|
最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
何がなんだか、第4話。「おちんこ」みたいなアニメなら平気だけど、こういう作品は体調が悪いときに観るとキツイ場合があるので注意が必要。
星祭り襲撃からフリュネの誘拐へと作戦を移行させ、そのまま大々的な進撃作戦にまで切り込もうとするロストミレニアム。そして、それに対抗して大軍勢を送り込んでグラニッツ一家を亡き者にしようとする僧院一派。対立構図は明確になり、人死にも出ているので表面的な盛り上がりは文句無い流れになっているが、未だに世界観がはっきりしていないのが困りものだ。あれだけの武装を用意していたスンダたちだが、今回ようやく僧院の連中からアジトを襲撃されることになったということは、これまでは特に活動していなかったということなんだろうか? 前回は星祭りの襲撃は過去にもやったみたいなことを言っていた気がするのだが…… なんだかモヤモヤするのは、世界観というよりも世界規模がはっきりしないせいかもしれない。前回の疑問で「星祭りって、フラクタルシステムに関与している人間の一斉アップデートのはずなのに、参加してる人間がやたら少なくない?」というものがあったのだが、巫女であるフリュネがわざわざあそこに登場したことに加え、今回の襲撃で僧院の一番偉そうな女性(モーランという名前らしい)がロストミレニアムに対して対抗姿勢を取ったことを考えると、あの星祭り襲撃は僧院側からしてもかなり大きな問題になっていることが伺える。つまり、あの星祭りは、「数多存在する地域別星祭りの1つ」ではなく、「大々的に行われる星祭りという名のイベントの中心的位置」であるはずだ。にもかかわらず、参加者は大して多くない。この世界の住人はどこへ行ってしまったのか。 このことの答えとして考えられるのは、「既にこの世界にはあんまり人間がいない」という可能性。60億を超える現在の地球人口ならば星祭りに集まった人間達はかなり少ないといえるが、もし世界人口が1万人を切るような世界だったと仮定すれば、あの規模の星祭りでも数カ所で済むかもしれないわけだ。そもそも、フラクタルの中心にいるモーランが既に「時間が残されていない」と言っていることから分かる通りに、フラクタルシステムが既に限界に来ていることは内部の人間にも周知であり、中枢部も隠すような意志が感じられない。この世界は、既に滅びを迎えた終局に位置しているのではないか? ただ、その場合にはクレインたちがあまりにのんびりしすぎている気もするのだが……これもフラクタルによる「洗脳」の一部と考えれば説明は出来る。 ただ、そうした世界設定の悩ましさをさらに膨らませる存在がいる。フリュネである。説明不足なせいでイデオロギーが分かりにくいキャラクターが多い中で、飛び抜けて意味が分からないキャラクターがフリュネだ。突如単身クレインのところに逃げ出して来て、ネッサを渡して再び逃走。星祭りの舞台上に現れたにもかかわらず、とらわれの身から解放されたとたんにクレインにビンタ一発。さらに僧院の追っ手から逃げようと必死になっている。一体彼女は何を考えているのだろうか。もちろん、物語の中心にいるフリュネの言動については、後々説明がなされることになるのだろうが、僧院VSロストミレニアムという単純な構図でこの物語を追いかけようにも、どちらの陣営ともとれないフリュネが中心にいるせいで、そう単純な処理が出来ないのが悩ましいのだ。ネッサとの関係性もいっこうに説明される様子が無いし、このまま足下がおぼつかない状態でシナリオを進められると、追いかける側としてはちょっとしんどいのである。せめてクレインの言動だけでも一貫性があればまだ理解は追いつくのだが……彼にとって一番大切なものは、一体何なんだろうね。 とはいえ、今回は作画の状態もよく、独特の構図をとったコンテワークがなかなか面白い。印象に残ったのは船から逃げ出したクレインとネッサがテクテクと道を歩きながらじゃれ合っているシーンで、クレインの背後に背景の流れを作りながら、歩くスピードに合わせてネッサの構図などをぐるりとカメラを回してうつす描写なんかが面白い。ちょっと歩く速度が不自然な気もするが、こういう動きを全面に押し出した描き方はなかなかアニメで見かけないので新鮮な感じがした。他にもネッサがフリュネをポカポカ叩くシーンのネッサの必死な表情なんかも可愛らしくて○。「ネッサは好きが好きなの!」って、シンプルだけどなんだかいい台詞です。 中の人的に楽しかったのは、いかにも悪辣な敵キャラで見せてくれた宮本充。今期は「ドラゴンクライシス」にも出てきたし、彼のイケメンボイスを聞く機会が増えたのはちょっと嬉しい。三枚目や嫌らしい悪役でもイメージが膨らむ良い役者だ。 PR
いきなり話が分かりやすくなった第3話。この作品は、本当はアニメオリジナルの貴重な作品だからゆっくりとその中身を吟味していきたいと思っているのに、制作者側が余計なフィールドで芳ばしい話ばかりを持ち込んでくるため、なんだか妙な見方を強いられているような気になってくるのが難点です。やっぱり、せめて放送中くらいは製作側は「とにかく作品を見て」っていうスタンスにして黙っていた方がいいのかもしれない。
前回突如エンリに誘拐され、マグロ漁のごとき状態でアジトへと連れ込まれたクレインとネッサ。宙づりの状態でどれだけ飛んだのかはよく分からないが、あれだけ密着した状態でずっと2人きりっていうのはそれだけでドギマギシチュエーションであった気もする。その割にクレインにはそういう様子がなかったのが残念無念。そして到着したのは、フラクタルシステムから解放された一派であるロストミレニアムの集合した村落である。この段階で、ようやくこの物語の大きな構造が理解出来るようになる。1話の時点でクレインが漏らしていたので何となく予想はついていたが、人類全てを統べる「フラクタルシステム」の善悪を問うことで、体制側と対抗勢力がはっきりと分かれ、そこにイデオロギーの衝突が描かれる。骨董品好きでドッペルを毛嫌いするクレインもあまり体制側とは言えないスタンスだが、より明確に対抗意志を示すために「フラクタルターミナル」と呼ばれる受信器官を摘出した人々の様子を見て、さらに突っ込んだ状態でフラクタルと己の付き合い方を考えることが出来るようになるわけだ。 クレインは最初の時点では、ロストミレニアムの主義主張にはあまり好意的でない態度を取っている。そらまぁ、現代でいえば突然原初の生活に帰った方が人は自然である、と唱える新興宗教にぶつかったようなものであるから、「フラクタルターミナルを摘出する」という行きすぎた教義に「一般人」であるクレインが抵抗を示すのは当たり前のこと。つれて来られた理由もよく分からないのだから、どれだけ興味深いものを見せられたとしても、そこに反感を覚えるのは当然の反応といえるだろう。しかし、そんな硬化した態度もたった1杯のスープで氷解する。合成食糧のみを糧としてきたクレインにとって、「普通の料理」は実に衝撃的だったというお話。ま、分かりやすい処理かな。 「フラクタルは本当に必要なのか」という疑問が少しずつ芽生えていく中で、今度はいきなり「星祭り」の打倒に挑むことになる村の面々。説明を聞くと、星祭りは集団アップデートを目的とした一種の洗脳儀式であるという。だからこそ、悪しきフラクタルシステムを象徴する、確実に潰さなければいけない儀式であると。 ふむ、話は分かる。分かるのだが、だからといって突然武器を手に乗り込んでいって、儀式を行っている巫女側だけでなく集まった一般聴衆すら無差別に撃ちまくる展開はいかがなものか。彼らの大義名分は「フラクタルでは得られない真の自由の獲得」であり、そのためにまず自分たちの体内からターミナルを摘出した。そこまでは個々人の選択なので問題無いのだが、そこから一歩進んで、今度はフラクタルに取り込まれた体制側の人間なら殺してしまって構わないという。流石にそれはおかしいのではないか? そもそも、あの星祭りというイベントの規模もよく分からない。バルーンがどうこう言っているってことは、あの祭りは全世界同時アップデートのタイミングであるはず。そうでなければ管理側にもかなりの負担がかかるだろう。にも関わらず、会場にはそこまで大勢が詰めかけていたようにも見えないし、管理側もそんなに厳重なチェックをしているように見えない。あくまで地方の催し物程度のものである。ってことは、世界各地で同様の「星祭り」会場が多数存在しているということ。そんな草の根活動を1つ1つ潰したところで、ロストミレニアム側にもそこまで恩恵があるとも思えない。そもそも、クレインが「星祭りの期日が早まった」ことを知らなかった時点で、「ターミナル所有者は全員確実に星祭りに参加する」というお題目も嘘になっているのだ。世界設定が明らかになっているようで、実はますますよく分からない状態になっていたりするのである。これはちょっと困る。 事態はそれだけでなくさらなる混迷を極め、現れ出でたる2人目のネッサ(おそらく「本物の」ネッサ)、そしていつの間にか姿を消していたフリュネの再登場。この世界における正義とは何なのか。エンリやスンダは一体何がやりたいのか。そして、クレインが求めるべき「正しさ」はどこにあるのか。まだまだフワフワと設定の不安定さが漂う中でのお話は、今後も視聴者に色々と労苦を背負わせてきそうである。うーむ。今回は画面的にはそこまで面白いものが得られなかったのだが、ちゃんと視聴者を引っ張り込むだけの誘致要因を保持しきれるだろうか。 今日のハイライト。ゆかち可愛い。あれだけフラクタルから逃れようとしていた連中が集まってるのに、トイレにはあんなハイテクな健康チェック装置を配備してるのね。でも、正直あそこで用を足すの嫌だな……
引き続き世界観説明無しの第2話。こういう不親切さ、というか覚悟の決め方って、ものすごく引き込まれるか、「わっかんねーよ」ってことで早々に切られるかのどちらかになる場合が多い気がするんだけど、今作の場合、分からないけど切るのも癪っていう、何とも微妙なスタンスになっております。まだまだお話は進まないので、分からないことが一切ストレスになっていないのは助かるんだけど。
1話はかなり気合いの入った作画演出で実に立派だと思っていたのだが、2話では流石にややペースダウンしたか、作画枚数は確実に落ちている。他のパートが高い完成度を誇るだけに、ちょっとでも油断するとその部分が浮き彫りになってしまうのは辛いところで、今回で言うなら、最初にクレインとネッサがチャリで駆け抜けるシーンの地面の描写が何か変。高速で移動していることをCG処理で表現しているわけだが、そこだけ浮いてしまっているように見えて、ちと気持ち悪かった。 とはいえ要所要所でのがんばりは引き続き活きており、例えばキャンプベースでネッサが騒ぎを起こしてそこらじゅうでパラソルが飛んだりロボットがトチ狂ったりしているシーンなんかは、一斉に動く人いきれの様子が丁寧に描かれていて、それこそ劇場作品のような独特の趣がある。今回のコンテ演出はなんと神戸守が担当しているのだが、色んなものをまとめて動かすとなると手慣れたものであった。あとはネッサのとにかく騒がしいドタバタした動きとかかな。このあたりの中心となる要素がちゃんと描かれている間は、まだ中身のことは心配しなくてもいいような気がします。 で、シナリオ面であるが、現状は正直あまり変化がない。世界説明が何もなく、「ドッペルって何?」「フリュネって誰だったの?」「クレインは何者?」などの疑問が完全に解消していないうちに「触れるドッペル」というイレギュラー要素を持つネッサが登場し、事態がさらに混迷している。今回のエピソードを最後まで観れば、この世界と現実の最大の相違点であるドッペルの存在意義というのは理解出来るようになっているのだが、先に埋め合わせておいた方が、ネッサの登場と暴れっぷりがより際立って面白かった気もする。時計塔での突然の消失とか、機械を暴走させてしまう性質とか、いきなり見せられても、どこまでがこの世界に許された現象で、どこからがイレギュラーなのかピンと来なかったからね。何となくくみ取れるレベルだから「視聴者の理解力の問題」と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、不親切の誹りを受ける危険性は常に意識せねばなるまい。ま、どうしても穿った見方をしてしまうが故に出てくる不満点ではあるかもしれないけど。 少しずつ見えてきたこの作品のバックボーンの1つは、どうやら「家族」「家庭」というファクターであるようだ。「フラクタル」を利用したドッペルシステムは、この世界独特の「自由」の概念を端的に表すツールであり、たとえ家族であろうとも一緒の時を過ごすなどというのは「信頼感を疑うこと」であり「自由を束縛すること」になってしまうという。それ故に、「家を持つ」ことに執着したクレインはこの世界でははみ出しものであり、他の人間連中は放浪するなり何なりして、とにかく家族と時間を共有することはない。しかし、それでは不都合も生じるというので、ドッペルが「自由な家族」を代理で受け持っているわけだ。何とも奇妙な光景であるが、おかげで「異端児」たるクレインに感情移入しやすいのは助かる部分。 「触れ合い」みたいなものを探求した結果が、ドッペルであるネッサとの関係っていうのも妙な話だが、ここから先は、おそらく「自由とは何か」「関係性とは何か」みたいなテーマで面倒なお話になっていくのだろう。説教臭くなるのはごめんだが、今後とも注目していきたいテーマだ。 ただ、1つ疑問だったのは、「家族同士一緒に暮らすなんて信頼していない証拠だ」とクレインは言われていたわけだが、わがままゆかちキャラのエンリちゃんは、普通にお兄さんと一緒に活動してたんだよね。ああいう兄妹も普通にいるってことなのかな。ま、ゆかちだからいいや。そして今回はぶっ飛ばし気味の花澤香菜劇場にも注目が集まる。やっぱり花澤はテンションあげ目で少し引きつったくらいの声が一番キュートだ。
Aパートが全て、第11話。久し振りに神がかってましたなぁ。主に麻奈実的な面で。
Bパート以降とか、正直どうでもいいんですよ。人格破綻者気味の妹の暴挙を涙流してまで許してあげる京介の聖人のごとき家族愛には感服するが、いくら何でも甘やかしすぎだろう、という義憤が先立ってしまうし、作品タイトルと裏腹に、どんどん桐乃に対する好感度が下がるんですよ。黒猫は……面白いけど、何にせよ人格破綻者には違いないよね。あ、桐乃のものまねがやたら上手いところに妙な友情が感じられるのは面白いですけど。 で、Bパートで桐乃が少し京介に歩み寄り、謝罪の言葉を述べたということは、つまりAパートでの自らの行為を悔いて謝ったっていうことだよね。それってつまり、「もう邪魔はしないので麻奈実と暖かい家庭を築いて下さい」っていうメッセージだよね。そう考えないとつじつまが合わないよね。合わないに違いない。 掃除に料理、家事が完璧な上に、並んで座ってお茶を飲んだ時の絶大な安定感。そして部屋を訪れた際に、幼馴染みがちょっと片寄った性癖を持っていると判明したときの、何とも度量の広い寛容な受け答えと、ちょいと気の利いた切り返し。一言でこれらの要素をまとめる単語は、日本語でいうと「天使」です。もしくは「田舎のおばあちゃん」。もう、どう考えても結婚する以外にないじゃない。「お兄ちゃんはねー、妹にしか欲情しない変態さんナンダヨー」。読むな読むな、その声で読むな。他にも「喧嘩……しないで?」とか「眼鏡の子ばっかりだった……」とか、一言一言の台詞の破壊力が半端じゃない。こんな状態で平穏を保てる京介の精神構造が分からない。 今期最大級にして最強のしゅが美キャラである田村麻奈実。彼女の牙城は崩れることがない。アニメ本筋の流れとか、そんなん知らん。
スーパー俺得タイム! 第6話。これだよ、これが見たかったんだよ! っつうかこれ以外特に見たくねぇよ! (以下、キャラクターと中の人の話がごっちゃになる可能性がありますが、仕様です)
まさかのお当番回となりました、京介の幼馴染みキャラ、田村麻奈実嬢。クラスメイトからの視線もまんざらでも無い感じの、地味だけれど決して印象の悪くない平凡な女子高生。眼鏡でおっとりで少し天然も入ってて声が佐藤聡美で幼馴染みでお互いまんざらでもない感じで家族ぐるみの付き合いがあって実家が落ち着きのある和菓子屋で声が佐藤聡美で基本は奥手なのにところによりアグレッシブになることもあって料理も気遣いも出来て声が佐藤聡美のキャラクター。完璧じゃないか。もう、今回のエピソードをこれから毎週放送してくれれば、毎週録画する自信がある。っつうかもう妹要素とかどうでもいいので、「俺の幼馴染みが〜」のタイトルでスピンオフ作品とか始めろ。内容は、あのままの状態で何となく同じ大学に進学して、京介は普通に就職、麻奈実は実家の手伝いをしながら少しずつ家庭の形を模索して、23くらいで結婚して暖かい家庭を築いていく様を描いた日常ものだ。見たい。 ずるいよなぁ。あの娘に「あたしは別にいいよ」とかさ、「泊まっていって」とかさ、「一緒に入る?」とかさ、何それ。ずるくない? アニメの主人公ってずるくない? 和菓子とまでは言わないので、僕にもお茶下さい。そしてあの部屋でダラダラさせて下さい。「恋愛感情とか特別無いし、付き合ってるわけでもないけど、他の男とくっつかれるのは絶対に嫌」だってさ。分かる。すごく分かる。「そこにある」ことで落ち着くことって、世の中にはたくさんあるんだ。 純和風家屋での団欒や色恋って、アニメの中だとなんだか新鮮に映る。また不思議と純和風が似合うんだよなぁ。「地獄少女」のゆずきとかさ。別に三つ指ついて土間でお出迎えとかしてもらわなくてもいいんだけど、茶の間に少しずつ手料理が並んでくると嬉しい、みたいな。団欒の時も、自分から少し無茶なネタを振ってくるくせに、ちょっと押し返すとすぐワタワタしちゃったりするんだなぁ。本人の言葉でいうと「アワアワする」っていうんだけどね。ちょっと意地悪してアワアワさせてみたいんですよ。それこそ京介みたいにねぇ。 こんなに素晴らしいコンテンツがあるんだからさ、改めて考えようよ。本当にこの作品に妹要素はいるのか? どう考えても京介はあのまま田村家と末永く付き合っていくのが決定した人生行路だろうよ。桐乃は、別なところで好きにしてればいい。時間が勿体ないのでいちいちカットインしてこないで下さい。作品タイトルも来週から変更になります。「俺のしゅが美はこんなに可愛いくないわけがない」。脳が溶けること請け合いです。 親父の声が立木ボイスっていうだけで抵抗する気が失せる第3話。立木ボイスから中村ボイスの息子が生まれるって、どんなプレイだよ。 今週も幼なじみの子が可愛かったですね。麻奈実ちゃんっていうらしいです。名前をようやく覚えました。いやぁ、あんな子と夜な夜な電話したり、公園に2人っきりで行ったり、「お疲れ様」とか「どーぞ!」とか言われたりしちゃいたいです。しゅが美は正義。 とはいえ、今回はそんな麻奈実ちゃんではなく、流石に桐乃メインってことで。オタクを扱う作品ではクライマックスの定番とも言える、カミングアウト勝負。アキバでの流れから桐乃が自分で打ち明けることになるのかと思ったが、折悪しくアクシデントから親父に知られるという展開。よくDVDを落とす娘である。 クライマックスは親子対決ということになるわけだが、基本的に親父が言っていることは全部正しい。「悪い影響がある」云々はさておくとしても、自分で稼いでいるとはいえ、中学生が湯水のごとくああいったメディアに金をつぎ込むという行為自体、悪影響というか既に非行であろう。持ち慣れない金を渡してしまっている教育方針にも問題がある気がするが、「親に秘密にする趣味」という時点で、親がみとめられないのは仕方がない。あそこで唯一桐乃が趣味を正当化するための手段は、自らの手で両親を論破するしかなかったはずだ。「成績を維持している」という免罪符はあるわけで、あとはいかにして「後ろめたくない趣味であるか」を訴えかける意外に残された道はない。 しかし、桐乃はそれが出来なかった。「後ろめたさ」を認めたこととなり、親につけいる隙を与えてしまったのだ。この時点で桐乃の負け。日陰者のレッテルを貼られ、なおかつ、両親の扶養の下にあるという立場上、諦めろと言われても文句は言えない。どれだけ世間からの認知が広がったといっても、オタク趣味なんてそんなもんである。 そして、今回最大の見せ場となった京介の一人舞台は、そんな不利な状態から親父を説得するという難度の高いミッションであり、これがうまく決まれば、作品のメインテーマを上手く昇華できた最高のシナリオラインとなるはずのところだった。しかし、見たところ京介の説得は特に理論武装も出来ておらず、つけいる部分も弱い。感情論で押し切ろうとしていたにもかかわらず、京介自身、父親がそうした根拠のない訴えに動じないであろうことも承知しているのだ。この据わりの悪さが、啖呵を切るシーンをどうにもモヤモヤしたものにしてしまっている。多少強引でもいいので、もう少し父親を感情的な部分から描写して、ベタでもいいのでお涙頂戴でごまかせるようにもっていくことは出来なかったものだろうか。せっかく、「未成年に18禁ソフトをやらせる」という、完全に法令違反なシチュエーションを大々的にやるチャンスだったのに、うやむやで終わってしまったので消化不良だ。 最後の親父の反応も意味が分からない。京介は高校2年生らしいので、18禁ソフトの所持は基本的にアウトだし、京介の場合は桐乃と違って仕事で稼いでいるわけでもない。ソフトの購入費用がどこから出てきたのか、という問題が生じる。男同士の対話なのであまり「いかがわしさ」については突っ込みを入れない気持ちは分かるが(おそらく自分の過去に思うところはあるだろうから)、だからといって「妹物エロゲーを妹のPCでプレイする兄貴」は、「中学生のくせにエロゲーに手を出した妹」よりもはるかに危険度が高いものである。これをワンパンチいれただけで放置するのは、明らかに「躾け」の内容に合致しない。何故何事も無かったかのように翌日を迎えたのだろう。 中村悠一の熱演はなかなか面白いものであったし、相変わらず画のクオリティが高くてアニメーションとしては満足のいく物なのだが、どうしたって内容が上滑りで、いい話っぽくまとめているけど全く理解出来ない。このアンビバレンツがなかなか辛い作品です。いや、しゅが美ボイスが聞けるだけで不満はないのだけれど。なんだろう、タイトルと違って、妹が本当にどうでもいい。
京介のクラスメイトの娘の方をもっと映してくれないと困る第2話。妹とかどうでもいいんだ。そっちのぽやっとした子、そっちについて何故描写しない。その子が出てくる時間が一番楽しいんだがね。最悪映像に出てこなくてもいいから、声だけでも聞けないものかね?
2話目ということで世界がぐっと広がったわけなんですが、個人的にはどうもメインシナリオの痛々しさ(内輪ネタってそんなもんだけど)が肌に合わず、一歩引いて視聴している感じになっています。オタクが素材のアニメって、結局負の側面であるはずの「オタク性」を大なり小なりポジティブに解釈しなきゃいけない部分があるので、自己弁護みたいな、同族嫌悪みたいな、妙な感情が起こってフラットに見にくいんだよね。テンプレ化されたオタクって、やっぱり馬鹿にされているようにしかみえないしなぁ。 また、メインヒロインの桐乃の中の人である竹達彩奈が、どうしても桐乃の感情が高ぶった時に演技を乗せきれていないのも気になるところ。「けいおん」で梓をやっている時には全然気になっていなかったのだが、やはりちょっと発話のピッチが上がるとスキル不足が浮き上がってしまう。まだまだキャリアが浅いのだから仕方がない部分はあるだろうが、役作り以前の発声の段階で粗が見えてしまうのは勿体ない。今期は忙しそうにしてるので、体調維持も大変だとは思うんだけどね。 他方、黒猫役の花澤香菜は、悪く言えば「いつも通りの」抑え気味の役なのだが、こちらは感情が高ぶった時の役作りが面白い。あくまで本性は「厨二病患者」としての黒猫なのだが、黒猫本人が必死で自分のキャラを守りながらポロポロとやりきれていない部分がこぼれ出すっていう多面性が良い味になっている。ほんと、花澤は黒髪キャラが多いなぁ。そういや作中で出てきた「厨二御用達アニメ」がどう見てもどこぞのブリタニア国王アニメなのだが、他社作品を形の上とはいえ誹謗中傷の対象にしてしまっていいのだろうか。カレンとかヴィレッタとか、男性向けエロだっていっぱいあるわ! そして、そんな2人のメインヒロインを引っ張るサイコガンダムまたはビグザム役は、ほんとどこでも使える声優、生天目仁美。途中から「若手声優2人を好き勝手に連れ回すナバ」にしか見えなくなっていたんだけど、実際に花澤・竹達に囲まれたナバは幸せに違いない。彼女は回りに軍団を形成するよく分からないカリスマ性があるので、役とのシンクロ率が妙に高い気がして面白かった。 以上、ほとんど中の人の話題でお送りしました。だって、他に触れようが無いんだもの、この作品。あぁ、そういえばこの記事のタイトルを書くためにこの作品のwikiページを見に行ったのだが、あまりに大量に並んだ出典・参考文献を見てドン引きした。ラノベ読者って、こういう病気の人間がいっぱい居るんだろうか。なにそれ怖い。
何このいい話! 最終話。いやぁ、魔法大合戦が起こった時にはどうしたらいいかと思いましたが、最後の1話はまるで心を入れ替えたかのようにすっきりと終わりましたな。
美風を撃退しても何の変化も無かった未来世界からの連絡により、ノストラダムスの鍵とは、他でもない文明自身、いや、文明とこの時代のエスパー少年、ブンメー君の接触であることが判明する。逆に言えば、文明がこの時代の自分との接触さえ避ければ、未来は無事であるはずだ。マヤの機転でブンメー君の母親を追い返してしまい、これでちゃんと文明も終業式にも出られるようになる。短い間ではあるが、自分たちが教えた生徒達との別れはきちんとしておきたい。 現代で母親と会い、過去の自分に思いを馳せることで、多少感傷的になってしまった文明。結局、この歳になるまで、自分の意志で何かを選び取ることもなく、ずっと他人に流されっぱなしだった自分の人生。今回だって、マヤに対して募る思いもあるが、そんなことは口にすることはかなわない。終業式での別れのスピーチも他人からの借り物だし、自分がこの時代に残せたものなど、何一つ無かった。 しかし、歴史は繰り返す。突然のキャンセルで予定が狂った内田親子のトラブルにより、ブンメー君は1人で勝手に遊び歩き、あろうことか、学院の屋上に上っていた。会ってはならない2人の邂逅。待ちかねたかの様に次元が歪み、世界を滅ぼす「恐怖の大王」が降臨する。絶望に立ちすくむマヤだったが、文明は悟りきった表情で幼い自分の頭を撫でた。「自分の意志でここまで来たなら、これからも自分の足で歩め」と訓戒し、残された自分の、最後の意志をまっとうするため、怨敵に向かって万感の思いと共にスプーンを掲げる。「歴史が変わるのはここからだ」。全てをなげうった文明のサイコキネシスにより、異次元から訪れた生命体はことごとく崩壊していく。「俺を頼んだ!」。文明の最後の言葉だけを残し、歪んだ次元は全て修復された。残されたのは、神代マヤと内田文明。自分の足で歩むことを知る2人の若者。 未来は修復された。全てを観測していた神代純一郎は、宿願かなって平和が戻った街中を、失ったはずの愛娘の家庭へと帰路につく。マヤの家庭、表札にかかる名字は「内田」。テーブルを囲むのは、純一郎、マヤ、フミアキの3人。食卓のカレーの脇には、3本のスプーンが置かれていた。 すごい。本当に久し振りに見た気がする、こんな綺麗にまとまったエンディング。この作品に細々と紡がれていた「まともな要素」たる縦糸が、ここで綺麗に収束し、実に清々しい余韻を残しながら終幕を迎えることが出来た。途中で迷走(?)を見せたこの作品、最終回がこの形になったってんなら、もう許される気がする。 今回のシナリオとコンテは、かなり「語るべき部分」を意識的に減らしており、最終回でありがちな「とにかく説明と帳尻あわせに必死で、シナリオの魅力がそがれる」という現象が起こっていない。エンディング前の純一郎に視点が映ってからのあれこれは本当に見事にエッセンスのみを凝縮して、それを本当にうまい形で提供してくれており、不覚にも鳥肌が立ってしまった。 そのあたりの分析をする前に、一応今回気になった部分だけ上げておこう。それは、「何で文明はそこまでして終業式に出たかったんだろうね」という部分。あのスピーチのシーンを見れば、彼が壇上に上がりたかったわけではないことは自明。生徒に対する責任なんてものはこの男は感じていないだろうし、世界の危機とはかりにかけてまで、終業式に出たがったモチベーションが分からなかった。母親と会える、という部分、もしくは過去の自分と会える、という部分をモチベーションにしていたように見受けられたのだが、文明にとって「過去の自分」は辛い記憶の1つであり、極力思い出したくない要素であるように思っていたのだが……そうでもなかったんだろうか。 一応、自分なりに理屈を付けると、彼が残りたかったのは終業式のためではなく、1日でも長くマヤと一緒にいたかったため、という案。ただ、この場合でも「自分から帰る選択をしてしまっている」時点であまり説得力はないのだが。屋上でマヤに何か言いかけてやめてしまうシーンがあり、結局彼はマヤに自分の気持ちを一つも言わないままでこの世界を去ってしまったわけだ(もちろん、最後にひとこと「俺を頼む」という最大限のプロポーズはしているわけだが)。ヘタレのヘタレたる結末といえるが、マヤ自身も文明に対してはっきりと何かを伝えたわけではないので、この辺はおあいこか。 もちろん、こうして2人が互いの気持ちをはっきり言葉に出来なかったことについては、その後の展開できっちりフォローされている。それが「この世界にいるブンメー君の方と家庭を持ったこと」。消え去ってしまった方の文明とは何も無いまま終わったが、彼の唯一の望みである「俺を頼んだ」というメッセージを、マヤは責任を持って果たしたわけだ。このとき、マヤが高校生、ブンメー君はいくつかは正確に分からないが、多分小学校低学年くらいだろう。ちょいと年の離れた姉さん女房である。 で、この「マヤと文明が家庭を持った」という事実であるが、このことを示すのはCパートで流れた表札、食卓の描写、そして純一郎との通話だけで示されているわけだが、この含意の持たせ方、それぞれのツールの使い方が抜群にうまい。 1番象徴的なのは、今回あらゆる場面でスポットが当たった「スプーン」だろう。文明は、カレーですら箸で食べるほどの「スプーン嫌い」であるが、これは幼い頃の記憶が原因。スプーン曲げが出来るばかりに、母親との関係性が悪化し、自由も奪われてしまった不幸な幼少期。彼にとってスプーンは忌むべきものであり、逃げなければいけない端的な「脅威」である。幼いブンメーはカレーを食べることこそ出来たし、ジャケットの内ポケットにスプーンを忍ばせていたわけだが、母親との食事シーンで既に拒否反応が出ていることが分かる。いわば、「スプーンが使えないこと」は、内田文明の人生の中で、「自分の意志を持たずにただ流されるだけの情けない自分」の象徴である。 しかし、クライマックスのシーンでは、文明は自らこのスプーンを握る。飽き飽きしていた流されるだけの人生。変えることが出来る、変えなければいけないそんな自分に対し、「歴史が変わるのはここからだ」と宣言し、人生そのものをも、サイコキネシスによってねじ曲げてしまう。奇妙な侵略者たちをボコボコに歪ませ、最後のシーンでは見事にスプーンの頭が落ちる。「変える意志」を示し、マヤに託すことで、その意志は幼い自分に受け継がれるのだ。 具体的な描写としては、その後は「自分の足で立て」と命令するマヤがあり、一気に食卓のシーンへと飛ぶわけだが、この食卓には、きちんとスプーンが載っている。つまり、あれから歳を重ねたブンメーは、スプーンの苦痛を自らの意志で乗り越えてみせた、新しいブンメーなのである。消えてしまった文明の狙いは、3年の時を越えて、見事に結実したことがたった1本のスプーンから伝わってくる。 また、細かい点ではあるが、電話口のマヤは、「今日はフミアキも早いから」と、自分の夫の名前を「フミアキ」と呼んでいる。前から気になっていた「ブンメイ」と「フミアキ」の呼び分けだが、ここに来てようやく、マヤは「フミアキ」と呼ぶことが出来た。今までは母親と美風しか呼ばなかったその名前が、2人の関係を実に端的に物語っている。もちろん、単に晩ご飯のことを伝えるためだけにマヤが父親に電話した、というのも非常に象徴的で、紆余曲折のあった神代家の父娘関係は、最良の形で収束しているのである。あらゆるエピソードをまとめあげた「壮大なハッピーエンド」のはずなのだが、それを大仰にアピールせず、さりげない食卓の画1枚で表現仕切ったその構成力が、本当にたまりません。 蛇足とは思うが1つ気になる点をあげておくと、異界の生物に無謀とも思える戦いを挑んだ文明は、別に塵芥となってかき消えたわけではないんだろう。全ての敵を殲滅した時点で、地球の未来は改変を余儀なくされた。純一郎が基地から外に出た途端に入り口が失われたのと同じように、未来が平和になった瞬間、タイムワープしてきた文明は「無かった」ものにならなければいけない。だからこそ、あの瞬間に文明は消えたのだ。決して、戦死したわけではないと、そう思いたい。それが証拠に、提供クレジットバックのイラストで、文明の上には天使のわっかがついてないからね(川島教頭は本当にアレで死んでしまったんだなぁ……)。 なんだか長ったらしくなってしまったが、とにかく、今回のラストシーンは、昨今のアニメの最終回の中でも出色の出来であると思う。アニメノチカラとは、こういうものを言うんじゃないだろうか。満足でございます。 |
ブログ内検索
リンク
最新記事
(06/17)
(06/16)
(06/16)
(06/15)
(06/15)
(06/14)
(06/13)
(06/13)
(06/12)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
アーカイブ
|

