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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 一応確認しとくけど、義妹となら問題なく結婚できますからね、第9話。まぁ、2人にとってはそういう問題じゃないってことなんだけども……。

 その感情に名前をつけたなら。2人の中にわだかまっていた感情に、それぞれが認識を与える。プールを巡るすったもんだのおかげで、悠太は沙季の過去に触れることになり、彼女のことを想い、彼女の立場を考えて行動することになった。「裏方さん」と言われてはいたが、そうしてさまざまな視点から客観的に見て最大限のサポートを施すことができるというのが悠太の人としての強みであるようだ。その結果、これまでの人生で与えられてこなかったものが久しぶりに手に入ったことで沙季はすっかり悠太を尊敬の眼差しで見るようになる。自分では思いもよらなかったことをやってくれた人、そして最大限に自分のことを考えてくれる、世界では母親に次いで2番目の存在。そんな特別になった人間に、素直に賛辞と感謝を送れるのは沙季が純粋に人として出来た部分なのだろう。

 そうして沙季からまっすぐな感情を返されたことにより、まず悠太が明確な「名前」を与えてしまう。まー、そりゃ花の高校生、男女複数人でのプールイベントなんてうらやまけしからんことをやれば誰だってテンションも上がるし、色んな妄想も膨らむ時期ではあるのだが、そんな時に隣に寄り添った水着女子から素直な褒め言葉をいただいたら、その結果完成する感情は「好き」に違いない。はっきりとそこに形を与えてしまったことにより、悠太は思い悩むことになる。

 まぁ、「好き」にも色々あるわけで、妹が好きな人間だってたくさんいるのだからその感情自体に何の問題も無いはず。なんなら上述の通りに義妹だろうがなんだろうがふつーに結婚までできるんだから、堂々とLOVEを育んでしまうことだってOKなはずだ。しかし、現状ではどうしてもその感情に負い目を感じてしまう。親同士の再婚がほんの数ヶ月前のこと。それまでの父親の人生を見ていればこそ、「男女関係なんて……」と面倒臭さばかりが先立つ状態。そんなタイミングで「実は妹になった子が好きになってしまったのですが」なんてことを家族で話したら、両親だってワタワタするだろうし、やはり社会通念上どこか変な目で見られることは避けられない。「裏方」の人間だからこそ、悠太はそうして渦中に飛び込む選択はどうしても躊躇ってしまう。そして何より、あの「契約」を結んだ沙季自身が、悠太のそんな感情に一番戸惑ってしまう被害者になり得る。そんな状態で、悠太は「妹」に負担をかけることなんてできない。

 と、悠太が一方的に思っているだけで……沙季は沙季で、ほぼ同じベクトルなのにちょっとレイヤーがずれた状態で悩みを抱えている。彼女はまだ、自分の感情に名前をつけていない。悠太同様に、はっきりと形を与えてしまうと心の中で無視できなくなってしまうという危機感は感じていたのだろう。これまでずっとつけていた秘密の日記、おそらくあと少し筆が進んでいたら、そこには明確に名を与えられた感情が表れていたに違いない。しかしすんでのところでブレーキがかかり、沙季は自分の感情にも鍵をかける。あえて明確に形を与えるために、口に出した言葉は「兄さん」である。尊敬もした、敬愛もした。ただ兄として。妹が頼れる兄を好ましく思うのは当たり前のことなのだ。そしてそれ以上ではない。そうして自分の心に別な名前を与えることで、沙季は何かを守り抜く決意をした。その決心に、2人の意志が寄り添っていないとしても。

 まー、2人同時に「緩やかな禁忌感」からすれ違い思いとどまる兄妹関係という形が明確になったので、ある意味ではフィクション的妹ものとして分かりやすい構図にはなった。そこまで明確に提示されていない「禁忌」なのだが、それも致し方ないと思える程度の交流であるし、ここまで形作られてきた2人の人間性を見ればこれもやむなし。視聴者目線だと、「多分この親連中なら、息子娘が付き合い出しても何も文句言わんだろうけどなー」と思ってしまうのだが、たった4人の家族の中の話、そう簡単に処理できるものではないだろう。悠太は「沙季が迷惑に思う」というので自制し、沙季は「悠太から言われたら断れないだろう」と相手のアクションを待つかのような姿勢で自分に蓋をする。互いが互いを言い訳に使いながら、奇妙な距離感は熱を増していく。

 今回もいい具合の演出が多くてじっとりしながらもただ見守ってしまう画面。結構色んなところに工夫が施されてるので使い回しのカットを繋いでるだけでも含みを持たせられているのが偉いね。個人的には、花火を見る2人がほぼ隣同士だってのにわざわざカットを割って別々に映るところに「どちらからでもない断絶」を感じとるし、その後の駐輪場のシーンで悠太がライトの光の中に入れず思い悩むカットなんかも悠太の人間性がよく表れていて興味深い。決して望んで「裏方」になってるわけでもないのだが、なかなか自分の人生においても「主人公」に足を踏み込めてないご様子。沙季がこんだけの内容、こうした構成のお話でことさらに「主観:客観」という言葉を使っているのも暗示的で、今回のように沙季視点から始まって悠太視点にスイッチしたりするカメラの置き方も、今作のじりじりした心情劇の表出として面白い。

 まー結論としては「さっさと付き合っちゃえよ」しか出てこないんですが、世の中の義理兄妹の皆さんは、マジでどんな距離感で接してるんでしょうかね。それとも、年頃男女の義理兄妹なんて、ほんとにラノベの中のフィクションでしか存在しない概念なんでしょうかね。

 
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 浜木綿さまぁ……第16話。いやぁ、似たもの夫婦とはよくいうけど、そんなに似なくてもいいじゃんね。

 謎が謎呼ぶ展開。この世界は未だ謎に満ちているんですが、みんなしてとにかく雪哉くんに不親切すぎやしませんかね。宮中の人間は色々とこの世界の理を知ってるみたいなのに、何故かそこそこいいとこの出身である雪哉はそういうことにとにかく疎い。それが本人が嫌悪してるいいとこのボンボンであるが故なのか、それとも周りにいる人間の世界が違いすぎるだけなのか……まぁ、やたら身分の高すぎる連中とばっかり接点があるせいで、どっか常識レベルがズレてる感覚はありますけどね。

 そんな雪哉が庶民オブ庶民とつるむことになったのが小梅という存在である。彼女もまだ「何か隠している」らしいのだが、それでも生まれ育ちが宮中の人間とは天地の差があるのは間違いなさそう。でも、そっちと話をしようとしてもやっぱり雪哉は「何も分かってないくせに!」みたいに言われちゃうのが不憫。中間管理職じゃないんだから。まー、小梅の生い立ちについては庶民の中でもだいぶ異色の存在な気はするけども……。結局彼女が何を隠しているかは分からずじまいなので、あとは浜木綿さんに託すしかないみたいです。まぁ、彼女ならうまいことやってくれるだろ。現状、小梅が宮中に憧れ、連れ込まれた煌びやかな世界にドキワクしてるのは間違いないように見えるのだが……少なくともお上に仇なすつもりはない……よね? ね?

 小梅とその父親、あまりに模範的な毒親のおかげで新たな突破口として提示されたのが「地下街」というとんでもない世界。一度谷間の世界は描かれてはいたが、単なる色街ではなくてもうちょいディープな場所だった模様。そんでその世界を牛耳る裏ボスみたいな存在がいるとのことで、まー、Magicでよく見る統治傾向である(だいたい表の統治者が白にいて、裏に黒とか青の支配者がいるパターン)。かつて表と裏のトップどうしで締結されていた不可侵条約があったらしいが、今回の小梅をめぐる騒動でそこに不和が生じたとかなんとか。いや、今回の話だけ見たら別にそこまでおっきな問題があったようには見えないけどね。そりゃ小梅の親父が何かしら裏社会に対して不義理を働いたってんならそこに責任は追求すべきだが、その追求の手から娘を守るのは、普通の警察機構だってやらなきゃいけない程度の治安維持だろう。たまたまそこに若宮直属の従者がいたからって、それが「不可侵条約の破綻」にはつながらないと思うのだが……まぁ、地下街にもっと密接な裏があるってんならそりゃ分からん。少なくとも若宮は手応えを感じてるみたいだし、何かしら猿事件と関係はあるのだろうか。

 若宮・浜木綿のコンビに加えて長束・路近も加わった最強首脳陣で善後策を講じるも、いつも通りに若宮が独断専行を提案。流石に馬鹿の一つ覚えすぎる、こないだの事件で少しは懲りろ、ってんでお兄ちゃんが口出し(刀出し)。もうこれ以上弟の無茶は看過できぬと、立場がまだ軽い自分が雪哉を引き連れていくことを提案したようだ。長束様もだいぶ過保護ではあるのだが、あの弟の振る舞いに毎日胃が痛くて大変だろうなぁ……。次回予告を見る限り、今回ばかりは若宮も折れたようなので、とりあえず雪哉の肩身が狭そうなチーム編成で地下街へ行ってらっしゃい。

 そういえば途中で若宮がよく分からない儀式に興じていたが、あれはいったい何だったんだろう。「外界との結界を補強する」とのことだったが、あれは山内とそれ以外を隔てる結界……ではないんだよな。「猿が外界から入ってきた可能性」って言ってたってことは、山内以外にもこの世界の全てをあの結界は包んでいると考えられ、ほんとに結界の外は「なんか分かんないけどやべぇとこ」みたいな扱いなんだろうか。なんか最近どっかで感じた感覚だなぁ、って思ったけど多分「バック・アロウ」だな。壁の向こうに何かがある。……この世界、やっぱり分からんことが多すぎるな。

 
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 今作で唯一にして最大の問題はもしかしたら義妹よりも義母の方がエロくて気になることかもしれない、第8話。まぁ、甚大なる補正がかかってる可能性もあるが……こないだ某所で見た母娘の(中の人の)トークが眼福でした。

 今回はタイトルの「義妹」の方も引き続き気になるのは当たり前だが、どちらかというともしかしたら「生活」の方が注目すべき要素だったのかもしれない。何しろ今回の1話で何が起こったかというと、「悠太が沙季のことを思い、プールに誘う」→「沙季、拒絶」→「悠太頑張る」→「沙季受け入れる」というだけの話。それ以外のキャラはほとんど登場もしないし、悠太だって頑張るっつっても何か特別なことをしたわけじゃない。何となく沙季に寄り添っていただけだ。こんだけ何もない平熱な状態なのに、視聴中に特に退屈だとは思わず、環境音楽のようにその「生活」が流れていくという何とも不思議なテイストは相変わらずである。

 個人的に今作で気に入ってる部分は、音響の使い方。基本的にBGMも抑えめな演出方向になっているのだが、おかげで細かく入るSEなんかが印象深く聞こえてくる。今回でいうと、例えば沙季が聞いていたカセットテープのケースに手を触れてがちゃんと崩す音。世代じゃない人は分からんかもしれないが、確かにあの音か「カセットテープのケースの音」だった。わざわざ画で見せずにこのSEで「何かを崩さなきゃいけない」という沙季の心情を示すあたり、音の持つ効果をきちんと活かしている。

 あとこれは単純に心地よいってだけだけど、朝食シーンでトーストにバターを塗る音。よく焼けたトーストにバターナイフを乗せるザリザリという音が食欲をそそる。そして当然そんなトーストを食べる時のさっくり音。このシーンはいかに朝ごはんが美味そうに見えるかが重要なので、音の持つ力というのも案外バカにできないわけですよ。

 というわけでそんな「朝食」とか、何気ない日常のワンシーンから紡がれていく2人の関係性。今回はざっくりまとめると「沙季が余計な誤解を解いて悠太の歩み寄りを受け入れる」というお話なのだが、2人にとって、互いのイデオロギーのすり合わせというのは単なるラブコメとかと違って「家族の今後の生活」にずっと影響するもの。だからこそ悠太たちもその辺は意識して強めに主張している。そして、こうした何となくの「生活」ってのは意識したからなかなかどうなるってもんでもないのだけど、逆にちょっとしたことで大きく変わっていくものなのかもしれない。今回の沙季は、初めて悠太に朝ごはんを全部任せることにしたわけだけど、彼の口から出てくる提案はちょっと新鮮だったり、彼の何気ないパンの食べ方に不思議と興味が湧いたり。「朝ごはん文化」なんてものは各家庭で色々と違うことの代表みたいなものだが、それを意識して、ちょっとずつ合わせていける。そんな気持ちになった沙季は、間違いなく悠太へ一歩歩み寄れたのだろう。

 まぁ、そんな悠太は「何となくの習慣で」自転車を持ってきちゃったわけだけど……「生活」って、そんなもんですよね。

 
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 お久しぶり、かつ大惨事、第15話。1ヶ月ぶりの放送だというのにどえりゃー展開になっており、何があったのか思い出すのも大変だァ。

 前回まででどんな裏があったのかすっかり忘れちゃってるのが問題で、どうにも作中の雪哉や若宮の認識とずれがあるんだけど単に俺が間違ってるだけなのか、そういう筋だったのか、後で改めて前話を観て思い出さなきゃいけないかもしれない。一番の焦点はなんと言っても「猿」の存在である。鉄火場に乗り込んだ若宮と雪哉は、事実上の最高権力者のくせして現場で問題を目の当たりにした一番の当事者にもなるという贅沢仕様。何があってもおかしくない地獄絵図の中を平気でホイホイ動いちゃう若宮の行動力は凄まじいものがあるが、何かあったときに取り返しがつかないんだからもうちょい部下のことも考えて欲しい。猿の戦闘力なんて絶対に判断できないんだし、想定より強かったら雪哉はもちろん本人だって帰らぬ人になってたかもしれんのだぞ。ほんと、雪哉のこれまでとこれからの苦労が偲ばれる。

 まぁ、とにかくそんな体当たり君主のおかげで手に入った「猿」という異物の情報なのだが、2人はその存在を認識してすぐに「人間に転身する猿」だと思ったんだよね。つまり猿がベースで人が化けた姿であると。……それであってるんだっけ? 我々の目から見たら普通に「人が猿に変化させられた」ように見えるんだけどね。漠然とした記憶だと今回の発端って怪しげな薬が横行してるとかどうとかいう話からだったはず。普通に考えたら「人を狂わせてバケモノにする薬」だと思うのだが……これって単に雪哉たちが誤った認識を持ったのか、それとも何者かの悪意によって真実を誤認させられているのか、はたまたほんとにそうだったのか、どうなんだろう。なんともはや五里霧中。

 話がややこしくなるのは、この世界が我々視聴者の世界と理を異にしていることも原因である。だって、我々からしたら「猿」と「烏」だったらどう考えても「猿」の方が人間に近いわけじゃん。なんらかの遺伝子操作アンプルみたいなものを打ち込まれた結果人間が暴れ猿になってしまうなんて話、少なくとも「烏になってしまう」よりかは信じられそう。ドラゴンボールで見たし。ただ、この世界の人間はもはや「鳥」がベースであり、今回みんなが話してる感じからすると「猿」ってのは「熊」とか「狼」に近い、なんらかの凶暴な野生動物のカテゴリに入ってるっぽい。だからこそ、雪哉たちは暴れ猿を見て「人間がこんなふうになるわけないよね。普通に考えたらずる賢い猿が人に化ける能力を手に入れたに違いない!」って思うわけで。多分、テイストとして一番近いのは「人狼もの」だろうから、この世界における「猿」は漠然と「狼」あたりに置き換えるのが理解するコツなのかもしれない。

 それにしても……ここでわざわざ「猿」というモチーフを持ち込むあたり、作者は自覚的にめんどいことをやってるんだよな……ここで「猿と人の関係」に嫌でも考えを伸ばす必要があるわけで、そしたら当然「そもそもこの世界の人間ってどういう進化の系譜を辿ってんだろうな?」っていう考えんでもいいところまでイメージが伸びてしまう。我々の常識に照らし合わせたら、どう考えてもホモサピエンスは猿の方が近いわけで、鳥類から諸々すっ飛ばしていきなり人類にダイレクト接続しやがったこの世界の異質さばかりが際立つのよね。まぁ、その辺りのミスマッチというか、ヘンテコさ加減を味わいにしようってことなんだろうけども。世界の真実を掘り下げる試みとしては凄まじく面白そうなのだが、果たして解決策はあるんでしょうか。

 そして、雪哉きゅんは慣れない同世代の女の子とのトークをうまくこなすことができるんでしょうか。言われてみりゃ、前シリーズで雪哉はあんまり女の子と絡んでないんだよな。北家の従臣だとよりによって相手にしなきゃいけないのが白珠ちゃんだもんな……いい出会いになるといいですね。

 
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 相変わらず曰く言い難し、第7話。ぼちぼち夏休み期間を終えてアニメ感想の数を増やしていきたいと思っているのだが、この作品、毎回しっかり見せられるくせして感想書くのが難しいんだよな……。

 細かい部分を気にし始めると本当に脳みそひねくり回さないといけない作風で、以前書いた感想を例に出すと「リビングのカウンターにある花瓶」みたいなちょっとしたガジェットの扱い方なんかでも色々と作劇法を考えることができる。ただ、毎回それをやってると流石にしんどいし、作り手側が毎回そこまで作ってるのかも保証がないし……だから雲を掴むような話をいちいち妄想してそれを現実的なラインに落とし込みたいんだけど、なかなか難しいというお話です。作中では沙季のお勉強絡みで「現代文」っていう感覚がちょこちょこ漏れ出てくるが、まさに今作は現代文の読み解きを毎週やらされてる作品である。

 何が悩ましいって、別に「巧みな作劇で画面にふんだんに情報を盛り込み、読み込ませる作品」なんてのは過去にもたくさんあったわけですよ。たとえば「やがて君になる」なんかはパッと思い浮かぶ一例だが、今作とそうした「ビリビリくるような傑作」の最大の違いは、分かりやすく「表現したいんだろうな」って拾えるような要素がなかなか出てこないこと。分かりやすく雑多に「大きな感情の動き」とまとめてしまってもいいかもしれないが、通常の「良きアニメ」ってのは、キャラクターに大きな心の動きがあり、それをいちいち言葉にせずにさまざまなファクターで画面に落とし込むことで「アニメにする意味」を発揮していく。しかし、今作における悠太と沙季の関係性には、まだそうした大きな心の動きは(明示的には)無い。そのくせ、義理の兄妹という関係性なもんで取り上げてみたくなるようなちょっとした心のありようはいっぱい出てくる。それらを微に入り細を穿ち拾っていくのは大変だし、そもそもクドくなりすぎないよう、ちょっとずつ画面に滲み出させていく演出だって作るのは大変。よくもまぁ、これだけ雑多を極めた現代アニメ業界で今現在これを作ろうと思ったもんである。

 毎回印象的なカメラアングルや光源の取り方、ちょっとしたキャラクターの仕草やポツリと漏れるモノローグ(もしくは何も語らない沈黙)から勝手にこちらが「それっぽい要素」を拾い上げていくのは本当に疲れる作業なのだが、今回はAパートがずっと「沙季の独白による答え合わせ」みたいなパートだったのでそうした苦労はいくらか少なくて済んだ。何しろキャラがあけすけに語ってくれているのだ。作品の良さという意味ではいくらかオミットされてしまうのかもしれないが、流石にここいらで今まで悠太が展開してきた諸々の関わり方についての答え合わせは欲しかったところだろう。その上で、沙季自身ですら「これを表す言葉が見つからず、一番近い言葉を強いて使うとすれば」なんて余計なまでに断りを入れているわけで、やはり描かれるものに明確な名前など無いのである。まぁ、今回は最後の最後に結局一言でまとめちゃいましたけどね。多分、それだって「正解」ではなくて「一番近い言葉の中で沙季がたまたま知っていただけのもの」だろうし。まだまだ2人の関係性に不思議なもやもやは尽きないようだ。

 個人的に今回気づいてちょっと面白かったことがあって、少なくともこのアニメは沙季サイドからも悠太同様のモノローグパートが用意されており、兄視点、妹視点が平等に扱われている。すると、タイトルの「義妹生活」という身も蓋も無いワードも実は意味が重なっていることが分かる。シンプルに考えると悠太側から見た「義妹(のいる)生活」という意味が最も顕在的なのだが、今回のように沙季視点が顕著になると、今度は「義妹(としてのあるべき)生活」という意味も浮き上がってくる。初見で「なんやこのタイトル」と思ってしまったわけだが、実はその辺も結構考えてつけられたものだったのかもしれない。

 

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 やっぱり色々気にさせてくれる、第4話。ほんとになんてことない話しかしてないんだけど、どうにも見入ってしまう不思議な画面。

 改めて、今期の恋愛ラノベアニメはそれぞれに個性がゴリゴリで観ていて楽しい。義妹に双子に負けヒロイン、テーマとしてはもはや古式ゆかしい伝統文化とすら言えるジャンルもあるが、そこにきちんと「現代アニメ」らしさを付与して勝負に出ているために決して埋没しないだけの存在感を発揮している。

 今作の場合、その個性というのがとにかく熱を奪ってクールにクールに、もはや冷淡に見えるまでに客観を崩さないその描写方針に表れており、今回はいよいよ悠太と沙季の間に余計なわだかまりすら無くなった。いや、無くなっちゃいないんだろうけど、これまでの近づいたり離れたりで一旦穏当な距離感を見定めた2人は、ゆっくりとその距離を維持してコミュニケーションを続ける。おかげでそこに何か新しい事件も生まれないし、タイトルの通りに「生活」が窺えるというだけのお話。どう考えても面白くないだろうこのプロットで、何故かは分からないがただ息を潜めてじっと見てしまうような不思議な引力があるのだ。

 もちろん、これは引っかからない人もいるかもしれないので攻め口としてはニッチな部類なのかもしれない。ただ、個人的にはこうして割り切った演出方針は最近めっきり見かけなくなったもんで、50本を超える今期アニメの中でただ1本だけが持つ個性としては充分意義があると思っている。もちろん、ただダラダラと日常風景を流すだけでは本当に定点カメラの映像を見ているだけでさっぱり面白くないだろうから、「客観」をいかに豊かなものとして切り出して1本の映像作品として提供するかをきちんと考えているという前提の上でだ。

 今回分かりやすく興味を惹かれたのは、やはり本作最大のエッセンスであろう、リビングでただ語り合う兄妹の対話シーン。大きく分けて「追試指導の日」「翌朝」「作業用BGMを提供した夜」と3つの時点でおなじリビングが描かれるわけだが、それぞれに見せ方が全然違う。追試指導の日に興味を惹かれたのは背景のオブジェクトを中心としたカメラアングルの切り取り方。日が暮れた後、光源の位置は基本的に2人が向き合って互いに光源を置いているように見える(実際にはテーブル上の照明の灯り)のだが、その光源に照らされ、2人の間で殊更に存在感を発揮するのが、何故か背景のキッチンカウンターに置かれた花瓶である。なんの花なのかはよく分からないが黄色を基調にそこそこのボリュームを持った花瓶にいけられた花々。それが2人の間に割って入り、まるで2人の架け橋であるかのようにシーンを繋いでいく。この「繋ぎ」の役割は翌朝のシーンでより顕著になり、今度はテーブルに着く沙季、キッチンで冷蔵庫を開ける悠太と2人の立ち位置が分かれるにも関わらず、それぞれを切り出したカットにも必ず花瓶が収まるようなカメラアングルが取られ、2人の間にある花は常に2人の位置関係を示しながらつなぐことをやめない。別に複雑でもなんでもない間取りではあるが、この「花を中心に様々にアングルを切り替える」という演出でもって違和感なく画面に変化を与え、その上で統制した雰囲気を与えるのにも成功している。

 翌日のリビングのシーンは悠太が先輩からもらったBGMを聴いてバイト先の控え室からそのまんまMVみたいに外のシーンを繋いで持ってきた「音楽の終端」に位置するシーンになっており、昨日と変わらず花瓶に真上から光源をとって存在を際立たせることにより、花の確固たる存在感がある種空想的だった「BGMの世界」から昨日と変わらぬ「こっちの世界」に戻ってきたことを示してくれる。1つのツールでもって、野放図に広がってしまいそうな映像にまとまりを与える働きがシーンを跨いでも発揮されているのがさりげなくも巧みな設定である。ぶっちゃけ、ともすればウトウトしちゃいそうなくらいに刺激を抑えた作品ではあるが、多分こうしてきっちり観ることでそこかしこに施された工夫にも気づくことがあるのかもしれない。

 まぁ、本筋のドラマが面白いかどうかはいまだによく分からんけどな。お兄ちゃんが頑張ってくれてるからそれでいいんじゃないでしょうか。

 
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 色々クドい、第3話。蓋を開けてみれば、今期は恋愛もののラノベ作品が並び立つ今どき珍しいシーズンになっている。「狼と香辛料」も入れれば4本あることになるか(小市民シリーズも恋愛ラノベだと拡大解釈すれば5本)。

 さて、こうして文字媒体の原作がアニメ化された完成形だけを味わっているとその中での違いというのが色々と興味深く見えてくるもので、すでに書いているがアニメとして頭一つ抜けているのが「マケイン」。映像クオリティに加えてテンポの良さ、とっかかりのアイディアも含めて、ベタに見えて前例のない作品になっている。「義妹生活」も先入観をぶっ飛ばす思い切った構成で勝負を仕掛けており、いわゆる妹萌えの単純な惚れた腫れたではなく、共同生活を余儀なくされた2人の男女の関係性をじっとりと湿度の高い筆致で描き続けている。

 そういう意味では一番「ラノベらしい」構造になっているのが今作で、「双子」という昔ながらの(というほどでもないかもしれないが)題材でやきもきするような三角関係を構築するところまでは想定内。まぁ、姉(琉実)が1回主人公と付き合って別れるところからスタートというのがちょっと斬新なところだが、2人の個性が全く異なる姉妹の間を、延々主人公がキャッチボールされるようなこの構造はそこまでびっくりするような展開ではない。その上で、男女の関係というよりは姉妹の関係の厄介さの方を優先的に切り出し、三角形の第「三」辺について色々と考えさせる展開はいいプロットになっていると思う。

 惜しむらくは、今作はあまりアニメとしての強みをいかせていないという部分。1話目のように構造そのものにまとまりのある何かが仕込めればいいのだが、流石にシリーズアニメで毎話毎話驚くようなギミックなど仕込めるはずはないため、ここからはおとなしく本線を突っ走るしかないだろう。そしておそらく、本作はこの主たる関係性の妙をどこかしらペダンティックな、やたらとクドい装飾で飾り立てることで個性を発揮する構造になっている。それはそれで悪い方向性だとは思わないのだが、残念ながらあまり映像作品との相性はよくない。

 いや、多分これも見せ方次第だろう。ことに主人公・純と周りの2人(那織、森脇)との対話で様々な既存の創作物の名前が出てくるので、例えばその辺りで出てきたタイトルをそのまま映像に表現してしまう、といった方向性も考えられる(対話してるキャラの後ろに明らかにスターウォーズだと分かるようなキャラを挟み込んでいくような演出)。おそらくそうした見せ方にすれば「台詞の装飾」と「画面の装飾」が繋がってより個性が強い作品に仕上がったと思うのだが、本作はその方向性を選ばず、ただ台詞は台詞として流すことにしている。

 別にその判断が間違っているとも思わない。もしかしたら権利関係の問題で映像に起こせなかった可能性もあるし、そうして描くことで余計な雑味が混ざって対話そのものの印象が薄れてしまうことを嫌った結果かもしれない。その辺りの制作側の意図は想像するしかないが、結果的に出てきたものだけを見ると、どうしても台詞は上滑りしている印象が否めない。脳に引っかからず「まーた訳のわからん奴らが訳のわからん会話してら」くらいで流れてしまう部分が多くなってしまうのだ。1カットに入れ込む台詞量もどうしても増えてしまい、これが西尾維新のように「とにかく言葉数は増やしてるけど実際の中身なんてほとんどない」みたいな対話なら流してしまってもいいのだが、そこに重きを置きたい作品では本質を掴み損ねる結果となってしまう。そこがどうにももったいない。

 でもなぁ、これをアニメとして万全に発揮させる方法は確かに思いつかんよなぁ。アニメ化向きじゃない原作だったと考えるなら、現状ではむしろよくやっていると言ってもいいかもしれない。不満はあるけど、別につまらないとも思わないのでね。

 

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 お帰りなさい、第14話。こないだの総集編のオーコメ、本泉ちゃんがやたらハッスルしてて面白かったですね。

 というわけで改めて新章。前回時点でちょっとだけ導入は見せてくれていたので何となく雰囲気はイメージできていたが、1クール目とはガラリと雰囲気が変わり、「策謀渦巻く宮中ファンタジーミステリ」から「麻薬捜査官! 突然の人狼に遭遇!」みたいなパニックホラーかサスペンスみたいな展開に。まぁ、原作だと違う本になってるんだろうから切り替わるのも当然なのだが、だいぶ思い切った切り口に翻ったものである。

 色々と気になる部分は多いが、まずは里帰りしてごろごろしてた雪哉くんと若宮の腐れ縁のお話から。若宮はもう雪哉のことは大のお気に入りになっちゃったし、てっきり先ごろの事件から完全に子飼いにしちゃうのかと思っていたのだが、残念ながら面倒くさがりの雪哉はこれを全力拒否。まぁ、あらゆる方向から命を狙われる金烏の側仕えとかいくら命があっても足りない仕事だし、素直に考えれば「ヤです」というのも当然の結論。そりゃ若宮との絆だって充分に深くはなっているのだろうが、それとこれとは話が別。「じゃ、頑張ってね若宮、俺は約束通り地元に帰りますわ」ってのが雪哉なりの生き方なのであろう。

 しかし、自分より下の人間がそんな我儘勝手なままで放っておく若宮ではない。追いかけてる事件の手がかりが北領にありと見るや、すぐさま身一つで飛んできて雪哉に「ついて来い」の号令。当然雪哉は拒否るも、多分ちゃんと彼のことを考えてくれているであろう家族に背中を押され、いや、背中を蹴られ、強制的に再び側仕えポジションに放り込まれてしまった。まー、家族からしたら「都会に出て頑張ってた家族が仕事で失敗して戻ってきたいうてる」状態なわけで、わざわざその都会から「おたくの息子さんに仕事をお願いしたいんですが」って使者が来たら、「このままニートにしてたまるかッ!」ってんで送り出すのも致し方なし。いや、多分お兄ちゃんは純粋に信頼して雪哉を送り出してはいるんでしょうけど。

 そうして再びタッグを組んだ凸凹な2人。でもまぁ、組んでみたら基本的にはツーカーなわけで。雪哉もなんだかんだで満更でもなさそうだしね。別に若宮が嫌いで仕事辞めたわけじゃないからな。ただ、問題は今回の事件がそんな2人の手に負えるかどうか。ひたすら頭脳労働と腹芸で何とかなった宮中の権力闘争と違い、今回は薬中患者が暴れ回っているのを制圧しなきゃいけないというのでだいぶ命懸け。さて、どこから手をつけていいものやら。

 でもまぁ、作品の特徴を考えるに、今回の薬物騒動は単なる金目当ての犯行とかではないだろうし、黒幕を追いかけて行ったらまた宮中の何かに繋がるんだろうなぁ。「金烏の治世を掻き回して乱世のどさくさでなんかしたろ」って思ってる人間がいてもおかしくないしな。地道な実地調査でどこまで真相に近づけるもんでしょうね。あと、今回のエピソードで4人の姫君にはあんま出番なさそうだよね。あせびはしょうがないとして、浜木綿とススキさんの2人くらいは出てきて活躍して欲しいんだけどなぁ。

 次回放送が1ヶ月後って、どん生殺しだよ……。

 
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 じりじりじりじりじりじりじりじり、第3話。なんなんだろね、このアニメ。よく作ったもんだと感心したり、途方に暮れたり。

 1話目時点で気になってたことが3話目になってもまだ気になる、なんともヘンテコなアニメ。果たしてこれをどこから切り取っていいものか困ってしまい、前回はその結果何も書かずにスルーしたのだが、今回のお話は一応1つの節目にはなっているはず。ここで一旦「変なアニメだよね」という感覚をいくらか言語化しておきたい。

 やりたい方向性は何となく伝わってくる。ただひたすらに「義兄」と「義妹」の関係性を描く、ただそれだけだ。2人の関係性を描くのであれば、周りにキャラは必要ないし、大仰なアクションシーンなんて要るはずもない。必要な周りのキャラなんてせいぜい両親くらいのものだし、あとはただ、それぞれが何を考えているかという独白、そして2人の対話。これだけでも、我々が実際にはほとんど見たことがない「義理の兄妹」という関係性を掘り下げることができる。

 ただ、当然そこには大きな問題が立ちはだかる。「そんなんアニメにして面白いんかい」問題である。そしてこのアニメは、そこに大きな勝負をかけた作品と見ることができる。「アニメする必要なくね?」と言われたらアニメにしか出来ない表現を持ってきてねじ伏せるしかなく、今作は「動き」による表現を事実上放棄した。画面に動きなどほとんどなく、必要最低限の挙動だけで話は繋がっていく。それじゃぁアニメにしか存在しない表現とは何かと言えば、それは実際の時間を使った「間」の表現である。そして、映像はそんな「間」を生み出す2人の関係性について、どの視点から見るかというカメラのポジションだけを提供する。極力2人の関係性に介入しないよう、ひっそりと床近くからロングで抜くだけのカメラ。必要な情報を影でひっそりと隠してしまうようなアングル。そして溜まりに溜まった感情を一気に吐き出させるためのフィルムリール。本当にこれはただの「記録」であると、映像は全力でそれを伝えている。

 正直、今以って今作の面白さは表現しきれない。いや、そもそも面白いかどうかすらよくわかっていない。面白くないかもしれない。しかし、何かしら「やってやろう」というクリエイターの熱意は伝わってくる。この作品に相応しい映像表現はこれなんだと、必死に伝えようとする情念が滲み出ている。でなければあれだけの大胆な間の取り方はできないだろうし、どのカットについても、いちいち視聴者に考えさせるような「引っかかり」を与えてくれている。つい最近「菜なれ花なれ」の感想で「カットのもちが悪い」という表現を使ったが、今作のカットは持ちが良い。良すぎて不安になるくらいに時間が注ぎ込まれている。そこに言葉を乗せるか、音を乗せるか、それとも次のカットを乗せるか。考えた末に出てきた流れが、この奇妙な空気を生み出している。何が起こっているのだろうか。私はまだ噛み砕けていないが、少なくとも、歪な兄妹の関係性に思いを馳せる際にはこの「見え」は邪魔にはなっていない。

 もうちょっと、時間ください。

 
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声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子
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↑越えられない壁
沢城みゆき 斎藤千和 
中原麻衣  田中理恵  
渡辺明乃 能登麻美子
佐藤利奈  佐藤聡美
高垣彩陽   悠木碧
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