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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
最後にタイトルどん! 最終話! さぁ、考えていこうか。 多分に観念的なお話ではあったが、1つ1つの要素を解きほぐしていくと、意外とシンプルな結論は得られそうだ。まぁ、単に私がシンプルじゃないと飲み込めないせいで都合よく解釈しているだけの可能性も大いにあるが、これはこれで1つの解釈だと思っていただきたい。 結局、大仰に振りかざしていた「本当の愛」ってなんだったんだ、というのが端的な問題意識だったわけですよ。そこで我々俗人は余計なことを考えてしまい、「茉里を選ぶのか、ルカを選ぶのか」、より下世話な言い方をするなら「百合かノンケか」みたいなことに勝手な妄想を膨らませていた。しかしララが、人魚という種族が抱えている問題はそのレベルですらなかった。今回冒頭でリサが茉里に対してぶつけた文句が全てな気がする。要するに「人間」と「人魚」という種族の断絶の物語である。ララたちは「どの人間を選ぶか」なんて話じゃなく、「人間と手を取れるか」というレベルの話に決着をつける必要があったのだ。 何故そんな根本的な部分から齟齬を抱えていたのに、今までそれが顕在化してこなかったかといえば、我々が人魚側の情報にばかり踊らされていたため。リサやローワン、人魚たちにとって「人と対等に愛し合う」なんてことはあり得ない選択肢だったのだ。リサ曰く、「人間と人魚は元は1つだった」「それが遥か昔に分たれ、人間は醜い2本足へと堕してしまった」とのこと。我々人間サイドから聞いたら単なる侮辱だし、なんて理不尽な価値観だと思ってしまうが、海の底で停滞していた人魚の世界から見た地上は間違いなく忌むべき対象だった。そして、その「差別」を認識する一番分かりやすい差分が「尾鰭と2本足」である。 なんで二足歩行しているだけでそんなに蔑まれなきゃいけねぇんだ、と思うかもしれないが、本作のそもそもの起点が「人魚姫」であることから、これはもはや覆しようがない。誰でも知っているアンデルセンの「人魚姫」はとても理不尽な物語だ。純然たる「悲劇」として描かれたその物語を起点としているのだから、悲劇的な困難を打破することこそが今作に与えられた使命である。それは生産的な恋愛観を育む以前の問題、理不尽にまみれ、長年の軋轢を維持し続けた人魚と人間の関係性をマイナスからゼロに戻すことこそが、ララに与えられた使命だったのだ。「生産」ではなく「精算」。そう考えると、やはり今作の理念はなかなかに理不尽である。 ララは魔女グレイスの意志を受け継ぎ、「精算」を果たす可能性がある人物であった。しかし、リサたち頑なな人魚にその姿勢を揺さぶられ、さらに「本当の愛」にまつわる伝承の曖昧さで振り回されることになる。「愛」が分からない状態でルカだの茉里だの「人間」だの、そんな目の前の課題に翻弄され、一番大切な自分の使命からどんどんかけ離れたところへ向かっていた。しかし、此度の動乱で何もかもが一度はおじゃんになり、逆説的に根源的な問題意識へと立ち戻ることができたのだ。一個人との情愛をどうこういうレベルではない。ララが迫られた選択は、人間という種と手を取り、共に「歩んで」いけるかどうか。ぶっちゃけ、その相手が茉里だろうがルカだろうがどうでもいいのである。いっそ何人でも構わない。ララが「肩を並べて歩ける」存在を認めることができれば、長きにわたる断絶を打ち破る「本当の愛」に辿り着けたのであった。 きっかけはもちろん茉里であろうが、だからとてララのこの先の人生の全てが茉里と共にあるかは分からない。ララにはまだ経験が足りない。彼女の人生経験の総量を考えれば、琵琶湖だってまだまだ小さすぎる。ちっぽけな島国のちっぽけな湖。そこを飛び出し、人魚姫は大海を知ることになるのだろう。そのためにはひとまずの「さよなら」だ。 時を経て、ララが茉里とうまい酒でも飲める日が来れば、それはきっと幸せなことなのだろう。 PR
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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