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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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LAZARUS ラザロ」 5→3

 これはもう、揶揄でもなんでもなくて純粋に疑問として答えが知りたいのだが、……この作品は何をどう楽しめばよかったの? 一部で評価する声も聞こえてくるのだが、どの部分を楽しむアニメなのかが最後まで皆目検討がつかなかった。座組みによる前評判が高かっただけに、この延々頭が来ないだるま落としみたいなアニメのどこをどう摘んだらよかったのか、マジで頭を抱えている。

 常々、私は「やりたいことが分かる」という要素をプラスに取るようにしている。「達成できなかったけど、やりたいことは分かった」とか、「なんかやりたそうな空気は伝わった」とか。しかし、今作の場合は「多分こういうのがやりたかったんだろうけど……」というのがなんとなく伝わった上で、「なんでやろうとしたん?」という疑問につながってしまう。多分、やりたかった「空気」は渡辺信一郎の代表作であるビバップだろう。昨今、ああいうハードボイルドな世界観のアニメなんてすっかりなりをひそめてしまったし、ビバップは特に海外受けが良いということもあり、25年以上経った今なお、語り継がれる作品だ。私もリアタイではないが一応視聴はしていて、なんとなく格好いいと憧れもしたし、それなりに楽しんだ記憶はある。おそらくナベシンを担ぎ出すにあたって、「令和に再びあのビバップを」みたいな注文が出たことは想像に難くない。

 ただ、ビバップってのは雰囲気だけの作品じゃなかったってことなのよ。本作に一番欠けている要素は誰がどう見ても脚本の求心力。毎回毎回毎回毎回「スキナーいないねぇ、あっちにいるって? 行ってみよう! いないねぇ」を繰り返すだけで、お為ごかしのように積み重ねられる薄い「秘密結社のメンバーもの」みたいなテイストも、メンバー1人1人に愛着も感情移入もないもんだからサラサラと流れるばかり。だってメンバー5人にしても「個性的な連中が集まったぜ!」をやりたいはずなのに、みんなして別に個性を発揮しないんだもん。最後まで誰がどこで何したいのか、さっぱりピンと来なかった。「ルパン三世」の旧作を見て不二子ちゃんのあれこれを見ていた方がよっぽど刺激的だろう。

 そしてもう1つの「やりたかったこと」は生のパルクール映像。徒手空拳での取っ組み合い、格闘シーンにチェイスの画面がとにかく長い尺を使っており、必死に描いた作画シーンを見てほしいというのも本作の狙いの1つ。わざわざパルクールアクションのために専門家を引っ張ってきたという話だし、「やっぱり昨今のアニメ、作画でも魅せないと」という真っ当なセールス文句をなんか変な解釈で飲み込んじゃった様子。私が1話目時点で「流石にパルクール長くね?」と首を傾げて評価を上げづらかった記録が残っているが、1話目時点ですでに飽きちゃったものを、そこから13話続けられても面白くなるはずがない。そんで中国アサシンとアクセルの関係性とか、別に引っ張るようなネタがあるわけでもないし。ダラダラと格闘シーンを続ける時間があるなら、その時間でもう1つ2つドラマの掘り下げをやって多少なりともキャラクターへの理解を深められればよかったのに。

 トータルすると、なんか「大人がいっぱい集まって会議を重ねた結果、誰も核心的な意見が出せずになんとなく外側だけ決めてったらガワだけの議案が通った」みたいなアニメだった。ここまで「はずされ」たのは久しぶりの感覚だが……でももしかしたら私が気づいてないだけで、何か制作サイドには深遠な目的があって、それをこっそりアニメの中に仕込んでいたのかもしれない。それこそ、体内に潜むハプナのように。

 ……最終回で「ハプナなど幻想だよ」みたいなオチになると思ってたのにふつーに手書きで構造式書いて渡して、急ピッチで特効薬の増産させて間に合ったのは正直ワロタ。世界、柔軟すぎるやろ。

 
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「戦隊大失格 2nd Season」 ―→4

 ごめん、途中から真面目に観てなかったもんだから設定のディティールあんまり把握しないまんまで終わりを迎えてしまった。まぁ、そこまでコミットしてなかった作品の2期目ってぇとよくある話だ(言い訳)。

 流石にそれで「ごめーんね」で終わってしまったら実入りが無さすぎるので、なんで真面目に観る気が起こらなかったかって要素をいくつかピックアップしていこう。まず最大要因の①「作画が……」。もう、なんか今期はそんな作品ばっかりな気がするのだが、今作についてはかなりのがっかりポイント。思い返せば1期は日曜夕方に放送されてたんですよ。それなりに期待感があって、宣伝も打たれてた枠だったおかげでYostar Picturesが頑張ってアニメを作っていると思ってたのに……2期に入ってからというもの、「深夜ならもういいや」みたいな投げっぱなし作画が一気に増えて画面の魅力は激減。作品として成立するギリギリじゃねぇか、くらいの低クオリティまで落ち込んでしまった。勝手なイメージでYostarは作画品質だけは落とすことがないスタジオだと思い込んでいたのだが(少なくともこれまではそうだったはずだが)、この作品で初めて「崩壊」レベルの失態。いったいどんな事情があったんでしょうかね。

 理由その②、流石にシナリオラインが間延びしすぎた。序盤から中盤にかけてのエンドレス石田彰フェイズが長すぎた。なんで今作の設定でわざわざ1つのバトル要素にループものを入れ込もうと思ったんだろうね。いや、入れてもいいんだけど、アニメになった時の盛り上がりがなくて、ただダラダラと(低品質作画の)よく分からんシーンを見せ続ける展開に。先の展開を知らない私もそりゃ石田彰がいることは最序盤から分かってるし、何に期待して観たらいいのかよく分からなかった。そんで1つのくだりでダラダラと尺を使った割には、その後の急転直下の世界観がガラッと入れ替わる展開が性急でよく分かんない流れになっちゃったり。まー、これは私が1期をろくに覚えてないのも悪かったのかもしれないが、残念ながらついていく気は大きく失せた。

 そしておまけの理由③、やっぱこの作者、別に戦隊ものが好きじゃないよね。いや、別に戦隊パロディを描くのに絶対に愛着が必要である、なんて原理主義的な思想はないのだけど、たまたま放送時期的に間に挟まった「戦隊レッド」が割と理想的な「戦隊パロディ」を実現してくれていたおかげで、表層的な設定として(しかもだいぶ歪んだ認識の)戦隊を使ってるだけの今作に魅力を感じることができなかった。まぁ、そうして「戦隊なんて」っていうアンチテーゼを唱えることが主目的であることを考えれば、むしろ戦隊ファンから嫌悪感を抱かれる方が本懐なのかもしれないが……だとするならやっぱり私は楽しむ意味がないということになる。もちろん、戦隊とか全然関係ないところで面白いドラマが展開するなら表層的な部分を気にする必要すらないのだが、残念ながらそんなレベルの話ではなかったのだ。

 なんかこう、全体的に「やらなきゃいけないからなんとなくお話たたんどきました」くらいの印象での幕引き。途中からサブタイトルを見るのだけが楽しみなぐらいでしたとさ。サブタイだけから推察するに、最終的にアンチ戦隊の代表格がドンブラだったって結論になるんだ(そういうことではない)。

 
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「ウマ娘 シンデレラグレイ」 6→6

 とりあえず一旦中休み。分割2クール目が10月から始まる旨はすでに告知されているし、ほんとのほんとに「小休止」。だから現時点で何かを語る意味はあんまりない。

 とはいえ、その中休みをVSタマモの後ろに持ってくるあたりがなかなか憎たらしいね。衝撃的なオグリの「敗戦」で幕を引いて、次なる再起から後半クールがスタート。いわば視聴者目線では「なんかモヤッとした終わり方」に見えなくもないわけだが……でもまぁ、そこに気を持たせるような筋立てにもなっていないので、むしろ沸々と煮えたぎるような感覚を3ヶ月間抱えていきましょうや。

 今作についてはウマ娘シリーズとしては初めて原作を知った状態での視聴だったので、今後の展開がどうなるものかとハラハラしながら見守るという緊張感こそなかったものの、きちんと「これくらいのクオリティで出してくれるだろう」という想定に乗ったアニメ作りができていた。予想も期待も裏切らないってのは簡単そうに思えるけどなかなか難しいもんですよね。まぁ、その辺りはCygamesPicturesのお仕事に不安は一切持ってないのだけども。新番チェックの時に触れたが、本作はまた「1クールで終わらせることを想定していない初の長期アニメ」という特性もあり、その辺の舵取りがどうなるかという不安もあったのだが、きっちり1クール分の尺で過不足ない演出になっていたし、今後も心配する必要はなさそうだ。

 タマモ戦までをぼんやりと見ていて考えたことを付記しておくと、「ウマ娘」シリーズの倒錯した面白みってのは長期シリーズにしてもなかなか面白いな、とか考えていた。普通、ドラマを作る際には「理由」が先にあって「展開」を作るんですよ。例えば主人公がここで一度レベルアップして欲しいからそのモチベーションのために試合で負けよう、とか。ライバルの存在が多くなりすぎるからここで負傷退場してもらおう、とか。面白い展開ってのは考えて作るものなのだから当然だ。

 しかし、ことウマ娘ってシリーズはこの因果関係が逆になる。試合での勝ち負けはすでに「現実が」決めてしまっている。そしてそこに「理由」をつけるのが物語の語り手の仕事。例えば今回のお話でいうなら「オグリはタマモに競り負ける」という結果が先にあり、その理由として「タマモにも抱えている大切なものがあり、そのためにゾーンを超えたからオグリにまさったのだ」という展開が描かれる。そこに脚本家の手腕が試されるし、ユーザー側としてはそうした「普通じゃない」物語の組み立てに楽しさを感じる。

 オグリって、「怪物」だのなんだの言われてるけど、今回のタマモをはじめとして結構「負け試合」が描かれるんですよ。普通の少年漫画だとこういう展開って結構珍しくて、普通に考えたら「最強のはずなのに!」ってヤキモキしそうなもんだけど、1つ1つのレースをどっしりと描いてくれるおかげでそこにフラストレーションが溜まりにくいし、面白さにも繋げられてる。今後の展開でもそういう「史実に裏付けられた創作劇」の妙味を引き続き楽しんでいきたいですね。とりまジャパンカップ、あれもあれでなぁ……。

 
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「黒執事 -緑の魔女編-」 ―→6

 思えば遠くに来たもんだ。アニメシリーズとしては一応5期目(数え方によって変わりそう)、足掛け17年目のとんでもない作品がまた1つの幕引き。当初は大してフォローしてなかった作品だったのだけど、途中から割と楽しくなってるのはやはり積み重ねた歴史のなせる技か。

 いや、それよりなにより今作の最大の売りはCloverWorksによるハイクオリティアニメーションなのだけども……一応Cloverに変更される前のBook of Circusあたりから評価が上がってるので後付けの理由ではある。昨年の「寄宿学校編」に続き、今回も絢爛だったり、妖艶だったり、壊滅的だったりする世界の情景が実に見事な美術設定で描かれた。お話の方も話数を重ねてマンネリズムに堕するかと思いきや、きちんと「ネタ」をガツンと盛り込んでおり、シエルたちの海外出張任務(?)をなんとも即物的な刺激で彩ってくれた。正直、ネタばらし周りの話数は流石に面白くて、「えげつねぇネタだなwww」と笑ってしまった。あまりにもまっすぐな展開だったもんで、逆に想定してなかったわ。

 長期シリーズのくせして新キャラが釘宮理恵だったというのも最初は意外だったが、このポジションのサリーというキャラのために温存していたのだとしたら嫌というほど頷ける(そこまで考えてないだろうけど)。実に真っ当なくぎゅキャラで、その魅力をフル回転させてシリーズの立役者となってくれた。ヴォルフとのコンビもよくできているし、「イギリスから見たドイツ像と当世の世界観」をえげつなく活用するその姿勢は、この「黒執事」という作品が人気を博している理由を端的に表しているように思えた。

 ただねぇ……尺の問題がねぇ……。「尺の問題が」と切り出したら大抵のアニメは「尺がなくてカツカツだった」という話になるんだけど、今作は尺が……あまりすぎた。1クールにするには短めのエピソードだったのだろう、中盤から終盤にかけて、「前回までのあらすじ〜」を全盛期のドラゴンボールばりにゆっくりのたのたやられてしまい、ある意味で超絶親切ではあったが、流石に「やりすぎだろ」と辟易。その辺の舵取りがもうちょいうまけりゃさらに加点してもよかったんだけど……まぁ、長期シリーズだからこそ、前後の帳尻をあわせることの重要性が高いんだろうから仕方なし。

 懐かしの面々など、作品世界のデカさが分かりやすいセッティングもあちこちに散りばめられ、いくらでも続きが作り続けられそうな展開を残している。次のアニメ化はいつになるんでしょうね。


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「忍者と殺し屋のふたりぐらし」 6→7

 毎週感想は書いてたのであんまり追記が必要ないタイプの作品だが、総括としてはなんかやることあるかね。……「シャフト文化の展開」みたいなテーマで一席ぶてないもんだろうか。

 本作の最大の見どころは(良くも悪くも)「ぶっ壊れてガタガタになった倫理観」であることは何度も触れてきた。原作がどういう路線なのかは知る由もないので今後機会があればあたってみたいとは思っているが、とりあえずこの原作をアニメ化するとして、どのような方策があるか。大きく分ければ2つの路線があり、1つはとにかく萌え要素を加速させ、「人の死」が完全にギャグになってしまうようなほわほわでどこか抜けたような演出にしてしまうこと。「死んだ刺客連中があの世でワイワイやってる」なんて描写があるのだからこの方向性で脳天気なギャグを気取ることはできただろう。そしてもう1つはしっかりはっきり「死」を意識させ、シリアス要素はシリアス要素でくっきりはっきり描いてしまうこと。殺し屋このはが自分の去就について思い悩むシーンがあったりするのだから、これまた原作からあった要素だろうし、アニメの絵は頭身を調整したりBGMやカラートーンを調整することでシリアス味をあげることは可能だったはずだ。宙ぶらりんでいるよりは、何かはっきりした路線を示した方が「作りやすい」のは間違いないだろう。

 だが、そうはしなかった。おそらく原作が最も表現したいであろう「倫理倒錯の面白み」みたいなものを、アニメはリスクを覚悟で全部受け止めた。そのために白羽の矢が立ったのが怪しげな作風で知られるシャフトであり、シャフトはこれまできららアニメなどで培ってきた「ぷに萌え」の演出をベースに敷きながら、いつでも間と音で転調できる緩急の絵芝居で今作の持つ二面性を「そのままに」描くことができた。冷静に考えれば色々と変なカット回しは相変わらず多かったわけで、おそらく他のスタジオが任された時には、このなんともいえない「ふざけた真面目さ」みたいなものは表出しきれなかったんじゃなかろうか。

 「シャフトだから」とはいうものの、改めて今の時代に考える「シャフトらしさ」って案外難しい。おそらく我々が真っ先に思い浮かべる「シャフトらしさ」は、それ即ち「新房昭之らしさ」であり、1人のクリエイターの個性がスタジオの看板と密接に結びつきすぎていて、分けて考えることが難しくなっていたのだ。ある時期、新房門下は純度を増しながら拡大と純化を続け、大沼心や尾石さん、龍輪さんといった独力で監督業務を回せる人材を育成し、シャフト外にも拡散していった。時代が流れ、ここ最近は新房さんが「総監督」名義でクレジットされる作品の数も減ってきた(というかシャフトの元請け作品自体が減ってるのだが)。シャフトは「アサルトリリィ」や「ルミナスウィッチーズ」といった佐伯監督デザインの「新房風味のない」作品も安定して生み出しており、そろそろ「シャフト=新房流」という等式も成り立たなくなりつつある。

 そんな中で「次世代の新房派」を模索し続けているのが、今作で監督を勤めている宮本幸裕氏。彼の作風はしっかりと新房時代の影響を残しながら、今作のように「ポップで受け入れやすいマーカー」をつけることで飲み込みやすさを向上させている。もちろん見る人が見れば「シャフトっぽいな=新房さんっぽいな」と思わせる部分は多いのだが、おそらくそれは宮本さんが意図的に混ぜ込んでいるファクターであり、彼のデザインは新房的なアイコンを適宜オンオフできるようになっている。そして、今作はそんな「二つの局面の使い分け」がうまくはまり込んだ好例のように見えたのである。

 今後のシャフトの、宮本さんの作品作りが「ネオ新房」として更なる発展を遂げるか、はたまた「ライト新房」と受け取られて二次的なものだと結論づけられるかはまだ分からない。しかし、少なくとも今作のように一定以上の成果をあげられる試みであると、私は思うのだ。

(まぁ、新房さん自身にももっと作品に関わってほしいとは思ってるんですけどね。まどマギの映画につきっきりなんかな)。

 
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 開始数秒のたった一言で全部持っていく佐倉さんパワー、第13話。一発で「どういう雰囲気になるか」を理解させるのは流石すぎる。

 あれ、クイーン編終わっちゃった? 前回なんかどでかい怪物とクイーン・シアンのコンビが対峙したところで終わってしまったし、まだクイーン編は2話しかやってなかったのでなんだかバランスが悪いな。まさかの「時は流れて……」でクイーンの行く末はお預け。すごくモヤっとするけどとにかく次のヒーローへ。まぁ、あとで何かしらの回収があるのだろうし、大人しく着いていくしかないだろう。

 5つ目の断章は三篇連続で女性ヒーローが主人公。彼女の本名は「ルォ・リー」の表記だが、周りからは「ロリ」と呼ばれており、公式のタグ付けも今回から「ロリ編」となっている。他のヒーローとの繋がりは、彼女が幼い頃に憧れたヒーローがクイーンということで、どうやら時系列的にはそこそこのズレがあるようだ。全部の時系列を統合して見てないので幼少期のシーンがクイーンのどの辺りの時代のことなのかがよくわかってないのだが……多分クイーンがメディアで安定して評価を得ている時代だと思われるので、今回からのエピソードはクイーン・シアンの時代からざっくり10年前後は経過したと見ていいのだろう。……ナイス・魂電との繋がりはもはやよく分からない。

 3人連続で女性ヒーローということでだいぶイメージが偏りそうなものだが、今作は章立てが変わるごとに作画レベルでイメージを刷新してしまうので全くマンネリ感はない。シアン編のベースが「CGアイドルアニメ」調、クイーン編がシリアスなサスペンス調とするなら、今回のロリ編が一番日本のアニメに近い「きらら系の萌えアニメ」調。コミカルなデフォルメ描写も多く、「可愛い」がステータスのロリの個性がよく発揮されている。まぁ、これまでの例を見るにこっからシリアスにはなっていくと思うのだが……どこまで鬱に転じるかは予断を許さない状況だ。

 毎度のことながら疑問が残っているのは、「じゃぁ今回のロリは信頼値がどうなってるんだ?」という部分。彼女は幼い頃のクイーンへの憧れから、何の後ろ盾もない、むしろイメージのせいで「ヒーローっぽくない」と周りから思われている状態でがむしゃらにヒーローを目指している。つまり「周りからの信頼」という意味ではマイナス評価の人間であり、必死に点数を稼ごうとしても、周りから「可愛い」と思われるだけであっという間に減点。さっぱりヒーローとしての強さを得られない。そこでなんとかして埋め合わせるための武器が「科学力」であり、さまざまなギアを開発・装着することで戦力を底上げ、さらに顔を隠して「マスクドヒーロー」として活躍することで別なヒーロー像としての信頼獲得に乗り出した様子。これは最後に事務所を襲撃した謎DJの仮面から思いついたアイディアだったが、視聴者目線ではすでに魂電という前例があるので、「もっと早く思いつけばいいのに」と思わんでもない。まぁ、全く新しいヒーローとしてゼロから信頼値を積み重ねていくのはそれなりに大変だろうが……。

 というわけでよく分かってないのは、今回みたいなケースって「中の人・ルォリーとしての信頼値」と「仮面のヒーロー・ロリ」の信頼値って、どういう計算になってるんだろう、という部分。手首にある信頼値カウンターはあくまで1つなわけで、変身(?)前と後で別に計上されるわけじゃない。なんとなく人々が「あの人頼りになるなぁ」と思ったら信頼値が上昇するというシステムなので、仮面状態で活躍して「誰だか知らないけどあの仮面の人強い!」って思われたらそれが中の人の信頼値に加算されるっていう認識でいいのかしら。ただ、そうなるとこれまでの事例で多かった「メディアの報道を通じて能力が変化する」みたいな状態と整合性が取りづらい気がするのだが……例えばギアを開発して「全く別な能力を駆使するヒーローとして同時並行して活躍する」みたいな戦略を取ると、さまざまな能力を同時に使えるマルチタスクヒーローが爆誕するんでしょうかね?

 まぁ、よく分かんないけど今のところは「ロリも頑張るよ」くらいで受け止めておきましょう。CV古賀葵ちゃんなお友達が出来て、「可愛いから苦労してきた」という贅沢な2人が共感をもってこれからのし上がっていく話になればいいな。ちなみに例の襲撃者、どう考えても同僚のクソナードの仕業だと思うし、普通に考えたらストーカーじゃなくてボディガードみたいな役割だと思うのだが……その辺が拗れて鬱になるのだけやめてね。なんか、この章は終始コミカルですすんでも別にいいと思ってる。

 

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「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦 SeasonⅡ」 ―→4

 長い道のりでしたね……。忘れた人もいると思うので確認しておくと、本作は昨年夏クールに1度2期の放送が開始したが、その後「映像クオリティの維持のため」という聞き慣れた(聞き慣れちゃダメな)理由により放送を中止。この春、半年の沈黙を破って改めて放送が再開されたのである。おかげで1話の放送から最終回までがほぼ1年がかりという、望まざる長期作品(長期作品ではない)になった。

 そして、そこまで頑張った結果なのだが……ねぇ、映像クオリティは? 作り直したという割に、全体的な作画は明らかにショボい。ド派手なエフェクトバリバリのバトルが売りの作品なのでカロリーが高いのは理解できるが、だからとてこのキャラ作画で放送しちゃったとなると、「この半年何しとったんや」という感想しか出てこないのである。SILVER LINKだけじゃ不安だってんで(?)2期から2社体制になったというのに……マジでどういうスケジュールで制作されたんだよ。

 そんな理由で、正直話の中身はさっぱり入ってこなかった。まぁ、元々1期からブランクが長すぎたせいでほとんど覚えてなかった作品だったが、こんな経緯で、こんなクオリティではちょっとでも「思い出してみようかな」というモチベが起こることもなく。大人しく埋葬されることを願うしかない。

 ただ、ここまでの惨状の割にはまだ評価する余地はあると思ってはいるんですよ。1期の頃はチョロイン・アリスさんの可愛らしさ、チョロ従者リンさんの可愛らしさ、そしてミスミス隊長の健気な可愛らしさなんかはある程度楽しんだ記憶はあるし。2期目はミスミス隊長の活躍こそなくなっちゃったが、代わりのサブヒロイン・シスベルの活躍もあったし、あまりに悪辣に暴れ回る沢城女王の暗躍とか、筋立てはむしろ楽しそうな部類だったのだ。ほんと、スタジオとスケジュールに恵まれていれば一気に売れ線商品になってもおかしくなかったと思ってたのに……。R.I.P.

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「アポカリプスホテル」 7→9

 去年1回タガを外したもんだから割と気軽に高得点も記録できるようになりました。今作の場合はあんまり躊躇いはないです。強いて悩ましい要素があるとしたら、過去に7、8点付けた作品でも今なら9でいいかなあ、って思うことはある。多分「よりもい」あたりはエラッタ出すと思いますね。

 もひとつ現時点での悩みがあるとしたら、年度開始の春クールでこの作品が出てしまって、来年春に執筆する予定のグランプリ記事で今作を乗り越える作品が現れるか、という部分。去年の春に「まけイン」が出てきた時も似たような不安があったんですが、現時点では多分タイトル部門・ヒロイン部門・アニソン部門でぶっちぎり。エピソード部門が残ってたら多分11話がとってることでしょう。それくらいにもう、ぞっこんのメロメロ。なんだろね、こんなに最高に大好きな作品が年1本以上のペースで現れてくれるもんでアニメ視聴はやめられねーですよ。でも完全オリジナルアニメでこの結果はほんとに快挙だなぁ。それこそ「よりもい」以来と言われてもおかしくないレベル。

 今作の良さについては、もう皆さんが好きに語ってもらえばいいんですが、強いて私から1点あげるとすれば、こんだけ野放図にあっちこっちにぶっ飛んだ内容を描いたはずの作品だったのに、不思議とその根幹に「らしさ」みたいなものがあったことかな。冷静に考えて、我々視聴者がこの作品と出会ってからまだ3ヶ月しか経ってないんですよ。ヤチヨさんの顔を初めて見てからのべ時間数にして数時間分。ポン子たちに至ってはそれ以下だ。その上、毎回ぶっ壊れたり大気圏突入したりタンクったりグレたり死体遺棄ったりして、表層的に見れば「毎回予想もしないトンデモ展開だらけのイカレ作品」になってるじゃないですか。実際、毎週の視聴時には「どうすんだコレ!」と思いながらその破天荒な成り行きを固唾を飲んで見守っていたと思うんですよ。昨今のアニメだけじゃない娯楽の共通要素として「飽きられないようにとにかく刺激を与え続ける」という刹那的な方向性があり、今作もその例に漏れずに「刺激を与え続ける1クール」だったのは間違いない。

 でも、その上で「なんでもありのぶっ壊れ作品」じゃないんですよ。その根底に「アポカリプスホテルって、こういうアニメなんだよ」っていう何かしらの「らしさ」があって、なんなら僕らは1話目時点でそれを叩き込まれていた気がする。視聴者が11話を見て説明不足だと思うどころか「情報が多すぎる!」ってうれしい悲鳴をあげてたのは、きっとヤチヨさんの一挙手一投足に、背景美術の隅々にこの作品が伝えたいことがぎっちり詰まっていることを感じ取ることができたおかげだし、あれだけちゃらんぽらんな展開を迎えた最終回に至っては、「そうそう、やっぱここに戻ってくるのがこの作品なんだよな」ってありえない安息を得ていたと思うんですよ。たった1クール、否、ほんの1話か2話でその水準まで何かを伝えることができるアニメって、それだけでとんでもない話だと思いませんか。

 SF、ギャグ、アクション、スリラー、ホームドラマ。あらゆる要素が詰め込まれているのに、どの部分についても手癖でなおざりに処理することなく、奥の奥まで設定を作り、しれっと描いてみせる周到さ。そしてそれをアニメという媒体が求めている最高に素敵な「画」でもって提供してくれる技術力。何がどうなってこんなとんでもないオリジナルアニメが生み出されたのかは分からないが、まだまだ日本のアニメ業界もこういった爆発を引き起こすだけのエネルギーが渦巻いているということがとても喜ばしい。とりあえず、監督の春藤佳奈さんというお名前はしっかり覚えておいて次を待ちたい。そしてなんといっても、ヤチヨ役を本当に楽しんで、全力でやりきってくれた白砂沙帆にも最大の感謝を。

 
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 地震→停電から即座に薄暗力(うすぐらりょく)を計測できる鮫洲さん素敵、第12話。先週休んだ分、いい具合の活躍でしたね。「最強の薄暗スポット」とかいうパワーワード。

 最終回ラッシュ中なのでこうして何事もないかのように放送が続く作品は嬉しいですね。ただ、一応は前回のお話が1つの区切りになっていたので今回からは「エイリアンの襲撃が表沙汰になった世界」のお話だ。……まぁ、あんま変わんないけど。カリカリしてるのはシベリアちゃんくらいのもんであるが、このシベリアがまた可愛いんだよ。「猫のキャラに花林ちゃんボイス」ってもっとぽやっとして安易な萌えキャラを想像しがちだけど、シベリアは猫組の中でも一番気性が荒くて頑張り屋さんなのが見ててよくわかるのが愛おしい。苦労人気質の猫、実に味わい深い。

 そして、今回は意外なことにそんなシベリアのカッカした状態で矛先が向いたため、これまでなんとなく脇にいただけだったデシマル、そしてその飼い主であるアキヒロのパーソナリティにも多少スポットが当たることに。まだ2人とも謎は多いのだが、まずアキヒロがどこぞの大臣のご子息であるという事実が明かされ、さらにデシマルがそのコネクションを利用しようとして失敗した果てに今の状況があるということも分かった。なるほど、流石にあれだけ偉そうにしてたデシマルが何の行動も起こさずだらだらしてたわけじゃなかったことが分かってちょっとホッとした。しかもダイレクトに「日本のインフラのトップ」に接触しようとしていたとのことで、考え方だけはムームーよりよっぽど仕事できるっぽい。まぁ、「インフラのトップ」が大臣かと言われたらだいぶ微妙ではあるのだが……その結果巡り巡って天空橋の近くに転がり込んだのだから結果オーライなのかしら。

 そして、そんな「成れの果て」を引いてしまったデシマルは今のところアキヒロに対してはあまりいい感情を持っていないみたい。「お前が引っ張り出したせいで俺は失敗したマル」くらいに思ってんのかね。それでもアキヒロの家に居着いてるのはまだコネが復活する可能性に賭けているのか、単にムームーと接触できるようになったからつるんでるだけなのか(後者っぽい)。また、デシマルは桜子に対してはかなり特別な想いを持っているようでもあり、「桜子女史」に対してはかなり従順。恋心とかではないと思うのだが、ムームーの態度との温度差もあり、いまだに「結局デシマルって何考えてるんだろうな……」はよく分からずじまい。Aパートのオチは「最近はルンバも色々と進化してるんだなぁ」です。

 Bパート、なぜかミニ四駆大会に出ることになったムームーと桜子。作品内で「ミニ四駆」という名称が使えないのはおそらく商標だからだと思われるが、あれは「モーター付きミニカー」という名前でいいんだろうか。Wikiの説明だと「小型動力付き自動車模型」とありますね。……だいたい合ってんのか。まぁ、機械に興味を持つなら別になんでもいいのだが、ミニ四駆なんて結局大事なのはモーター部分だけだろうし、モーターの話なんてこれまで散々やってきたと思うんだが……単にムームーが面白いと思っただけなのかな。

 そしてミニ四駆とは特に関係ないところで事故る桜子。乙女の膀胱の危機に「つぎはぎムームー」の分解能力が冴え渡り、サマーセーターから毛糸玉を錬成できたところまではすごい。まぁ、その後の計画はだいぶ杜撰だったけども。今回テーマになったのは「乾電池」で、今更ながらアルカリとマンガンの説明なんかを聞いて「へぇ〜」と思いましたね。いや、流石に乾電池の仕組みについては高校の化学で学んだはずなので知ってはいたのだが、「液漏れが特徴なのはアルカリの方」とかね。なるほど、微妙に用途が違うからいまだにマンガン電池って根絶されてないのか。いや、流石に最近はあんまり見ないけどね。

 オチだけを考えると、多分マンガンだろうがアルカリだろうが結果は同じになってたと思うのだが、いつも通りに鮫洲さんとの妙な遺恨だけが残りました、というお話。……この2人の仲もじりじりと進まないわねぇ。あたしゃアキヒロとの関係性よりも桜子-鮫洲間の関係性の方がずっと気になりましてよ!

 
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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