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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
身勝手な救済、第12話。「勝手に救われとけ」って話だが、もしかしたら今作のコアはこの辺りの概念にあるんじゃないかという気がしてきた。そこが、これまでのバンドリシリーズとは毛色が違うところで。 ついに、今回のお話でこれまでバンドリシリーズが10年描かなかった要素が初めて描かれたのだが、それがなんだかお分かりだろうか? 今回のサブタイトルにもなっている「失恋」である。まぁ、これも捉え方次第ではあるのだが、基本的にバンドリ世界線で「恋愛」は描かれない要素だ。いや、異論は多かろうが、まぁそういうことにしておこう。ただ、「どう考えてもこれは恋愛としか形容できないだろ」という関係性も時には(いや、しばしば)こぼれ落ちてくるもので、様々な同性間の関係性を描く物語の世界を見て、ファンは一喜し、一憂するのである。とはいえ、世界のスタートラインは戸山香澄の「キラキラドキドキ」である。基本的には祝福されるべき関係性が取り上げられることになるので、「恋愛としか形容できない関係性」がバッドエンドに終わることはない。それはどうしたって、心に傷を残してしまうからだ(個人的には美竹蘭に置いてかれた青葉モカの境遇は失恋なのではないかという議論もしてみたいが、まぁ、それは流石に曲解というものだろう)。 翻って、今作の場合には何が起こったのだろう。何が「別れ」だったのだろう。これはもう誰の目にも明らかであり、「都子がビオラにフられた」ことを言っている。本人が言及している通り、都子がビオラに対して抱いた感情はどう足掻いても恋愛感情(度を越せば信仰とも言えなくはないが)。そしてその感情をビオラが拒絶し、都子も関係性の断絶を認め、受け入れた。これを総じて「失恋」という。藤都子は、公式に初めて「失恋」したバンドリメインキャラクターとなった。しかし、なぜそんなシーンが描かれることになったのか。勝手に妄想を膨らませるなら、それはゆめみたというバンドの本質、ひいては今回のアニメシリーズの本質に「エゴ」が深く関わっているからであると考えている。 極論すれば、あらゆる感情というのは身の内から湧き出るものであり、どこまで行ってもエゴイスティックなものである。まぁ、そもそも「エゴ=自我」であるから当たり前なのだが、どんな感情も、他者はそれを正確に受け取ることは叶わず、時にすれ違ったり、時に共感に咽び泣いたりする。通じ合えることの幸せ、つながることの美しさこそ、焦点があたればそれはキラキラドキドキにつながるのである。 そして、これまでは当たり前のように描かれてきた「他者への想い」がバンドリ世界線でも少しずつ変質し始めている。その突端は自己の安寧のためにCRYCHICの再結成を願った長崎そよにまで遡る気がするが、そこから互いの性格の悪さを認め合う千早愛音へと伝播したし、そよのエゴは豊川祥子を歪めた。欲しいもののために全てをなげうった三角初音の物語も、「恋愛」には違いないがひどく独善的なものが混ざっていた。それでも、MyGOは和をもっててぇてしとし、Mujicaは「共犯者」としての理知的な融和を手にした。 そしてさらに時代は進み、みゅーたいぷの時代がやってきた。これまでのバンドに比べて、こいつらのつながりといったらどうだ。先週まで暴れ回っていたユノ、ただ唯我を顕すだけのののか、彼女たちに「獣性」を見出すのは、やはりそのエゴの強さの表れではないのか。唯一、あられと律の関係性においては思いやりの精神が強固であるが、あられは未だユノや都子に対しては自分の「好き」を一方的にぶつけているし、彼女が示す敬意の形は、「バンドのメンバーとして」のリスペクトの形としては歪であろう。どこまでも我を通し、欲のままに5人が5人のたどり着きたいところを目指している、それがみゅーたいぷの現在の姿である。 これは別に既存のバンドとの優劣を示すわけではないし、個性主義を尊重した結果だと現代の価値観をくさすものでもない、ただ、そうしてつながりを生み出したトンチキな5人組がいたというだけの話である。 そして話は都子へと帰結する。彼女は何故、バンドリキャラで初めて失恋するに至ったか。それは、彼女のエゴが他者への依存を切り捨てたことを示すためだ。どこまでも身勝手に、藤都子は「勝手に恋愛をして」「勝手にフラれた」。ビオラというオリジナルキャラが創造された理由はただ1つ、この「後腐れのない一方的な失恋」という意味不明な状況を成立させるためなのだ。恋をして、失って、都子は自我を手に入れた。溢れる才能を持ちながら「からっぽ」と卑下する都子。周りの腹立たしいメンバーのことなど気にせず糧にし続けることを宣言する都子。「人を愛さない」と言い放つ都子。「愛」を要さないバンドリキャラなど、これまで存在が許されなかった。しかしこれからの時代、「欲」が光を放つことになるのである。 無茶苦茶だと思うだろうか? そんな奴は許されないと思うだろうか? しかし、改めてサブタイトルを見てみよう。このタイトルは都子とビオラの「別れ」を意味している。しかし、都子はビオラを相手に身勝手すぎる口上を勝手に宣った。彼女はビオラに、そして全視聴者に訴えた。「こんなどうしようもない自分を理解し、認めろ」と。つまり「分かれ」と。 愛を知らぬ愚か者はただ受け入れるしかない。「感涙しました!」と。 PR
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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