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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 人の心がない特殊エンディング、第7話。いや、人の心があるからこそなのだろうが……それにしたって的確な追い討ちはやっぱり痛ェや。

 まぁ、放送開始時からそういう話になるだろうということは何となく分かっていたこと。何しろタイトルが「きみ死ぬ」である。誰かしら死ぬことになるのは自明だし、それはメインとなるシーナ・ミミの2人であってはならない(ミミも死んでるのかもしれんが)。となれば、物語の要請上もっとも死にそうなのは、常に隣にいてくれたセイラン・アリのどちらかになるのである。そんなこたぁシステム的に分かってるはずなのだが……それでもやっぱりキツいものはキツい。今週は別アニメでもちょっとキツい進行があってSAN値が削れていたので、シンプルな悲劇が余計にギュッと刺さってしまっている部分もあるかもしれない。

 何がやるせないって、セイランの死はそこまで不可避の「必要な」死ではなかったということ。彼女が戦場に出るにはまだまだ未熟であるという話は本人たちからも教師側からも出ていたことで、学校の現状を考えれば別にセイランが率先して戦場に駆り出される意味も薄い。賢明な彼女のことだ、もっときちんと指導を受けて、来たるべき時まで修練を積んでいれば、もしかしたらもう少し「死ににくい」状況にはなったかもしれないのだ(ひょっとしたら戦場に出ずに済んだ可能性だってあるだろう)。しかし、そんな状況をセイラン本人がぶっ壊し、台無しにしてしまったのである。

 さらに、今作は「戦場」だの「敵」だのという言葉は出てくるものの、その存在感が非常に希薄であるというのもやるせなさに拍車をかけている。今作は「百合姫」掲載作品であり、あくまで「百合」こそが焦点となる要素。「戦争」はそれを飾り立てるための道具立てでしかない。おかげでそこにあまり肉薄する必要はなく、これを本当におざなりに扱ってなんちゃって悲劇に落とし込んじゃうこともできるはずなのだが……なんだろう、そうして「戦争」自体の解像度を薄めることにより、今回のセイランの死については余計に無情さというか、酷薄さが滲み出しているような気がするのだ。人間はどうしても死に意味を見出したがる。そこにドラマを求めたがる。しかし残念ながら、セイランの死には事実以上のドラマはない。彼女が無理をして勝手に戦争に飛び出し、大した戦果もあげぬまま、敵の顔も分からぬまま、本当に「無駄に」命を散らせただけなのだ。

 「システム」として死んでしまったセイラン。となればあとは彼女の死にここからドラマを作るしかない。意味を見出すしかない。当然注目すべきはアリの動向だが、それを見届けなければいけないミミにどんな変化が訪れるのか。そして、そんなミミに、シーナが何を思うのか。

 百合を描くというのも、なんとも酷なお仕事であることよ。

 
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 クラス替えでメインキャラがガッツリ分かれるアニメってレアだよね、第19話。その辺の設定の妙なリアルさも今作ならではだなぁ、という気がする。

 前回「春の手前」のお話で感想を1回休んでしまったが、作中世界は春休み→新学期と進んでいく。春休み中の出来事はそれぞれのカップルに分かれて描かれるが、それぞれに空気感というか、テンポが違うのが面白いところ。この差異は付き合い始めてからの期間が大きく影響していて、三者三様の熱気みたいなものが感じられて趣深い。

 まずは西×山田ペア。こちらは明確に「付き合いたての一番アツアツカップル」。付き合って間もないおかげで何もかもが新鮮だし、何をしてたって楽しいという一番キラッキラで浮ついた時期。遠慮がちな西さんだって、せっかくの休日、気に掛ける相手が山田しかいない状態なのだから少しくらい羽目を外したって大丈夫なはずだ。山田は相変わらずであんまり変化は無いが、それでも「勝負の下の名前呼び」の時にちょい緊張するくらいのメンタルはお持ちで。西さんをいかに真っ赤にさせるか勝負、山田の圧勝。

 続いて鈴木×谷ペア。こちらは付き合いだしてからちょっと時間が経ち、イベントごとも一通りクリアしたくらいの時期なので、春休みの花見イベントとか、誕生日のプレゼントとか、もちろんまだまだ新鮮ではあるが、それでも「完全に初めて」ではなく、お互いのことを理解し合いながらもちょっとした発見が嬉しいという時期。しかし、そんな時期だからこそ先々の変化というものは敏感になるもので、鈴木は直近に迫ったクラス替えがちょっと憂鬱。「確率的に」同じクラスになれる可能性が低いと落ち込むが、谷も似たような感情を持っているというので一安心。ただ、谷の場合はもう少し先のことまで見据えているあたりが鈴木と違うところで……そうなんだよね、高校生カップルの最大の悩みは、やはり進路の話。2人はあんまり進学先についての話なんてしてこなかったのだろう。1年後に自分たちはどうなっているのか。無限の可能性を持つ若者だけが特権的に悩める贅沢な話ではあるのだが、当人たちにしてみれば不安の塊である。谷は鈴木に気を遣いつつ、そのあたりの不安をどう解消していくのだろうか。

 そして3組目……いや、まだ組にすらなっていない。クレジットとしては「東の場合」であったが、まぁ、視聴者目線では「東×平ペア」という扱いで問題無いだろう。こちらはまだカップルにすらなっていない「未満」の関係値だが、前回ついに東が「その可能性」を認識し、ちょいとペースを崩し気味になっていた。東さんの場合には「過去にダメ男たちとクソみたいな恋愛をしてきた」というヤな自認があり、恋愛関係の「下手さ」を感じているせいで意識すればするほど袋小路に入ってしまうという面倒臭い状況。そしてやっぱり「私はどうなりたいのだろう、やっぱり付き合って恋人どうしになりたいってことなのかな」まで考えた後にゆっくりと首をもたげる「……平とォ?」という至極もっともな疑問。ある意味でめんどくせぇ恋愛に引っ掛かるプロの東さんとしては自然な流れではあるのだが、少なくともこれまでの男たちと平は全然違うわけで……また新しいタイプの困惑に頭を悩ませる。

 そして、そんな東を不安げに見守りつつ、爆発物みたいに触る平。これまで少しずつ変化や成長を見せてきた彼だが、東を相手にしての感情にはまだ決定的な変化は見られない。まぁ、絶対に自分は「蚊帳の外」の人間だという自認があるだろうし、毛ほどもそういうことを想像していないのだろうが……だからこそ、ここから先は適度に距離を保ちながらの東の動きが重要になってくるわけだ。……まぁ、東としても一回冷静になって「ほんとにこれは正しい感情なのか」を精査する必要もあるしな。

 やっぱこの2人が見てて一番面白い。東さん、あと1年で何が残せるでしょうね。

 

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 女の戦い、第8話。さぁ、いろんなところがだいぶ具体的に動き始めましたよ。

 表舞台では男たちが躍動している。大局的な視野を持つオゴタイは、金国を倒したあとの世界までを見据えており、モンゴル帝国は単なる武力のみの勢力ではなくなっている。父の代から引き継いだものはあまりに大きいが、少なくとも現時点では四兄弟はきちんと継ぐべきものを引き継いでいる様子。それは最も多くのものを受け継いだトルイに分かりやすく、騎馬民族からしたらちょい苦手じゃないかと思える山岳戦闘でも止まることなく、金だけじゃなくその南、南宋までもを飲み込まんとする勢いで次々に外憂を打ち倒していく。オッチギンに与えられた武力は相当なものだし、それを一族のため、そしてオゴタイのために使おうという忠義は盤石のものだ。

 そして、このような帝国の快進撃を支えるのが内政であり、国内で大切なものを守り続けるものたちの役割。そこには女たちの力も大きな影響を及ぼしている。ひょんなことから「大カトゥン」と呼ばれる立場のボラクチンへとお目見えが叶ったシタラ。きっかけは偶然だったし、第一接触は何事もなく終わってしまったが、一族の女の頂点に立つ人物を目の当たりにし、その人物像を計ることでシタラは自分たちの野望への糸口を探る。ボラクチンは体調に問題を抱えていたが、運良くそれを解消する術をシタラが持ち合わせたことで、急速な接近へと結びつけることもできた。

 「上の者」とのつながりを次々に作り出すラッキーガール・シタラ。この勢いにのってガンガン中枢へ食い込めればおいしいのだが、流石に世界はそこまで甘くはない。多少覚えめでたくなったとて、そこからいきなり大カンに繋がるわけではないのだ。まずはボラクチンをしっかりと信頼させなければいけない。本来ならもっと面倒なレベル上げが必要だったところを、一足飛びにボス級の相手にまで接触できたのだから、この機会を活かさない手はない。

 そこでシタラは最短距離で核心へと攻め入る選択をした。少しずつ交流を深め、「四兄弟が争っちゃうと危ないよな〜、でも今の帝国は歪んでるからな〜」と揺さぶりをかけ始める。普通に考えたらだいぶ「出過ぎた真似」だし、ボラクチンやモゲさんのように基本的には四兄弟の絆を信じている人間にとっては不敬な物言いにすら聞こえてしまうこの発言。一歩間違えれば不興を買って今まで積み上げてきたものが台無しになるリスクがあったが、シタラはボラクチンの人物像を読み解き、いけると判断したらしい。「私と似たところがある」というのはどこまで信じていいか微妙なところだが、「何か縋りたいものがあるなら、自分の才を頼みにするはずだ」という見立てはそう間違ったものではないだろう。この時代のとんでもねぇ相続制度のおかげで、もはや「妾」という存在意義は全くなくなってしまったボラクチン。彼女がオゴタイの役に立つとするなら、それは政治の話になるはずなのだから。

 狙い通り、シタラの甘言に乗せられてボラクチンはぐらつく……かに思われたが、そこは流石の大カトゥン。まだまだシタラごときに遅れは取らない。「現在のオゴタイとトルイの関係性は正しいものか」というシタラの上申は一旦受理しておきつつ、シタラが本当に信頼に足る人物であるのか、そして彼女が何を狙っているのかを探るため、裏で手を回してドレゲネさんとの接触を試みる。一応現時点ではドレゲネさんはシタラの唯一の「共犯者」であるから、この個人諮問がシタラの不利に働く可能性は低いはずなのだが、残念ながらドレゲネさんとシタラってどこまで一蓮托生の関係性かもコンセンサスが取れてない可能性はあるのよね。ボラクチンにちょいちょい呼び出されるシタラを見て、ドレゲネさんはちょっと拗ねたような様子も見せており(かわいい)、どこかで「もしかしてボラクチンに取り込まれた?」とかいう勘繰りが出てきても不思議ではない。ボラクチンもその辺りを狙って、シタラを飛び越えてドレゲネを揺さぶろうと思ったのかもしれない。ここの2者の関係性もどうなっていくのか。

 現状はシタラVSボラクチンの腹の探り合いバトルであるが、ドレゲネさんがどれだけこのバトルのステージを理解して対等に渡り合えるかは気になるところ。さらに間に挟まれて気苦労が多そうなモゲさんの立ち位置も気になるし、少し離れた地ではソルコクタニも相変わらず何かのタイミングを測っている様子。みんなして可愛らしいくせに、この世界の女たちの激しいバトルは続いていくのである。

 
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 我々はいったい何を見せられているんだ……第7話。とりあえず今回分かったこと、「室町時代にはギターとドラムのロックサウンドがあった」。

 戯言はさておき、さて何を描いた物語であるのか。先週分はデトックス期間だったので感想を書かなかったが、ざっくりいうと「鬼夜叉が良かれと思ってコガネたちと交流して親睦を深めていたら、なんやかやあって政争じみた泥臭い揉め事に巻き込まれてしまった」というお話。ぶっちゃけ、「こういうテーマ設定ってあんまり今作に求めてないんだけどなぁ」とは思っていた。「舞うこと」という浮世離れしたテーマを大上段に掲げる作品なので、主義信条やら当時の世相やら、政治的な話が絡んできちゃうとお題目が霞んじゃう気がしたのだ。

 ただ、もちろんそれは拙速な考えでしかなかった。今作における鬼夜叉周りの環境は、全て彼の生み出す「舞」に関わる要素である。今回彼がその身をもって体験し、見守り続けたのは、時代を生きる人々が引きずった歴史であり、世俗に生きる人々のイデオロギーそのもの。かつて田遊びを目撃した際にも似たようなカルチャーショックを受けた経験はあったが、とにかく鬼夜叉は「人生経験」が少ないため、それを埋め合わせるためにさまざまな衝撃を体験している真っ最中なのだ。

 この時代の平均的な庶民の生活がどのようなものなのかは定かじゃないのではっきりは分からないが、周りから言われている通り、鬼夜叉のこれまでの人生は何不自由なく育った恵まれたものである。食うに困らず、人に困らず。わがまま勝手に生きてきたのも、それが許される環境にあったからに他ならない。そんな鬼夜叉だからこそ、自らの意志で立ち、「舞」を考え始めたこの時期に、ようやく「世の中」が見え始めるのも致し方ないことだろう。コガネの味わった屈辱とどうしようもない悲劇は覆しようもないし、それを鬼夜叉が十全に理解・共感できるとも思わないが、この時代であればこうした理不尽も日常茶飯事だったのだろう。食うや食わずやで生き抜いているサンプルとして以前も白拍子という人物がいたが、彼女には「舞を踊る」という共通点があったために完全なる「外界」ではなかった。此度のトクさんの顛末は、間違いなく鬼夜叉が初めて見せつけられた現実である。ただひたすらに「見続ける」ことで、鬼夜叉は何を手にするのか。

 鬼夜叉が「見なければならなかった」のに対し、義満は「見なかった」。執拗に眼球の動きを追うカット割り、鬼夜叉もじっと義満の表情を観察し続けたが、結局彼がトクさんに注意を向けた様子はなかった。そのことで鬼夜叉は憤ったわけだが、義満は義満で、「いちいち気にしてたら将軍なんてできるかよ」と達観した様子。彼のこの態度も、そりゃ見方によっては単なる薄情者だが、上に立つものの志としては理解できる部分もあるだろう。国という大きなものを背負っている人間が、いちいち目の前の人間の瑣末な事情など汲み取ってはいられぬ。この地位に立つにあたり、すでに多くのものを切り捨て、犠牲にしているのだろう。今更感情に任せて同情したり、蔑んだり、そんなことをする心の余裕はないのだ。そしてそれは、鬼夜叉も同じではないかと義満は問う。「お前も奪う側の人間だろう」と。鬼夜叉はそれに対して返す言葉がない。自分の未熟を、不学を身をもって知った直後である。義満の言葉を受けて、彼は自分のステージを上げる以外に応える方法はないはずだ。

 そうして出てきた再演の演目。……なんかもう、やりたい放題でしたね。これ、原作漫画ではどういう表現になってるんだろう……攻めた新規性を表すロックサウンド。滔々と「謳い」を流していく花守ゆみりの相変わらずのテクニック。……なんかすげぇものを見せられたのは間違いないのだが……鬼夜叉、お前の演目はそれでいいのか。ここから先に、お前の「舞」はあるのか。


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 サブタイ(?)が「ブラック会社員と死にかけ魔人の逆転物語」だったのおもろい、第6話。確かに、この2人の関係性だけでみたらごっつなろうっぽくはある。

 というわけで、ここまで「EXCEED側」「魔人チーム側」と描かれてきたので、最後に描写されるのは当然「悪いボスキャラ側」ということになる。ここまで、今作は本当に「脚本の基本のキ」みたいな要素ばかりで構成されており、意外性のある物語など何一つ出てこないという潔い設定だったのだが、ラスボス・マナの設定に関しては多分意図的に「なろう的主人公感」みたいなものを添えることでちょっとした捻りにしていると思われる。いや、結果的に出てくるものは結局はマンネリ気味ではあるのだが、ふとエイジくん単体に目を向けてみると、「どこかでいっこ間違っちゃったなろう主人公」っぽいのがちょっと面白いのよ。

 要素だけ拾えば冒頭で書いた「サブタイ」はほんとのことしか言ってない。「ブラック企業の社畜として冴えない生活を送る俺」はなろう的第1話の定番中の定番だし、そんな主人公が単なる偶然からいきなりチート能力を手にするのがセオリーだが、人外と遭遇してなんか知らないけど気に入られる、というのも割とよくあるパターン。当然、それが可愛い女の子ならハーレムのスタート地点にもなりうるわけだが……今回エイジくんが拾ったのは「倫理観ゼロで最強クラスの能力を持つ魔人」だったというだけの話。マナがエイジだけを生き残らせたのは単なる気まぐれだったのだろうが、もしかしたら今生に嫌気がさして捨て鉢な態度になっていたエイジが、生への執着や対象への恐怖も薄めの状態でフラットにマナと対話できたことから興味をひいたのかもしれない。都合のいいことにエイジくんはそれなりのITスキルも持ち合わせており、倫理観ゼロで悪そうな魔人・マナの願いを叶えるのに足る人材でもあった。「出会っちゃいけないバディ」がここで完成した。

 現時点での2人の関係がどういう言葉で語られるのかはまだ分からない。今回はエイジの独白が中心だったので、おそらく彼の「まぁ、俺くらいしかマナを楽しませることができないなら付き合ってやるか」という消極的とも取れる友情は本当の感情だろう。会社の同僚を皆殺しにしたことを受け入れた時点でエイジの倫理観も大したもんではなく、そりゃ地球が滅びるって言われたら困るかもしれないが、マナが自分の手の届く範囲でやんわりと人命を軽んじて、何となく治安を悪くするくらいなら止める必要も感じない。ペットに餌をやる感覚で、彼女の笑顔が見られれば自分の目の前の世界はそれでOK。多分、エイジのモチベなんてそんなもんだと思われる。

 対するマナの方はというと、これまた「魔人の感覚」はよく分からない。出自についても「寄生型」ということだけは判明したがそれより詳しい経歴は不明だし、何となく人類に恨みを持ってはいそうだが、普段のテンションから「人類滅亡」まで願っているようにも見えない。エイジを助けた理由もわからないし、今現在エイジに懐いている状態だって、どこまで本心かは分からない。でもまぁ、この世界で唯一信頼がおける人類、兼なんでもやってくれる便利な執事として重宝しているので殺す理由もない、くらいの感覚かもしれない。スキンシップの取り方を見てると「それより上」であることはアピールしてるっぽいが、最終的にこの2人の関係にどんな名前がつくのかはちょっと楽しみな部分かもしれない。

 そんな適当な理由で悪さをしている2人を相手に、国家権力とアウトローがそれぞれに対峙していく。エイジくんのスーパーハカー能力のせいでちゃっちゃと身元が割れてしまったトワさんはちょっと心配だが、現時点ではまず「どこまでシイナに身バレせずに暴れられるか」の方が気になるポイントか。アンジャッシュコントばりにうまいこと直接接触だけは避けてるんだよなぁ。別にバレたからって即交戦って関係でもないし、バレたらバレたで話し合いの余地はありそうなんだけどね。

 
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 (しばらくアニメ視聴が制限された生活だったので視聴順が前後してます)

 最後ちょっと泣いちゃったわよ、第6話。今週分は基本的に記事アップは控えようと思ってたんだけど、やっぱ良いものは良いので記録がてら(来週お休みらしいしね)。

 いざ初舞台。前回時点で「まぁ、売れないやろな」となんとなく思っていた安海たちの初めての漫画「製品」。「売れないやろな」はアニメの展開的にもそうなりそうだったし、そもそも無名の高校生同好会が出してきた安っぽい同人は普通はあんまり売れるもんじゃない。まぁ、コミティアであればそういうニッチな作品を探しにやってくる本物のマニアもいるかもしれないので、たまたまそういう人にかち合うか、ほんとにセンスが合う人が偶然手に取ってくれるか。そうでもなければ、よほど気合を入れて宣伝しなきゃ1冊も出ないことの方が普通だろう。

 まぁ、手島先生からの丁寧なレクチャーもあったので安海たちだってある程度の覚悟はしてきているはずだが、やはり周りのサークルがポツポツとハケていくのを見るとちょっとがっかりはしてしまう。自分たちの作品には魅力がないのかと落ち込みもする。別ブースで好き放題やってる光ちゃんがさっさと完売させてるなんて情報も入ってくるわけで、まさにこの世の無情。しかしこれもまた大切な経験の1つ。それがわかっているからこそ、先生だってわざわざこんな面倒なところまで出張ってきているのである。

 今回も間に挟まれた先生の回想。そこで描かれたのはこれまで何度か語られた先生の苦悩の時代。基本的に陰の者だしもともと人の話をあんまり聞かないタイプだったようで、編集さんとの打ち合わせも殺意の高そうな言葉しか出てこないコミュ障問題児だった先生。まぁ、何かを滾らせて創作にあたる人間って多かれ少なかれ問題は抱えてますからね(光ちゃんとかね)。それでも、編集さんはお仕事という枠を超えてきちんとアドバイスをくれるわけですよ。冷静に考えて、こんなにありがたいこともないですけどね。誰だって、何かを作ってみようと思い立った時には助言を与えてくれる人なんていないわけで。そう考えると、確かに安海にとっての赤福って大事な存在なのかもしれないな。

 かつて、手島先生は籠りに籠った意欲が発散できずに爆発物みたいな生き方をしていたわけだが、そんな破裂しそうな先生にちょっとだけ息をさせてくれたのが、1冊だけ自作を買ってくれた「お客さん」の存在だった。結婚妄想は行き過ぎだが、ちゃんと中身を見た上で、「同情ではなく」自分の作品に価値を見出してくれた人が絶対に1人はこの世界に存在している。そのことにどれだけ救われることか。それが分かっているからこそ、先生も今回の出展を許可したのだろう。もちろん1冊も売れない可能性も高かったわけだが、売れた時のその経験、それが自分に与えた影響の大きさを考えたら、安海たちにチャンスを与える意義があると判断したのだ。そしてそれは見事に成功した。安海目線で見たら色々と複雑な要素も混ざり合っているが、少なくとも藤森さんにとっては純粋な「評価その1」であったのだから。

 人前で自作を売るという貴重な経験で広がる輪がある。今回登場した新キャラ、謎の離島民「ルゥ・ガルゥ」。こいつ、今後どこかで交わることはあるんだろうか……まぁ、安海って今んところ周りに「自分より下手なやつ」はいないから、もっと等身大で殴り合える友達がいた方がいい、みたいな配役かな(赤福は描かねぇからな)。あいつがなんで1人で参加してたのかはちょっと気になる要素。

 そしてなんといっても、最後に姿を現した編集の人である。これまでずっと「編集さん」としか書いてこなかったけど、彼女の名前は金剛寺華さん。手島先生の人生に大きな影響を与えた重要人物だ。年齢不詳で、先生が現役だった当時ですでに歳はいってたんだろうか。すっかり髪が白くなった状態で貫禄増し増しの登場。そして今回も、きちんと未来ある若者のことを考えて適切なコメントをくれる見事な編集仕草である。彼女はいう。「同情は創作の敵である」と。うーむ、なかなかに難しい。確かに内輪褒めばかりでは才能は伸びない。今回の状況で気を遣って安海の本も買ってやることは簡単だが(100円だし)、それよりも、「片方の本しか買われなかった悔しさ」を安海に味わせることが彼女の将来につながると、金剛寺さんは判断したに違いない。そしてこうした采配は、きっと先生が現役だった頃にも的確に行われていたはずなのだ。先生、もっと金剛寺さんのアドバイスを真面目に聞いておけば何か違った未来もあったかもしれないな……。

 どうなんだろ、手島先生が筆を折った経緯がまだはっきりしてないので何も言えないのだが、今回金剛寺さんがブースにやってきたのは確実に先生が呼んだからに違いない。きっと、「生徒の指導」のために、ここで金剛寺さんを呼ぶのが大切だと、先生は感じたはず。つまり先生の中には彼女への絶対的な信頼はあるのだ。そして金剛寺さんもそれを受けてベストなレスポンスを行う。2人の「漫画人」の心はまだ繋がっているように見える。しかし、それを全て理解した上で先生が出した100円玉。この辺りに「手島零」という人間が見えるわけだ。「編集の指導」と「先生の指導」は違って当たり前なのかもしれないが、きちんと心に1本の芯がなければどちらの対応もできなかったはず。この世界の大人たち、やっぱ格好いいや。

 何者にも代えがたい大きな経験、これを受けて、安海は何を思うだろうか。

 

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 出てくる女の子がみんな可愛い、第7話。今作はあんまりそういうところを味わうアニメではないと思うのだが、なんだろね、このキャラデザのくせしてちゃんとみんな個性が出てて、全然違うフォルムなのにそれぞれに愛嬌があるんだよな。今回だったらモゲちゃんとキルギスタニさん。

 いい女ランキングでは上位に食い込むドレゲネさん、陰のある表情も素敵な彼女に正式に仕えることになったシタラは、目的意識をガッツリと共有し、壮大な野望への一歩を踏み出す。たとえ1人が2人になったところで相変わらずモンゴルは大きすぎる敵に違いないが、それでも初めて得られた同志を前に、シタラさんにもちょっとだけ勇気が湧いた。

 動かすべきは兄弟の関係、それはドレゲネさんも以前から考えていた絶対の策。オゴタイの帝位はそれだけ火種が燻るものだと想像しているし、武力に長けた末弟のトルイという分かりやすい不穏分子までぶら下がっている。確かに誰が考えても地盤を揺るがすならその辺りを刺激するのが一番手っ取り早い。モンゴル人は血の気が多くて出世欲も強く、どこかを焚き付けてやれば空中分解しそうだ、なんて偏見じみた予断もあったのかもしれない。

 しかし、蓋を開ければ出るわ出るわ、想像以上に4兄弟の絆は固く、現時点では残りの3人がオゴタイを支えるべく、一切裏を持たずに協力しているように見える。それは血気盛んなトルイもそうだし、一番燃えそうなところだ、と言われていたチャガタイなんて先陣を切ってオゴタイageの姿勢を喧伝して回っている。思った以上に、この4兄弟を崩すのは難しそうだ。

 しかし、戦乱吹き荒ぶ中央アジアの地、モンゴル自体が騒乱の中でその地位を確立してきたことからもわかる通り、明日も分からぬ不安定な状況なのは紛れもない事実。飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力図を拡大してきたモンゴルにとってはいよいよ大きな一戦、現在の中国にあたる金国との決戦が現実味を帯びてきたそうな。そうか、この時代って金と南宋なんだね(日本史はやってたからこの辺はちょっと分かる)。この「金」の文字が消えて「元」に塗り替えられるまで、あと幾ばくといった情勢だ。まぁ、もちろんオゴタイ達はそんな未来のことなど知らずに、自分たちのいく先を議論しているわけだが。

 立ち居振る舞いからは名君なのか、はたまた暗君なのかが計りづらいオゴタイ。一族の集まった大会議・クリルタイでは金を攻めよの大号令でも出すかと思えば、驚きの第一声が「町を作ろう」という、モンゴルの民からすれば埒外の一言。みんなが戸惑う中で独自の政策理念を唱えるオゴタイだったが、残念ながらいきなり話が通るほどに民衆は分かりやすくはなかった。その場は一旦飲み込む形で、戦争推進派のトルイが舵取りを務めて最終的には「想定通り」の結論を引き出す。まぁ、遊牧騎馬の民がこの状況で「一旦落ち着いて防衛拠点を管理できるようにしましょ」なんて穏当な策を好むとも思えないしな。もちろん、オゴタイもその辺の感覚は理解した上で、「モンゴルらしさを守りながら、さらに一歩先へ進む」案として提案しているようなのだが。この人、多分見た目(と声)以上に聡い人物なんでしょうね。だからこそ残りの3兄弟もこの陣容を認めてるんだろうし。

 こうしてオゴタイが緩衝材としていい具合に治政を行う中では、シタラが目指す「兄弟の不和」なんて望めそうもない。これが領域外からの刃であるなら刺さる要素もあるのかもしれないが、なんとオゴタイの陣営の中にも、そんな「最悪の事態」を想定して事前に予防線を張ろうとしている人物がいるという。モゲさんが懇意にしていたのはなんとオゴタイの第一妃だという謎の人物・ボラクチン。強烈な存在感を持つ彼女は、すでにトルイが前に出すぎないように今の時点で友好策を練っておけよ、ってんでモゲさんを遣わした。つまりここがシタラたちの狙いと真っ向対立の自警団ということになる。ふむ、勇ましい男達の歴史の陰で暗躍する、女達の戦い……になったら面白いけど、はてさて。


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 (ほぼ)1話まるまる山田・西! 第17話! バレンタイン回をまるまる使い切るなんて、ふてぇ連中ですわよ。

 思い返せば、このアニメの第1話は鈴木から谷への告白から始まったのであった。そして2クール、17話を経てついに第2のカップル成立。ここまで長かったような気もするが、最初の距離感を考えればじっくりと手順を踏んで進んできた山田の努力は讃えるべきものだろう。そして、それにきちんと応えることができた西さんも。

 もー、余計なことは言わずにただひたすら初々しいカップルのあれこれをニヤニヤと見守るだけのお話である。お互いに気遣いをしすぎちゃうところがもどかしいが、それってのは別にこの2人に限ったことでもない。両思いの関係なのだからお互い過度に気を遣っちゃうのは致し方ないし、なんとか格好良く見せようと頑張っちゃうことも、その果てに空回っちゃうこともしょうがない。こうして小さな失敗や「分からない」を解消していくことで、2人の関係は形作られていくのだから。そういう意味では、なんだかたどたどしかった段取りも、2人の人となりを表す分かりやすい指標。バレンタインの1日を経て、お互いに「この人でよかった」と思えたに違いない。

 まさかの西さんからの先制攻撃に面食らってしまった山田だったが、その後改めて反省の弁を報告、さらに仕切り直して全責任を背負うことで男を見せた。肝心なとこで変な空気になってどうにも締まらないのも山田らしさであろうし、おかげで西さんからも気楽に過ごすことができたって見方もできる。今後もこの関係性の延長線で行くのであろうから、できるだけ山田は積極的に攻めたいだろうし、そして西さんもそれに応えられるメンタルを鍛えていきたいところだ。いわば鈴木・谷ペアの男女逆転バージョンみたいになるわけだが、しばらくは山田が周りの人間にどうやって説明するのかで様子を見させてもらうことにしよう。まぁ、周りの連中の大半は「知ってた……」で終わりそうだけど。改めて顔を合わせた時、本田さんは山田に何を告げるのだろうか。

 さて、こうして2組目のカップルが誕生すると……どーしても気になるのは「残るペア」ですよね……。平、おめぇガム一粒で悩んでる場合とちゃうぞ。ホワイトデーで、何かもう一歩進んだりするんでしょうか。まぁ、ここは両思いどころか、全体的に「恋愛という価値観否定しがち」コンビみたいなとこあるからなぁ……。

 

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 繋がる運命、第6話。……「嫁いだ先が石田彰」は絶対に死亡フラグなんだけど、今回は違う意味での悲劇だったなぁ。

 まるまる1話使ってドレゲネさんの生い立ちエピソード。彼女がどこからきて、今何をしているのかを説明するためには最低でもこれくらいの尺は必要だろう。彼女が生まれ故郷を離れて望まぬ婚姻関係を結ばされたのが25年前とのこと。つまり現時点でのドレゲネさんってどんだけ若く見積もっても30代後半から40歳くらいか。思ったより歳いってた。この時代の一般的な婚姻年齢とか出産年齢とかはよく分からんけどね。

 彼女の生まれ育ちは本当にシタラとよく似ている。シタラは奴隷の身にありながら買われた学者の家でファーティマという素晴らしい主人を得て、そこで新たな学びと新たな人生、新たな家族を手に入れた。それまでの奴隷生活からは信じられないような生活で、今あるシタラの全てを作ってくれたのはファーティマとムハンマドの家族だったのは間違いない。

 ドレゲネさんも多少立場は違うが、何度もアイデンティティの転換を迫られ、その都度自力で乗り越えたり、優しい周りの人たちに助けられたりして生きてきた。強いてシタラとの差をあげるとするなら、もともと遊牧民の出自ではあるので、ステージが変わっても生活様式や文化レベルでシタラほど大きなカルチャーショックを味わう機会が少なかったくらいか。それでも、どうやらこの時代に平原に生きる遊牧の民は独自の様式を形成する様々な部族が時に手を取り、時に争い合っていたようで、生まれ育った一族以外はやはり「異文化」ではあるのだけれども。

 そんなドレゲネさんが嫁いだ先、メルゲンの民と呼ばれる人々は弓による狩猟・戦闘を得意とするという点がちょっと異質で、どちらかというと「平原の民」というよりは「森の民」「山の民」だったのかもしれない。あくまで政治の道具として嫁いできた自分に人間としての価値など無いと思い込んでいたドレゲネはしばらく不貞腐れて虚無な日々を送るが、ありがたいことに嫁ぎ先のダイルおじちゃんは割といい人だった。娘のクランの存在もあり、ドレゲネはそこでの生活でかけがえのないものをいくつも手にしていく。それは本当にシタラとファーティマの関係によく似ていた。そして似ているということは、当然終わりが来るということ。

 嵐の中心にはいつだってチンギス・カンがいる。彼が勢力を伸ばしたことでメルゲンの民は敗北、解体を余儀なくされた。ダイルさんの計らいで命は救われ、一方的に奴隷として取り上げられる事態は避けられたが、それでも女たちにとってハッピーな結末なはずもない。2度目のアイデンティティ・クライシスにどう対処したものかと悩むドレゲネだったが、彼女の躊躇など周りは待ってくれない。ダイルは族長としての使命を果たすため、無謀な戦いを挑んで散っていった。その様を見て、ドレゲネは軸足を「復讐」へと置いた。目の前には自分の生活をめちゃくちゃにして主人を殺したオゴタイ。手の届きそうな目標もあり、ドレゲネは輿入れし、子供まで授かっておきながら、25年の時を経た今でもオゴタイへ、そしてモンゴルへの恨みを忘れてはいなかったのである。

 前回、シタラは「油断すると恨みの炎が消えてしまいそうになる」と苦しんでいたわけで、同じような境遇で25年間も怨嗟を維持し続けたドレゲネさんの存在はある意味で希望である。何より、このクソでかいコミュニティの中で、貴重な貴重な仲間に出会えたというのが一番大きい。しかも相手は大カンの正妃ときた。シタラからすればこれ以上ない潜入先、最大級の好機には違いない。互いの胸の内の炎に偽りはないと判断し、ドレゲネは全てを包み隠さず話し、シタラもこれに同調した。さぁ、たった2人の復讐劇が、ここから始まるのだ。……まぁ、どこから手をつけていいものかはさっぱり分からないが……。


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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子
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↑越えられない壁
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