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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 リュビスが語尾に付ける「じゃん」は、どこぞのアンチスキルよりも随分自然な感じがする第16話。やっぱり語尾にあった性格ってあるよね。直情馬鹿のリュビスの「じゃん」は割とすんなり聞けます。また、今回クフィーユがサフィルの台詞を聞いて「あの人の言葉、信用できるのか」みたいなことを言ってましたが、その関西弁はエセなので信用しない方がいいと思います。

 さておき、あまりに分かりやすい敵の奇策ながらも、戦闘経験の浅いお人好し2人はあっさりと引っかかってしまったというお話。視聴者からすると序盤からバレバレなので大した驚きもないのだが、それでもようやく本気のシリアスが見られた気がして、そこだけでも頑張って欲しいと思えてしまうのは激甘な感想だろうか。だって、今までピンチらしいピンチなんて無かったし……まぁ、今回だって「あんだけ怪しい敵の誘いに新米2人だけ送り込むとかどんだけ鬼畜やねん」とか、「ガクトエルはあれだけ悠々とアスクールに接触してきたんだから、部下に頼まなくても誘拐くらい出来るだろ」とか、色々疑問はあるけど目をつぶる。それでも見えたら諦める。

 今回のエピソードを通じて、アスクールは出自の悩み、クフィーユは記憶に付いての悩み、という風にきれいに2人のコンプレックスが浮き彫りになっており、特にクフィーユの方は既に4話の記憶すらなくなっているらしく、前々回解決したのかと思われていた悩みが深刻化していることが分かる。彼女の場合は一応イヴェールによる「純正」ESメンバー候補という「位置づけ」があるわけだが、記憶の障害が出てくるとなると、この出自自体も怪しく思えてくる。ただでさえ前作の主人公のエクレールが「記憶」に苛まれていたという事実があるわけで、今後はクフィーユの動向が物語のカギを握ることになるだろう。今回のクライマックスでの必死のザ・ワールドも、一応ESメンバーの矜持が見られました。

 他方、アスクールはというと、どうにもシリアスになりきれないのが辛いところ。今回もいいとこ無しだし、普段が普段なので「別にお前ガクトエルの妹でもいいんじゃね?」くらいの感想。せっかくトリクシーから受け継いだ八つ裂き光輪も、リュビスの爪で簡単に弾かれるようでは全くありがたみがない。あれって空間断層かなんかじゃなかったのか? 弱すぎるだろ。

 そして意外に気になるのがディアの存在。すっかり携帯用自立歩行型レベルアッパーとして使われている感のあるディアだが、今回の用法を見る限りではレベルアップというよりも単なる体力アップ機能なんだろうか? 回復役はあんまり便利すぎると逆に使いにくいと、JOJOの4部を見て思うわけですよ。

 ま、何にせよ一応は主人公チームに興味が持ててよかった。次回は何故クフィーユが命を救われたのかが判明する。といいな。 

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 Aパートを見ていたら本当にサブタイトル通りでどうにもならなかった第15話。ほんとにこの作品、どこに行きたいんでしょうなぁ。「またこんなんか……」と思って絶望して見てたのにロングホーントレインネタで笑っちまったじゃねぇか、この野郎。

 というわけで、Aパートは全く意味のないアスクールの夢物語をダラダラやるという、誰も得しない驚愕の展開。あげく「こうしてボーッと見てる分にはSFだろうが学園コメディだろうが何でもいいんだけど、どっちかはっきりしてもらえればなー」とすら思い始める始末。仮に1話からずっとあの学園ものをやってたとしたら、ひょっとしたら普通の(十把一絡げの)萌えアニメとして特に何の印象もなく消化されていた可能性もあるんだよね。全く面白くはないわけだが、画面はそれなりに見栄えがするし、正直「れでぃ×ばと」と何が違うかと言われれば説明のしようもない。ただ、残念ながらこの作品はそうではないのだ。

 Bパートに入ると、一応Aパートの夢がシェイドのみせたものであることが説明される。そして、それがガクトエルの指示であることも。しかし、「GTO本局ビルまで楽々進入して精神操作」「上空にステルス機で待機」「ガクトエル堂々と本局敷地内に登場」までやってのけるのだから、どう考えてもESメンバーに勝ち目はないように見えるのだが。その上で、ガクトエル様はお優しいのであくまでアスクールの夢をちょっといじるくらいでとどめておいてくれる。何このなぁなぁ感。ほんとに死んだトリ・トロコンビが報われねぇよ。

 そして、問題となっていたアスクールとガクトエルの関係だが、なんと一番やってはならないと思っていた「兄妹」という単純明快なファイナルアンサー。そりゃ血のつながりが一番簡単な接続だけど……こんな段階でぺろっと明かされても、「さいでっか」の一言で片付いてしまう。そりゃ記憶は無いんだから好きにしてもらっていいけど,アスクールの心境としても、「しらんがな」って言って終わりだと思うんだけどね。これまで失った過去に拘泥しているような描写は全く無かったし、改めてトリクシーの墓前で誓った後の態度としてはどうかと思うぞ。

 一応、今後の謎は「何故ガクトエルがそこまでアスクールに執着するのか」になると思うんだけど、今回みたいな無敵超人っぷりをみると、とてもではないがラスボスとして太刀打ち出来るレベルにはない気がして、逆に盛り上がらない。何はともあれ、この期に及んで尺の無駄遣いはホントに勘弁してください。 

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 なんだか危険分子がやたら多い宇宙に不安が募る第14話。そりゃま、人類支配が及んだ全宇宙を管轄しなきゃいけないんだからGTOも大変なんだろうけど……今回の悪役、随分ステロタイプな頭悪そうな犯罪者だったけどな。その割りに「半径100キロを巻き込む自爆装置」って、持ってるものだけはやたら派手。

 前回の視聴者の不安をくみ取ってくれたのか、今回はシリアス含みできちんと「意味のある」エピソード。これまで分かっていたようで分かっていなかった、アスクールとクフィーユの出会いを描く。ディアの登場回あたりでクフィーユが「私も7歳」と言っていて疑問が湧きつつも「まぁ、この世界なら何でもありだろ」と思っていたのだが、その出生にはなんとエクリプス前局長が絡んでいた。シェイプチェンジや転生はお手の物だということは知っていたが、まさかゼロから生命を生み出す能力まであるのだろうか。しかも最初から「ESメンバーになるために」生まれてきたのがクフィーユということで、やはりESメンバーとなると前作の主人公達同様に業が深い。

 そして、そんなクフィーユと運命の出会いを果たすのが、これまた出生に謎が多いアスクール。彼女の場合も生まれながらに瞬間移動の能力は持っていたらしいが、「年齢」についてはどうだったんだろうか。また、今作ではこの2人にディアまで絡むわけで、前作以上に過去、出生は大きなファクターになりそうだ。次週はアスクールとガクトエルの邂逅のようだが、この2人の関係も気になるところだ(前回唯一伏線らしい働きをしていた薔薇のアザのことがねぇ)。

 2人の出生に加えて、今回はトゥイードゥルディ達の能力にも見せ場があったし、クフィーユに気遣うイヴェール局長の態度にも、まだ単なる親心以外の何かがあるようにも見える。クフィーユの記憶剥離と能力の関係性も気になるし、きちんとこれら全てに物語があるならば、実に魅力的である。まぁ、「あれば」だけどね……

 シナリオ面はそこそこなんだけど、やっぱり構成がもっさりしてるので完全にのめり込めないのがこの作品の眠いところ。手錠をしていたはずの2人が何故中盤に銃撃された時に瞬間移動出来たのか、とか、ブロンコと対峙したときにクフィーユが予知をするくだりは必要だったのかとか(どうせドゥルダムに瞬殺されてたし)、アンオウたちが復活してたけど、この間Gソサエティは何をのんびりしてたのか、とか。もっと見せたい部分を適切にクローズアップしてくれりゃいいんだけど。

 今回気付いたのは、アスクールの瞬間移動と、クフィーユの予知という組み合わせは、「空間性の跳躍」と「時間性の跳躍」という意味ではトリクシー・トロワジェインコンビと同じ時空間の繋がりであるという点。だからこそ能力が引き継がれたのだろうが、エクリプスはどこまで予測してクフィーユを「生み出した」のか。なかなか気になる部分である。 

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 この作品の悪いところがきれいに出てる気がする第13話。前回曲がりなりにも前作との接点を明示してシリアス展開へのいいきっかけがつかめたというのに、何でここにきて水着回なんだ。本当に構成の意図が全く分からない。

 「女性同士のメンバーしか出撃出来ない」という制限がついたために、アスクール達にバカンス惑星への潜入ミッションが与えられる。相変わらずアスクールはお気楽だし、いざ突入すれば現場の人質たちもいい気なもの。ミッションといっても緊張感は欠片も無い。そして全ての任務はおよそマシンの性能で片が付いてしまっているし、その最中にも緊迫感のないギャグメインのやりとりが続く。あげくトラブルの原因もGソサエティの関与は感じられず、先んじて派遣されたという捜査員もなんだかお馬鹿な立ち位置。まず、コンピューターと対決するってのにハードを壊すっていう選択肢は無いわなぁ。

 そして惑星規模の迎撃システムの攻撃を喰らったというのに、母艦のディフェンスによって事なきを得るというクライマックス。レーザー浴びても平気なレベルの武装があるなら、別に他のESメンバーが特攻かけても問題無かった気がするのだが……そして最後のオチ部分では、ESメンバーであることがウェイトレスのバイト以下の副業扱いである。この世界の秩序や権威ってどこにあるんだ。とにかく、どこまで意味があるのかが非常に疑わしい、やっつけ臭溢れるエピソードであった。当然、見どころはほとんど無い。

 強いて見ておくべきポイントを上げるとするなら、10話で引き継いでおきながらなかなかお披露目の機会のなかったトリクシー組の能力をようやく発揮できたという部分。前回の話からすると時空を操る能力は物語の根幹を成す大切なものであるはずだが、いまのところはロボット1体とやり合う程度のもの。正直ショボい。あとは……そう、モビルスーツ戦闘の動画は少し良かったかな。

 でも、それくらい。フォローしてあげたいのに、フォローのしようがない作品になってしまっているのはいかんともしがたい。今期は他に書くべき作品もないから頑張って見るけどさぁ。 

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 過去の真実が語られ、随分話がすっきりした第12話。ようやくエクリュミコンビの所在が明らかになり、前作との接続は無事に行われたわけだが……なんだろう、前作の事件との関わり合いは全く無いな。

 局長の語る「時間凍結事件」の真相。25年前に当時のESメンバー全員であたったその事件こそ、此度のガクトエルの反乱の序章だった。膨大なエネルギーを持つ惑星の封印のためにエクレールとリュミエールは自らを犠牲にして時空間を封印。アームブラストとメルクルディ(ファイルスプリッツ)も深手を負い、組織の再建のために名前と姿を変えた。所長の正体は想像通りの内容であっさり判明したわけだが、まさかゾマがアームブラストのなれの果てだったとは。一応6話での情事もこのための伏線……だったのかなぁ。あの男だけどうにも緊張感がねーんだよな。あぁ、それがアームブラストっぽさか。

 エイオウに連れられて問題の空間へ向かったアスクール達は、偶然にもエクレールを見舞いに来たシュバリエに出会い、思いを引き継ぐ決意をする。エクレール達と並び立つほどの能力を持つトリクシー・トロワジェイン組の能力を受け継いだ彼女たちこそが、エクレール達の正統な後継者といえるからだ。敵対組織としてのGソサエティとガクトエル、宇宙を守る為の大義名分、そして1期キャラの現状と、一気に全ての背景が取りそろえられたことになる。

 でも、なんか安易だな。そりゃま、分かりやすい設定の方が楽なのは確かなんだけど、ガクトエルの背景として「25年前にエクレール達をやっつけた真の悪です」って言われても、前作を見てきた人間は「そいつは強敵だな」とは思いにくい。素直な気持ちを表すなら、「前作の主人公達の扱いが悪すぎるだろ」という感情が先に来る。一時は巨大戦艦相手に獅子奮迅の活躍を見せたエクリュミコンビが、ほとんど台詞も無しに封印されちゃったのはなー。いや、主人公補正が掛かるからあんまり表に出したくないのは分かるんだけどさぁ。どこぞのコーディネーターみたいに2期目の主人公喰っちゃうとまずいしね。あとはクライマックスに劇的な復活を遂げて活躍する2人でも期待するしかないか。

 およその設定に筋は通ったと思うのだが(面倒なSF設定は置いておくとして)、唯一分からないのは、トリクシー・トロワジェイン組の存在だ。確かエクリュミコンビは、当時のESメンバーの中でも破格の能力を持った一種のジョーカー的存在。もちろんエクリプスの力を借りていたという条件はあるが、そう簡単に替えの効く駒だとは思えない。それが、敵の策にはまったからといってあっさりトリクシー達のような2世代目が出てきていいもんだろうか。しかも、9話での殺害シーンを見る限りではトリクシー達が強いようには見えないし。一応「トリクシー→アスクール」「トロワジェイン→クフィーユ」という能力伝承は一応意味のある設定だったので、今後きちんと「エクレール→トリクシー」という受け渡しはきちんとやってもらいたい(リュミエールとトロワジェインの繋がりは今のところ見えてこない)。

 ま、とりあえず今回は懐かしい顔ぶれが確認出来ただけでも良しとしますけど。やっぱりここにもデクストラたちはいないんだよなぁ……あと、やっぱりこの数年で劇的に変化してしまったリュミエールの中の人、平野綾が気になってしょうがない。あの当時はほぼデビュー作みたいなもんで、隠しきれない素人臭さが逆にリュミエールの味になってたんだけど……今回のリュミエールは無駄にハキハキしゃべる。まぁ、役者としては上達してるんでしょうけど。永田亮子もそうだけど、まさか8年越しでこんな地味な作品の同じキャラクターを演じることになるとは思ってなかっただろうなぁ。 

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 最後の最後まで、そのしたたかな演出プランを貫き通してくれた最終話。9話ではこれまでの流れを断ち切って「他のキャラクターと繋がらない主人公」を描き、10話では「繋がっていたのに描けなかった主人公」を描き、最終話はどんな主人公かと思えば、なんと「精神病に至る手前の主人公」であった。精神疾患という難しい題材をコミカルに扱い続けてきたこの作品だが、きちんと最後の最後で意味のあるメッセージを送ってくるあたり、実に如才ない。

 今回の主人公・津田英雄(古谷徹)は、6話の主人公、津田雄太の父親。6話でも一言だけ台詞があって「なんで古谷徹なんだろう。無駄に豪華だな」と思っていたら、ここでその真価を発揮してくれたことになる。

 英雄は、救急病院の責任者として日々命の現場に挑み、責任を持って仕事を全うしながら、部下への気遣いも忘れない仁の人。回りからの信頼も厚いし、医者としては申し分のない人物。しかし、そんな彼もご多分に漏れず家庭に問題を抱えており、コミュニケーション不足の息子は「ケータイ依存症」になってしまっていた。そして英雄自身はというと、今のところ具体的に病名のつくような疾患は患っていない。その証拠に、伊良部に注射を打たれたあともシンボル変化はなく、画面上に病名も表示されない。しかし、伊良部はそんな英雄を見ながら、「普通の患者なんかよりもこーいう普通の人が一番めんどくさい」と言ってのける。そしてその言葉通りに、英雄は何とか自我を保ちながらも、どんどん「めんどくさい」状態へと突入していく。

 実際のところ、トイレの個室に籠もって家族への不平不満を爆発させる英雄は、終盤には充分「病気」と断じてしまっていい状態になっていただろう。叫んでストレスがはらせる内はまだいいのだが、22日の時点では呼び出しを続ける携帯を見て患者の問診中に露骨に顔をしかめているし(そういや病院で携帯って大丈夫なのかな)、24日になると、ついに堪えきれずに問診中にもかかわらず電話に文句を言い始め、あげくトイレに籠もるという、職場放棄に至っている。ここまでくると、単なるイライラではなくて充分に「病気」だ。

 そして、そんな彼の病気のシンボルは、実は現れていた。それがトイレの個室でグニャグニャと落ち着きなく変化する彼の面相、つまりは「子供」である。これまでの患者達も、注射を打たれることによって自らの症状を象徴するような動物に変化してきたが、今回の英雄の場合は、嫌なことを他人に押しつけて逃げ道に駆け込む、「幼稚な子供」こそがそのシンボルである。注射を打たれて数日、彼の「症状」が進行したことで、「子供」は表面上にあふれ出した。

 今回、伊良部はこれまでのように画期的な治療でもって英雄を治療することはない。臨界点を突破した英雄に自分の現実を突きつけ、家族への姿勢を考え直すように諭しただけだ。画面の中では黒くよどんだ彼の体内に手を突っ込んで「膿」のようなものを取り出す描写はあるが、これまでも超常的な治療は行わなかった伊良部のこと、あくまでショック療法で彼の中の病巣を取り除いたことのメタファーと捉えるべきだろう。これにより、彼の中に溜まっていた「病気の根源」であるどす黒い染み(彼のイライラを集積させるトイレに堆積していた)は取り除かれ、英雄は子供から大人に戻る。ある意味、発症から治療までの期間が最短の例と言えるかもしれない。

 今回も色々と感心させられた部分が多いのだが、メインプロットで特筆すべきは、やはり津田親子の関係性だろう。6話の時点では完全に「息子の責任」だと思われていたケータイ依存症だが、今回のエピソードにおける津田家の食卓を見ると、実はその根本的な問題が英雄の方にあったことが分かる。息子の雄太にとって、携帯は父親を仕事に束縛し続ける目の敵。英雄は「食事中に携帯を使うな」と注意した直後に、自分は仕事場からの電話に出て食事をないがしろにするし、雄太に注意するときも、一声かけただけですぐに携帯に注意を向けている。父親の逃げ道である携帯を見て、息子も同じ「症状」へと逃げ込んだ。

 そして、こうした津田家の「崩壊の兆候」を、端的に表現したのが今回の「カナリア」という題材であった。伊良部の言う通り、雄太という存在は英雄があらゆる物事に縛られて、精神的に危うくなることの危険信号として働いていた。仕事に追われ、家庭を顧みなかった男のために、まずその家庭で最も過敏である息子が歪む。雄太が歩く道すがら、カナリアが息絶えたのは象徴的なメタファーである。これまで扱ってきた様々な「症状」。それらはあくまで結果であり、そこに至るまでの経緯は当然全てについて回る。事後治療は伊良部の専門だが、それ以前の「環境」にまず目を向けよ、というのが、この作品を通じての最大のメッセージだったわけだ。なかなか小利口なまとめ方ではないか。

 今回のエピソードは、序盤はおおよそ見たことのある津田家のエピソードだし、これまでのような時系列ネタで面白い部分も少なくて「なんか地味だなー」と思っていたのだが、Bパートの怒濤の展開は圧巻。トイレで叫び回る英雄の狂気を孕んだ様子は、これまでのどの患者よりも危険で、真に迫っている。いつも通りの展開だが、これはもう中の人を褒めるしかない。そしてこの英雄の暴れ回るパートは「主人公の顔が実写」という仕込みが最大限に活かされたシーンでもあり、大人から子供へとコロコロ体型の入れ替わる英雄の外見に、非常にえげつない形で古谷徹の実写の顔が絡み合う。体型は幼児なのに顔だけ実写のおっさん。しかもその顔には引きつった笑顔。このビジュアルは強烈だ。古谷徹には申し訳ないが、最大限に実写を活かした「気味の悪さ」が出ていた。この効果は頻繁に顔出しでテレビに出演している古谷徹だから得られた効果とも言えるかもしれない(また、古谷は離婚経験者でもあるため、作中の「家族なんか持つもんじゃない!」という英雄の叫びも何となく深読み出来てしまう)。他にも、今回はラストということもあってマユミちゃんが色々と活躍し、最後には雄太の頭をポカリと叩くのだが、実写と作画の絡みがなかなか面白い形で出ていた。

 どんな風に幕を下ろすのかと気になっていた今作だが、尻すぼみすることなく、最後まで非常に楽しく見させてもらった。ただ、今回のエピソードのおかげでこれまで画面の端々に映っていた「カナリア」の含意が分かってしまい、「ひょっとしてもう1回最初から見直さないと全部の伏線が回収出来ないのではないか」と戦々恐々ではある。まぁ、最終話の感想は「父親が古谷徹で母親が井上喜久子って、どんだけ贅沢な家族やねん」だったけど。 

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 腰を据えたお話になってきたのは分かるのだが、はたしてこんな悠長なことで視聴者がついてくるのかと不安になってしまう11話。8話の時と同様に、今回は基本的に敵勢力であるGソサエティについてのみが、描かれている。

 今回は本当に大した内容がなくて、せいぜい元ノーヴルズとしてのリトゥーシャ・パウークコンビの複雑なスタンスが分かったくらいだろうか。まぁ、敵勢力がどのような状態になるのか、ということはきっちり伝わってきたので、決して不必要な回ではないのだが……序盤の「ギャグとパロディで客を捕まえればいいんじゃね?」みたいな無責任なノリと、こうして地道に脇から固めていく描写は完全に乖離してしまっているのであんまりしっくり来ない。もちろん、個人的には今回のようなスタンダードな仕上がりの回の方が、追うべきメッセージ性が分かりやすいので好みのタイプではあるんですけどね。

 で、今回リトゥーシャの手による内部調査の情報が視聴者に開示されるわけだが、その中で明らかになったのは、シャドウワーカーというのがずぼらの集まりである、ということ。アニマリアンのリュビスは元々がさつなイメージだったのでなんの意外性もない(彼女の場合はそれなりに有名な暗殺者だ、という事実の方が驚きだ。だって強そうに見えないんだもん)。意外なのは、その相方であるサフィルが非常にだらけた生活をしているということ。ひょっとしたらあの汚い部屋は彼女なりの合理性の現れなのかもしれないが……相方とのキャラのかき分けがしにくいステータスだけに、あんまり意味があるとは思えない。

 また、そんなずぼらな性格が、もう1組の方のトーチにも言えるというキャラかぶりもどうかと思う。幸いシェイドについてはずぼら属性は与えられていないようだが、代わりに与えられたのは腐女子に投げかける怪しげなやおい臭。うーん、こんな話題になってないアニメで腐向けのサービスがあっても食いつかれない気がするけど……一応寡黙な受け属性と、軽くて手の早い攻め属性っていう組み合わせはスタンダードなものだね。多分、どことなく影のある雰囲気も含めて、トーチの方が人気が出そうではある。

 そして、これらの部下を従えるガクトエルに対しては、シェイドが語っていたように「何者も信頼していない」というボスキャラにありがちな属性も、3本の身辺調査によって示される。普通に考えると、どこかの身辺調査には「身辺調査をしていました」っていう調査報告も入ってきそうなので3つ同時並行で行わせるのは問題がある気がするのだが、報告に来た3人の様子を見ると、どうやらそんなこともなさそう。3組が3組とも、「自分たちだけはガクトエルに信頼されている」と思い込んでいる模様。まぁ、うまいこといってるならいいけどさ。

 ただし、それぞれの信頼のスタンスも、リトゥーシャたちは子供ながらに純粋な憧れ(+祖母の面倒を見てもらっている恩義)、サフィルとシェイドは純粋な忠誠心に支えられているが、トーチの場合は以前リトゥーシャにも傅いていたので、ノーヴルズ全体への畏敬があるみたいだし、リュビスに至ってはそういうことには興味もなさそう。それぞれのキャラクターが一枚岩になっていないあたりがGTOの面々と対比されており、今後のバトルでは大きく影響してきそうだ。

 1クールを終えるところでこのくらいの進度なら、まずまずといったところ。当初心配したようなどうしようもない作品にはならずにすみそうであるが、今回のエピソードを見る限り、どうも敵勢力はこの3組で全員であるようだ。なんか、ちょっとショボい……あと、サフィルの京都弁がホントに聞きづらい。何とかして欲しい。 

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 マスコミ間のどろどろした関係性に、色んな邪推が止まらない第10話。フジテレビが協賛してるこの作品でこの内容って……色々ひどいなぁ。

 前回の「天才子役」が他のエピソードとは完全に孤立していたのと同様、今回の主役である田辺満雄(置鮎龍太郎)はこれまでのエピソードでは1度も登場していなかった孤立キャラクター。前回と同様に独立してエピソードが描かれるのかと思ったのだが、今回は逆に他の回のキャラクターが積極的に絡んでくる、賑やかなエピソードとなった。具体的には、直接田辺と絡んだキャラクターだけでも猪野、岩村の2人、その他坂東もきっちり顔出しで登場しているし、池山も名前が出ているのに加えて義父の野村教授が田辺に絡んでいる。彼が最後に携えていたのは星山の書籍だ。10話までのキャラクターのうち6人がここで登場しているわけだ。他の回と違って田辺は他に顔を出さない一方通行のセッティングになっていたために、何とも不思議な印象を受ける。

 そして、最後まで見るとこの「一方通行」の理由が判明するように出来上がっているのが面白い部分。今回は「伊良部の注射」というこの作品のキーアイテムの能力を逆手に取った、一種の叙述トリックが展開されている。それが、田辺の年齢トリックだ。

 改めて見返すと、アバンで真っ先に注射を打たれるという構成からして今までと違って不自然な部分があり、それに続くように描写される17日のエピソード(岩村に最初にインタビューされ、倒れるシーン)では、田辺の顔はほとんど描画されない。描画されるのは唇を噛むときのアップや目のアップなどで、実はこの時点でよく見ると深い皺が刻まれた「老人」であることは読み取ることが出来るのだ。もちろん、前もって「注射後の田辺」を見てしまっている(前回の予告も同じ効果がある)ために、その映像で「実は田辺が老人である」ことにはなかなか気づけない。そして、18日に目が覚めた田辺はもう青年の姿になっている。これはおそらく、パニック障害で倒れたことによって、既に自らの中に現実との不和が生まれていることの表れだろう(実際、伊良部に「老人」という言葉を出された時に不思議そうな顔をしており、青年の姿は自覚的なイメージになっていることが確認出来る)。もちろん、「動物に変身しないな」という伊良部達の疑問は、「既に田辺は何らかの別なシンボルをまとっている」ということを視聴者に伝えるための伏線となっているわけだ。

 とはいっても、田辺が老人であることは、そこまで劇的などんでん返しとして用意されているわけではない。オチがすんなり入ってくるようにじわじわと視聴者に予期させる準備もそこかしこに用意されており、一番のヒントはやはりたびたび現れる回想シーン(田辺からすると『幻』)だろう。高度成長期を思わせる数々の実写が並び、次第にその中で取材に明け暮れた田辺の姿も現れるようになる。この実写映像の取捨選択も興味深く、例えば「栄光の3番」長島茂雄のイメージは田辺と野球の繋がりも同時に想起させるし、建設途中の東京タワーは、田辺のメディア人としての一面を連想させる。もちろん、これらの映像は昭和の激動の時代を思い起こさせるモチーフとしても機能しており、田辺の年齢を含めたアイデンティティの記述として多重の意味を持っている。社長室で夕日を見てフラッシュバックが起こるというシーンも、沈みかけた夕日が人生の下り坂を進み始めた老齢の田辺のイメージを喚起させる。

 もちろん、そんな細かな描写よりも、田辺を取り巻く数々のイメージが、日本の大妖怪、渡邊恒雄のイメージと被っていることが、「老人」への接続に直接的な役割を果たしているのは間違いない。田辺の経営している大日本新聞社は日本放送=読売新聞であるし、グレートパワーズはジャイアンツだ。ご丁寧に「ナベマン」というあだ名まで明記されており、新聞、メディア、野球と日本の文化の中枢を掌握してきたナベツネを知る人間ならば、ナベマン=ナベツネという対比は絶対に頭から離れない。その「前もって存在する知識」が、最後のオチに自然に結びつくように出来ているわけだ。これはなかなかうまい。もちろん、(フジテレビから見れば)他社のお偉いさんを貶すような内容には出来ないために、「報道人として真摯な姿勢で挑み、現在のメディアの腐敗と脆弱さを嘆くひとかどの文化人」という田辺のキャラクターがきちんと描かれているのも面白い部分ではある。この作品を見た後では、なんかナベツネもいい奴のように見えてくるしな。

 そして、ここまで理解出来たところで、ようやく今回の「一方通行」の理由が分かる。これまでのエピソードで田辺と他のキャラクターの絡みを描いてしまったら、他者視点から「ナベマンが老人であること」が他のエピソードで分かってしまうのだ。そうならないようにするために、田辺はこれまでのエピソードでは登場するわけにいかなかったということだ。

 とまぁ、色々な伏線と余談を挟みつつ、最後には野球場で坂東の打ったホームランボールをアメイジング・グレイスに合わせてキャッチ(未遂)することで、ナベマンは時代の変化を悟り、ゆっくりと老人に戻っていく。今回の症状である「パニック障害」はいまいち理解しにくい症状だったのだが、おそらく伊良部のいうような「権力への固執」が一因としてあり、さらにその固執が「自分が時代を変えなければいけないという義務感」に根ざしたものであることが理解出来る。途中、田辺の時代観は完全に昭和のそれに戻っており、「アメリカの属国として立脚している未熟な日本を変えなければならない」と述べるのだが、この台詞が今の日本でもほとんど変わりなく使えるあたりが、小憎らしい風刺といえるかもしれない。

 今回もなかなか技巧に富んだ面白い回だったが、全てが片付いて老人となった田辺の声もきちんと演じ分けられる置鮎の技量には舌を巻く。じじいになっても格好いい声って、こういうのなんだろうなぁ。

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 タマはせっかくハイパー化しても全然声のトーンが変わらないのが釈然としない第10話。せっかくのキャストなんだからシリアス声にきちんと変身させて少しは有効利用しようよ。「夏目友人帳」のニャンコ先生みたいにさ。

 Gソサエティの強襲の爪痕が甚大で消沈ムードのGTO。ESメンバーは満身創痍、主人公コンビも大切な先輩を失ったことで自暴自棄に。そんな絶望的な状況を打破したのは、ディアの二人を思う真っ直ぐな心だった。……とだけ書くと非常に素直で分かりやすいストーリー展開になるのだが、今回もなんだか釈然としない部分が多い。

 ストーリー上の最大の不満は、なんと言ってもディアの無責任な幼さが、本来ならば全くフォロー出来ない態度であるということ。あの幼さだから人の死を理解出来ないのは仕方ないとしても、消沈するアスクールを見ても何も感じなかったり、突如「わるものをたおしてESメンバーになる」と言い出して外出したり、ジェネティックビーストを見ても策もなく突っ込んでいったり。本能的な恐怖も何もなく、勇気と無謀をはき違えたディアの振る舞いは、幼さを通り越して理不尽である。もちろんわずかな光源から索敵して乗り込んだりするのはディアの真の能力の表れなのだろうが、上記のようなアスクールの復帰を描くならば、ディアはあくまで「守らなければならない存在、トリクシーの遺志を継ぐべききっかけ」として描写されるべきだから、この要素は今のところ不必要であろう。

 そしてもう1つ大切な問題は、トリクシー組の能力が何故アスクール達に引き継がれたのか、という部分。「私たちの中に生きていた」なんて言葉で説明したらイイハナシになるのだが、普通に考えて、アスクールの師匠はトゥイードゥルディたち、クフィーユはアンオウ・エイオウ組なのだから、以前1度だけ出張につきあった程度のトリクシー達から能力を引き継ぐ意味が分からない。まぁ、ESメンバーの能力が「断末魔に接触していた人間に引き継がれる」とかいう性質を持つなら別にいいんだけどさ。少なくとも発動するタイミングでは使った2人もぽかーんとしてたし、周知された事実ではないようだ。

 そして、演出上一番まずいのは、やっぱり視聴している間中「生きていた2人」というサブタイトルがずっと頭に残り続けること。「どうせ生きてたんだろ、さっさと出てこいよ!」という勘違い(だよね?)を前提として見ていると、今回前半の落ち込むアスクールのくだりは全部茶番に見える。中の人がまだ未熟でいまいち感情が出ないこともこの問題に拍車をかけており、死別という大きなイベントがあまり効果を発揮できていないのだ。シナリオの組み方は2人の成長物語としていい方向に持っていこうとしているのだろうが、心理面で突っ込んで理解出来ないせいであんまりしっくりこなかった。勿体ないことこの上ない。

 ま、一番の疑問は「Gソサエティは何をどうしたいんだよ」ってとこなんですけどね。割と元気そうだぞ、GTO。 

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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