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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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○「Bang Dream!ゆめ∞みた」 7

 また新たな陵辱劇が幕をあけるというのか……。そうですね、そのラインですね。

 さぁ、新たな時代の幕開けの目撃者となろう。前代未聞の世界をぶち上げたアニメバンドリシリーズの新展開。先にお断りしておくが、私はマイムジで魂を捧げる契約を交わした身であるため、基本的には全力で贔屓していく所存。初回3話一挙放送となった今回も、出力はMAX、最高のスタートに狂喜乱舞の身の上である。

 一応、あんまりフォローしてない人にも向けてまとめておくと、この「ゆめみた」はバンドリシリーズでは10個目(男チームも含めるとそれ以上)のバンドである「夢限大みゅーたいぷ」を取り上げたもの。ゆめみたはメンバー全員がVTuber=キャスト=キャラという攻めた設定になっており、おかげでキャストロールにもキャラ名=キャスト名しか出てこないという特殊な設定。結成後しばらくはVの姿のみでメディアに出演し、本人が出演する場合には幕の中に隠れての共演というずいぶん歪な姿をとっていたが、どっかのタイミングで中の人が解禁され、めでたくリアルライブでも自由に演奏できるようになった。先ごろ「47都道府県横断ライブ」なども決行され、バンドリシリーズのリアルバンドの中でも最も精力的に活動しているチームの1つである。

 アプリゲームへは未実装であり、既存のバンドとの絡みはゼロ。先ごろ正式にリリースが告知されβテストが終了したバンドリ2つ目のアプリゲーである「アワーノーツ」に登場することが決定しているが、その設定公開の際、「新規バンド組はこれまでのバンドたちとは時系列を異にする」という衝撃的な事実が明かされた。ポピパから始まりモニカまでのバンドは全員が旧作アニメでも共演済みであり、新規軸を打ち出したMyGO!!!!!、Mujicaの2バンドは拠点とするライブハウスが異なるという設定だったが、こちらは同じ時系列の同じ世界で何度も共演を果たしており、MyGO!!!!!だけはゲームでも実装済み。つまりMujicaまでの9バンドは「元祖世界線」と言える時空の存在。そしてこれまで「キャラ」としての設定は明らかにされてこなかったゆめみたが、いよいよこのアニメでヴェールを脱ぐわけだ。ただ、「時系列が異なる」とは言っても、今回のアニメ作中で律が「Roseliaの曲やって」とリクエストされていることから、そんな遠大な差があるわけではなさそう。せいぜい数年単位で学生としての活動期間がずれているとか、そんな感じなのだろうか。

 閑話休題、そんな設定のゆめみたであるが、私はこれまで意図的に情報取得を避けてきた。理由としては「想像以上にMujicaにハマってしまったせいで推し活のキャパを超えて新規を受け入れられなかった」というのが1つと、あと「そもそもVTuberという存在が今ひとつ理解できてない」という理由もある。一応「キャラが付随してない段階でバンドだけ追いかけるのはバンドリプロジェクトの理念としてなんか違うだろ」というのもあるのだが、これについては「いや、でもお前設定が明かされる前からMujicaは追っかけてたじゃん」と言われると黙るしかないので気のせいである。

 まぁ、全体的にキャラの雰囲気とか音楽性とかもそこまで熱心に追わなくてもいいかな、くらいで受け止めてただけなのだが、いよいよもってここに「キャラ」と「世界」と「物語」が付随するようになり、無視できない存在になってしまった。バンドリプロジェクトの最大の売りは、なんと言ってもそのキャラ設計の頑強さにある。「5人1組でバンド」という関係性の構築が明白であり、さらにリアルバンド活動やVTuberとしての活動も重ねてきたことにより、ドラマが始まる前からキャラを練り込む時間が充分すぎるくらいにあったわけだ。そのため、私のようにこのアニメで初めてキャラに触れる人間からしても、入念に作り込まれたキャラの端々が画面から溢れ出てくるだけでもだいぶ情報に溺れ気味。3話たっぷり使ってメイン4キャラの内実を掘り下げ、いいところも悪いところも全部全部見せてくれたもんで、もはや何年も前から追っかけてきたかのような錯覚を覚えてしまう。「おもしれー連中」を見届ける準備は万全だ。

 その上で、マイムジで培ったギスドリの精神は今回も健在。正直、Mujicaでげっぷが出るくらいに地獄の設定は満喫したので今回は底抜けおバカアニメでも別にいいと思っていたが、もはやバンドリ世界線にその選択肢はなさそうだ。ぱっと見にコミックバンドのように見えるゆめみたの奥底に流れているドロドロとして負の感情。「バーチャル」というテーマ設定から引き出される現代病にまみれた人間模様。さぁ、また色々とこじらせてくれそうである。

 今回アニメ感想が渋滞してたもんで3話一挙放送をリアタイできず、視聴前になんとなくSNSの感想なんかも流れてきていたのだが、界隈はギスドリの象徴であるビオラちゃんの話題で持ちきりである。CV本渡楓。この世界の闇を全て抱えて生まれてきた新たな煉獄。思い返せばマイムジの時だってこれほどまでに明確な「悪役」ってのはこの世界に存在していなかった。明確な「悪意」を中心に回り始めたこの物語、果たしてバンドリの新しい姿を見せることができるのか、はたまた世界観にそぐわず空中分解を起こしてしまうのか。要注目ではあるが、今更私はプロジェクトスタッフに疑念など持っていませんので、たっぷりと「見たいもの」を見せてくれるものだと確信しておりますよ。ほんとにいいキャラばっかりだしな。

 このままゆめみた沼にハマらないように気をつけなきゃ、というアラートは鳴りっぱなし。耐えてくれ、俺の自制心。

 
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 サブタイ通りの絨毯爆撃!! 最終話! 否! こんなん最終話であってたまるかよ! 焦土と化したこの地平に、救いが訪れるのは3ヶ月後だそうです。

 てなわけで無事に分割2クールが知らされたわけですが、それでもやっぱりこの展開はヤキモキさせられる。盤面上に想定されるあらゆる関係性に最後の一押しをググッと突っ込んでやり逃げ。まっこと酷き話である。

 まずは我らがメインヒロイン・こゆん。当人に意識が芽生えたとはいえ、一応湊側からはこれまでの反省もあって積極的な攻めは無い。うまく調整してやればこれまで通りの関係性を維持するのはそこまで難しくない、と思われていたのだが……動くのは残虐な小悪魔・桃香。今回のサブタイで表すなら「爆弾魔」と言ってしまってもいいのかもしれない。湊への積極的なアプローチにも手応えはなく、別角度からの攻め手として直接こゆんを揺さぶりにかかる。小悪魔の考えることはよく分からず、こゆんを焚き付けることでどのように自分側の利益を目論んでいるのかは定かではない。ただ、ここでこゆんに意識を持たせることでどんな形であれ状況は動くわけで、桃香にとって一番都合がいいのは「意識したこゆんが湊を拒絶してしまう」みたいな展開。そうでなくとも自分に絶対的な自信がある桃香の場合、こゆんが意識して平等に「湊を狙う立場」に立てれば正面から叩き潰す算段もあるのかもしれない。とにかくこゆんは一番立ちたくないステージに立たされてしまったことになる。

 外野の目もそうしたこゆんのデリケートな立場をハラハラしながら見守ることになる。今回一番のハラハラを体験しているのは、有能な観測者・霜月さん。ただ、彼女も純然たる観測者というわけではなく、事前に「こゆん、あなた傍から見てると湊のことを嫌っているように見えるのですよ」という一言で関係の改善を狙ったりしている。子犬のようにこゆんにくっついてくる湊を不憫に思ってのテコ入れが主な狙いだろうが、この2人の関係性については、霜月さんは陽太と並んで唇巻き込み組。どうにか進展してほしいという願いもあったのかもしれない。しかし直接的な刺激を避けようと思っていたところに……桃香からのナイフの一刺し。あまりに強引な号砲に、こゆんがどっちに走り出すのか、ハラハラもんである。

 そしてもう1人の観測者は熱川さん。彼女は桃香を応援するためにこゆんを敵対視するかと思われたのだが、今回こゆんと湊が2人でいるシーンを守ろうと動いていた。どうやら以前心配していたような「熱川姉との確執」について、こゆんにそこまでネガティブな印象はなさそうだ。その後もじっとりとこゆんを観察し続けており、もしかしたら自分の目でこゆんの人物像を見極めようとしているのかもしれない。優希との関係性もちょっと気になるところだが……今はまだ3組目のカップルとか気にしてる余裕はないねん。

 というわけで今回最大の爆心地となってしまった陽太・美姫組。ここはもう、ほんとに想定された通りの苦しみ方をしている美姫が色々と大変で……。これさぁ、おっかないのは最初に美姫がバイト先の先輩と相談してた時の対話の流れなのよね。そうなんだよ、男側からの告白って、時に「加害」になりかねないんだよ。これってほんとにどうしようもないことで。もちろんこの2人に関しては警察沙汰になるような意味での「加害」ではないのだけど、告白ってのはある意味では我を押し通す自己満足な行為には違いない。結果が伴えば美談になるが、それで傷つく人が出てくるかもしれないということで、誰もが二の足をふむ行為なのである。もちろんそれを一番よくわかっていたのは陽太さんだったわけだが、あまりに追い詰められ、これ以上はオペレーションが不可能だと判断しての踏み切り。この判断は誰にも責められるものではないし、その後の対応だって、彼が出来る最善のものだったのは疑いようがない。

 それでも美姫は苦しむことになる。誰が悪いわけでもない。ただそこに一組の男女の機微がある。あとはもう、2人で解決してもらうしかないのだ。

 3ヶ月後まで、この熱を保温できるとは思わないので一旦落ち着いてしまうだろうが、秋からの展開も今からドキドキだよぅ。

 

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○「ワールド イズ ダンシング」 6

 いきなり全然関係ない話なんですが、我が家ではこれをKBS(京都放送)で視聴してるんですが、提供が0社でクレジットなし、放送中のCMが全部ACのぽぽぽぽーん仕様だったんですよ。こういうのってなんで起こるんでしょうかね。

 てな話は置いといて、今作については厳密には初見ではない。最近多かった「原作漫画を無料分だけKindleで」パターンである。ただ、その記憶もずいぶん過去のものだし、そもそも1巻分しか読んでないので事実上初見みたいなものなのだが……面倒なのは、確か「なんか面白そうだな」と思った記憶はあるんですよ。「んー、続き気になるな。買ってみようかな、でもそこまで踏ん切りつかないな」くらいの印象があって、そのまま結局買わずにダラダラしてたらアニメ化しちゃったという。前クールの「姫騎士」と近い立ち位置ではあるのだが、あの作品よりも明確に「漫画買おうか」まで考えたはずなので、多分漫画の印象は割と鮮烈だったのだ。

 今回、改めて記憶を失った状態でアニメを1話目から追いかけていくわけだが、1話目を見てなんとなく当時面白いと思った理由が思い出せた気もする。まずもって時代設定が割と特殊。最近たまたま別作品でも南北朝時代が取り上げられてしまったので被ってるみたいな印象になってしまったが、元々南北朝ってマイナーな時代なので(時代区分にマイナーもメジャーもないかもしれないが)、案外この辺の話って日本人は疎い部分。そこにあえてスポットを当て、「世阿弥の人生を追いかけて『舞』を描く」というテーマ設定自体にまず興味を惹かれた。「ダンス」をテーマにした漫画やアニメというと当然その完成形に注目し、ダンス自体の美しさや迫力について言及することになるわけだが、今作ではそもそも「舞うとは何か」「人はなぜ舞うのか」という哲学からスタートしており、これを漫画で描けるならなかなかの挑戦だと思ったのであった。また、純粋に絵は好きなタイプでもあり、大胆に筆致を変えて描かれる舞踏シーンの迫力も気になった要素の1つだった(ような気がする)。

 アニメーションの方も、ありがたいことに記憶を刺激する程度には完成度が高い。制作はいつの間にか社名変更してたCygamesPicturesで、現在は短縮して「Cypic」という名前になっているらしい。サイピクといえば去年の覇者である「アポカリプスホテル」を筆頭に「シンデレラグレイ」「光が死んだ夏」などの秀作を世に出した安心安全のスタジオであり、今作についても映像部分に抜かりはない。コロコロとデフォルメ調になるキャラデザは可愛いし、シリアスなシーンで締める時の絵の迫力も充分。そしてなんといっても「白拍子」という怪しげな女が舞うシーンの凄まじさ。抽象化しているようでその実案外捨象される部分は少なく、意図的に「人体」を崩した画面はあまりの異形に現実感が乏しい。その情景に対し、主人公の鬼夜叉がいかにショックを受け、飲み込まれてしまったのかがよく分かる名シーンである。こういう画作りが今後も行われていくのだとしたら、そりゃまぁ期待していいんじゃないでしょうか。

 最後は当然中の人の話だが、1話目はもちろん鬼夜叉の中の人、花守ゆみりに触れなければいけない……いや、今更触れることもないんだけども。さすがのゆみり。程よいショタっぽさの中にいい感じの怪物を抱えている雰囲気だけは醸し出しているので今後の成長が楽しみだ。

 
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「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」 6→6

 実に珍奇な作品であった。個性派なのはまちがいなく、その姿勢を評価したい部分と、評価し難い部分のせめぎ合いは是非の検討のし甲斐があるのである意味面白いとは言える。

 先に評価点から上げていこう。今作を語る上で絶対に避けられないのはその作画面についてのチャレンジ。回をまたぐごとにコロコロと画風まで変えてしまい、担当スタッフに全てのイメージを任せる「作家主体」の映像構築はそれこそ賛否の分かれるところだが、個人的には挑戦そのものは評価したい。別に低クオリティなことは無かったのだし、同じ世界の空気感でも扱う人間次第で色々と表出の仕方が違うということが分かるのはそれだけで刺激的。今期はもっと極まりまくった「勇者の肋骨」というアホアニメがあったせいでやや翳った部分もあるが、あれとはまた別次元でアニメという表現法の可能性を探った事例として無視できないだけの成果があっただろう。

 もちろん大上段のテーマである「百合」も無視できない、無視しちゃいけないものの1つ。当方、最低限の百合厨の自認はございますし、アニメ作品としてはかなり攻めの強い明確な「百合」要素はそりゃもう大好物。みっちみちにそのためだけの物語を紡がれたら素直に「ありがとうございます。いただきます」というだけである。当然こうしたドラマ作りには中の人のお仕事ぶりも関わっており、今期は同性間カップルで大活躍の青山吉能女史によるフル回転いぶき先輩は大注目ヒロインである。ペアはもう2組あるが、見事なまでの「負けヒロイン」になって早々に別軸の可能性に渡りをつけた郡上先輩、そして台湾からの刺客ジンランの急造百合もそのつながりの動機がなんとも湿潤で、今作が掲げるもう1つの大テーマである「酒」でつながる部分はなんともインモラルな印象。ジンランのCVが河瀬茉希というのも意外な部分で、おそらく河瀬ヒロインの中でもトップレベルの高音であまりに乙女な誘いを見せる様子は聞いてるだけでも貴重な体験であった。

 転じて、どうにも処理しきれないネガティブな要素もないではない。個人的には「百合ならなんでも美味しくいただけます!」とは標榜しているものの、今作は過去の致命的百合作品と比べて、まだ心の深奥に踏み込んでくる感覚がない。これはなかなか説明が難しい感覚なのだが、作者の描きたい方向性として、とにかく表象的な「百合的なもの」をどう彩るかという部分に腐心しており、百合も景色を描くための1つのツールとして使っているような、そんな印象があったのだ。Twitterで展開される1コマシチュエーション漫画の印象的なシーンばかりを繋いで作ったお話、みたいな感覚だろうか。1つ1つのシチュエーションの意義は明確だし、それだけで事足りるのは間違いないのだが、全体像で1つ1つの人生にまで肉薄せず、アクリル板を挟んで観察させるような、そんな印象である。

 多分に衒学的な描写が多いのも特徴的で、これらも全て1つ1つの印象的なシーンを飾り立てえる道具立てと考えられている。遠距離攻撃の武器ばかりで人物を描くのでやはり真ん中に届かないように設定されている感覚で、「描写はあけすけなのになぜか寸止めを喰らっている感覚」みたいなものがついて回る。これが狙って提供されるもどかしさであるなら大したものだが、個人的にはもっとダイレクトに踏み込めるような無遠慮なものを期待はしていた。いや、決して百合に挟まりたいおじさんではなくてですね。百合の背中を両側から押したいおじさんかもしれない。

 ま、好みはどうあれこれでまた百合アニメに刺激的な1ページが加わったのは間違いない。僕は生まれ変わったら、お酒をたしなめる美少女になるんだ。

 
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「よわよわ先生」 4→4

 特にないです!(はっきり) 事前に匂わせてはいたが、今作が今期最後の「中の人の声でなんか切りにくかった作品」である。まりんかボイスが脳を焼き、それが為だけに切るところまで踏ん切りがつかなかった。まぁ、キャストの賑やかさを楽しむ分には細かいことはあんまり気になりませんからね(それもどうなんだ)。

 最初の印象から特に変わることもなかったエロバカ作品。ギャグとエロだけでひたすら突き進み、主な視聴モチベーションが中の人ということで「カナン様」と性質は一緒なのだが、その上で差があるとしたらやっぱりお話の中身ってことになるんだろうか。「カナン様」は一点突破のエグい性癖の吐露とどうしようもねーこだわりで個性を発揮して食らいついたが、今作については基本の武器が「先生がエロ巨乳」オンリーであり、そこに最も根源的な問題である「いくらなんでもこんな大人いるわけないだろ」というダメダメな設定が関わってしまったため、どうしたって没入感には差が生まれてしまう。いや、この手の作品への没入感ってなんだよ、って話だが。脇のキャラたちがみんなおんなじ方向を向いてるもんで、1クール通してネタ回しにもあんまりバリエーションが出なかったのも退屈に感じる要因か。

 一応、個性というかこだわりとしては「よわよわ」を代表に「ほどほど」「つよつよ」「ミニミニ」などのオノマトペ(?)で各キャラを端的に表す文法があったが、これがどうにもそのキャラの本質からズレてる感があるのが勿体無い。先生の「よわよわ」だけはブレてないが、お話が進むについれて「これ、アビクラがほどほどってのは無理があるだろ」と思うようになってしまうし、「この子の一番の特性はミニミニではないのでは?」とか思っちゃうとなんか失敗してる感が出てしまうのだ。まぁ、だからとてマイナスになるってわけではないのだが……キャラの回し方がもうひとつ、という結論になるのもやむなし。

 あとは「どうせ振り切ったエロバカアニメを見るならAT-Xで視聴してた方がよかったかも」というのはちょっと後悔してたりする。CSの方が設定が面倒だったもんで地上波で観てたんだけど、あたしゃこの手のアニメの雑な修正があんまり好きじゃないんだよね。せっかく頑張って作ったアニメの一部しか見てないような気分になっちゃうし。次クールからは視聴作品によってAT-Xの有効利用をちゃんと考えていこう。

 
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「リィンカネーションの花弁」 5→4

 先に謝っておくと、これも割と序盤で気持ちが離れてしまって途中からだいぶ適当に観てしまった作品。おかげで中身についてはあんまり評価する権利はないかもしれない。ただ、1つだけ明確に後悔していることがあって、「ナイチンゲールがそのポジションだって最初から知ってたらもうちょいちゃんと観てたんだけどなぁ!」である(中の人への叫び)。

 一番辛かったのはバトルの設定が統制できてない感が強かったこと。「偉人に引っ掛けて色々な特殊能力を生み出してぶつける」という設定自体は別に悪いもんじゃないし、どこぞのゴーストだってコンサートしてたわけだが(おかげで同時期に処理するのが億劫になったってのもあるが)、能力の付け方がだーいぶ大雑把で、1人1人のキャラに置くウェイトがとても軽い。最たる例がシュレディンガーの能力で、「どう考えても無敵すぎる能力のはずなのになんか適当な詭弁で負ける」という展開になって「まぁ、こんな能力扱いきれるわけないが……」とヤな納得があった。また、これをいうのは野暮というかほんとに無駄ないちゃもんだが、冷静に考えて歴史上の偉人のシュレディンガーの業績を考えたら「そこはそんな重要な要素じゃねぇだろ」という感想が先に出てくるんだ。単に我々が猫の印象が強すぎるだけで。別にシュレディンガーは猫愛好家じゃないし、パブロフも犬愛好家ではないのである(どっちかってぇと2人とも虐待側だよな)。

 偉人のチョイスも割と謎で、すげぇ有名な偉人をどーでもいい能力で使ってみたり、極端な「お前誰?」みたいな偉人もいたり。まぁ、ベタじゃないところからネタを引っ張って活用してこそ作者の手腕がみせられる部分だが、「知らん偉人」は別にオリキャラと変わらないわけで、そこから能力を引っ張り出しても「へー」以上の印象にはつながらない。この設定だと、もはや「偉人」設定は適当な言い訳に見えちゃうんだよな。全部オリジナルだとキャラメイクが面倒だから、みたいな。やっぱ「偉人ポケモンバトル」は難しいもんである。

 そしてアニメとしての映像品質もだいぶクセのある仕上がりだったのがいいのか悪いのか。他のこき下ろしてる作品のように明確に「崩壊している」「ダメ作画」というわけではないので評価が難しいのだが、原作のテイストを活かそうとして作ったと思われる線の少ない作画は、正直アニメとしての魅力があまり感じられない。まぁ、これは単に私の好みじゃないというだけな気もするが、この作画だと「剣戟バトル」とかがもっちゃりしててあんまり映えないのよね。中心に宮本武蔵を置いてるのに彼女の剣の見せ場が今ひとつ盛り上がらないってのはやっぱりデザインの失点な気はするけど。

 これは2期は…………ないかな?

 
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「勇者のクズ」 5→4

 話はもしかしたら面白かったのかもしれないのだが……作画クオリティの低迷が如何ともしがたく、見た目のしんどさから中盤くらいで心は離れてしまった作品。それでも2クール見守ってはいたのだから、何かしら引っかかるものがあった気もするのだが。

 もしかしたらそれは「一応『勇者刑』と同じ作者らしいからなぁ」という先入観はあったかもしれない。でも、これは決して的外れな期待ではなかった気もするんだよな。世界設定のヒネた感覚とか、きちんと人間関係を構築してその妙を描いていこうという姿勢とか、ストーリーテリングへの責任感はある程度「勇者刑」同様に感じ取れる部分ではあった。

 主人公のヤシロのキャラクターがとにかく一貫しており、タイトルに冠する「勇者のクズ」であるところは魅力的な部分。彼はポーズだけでなく、本当にやさぐれながらも心のどこかにアツいものを持つ無視できない主人公。そのために弟子がいっぱいついてくることにも説得力があり、結果的には「女学生3人をはべらせるハーレム」みたいな絵面にはなっているが、絶対にその女の子たちを性的な目で見たりしないし、自分の生き方への負い目から「俺みたいになるんじゃねぇぞ」的スタンスは絶対に崩さない。その上で実力があるからこそ3人の少女たちは少しずつ態度を変えながらもヤシロについていく選択している。この中心にある「弟子教育ファンタジー」は他作品ではあまり見ないオリジナリティだ。

 さらに、そうして付き従う3人のヒロイン勢は皆それぞれに魅力的だ。城ヶ峰の徹底したアホっぽさと根源的な人の良さ・人懐っこさ、印堂のクーデレ感漂う無骨な愛嬌、そしてセーラのお嬢様要素を持ちながらもはすっぱさを見せたいちょっとしたこじらせ具合。みんな単なる心酔者ではなく、それぞれの人生観に従ってヤシロを選んでいることが伝わってくる。これに加えて1人1能力の特殊な戦闘構築が可能で、軍師役と言えるヤシロが教育を施すことで着実に勇者として成長していく様を見守るのも楽しい。

 ……楽しいのだが……その戦闘がとにかくショボい。コマ送りなんてレベルじゃねぇし、アクション作画になると殊更に演出の拙さが際立ってしまう。どれだけ筋立てが魅力的だったとしても、流石にこの画だとついていくのがやっとですわよ。「勇者刑」との強烈な対比になってしまったのも皮肉な状況である。

 まぁ、同じ作者でもそんなに何本も恵まれた環境でのアニメ化が実現するわけじゃないってことですよ。案外、今作も画のマイナスを取っ払うためにコミック版をあたってみるのは悪くないのかもしれない。

 
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「愛してるゲームを終わらせたい」 4→5

 終わらせてやったぜ……愛してるゲームをよ……。

 今期は「別に興味はないんだけどキャストセラピー効果が大きいせいでどうしても聞いていちゃう」という作品がいくつかあり、この後もう1本出てくるが「カナン様」や「メイドさん」あたりがその筆頭。そして当然、この前振りなので今作もその枠に入っている。個人的には自分はそこまで伊藤美来フォロワーではないと思っているのだが、みっくボイスってあまりにも先鋭化されすぎて特化ボイスになってるので、刺さる時のダメージが結構でかいのよね。今作におけるみっくのみく(ややこしい)は割と「刺さる方」のみっくだったということである。

 そうして甘々みっくボイスをベースの武器とし、今作はタイトルで書かれているアホ設定を大真面目にやる。「出オチだし、どーせ寸止めプレイを繰り返すだけのダラダララブコメなんだろ」と思っていたが、案外真っ正直に責任ある進展度合いを見せてくれたなぁ、というので評価は上げた。元々両思い確定の2人の「付かずとはいわず離れず」の距離感の詰め方はいい具合に悶々とできるレベルである。まぁ、これでSEXしてないのは頭がおかしいとは思うのだが、眼前の据え膳にひたすらうわべの理屈をつけて「エグいくらいにあけすけな恋」を描くコンセプトは成立してたんじゃなかろうか。

 あと、個人的には中盤からテコ入れで登場した白百合会長のキャラがナイスなハマり具合。「不純異性交遊を目の敵にするけどその内心は……」な生徒会長キャラなんてのもテンプレでしかないはずなのだが、そのチョロさと豹変具合が素直に面白かったし、仲良くなった後のふわふわ浮いちゃう言動も可愛らしい。この硬さからの愛嬌は彩サマーボイスの正しい用法である。全体的に、キャラの配置とその相互作用は類似ラブコメの中ではかなり納得感も刺激もあるものだった。

 もちろん映像部分のクオリティも担保されており、最初はあんまりキャラデザに惹かれてなかったんだけど、話数を重ねても崩れず見せ場をしっかり演出できた労力はFelixFilmの頑張りの結果。このスタジオ、もうちょい話題作に起用されてもいいぐらいの地力はあると思うんですけどね。

 
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 レプリカだって、ロジカルウィッチの夢を見ない、最終話! かくして思春期は終わりへ向かう。その心の動きは、誰にだってあり得るもので。

 綺麗に決まったどんでん返し。しかしその流れは約束されていたかのようで。素直からの急な呼び出しに応じるナオ。一瞬「富士宮から京都へ突然の呼び出しって交通費だけでも結構かかるが?」と思ったが、なにしろナオとアキの2人は便利な(?)レプリカ。本体が望めばすぐにでも出し入れ可能なので、この能力を使うと一方通行ではあるが瞬間移動が可能。これを活用すればちょっとした完全犯罪くらいは余裕のとんでもない能力だが、そんなことを考える人間には多分レプリカは作れない。気になるのは望月の野郎がほんとにナオのパンツを片付けたかどうかくらいである。まぁ、彼の性格からして、アキとナオにあんだけの信頼を寄せられたんだし、責任を持って粛々と事後処理を行なったとは思いますが。

 京都は嵐山、渡月橋に召喚されるナオ。レプリカのルール通り、本体が着ているレンタル着物の姿で登場し、しばらくは2人きりで双子のように対話を重ねるが、そこに秋也たちが到着したことで異変に気づく。なんと、当たり前だと思っていたレプリカの「認識判定」が無いという。この異常事態に「何かしらの変化が訪れたからレプリカの存在が薄くなっているのか!?」と訝しんだが、事前にレプリカ体験を済ませていた解説員の佐藤によると、これは例えるなら「階層のズレ」のようなものであるとのこと。なんと、レプリカと本体が自分たち以外から同時に認識されることはないのだという。これは正直びっくり。これまでの描写から、レプリカとは厳然たる「存在」だと思い込んでいたのだが……実際に振り返ってみると、そう見えるように巧みにミスリードされていたことが紐解かれていく。

 ネタバレになるから詳しくは触れないが、ちょうど少し前にこうした「自己と多重」をテーマにした作品に触れてびっくりした経験があったのだが、まさに今作も似たような衝撃展開。ルールが多少ややこしいので全部が全部飲み込むのは大変だが、とにかく「階層が違う」というのが佐藤の考えた便利な概念で分かりやすい。本人たちはレプリカを唯一無二の「自己の分化」と認識しており、どんな状況でも認識可能。しかし、第三者は本体とレプリカの「同時存在」を認められないため、同時に2人が存在する状況では本体の存在が優先され、レプリカは「消えて」しまうようだ。しかし、そこから本体が離脱してレプリカ単体が活動していると、それは本体の「存在の力」みたいなものに間借りして、実体として認識できるようになるという。確かに言われてみれば、これまでナオもアキも「被り」に注意して活動していたので、「他者から同時に認識されているかもしれない」と思える機会がなく、確認のしようがないルールだったのだな。電話のくだりも不確定ではあるし、リョウ先輩の事例も佐藤が説明した通りで一応は筋が通る。この話により、レプリカは確実に「1つ薄い階層」の存在であることが明らかになってしまった。

 そこから芋蔓式に導かれる結論。ナオは「素直に内在する優しさの顕現」であり、素直から見たら「理想像」であるのは当たり前だった。2人の差は「レプリカが縛られていた」のではなく、レプリカという理想を置いて、勝手に本体が落ちていたからこそ生まれた「落差」。素直も、秋也も、そして涼未も、理想の自分を望んでしまったがために、分化が起こってしまったのだ。であれば、「戻る」ことで2人は統合を果たすことになる。否、これは「回帰」というべきなのか。

 まぁ、ぶっちゃけ説明しづらい現象も残ってはいるのだが(素直が点数を見せるためにナオにスマホを渡したシーン、秋也目線でスマホの移動がどう見えてたのか、とかね)、こうして導き出された「レプリカの実態」は感覚的に理解できるものだ。結局は思春期。人格の分化はその後の自己形成へと至る必要なステップ。誰しもが一度は何かしらの形で発露してしまう自己言及の悩みが、たまたま妙な形で立ち現れてしまった若者たちのお話だったのだ。

 ナオの人生は間違いなく個として存在している。それはナオ自身も認めるところだし、アキからしたら自分と同じくらいに大切なものだ。それが「回帰」して無かったことになどしたくない。しかし、レプリカがその役割をまっとうするのであれば、それはたった1つの自我に行き着くしかない。一見すると残酷なようではあるが、陳腐な言い方をすれば「ナオもまた、素直の中で生き続ける」ことになる。それはきっと、アキと秋也の中でも同じことなのだ。別々の人生を歩むのではない。本体が歩み寄り、改めて、レプリカと共に生きるのだ。

 ラストシーンの意味は、受け手が自由に想像できるパートだと思っている。海に向かって、いつぞやのようにナオとアキが睦まじくしている。それはありえた未来の形かもしれない。そして、現在もはや表には出てこなくなった、「本当の心」を描く心象風景かもしれない。2つのレプリカの生きた時間は、決して無駄ではないのだ。

 
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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