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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 ホラー映画かな? 第9話。むー、しかし引っ張るなぁ。1人の演奏に1話ずつでもすげぇのに、公生は2話またぎだもんな。

 正確には公生1人だけのエピソードではない。前回からのまたぎで絵見の演奏についても改めて触れられているためだ。彼女が出会った幼い日の公生、「ひまわりを咲かせる」演奏が見せる風景。井川絵見という1人のピアニストを産みだした圧倒的な情念の物語。たった1音で彼女はすべての他の可能性を捨て去った。もう、この時点で幼少期の公生よりも幼少期の絵見の方がヤバイ人間だった気はするのだが、それくらいに公生というのは恐ろしい可能性の塊だったということだ。絵見が封印した諸々のツールのことを考えると、きっと彼女はピアノだけでなく、その他のあらゆるジャンルにおいて、回りを凌駕するだけの才能を持ち合わせたマルチタレントだったと思われる。絵を描いても、野球をやっても、きっと彼女は成功したのだろう。しかし、公生のピアノを聞いてしまったのが不幸の始まり。そこからは幽鬼のごとく迫る有馬公生という化け物を相手に、彼女の長い長い苦闘の日々が始まったのであった。当の公生は奏法をスイッチして「ヒューマンメトロノーム」に成り果て、彼女の追うべき背中は長年喪失していた。だからこそ彼女は「いまここにある」公生を否定し、在りし日の思い出をつかみ取りたかったのだろう。だからこその「響け」であり「戻れ」である。彼女の願いは、はたして公生に届いているのか。

 そしていよいよラスボス、公生の登場。彼はこれまでの時間を、宮園と一緒にひたすら練習に費やしてきた。前回の宮園の伴奏の時点で「過去の幻影」との対決は一段落したものだと思っていたが、あのコンクールではあくまでも宮園さんがメインであり、公生には「演奏」そのものが求められたわけではなかった。今回は、観客のすべてが公生の演奏を聴きにきており、公生も「聴かせる」ことを目的としなければならない。1つの作品を提出するという意識が高まることで、再びあの悪夢が蘇る。

 公生の母親については、今回完全に悪霊のような描かれ方になっている。もちろん、彼女のやったことは確実に人道に反するものであるし、公生の人生を、演奏をぶち壊したという意味でも許されるものではない。しかしその反面、やはり彼女は公生の愛する親でもある。幼少の公生は、ただひたすら母親に喜んでもらうために演奏を続けたのだ。友達と遊ぶ時間がなくなっても、むち打たれ、体中が傷だらけになっても、彼は母親のために演奏することをやめなかった。そこには横暴な母親に強制されたお仕着せのものだけでなく、親を思う子供の心も確実に存在しているはずなのだ。「誰かを思って演奏をする」という気持ちは、きっとこれからの彼の人生にも必要不可欠なものであると思う。それは「機械のような演奏」の対極に位置し、彼が宮園かをりと出会って掴んだものでもあるのだから。だとすれば、出来ることなら公生には母親を完全に否定して欲しくはない。母親が間違っていたことはきちんと認めて、それを乗り越えながらも、彼女が息子に残していったものも存在していることを、どこかで思い出してほしい。そこまで出来て、初めて公生は過去を乗り越えられるのではないだろうか。

 そう考えると、今回の演奏はまさに剣が峰。ここで落ちれば彼は今度こそステージには立てなくなるだろう。逆に、ここで母親の呪縛を乗り越え、武士や絵見をも凌ぐ世界を開くことが出来れば、それこそが母親の望んだ「有馬の血」の到達点であるはず。ちゃんと供養してあげられる結末になるだろうか。

 今回の一押しシーンは、こうした公生のドロドロとした母親との関係性も捨てがたいのだが、それでも女の子の表情の方が大事かな。絵見ちゃんが演奏を終え、公生に食ってかかるシーンがたいへん良い。肩で息をしながら、遠慮なくぶさいくな顔を披露する絵見。やっぱり、頑張ってる女の子の必死な表情というのは、それだけで神々しいものです。

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 まったく、中学生は最高だぜ! 第8話。審査員のおっさんの「これが中学生か……」っていう呟き、「このすさまじさのくせにまだ中学生なのか」っていう意味の発言なのは分かってるんだけど、どうしても上記の文脈で聞こえてしまうのです。シカタナイネ。

 まったくもって有馬公生という男はどこまでの化け物だったのか。まるまる1話使って、彼に人生を狂わされた2人のピアニストの悲劇を描いている。かたや、公生に執着し、彼を超える妄念に取り憑かれたおかげでチャンスである海外行きを棒に振ったツンツン頭。かたや、興味のなかったピアノの世界に引きずり込まれたのに、当の公生は路線変更してしまったために憎悪を溜めて彼に復讐を誓う女。まったく、どこまで回りの人に迷惑かけりゃ気がすむんだ。もちろん、そんな文脈ではないのは百も承知。「公生に狂わされた」2人の人生は、溢れ出る熱量でもって、刺激に満ちた濃厚なものになっていたに違いない。

 公生に対してまっとうなライバル心をむき出しにする男、相座武士。幼少の頃からコンクールでは公生に上をいかれ、男の子らしい強い敵対心を持っていた。ただひたすらに「有馬公生」という怪物を倒すために修練を重ね、気付けばその実力は業界でも折り紙付き。数々のコンクールを総なめにして、今や師匠からは「国内に敵はいない」と太鼓判を押されるまでになった。いわば「まっとうな強さを持つライバル」である。しかし、そんなシンプルなキャラ造形の中にも、「中学生である」「音楽はただの殴り合いではない」というリアルはうっすらとにじみ出ており、彼の演奏は何も傍若無人な技能の独演会というわけではない。他人を寄せ付けない圧倒的な音の波で回りを黙らせることは出来るが、そのためには武士は武士なりに心血を注いでいる。舞台に立つ前には吐くほどに緊張もするし、舞台が終われば袖に転げ出て、そこから改めてふるえが起こる。傍から見れば「国内最強」のピアニストも、一歩壇上を離れればただの中学生なのである。そして、そんな彼が命懸けでぶつかるからこそ、その演奏も引き立つというもの。寝こけていた渡をたたき起こすほどに、彼の演奏にはエネルギーが満ちている。もちろんそれは、アニメーションとしても充分伝わってくるほどだ。

 かたや、公生とは性別も違うし、ピアノを始めた経歴も違うのが、もう1人のライバル、井川絵見。元々ピアノになど興味のなかった彼女をこの道に引きずり込んだのは、幼少期の公生の演奏だった。「公生ママ」に毒されずに好きにピアノが弾けていた公生の演奏は、なんと同い年の幼女の心を鷲づかみ、振り回し、マジ泣きさせるほどのものだったという。一体どんな演奏をしたんだ、ショタ公生。おかげで絵見はその呪縛から逃れることが出来ず、自然にピアニストへの道を進むことに。なんだか唐突な人生行路にも見えるが、考えてみれば「公生のピアノが琴線に触れてしまった」時点でおそらく彼女にも素質があったということなのだろう。自分の心を揺らし、人生を揺らした演奏を追いかけ続けることになるのだが、残念ながらその「有馬公生」は幻影となって消える。残された「譜面の奴隷」に憤りを覚えた絵見は、公生という邪魔な幻影に対して復讐を誓うことになる。今の有馬公生を叩き潰し、自分の人生を自分で改めて切りひらく。それが彼女の目標だろう。その演奏はとても気まぐれで、武士のような絶対的な力は持たないが、その分爆発力に富み、条件さえ揃えばどんなライバルをも蹴散らす必殺の武器に変わる。トリッキーな彼女の産みだす熱を帯びた「木枯らし」が、世界を彼女を中心とした渦へと引きずり込んでいった。

 なんとも強烈な個性を放つライバルキャラクター2人。その紹介だけでたっぷり1話使えるこの構成に感謝である。演奏シーンの迫力もあり、2人の強さ、そして個性が嫌と言うほどに伝わってくるエピソードになっている。特に絵見の持つ歪んだ憧れの念は何とも生々しく、猛々しいものだ。この2人ならば、きっと「聞こえていない」公生にも多大な刺激を与え、新しい世界を進むための原動力になるだろうという期待もある。さぁ、公生はこの2人の先制攻撃に対し、どんな返答を見せるのだろうか。単なるピアノ演奏でこの高揚感は見事である。

 ちなみに、今週一番関心したのは、ロリっ子絵見ちゃんの「マジ泣き」。はやみんの声とは思えないすげぇ声でした。キャスト陣も昂ぶってるなー。

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 どんな悪逆非道なキャラであろうとも、飼い猫を捨てることだけは許されません、第7話。捨てるな、死ぬまで面倒を見るんだ。ちなみに私事ですが、かつて幼い頃に猫嫌いだった祖父が勝手に我が家の猫を捨てる、という大事件があったのです。でも、帰ってきました。負けるな、猫。

 というわけで、サブタイトルの「カゲ」は凛々しい顔の黒猫、チェルシーに象徴される公生の過去の闇である。宮園との出会いである程度は打開出来ていたかと思われた母親との因縁であるが、流石にそう簡単に全撤廃というわけにはいかない。まずは「ピアノを弾く決意が出来る」ところまでの回復であり、そこから更に先、「コンクールでピアノを弾く」となるとまた一段ハードルがあがってしまう。技術的な難しさもさることながら、音楽室で宮園さんと2人だけの空間なら大丈夫だが、コンクールの会場には数々のオーディエンスと、ライバルがいるのである。ライバルたちの目に映るのは、かつての「悪名」である有馬公生。2年前までに培われた母親の残滓である。どれだけ振り払おうとも、回りから次々に過去は訪れる。その重圧を乗り越えるのは、並大抵のことではないのだ。

 チェルシーとの対話において、公生ははっきりと「譜面を追うだけの姿勢」とは決別することを示してみせた。それはかつての自分、つまり母親の幻影と戦っていくことの決意であり、新たな契機となった「宮園イズム」を継承し、初めて手にした「音楽の楽しさ」と改めて向き合う行為だ。未だに演奏中は自分の音は聞こえてこず、ただ演奏するだけでも大きなビハインドを背負った状態から、公生は一体どのような演奏を見せることになるのだろうか。宮園さんの示してくれた「公生の手」の真実はいかに。

 今回はコンクールの演奏開始前で終了するという「タメ」のエピソードだったので大きな動きはないのだが、前回ちょろっと登場した2人のライバルのキャラが大きく取り上げられ、公生にはっきりとした「目指すべき目標」があることを示している。つんつん頭の少年、相座武士は、並々ならぬライバル意識を持っており、それを糧にしたのか、現在では同年代ではトップを走る奏者となっている模様。負けず嫌いでガンガン公生にぶつかっていく姿勢のようだが、はたして「生まれ変わった」公生を見たら何を思うのだろうか。興味深いのは、圧倒的自信に裏打ちされているように見える相座であるが、やっぱり演奏前にはしっかり緊張しているのが分かるところ。そりゃまだみんな中学3年生だしね。そう簡単に演奏を自由自在にコントロール出来るわけではないか。

 そしてもう1人、目力強めの黒髪の女の子は井川絵見。外見はクールだが内面はアツい、なかなか可愛らしい子である。相座とはコンビみたいな立ち位置になっているのだが、この2人だってあくまでライバルどうしには違いない。「有馬公生」という大きな打倒目標が再び眼前に表れたことで、この3人の関係性はどう動いていくのだろうか。

 ちなみに、それ以外の外野では渡が試合に負けて中学校時代の青春に幕を閉じるなんてお話もあった。あの場面で「ヒーローはお前に任せる」なんてサラッと言えるあたりが、やっぱりいい奴。渡は渡で色々と熱意のある良い青春を謳歌してるよなぁ。そして椿と組んだ時のコンビ芸の安定感。今回、コンクールを見るためにいつもように客席に入っていたわけだが、ここで宮園と並んで座るんじゃなくて、間に椿が挟まってるのがちょっと気になる立ち位置なんだよね。普通、椿の立場だったら「一応それらしいカップル」になっているはずの2人は並べるはずなのだが……まぁ、特になにも考えてないだけなのかもしれないけど。前回の一件ですっきりしてしまったためか、今回は椿の内面は一切描かれなかったからなぁ。

 あ、チャーリーブラウンもいいこと言うよね。

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 記念すべき今期初泣き作品、第6話。基本的に涙脆い私ですが、今作を見ているといちいち感極まる。澤部のあまりに良い涙にもらい泣きです。

 前回ちくりと痛んだ澤部の恋心の続き、そして、ついに立ち上がった公生の苦しい苦しい第一歩が描かれたお話。宮園さんは入院していた不吉フラグなどどこ吹く風で元気いっぱい、押しの強さは更にすごみを増し、公生がピアノを弾くようになったのをいい事に、ガンガン注文をつけまくる。あれだけ好き放題やっておきながら、夜の音楽室のシーンでは公生に対して罪悪感を感じたようにして涙を流すあたりは情緒不安定過ぎるのだが、公生がまず聖人君子の優しさでもってそれを受け入れてしまっているので、視聴者側としても彼女の傍若無人っぷりには突っ込みづらい。公生の自宅での一件などを見るに、彼女は徹頭徹尾「音楽の申し子」であり、音が奏でられることを至上の喜びとし、音を奏でることを至上の命題としている。彼女にとって「弾けるのに弾かない」は罪悪であり、「弾けるはずの才能」を眠らせておくことは何よりも苦しく辛いことなのだろう。そのために、何をなげうってでもとにかく公生にピアノを弾かせようとしているのだろう。

 この状態は、言ってしまえば彼女のエゴでしかない。これは最初からずっと言えることだが、公生は彼女の押しに従う必要は欠片も無いはずだし、彼女の理不尽とすら言える振る舞いに怒ってもいいはずなのだ。しかし、公生がそれをしないということは、やはり彼も根っこの部分は「音楽の申し子」としての性質を彼女と共有しているということなのだろう。あれほど恐れていた音楽を、彼女のダイブをきっかけに再開することを決意し、今回はついに具体的なリハビリに着手。苦しみながらも、決してそれを単なる苦行だとは捉えておらず、深夜まで学校に残ってひたすら目の前のドアを打ち破る鍛錬を積んでいる。ここまで積極的に挑戦できるのは、なにも宮園さんに強迫されているからではなく、彼自身がそれをやりたいと思っているからに他ならない。「音楽の申し子」2人は、理屈を越えた部分で感覚を、時間を共有しているということなのだろう。

 そして、そんな人智を越えた関係に苦しんでいるのが、この度のメインヒロイン、澤部ということになる。椿ちゃんは本当に素直で可愛い子である。今回は彼女の何とももどかしい乙女心が前面に出ており、彼女をヒロインとした一本のドラマがとても綺麗に表れている。冒頭、回想シーンの彼女と公生の思い出が「澤部の涙」で幕を開け、ラストシーンはまったく同じ「帰り道」の彼女の涙で締めくくられる。そこには長年の積み重ねである、2人の言葉にならない絆が刻み込まれている。

 澤部の心情、恋心というのは、何とも痛々しくて、切ないものだ。何しろ、公生と宮園さんの間にある絆は、常人ではとても理解の及ばない「天才同士のつながり」であり、どれだけ公生のことを理解出来ているとはいっても、音楽というフィールドで同じステージに立つことが適わない椿には決して共有出来ないものである。深夜の「帰り道」、澤部と宮園は2人で同じ道を歩いていたはずなのに、気付けば宮園は公生の下へととって返し、澤部と2人の間には無情の遮断機が下りてくる。「私たちの中に、私はいない」という次元の違いを、澤部は冷徹な形で強く認識させられる(このシーンで宮園さんが澤部と別れた後に改めて引き返したのって、別に他意は無いんだろうけど、なんだかとても残酷な仕打ちである)。「駄目駄目な弟」だったはずの公生は手元を離れ、宮園が彼を「弟」と呼んでいる。ソフトボールの試合会場では、彼女は焦りのために必死に彼の影を追い求め、がむしゃらに突っ走ってしまう。まるで「お前には絶対届かない」と言われているようで、彼女の気持ちはかきむしられるばかり。

 このまま、彼女は公生と完全に隔たってしまうのかと思われただけに、ラストシーンでの一幕は大きな救いになった。確かに彼女はどうあがいても宮園と同じ立場で公生に接することは出来ないし、永劫に届かない領域があるのは間違いない。しかし、彼女にしか届かない領域も間違いなく存在しており、それは、きっと公生にとってもかけがえの無いものなのだ。入れ替わっていく立場、背負われた側が背負う側に回り、涙を流すその意味も変わってくる。それでも、変化も含めた2人の関係性の積み重ねは、きっと2人だけの大切なものであるのだ。全アニメ作品の「幼なじみキャラ」に幸多からんことを。

 とにかく、澤部が可愛いのが一回りも二回りもこのドラマを盛り立ててくれている。冒頭の幼女時代のぐしゃぐしゃの泣き顔、それに対比するように表れる、現在の身も世もなく泣き崩れる泣き顔。女の子の本心があけすけに出てくる一幕ってのはたまらないものがあります。今回は宮園さんも涙を流しており、2人の「涙の演出」がまったく違う描かれ方になっているのが実に興味深い。また、今回注目したいのは公生の自宅の「埃まみれの部屋」の映像。「埃」なんて描出の難しい要素をあそこまで綺麗に、静謐に描いているアニメーションは初めて見たかもしれない。1秒たりとも目の離せない、素晴らしい作品だと思います。

 あ! あと新キャラ! また梶か! そしてはやみんか! 盛り上がってきそうだぜ!

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 良いアクションアニメである、第5話。今回石浜真史氏のコンテ回ってのはいいんだけど、なんと原画が1人担当なのよね。小島崇史氏という。なんか、色々すごい回だったのよね。このアニメのへちょ絵は本当にわきわき動いて楽しいです。しっかり描き込んでるところもやたらに艶っぽいしね。演奏直後、汗だくになった宮園さんがちょいブスめくらいの顔になってるあたりがすごく性的でたまらなく良い。

 サブタイトルの通り、このアニメでは珍しい曇り空、雨模様の暗い映像が多いエピソード。これまで、公生たちを取り巻く世界は桜の花で彩られた眩しいばかりの春の世界だったが、この涙雨は桜を散らして文字通りに「水を差す」ものである。とはいえ、花に嵐のたとえもあるが、一つの時間が終わり、次に進むための「夜」というのも大事な時間の1つではある。これまで真っ直ぐに宮園さんの夢、公生の心の奥底を探り続けていたこのアニメも、ようやく一段落して次の展開を迎えることになる。

 演奏直後にぶっ倒れてしまった宮園さん。どうやら彼女は元々そんなに身体が強い質ではないようで、病床ではどんよりとした空を見ながら「また倒れてしまった」と独りごちている。公生達の前では「単なる貧血だ」といい、「初めてのことだから平気」と強がっていたが、どうやら慢性的なものであり、今後も彼女の演奏家としての人生に影を落とすのは間違いなさそうである。心の強さを持ち、真っ直ぐに夢に生きながらもそれを実現させるだけの体力に不安を抱える宮園さんと、身体に問題はないのに、精神的な弱さから一歩を踏み出せない公生という対比はなかなかに皮肉なものだ。とはいえ、今すぐ命に関わるようなものでもないらしく、退院直後にいきなり川へダイブするという医者泣かせな無茶も遠慮なくやってしまうあたりは流石の宮園さん。彼女の公生へのこだわりは演奏会があの結果に終わっても(あの結果に終わったからこそ)持続しているらしく、わざわざ1人会いに来て演奏を続けるように強く勧めている。元々、何故彼女が出会ったばかりの公生にここまでこだわるのかはよく分からない部分があったのだが、彼女自身が身体の問題で自分の理想とする演奏を実現しきれないとするなら、同じように能力を持ちながら、それを活かそうとしない公生にやきもきして、「勿体ない」と思うのは仕方ないことなのかもしれない。公生の側からしたら彼女の身勝手と言えなくもないわけだが、そこは「音楽の力」という便利な存在がある。どれだけ身勝手で独りよがりな夢であっても、公生は彼女の演奏を前にして、すでにねじ伏せられているのである。七面倒くさい関係性。

 そんな公生は、どうやら彼女の執拗なプッシュの影響は出ているようで、まだ前に足を踏み出すには至らなかったが、これまで以上に自分の中の「弱さ」を意識し、宮園さんの「強さ」に憧れを抱くようになっている。これまではずっと「沈んだまま」で回りの景色など気にも留めない生活を続けてきたのに、コンクールの後は、自分の状態を「雨」という天気と対比して打開策を模索しているように見受けられる。それが宮園さんへのちょっとした罪悪感として現れてもいるし、渡と彼女が対話している時に遠慮したり、既にアドレスを持っている渡をちょっと羨ましがったりする感情にも表れる。これまで別世界だと割り切っていた宮園さんの演奏や生き様を、「羨ましい」と思えるようになっただけでも、公生は少しずつ浮上しているということである。そして、彼女のダイブをきっかけに、ようやく吹っ切れるきっかけを掴むことが出来た。向かい合う二人を、雲間からの光がサッと撫でるカットが非常に印象的。歴史のなかで数々の演奏家が積み上げてきたという「嘘」の上に、公生もようやく登りはじめるのだろうか。

 そんなメイン2人を中心としている中、サブの2人もやけに輝いているのが今作のいいところ。渡は本当に掛け値無しの「良い奴」である。いや、あれだけ宮園さんに粉かけた後にすぐに別な女の子といちゃいちゃしているのはどうかと思うけど、「愛が多い」らしいですからしょうがないね。その上で、公生に対しての素直な「良い友人」的接し方。中学生男子とは思えない聖人君子みたいな思想をもったやつである。そりゃサッカー部のキャプテンにもなるわなぁ。

 そして、ある意味今回のもう1人の主人公とも言えるのが澤部。冒頭、宮園さんの病室で見せたハイキックの素晴らしさもさることながら、数々のシーンで良いリアクションを見せてくれるし、何よりも明確に自分と公生の関係性の変質を意識してしまった心の動きはメインヒロインっぽい。うーん、こじれる展開には違いないのだけども、これはこれで仕方ないからなぁ。これで野球部キャプテンが素敵、っていう気になれば丸く収まるのだろうけど、それはなんか違うのだろうし。むしろ、はっきりと意識してしまったことで、これまでの彼女の行動についてすべて綺麗に説明がついてしまうわけだしね。花丸元気っ娘ではあるが、こういう自分の感情との対話はまだまだ苦手なんだろうなぁ。彼女の今後の動向に注目です。

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 ドキドキしっぱなしのお話だけど、一番ドキドキしたのは公生のお母さんがきらきら星を歌い出したシーンなのは内緒、第4話。こんなシンプルでお馴染みの曲なのに、緊張が走る能登麻美子マジック。最近は歌の仕事は殆どしてなかったけどね……。

 そんな中の人事情から入ってみるが、作品の品質は相変わらず、いや、それどころか山場となった宮園さんの演奏シーンのおかげで、これまで以上のクオリティとなっている。まるまる1話使って彼女たちの演奏シーンのみを描くという贅沢な尺の使い方なのに、その間に一切間延びした印象は無く、審査員席にいたあんちゃんの言葉通り、観客席も、視聴者も、2人の演奏に飲み込まれていくような錯覚を覚える。本当に有無を言わさぬ迫力がある。

 今回は、公生が過去の呪縛を乗り越えるというターニングポイントである。もちろん、こういう漫画、こういう作品なのだから、宮園さんとの共演によって公生が「音楽の自由さ」に気づき、一皮剥けて生まれ変わるのだろうということは誰にでも予想がつくわけだが、その描き方が丁寧なので、テンプレートと言っても一切の隙がない。相変わらず力業の宮園に対し、必死にこれまでの自分の哲学でもって対応しようとする公生。しかし、当然そんな安易なことで長年のトラウマが解消されるはずなどなく、観客席に母親の幻影を見ると、そのまま譜面に呑まれてしまう。ここで、普通なら「宮園さんの音が聞こえる」というところをとっかかりにして、彼女のバイオリンから「自分のピアノ」を再構築していくという流れになるのだろうが、それもまた安易であり、いくら心奪われた音とはいえ、彼女のバイオリンがどれだけ鳴り響いたところで、公生に音は戻って来なかった。

 しかし、ここで効いてくるのが、「彼女の音」ではなく「彼女の心」ということになる。一度は音を止めてしまった宮園。彼女は基本的にコンクールの結果などには頓着しないだろうが、それでも「客前で演奏をやめる」ことには抵抗があるだろうし、普段ならば絶対出来なかっただろう。しかし、「公生と演奏がしたい」というその一念を伝えるため、彼女は一度弦を置き、公生に声をかけた。そしてそこから、彼女の「ひっぱりあげ」が始まり、公生もなんとかそれをきっかけに奮い立つ。そして、最終的に彼の音を復活させたのは、出会ってほんのわずかの少女の音ではなく、結局、彼の奥底に長年眠っていた「母親との音」なのである。このあたりの筋立ては、なんだか妙に納得出来る部分がある。「かをりちゃんの音」が最終的な決め手になってはいるのだが、そこから公生がまったく新しい音を組み上げたわけではない。あくまで、彼を喝采の嵐に導いたものは、これまでの人生で彼が重ねてきた血のにじむような努力、母親との積み重ねだったのである。母親の教えが「呪縛」ではなく「後ろ盾」となったとき、彼の「旅立ち」が始まったわけだ。もっとも、そのために宮園さんの身体に何らかの負担をかけてしまったようで、演奏の復活とは別な側面から、波乱の旅立ちになってしまったわけだが……。

 今回はクライマックスとなる壮絶な演奏シーンもさることながら、公生がずぶずぶと沈んでいく「深み」の演出が非常に凝っていて面白い。楽器演奏なんてしたことがない私みたいな人間からすれば公生の悩みなんてものはまったく分からないわけだが、こうした映像効果で見せられると、何となく飲み込まれるような、納得させられるだけのパワーがある。音響との重ね合わせもお見事である。ピアノの演奏って、怖いよなぁ。公生は「僕たちのための沈黙」っていう言葉を登壇前に使っていたが、怖すぎてそんなトコ行きたくないもの(引きこもりなりの感想)。

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 タマネギ切るときにゴーグルしてもあんまり意味ないらしいよ、第3話。涙の原因になる匂い成分が入ってくるのは鼻からだからね、マスクもすれば完璧です。

 引き続きの王道展開、そして相変わらず華やかな画面、力強いアニメーション。今期作品のなかで純粋に「見ていて気持ちが良い」作品はこれが一番かもしれない。今回気付いたのは、最初に印象的だった「顔のディティール」が上手く表情を作るために機能しているなぁ、ということ。鼻梁や目の細部を彫り込むキャラデザインのおかげで、真面目な顔、おどけた顔の細やかな演出が可能になっているのだね。もちろん、その分へちょ絵になったときとのギャップも楽しめるし、勢いよく動かせればそれだけでエネルギーが感じられる作画である。まぁ、ちょいと目が大きくてクドいとも言えるので好き嫌いは分かれるのかもしれないけども。あとは色彩設定の細やかさ。顔のパーツの色合いってのはせいぜい「陰」と「それ以外」で2パターンくらいに分かれるものだが、今作の場合は掘りの深さやライティングに合わせて細かく色調が設定されており、並々ならぬ労力が注ぎ込まれているのが分かる。ここまでやってもらえれば、元々色が無いはずだった漫画原作もぐっと豪勢になるってもんで。

 デザイン性以外で注目したいのは、シンプルながらも色々と考える余地を残した脚本に合わせた芝居の部分。ぶっちゃけ、メインヒロイン宮園さんについてはほとんど内情が描かれていないので、彼女が何を考えて行動しているかは分からないはず。今回の彼女の行動は非常に身勝手なものであり、ストーカーというか、暴漢というか、とにかくいわゆる「暴力ヒロイン」的な側面が強い。「なんやねんこのワガママ女」と反感を持ってしまいそうなところなのだが、最後に見せた彼女の涙や、子供たちと接する時の笑顔などから、彼女がとても「良い人間」であることがうかがい知れるために、単なる理不尽に終わらないバックグラウンドを想像させるだけの余地が残されている。種ちゃんの演技によってこの「語られていない彼女の人間性」が大きく膨らんでいて、見ていて抵抗を感じる前に、可愛らしさ、魅力に繋げているのである。ん? 単に種ちゃんが好きだから? まぁ、そうかもしれないけども。あと花江君の仕事も実に良いもので、今回なら例えばピアノを前にして手が止まってしまった時の「ごめん」という謝罪の言葉が、実際には目の前のかをりちゃんや子供たちではなく、他界した母親や、これまで自分を責め苛み続けてきた回りの環境への畏怖が籠められたものであることがきちんと伝わってくる。内面的な描写が多く、ともすると過剰にポエミーになってしまいそうな設定だが、こうしてちゃんと人間ドラマとして描かれているディティールがあることで、しっかりした骨組みが出来上がっていくのである。

 うん、我ながらべた褒めだな。今期ノイタミナ、ホントに幸せです。おかげでGレコの感想書く余力が無くなるのが申し訳ないのである。

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 本当に力のあるアニメーション、第2話。思わず見入ってしまうなぁ。ノイタミナ枠の面目躍如か。

 話自体は非常にオーソドックスなものなので、大して語るべきことはないんだ。メインヒロインかをりちゃんは、コンクールなのに完全に自己流の演奏を披露しちゃう破天荒な性格で、普段の性格はちょっと尻軽で阿呆な感じもするのに、演奏している時は主人公が思わず「美しい」と漏らしてしまうほど。コンクールの結果には興味がなく、とにかく演奏していることが楽しいといった風。そこに生真面目な主人公・公生が出会い、今後はおそらく、母親から強制された音楽のみに生きてきた彼のイデオロギーにも影響を与えることになるのだろう。もちろん性格の根幹は色々違うが、やはり「のだめ」と同じような関係性といえる。こういう音楽が関わる作品の基本のキ。

 今作に独特なポイントは、実は公生の悪友ポジションにある渡の存在かもしれない。彼は色んな女の子に手をつけている「軽い奴」なのだが、公生との付き合い方はとても真摯であるし、「渡は良いことを言う」なんて褒められたりもする。いかにも「手が早いのは愛が不純なのではなく、愛が多いためなのです」とでも言いたげな、一筋縄ではいかないプレイボーイである。そして、メインボディとなるであろうかをり・公生の関係性の間に、この渡が挟まっているのが今後どのように影響していくことになるのか。ラブストーリーとしてはそのあたりのいじり方が焦点になってくるわけで、澤部さんも含めたわずか4人の関係性ながらも、なかなか展開が気になる設定である。メイン2人がくっついちゃうと健気な澤部さんがちょっと可哀想な気もするんだけどね……。

 で、そんなシナリオラインももちろん悪くないのだが、本作は本当に映像に力がある。そして綺麗である。今回は、映像の動きという点を見ればもちろんかをりちゃんの演奏シーンが最大の見せ場。荒ぶる弦、飛び散る汗、その演奏が独創的なものであるということが、私のように音楽に疎い人間でもきちんと映像だけで伝わってくるようになっているし、ダイナミックなモーションは見ていて引き込まれるものである。このシーンだけを見ても、もちろん満足出来るものである。しかし、それだけではなく、他のシーンの何気ない景色についても、今作は1つ1つが非常にパワフルだ。公生が「映画のワンシーンのようだった」と2度も繰り返した、公演終了後のフロアの映像。彼女が駆け寄ってくるシーンだけでも様々な心情が飛び交う様子が楽しめるし、一言一言を選びながら賞賛の言葉を贈る公生の表情も晴れやかである。かすかに震えを残しながらも得意がるかをりちゃんの愛らしさ。「どーんなもんだいっ」の一言が本当に可愛くてきゅんきゅんしてしまう。種ちゃん最強。

 ラストの桜並木を歩く2人のシーンも印象深い。面白いのは、2人がてくてく歩いているシーンで、何故か頭のてっぺんだけしか描かれずに延々会話が流れるというカット。画面下にひょこひょこ動く頭が2つだけしかないという構図は非常にシュールなのだが、今作のタイトルにある「四月」を象徴する桜吹雪が画面全体を支配して大きく色彩を広げており、そうした風景の中での2人の会話がさりげなく流れていく様を大胆にバックアップしている。もちろん、細かい表情を描き込んでも面白い画になるのだろうが、こうしてしれっと「想像の膨らむ余地」を残しながら印象づける画面展開もまた楽しい。こういう画作りは好きだなぁ。

 細かい心情にもゆっくりと尺を取って描いてくれる「ゆとり」のある作品。出来ればこのままたっぷりと楽しませてもらいたいものである。

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 なるほど分からん、第4話。放送中にDARKERBD-BOXのCM入れてくるのはずるいんじゃないですかねぇ。

 一通り世界観が理解出来た(??)ところで、ボチボチ個別隊員のエピソードが繋がってくる。前回は一応ヤスの物語だったと解釈出来るが、今回はナターシャ(とロボ子?)のお話。しかし、前回はひでぇながらも一応話の肝は分かりやすかったものだが、今回は一体何が起こっているのやら。

 以前からずっと作品の中核に居座り続けている「ウド」という存在。お話の舞台はウド川という土地であるし、ロボ子の食事はウド。そしてズヴィズダーのエネルギー源もウド。何故にここまでウド推しなのか。考えられる一番の理由は、「あんまり大事そうじゃないから」という捻くれたものだろうか。山菜として食されることも多いウドであるが、実際の食卓に並ぶことは(そういう土地でない限りは)稀ではないだろうか。食べたことがないわけじゃないが、個人的には、母親が率先して調理するような食材でもなかったし、現在スーパーに駆け込んでもなかなかウドを置いてるってこともない。そんな「ウド」という存在に対して、我々が真っ先に思いつくのはやっぱり「ウドの大木」という言葉。図体ばかりでかくて中身が伴わないことを揶揄する言葉だ。つまり、ウドという言葉の響きには、「なんだか抜けていて役に立たない」イメージが付きまとう。それを一番のエネルギー源にしており、全てを支える万能神のように扱うところに、妙なおかしさが生まれる。まぁ、実際には食材としてのウドは山菜のカテゴリーに入り、栄養価も最低限はあるみたいなんだけど。あと、調べていて初めて知ったのだが、ウドというのは珍しい「日本原産の野菜」らしい。そういう部分も、ひょっとしたらズヴィズダーが日本国内に拠点を置き、世界征服を狙う上での礎になっているのかもしれない。

 で、そんなウドパワーを管理していた、寝相の悪いナターシャさん、御年15歳。超古代ウド川文明の探究に際し、彼女がどうやってズヴィズダーに参画したのかという過去話が明かされた。幼い頃からメカいじりしか興味のなかった奇妙な子供に、技術者だった両親は不安を覚え、外に連れだして……なにしたんだろね。その辺は全部曖昧でさっぱり分からなかったのがすごい。気付いたらウクライナからウド川遺跡に迷い込み、いつのまにか隣にロボ子がおり、いつの間にかケイトと出会い、いつの間にか西ウド川にたどり着いて今のポジションになったという。うむ、分からん。あんまりそこを突っ込む話でも無いんだろうが、なんか気になるよなぁ。その生い立ちで、なんで今みたいなトンデモ科学技術が扱えるようになったのかもよく分からないし。子供の頃にはロボットを作ったといっても剣玉も満足にさせない状態だったわけで、いきなり技術力を上げて高精度のステルス装置なんかを産みだすに至るまでには、宇宙人にキャトられでもしないと成長出来ないような。これもズヴィズダーの力なのかしら。まー、本人は今の地位に満足してるみたいだからいいかぁ。ちなみに、今回一番の衝撃は「千和も母親役とかやるようになったんだよなぁ」ってことです。

 その他、ケイトちゃんが「おしべとめしべをピー」だったり、将軍が相変わらずのスイーツ極道だったり、今日もズヴィズダーは平和だが、一番の見どころはプラーミャ様の寝室にあるぬいぐるみなどの数々のケイトちゃんグッズだと思う。この場合、彼女は百合と呼ぶべきなのか、ロリコンと呼ぶべきなのか。もっとその辺にスポットを当ててもらってもいいんだぜ。

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