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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。普段使ってるWordにほったらかしだったアプデかましたらフォントやスタイルがよくわからんようになった。
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「ダーリン・イン・ザ・フランキス」 5→5

 新番組もガシガシ始まるこの時期に、ようやく終わった今期最後の終了作品。今期感想が書けた作品総数は36本。春クールの新番チェックが48本だったことを考えると、2クール作品との絡みなんかもあるが、かなり数を減らしたことになる。これは、今期意図的に切る作品を増やしたことによるもので、例えば一応最後まで視聴・録画していた「カリギュラ」「されど罪人は竜と踊る」あたりは、もう途中から頑張ってみる気も無くしていたので評価する権利がない為に放棄した。他には「実験品家族」「東京喰種:re」など純粋に切った作品もあるし、最大の問題としては「BEATLESS」「フルメタル・パニック!」など、こちらの都合と関係なく感想が書けないものも……いろいろ複雑化していますね……まぁ、今作は感想が書けるだけでも感謝すべきだろう。

 しかし、そんな最後の1作は、これがなかなか難しい作品である。誤解を恐れず一言で言えば、今作は期待されたゴールにたどり着けなかった作品だからだ。本当に評価するのが難しく、例えば同じ2クール作品の「刀使ノ巫女」と比較してみると、あちらはスタート時点で4点から始まったけど、回を増すごとに5点、6点と点数を加算する展開で、最終的には良作と言える位置に落ち着いた。それに対し、こちらの作品はスタート時に平均点やや上くらいの印象を与え、途中中だるみするも、1クール目終了のタイミングくらいで見事な盛り上がりを見せ、心踊るメカニック描写や驚きを伴うスリリングな展開から「いやぁ、さすがにトリガーのオリジナル作品は気合が入っているな」と感心させられた。途中で毎話感想を書くくらいにちゃんと読み込んでいなかったことを後悔したものである。

 しかし、その雲行きが怪しくなったのはいつからだっただろうか。叫竜の姫がその正体を現し、「パパ」たちもその真の目的が露見する。パラサイト達の苦闘は何がゴールなのかわからなくなり、まさかの展開で最終決戦は宇宙へ。そのまま、作品の中心にあるべきヒロとゼロツーだけが独立部隊として明後日の方向に消え、残りの面々でアグリコラを始めるというよくわからない結末に落ち着いた。意外な展開が「オォ! そういうことか!」から「えっ、何でそっちに行くの?!」に変わってしまった明確なポイントは定かでないが、個人的にはココロとミツルの結婚式後に、2人が記憶を消されてケロッとした顔で帰ってきたあたりで「あれ、これ作中の齟齬を解消する気は無いのでは……」ということにようやく気付かされた。幾ら何でも、要素を盛り込みすぎて畳むことを考えていないのは明らかである。

 繰り返しになるが、個々の要素に優れた部分は多いのだ。脚本にしても、例えば最初期から与えられた「繁殖を目的としない時に男女という器の違いは何のために存在するのか」というテーゼは興味深いものであり、ジェンダー論の試論としては面白そうな設定。もちろん、それだけでは何も進まないだろうということで間をつなぐ為にフランクスという「理由」が置かれている。その上で形成されて行くゼロツーとヒロの関係性は人間ドラマ、ラブロマンスとして文句なしに見応えのあるもので、絵本の記憶を通じてゼロツーが「ダーリン」に出会うまでの展開は素直に素晴らしかったと思う。また、彼女の生い立ちに絡めて「人間」と「性差」という問題を他のメンバーにパスし、そこから情愛を語る手管も間違ったものではないだろう。

 しかし、本作はそうしたヒューマンドラマのみを売りにするつもりはなかったらしい。何とかしてそこにドッカンドッカン暴れるアクションは入れたいし、大見得を切るメカ作画、とんでもないスケールの兵器決戦も盛り込みたい。確実に、スタッフの頭の中には「グレンラガン」の存在があったのだろう(そして多分「キルラキル」も)。そうした部分に「トリガーらしさ」を見せるのがお客さんへのサービスだと認識し、地味に土いじりや子育てをする若者達の姿だっけで終わらせず、とんでも宇宙戦争や大パニック恐竜決戦も盛り込む。うむ、盛り込んでもいいだろう。確かにトリガー作画は素晴らしいのだ。ただ、それを物語にちゃんと絡める努力をしないなら、それは空中分解して別な作品になってしまう。

 後半になるにつれて色々なところで「まぁ、ストーリーの都合上そこは割愛します」と言って飛ばす部分が増え始めた。大いに首をひねったココロたちの記憶の件もそうだし、最終回だけを見ても、突然地球の連中がお手手繋いで空に祈り出すことに一切の理由がない。意味がわからない。「何となくそうしないと少年漫画的にヒロ達が輝けないから」というそれだけの理由であのシーンが挟まれるし、それだけを根拠にゼロツー達が最後の輝きを放つ。普通に考えたら、ああいう「仲間達の最後の一押し」は同じ戦場で、最後まで戦い抜いた仲間達が背中を押すからこそ輝くのであって、遠く何光年も離れたような宇宙空間で異形の2人が求めるものではないだろう。もっと早い時点でどういう幕引きにするかが分かっているはずなのだから、そこに整合性を与える脚本は考えられたはずなのに、スタッフはそれをしなかった。「色んな面白そうな要素のごった煮」に単品の材料だけをぶちこんで、味を整える気がないような、そんな作品だった。

 最終的な印象だけを考えれば、やはり本作は失敗だと思う。しかし、そうして最後の局面だけを見て「失敗だ」と点数を下げるのも何だかもったいない気がするのも事実だ。「あんなに面白かった部分があるのに」という口惜しさみたいなものがあるのだろう、何とか中盤の盛り上がりや、個々のアイディアの秀逸さを取り上げる方法があれば良いのだが。今のところ、残念ながらそうした評価軸は設定しづらく、ひとまず点数を動かさないことでこの「口惜しさ」みたいなものを残しておきたいと思う。「早見沙織に妊娠・出産させた作品」っていう価値の置き方でどうでしょう(誰に聞いているんだろう)。

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「地球防衛部HAPPY KISS!」 4→4

 これも2期ものってことでまとめてしまえばいい気もするんだけど、少年誌連載作品とかとは違う気がするんだよな……。

 結局、「何となく高松信司成分が摂取したい」という、必須ではないけどあったら嬉しいくらいのレベルの欲求を適切に満たせる作品なんですよ。面白いかって言われたら3期も続けてるのでいい加減飽きてる気がするし、この作品に今更目の覚めるような大胆なネタを期待したりもしないんだ。でも、「別にあって困るもんじゃないし……」くらいのスタンスで見守ってしまう。今期は特に新チームのキャストが新人で固められているので、「若手が頑張ってるのをエーデルシュタインのベテラン勢が見守ってるんだろうなぁ」とかいうわけのわからないことを思いながら見守っていた。まぁ、やっぱり若手勢の仕事は「新人だからなぁ」くらいの印象しかないんだけど、若手男性声優が経験を積める安定したシリーズがあるのは悪いことじゃないしなぁ。俺は一体何目線でアニメを見守っているんだろうか。

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「食戟のソーマ 餐の皿 遠月列車篇」 ー→ー

 作業量を減らすために分割もので詳述の必要性がないものは採点及び個別記事を省略する。この「ソーマ」なんかはその代表例。わざわざタイトルを「遠月列車編」なんてつけてるけど、後半は列車関係ないし、連帯食戟の途中で終わるし、本当に「合間のエピソード」っていうイメージしかない。強いてみるべき点を挙げるなら、また新キャラが大量に出てきたのでキャスト面とかをみてるとそれなりに楽しいという部分だろうか。一応アニメ向きの作品なので、原作漫画よりかはこけおどしが効くアニメの方が好きではあるんだ。それでもやっぱり原作で感じてた女木島戦の「どないやねん」感とかは相変わらずだけど。

 

「弱虫ペダル GLORY LINE」 5→ー

 引き延ばしの技術がドラゴンボール並みに。いや、毎回ちゃんと盛り上がってるから蛇足とか穴埋めって感じはそこまでないんだけども、それでもやっぱりゴール前数百メートルが3週に渡って展開されたり、どうしたって「ナゲェよ!」という印象は拭えない。まぁ、御堂筋くんが頑張ってくれてたので良しとしよう。今期は鏑木の活躍シーンが多かったので、個人的には嬉しかった。あと、丁寧に筋肉の解説しながら雄叫びあげる銅橋が十四松にしか聞こえないっていう。

 

「七つの大罪 戒めの復活」 5→ー

 エスカノールのキャラは好きだったね。ああいうキャラクターにCV杉田を当てるっていうのは面白い発想だと思う。後はまぁ、この手の作品には避けられないインフレバトルをどう見せるかっていうところだと思うのだけど……ぶっちゃけその辺はあんまり器用な作品じゃないからなぁ。ファンタジーな世界観でやってるのにいちいちスカウター使って闘級××! ってやるのは本当に勘弁してほしい。あと,ジェリコはずっと可愛い。

 

「鬼灯の冷徹 第弐期その弐」 ー→6

 今期は好きなお話が多かったです。っていうか、なんかシロさんと芥子さんの出番がやたら多かった気がしてそれだけでちょっと嬉しい……。たまたま芥子さんメイン回の直前に「ピーターラビット」を観てきたなんて奇跡もありつつ、可愛らしい動物キャラたちの一切可愛くないエピソードに心踊る。その上で何となく日本古来の文化にも詳しくなれるという、本当に教育的配慮に行き届いた作品である。まぁ、今作の知識を前提にそういう話を展開したら問題も多々発生するのだろうが……。

 とりあえずアニメは今期で一段落かな。またいつ帰ってきてもいいんやで。

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「ピアノの森」 5→5

 分割2クールなので現時点で何か結論を出すようなものでもないのだが……とりあえず、見ていくうちになんとなくやろうとしていることは分かる作品だった。

 新番チェックの時に「ピアノ演奏アニメっていうと『四月は君の嘘』っていうどうしようもないライバルがいるから見劣りしてしまう」みたいなことを書いたのだが、当たり前の話だが、作品が違うのだから描こうとしているものが違う。その部分で向こうの作品の良さを再認識する分には構わないが、だからと言って今作を貶める理由にはならない。ふわっとした言い方になってしまうが、「君嘘」で描こうとしているのは徹底して青春ドラマだったのに対し、こちらの作品はタイトルの通り、まさにピアノの音を聴いて欲しい作品だったんじゃないかと思う。演奏シーンがCGづくりでいくらか無味乾燥になってしまうのも、別にそこで画面が何を表示するかはそこまで重要ではないからかもしれない。「今ピアノを弾いているのが誰で、どんな会場で、何を伝えているのか」という状況設定さえできれば、あとは音を聞けばいいという。

 まぁ、偉そうなこと言っても、わたしゃピアノの良し悪しなんてよく分からないんですけどね。グルメアニメなんかに近い部分かもしれないけど、「音楽アニメ」での音楽の良さを個人の感性に任せず「認定」させるのって結構難しい。どうしたって私のような「アニメを見る人間」は映像との複合技として音を受け取ってしまい、それがいいか悪いかという判断にノイズが混じる。今作で徹底的に描いている「コンクール」では音だけで勝負しなければいけないというのに。そこで、苦肉の策ではあるが作中の人物(主に審査員など)に「今奏でているピアノは作中でどういう意義を持った、どの程度のクオリティのものなのか」を説明してもらう。グルメアニメの試食役と同じポジションをやってもらう。その辺りはどうしてもクドくなってしまい、「言葉以外で説明できる方法があればいいんだけど……」と思ってしまう。いや、こればっかりはいい解決方法なんてなかなか無いんだけどね。やっぱり画の方に意味を持たせられた方が手っ取り早いんだけどなぁ。「君嘘」にしろ「ユーフォ」にしろ、画が先行して「音の意味」を埋めてくれる作品の方がやっぱりわかりやすいなぁ。

 繰り返しになるが、だからってこの作品が下に位置するかと言われればそうでもないと思う。画の部分に物足りなさは感じるが、まだまだお話が続き、もしかしたらさらに上の「音」の世界が待っているのかもしれない。現時点ではその下準備として、受け入れられる「音」の土台を固めておこう。ちゃんとこういうのを楽しめる素養があればいいんだけどなぁ。

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「銀河英雄伝説Die Neue These」 5→4

 何とも驚きの結果ではあるんですが、端的に言って面白くなかったです。おそらく「旧作ファンが過去作と比較して」っていう感想は割と多いと思うんですが、私みたいに作品の予備知識がゼロの状態から見ての感想では、そういう人と変わってくるのか、それともやっぱり同じなのか。多分、放送中で一番面白かったのは途中の実写特番で田中芳樹本人が降臨してわんこそば勧めて帰っていくくだり。

 今作に対する疑問は色々とあるのだが、大雑把にまとめて一番適切な疑問を投げかけるなら、「結局、どこを見せたいの?」ということになるのかな。1クールのドラマを通して見ていて、制作側が今作をどんな作品だと捉えて、何を視聴者にアピールしたいのかがよく分からんままに終わってしまった。見せたいものが「戦争」なのか「戦略」なのか「人」なのか。そりゃまぁ、「全部」って答えるかもしれないけど、そんなワガママが通じるほど、1クールアニメの構成演出は甘くないでしょうよ。

 「戦争」「戦略」については、1話目で危惧していた「やっぱり宇宙戦争って描くのが難しいよね」問題がそのまま解決されずに残っていた状態。改めて書くけど、やっぱり宇宙戦争って「画的に面白くない」題材なんだ。真っ暗な中でビームビュンビュン撃つしかないんだもん。もちろん、アニメという媒体はこの「宇宙戦争」が一大ジャンルになっているわけだが、それってガンダムに代表されるような人型ロボットの(嘘がいっぱい盛り込まれた)ドンパチで見せる方向がメインなわけで、せめてマクロスみたいに個対個の画がはっきり見えないと盛り上げにくい。艦隊戦って、やんわりボタンを押してオート戦闘を見守るだけのソシャゲみたいな状態が関の山。今作の「戦争」はほとんどそれ。「戦略」についても、イゼルローン攻略の時みたいな芸当を小さなスコープで見せるなら筋立てとしては成立するけど、それ以外の「挟まれた!」とか「超早い戦艦きた!」なんて言われても、画面だけ見てそれが分からないんじゃ意味がない。全てモニタの中での戦争である。

 この「宇宙って基本的につまらない空間だよね」を突き詰めたのが、以前も書いたかもしれないけど「無限のリヴァイアス」で、戦艦の軌道変えるのにも旋回するにも一苦労。敵艦とすれ違ったらもう一回スイングバイで戻ってきて交錯するまでめっちゃ暇、っていう壮絶な「宇宙感」があって、そこまで行けばむしろ面白い。でも、今作の場合は中途半端にウソとホントが混じっているので、何だかテンプレのビームビュンビュンだけで戦闘が終わる。そりゃ面白くないよ。

 そうなると、やはりメインで見せるべきは「人」のドラマということになるのだが、これもまた、本当に淡々とお話が進む。何話だったか忘れたけど、キルヒアイスだか誰かが延々正面からのバストアップの映像だけで会話を続けるっていう地獄のようなシーンがあって、喋ってる二人の真顔が交互に(完全に同じ構図だけで)映し出され、ただただセリフを垂れ流すだけっていう。もう、ラジオドラマでいいじゃん。そんな地味な画面で必死に説明するくらいなら、原作小説渡した方が早いじゃん。何でアニメにしたの。

 全体的に「画面が綺麗に」作ってあるのは事実だと思う。戦闘シーンだってCGで作った戦艦をぐいぐい動かそうとしてるし、最終話でようやく個人が搭乗するタイプの戦闘機にスポットが当たって、「それらしい」ことができるようになった。でも、その映像がドラマ部分に必要かと言われれば多分違うんだ。「画を見せるパート」と「話を進めるパート」が乖離してしまっては、やっぱりアニメにする意味がない。先週放送分ではセリフ一切なしで延々2分3分も大仰な出撃シーンを長回しでみせられたわけだが、いきなりそんな「画を見てくれ!」っていう構成を打ち込まれても、それまでのシーンとの温度差がありすぎて完全に浮くんだ。ちゃんと最初の制作会議の段階で「どういう見せ方をするか」っていうコンセンサスを製作陣一同で調整したんだろうか。みんなして「俺が格好いいと思う銀英伝」を好きに垂れ流しているだけになっていないか。

 一応、「ドラマ」が演出しやすいヤンがメインの日常パートなんかは見やすい部分もあったので、そういう話の進め方がやりたかったんだろうな、っていう気はするのだが、やはりそれだけでは全てが片付かない。ちょっと荷が勝ちすぎる作品だったのではなかろうか。多分、劇場で続編が放送されるって言われても、僕は観にはいかないと思います。今にして思えば「ヤマト」はもうちょっとちゃんと観ておけばよかったな(あっちは「戦争」をちゃんと見せてくれたんだよな)。

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「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」 6→6

 気持ちのいいアニメでしたよ。ドンパチやってから百合をやる。サウナに入って水風呂、みたいな温度差が気持ちいいのです。

 ちなみに、何とも情けない話だが、実はまだ1話見てない話数がある。ワールドカップがらみの放送時間変更を把握してなくて、12話だけ見てないんだ(おかげで感想書けてない)。週末に録画した分を何も知らずに再生したらいきなり知らないシーンから最終話が始まってしまい、「ヤベェ、飛ばした」って気がついた(「重神機パンドーラ」も同じ理由で飛ばした)。「しまった!」って思ったけど時すでに遅しだし、とりあえず気にせずラストを見てこの記事をしたためている。幸い、CSで放送がまだの局があったので、12話は今週末にフォローします。適当で申し訳ない。

 まぁ、1話飛ばしても何がどうなったかは何となくわかるし、いい最終回だったので無問題だ。ピトの正体は予想通りだったし、最終決戦のシーンはギャグかと思えるくらいにぶっ飛んでたのでそこから見ても笑える内容だった。考えてみれば、今作はどの試合も「よし、せっかくバーチャル空間でのドンパチなんだし、女の子に散々酷いことさせても倫理的に問題ないなっ!」っていうのをフル活用していた。何ともゆがんだ性癖の表れであるが、「銃が出てくる作品ばかり書いている小説家」のこじらせ具合はこんなもんだろう。そうして「書きたい」「やりたい」を隠さずに楽しく書いているからこそ、面白さが付いて来るんだと思いますよ。この人の容赦ない振り切れ方とキャラの見せ方は何ともケレン味溢れていて好きですね。最終話の車内でのコントなんかはそれがよくわかる。フカ次郎は登場シーンがそこまで多くないのに一発でキャラが固まったのはそうした描写力の高さの現れである。

 映像部分については時たまちょっと怪しいところもあったが、全般的に頑張ってくれていたし、クライマックスとなるシーンの演出は文句なし。アクションアニメとしても一定の水準以上の代物だった。あとはどれだけ「カワイイ」に寄せるかっていうさじ加減だが、もう、ピンクの化身であるレンちゃんは画面に映ってるだけでなんとなくかわいいからね。周りにゴツいのとかイカれたのばっかりなのでギャップで際立つ部分も大きかったけど。そんなカワイイの化身であるレンちゃんも内面を掘り下げるとやっぱりイカれ連中の仲間入りしてる、っていう描き方が秀逸なのよ。可愛いなんちゃらにもトゲがあるってね。まぁ、トゲじゃなくて最後はマジで「ウサギにだって牙はある」だったけども……。

 欠点らしい欠点もなく、わかりやすい「楽しい」をたくさん提供してくれた模範的な佳作だと思います。そして、個人的に最大の評価ポイントはピトフーイ、そしてレンちゃんという2人の素敵な萌えキャラ(?)を生み出してくれたこと。ピトさんについては、「なんか日笠におかしなことやらせて楽しもうぜ」みたいな勢いが素晴らしい。今の業界で、これを十全にできるキャストって実は案外少ないんじゃないかって気がするんですよね。1世代前なら中原麻衣のポジションなんだけどさ。そして、対極にあるようで実は同類でもあるレンちゃんを演じた楠木ともり。クライマックスでの怒声の作り方なんかは見事なものでした。デビューしてまだ間もないのに、これだけ幅のある役を預けられ、その大任を果たしたことは本当に良い経験になったんじゃないでしょうか。今後が楽しみですわ。シンクの面々も同様に面白い仕事ぶりで、こうしてみると本当にいいキャラばっかりだなぁ。

 2期があるのかどうかは分からないけど、「SAO」本編よりもよっぽど好きな作品なので、是非ともこちらで突き抜けちゃって欲しいですね。

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「ひそねとまそたん」 6→7

 良いアニメでしたね。オリジナルでここまで振り切れたものが作れるあたり、各方面のクリエイターに自信がなければできない作品作りですよ。

 毎週感想書いてたから特に書くことがない系の作品ではあるのだが、こういうイロモノ系の切り込み方で面白い作品が作られると、本当はもっと色んな視点から多角的に評価していかなきゃダメなんだろうなぁ、という反省が出てくる。こちとら因果な生まれ育ちのせいでどうしても中の人要素ばかりを優先して観てしまうが……本作の場合、こんな奇想天外な作品だというのに、レコーディングがプレスコで行われてたってのは驚きだよね。キャストの面々は一体何をもって、どれだけ想像力を膨らませて収録に挑んだというのだろう。まぁ、画の縛りがないからこそできた仕事もあるのだろうけど。久野ちゃんの「ギャーーーーー!」とか、あんなもん、単なる野生の久野ちゃんでしかないからな。あれが出て来ることを信じてキャスティングしたスタッフはどれだけ見る目があったってんだ。

 キャストも何が起こるか想像できなかっただろう作品の根幹はもちろん岡田麿里の作る突拍子もない脚本部分だが、「いつも通りの岡田麿里」に収まりそうな「人の心の物語」を、これだけ異色の作品に仕立て上げたのは、やはり画面づくりを行った映像制作部門の働きが大きいだろう。ふわふわしてゆるキャラという形容の方が近いまそたんたちドラゴンの造形に、生々しい問題を抱えながらもどこか浮世離れしてあっけらかんとしたデザインのDパイたち。これらのゆるふわなデザインを、ガッツリ硬派なメカニックで締め上げ、最終的にはゴジラやエヴァもかくやという超スケールのスペクタクルにまで仕立て上げる縦横無尽の作画リソース。本当にちょっとでもずれれば全てがちぐはぐになって空中分解してしまいそうなごった煮画面が、一つのゴールを希求してまとめ上げられていく様子は、見ていて本当に気持ちがいい。これこそが集団で作り上げるアニメーションという媒体の妙だろう。これだけの大仕事をまとめ上げた樋口真嗣の自由な創造力に素直に賞賛の声を送りたい。その上で、ちゃんと岡田麿里のエグみなんかも残してあるのが心憎いよね。最終話見てて「楔女は犠牲になるけど、ミタツ様と一緒になるのはSEX以上の快楽だって言われてるよ」っていうのをみて「これ、絶対無くてもいい設定だろ……」って思ってた。そうして、棗の行動に漫画的な理想だけじゃない「変な後ろめたさ」とか「生臭さ」を入れ込んでくるんだ。そういうやつなんだ、この脚本家は(だから好きさ)。

 総監督の樋口真嗣、そして脚本の岡田麿里と癖がすごい首脳陣ばかりが目立ってしまうが、インタビューなんかをみているとそうした無茶な仕事をまとめ上げて最終的な形を作った監督の小林寛の仕事ぶりが素晴らしかったとのこと。やはり一筋縄ではいかないクリエイターなのは間違いなさそうだ。さて、次は一体どんなとんでもないものを繰り出してくれるのだろうか。

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「メガロボクス」 6→6

 「あしたのジョー」、面白かったです。いや、実はこれを機会に原作再読したんですよ。「再読」っつっても、実はだいぶ前に初めて読んだときは、本当に筋を追うだけでいいや、ってんでスゲェ適当に読んでたもんで、さっぱり頭に入ってなかったんですね。「どうせ過去の遺物だろ」みたいな舐めた態度があったのかもしれません。今回、この作品との兼ね合いもあったのでゆっくりしっかり読ませてもらったんだけど、やっぱり語り継がれるものには理由があるな、って、この歳になって、今更(本当に今更)感心しました。まぁ、もしかしたら歳とったせいで面白さが変わった可能性もあるんだけどさ。

 そんな「あしたのジョー」オマージュの作品として作られたこの「メガロボクス」。「あしたのジョー」と比べると色々と問題はあるのだが、「過去の名作を何となく踏襲しつつ、リスペクト作品として作り直す」という絶妙な隙間を抜く作品づくりのサンプルとしてはなかなか面白い実例を見せてくれたと思う。ポイントになるのは、「どこを残して」「どこを変えるか」という取捨選択の部分。1話目を見たときに「ギアでボクシングって何やねんwww」と思ったわけだが、そうした斬新(かつ意味不明)なリビルドが、何を目指したものだったのかがわかれば評価も変わってくる。

 今作は、ぶっちゃけ原作から残した要素がかなり少ない。ジョーの性格も違うし、ユーリと力石も全然違う。残しているのは2人の男の中に通じ合った不可思議な友情くらいのものだろうか。今作は「ジョーの成り上がり物語」という部分に重きを置き、それを彩る舞台装置として、力石を改題したユーリを置いた。それはあくまで「理屈を超えた魂の部分で通じ合い、全力で実力を発揮できる素晴らしいライバル」としての体現である。無理やり力石っぽさを出すためにラストの「ギア剥がし」イベントがあったわけだが、いっそそこもこだわらずに無視しても良かったんじゃないかなぁ、とも思う。ジョーと力石は少年院の中で少しずつ因縁を深めていくくだりがあったので偏執的なあの空気を共有するに至ったが、ユーリの場合、そこまでどっぷりとジョーの魔力にハマったわけではないのだから。ギア剥がしのイベントを描く時間で、何かもう1つジョーとぶつかるイベントを描いた方が、シナリオ全体の整合性は取れたと思う。

 しかし、本作は最低限の「らしさ」としてあのイベントを採用し、力石のストイックさ、一種の狂気じみた執念をユーリに残した。これはこれで、原作リスペクトの1つの方法論として成立しているだろう。最後に「力石の死」を与えなかったことも、原作と違って「メガロボクス」は一旦ここで幕引きになることを考えれば妥当な判断。原作の場合、力石の亡霊はその後のジョーの人生を大きく狂わせる巨大すぎる存在になるわけだが、今作のジョーはここで歩みを止めているので、わざわざそんな「亡霊」の脅威を描く必要もない。それなら、現代風にさっぱりと、2人の友情を確かめ合って終わるのが、「現代版」らしい簡潔な幕引きだろう。もちろん、もっとドロドロとした怨念じみたものが見たかったという原作ファンにとっては腰砕けにも見えるのだろうが、何度もいうように今作は「リメイク」ではなく「オマージュ」である。そこのところの違いさえ心得ておけば、今作で作ろうとした物語は充分に独り立ちしているのだ。

 あとは「らしさ」として残っている部分は昭和テイストを印象付けた画面の埃っぽさ、雑味を残したデザインだろう。正直、シナリオ部分は「まぁ、こんなもんかな」という妥協案に落ち着いたので、今作を評価するときに大きなウェイトを占めているのはこの映像面での際立ちである。「ウマ娘」も非常にシンプルな「スポ根」ながら見入ってしまうだけの魅力を持っていたが、今作の作劇も、泥くさい演出、捻らないアクションを素直に見せることで魅力に仕上げていたと思う。まぁ、突然のサチオラップとかよく分からんところで振り切れることはあったけど、まぁ、その辺はご愛嬌ということで。「昭和レトロ」と「何となくサイバー」の融和点には、突発ラップ小僧がいても不思議じゃないんですよ(そうか?)。

 個人的にはすごくスッキリ見られた作品だし、何よりも「あしたのジョー」との接点を改めて設けてくれた作品として感謝していますよ。「封神演義」もいっそこういう方向に振り切れてくれたらファンも余計な心労を抱えずに済んだのに……って思ったけど、こういうリビルドってものすごくデリケートな作業だろうし、なかなか成功例を作るのは難しいんだろうなぁ。思い返せば「暴れん坊力士松太郎」なんかも、リメイクの中では面白い構造の作品だったのかもしれない。今季は「キャプテン翼」というほぼそのままを貫いている作品もあるし、色々な「懐古作品」を見つけてその違いを比べてみると、現代アニメの類型論的には面白いものが出てくるのかもしれません。

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「覇穹 封神演義」 3→3

 で、結局これって何でアニメ化したの? 今のところ、私の耳にこの作品で幸せになった人の声は聞こえてこない。そして私も、当然幸せにはなっていない。

 世代的に知っててしかるべきジャンプっ子の私が実は知らない作品、というので長年引け目を感じていたところがあり、今回のアニメ化は実は割と嬉しかったんだ。「これでアニメを見て往年の名作をフォローできるんだ」というズボラな理由でね。しかし、1話目がスタートして時点で「??」という感想しか出てこないというイレギュラーな展開。「アニメの絵がなんか微妙なのは、原作絵に癖があるからしょうがないとして……話が……よくわからねぇ……」ってんで、2話3話と追いかけてみたものの、そんな「???」状態が大きく改善される様子もない、淡々と続く「ジャンプ的バトル漫画のような雰囲気を持ってるけどよくわからない何か」を前に、次第に視聴のモチベーションも落ちてくる。そもそも字面で追いかけないとキャラ名とか専門用語の理解が追いつかないので、アニメとしてのハードルは高い設定の作品なんだよな。一応意地で録画と流し見は続けていたが、結局何かが心に引っかかることもなく、最後まで「????」という分からん展開が途切れることはなかった。「え? 結局○○ってどうなったの?」っていう要素が多すぎるのだが……。

 幸い(?)、あまりよろしい態度ではないとは思いつつもネット界隈で最終回後の感想を調べてみると、この分からん状態は私のオツムのせい(だけ)ではないらしい。原作を知っている人間ですらよく分からないと言っているのをみると、原作を知らずに適当に追いかけている人間が理解するのは不可能だったのだろう。そして、「何でそんな状態でアニメを作ろうと思ったんだよ」という制作側の姿勢こそが、本作一番の謎として残るのである……。

 業界のコンテンツ力の低下なんて、内部にいる人間の方が我々消費者なんぞよりもよっぽど痛感していると思うのだが、何故、こうして貴重なコンテンツを食いつぶしていくのだろう。様々な人間の思惑が錯綜しているので一口に現状を説明することなどできないのだろうが……誰も幸せになれないのだとしたら、やはりどこかでこの負のスパイラルを止めねばならぬのだろう。頑張ってよ、どこかの誰か。

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