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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 その状態から三筒切りのカンチャン受けは意味が分からない第12話。しかもツモ切りでリーチ? どんな手格好だよ。ベーやんに弟子入りして「なんやら」と「かんやら」の上がり方を教わりたい!

 まさかの感動展開再びなのが驚きの今回、原作は知らないので次週が楽しみで仕方ないですが、モッさんの時はすぐに処理した死亡イベントが今回は2話またぎ、しかも最終回に繋がったんだから、多分ベーやんは無事なんだろうなぁ。あのニート天使と佐隈さん達がどのような対決になるのか、半端な期待を抱いて待ちたいと思います。藤原啓治VS神谷浩史って、めっちゃガンダムやん。

 さておき、今回の見どころはあっさりとマンダさんの能力にかかった大家の献金攻撃にたじろぐ小物っぷりが素敵な佐隈さん。前々回までではコスプレ軍団を金づるとして平気で使い捨てていたくせに、何の苦労もせずにあっさり手に入る大金には流石に揺らぐ。多分芥辺ならば似たような方法で稼げるなら平気で受け取るんだろうが、出席日数と単位がささやかな望みの女子大生では、300万は重すぎた。あれだけひどい環境にいるのに悪役になりきれない絶妙な倫理観が佐隈さんの魅力ですよね。女優魂を見せた割にはシリーズ最高級のぶさいく面も見せてくれたしね。

 そして、そんな佐隈さんとすっかり仲良くなった小動物のごとき悪魔3人衆。渦中のベーやんを置いとくと、いつの間にか馴染んでいるマンダさんの崩れっぷりは何とも。でも、世間的に「ドM」っていうのは「額に突き刺さった刀を羨ましそうに見つめる奴」のことじゃないよな。ちなみに、マンダさんは見事な刀さばき、対するアザゼルは見事な(?)槍さばきを見せていましたが、三国無双だとマンダさんの中の人は魏でも有数の刀使いである夏候惇、アザゼルの中の人は蜀の槍の豪傑、趙雲役だったりします。いや、趙雲は「セクスカリバー」は使わないけどね。

 ついでにここに書いておくと、丁度今日、「アザゼルさん」BD1巻が届きまして、映像特典を堪能させて頂きました。単にサトリナがパンダの着ぐるみを着てゴロゴロするという……素晴らしい内容! サトリナやべぇ! あの衣装でもさりげないセックスアピールが可能な声優はサトリナくらいですよ。ゴロゴロしてるだけでも人柄がにじみ出ますよ。唯一心残りなのは、パンダといえばどっちかというと相方の井口番長だなぁ、ということくらい。アザゼルさん、2期があってパンダが登場するなら、是非井口キャスティングでお願いします。

 そして、映像特典を見て充足した気分になった後に思ったことは、「……声オタって、ちょろいな」。あの映像で特典として成立してるんだもんなぁ……

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 ワカリヤスイハナシダナー、第13話。1クール目のゴールとなる13話目できっちりジェイク編が終わる。うん、まぁ、いいんじゃない。

 絶対無敵を誇り、その余裕の立ち居振る舞いで刑務所の中でも特別扱いだったジェイク。そんな男に対してバーナビーがどう立ち向かうのか、というのが今回の最大の焦点。正直、「絶対勝てるわけないし、一旦負けるにしてもあのバーナビーがどう尻尾を巻いて逃げるやら……」と思っていたのだが、なんと勝ってしまった。一応勝ちに繋がるプロットは分かりやすいものだったし、文句の出るものではない。古今東西「心が読める敵」との対決シーンなんて腐るほどあるし、それを打破する方策としては、今回の虎鉄さんの行動はお手本となるべきものだ。何もおかしな点は無い。でもさ、でも、なんかこれまで引っ張ってきたジェイクの大きさに比べると、負け方があまりにしょっぱくないか? なんか物足りなくないか? 「決まり手、腹パン」って。

 今回はAパートがほとんど劣勢の状態で戦い続けるバーナビーのシーンであり、正直あんまりテンポが良くなかった。作画もキャラ作画がやや微妙な状態で、ズルズルと殴られるだけで引っ張られるバーナビーの後ろ姿にちょっとした退屈も感じられる展開。合間に女性3人組(?)の頑張りなんかも交えて目先は変わっているんだけど、それでもメインフィールドとなる本戦が目を引くものではなかったので、どうも中だるみの感は否めなかった。虎鉄が到着してからジェイクが自爆するまでの展開はすっきりしていたので、シナリオ配分の物足りなさが悔やまれるのである。

 そして、このあとの展開がどうなるんだろう、というのも不安なところ。この作品の根本を支えていた「バーナビーの仇討ち」は予期せぬ方向から終局を迎えた。もちろん最大の悪の因子であるルナティックが生きているのだからまだまだ物語は続くはずだが、虎鉄とバーナビーの友情イベントも完全に成立してしまったし、これまでの誘致要因となっていたファクターがほぼ全て消化されてしまったのだ。そして、それらを消化するエピソードとして、今回はちょっと物足りないのである。うーむ、個々のエピソードの盛り上がりが良かっただけに、ちょっと残念な放送回になってしまった気がします。唯一残った期待感は、「やっぱり社長は怪しいわ……」という不信感。ちょっと露骨になってきた気も。

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 6月24日 ドラフト模様(NPH,MBS,SOM

ピック順 【Metallica】→【Serra】→【Sangriter】→【Thraxi】→【Mei】→【Alessi

 さぁ、ドラフト環境も蒸し風呂状態できつくなってきました今日この頃、皆様、暑さ対策は大丈夫でしょうか。こちら関西は節電の意識は何となくあるような、ないような状態ですが、そもそもエアコンの無い環境下でドラフトやってれば関係ありません。手汗でスリーブがじっとりと濡れないことを祈るばかりです。「こんなクソ暑いのに赤とか使ってんじゃねぇ!」なんて台詞も出始めております。でも、直後に「暑かったら早く試合を終わらせたいから赤とかの方が良い。青とか使ってたらやってられん」という真理にも到達できましたよ。うん、みんな暑さで色々やられてるみたいなんだ。すまない。

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 「まりあほりっく あらいぶ」 5→5

 シャフト中毒者憩いの場。今期はコレの他に「電波女」があるわけだが、こちらの方が純正シャフト風味が強く、何にでもマヨネーズをかけたがるマヨラーの味覚と同様に、とにかく新房演出が入っていないと落ち着かないシャフトホリックな人間にとっては、禁断症状を抑えるための大切な補給地点となっていた。

 改めて振り返ると、この作品はかなりシャフト演出との相性が良い作品だったことが分かる。もともとのギャグのメタレベルが高くて捻くれているので、普通の学園ものっぽい演出にしてしまうとどうしても齟齬が生じてしまう恐れがあるのだが、はなからメタ勝負をホームグラウンドにしているシャフトなら、この作品のネタを全て拾いきり、100%の状態でアニメ化することが可能である。実際、2期だけを取ってもかなこがペナルティで発言権を剥奪されるエピソードとか、ひたすら注釈が連打される鼎神父の台詞の使い方とか、言ってしまえば「原作のネタをそのまま持ってきただけ」の部分も、いかにもアニメらしいエキセントリックな現れ方になっているのは、シャフトとの親和性の高さが分かりやすい部分ではなかろうか。

 そして、本作は特に安心して楽しめるシャフト成分が多かった。最近は放送本数も増え、マンネリズムを打開する意味でも様々な方向性にチャレンジしているシャフトは、その過程で「まどマギ」のような爆弾を生み出すことに成功しているわけだが、拡散と浸透が起こればその根本はどうしても揺らいでしまうもの。そんな状況下で、たとえ「いつも通り」と言われようとも、「らしさ」が前面に現れる作品がちゃんと作れているという状況はファンにとっては嬉しいものだ。

 本作は1期とスタッフが入れ替わったので龍輪さん・宮本さんという代表者2人がはずされているのだが、それでもちゃんと新房演出の遺伝子は受け継がれている。チーフディレクターを務めたところともかず氏が良い働きを見せてくれたおかげだとは思うが、個人的な手応えとしては、多くのコンテ・演出を務めた森義博氏の功績が最も大きいのではないかと思う。「ひだまり」無印の頃から新房・尾石・龍輪・宮本といった手練れと繰り返し作品作りに携わってきた森氏は、スタッフのメインの部分にこそクレジットされないものの、今となってはシャフトの申し子とも言える伝統の後継者となっているように思われる。この「まりほり」を見ていると、「ひだまり」「絶望」「夏のあらし」「ef」など、過去のシャフト作品のエッセンスがそこかしこに感じ取れる、いわば一大歴史資料館のような仕上がりになっているのは、そうしたスタッフの蓄積と実績から得られるものだったのではなかろうか。……まぁ、興味のない人にはこれほどどうでもいい要素も無いだろうけど。

 あとは、毎度毎度のことだけどやっぱり「シャフト声優」たちの競演の場としての存在感だろう。驚くべきことに、次の夏クールはシャフト制作の作品が1本もない珍しいシーズンとなる。この間に「化物語」の劇場版を粛々と進めてくれるとありがたいのであるが、その間、「シャフト声優」たちが集まって馬鹿をやる光景が見られなくなるのは寂しい限りだ。こっそり「絶望」のOVAとか出してくれないものだろうか。

 小林ゆう・井上麻里奈・沢城みゆき・松来未祐・後藤沙緒里・新谷良子(あと杉田)といった素晴らしき案牌が居並ぶ鉄壁の本作であるが、なんと言ってもMVPは真田アサミしかいないだろう。唯一無二の存在感を放つ、最低の女性主人公宮前かなこ。そのかなこさんのえげつなさ、どうしようもなさを遺憾なく発揮出来るのは、アサ姉の紙一重の演技プランがあってこそ。息も絶え絶えにしゃべり続けるアサ姉を、アフレコスタジオにいる「妹」沢城みゆきがどんな顔で見守っているのかが気になるところです。

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 30歳の保健体育」 2→3

 べっ、別に1話放送時点で散々あきれ果てた割には最後までちゃんと観て「案外悪くなかったかな……」とか思ってないんだからねっ! ……うん、ごめん。

 1話時点でこき下ろした最大の理由は実写パートだったのが正直なところで、製作陣の間でどのような判断があったかは知らないが、あまりの不評っぷりに対応した結果だったのか、きっちり2話目からは削除。おかげで毎週再放送という間抜けな構成になったものの、減点要素は綺麗に削減することに成功した。あとはまぁ、ふつーの「質の悪いラブコメアニメ」程度になったのであった。ちっ、おおっぴらに叩く要素が無くなったらつまらねーな。

 もちろん、減点要素が減ったからって特に褒めるべき作品ではない。フラッシュアニメに毛が生えた程度の内容とか、ギャグとしても対していじり甲斐のないネタ部分とか、視聴を辞めても一切後悔しなかったであろうことは断言できる。それでも、誰もやろうと思わなかったであろう中身だったからこその奇特さというのはあって、15分×12話でここまで愚直に、妙なテーマ性を持って1つの恋愛話をやるというのは一応のセールスポイントになっていたのではなかろうか。唯一の疑問点は、「原作者はアニメ化されて嬉しかったんだろうか」という部分くらいである。そこそこ内容のある話だったなら、もっと真剣に作れば作れただろうと思うのだが。……あー、でもやっぱりそんなに真面目に取り扱う作品でもないかー。

 個人的視聴モチベーションとしては、やっぱり中の人パワーが偉大。キタエリの2役はなにげに贅沢な使い方だし、置鮎も水を得た魚のように楽しそう。立木さんの放送規声も冴え渡ろうというものだ。そしてメイン2人となった下野紘・名塚佳織の絶妙な役作り。下野お母さんの冴え渡る童貞感とか、今や人妻となったかもさんの押し引きの巧みさは、今となっては「ここしかない」と思える素晴らしいキャスティング。かもさんボイスで「私、赤ちゃんが産みたいです」とか言われたらどうにかなるぞこの野郎。

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  そこには何も無いが有るんだよ、最終話。いやー、想像以上にな〜んにもないエンディング。それなのに一番真剣にテニスしてたのは今回でしたね。ホント、よく分からない作品でした。

 前回からの引きでの過去話は、結局全編を覆うまでの長さになった。どうやって明日葉は琴音とペアを組むことになったのか。その「第0話」とでもいうべきエピソードは、この作品の全てである白玉中ソフトテニス部の現在の姿を形成するのに欠かせないエピソードだったわけだ。青春あり、友情あり、バトルありで、ある意味王道的最終回展開と言えなくもないな。でもまぁ、そこまで盛り上がるわけでもないな。この作品に求めているものは盛り上がりでも感動の涙でもないが、さらりと終わられると「うむ、これはこれでいいけど、2期はないのかね」と聞きたくなってしまう。いや、知ってるよ、無いのは。

 意外だったのは、明日葉が途中からものすごく積極的に琴音を勧誘し始めたこと。元々テニス部に入った理由もどこか消極的だったはずの明日葉が、琴音との交流を通じてあそこまで強く自分の我を押し通すようになったのは、やはり琴音との間に運命的な何かを感じたということなのだろうか。練習や試合を通じて少しずつ刻まれていく二人の関係は、まさに「友情タッグ成立イベント」と呼べるだけものであった。

 それにしても、紫希先輩の憎まれ役っぷりはなかなか堂に入ったものだった。あの様子だとかなりの強豪プレイヤーのようだが、中学時代の成績はいかほどのものだったのだろうか。まぁ、ダブルスパートナーが千歳では、どれだけの実力者でも限界はあると思うけどさ。

 結局、この作品は色々と回り道をしながらも、明日葉と琴音が主人公の、爽やか青春スポ根作品だったと言うことだ。最終回で他の部員にほとんど出番がなかったことや、これまでのエピソードでの重要性を考えれば、他の部員はあくまで添え物。明日葉と琴音が自らの担当箇所で的確にボケ、お互いに突っ込みあうのを見ていれば良かったのだ。最終話にして到達した真実であるが、ここまでなかなかその境地に到達出来なかったのは、やっぱり千歳さんがおかしすぎるせいな気がする。最終話でもCパートで訳の分からんオチ担当だしな……千歳さんが繰り出すトリックなんて、絶対にオオサンショウウオが絡んでくるに決まってるじゃないですかー。

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猿知恵全開、第12話。今回は全編秀吉メインで回り続けるお話なので、ノリが軽くて、あざとくて、いつもと雰囲気が違います。

 駆け付けた左介を涙ながらの歓待で迎える秀吉。口を開けば現状への不安や自身のやるせなさがこぼれ出るが、これがまぁ、何とも壮絶な猿芝居だ。「信長が討たれたと聞いて」って、お前やがな。お前が斬ったあげくに火事場泥棒まで試みたんだろうが。しかし、そんなこたぁ誰も知らないので、諸将は着実に秀吉の膝元へと集まってきている。既に親交が深かった高山・池田に加え、左介を通じて揺さぶりをかけられた中川清秀もその立ち位置を(なし崩しで)固め、明智包囲網は万全の状態。どれだけ書状を送りつけてもなしのつぶてが続く光秀の惨状とは対照的な様子である。

 こうして着実に力を付けていく羽柴軍を見るにつけ、「大大名」という餌をちらつかせられた左介も気が気ではない。義兄を餌にして秀吉の頼みを聞き届け、秀吉の落ち着かない振る舞いに振り回されつつも、なんとか自分の狙いを完遂させようと走り回る。それでも、「外様ならではの不安感」に肩身を狭くしていた織田軍の頃とは違い、「まもなく出世が待っている」と期待感溢れる羽柴軍ではのモチベーションは雲泥の差。路傍の花に心奪われようとも、「今は数寄より武だ」というので走り出せるくらいの理性は保てている様子。加えて、旗印にもはっちゃけデザインを施すなどの暴走っぷりもお見事で、ハートマークがずらりと並んだ信長仇討ち軍団は、決死の覚悟の光秀とは対照的に、ちょっとしたお祭り集団のような勢いが醸し出されそう。まぁ、個人的にはハート3つの旗印は、「ゼルダの伝説」の初期リンクのステータスみたいでおちつかねぇけどな。

 猿芝居熱演中の秀吉も、とんとん拍子で進んでいくシナリオにほくほく顔。情けなく涙を見せたり、弱そうに見せて無茶な人質要求をしてみたり、かと思えば突然頭を丸めて覚悟を表してみたり。どこか人間的な胡散臭さと弱さを漂わせることが、彼にとっての処世術。「明智は正しく、立派である。しかし、立派であるからこそ、誰一人明智を信用しない」というのは、流石の洞察である。清廉であり、高尚であるからこそ、明智の狙いは誰にも届いていない。逆をいえば、見え透いた狙いがあり、そこに弱さが垣間見えれば、人々は安心してついていくことが出来る。羽柴の軍勢は、今まさにその条件を完璧に満たしつつあるのだ。その中には、かつて信長と対峙した荒木村重もいる。生き残ればこその数寄の人生。実利をとり続けるしたたかさは、武人よりも圧倒的に数寄者に分があるのだろう。

 そんな数寄者の中で、一人明智の膝元に潜伏していたのは千利休である。明智から笑みを受けたところを見ると、誰一人彼が文字通り「黒幕」であることに気づいていない。数々の名品を本能寺で失ったことを考えれば茶人たる利休が裏で糸を引いていたとは考えにくいだろうが、1つ1つの「物」にこだわらずに理想型を追究する彼の思惑は、他人の理解の及ぶところではない。既に安土城がどうなるかという未来は見えている。秀吉の人を喰った猿芝居とは対比的に、利休の怪しげな目は、何も語らずに粛々と謀略を進めていく。

 ただ、そんな仮面を被った利休も、真っ白に塗り替えられた安土城を見たときだけは、うっかり表情が表に出てしまっていたのが面白い。黒一色を愛する利休に反旗を翻すかのような「ホワイトキャッスル」。利休からしてみれば文字通りに「白黒付ける」必要がある最大の敵として立ちはだかったことが明示的になるわけだが、それでも、あまりのストイックさに一瞬だけ心を奪われそうになったことを後悔するあたりがやっぱり変。数寄者ってのは、本当に自分に正直で、イカした奴らばかりである。

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Dororonえん魔くん メ〜ラめら」 5→6

 馬鹿なことって素晴らしい、そう教えてくれた作品。何事も突き抜けるというのは非常に大事なことで、この作品も徹底して、徹底し抜くことによって得られた何かが間違い無く存在している。ただ、そのために払った犠牲も大きいとは思うが……

 あまりの密度と無体なネタ回しのおかげで、個人的にはNGとも言える「本気で観ない」という視聴体勢を取ることになってしまったのは汗顔の至り。でもね、これね、本気で真正面から視聴しようとすると、翌日の生命活動に支障を来しそうなレベルだったんですよ。とにかくすごいんですよ、良い意味でも、悪い意味でも。去年も「ミルキィホームズ」「パンスト」などの「観ててキツくなるレベル」のギャグアニメはあったけど、この作品の場合、それらとも違って、本当に体力が削られる何かを持っていた気がする。それが何だったのかは定かでないが、再視聴する勇気と力を手に入れた時に改めて考えてみたいものだ。

 作品コンセプトが「昭和70年代」ということで、掘りだそうと思えば12話のシリーズからはみ出るくらいの大量のネタ要素が転がっている。それを出し惜しみすることなくとにかく詰め込んで詰め込んで詰め込んで詰め込んで、そして作品として破綻しないレベルに収める。これだけでも脚本家にはとんでもない作業量。監督構成を全て切り盛りした米たに監督の辣腕には惚れ惚れするばかり。そして、ネタがひどいものなのだからその話題性だけで突っ走る作品作りというのも可能だったはずなのだが、それだけで妥協することなく、画作りの側面からも積極的にチャレンジを仕掛け、並み居るライバル作品の中でも屈指の高品質を実現させた。改めて考えれば、これほどまでに贅沢な出来上がりはなかなか見る機会もないのではなかろうか。

 永井豪作品という土台は、絵に要求するレベルはあまり高くないものだったろう。適当に描いても「味があるね」とかいえばごまかせるレベルだし、この作品を好んで見るような視聴者層は、そこまで画質自体には拘泥しない人間が多いと思われる。その上で、ブレインズ・ベースの無駄遣いとすらいえる全力投球。永井豪漫画+キムタカによるコテコテの現代エロ絵柄という夢のコラボレーションは、アニメにおける大きな1ピースを必要以上の満足度で埋めてしまった。基盤が安定したからこそ、数々の「遊び」を好き放題画面に放り込めたし、最終話のあまりに酷すぎる画面のカオスなども導入できた。やりたいことが明確だったからこそ、それを表現するために必要だったパーツを全て集めきることが出来たのだろう。

 でもまぁ、本当に疲れる作品だった……アニメ視聴は体力勝負とはいえ、ここまで露骨にHPが削られる経験もなかなかない。体力がありあまる若い時に観ておくべきだな。良識が疑われそうな発言だが、「昭和ネタが分からない若い人にこそ積極的に見て欲しい」作品といえるかもしれない。永井豪を観て育った子供は、きっと立派な大人になるに違いない。

 そして、最大級のお疲れ様はやはり中の人に贈られるべき言葉だろう。作品が「昭和」ということもあり、毎回のゲストキャラも含めてあまりに贅沢すぎるラインナップを取りそろえた本作キャスト陣。メインを張った山口勝平、能登麻美子、(あと子安)の3人はもちろんのこと、加藤精三、大塚周夫、銀河万丈、若本規夫、飯塚昭三、家弓家正などのプレッシャーが半端じゃない。大オチに野沢雅子・坂井寿美江というのも仰天である。まさに世代を超えた夢のコラボレーションだ。こういう遊びがあるからネタ作品というのはやめられない。

 そんな中で、今回敢えて敢闘賞を贈りたいのは、ハルミ役の川澄綾子である。既にベテランの域に到達した我らが川澄であるが、今回は久し振りにその存在感をフル回転させてくれた。この手のギャグ作品は突っ込み役の善し悪しで生き死にが決まると言っても過言ではないが、その重責をたった1人で乗り越えてしまったのは圧巻。やはり私のような世代は、彼女の声から逃れることは出来ないのであろう。川澄フィーバーに時代の終わりは無い。

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 「Aチャンネル」 4→4

 今期最初のゴールインはこの作品。簡潔にまとめるなら、「何かあるかと思って観ていたけど、結局何も起こらなかった作品」。現代アニメの立ち位置としては象徴的な一作ではあると思うのだが、最終的にそこに大きな存在意義を見いだすことが出来なかったのはちょっと残念。

 先に断っておくと、最後まで特に不平不満があったわけではない。小野監督の画面作りは「萌え」特化の作品性にマッチしていたと思うし、過度のデフォルメを受けたキャラクターたちの動かし方、画面の品質については、一定以上のものをキープしていたと思う。色々と実験的な試みもされていたし、30分をダラダラ見続けるのに足るだけの内容であった。ただ、その上で1段上の要求をしようとすると、それが返ってこなかったのが勿体無いと思うのだ。

 この作品を「あんまり楽しんでないなぁ」と思うにつけ、これが「けいおん」とどう違うのか、ということをよく悩む。おそらく見る人によっては「ダラダラした日常生活を描くだけの山もオチも無い話だし、女子高生の日常とかいいながら、萌えオタに都合の良いだけの気持ち悪い内容でリアルとか片腹痛い」という感想が出ているはず(実際に「けいおん」の否定派の意見はそういう主旨が多いはずだ)。その上で私が「けいおん」を強くプッシュ出来たのは、京アニ品質の有無を言わさぬ迫力もあったが、日常に潜む何気ない出来事の「ドラマ」を十全に引き出すことに成功していたと考えたからだ。大きな事件など起きずとも、学園生活における青春というのは、諸々の日常生活、イベントの中にこそあるもの。そうした等身大のドラマ性が、アニメにする価値を含んでいたと考えた。

 一見すると、この「Aチャンネル」も同じ評価を受ける権利を持っている。事実、掲載誌は同じジャンルだし、原作漫画の主旨はほぼ同様と考えられるだろう。アニメーション自体の画質についても、スタジオ五組は充分にその任を果たしたといえるだけの丁寧な動画が実現していた。しかし、そこまで分かった上で、この作品はあまりに物語性が希薄だったように思う。

 致命的にやりづらい要因は、1話の時のもぼんやりと不安視していたのだが、メインキャラ4人の中でトオルだけ学年が違い、4人の共通領域が確立しない点。部室や教室などでの対話が日常のドラマ設定に固定できず、それ故に交流の種類が限定的になる。通学路や自宅での勉強会、季節のイベントなどでの4人が主に描かれるわけだが、大上段に構えられた「コミュニケーションの基点」が存在していないので、この4人の関係性をどう固定していいのかが最後まで分からずじまいだった。例えば物語後半にはトオルが受験や進路との絡みでるんとの関係性に色々と頭を悩ませるドラマがあるわけだが、これが「4人のドラマ」ではなく、あくまで「2人のドラマ」にしかなっておらず、大きな心の動きを表現しづらい。「トオルが他の3人と出会える機会」があまりに限定的で、日常系とはいいながらも、あまりにパターンが特定されすぎた、本当の「惰性」に繋がってしまっていたのも痛い部分。

 また、やっぱり個々のキャラクターの設定が中途半端だ。るんは歴代「日常系」主人公の中でも突出した異常性を有するキャラだと思うのだが、あまりにトビ過ぎると「日常性」は落ちる。そして異常性の描写に力が入りすぎたのか、彼女の回りに人の輪が出来上がる不思議なカリスマのような要素の描出が薄くて、「トオルはまだしも、よくこいつらはこんな面倒な奴の相手するよなぁ」という不信感が拭いきれなかった。他2人の突っ込み側についても、「ありがちな要素」をとりあえず切り貼りした典型的なキャラ造形だが、それらのファクターがるんの持つ異常性と共鳴する部分が少なく、「個々にやりたいネタをやり散らかしている」という印象が強い。「4人のお話」に期待しているのに、各話の小エピソードで「これはナギの話」とか「これはユー子の話」とかいう隔絶が起きてしまっては、女の子のきゃっきゃうふふを観たい側からすると破壊力に欠けてしまうのだ。

 そして、最後まで分からんかったのは、そうした「ブツ切り感」を助長する謎の挿入歌パートである。最後の最後まで初志を貫徹して毎話挟んできたのは立派だと思うが、正直言ってあのパートの存在意義がよく分からない。基本がギャグ漫画のはずなのだから、無声劇のシーンを増やすよりも、とにかく会話劇を展開させて繋ぐ方が正道だと思うのだが。「売れるアニメに歌は必須」という分析をどこかで観た気がするし、それも一理ある考え方とは思うが、こういう使い方のことを言っているわけではないだろうに。

 とまぁ、色々と難点はありつつも、諸々とっぱらってトオルは可愛かったな。悠木碧による中の人補正も大いにあったとは思うが、最後の最後まで「トオル可愛い」だけで走りきった感はある。作中で一番身近に、丁寧に書き込まれてたのがトオルだったので、そこだけを観ればそれなりの密度も維持できていたし、いっそもう1〜2キャラ減らしてトオルオンリー作品になっていれば、もう少しモチベーションも上がっていたかもしれない。

 その他の中の人評としては、与えられた仕事を与えられた通りにこなした福原香織は通常加点、若手の内山夕実についても、初めてのレギュラーとしては堂々たるものだったろう。特別強く印象に残ったわけではないが、今後も頑張って欲しいと思える仕事であった。そして、作中でも台詞の数が多かった寿美菜子には努力賞。何故か相変わらず彼女の関西弁を聞くとどこか不安な気持ちになることもあったのだが、普段と違った被虐性質のキャラクターなので、新鮮な印象はプラス要因である。あと、地味に各家庭のおふくろさんが存在感のある声だったのが忘れられません。水谷優子の母親声を聞いて、「あぁ、この人の正統後継者は野中藍なのかもしれない」というよく分からない悟りが得られました。

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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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