちゃり系)は部屋にねっ転がってお菓子を食べながら聞いている。深夜の放送(少なくとも12時は跨ぐ時間帯)なのにお菓子食ってるんだから、そりゃ太るわ。「真夏のグラフ(12話)」でスポットが当たった眼鏡美少女の尾藤望は、何と薔薇の花を浮かべた優雅極まりない風呂でのラジオ。この子、何なの? 最後の1人である江上そらは、集合住宅地だったせいで電波が入らなくてベランダでラジオと格闘してました。あれだけ電波が悪いってことは、ひょっとしてAMラジオだったのか。それにしても、この作品は毎回必ず誰かが風呂に入っているような気がするのだが……監督の趣味です。キャストの話によると、これでも脚本や構成の人たちが必死に抑えてるんだそうで。やりたい放題だよな。
今回のキャストは、前回とは打って変わってフレッシュな面々。妄想ラジオ少女の浜野知里子役には、期待の新人悠木碧。何故だろう、彼女の演技は発声にまだまだ拙さが残るのに不思議な魅力がある。今回は大森さんの下でアフレコ指導を受けたわけで、今後もきちんとしたところでスキルを伸ばして欲しい(現注:今となっちゃぁそれがね!)。そしてカエル姫こと志村要役には、「ミュージックレインの最後の1人」、寿美奈子。4人組のはずなのに何故か1人だけまったく名前を見ることが出来なかった彼女だったが、2009年に入ってようやく本格始動。他の3人に追いつけ追い越せ。ただ、戸松も高垣も、豊崎ですら随分先を走ってるような気がするけど……
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