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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「お前のは分かりにくいんだよ」最終話! さすが義満公、言いにくいことをばっさりと言ってくれる。でも、ほんとそう。そして芸能の機微なんてもんは、得てして分かりにくいもんでして。 これにて仕舞いかぁ。ふむ、分かるようで分からない、でも少し分かるお話でしたね。多分この分かりにくいいかにも日本的な決着(?)について、少しでも説得力を増すための方策として「犬王との対比構造」が組まれたのだろう。犬王が見せたのは徹底的に個人の技術に依拠した文字通りの「一人舞台」で、卓越した犬王の身体能力がなければ実現し得なかったもの。当然その超絶技巧に人々は魅了されるし、「国が支えるべき舞の文化」ってのはこういうもんだと思わせるだけの説得力があった。そりゃ義満だってこっちの方が好きだ。 対する鬼夜叉は、そんな犬王の舞を見て以降ずっと自分の立ち位置に悩まされてきたし、いうことを聞かなくなってしまった自分の身体にもなかなか折り合いがつけられていなかった。しかし、悩んだ末の実家で気づくことができた「初心」。そこには猿楽のいろはを叩き込んだ父がいて、切磋琢磨してきた石也が、五郎がいた。周りには舞の修練を重ねる小さな子供もいて、脈々と受け継がれる観世座の歴史が息づいていた。 そこで単に「この座の伝統を守りたい」で落ち着いていれば鬼夜叉も単なる人の子で終わっていたのだが、そこからもう一歩進めたのが彼の歴史的な偉業なのだろう。「良いものは守らねばならぬ。そして、守るためには変わっていかなければいけない」。彼が初心に戻って得た結論は、自分の身体性を超えたあらゆる「座を取り巻く環境」、否、「猿楽という文化を取り巻く環境」を全て飲み込んだ上で、それを再出力して舞の形に残すこと。そしてその形状に名前をつけてやること。個人で作る舞には限界があるが、形成と継承が進めば、それは身体の檻を破り、歴史・文化に根付く「形」となっていく。そして今、その形には「能」という文字が当てられている。 今回の舞台で、鬼夜叉の狙いが一般大衆に届いたかどうかは定かではない。客席にはブーイングと共に帰っちゃうお客さんもいたし、「遅すぎる」シーンなど、どうしたって頭でっかちで理解の及ばない場面もある。おかげで義満にはあんなことを言われてしまったわけだが、少なくともこれまで猿楽を見守ってきた人間たちには、鬼夜叉の思いはいくらか届いたようである。千晴、増次郎、そしてコガネ。全ての出会いを巻き込んだ鬼夜叉の人生は、次第に鬼夜叉という個を離れ、「風」の「姿」を「花」と成し、「伝」えられるべきものとなっていく。とてもではないが一個人が大成させられるものではないだろうが、鬼夜叉の目指す「良い」形とは、時代のくびきを飛び越えて、未来へと伝えていくものなのだ。 成ったか、成らずか、鬼夜叉はそれを感じて人生を送ったのだろうか。判断すべきは、数百年後の未来に生きる、我々なのかもしれない。 PR
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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