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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
ありがとうーちゃん!! はい、2回目です。実は色んな作品で行く行く詐欺してるけど実際に複数回劇場に足を運んだのは久しぶりかもしれない。ユーフォは2回目も観たかったんだけどスケジュールがなかなか合わずにね……。 今作に関しては時間が短いのでサクッと観られるって部分も功を奏して再訪がやりやすかったってのは不思議なもんですが、モチベとしては週末にライブがあるので、その前にもう1回フィルムライブを確認しておきたかったってのがあります。配信があるかどうか分かってなかったけど、無事に(DAY2のみだけど)配信の発表があったので、そちらの前にちゃんと「予習」しておきましょう。すでにりこちによって「映画の曲もやるで〜」と断言されてるようなもんなんでね。全曲やるかは分かんないけど……そして個人的には出し惜しみしてもらっても全然構わないんだけど……多分世の共犯者の皆がBADDY BADDYを生で聴きたいというカルマを背負ってしまっているので、何とかそこだけでも実現すると嬉しいですね。 ちなみにその他のモチベーションとして「特典が欲しかった」「特典のついでにアワーノーツのシリアルコードももらえる」などがあった模様。流石に完凸のために5回は通わないと思いますが、2回目くらいまでは行きたくなっちゃうわよ。なんかね、よそ様の感想をつまんでると「1時間足らずで1900円の固定料金は高い」みたいな意見はちらほらあるんだけど、その気持ちはある程度理解しつつ、別に時間の問題じゃねぇだろ、とは思う。この1時間の映像を叩きつけられてなお不満が残るようであれば、それはもう、しょうがないよ。俺ァこの密度で情報を浴びたらお腹いっぱいですので。 <というわけで2回目のくせして一応折り返し>
1回目と違って2回目は余裕を持って色々と見回せるようになったので、追加要素を書き殴っていこう。まずは第一幕、いわゆるフィルムライブから。これさ、1回目では全然気づいてなかったんだけど(あたり前だけど)あのライブ映像って、祥子たちが言ってた「シークレットマスカレード」の模様なのね。だから時系列は一幕と二幕で前後してるってことになるんだけど、開幕冒頭でモブが「シークレットマスカレードありがたすぎるんだが」みたいなことを言ってたし、流石にあの黒フードの集団が普通のライブとも思えないので、このライブがMujica肝入りで、豊川祥子がグループ傘下から離れてなお作り上げた渾身の世界だと言われると、また少し見方も変わってくる。 テレビシリーズ時点で幕間の寸劇は存在していたわけだが、祥子の作るMujicaの世界って、キャラクターに固定した設定はないんですよね。テレビシリーズの時にはオブリビオニスが絶対神だったけど、今回はその座をティモリス・ドロリスが争い、オブさんは脇役に徹している。だから、多分この世界のMujicaファンも毎回「今回のティモ様はどんな配役なのかしら」ってんで新鮮な気持ちで見られるんだと思う。まぁ、考えようによっては「音楽の世界ムジカの王役のティモリス役の八幡海鈴役の岡田夢以」みたいな死ぬほどややこしい入れ子構造になってしまうのだけど。 とにかく、今回の寸劇は少なからず祥子の決意というか、新たな挑戦が盛り込まれていると考えられるわけだ。そしてその物語は「忘却」が一旦脇に退き、「恐れ」が支配していた世界を「悲しみ」が乗り越えるというお話になっている。なんだろね、豊川という財閥の支配から抜け出したという脱却の中に、それでもなお世間の荒波に揉まれて生きる苦闘の中にいる自分たちでも重ね合わせただろうか。ただ、それでもなお「悲しみ」は死んだはずの「恐れ」に縋りつかれて影響を受けていたというのは難しいところ。ティモリスはドロリスに貫かれて「死亡」するんだけど、そこから例のマスク(死と密接につながる彼岸花のデザイン)を装着し、概念的にも「ティモリス」に成り果てる。そんな「恐れの影」に纏わりつかれたところから、ドロリスは「死」を乗り越え、「愛」と「忘却」をも従えて新たな世界へと一歩目を踏み出すのだ。その辺の脚本の意図は、豊川さんがどれくらい意図して書いているのかは気になるところ。ただ、客席にどれくらい届いているかは分からないが、ドロリスは間違いなくsumimiという半身を切り捨てた初華を背負っているはず。もちろん初華自身に(まなちゃんへの申し訳なさはあるだろうが)迷いはなく、次へと歩み出す物語はむしろ希望に満ちているというのは……今後のまなちゃんの動き次第で意味が変わってきそうだな。 楽曲演出について1つ気づいたことがあるので触れておくと、何かと話題の「BADDY BADDY」。セリフ回しやら曲の内容が「ほんとにこれMujicaの曲か?」みたいに言われている部分もあるようだ。実際、「顔」の時にもあれだけ衝撃的だったのに、そこからさらに振り切れたニュー初華さんのパフォーマンスは吹っ切れたってレベルじゃねぇ変化にも見える。ただ、やっぱ三角初華はちょいとした天才なので、祥子さんから「こんな風に演出なさって」と命じられれば、その意図の通りに120%のパフォーマンスができる人間なのだ。勝手な想像だが、「BADDY BADDY」って多分「愛」の曲なんですよ。作中劇の流れを見ると、実はこの曲がかかるのはティモリスを打ち倒したドロリスが失意に暮れているところを、革命者アモーリスが刺し貫いた直後にかかる。つまり、その時点で一時的とはいえ世界は「愛」に革命されてるはず。劇の展開としては、そんな「愛」に対する祝賀に加えて、その儚さまでもを表現したのが「BADDY BADDY」だったのではないかと。その証拠(?)に、最後の挨拶のところでアモーリスは剣を振りかざして力強さをアピールしてますんでね。このバンドにおける最大の刃って、やっぱにゃむなのかもしれないね。 続いて第二幕のあれこれ。最初の感想で5人の立ち位置に関してはざっくり書いたのだが、その時にはあんまり覚えてなくて(1回目ではそこまで注目してなくて)濁していたのが、睦の存在だった。彼女についてはテレビシリーズでそれなりに脚光を浴びたから今回は控えめだったのだろう、という推測は間違っていないと思うが、それにしても彼女は今回ふわふわと捉えどころがない。おそらく視聴者側の興味は「今、若葉睦という人格はどうなっているのか」だろう。もっというならば「モーティスは生きているのか」みたいな話かもしれないが、私は一貫して「モーティスだの何だのいうて、結局それは睦がかぶるペルソナの1つでしかないので、本質的には人格の分離という考えに意味はない」というスタンスであり、モーティスに関しては生きてるも死んでるもなく、ただ「中にある」だけだと思っている。 ただ、そうだとしても表に出てくる代表的人格(に見えるもの)が何かというのは一考の余地があり、今回の短い時間の映像では、「現在の若葉睦」の人格が明確な形で形成されているようには見えないのである。まぁ、上映前のマナー講座のインパクトがでかいせいもあるが……。たとえばライブパフォーマンス中はいわゆる「モーティススマイル」を浮かべるシーンもあるのだが、テレビシリーズの時のように明確にオンオフが定まっているような演出にはなっていない。優れた身体表現力を活かして優雅に舞うモーティスだが、回るたびに顔が変わったり、「モーティスだ」と強調するでもなく柔らかい笑顔を浮かべたりもしている。おそらく、これこそが現時点での睦の新たなペルソナの1枚なのだ。 「ペルソナをつけるのは舞台上だけなのか」と言われたらおそらくそんなこともなく、たとえばにゃむ(&海鈴)から食事に誘われた際の「やったぁ!」は絶対に生来の睦の反応ではないだろうから、モーティスか、もしくは他の何か(みなみちゃんかもしれない)の模倣である。レストランでも「努力は評価される」みたいな話をしていた時には睦っぽさが薄かったし、「しゅわしゅわは少しずつ飲んだらケプってならない」は「たーくんが言ってた」なので明らかにみなみちゃんの模倣。結局、若葉睦の生き方はあの一件の前後で大きく変わってはいないのだ。ただ、多少は「演じること」への忌避感はなくなった可能性はあるが。ちなみにそんな睦の「本当」をただ1人見つめ続けているのが幼馴染の祥子であり、レストランのシーンでも「睦はどう考えてるんですの?」的な視線を向けているし、その後2人のタイミングで「現場は楽しい?」と心配して声をかけてもいる。この時の睦の答えは肯定的なものだったが、祥子はそれを心から喜んでいる風でもなく、「まぁ、一旦そういうことにしておきますわ」みたいな表情にも見える。祥子がMujicaの露出を減らしたり、バラエティへの出演を蹴ったりしているのは絶対に睦のことを心配しての行動だが、そうした気遣いによって、睦が救われ、満たされているかどうかはまた別問題である。 もう1つ、どうしても印象的で忘れられないセリフを発した人間がいたので触れておきたい。それは三角初華の印象的な一言、「祥ちゃん、嘘ついてるよね」である。……いやまぁ、祥子のことを一番よく見ている人間なのだからそのことに気づくのは別におかしくないのだが……それを何の躊躇いもなくしれっと言えてしまうあたりがだいぶやってんな、とは思う。だってさぁ、あれだけ長いこと私欲のために「嘘」をつき続けた奴がさぁ……あの問題は片付いたと認識していたとしても、そこで祥子の「嘘」を暴こうって発想になるのはすごいよ。まぁ、「欲深い」女ですので、目的のためなら手段は選ばないのでしょうが……そのとばっちりを受けたのがまなちゃんなのはやっぱ可哀想。2回に見たけどやっぱ可哀想。あの状況で「私がういかちゃんの分まで頑張るから」って言えるまなちゃん、流石にちょっとヤバいと思う。初華側の心情については……まぁ、私は理解を示せる派。これは別にまなちゃんに対して薄情だってわけじゃないんだよな。単に初華の中の祥子が特大すぎるもんだから、相対的にまなちゃんが小さくなってしまうだけで……いやまぁ、理不尽なんだけどさ……。 あとはやっぱ気になるのはうーちゃんかな。あの変なマネージャーみたいな人から誘われて「私はAve Mujicaのティモリスなんですよ」から「あんな魂でつながる関係……」って春日影を思い出して、その直後にボソッと「シークレットマスカレード……」って繋がっていたので、どうやら彼女にとっての「執念」はあのライブに込められていたようです。そこでのティモリスの情念は「死してなおすがりつく闇」だったのが怖いが……まぁ、脚本は祥子が書いてるでしょうから、海鈴としてはあのティモリスの配役は納得した上で演じているんでしょう。それだけ信用されたくて、誠意を見せようとしていたティモリスからしたら事務所を抜ける話は寝耳に水だし、何より、祥子がマネジメント能力を高く買っているはずの自分にその計画を直前まで話してくれなかったことで彼女の信用マインドが大きく傷ついてもいる(だって初華は知ってたんだもの)。今回の映画ではまだ海鈴の物語は始まってすらいない。次のシリーズでは、是非とも彼女を痛みで叫んじゃうくらいまで抉って穿って掘り下げてほしいですね。 追伸:そういやさ、なんか今回の映画からにゃむちのおっぱいでっかくなかった!? 元からこのサイズだっけ!?
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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